研究報告 第四次産業革命下における労働法政策をめぐる日・独比較──Comparative Labor Law on Labor Policy for the Fourth Industrial Revolution

Ⅰ はじめに――第四次産業革命をめぐる労働政策上の動向

私のほうからは、「第四次産業革命下における労働法政策をめぐる日・独比較」というテーマで、研究報告をさせていただきます。私は、現在、JILPTにおいて、①いわゆるAIやIoT、ビッグデータ等の新たなデジタル・テクノロジーの利活用による産業構造の変化、いわゆる第四次産業革命が、雇用社会にどのような影響を及ぼすのか、②またそれによって、どのような労働法政策が新たに必要とされるのかといった問題意識のもと、特に第四次産業革命(Industrie 4.0)という概念の生みの親であるドイツにおける政策動向や議論状況を素材として、主に労働法政策の観点から、研究を行っております。本日は、これら①・②の問いについて、ドイツの状況とも比較しつつ、我が国における政策的対応の現状と今後の検討課題について、報告することとしたいと思います。

それではまず、ドイツにおける議論の経緯から、確認しておきたいと思います。ドイツにおいて、第四次産業革命という概念が明確に示されたのは、2011年にドイツ連邦政府が策定した「ハイテク戦略2020・アクションプラン」においてであり、その後の2013年4月に第四次産業革命の実現に向けた課題や取り組みについて議論するためのプラットフォームが設立されました(シート1)。そこでは、第四次産業革命とは、主に製造業分野を念頭に、AIやIoT等の新たなデジタル・テクノロジーを活用することにより、バリューチェーン全体をスマート化・ネットワーク化したシステム(サイバー・フィジカル・システム〔CPS〕)を構築することで、生産性の飛躍的な向上を狙うものとして説明されております。

もっとも、このプラットフォームを管轄していたのは、日本の経産省と文科省に相当する官庁でありまして、必ずしもこの時点では労働というテーマにフォーカスされてはおりませんでした。そこで、2015年4月に、日本の厚労省に相当する連邦労働社会省のなかで、新たな労働政策のあり方について、Industrie 4.0にちなんで、"労働4.0"というタイトルのもとで議論がスタートいたしました。そして、かかる議論の取りまとめとして、「労働4.0・白書」が2016年11月に連邦労働社会省から公表されております。さらに、2018年3月に第四次メルケル政権が発足してからは、「将来に向けた対話プロセス」というタイトルのもとで新たな議論がスタートしており、今年の9月には新たな報告書も公表される予定となっています。

一方、日本においても、第四次産業革命の進行は、現在既に既定路線となっているものと見てよい状況にあります。すなわち、現在の日本の政府の成長戦略においては、「Society 5.0」の名のもとに、AIやIoT、ビック・データ等の先端技術を、産業はもちろん、社会生活のあらゆる分野にも実装し、それによって経済発展と社会的課題を解決してゆくことが、目指されております。内閣府のHPでは、「Society 5.0が実現された社会においては、IoTにより、全てのヒトとモノとが繋がり、現実、すなわちフィジカルの空間のセンサーから膨大な情報が仮想、すなわちサイバー空間に集積され、かかるビッグ・データをAIが解析し、その解析結果が現実空間の人間にロボット等を通じてフィードバックされ、それによって新たな価値が産業や社会にもたらされる」と説明されておりますが、これは、ドイツ連邦政府がIndustrie 4.0によって目指しているものとほぼオーバーラップしているものと見ることができます。

それでは、雇用・労働への影響という点にフォーカスした、日本の政府レベルでの動きはどうでしょうか。この点、日本では、ドイツに少し遅れる形で、2016年1月にまず、「働き方の未来2035」という懇談会が厚生労働省に設置され、同年8月に報告書が公表されました(シート2)。これが、近時の技術革新と労働政策について検討を行った日本で初めての取り組みであったわけです。

もっとも、この「働き方の未来2035」における議論というのはどちらかといえば総論的なもので、個別具体的な労働政策を提案しているわけでは必ずしもなかったのですが、その後の2017年3月に、いわゆる「働き方改革」の実行計画が公表されるに至ります。そのなかでは、第四次産業革命によって今後広がることが予想される、雇用型ないし自営型のテレワークについて政策的対応を進めることが明記されました。そしてその後、これらのテーマについては、厚生労働省のなかに「柔軟な働き方に関する検討会」および「雇用類似の働き方検討会」が設置され、現在では既に報告書も公表されているところであります。

そしてさらに、2017年7月には、厚生労働省の労働政策審議会に労働政策に関する中長期的な課題を検討する場として、労働政策基本部会が新たに設置され、ここではまさに、「AI等の技術革新の動向と雇用・労働への影響」が、議論すべきテーマの一つとして正面から採り上げられております。基本部会は昨年の9月に、この間の議論をとりまとめた報告書を公表しておりますが、今後も引き続き同部会における議論が予定されているところであります。

Ⅱ 雇用社会の変化予測と労働法政策上の課題

それでは、これら日・独における議論のなかでは、第四次産業革命あるいはSociety 5.0の進行により雇用社会にはどのような変化が生じると予測されているのでしょうか。このような変化には非常に様々なものがあるかと思われますが、ここでは代表的なものとして四つの変化を指摘しておきたいと思います。

まず第1点目としては、職場でAIやロボット等の活用がどんどん進んでゆくことで、人間の役割が変化してゆくということが予想されます。この点、有名なFrey/Osborneの研究では、日本では49%、ドイツでは42%の仕事が、今後AI等の新技術によって代替可能となるとの予測が示されています。しかし、ドイツの「労働4.0・白書」や、日本の労働政策基本部会の報告書のなかでは、AI等によって代替されるのは職業全体ではなく、職業を組成する個々のタスクであると指摘されています。また、私が昨年、連合総研と共同で実施したヒアリング調査のなかでは、既に日本でも多くの企業でAIが活用されているものの、いわゆる技術的失業の問題はいまだ生じていないという実態が明らかになっております。むしろ、AIによって人間が作業をこれまでよりも効率的に行うことができたり、人手不足・後継者不足の問題が解消されるといった、メリットが顕在化しているようであります。ただ、現時点ではそうであるとしても、将来的には、これまで人間が行ってきたタスクのなかで、単純なものはもちろん専門的なものであっても、定型的なタスクは、AIやロボットに代替され、人間は例えば企画や商品開発等のように、より創造的で付加価値の高い仕事を行うことが求められる可能性があるという点については、日・独共通した問題意識となっているところであります。これは特に、いわゆるジョブ型社会であるドイツにおいては、ジョブディスクリプション(職務記述書)の内容が変わるということを意味します。

また、第2点目の変化として、情報通信技術やモバイル機器の発展によって、従来の仕事のなかで、完全にデジタルの世界のなかで処理できるものとそうでないものの切り分けが進むことになります。それによって今後、テレワークをはじめ、時間的および場所的に柔軟な働き方が広がり、労働者が、いつでも、どこでも働けるようになることが予想されます。このような働き方は、一方では、労働者のワーク・ライフ・バランスの実現に資するという点や、高齢者や障がい者のように移動に物理的な制約のある人々も雇用社会で活躍できるようになるという点では、労働者の側にとって大きなメリットとなることが期待されます。しかし、他方では、インターネットを通じて、上司や同僚、あるいは顧客が、労働者に対していつでもどこでも24時間アクセスすることができてしまうという点では、当該労働者の長時間労働による健康被害というリスクも、伏在していると言えます。

さらに、第3点目の変化として、最近になって日本でも、クラウドワークに代表されるように、いわゆるデジタル・プラットフォームを通じた新たな働き方が注目されています。このような働き方のもとでは、一般的には個人事業主ないし独立自営業者として働くことになるので、一方では、自身のペースや裁量で仕事を行うことができるというメリットがあります。しかし他方では、自営業者である以上、仕事の受注が不安定な場合があり得ますし、雇用労働者と比べてみると、ケガや病気、失業や高齢化に対するセーフティネットが十分ではないという点で、プラットフォームを通じた働き方は、貧困化にとっての新たな原因となり得るというリスクがあることが、近年、国内外において指摘されるようになっております。

最後に、第四次産業革命が進んだ社会では、職場にモバイルPCやタブレットのような情報端末、あるいはウェアラブル端末等が導入されることで、使用者が労働者の個人情報(データ)に接触する機会が飛躍的に高まり、ビッグ・データとして蓄積されてゆくことになります。このことは、一方においては、ドイツのIndustrie 4.0においても目指されているように、ロボット等の機械が労働者個々人の特性にあわせて働き方をサポートする際には不可欠のものとなりますし、日本でも最近いわゆるHRテックを活用する企業が出てきておりますが、AIが労働者のビッグ・データを分析することで人事業務の効率化が図られるというメリットがあります。しかし、他方では、こういった労働者個人情報のビッグ・データ化は、使用者による労働者の完全監視を可能とする、あるいはAIの自動的なプロファイリングは労働者に対する不当な差別の原因ともなりうるといった点が、近年、ドイツをはじめ諸外国では大きな議論となっているところであります。

そうすると、このような雇用社会の変化(デジタル化)が予想されるなかで、労働法政策としてはどういったものが必要とされるでしょうか?いま述べた、四つの変化との対応関係に絞って言うと、第1の変化との関係では、デジタル化した雇用社会のなかでも労働者がemployabilityを発揮できるよう、職業訓練法政策の分野における取り組みが、また第2の変化との関係では、例えばテレワークのような柔軟な働き方を一方において促進しつつ、他方において保護するために、労働時間法政策の分野における取り組みが、さらに第3の変化との関係では、例えばクラウドワークのような自営的就業者をめぐる法政策上の取り組みが、最後に第4の変化との関係では、プライバシー侵害やデータに基づく差別から労働者を保護するために、労働者の個人情報(データ)保護法の分野における取り組みが、ぞれぞれ重要となってまいります。また、これらに加え、とりわけドイツにおいては、これら四つの変化に対応するための横断的な検討課題として、集団的労使関係法政策の分野における取り組みが必要であるとの指摘もなされております。以下、各政策分野について、日・独の状況を照らし合わせながら、順次検討したいと思います。

Ⅲ 職業訓練法政策

まずはじめに、職業訓練をめぐる法政策であります。先ほど述べたように、今後の雇用社会においては、AIやロボットの発達によって、定型的な仕事は機械化・自動化され、人間(労働者)は、より創造的で付加価値の高い仕事を担ってゆくという変化が予想されます。そうすると、今後は、AIやロボットには代替困難な、いわば人間に優位性のあるスキルを獲得することができるよう、職業訓練の分野における取り組みが非常に重要となってまいります。

周知の通り、これまでにも日本は、1980年代のME革命に代表されるように、何度か技術革新の波に直面してきました。しかし、正社員という働き方を中心とする日本の雇用システムのもとにおいては、技術革新によって余剰人員が発生した場合であっても、その都度、人材の育成を、いわゆるOJTによって行い、また当該企業内で配置転換を行うことで、雇用を維持するという手法で対応してまいりました。しかし、ME革命や1990年代のIT革命の時とは異なり、今回の第四次産業革命による技術革新は極めて速いスピードで発達し、かつ実用化されてゆくことが予測されています。そして、そのような状況の下では、従来の手法では、対応が追いつかない可能性が指摘されているのです。

そうしますと、今後は、今現在働いている労働者が、技術革新によってemployabilityを失わないために、自らが主体的に、企業の外で職業訓練(ドイツではこれを継続的職業訓練という)を受けることで、新たなスキルを身に付けるということが、いっそう重要となってきます。そして、その際には、課題1)いったい誰がどのような訓練プログラムを提供するのか?、また課題2)当該訓練自体にかかる費用を誰が負担するのか?、さらに課題3)訓練を受けるために必要な時間をどのように確保するのか?、課題4)また、本来の仕事を全部または一部休んで訓練を受ける必要がある場合、それによって生じうる収入の減少をどのようにカバーするのかという、四つの検討課題が生じることになります。

実は、これらの課題について、現在ドイツにおいては具体的な政策が順次実施されている状況にあります。ドイツではそもそも伝統的に、継続的職業訓練が活発に行なわれてきたという土壌がありますが、まず、課題1)について見ると、2018年11月には「ナショナル継続的職業訓練戦略」という政府と労使団体等によって構成される会議体が発足しており、現在ここで、第四次産業革命に対応するための新たな継続的職業訓練プログラムの策定作業が行なわれております。また、課題2)について言えば、ドイツでは昨年の11月に、失業保険制度を定める社会法典第Ⅲ編が改正され、継続職業訓練費用助成金制度の対象範囲が拡大されております。これによって、技術革新によって代替されうる職業に従事している労働者がスキルアップのために企業の外で継続的職業訓練を受ける場合には、当該労働者は、その費用の全部または一部について失業保険から助成を受けることができることになりました。さらに、課題3)について見ると、ドイツでは昨年12月のパートタイム・有期労働契約法の改正によって、フルタイムで働いている労働者が一定期間、労働時間を短くしてパートタイムで働くことができる権利が認められることとなりました。これによって、継続的職業訓練を受けようとするフルタイムの労働者が、パートタイムへ転換することで、受講のための時間を確保することができるようになっています。最後に、課題4)ですが、先ほど見た昨年11月の社会法典第Ⅲ編の改正によって、労働賃金助成金制度の対象範囲も拡大されております。これによって、自身が雇用している労働者が企業外で仕事を一部または全部休むことで継続的職業訓練を受けようとする場合に、休んだ分の賃金を減額することなく、支払ってあげようとする企業に対して、その賃金負担の一部を失業保険制度が助成してくれることになりました。かくして、ドイツにおいては、継続的職業訓練によって主体的にemployabilityを確保しようとする労働者に対する法的なサポートシステムが、昨年末以降、様々な角度から整備されている状況にあると言えます。

一方、上記・四つの課題について、日本に目を向けますと、日本では2017年の成長戦略に基づいて、経済産業省が、民間の事業者が社会人向けに提供しているAIやIoT、ビッグデータ等の高度IT技能の習得のための講座のうち、一定の要件を充たしたものを、「第四次産業革命スキル習得講座」として認定するという取り組みを行っています。また、かかる認定を受けた講座を労働者が受講した場合、受講費用のうち一定割合については、雇用保険制度から専門実践教育訓練給付金による助成を受けることができることとなっています。このように、日本でも、課題1)および2)については、既に一定の具体的な政策的取り組みがなされている状況にあります。

しかし他方で、ドイツとは異なり、日本では課題3)については、具体的な政策的議論はいまだなされていない状況にあります。また、課題4)については、ドイツ法と機能的に見て近いのは、昨年から従来の制度を整理統合して新たに発足している人材開発支援助成金の教育訓練休暇付与コースだと思いますが、これは対象が中小企業に限定されていることに加え、労働者の訓練休暇中の賃金支払いを助成するものではなく、制度導入にかかる経費として30万円を助成してくれるだけのものなので、これで果たして十分かという点については、ドイツ法との比較からは、今後の検討課題となろうかと思われます。

Ⅳ 労働時間法政策

次に、労働時間法政策であります。先ほど指摘したとおり、第四次産業革命が進むと、場所的・時間的に柔軟な働き方が可能となります。その代表例が、テレワークでありますが、ドイツでも、一方において、このような働き方をどのように促進するか、また他方でこのような働き方のもとでの労働者の健康をどのように確保するかということについて、活発な議論がなされておりますが、特に注目されるのが、「労働時間選択法」の整備であります。

これは、連邦労働社会省の「労働4.0・白書」のなかでアイディアとして提案されているものなのですが、大きくは二つの内容で構成されています。一つは、テレワークで働くことを労働者が希望する場合には、その実施について使用者と協議を行う権利を認めるというものです。この場合、使用者がテレワークの実施を拒否する場合には、その理由をきちんと説明しなければいけないことになります。また、もう一つは、現在、ドイツでは1日8時間という労働時間の上限規制と11時間のいわゆるインターバル規制という形で労働時間規制が行われていますが、特に知的創造性の高い仕事をしている労働者については、その働き方を場所的な拘束からだけでなく、時間による拘束からも解放するために、上記の労働時間規制を適用しないことを認めるというものです。

もっとも、労働時間規制というのは言うまでもなく労働者の健康確保を目的とするものですから、その適用を外すためには、厳しい要件を課すことが同時に提案されています。すなわち、かかる適用除外制度を利用しようとする使用者は、まず第1に、労働組合と労働協約を結ぶ必要があり、そこで対象となる労働者を定めなければなりません。また、第2に、ドイツでは各企業に事業所委員会という従業員代表組織があるのですが、この事業所委員会と労使協定を結ぶ必要があり、そのなかで健康確保措置等について定められなければなりません。また、第3に対象労働者本人の同意も必要となるといった提案が、先ほどの労働時間選択法案のなかではなされております。

これに対して、我が国における政策動向を見ますと、まずテレワークに関しては、厚生労働省は、「柔軟な働き方検討会」報告書を受けて、今年の2月に、テレワークが導入された場合の労働関係法令、特に労働基準法に基づく労働時間規制の適用関係について、企業はどういった点に留意すべきかを明らかにしたガイドラインを策定しています。一方、テレワークをそもそも導入するかどうかという判断は、現状日本では基本的に各企業あるいは労使の自治に委ねられていて、労働者に何か法的な権利を与えるといった発想は見られません。ただ、日本では昨年から、労働時間短縮を目的として、テレワークを導入しようとしている企業に対して、厚生労働省が助成金を支給する、時間外労働等改善助成金制度(テレワークコース)がスタートしています。もっとも、これは現在のところ、中小企業のみが対象となっているので、企業によるテレワークの積極的な導入を、どのように動機付けていくかが、今後も重要な課題になると思われるところであります。

ところで、日本でも、第四次産業革命が進み、人間が知的創造性の高い仕事を担うようになるとすると、そのような仕事にとっては、労働法による労働時間の規制はなじまないとの指摘があります。この点に関連して、日本ではいわゆる働き方改革による労働基準法改正によって、この4月から「高度プロフェッショナル制度」の導入が予定されています。これは、周知の通り、研究開発のような高度に専門的な仕事に就いている労働者について、一定の要件を充たす場合に、労働時間の規制を適用しないことで、本人の希望に応じた自由な働き方を可能としようとするもので、根本的な発想としてはドイツの労働時間選択法案と軌を一にしているものと見ることができます。しかし、この制度に対しては、特に年収要件との関係で、適用対象となる労働者の範囲が限定的であるとの指摘がある一方、適用対象となる労働者の健康確保のための措置がいまだ不十分であるとの指摘もあります。ドイツの労働時間選択法案は、これらの問題を労使による自治的な判断に委ねているわけですが、自身で柔軟に働く時間や場所を決めたいという労働者側の希望と、その労働者の健康確保をどうやってバランス良く両立させるか、またそのためにどのような法的ツールが適切であるのかを、今後も引き続き議論してゆく必要があると考えられます。

Ⅴ 自営的就業者をめぐる法政策

続いて、自営的就業者をめぐる法政策の分野であります。この点について、ドイツ、特に「労働4.0・白書」における議論の一つの特徴は、雇用労働者が起業して自営業者になるということは、社会のイノベーションの観点から、政府としてもこれを促進すべきとの立場に立っている点にあります。これも、先ほどの労働時間選択法案と同様、アイディアレベルなのですが、連邦労働社会省の「労働4.0・白書」のなかでは、「稼得活動個人口座」というものの設置が提案されています。これは、国が将来的に国民一人ひとりにあらかじめ口座を設置して、そこにお金を入れておいてくれるというものです。そして、各個人が独立起業しようとする時に、その口座からお金を引き出してスタートアップの資金にすることができるという制度として構想されています。こちらは、自営的な働き方の促進策として位置付けることができます。

一方、保護の側面はどうかというと、第四次産業革命の文脈でよく指摘されるのは、雇用労働者に類似した働き方をする独立自営業者が増えるという点です。この点について、ドイツではもともと「労働者類似の者」という概念があって、自営業者であっても、この「労働者類似の者」に当たると認められる場合には、労働法令の一部が適用されることとなっています。ただ、ドイツでは、「労働者類似の者」であると認められるためには、「経済的従属性」、すなわち自身の収入の半分以上を特定の相手方(発注者)に依存しているという関係が必要となっています。そのため、雇用類似の働き方のなかでもクラウドワーカーについては、複数のプラットフォームを通じて、複数の発注者から仕事を受けているといった状況が一般的であることからすると、経済的従属性はなかなか認められないのではないかという指摘もあります。このほか、ドイツでは、家内労働法をクラウドワークという現代の新しい働き方に対しても適用しうるよう、リバイズすべきだとの主張も見られるところであります。

一方、日本について見ますと、最近JILPTがクラウドワーカーを含む独立自営業者に対して行ったアンケート調査によると、現在、独立自営業者として働いている人々は、発注者に対して契約内容を書面化することを義務付けたり、発注者との間で何かトラブルが発生した場合に相談できる窓口や解決のための制度を設けたり、あるいは報酬の支払い遅延や減額を禁止する等といったルールを設けることを望んでいるという実態があることが、明らかになっています。

この点、厚生労働省は、「柔軟な働き方検討会」報告書を受けて、昨年の2月に、「自営型テレワークの適正な実施のためのガイドライン」を策定しています。そして、そのなかでは、発注者あるいはプラットフォームのような仲介業者が遵守すべき事柄として、契約条件の明示や報酬の支払い方等について、幾つかのルールを提示しています。しかし、これはあくまでガイドラインであり、法的な拘束力はありません。

そのため、今後は、労働者に近い働き方をしている自営業者について、労働法による保護の範囲内に取り込んでゆくのか、あるいは例えばドイツのように、労働者と純粋な自営業者との間に中間的なカテゴリーを設けて、労働法のうち一定のルールを及ぼすのか、あるいは契約内容の書面化や代金減額の禁止は、下請法のような経済法のなかにもあるので、そちらとの関係をどのように整理するのかといったことが、検討課題になると考えられます。

Ⅵ 個人情報保護政策

このように、これまで見てきた職業訓練、労働時間あるいは自営的就業者の保護政策については、日本も既に具体的な議論や取り組みを行なっているということができます。しかし、ドイツとは異なり、日本において少なくとも労働行政のレベルではほとんど具体的な議論がないテーマの一つに、労働者の個人情報保護の問題があります。

この点、ドイツも含めてEUにおいては、近年、個人情報(データ)保護の問題が非常にホット・イシューとなっています。その直接的な契機となったのは、昨年5月のEU一般データ保護規則(GDPR)の発効でありますが、例えばGDPRの22条は、AIによるプロファイリングのように、個人が自動的なデータ処理のみに基づいて何かの決定をされることがない権利を保障しています。また、このGDPRと並んで、ドイツでは連邦データ保護法という法律が、労働者のデータ保護について特別の規制を行なっております。特に、同法の26条は、採用時や、賃金の支払い等の義務の履行といった、労働関係上のいわば正当な目的にとって必要な最小限の範囲でしか、企業は労働者の個人データをそもそも取り扱ってはならない旨を定めています。また、企業は労働者から同意を得て個人データを扱うことは可能ですが、その場合には、その同意は真意に基づくものでなければならず、特に採用時に、個人データの取り扱いについて労働者から包括的な同意を取り付けることはできないこととなっています。このように見ると、ドイツでは、少なくとも企業がテクノロジーを通じて、無秩序に労働者の個人データをビッグ・データ化することはできないこととなっていると言えます。

このように見てゆくと、日本でも今後、第四次産業革命下における労働者の個人情報(データ)保護の問題にかかる検討は避けて通れないものと思われます。ただ、昨年の12月に内閣府が公表した「人間中心のAI社会原則(案)」のなかでは、プライバシー確保の原則や、不当な差別を防止するためのAIの公平性の原則等、GDPRとも類似した内容が多く含まれています。今後、この原則がどのような形で具体的な立法政策に反映されてゆくかを、注目する必要があります。

Ⅶ 集団的労使関係法政策

最後に、ドイツにおいては、集団的な労使関係、すなわち産業レベルで組織された労働組合と使用者団体との関係、および企業レベルにおける各企業と事業所委員会との関係は、雇用社会のデジタル化のなかで、労使間の利益を適切に調整するインフラとして不可欠のものとして理解されており、法政策によるその維持・強化が必要であるとの認識が政府レベルでも共有されるに至っております。また、実務レベルでは、既にドイツ最大の産別組合である金属産業労働組合が、2016年からクラウドワーカーの組織化および就業条件の改善に向けた取り組みを進めておりますし、このほかにも近時、特にサービス業の自営業者らが相互扶助のために、いわゆる協同組合を設立するといった動きも新たに出てきています。

このように、ドイツにおいては既存の集団的労使関係のモデル自体はこれを堅持すべきとの共通認識が前提にあるわけですが、他方で企業別労働組合が従来、集団的労使関係の中心に位置してきた日本では、かかる従来型のモデル自体が今後変化することも予想されています。例えば、「働き方の未来2035」報告書のなかでは、「(働き方の)変化に対応するために、労働組合も企業別・業界別の運営とともに、職種別・地域別の連帯も重視した、SNSやAI、VRなどの技術革新も活用した新しい時代にふさわしい組織として多様な働き方を支援できるよう進化していくことが求められる」との指摘がなされております。我が国の労働組合法自体は組合の組織形態についてニュートラルな立場を採っていますが、同法をめぐる解釈は、かなり企業別組合モデルを前提に展開されてきた側面がありますので、組合組織形態が多様化すると、それに即した法解釈をめぐる議論もまた、必然的に求められることになろうかと思われるところであります。

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