パネルディスカッション

パネリスト
西川 大輔、岡田 晃、齋藤 朋子、奥田 栄二
コーディネーター
木谷 宏
フォーラム名
第103回労働政策フォーラム「治療と仕事の両立支援」(2019年6月28日)

「仕事と治療の両立支援」の重要性

木谷 まず両立支援の重要性について、どのような考え方でこの両立支援に取り組むべきかをもう一度改めて再確認をさせてください。

さまざまな制約を持つ方が活躍できる環境づくりが大事

西川 今日お話ししたのはがんの話ですけれども、両立支援はいろいろな角度、いろいろな形でありまして、介護、育児、障害、ほかの病気も含めて、いろいろな方がいろいろなある意味制約を抱えながら仕事をしているのが今の世の中です。そういった方々がちゃんと活躍でき、会社に貢献してくれる環境をつくるというのはとても企業にとっては大事なことで、私どもの場合は、1つはがんという施策を通じてそれをつくれればと思っています。別にこの施策をやることで、がんの方だけということではなく、組織全体にそういう風土が生まれ、環境が生まれるということがとても大事なことと思っていますので、その考え方はすごく必要なことではないかと思っています。

もう1つは、やはり企業ですので、何のためにやるのというところがとても大事でありまして、そこをちゃんとぶれることなく持っておくというのは、いろいろな施策をやる上でも外してはいけないことと思っております。

トップのしっかりとしたコミットメントが必要

齋藤 まずはやはりトップの考え方だと思ってます。今回、国立がん研究センター(以降、がんセンター)が作成した「がんになっても安心して働ける職場づくりガイドブック」注)の大企業編と中小企業編のガイドブックを置かせていただきました。このガイドブックをつくる時に、私もアドバイザリーボードメンバーとして入り、「特に中小企業においてはトップの考えって大事だよね」というコンセプトでガイドブックをつくっています。「中小企業は特に採用が厳しい、採れない」、そうやって嘆くよりは、既存の社員に安定した雇用を確保して、安心と安全を保障してあげる、そのほうが大事なんじゃないか。これをあるセミナーで言ったときに、先ほど岡田さんからご紹介いただいた雇用継続助成金がぽっと出てきました。もしかしたらそれを聞いてくださった方が何かここに知恵を入れてくださったんじゃないかと思っています。

注)このガイドブックはがんセンターのサイト「がん情報サービス がんと共に働く まず一歩前へ。新しいウィンドウ」でダウンロード可能。

木谷 ありがとうございます。この両立支援を進めていくためには誰がキーパーソンとなってスタートしていくべきか。やはりトップが非常に重要であると思います。これはこのテーマに限らず、さまざまな改革や変革を進めるに当たって言われ続けているわけですけれども、中でもこのテーマでは大事かもしれません。

患者と企業双方に理解を促進

木谷 企業と病院、ご本人をつないでいらっしゃる岡田さんのお立場としてはどうでしょうか。

岡田 両立支援といいますと、どうしても在職中の方ががんに罹患して復職するというイメージでとられています。ただ、ハローワークでは辞めた方の再就職の支援が主な業務ですので、直接的な部分ではないかとは思いますが、年に数回、企業の方向けにこういったセミナーを開いてハローワークの取り組みをご案内しています。そのときに、実際の患者である社会人の方がどうお困りで、どういうふうにしていったら仕事が続けられるのか、再就職できるのかというような事をお話しし、企業の方々に理解していただくようにしています。

1つ加えさせていただきたいのが、病名を言った途端に断られてしまうという話です。私が患者さんによく言っているのは、病名と業務内容が一致するわけではないので、ご本人から病名を言わなくてもいい、ということです。これは医療者、ソーシャルワーカーなど支援者の共通認識になってきているのですが、それよりも、お体の状態、配慮が必要であることや通院の頻度が業務に影響するかどうかということをお話の対象にしています。病名で断ってしまうのは、それはちょっとカテゴリーが違うので、例えば長期の出張がある仕事なのに通院頻度が高いとか、重い物を持つ仕事が多いのにとか、そういったことの差異に関して注目すべきであって、病名と仕事、やる内容が一致するわけではないですよということをお話ししています。

早期発見、予防対策が重要

木谷 今回調査をなさった奥田さんのお立場から、企業の方針のあるべき姿といったところについてコメントをお願いします。

奥田 私は企業の人間ではないので、どちらかというと、アンケート調査やヒアリング調査から得られた感触として思うところを述べたいと思います。

今回報告したアンケートで気になるデータは、医療技術がすごく進歩しているので、身体疾患でも早期発見の人はかなり早く戻ってきていることです。私がヒアリングで聞いた事例でも5日間ぐらいで戻ってきたという事例がありました。逆にステージが高いケースはどうかというと、重度であるほど治療期間・休職期間が延びています。あるいは、身体疾患であったがメンタルヘルスの症状も出てしまい、身体疾患の克服はできたもののメンタルヘルスで休職を何度も繰り返す、ということになると戻りづらくなります。つまり、治療においては早期発見が重要であるということ。健康診断、それと連動する企業側の2次健診の催促、フォローアップ、これは非常に効果があると感じております。その点で企業の取り組みに関係するのではないかというのが1つ。あとやはり社員の健康意識です。ヒアリングで脳血管疾患の患者さんのケースを聞きましたが、意外に自分で気づいている方もいらっしゃって、その点では健康意識の向上も取り組む課題になると思います。以上のことから、予防面で取り組めることは多いのかなという印象です。

運用のノウハウ、考慮・配慮したポイント

木谷 では、次のテーマとして、運用のノウハウや特に配慮したというポイントについて教えていただければと思います。

西川 齋藤さんの話にもありましたが、1つはトップのメッセージをきちんと出すこと、あるいは、なぜこういうことをやるのかの理由づけが社員の心に響くかどうかはとても大事なことだと思います。

私どもの施策の紹介をすると、よく「大企業さんだからできるんじゃないですか」みたいなお話をされることがあるんですが、実はお金が大事ではなくて、安心感のところかなと思っています。別にお金をかけなくても、いろいろなやり方があると思うので、自分たちのやれるやり方というのを考えるのが大事なのかなと思っています。

最後に、病気は個人ごとに進捗度も状況も全然違いますので、個人に寄り添っていき個別最適化するというのは非常に大事なことです。制度をつくっても、そのままではほとんど使えない方が多くて、例外的にこういう運用でやろうとか、常に見直しながら、その人に合わせて変えていくということが大事かなと思います。

木谷 それでは齋藤さんはいかがでしょうか。

齋藤 私の話を聞いていただいて、こんなことから始めればいいのみたいな感想をよくいただくこともありますが、ほんとうに大きなことをしようとせず、小さなことから始めてみるのが一番いいのかなと思います。私がこの会社に入ったときに、この企業文化すばらしいなと思ったことは、家族ぐるみであるということです。あと利他主義なんですね。他人に対しての利益を追求し、自分の利益は後回しみたいな企業文化を全社的に意識させるには何が必要かということを考えた結果、ファミリーデーだったり、あとは社内報だったり、そういった取り組みに発展させていきました。

木谷 どうもありがとうございます。両社ともいい意味で似ていらっしゃると皆様も感じられたのではないかなと思います。非常に小さいところからきちっと始めていく。それから、やはり何といっても根本に、社員を単なる従業員という見方だけではなく、ある意味お客様と同列の非常に大切な存在であると捉えることで、極めてきめ細かい取り組みをなさっているんだなというのが1つです。

もう1つは、この両立支援というテーマが、ほかの会社の政策であるだとか、人事の施策だとか、全然別の世界の話ではなくて、ちゃんと融合されているというところです。特別の何か新しいことを特別の枠組でやるというのではなくて、今までのマネジメントサイクルの中に組み込まれているからこそ無理のない形で進んでいくんだなと感じました。この辺がどうやら運用の工夫の妙技ではないでしょうか。

会場からの質問

病気と仕事の両立に関する個人業績目標について

木谷 伊藤忠の西川さんにご質問です。両立している本人が立てた目標管理の項目の具体例を教えてほしい。また、療養がもしも長くなり、就労、復職がなかなか難しいという場合には、目標は達成できなかったということになってしまうんでしょうか、という2点ですです。

西川 評価については、基本的にプラス評価しかしていません。ですので、頑張れば加点がつくということになります。応援するための仕組みということもありますので、マイナスにはしていません。それと病気を治せるかどうかが目標ではないので、病気が治った、治らないでプラス・マイナスの評価はありません。大事なところは仕事と病気をちゃんと両立するために何か努力ができましたかということだと思います。

具体例については、人によってさまざまです。ある程度普通に会社に来られて、治療しながらという方であれば、どんなふうに周りの人と仕事をシェアして、休むときとか通院するときにも仕事が途絶えないような仕組みをどういうふうにつくるのかとか、半日ぐらいしか来られないという方は、逆に、いない時間帯でできることとか、工夫して遠隔で仕事ができるようにしますとか、本当にさまざまです。

木谷 その立てた目標というのは、ほかの方とも共有はされているのでしょうか。

西川 今は上司の方とご本人です。ただ、組織的に支援することが必要なので、上司の方によっては、組織のメンバーと共有しています。

非正規に対する取り組みについて

木谷 次に齋藤さんにお聞きします。非正規の方への取り組みはどうなっていますか。

齋藤 弊社の場合の非正規というと、定年後(60歳以降)嘱託雇用として働く者、契約社員の者、そういった直雇用の者に関しては同じような形で支援をしています。派遣社員はうちとの労働契約を結んでいないのでやっておりませんが、今後、派遣元とともに、何か問題が起きたときには、何ができるのかというのを考えていくことになると思います。

木谷 ありがとうございます。直雇用であったら非正規の場合でももう既に対象としていらっしゃるということ、これはすばらしいことです。

がん以外の難病への公的支援、補助金などの仕組みについて

木谷 ハローワーク岡田さんにご質問です。がん以外の難病への公的支援、補助金のような仕組みはあるのでしょうか。

岡田 東京都の奨励金は難病の方も対象者です。実際、ハローワークでは難病患者さんの専門の相談員がいます。例えば飯田橋ですと、私と同じような立場で、難病の患者さん専門の相談員がいますので、そういうサポートが得られます。

がん患者の求職者が採用されるための心がけ

木谷 もう1つ質問です。がん患者の求職者の方でうまく就職に至った方について、採用される秘訣、ポイントなど何かお気づきの点はありますか。

岡田 困難性により配慮していただきたい部分も変わるので、特定はなかなか難しいのですが、自己プレゼン力の高い方は就職する率が高いと思っています。面接の場ではご本人一人でやるしかないので、病気のことをうまく伝えられる方が比較的うまく就職するんじゃないかなという感覚があります。

職場の同僚に対する配慮について

木谷 両立支援でその方に合理的な配慮をすると、そのしわ寄せが同僚の方々に行ってしまうのではないかという観点から質問がきています。職場の同僚から不満が出たり、あつれきみたいなものが生じたりしないでしょうか。また、それを予防するために何か活動や対策をされていらしたら、差し支えない範囲でお教えてください。

西川 この仕組みを始めたころは同じように、現場から自分たちに負荷がかかるというような不満が出るのではと心配しましたが、ほとんどそういうことはなく、レビューすると逆に言ってもらったほうがきちんと支えられるという環境になっている。これが1年間やってみての感想です。対策としては、セミナーのような形でがんの啓蒙をすること。導入初年度は全組織長を集めた研修をやりました。がんがどういうものなのかという説明と、自分の身近にがん患者がいるか、もし自分ががんになったらどうなるか、部下がなったらどうなるかなどのアンケートをとり、ワークショップ形式でいろいろ議論してもらって、その中で会社はこういう政策を入れている、と皆さんにご紹介するような形をとりました。そのようなことをやって啓蒙しています。

木谷 ありがとうございます。齋藤さんはいかがでしょうか。

齋藤 同僚への配慮ですが、その同僚の方は多分ご自身が健康体であって、がんになる可能性がないと思っていらっしゃる方だと思うんですね。だから、不公平や不平等だと感じて、そのように訴えられていると思うんです。私がいつも大切にしているのは、日ごろから社員の健康に対して声がけをするということなんです。ちょっとした不調があったときでも誠意を持って1つずつ解決していくという姿勢を会社として見せていくことで、明日は我が身だというのをみんなに実感してもらっている。なので弊社の場合は特に不満は出ていないです。

クロージングコメント

西川 全体を通して何度かお話しいたしましたが、状況は各社各様だと思うんです。皆さんの中でどこを解決していくことが社員に向き合うことなのかというところが一番大事だと思っています。少しでも当社の取り組みがご参考になったのであれば、とても幸いです。

岡田 最近気になるテーマの中に、「医療的治癒」と「社会的治癒」という言葉があるようです。医者は働いていいと言っているけれども、日常生活とか仕事をしたときに問題がありそうというズレがあって、医者の見立てと私たち支援者や家族の見立てが違う、ご本人は働けると思っているみたいなことに違和感を覚えています。このあたりのことで、病院のソーシャルワーカーの方の力というのは非常に大きいと思っています。企業の方々も、ご本人の了解の上で病院にアプローチすること、それが働きやすさに変わってくると思うので、そういうことも考えていくといいと思っています。再就職支援をしている私のテーマであると同時に、企業の方々にとっても必要なことだと思っています。

齋藤 特に中小企業の皆様にメッセージを差し上げたいと思います。中小企業にとって、社員のニーズを把握して、それを制度や施策に生かしていくというボトムアップの組織を私は目指していますし、それは可能じゃないかと思っています。こういったことで社員が満足感や納得感を得られるのであれば、もうそれは非常に大きなメリットです。企業によっては復職後の支援に焦点を当てているところもあるんですけれど、私が社員と向き合って感じる一番不安な状態というのは、がんの確定診断前と病院選びになります。その病院選びと治療計画がしっかりし、しかも信頼の置ける医師に出会った時点で皆さん安心するんです。そこをきっちりフォローしていくことがその後の支援にもうまくつながっていく。これを少し頭に入れていただけるのであれば非常にありがたいと思っています。

奥田 企業の皆さんとハローワークの非常に先進的なお話を聞いてほんとうに勉強になりました。齋藤さんからもお話があったんですけれども、中小企業のできることは多いんじゃないかと実は思っています。大企業はやはり制度が充実していますけれども、中小企業だからこそ、きめ細かくできることがあると。例えば、数人の企業で初めてがんになりました、そういう企業もあると思うんです。そうしたとき、どうしたらいいのか。やはり思うのは、前例というのは大事だということです。1つ前例があるだけでも、これほど会社はやってくれるんだと、それがまた安心につながり、非常に忠誠心も高まって定着も高まる、それが他の社員にもやはり影響すると感じました。前例というのは、育児休業など他の前例でもいいかもしれないです。そういう類似なものでも前例として使えるということも含めて、ある種の経験が重要なんじゃないかと、今日の話を聞いてさらにそう思いました。

木谷 初めに基調講演で、この治療と仕事の両立支援に当たっては、本人と会社と病院、この3者は絶対に欠かすことができない。そして地域・社会という、例えばハローワークがあったり、産保センターがあったり、みんながばらばらの言葉を使っている。誰かがコミュニケーターになりながら、足並みをそろえていくということが大事だというお話をしました。今日のフォーラムの中では、会社、それから地域・社会に寄った話になりましたので、もしも次にやる機会があれば、医療機関の方々に入っていただくということもあろうかと思います。

最後に、本人は何をすればいいのか。支援を仰ぐだけでなく、本人にできることが3つあると思います。

1つは、自己管理義務です。やはりしっかり健康管理をする。それから健康診断をきちっと受ける。そして、要再検査とでたら、ちゃんと再検査する。それはある意味、会社に安全配慮義務があるのと同じように、働く我々一人一人も自己管理義務といったものがあるということです。ですので、まずは、一人一人がしっかりと自己管理義務といったところを果たしていくということが1つ目。

2つ目は、元気なうちからやはり金銭面の準備をしておくということです。ちゃんと保険に入るみたいなこともそうかもしれません。ふだんからしっかりと、お金のことを中心に備え、覚悟をしておくということが2つ目。

最後3つ目ですが、会社はもちろん全ての方を支援したいし、全ての方を支援すべきだと思うんですけれども、いい仕事をするよい社員を支援したいわけです。となると、ふだんから能力を高めておくこと。病気になったけれども、やっぱりやめられちゃ困ると思ってもらえるためにも、ふだんからみずからの職業能力を高めていくことが、みずからの身を守るということにもなるかもしれません。