事例報告 中小企業における両立支援

齋藤 朋子
株式会社松下産業 ヒューマンリソースセンター センター長
フォーラム名
第103回労働政策フォーラム「治療と仕事の両立支援」(2019年6月28日)

三方よしから四方よしへ

当社のモットーですが、近江商人の三方よしという精神にプラス協力会社、いわゆる職人さんを加えて四方よしということにしています。社員を大事にすることだと、経営者の松下はよく申しています。社員を大切にすることで顧客へもいいサービスができるし、一緒に働く協力会社へも、また世間にも充実したサービスを提供できるんだということをよく言っています。

松下産業は電器メーカーとよく間違えられるんですが、ゼネコンです。何でこの場にいるのかというと、東京都が平成26年初めて実施した「がん患者の治療と仕事の両立に関して優良な取組を行う企業への表彰」で優良賞を頂戴している、これがきっかけになっています。

弊社のがん患者の就労継続に関する実績なんですが、過去10年間で13人、現在も就業しているのは8人で、残りの5名の方は定年退職で退職された方もいますし、亡くなられた方も2、3人いらっしゃいます。現在も頑張って働いている人間をいろいろな雑誌やセミナーにご紹介させていただいていて、社員のQOL(クオリティ オブ ライフ)も高まっております。

病気と治療の両立支援に対する取り組み

当社の取り組みは大きく分けて次の6つです。

  1. まず本人と話す
  2. 主治医・産業医・専門家との連携
  3. 治療を支える家族もサポート
  4. 社内制度、公的支援の周知、病気の理解促進
  5. 日ごろの情報収集とニーズの把握
  6. 会社とのつながり、やりがいを感じてもらう

1. まず本人と話す

まず病気になったと言われたときには直接出向きます。病気になった、がんになったという連絡があると、私または役員のほうで病院まで、または自宅に駆けつけて、本人の治療計画、業務引き継ぎ、ご家族も近くにいらっしゃった場合はご家族の不安とか、そういった悩みもヒアリングさせていただいています。不安になっていますので、まずは会社の人間が顔を出して、本人の不安を取り除いてあげるということをしています。その結果を踏まえて、弊社の中ではグループウエアを使って関係者で共有します。もちろんその中には本人も入っています。本人が病院または自宅からグループウエアにアクセスしながら、治療の状況、退院のめどについてお互いに情報交換しながら、役員、私のほうから励ましのコメントをしていくというようなやり方をしています。

2. 主治医・産業医・専門家との連携

産業医の先生が50名以上いらっしゃいます。実際に現場に足を運んでもらい、足場に上ってもらったり、高所作業の場所まで行ってもらったり、実際の現場を感じてもらって、より主治医との情報の連携をとってもらいたいということでやっています。それから、嘱託産業医、特に開業医が産業医の中でも多いようですが、開業医ですので必ずオーバーフローしますよね。産業医の部分にはなかなか時間がとれない方が多い。弊社の産業医もそうで、その部分を産業保健師に委託して、実際にやってもらっています。産業保健師の分野はほんとうに幅広いので、私も非常に驚いているところです。それから、主治医面談に同席。これも、あるくも膜下出血の社員の家族が主治医と話す段階になって1人ではとても無理だという話があったときに、産業医に入ってもらったということもありました。それから、各種専門家、がん相談支援センター、ハローワーク、地域産業保健センターとか、そういったところと連携しながらやっています。

3. 治療を支える家族もサポート

社内理解という意味でいうと、ファミリーデーをうまく活用しました。平成22年ぐらいでしょうか。東京しごとの日ということで、東京都がファミリーデーに出す助成金を利用して、弊社もそういったファミリーデーを実際に行って、家族に現場を見てもらう、お父さんお母さんの仕事をわかってもらう。さらに付加価値としてあったのは、社長や私が一緒に行くことで家族との交流が図れる。あの人に相談していいんだというような、そういった認識ができるというのも1つのおまけでした。

4. 社内制度、公的支援の周知、病気の理解促進

いろいろありますけれど、中でもGLTD(団体長期障害所得補償保険)でしょうか。何度かこういったセミナーでもお話しさせていただいておりますが、弊社の場合は65歳まで病気になっても生活保障します。通常1割程度が平均だと保険会社に聞いておりますけれども、弊社の場合は4割を支給しています。4割でもコスト的にはそんなにかかっていないんです。月額でいうと1人当たり1,600円ぐらいの保険料なので、安心感のほうをとっているという形になります。

そして、先ほど木谷先生がガイドラインのお話をちょっとされましたけれども、厚生労働省のガイドラインに模したような形で、弊社に必要な部分だけをとった文書を本人または家族にお渡ししています。「療養期間に入る○○さんへ」というような感じです。少々細かいんですが、病院、保険、業務のことはこの人に相談してくださいというような、ほんとうに簡単な形式のものを渡しています。これなら中小企業の方でも簡単にできるんじゃないかなということで、1つアドバイスさせていただきたいと思います。

5. 日ごろの情報収集とニーズの把握

特に300人以下の中小企業の場合ですね。弊社の場合、40年以上前から実際に役員と社員が1対1で年に2回面談をしております。その記録をとどめて、ニーズを探っていくというのを繰り返しやってきた会社です。私も中途でこの会社に入ったとき、こんな手間のかかることをよくやっているなと、すごくびっくりしました。その中から、本人の仕事の内容だけじゃなくて、本人のプライベート、健康状態とか家族の介護とか、田舎にある資産の話とか、もうほんとうに多岐にわたる話をいろいろ聞きまして、それをニーズとして取り込んで、いろいろな制度または施策に生かしているという形になります。

6. 会社とのつながり、やりがいを感じてもらう

社内理解促進として社内報を利用させてもらいました。本人の同意をもって闘病記を掲載しており、健康のありがたさというのを書いてもらって、それをみんなで読む。明日は我が身だという形でみんなに理解してもらうというのをやっています。

私がいるヒューマンリソースセンターは、採用から退職の間までいろいろな人生の節目がありますけれども、その節目節目に沿ったサポートをしている部署なんですが、その中にがん、病気、そういったものの支援も含まれています。ヒューマンリソースセンターが特に大切にしていることは、「狭くなりがちな視野に、多角的視点を付与する」ことです。実際に病気になった社員またはご家族は、どうしても看護、生活していくだけでほんとうにもう疲労困ぱいしています。その困ぱいしている中で、違う治療の方法、選択肢があるのかなんて考えられないです。そのときに、私のような第三者が「セカンドオピニオン、どうですか?」と聞いてみたりすることもあります。というのは、亡くなられた社員のご家族が「あの選択肢で正しかったのか」ということを口にされたことがあったからです。あのときは治療、看護で一生懸命だったけど、後になって思うこともあるんだなと思いましたので、そういった形でちょっと私の視点を入れています。ただ、家族が勇気を持ってその選択をした場合は、私もそれを全力で応援していくということをしています。

中小企業でもできることとは

コストもかかるし、マンパワーもないし、できないんじゃないのと思っていらっしゃる方もまだまだいらっしゃるように伺っています。私の場合は、ヒューマンリソースセンターを2013年につくるとなった時点で、相談窓口を一元化すると社長に言われ、それならば私の社内リソースだけでは足りないと思い、社外のリソース、リファー先を充実させてほしいということは伝えました。やはり社外の専門家に頼ることも今後大切になっていくんだろうなと思います。この数年間でほんとうにいろいろな社外リソースができています。ハローワークもそうです。産保センターもそうです。あと、がん相談支援センターはその病院じゃなくても、ほかの病院でも無料で相談できるのをご存じの方も多いと思います。私も頼っていて、信頼の置けるある病院の看護師さんに相談して、家族の、または本人の支援をさせていただいています。

ヒューマンリソースセンターの特徴としては、組織構成上、あえてラインから外しています。ラインのしがらみから外しているということです。実際に取締役会の直下にありますので、実質的な権限を付与していただいています。それから、相談窓口を一元化することによって、社外の専門家から得たデータやノウハウがほんとうに一元的に蓄積されているような感じが私の中ではしています。そして、それをまたがんの社員、病気の社員にフィードバックしていく、そういったサイクルができつつあるなというのを今感じているところです。

なぜ治療・就労の両立を支援するのか

最後に松下の言葉をお伝えさせていただきます。

「四方よしの基本は、顧客満足、それをつくり出す源泉は社員である。社員の満足と安心なしには、会社経営は成り立たない。社員の最大の関心事は健康、その中でもがんへの不安である。これを解決することが、四方よしに結びつくものだから。」

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