基調講演 「就職氷河期世代」の現在・過去・未来

就職氷河期世代について、最初に驚いたのは、「賃金構造基本統計調査」(厚生労働省)における実質賃金の推移を見たときでした(シート1)。

40代前半の大卒、大学院卒の平均給与を見ると、私たちバブル世代は2007年ごろがその年代だったのですが、平均で53万円程度もらっていました。実感はないのですが、昔は随分もらっていたんだな、と。それがだんだん減ってきて、氷河期世代になると、平均で40万円台前半ぐらいになります。随分な違いで、びっくりしました。

また、これを見たときに、私は複雑な気持ちになりました。私たち研究者は、十数年前から、いわゆる氷河期世代を含む若者の雇用問題をずっと考えてきました。ご存知のとおり、日本では学校を卒業したときに、正社員として就職するチャンスが集中します。ですから、不況でチャンスがないと、その後なかなか立ち直るのが難しくなる。そこで、何とか若いうちにチャンスが訪れるようにということで、いろいろな政策ができないかということを、JILPTの研究者の皆さんも含めて考えてきたわけです。

その後、様々な若者の雇用対策ができてくるのですが、私が2001年に『仕事のなかの曖昧な不安』という本を書いた当時は、若者の雇用対策はほとんどありませんでした。「職業意識を啓発しよう」くらいしかなかったのが、「意識の問題だけで片づけるのではなく、社会のいろいろなシステムに問題があることに目を向けよう」ということになり、「若者自立挑戦プラン」が2003年に始まり、ついには2015年から「若者雇用促進法」という法律が施行され、随分若者の雇用対策は変わりました。ただ、変わったとはいえ、氷河期世代がいろいろな困難を経験した結果として、いろいろな対策や法律が考えられたわけですから、その意味でも本当に辛い世代だなと思います。

2002年の男性非正社員の3人に1人は正社員になれず

氷河期世代には第2次ベビーブーマーの多くが含まれるのですが、内実は多様で、堀(有喜衣)さんの報告にあったように正社員になった人もいれば、フリーターを経験した人もいます。また、ずっとニートの人もいれば、ひきこもりになっている人もいます。若者雇用問題やニート問題などに携わって学んだことの一つは、簡単に世代などで一括りにしてはいけないということです。

これは「21世紀成年者縦断調査」(厚生労働省)から作成したグラフです(シート2)。同じ人を毎年追跡していく調査なのですが、氷河期世代の男性のうち、2002年時点で無業だった人のうち、2015年でも無業という人が4割ぐらいいて、多くで仕事がない状態が続いています。

先ほど、堀さんが「意外とフリーターから正社員になっている人もいる」と言われました。この統計でも、2002年に非正社員だった氷河期世代男性の3人に2人ぐらいは正社員になっています。ただ、3人に1人はやはり正社員ではないわけですので、「3人に1人」が多いか少ないかというと、私は多いように思います。

孤立無業(Solitary Non-Employed Persons: SNEP)(シート3)について、2012~13年頃から研究しています。SNEPとは、「働いていない」「結婚していない」だけでなく、ふだんずっと1人か、交流があるのもせいぜい家族だけの人のことです。和製英語ですが、覚えてもらうには名前が大事ですので、どうしようかなと考えて、私が付けました。SNEPは今(2016年時点)でも156万人ぐらいいます。

政府目標は3年間で氷河期世代の正社員30万人増

今年の経済財政諮問会議では、この氷河期世代が取り上げられ、いわゆる「骨太の方針」でも、氷河期世代への対策を実行することが決まりました。厚生労働省も様々な対策をすでに打ち出しており、来年度からは就職氷河期世代支援プログラムを実施します。目標も定められており、3年間で氷河期世代の正社員を30万人増やす、としています。「本当に実現できるの?」などと言われたりもするようですが、私は不可能ではないと思っています。

なぜかというと、先ほど言ったとおり、氷河期世代にはいろいろな人がいるからです。ニート、フリーターのほか、今は正社員ではない既婚女性もいます。そのなかには、パートやアルバイトで働いている人や、子育てなどいろいろな事情があって働いていない人もおり、こうした人たちが正社員になるという流れは、ぜひ強まって欲しいし、実際にかなり実現するのではないかと予想しています。

これまで男女間の家庭内役割分業意識が問題になってきましたが、私はそういう意味では、氷河期世代をもって、男女間の役割分業意識が一つの終えんを迎えればいいなと思っていますし、その可能性は大いにあると考えます。

一方、未婚者については、なかなか現実は難しいということも同時に考えられます。若年雇用対策は2000年代から本格的にスタートしたのですが、残念ながら今の中高年の氷河期世代には、それらの若年雇用対策が功を奏さなかった人たちも多くいるでしょうし、だからこそ今、非正規や無業の状態になっているという現実があるからです。

若いときにジョブカフェやサポステに行って、「ここで何とか変われる」と思ったのだけれど、縁がなく変われなかった人たちも少なからずいます。ですから今、政府が何かを「やるぞ」と言っても、「信頼できない」と思っている人もいるでしょう。この点は意識して、慎重に対策を講じていく必要があります。

では、既存のプログラムや綿密なカウンセリングなどが意味ないかというと、そういうわけでもない。むしろ、氷河期世代に限らず、人の自立や就職を支援するというのは、人手がかかる。時間と手間暇をかけてやっていくという覚悟をしないといけないでしょう。

30万人を正社員にするとして、1人当たりいくらぐらいかかるかというと、3万円、10万円で済む感じはしません。少なくとも100万円くらいはかかるでしょう。そう考えると、単純計算でも3,000億円はかかる。対策もそのぐらいの覚悟を持ってやっていかなければなりません。

基金や税制優遇なども一案

では、氷河期世代の無業者に対して、具体的にどういうことが大事なのか。正直、いいアイデアはないのですが、雇用創出基金事業という手もあります。これが最も功を奏したのは、多くの非正規の人が仕事を失い、大きな問題になったリーマン・ショックのときです。2009年春に緊急的に基金を4,000億円ぐらい積み、各都道府県に配分し、臨時でもいいので働く機会をたくさん創りました。失業率の悪化が5%程度で済んだのも、基金事業という思い切った対策があったからだと、私は思っています。助成金を使って氷河期世代を支援しようという考えもありますが、助成金は、それほど大きな効果は期待できません。一事業主が助成金を受けて人を雇うということになっても、いきなり100人、200人規模を雇うことにはならないからです。

それに対し、過去には「雇用促進税制」という施策があって、人を雇う場合に税制上の優遇をしたことがあります。リーマン・ショック後の緊急政策だったのですが、40~50万人という大規模の雇用機会を創ることができました。雇用促進税制は、今は終了していますが、これと同じように氷河期世代を雇った場合に税制上の優遇をするという方法もあるでしょう。

思い切ったものでは、親子ペア就業支援というのができないかとも考えています。「親70歳・子40歳」や「親80歳・子50歳」といった世帯では、親子共倒れになる危険がある。氷河期世代の子だけではなく、親も含めて、親子で一緒に働けるような世帯単位の支援を考えてもいいのではないかと思います。

別のSNEPに関するシートを見てください(シート4)。

氷河期世代のうち、SNEPを含む未婚無業者が68万人ぐらいいて、そのうちSNEPが48万人。つまり残りの20万人は、友人や友達との交流がある無業者で、SNEPの大部分は「家族とのみ交流がある」という人です。ひきこもりというと、ずっと1人で家にいるというイメージがありますが、実際には自分をひきこもりだと認識していないケースもありますし、家族とだけは交流があるケースもたくさんあります。こうしたケースでは、親子で一緒に働ける機会があると、子は安心感を持つことができる。

「親子で」と言うと、甘やかしていると言われるかもしれません。ただ、考えてみると、もともと日本は自営業も多く、家族で働くことが当たり前だった時代もあります。「ひきこもり」「ニート」という言葉がまだない時代でも、他人とかかわるのが苦手な人はいたはずで、親や兄弟に守られながら働けたので、そういう意味では昔の方が生きていくことが容易だったかもしれません。

未来の働き方の指針に

無論、親子ペアの就業でも難しいという人もいるかもしれません。そうなった場合は、やはり「働く」ということ自体の考え方を、これをきっかけにしてわれわれ自身が見直していく必要があるのでないでしょうか。

雇われて働くだけではなく、地域の担い手になってもいい。地域では人口減少など様々な問題があります。地域のなかの困っている人同士、例えば、高齢者、障害を持っている人、家庭に困難を抱えている人、氷河期世代の人も含めて、皆が互いのことを認め合い、支え合いながら、地域のなかに様々な循環をつくっていく。氷河期世代は、これからの働き方を見直すための大事なきっかけになってきた世代でありますが、同時に、未来の働き方についての一つの大きな指針を示す世代にもなっていって欲しいと考えています。

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