パネルディスカッション
働き方改革の実現に向けて
─労使で乗り越える課題─

パネリスト
蟹江 謙悟、中村 有佑、深井 英明、前田 修平
コーディネーター
佐藤 博樹 中央大学大学院戦略経営研究科教授
フォーラム名
第100回労働政策フォーラム「働き方改革の実現に向けて─労使で乗り越える課題─」(2018年11月29日)

佐藤 事例報告の4人のお話を伺って大事だと感じたのは、まず何のための働き方改革かということです。今回の働き方改革関連法では、健康を害するような過度な長時間労働の是正が法律の目的の一つです。ただし、極端な言い方をすると、残業がない職場でも働き方改革が必要なのです。今回の働き方改革の目的は、残業削減だけではないのです。多様な人材が活躍でき、個人も会社も成長できるような働き方、企業経営を目指すということです。

多様な人材をわかりやすく言えば、フルタイムで残業できる社員以外の社員、女性ならば短時間勤務の社員でも、その人の能力を活かせるように仕事を割り当て、その人が意欲的に働くことができ、働いた結果をきちんと評価することが重要です。

制度よりも職場の風土・文化を変える

もう一つは、樋口先生のお話にもあったように生産性を上げることで、そのためには働き方を変えることです。労働投入量を減らすことも大事ですが、仕事が終わらなければ残業すればいいという考え方を変えることです。さらに時間をかけた働き方で評価する職場風土や、安易な残業依存体質を解消することです。

そのためには、管理職や社員に働き方改革の目的を正しく理解してもらい、これまでの仕事の仕方、マネジメントを見直すことが大事になります。どのようにして働き方改革の目的を社員一人ひとりに理解してもらうのかについては、パネルのなかで議論したいと思います。

時間をかけた働き方を評価するこれまでの職場風土を変える鍵は、管理職です。例えば、管理職が部下の働きぶりを評価する人事考課の運用が大事です。上司が部下の働きぶりを評価する際に、使い勝手がよく、必要なときにいつでも残業してくれる部下をプラスに評価する傾向が調査で確認できるという話が樋口先生の報告にありました。人事考課表には、残業する部下を高く評価するようにとは書いていないです。しかし、佐藤さんと大野さんの過去半年間の貢献が同じでも、大野さんがいつも無理を聞いてくれていることでA評価になることがあると言うことです。

実際、某大企業の主任クラスに対する人事考課の結果と残業時間の関係を見ると、人事考課の評価が良くなると、月45時間以上も残業をしている人の割合が高くなっています。これについては二つの解釈が成り立ちます。一つは、A評価をもらったと佐藤さんとB評価の大野さんは仕事上の貢献が一緒だが、佐藤さんは残業してくれるし、使い勝手がいいからA評価になっているという解釈です。もう一つは、確かにA評価の佐藤さんはBプラスの大野さんよりも仕事上、貢献していることは間違いないが、仕事ができる佐藤さんに仕事が集まってしまうことで残業時間が増えているという解釈です。このデータを作成した人事担当者は、うちの会社では残業することを評価する職場風土が色濃いので、前者の解釈が当てはまると考えていると話していました。

ですから、人事考課表に部下の時間当たりの働きぶりを評価すると明記しても、運用面では時間をかけた働き方が評価される可能性が高いのです。この点でも職場風土を変えなければならない。ここも討論の大切な論点になります。

働き方改革に必要な生活改革

もう一つは生活改革です。働き方改革に積極的に取り組んだことで残業代が減ってしまう。それだけではなく、自分が仕事以外に使える時間は増えるけれど、何に使っていいかわからないといった意見も聞かれます。

例えば月平均45時間の残業があった会社が、1日平均1時間の残業まで削減して、月平均25時間になった。では毎日1時間の残業とはどういう生活なのか。

所定労働時間が1日8時間で昼休みが1時間、さらに通勤時間が片道1時間という生活を考えると、朝6時半ごろに起き、8時前に家を出て、会社に9時少し前に着く。1時間残業して19時過ぎに会社を出て、家に帰ってくると20時過ぎになる生活になります。単身者であれば、それから食事の準備をすると、夕食は21時前頃になります。そして、食事の後片づけが終わると22時で、テレビを見て23時半に寝ても睡眠時間は7時間です。1時間の残業でも、こういう生活になり、平日にゆとりがなくなる。そうすると土曜日は昼ごろまで寝て、洗濯、買い物、掃除をするだけで、日曜日も面倒くさくなって家でごろごろしてしまう。

また、夫婦ともにフルタイムで働いているカップルで、子どもが小学校1年生の場合、妻は短時間勤務か残業免除で18時ごろに帰宅し、子どもには19時ごろ夕食を食べさせる。食事の片づけが終わった頃に、1時間残業した夫が帰ってくることになります。また食事の準備になります。これは困りますね。

ここから言えるのは、例えば、小学生の子どもがいる共働き夫婦の場合、平日に子どもと一緒に夕食を食べようと思うと残業1時間でも難しいのです。

また、会社が終わった後の平日に、専門職大学院で勉強したいとした場合でも、授業は18時半ごろから始まるので、残業一時間でも通学は厳しいことになります。平日にゆとりがないと、豊かな生活の実現は難しいと思います。

つまり、月45時間の残業が25時間に削減できることはいいことなのですが、毎日1時間の残業ではなく、残業ゼロの日を確保できるかが、非常に重要になることがわかります。つまり、月25時間の残業でも、残業ゼロと残業2時間などのメリハリのある働き方が、生活の充実には必要なのです。事例報告でも定時退社という話がありました。そういう意味で、大事なのは、社員一人ひとりがどういう生活を実現したいのか、そのためにはどういう働き方がいいのかを、働き方改革のなかで考えることなのです。

働き方改革の目的を管理職や社員にどう伝えるか

それではパネル討論に入ります。長く働くことを評価する職場風土がまだ根強いなかで、時間を大事に使う働き方に転換するための取り組みが始まっていると思います。ある人事担当の方の話ですが、残業が半減したあと、社員の仕事の満足度調査をしたら、もちろん上がった人もいる一方、下がった人も3分の1ぐらいいた。管理職層、中堅層にインタビューしたところ、管理職層の不満では、働き方改革で自分たちの仕事が増え、以前よりも労働時間が増えたことへの不満があった。もう一つの不満は、自分達は残業することで仕事を覚えてきたのに、残業削減の中では若手の育成ができない。部下育成をどうやって行うのかというのが、典型的な管理職の不満だったと言うことです。中堅社員は、自分は残業代が欲しいわけではない。ただ、いい仕事をしたいので残業をしているのにそれが理解されないとの不満で、もう一つは、残業がなくなってもやることがないという不満です。若手社員は、仕事を覚えるために会社にいたいのに、早く帰れと言われて、仕事を覚えることができないとの不満です。

こうした働き方改革に対する社員の不満を聞くと、働き方改革の目的が管理職や社員に伝わっていない。では、どのようにしたら働き方改革の真の目的を管理職や社員に伝えることができるのか、その点についてまずお話しいただけませんか。

蟹江 管理職の理解は、マネジメント改革と表現して非常に大事なポイントだと思って取り組みました。トップの意思を実現するための部・室長が全体の機運をつくることは重要ですが、業務をけん引しているのは管理職です。管理職が、求められる成果を認識して、効率的に成果を導き出すことに取り組まなければ、働き方の変化は実感できないと思います。効率的に成果を生み出そうという気持ちは、管理職も一般職も同じモチベーションを持っています。弊社では、研修や勉強会を通じて、目的の理解は進んだと思っています。

一方で、スタッフ、とりわけホワイトカラーの人たちの成果や業務進捗を管理することは難しいテーマだと思います。ここはもう一度、カイゼンという手法を持ち込んで、部員、課員にとって何が成果なのかを確認し合い、業務進捗管理ができるように、一歩踏み込んで取り組んでいる最中です。

佐藤 管理職の研修またマネジャーの評価基準を変えるなどのマネジメント改革についてはいかがですか。

蟹江 業績評価は、生産性向上に資する働き方、もしくは業務フローを変更する業績目標を全管理職に求めています。それを評価の項目として設定しています。

佐藤 管理職に働き方改革の目標を立てさせて、それを実現することを管理職の評価に入れたことは大事な点だと思います。中村さんはいかがですか。

中村 カルビーは、2009年に松本前会長と伊藤社長が立てた「自立的な実行力」というキーワードで、社員を信頼しているというメッセージを出しました。松本が経営についていた9年間、松本が社内・社外に向けて働き方改革のメッセージを出し続けていました。そのため、社内においても、人事部門がやらざるを得ない状況が必然的につくられてきました。

そうすると、トップのアイデアを形にしていくのが人事の仕事で、あとは浸透させていかなければならない。管理職に腹落ちして理解させるため、トップを含めて社内コミュニケーションを継続しました。また、当初は年1~2回、役員が各地域の拠点をタウンホールミーティングという形で回っています。女性活躍、ダイバーシティでも、ダイバーシティフォーラム、ダイバーシティ委員会という専属の組織があります。年1回、従業員に手を挙げてもらい、管理職も一緒にダイバーシティに関して、議論を深め、方向性を一致させる。

組合との話し合いについては、毎年、働き方改革の目標を決め、「春闘」ではなく「春協」と言っていますが、その結果をメッセージとして全社員に公表する。例えばそこには管理職の評価項目など細かい縛りが入っています。こうした手法で実施しています。

佐藤 管理職の評価項目としては、どのようなものを入れましたか。

中村 管理職以上の項目としては部下の有休取得率、部下の育成などの項目を何割か入れることです。

佐藤 働き方改革を進めて、部下が有休を取りやすくするようなマネジメントをすれば課長の評価が上がるという形ですね。

中村 そうです。

佐藤 課長、部長は、やや極端な言い方をすると、時間をかけた働き方をして、それが評価されて管理職になった人です。こうした経験のある管理職に部下の評価の仕方やマネジメントを変えろと言うわけです。今まで自分にとって望ましいと思っていた価値観を変えなければならないので、難しい点だと思います。さらに、これから管理職に登用する人については、どのように考えていますか。

蟹江 これから管理職になる人だけではありませんが、一般職全員に対しても多様性を尊重し、活かしていく視点を持ってもらうために、ダイバーシティ&インクル―ジョンの取り組みを推進しているところです。

中村 結果にコミットするC&Aという考え方を一つの基準にはしていますが、それだけでは短期的な評価になってしまうので、結果だけではなく長期的に部下の育成ができる人、「器」の大きい人といったイメージがあります。

佐藤 労働組合の立場から、働き方改革に対する組合員の理解について、お伺いします。「残業なしでお客さんが満足する仕事ができるのか」という意識がだんだん変わってきたということです。こうした組合員の働き方改革に関する理解が進むために、有効だったことがあれば、教えていただきたいのですが。

深井 SCSKの取り組みとしては、施策の見える化を行ってきたと言えます。社員全員が見ることのできるポータルサイトがイントラネット上にあり、会社の方針、経営理念である「人を生かす、人を大切にする」を含めて、全社員が見えるような形にしています。働き方改革の施策に関しても、部署単位で施策を考えてコンクールやキャンペーンの形で応募してもらい、順位づけをして、可視化し、取り組みを全職場で共有できる形にしたのが浸透につながったかなと思います。

前田 組合員から上げられた声がどう扱われて、どう変わるのかを実感できるかどうかが非常に大事です。一例として、経営会議の資料が多く、前日は関連部署が深夜労働になるということもありましたが、現場が声を上げたことで経営が判断し、資料を簡素化した事例があります。声を上げて自分の働き方や生活が変わったという実感があると、また次に、声を上げてみようということになり、いい循環になっていきます。やはり現場から声を上げること、上が判断することの両輪が、意識・風土醸成にも大きいと思います。

在宅勤務・モバイルワークの現状と課題

佐藤 働き方改革の一つとして在宅勤務、モバイルワークがあります。しかし、そこには課題もあります。そこで二つお伺いします。一つは、在宅勤務になると部下をマネジメントできないと考えて、管理職が導入に抵抗することが多いようです。この課題をどうクリアするのか。もう一つは、在宅勤務、モバイルワークにしても、基本的には社員が自分で仕事の進め方、時間管理をしなければならない。しかし、本当に時間や仕事を自分でマネジメントできる能力があるのか。例えば週1回という話がありましたが、1日でもその日に自宅で行う仕事について、事前に考えて切り出すことができるのか。そのような仕事と時間の自己マネジメントを社員がやることができるのかについて、お伺いします。

中村 管理職がモバイルワークのマネジメントがしにくいことについて、アンケートを部下と上司に両方行い、コミュニケーションの質について聞くと3割の管理職は少し質が下がったと言います。一方、部下に聞くと2割になる。部下は管理職ほど質が下がっていないと思っている。これは、モバイルワークのせいではなくて、上司のコミュニケーションの仕方の問題だと気づいてきました。不満を持っている上司には、人事が一人ひとり解消してあげるような方向にもっていきたいと思っています。モバイルワークは、上司が承認したら使える規程にしているので、上司に対するアピールが必要になる。それは単に時間どおりにパソコンを定時に開いて終わるということではなく、アウトプットを報告してくださいと規定しています。ですから、普段の仕事より進捗状態が上司に丸見えになるので、それがモバイルワークの一番の肝とも言えます。

佐藤 この点がすごく大事で、管理職は部下が目の前にいる時に部下をマネジメントできているわけではなく、そう思っているだけですね。在宅勤務では、今日はこの仕事をどこまでやりましたなどとコミュニケーションをとりますから、部下が何をやっているのかよくわかるようになるわけです。前田さんの会社も在宅勤務がありますね。

前田 はい。週4回まで認められており、最低週1回はオフィスに来ようという趣旨の制度です。事前申請等もメールや口頭でもOKという運用をとり、利用のハードルを下げています。管理職の抵抗は、佐藤先生のおっしゃるとおり、大半が錯覚だと思います。大事なのはコミュニケーションの取り方、質であり、どのようなコミュニケーションが大事なのかというところに悩みがシフトしつつあります。セルフマネジメントについても同じで、私どもがよく言うのは、あなた個人だけがよければいいのではなく、組織の生産性がどうなるかということが大事だということです。モバイルワークをすることで周囲に迷惑がかかったら組織の生産性が下がる、そうならないためには仲間と対話をし、どう連携・工夫するかが重要です。そこまですぐには行き着かないですが、まずやってみて、振り返りながら徐々にセルフマネジメント能力も上がってきた実感はあります。

佐藤 中村さんや蟹江さんもこのテーマについて課題などありますか。

蟹江 業務内容について上司と部下の会話が活性化される点は、前段で述べたとおりテレワークは良い効果があると思っています。あとは労働時間管理です。弊社は仕組みでサポートしています。具体的には、インターネット環境を一つのシステムの中で運用していますので、ログオンとログオフの時間がモニターできるようにしています。管理職は、そのログを確かめた上で残業に反映しています。

佐藤 在宅勤務を導入するとき、意識的に管理職にも在宅勤務をさせてみるなどの対応をされていますか。

前田 テレワークを大幅に緩和したときには、経営者も率先して実践しました。経営者がオフィスにいないだけで、急に呼び出される機会や不必要な気遣いも軽減され、仕事が楽になることを管理職が実感したと思います。そうすると、部下にも同じことが言えるのではないかという発想になり、スパイラル的に上から経営者が決断して実行してくれたことが奏功しました。管理職もまずは自分が制度を利用してみるというメッセージが経営者から出され、実践していったことも、制度の使いやすさという点では大きかったかなと思います。

佐藤 目の前にいるから部下とコミュニケーションがとれているわけでもないし、マネジメントできているわけでもない。大事なのは、意識的にコミュニケーションをとることを考えることですね。そのため、モバイルワークを入れることが、上司と部下のコミュニケーションが円滑化することにもつながることにもなり、それができなければ困るわけですね。

ところで、フリーアドレスは職場内のコミュニケーションにどういう影響がありますか。

中村 今日も私は、フリーアドレスで仕事をしてきましたが、目の前に座る社員はダーツでランダムに決まります。今日は他部署の若手の社員が目の前にいました。「最近、調子はどう?」というような話ができ、コミュニケーションの幅が広がると思います。

佐藤 フリーアドレスにしてしまうと、いつも同じメンバーが固まって座る可能性もありますね。

中村 そうですね。ですから、それをランダムにやる方が、効果があると思います。

蟹江 くじ引きで乗り越えています。また、フリーアドレスにした結果、5Sが進んだ側面がありました。自分の次に使う人のことを考えて、卓上には必ず何も残さないで帰っています。このようななかでも5Sを進める意識が表に出てきたように感じています。職場環境を少しずつ変化させることで得られる効果もあったと思っています。

生活改革に向けて何をどうなすべきか

佐藤 次のテーマとしては生活改革です。残業削減でできた時間は自分の生活を豊かにするために使えるはずです。しかし、仕事以外に大事にしたい生活がないと、単にやりがいを感じている仕事ができる時間が減り、やりがいが低下したということにもなりかねない。この課題に関して、どのように対応されますか。

前田 終業時刻は16時30分になっています。会社側はよく、今まで24時間を朝、昼、夜と3区分していたのが、朝、昼、夕、夜の4区分になって、その4区分をどう使うかという選択の幅が増えたという表現をしています。

実際、西井社長は会食も多いものですから、会食に行く前に夕方ジムで泳いで、一汗かいて会食に臨み、そのあと帰るということを実践し、従業員にも発信しています。データで見てもマネジメントスクール、社内研修プログラムへの参加者数・率は、ここ数年で増えています。その他、育児や家事の参画が増えたといった声のほか、私も会食がない日は18時半くらいには家へ帰って子どもとご飯を食べて、お風呂に入っています。

佐藤 18時に帰るのはすごくいいですね。

前田 そうですね、定時後1時間以内に会社を出れば、18時半から19時には帰れます。そうすれば早ければ子どもとご飯を食べられますし、お風呂にも一緒に入れたりします。家族で過ごす時間や会話も増え、家事も多少なりとも分担できます。また、必要があれば食事やお風呂が終わった後に、家で少し仕事をするという選択肢も持てます。

深井 味の素さんほど定時は早くありませんが、部署で集まって何かやるときに、会社がコミュニケ―ション費用を出す取り組みをしています。組合としても、定時後のウォーキングイベントを開催し、一緒に歩いてみませんかと呼びかけています。

声として大きいのは、何もないので家に帰ったときに、これまで夕食を一緒にしていなかった人が一緒にすることになって、私も、「また今日も食べるの」なんて言われたりするわけですが、そういったことをやっているうちに家族と生活をともにする実感ができてきます。逆に聞くのは、もう、あの状態に戻れない、家族と過ごす状態がいいという声は何人かから聞いております。

中村 SCSKさんと同じで、生活というのは家族とのコミュニケーション、また自分がやりたいことをやる時間を確保することだと思います。2時間家族と話せたら、多分、何か変わる。また自分と向き合うという意味では、自己啓発などのプログラムを無償で提供していますが、これまでの固定観念を変えていってもらおうとしている状況です。

蟹江 追加的に一点申し上げると、65歳、70歳まで働くことを見据えて、仕事の時間と生活の時間とのバランスを考え直さなければいけないと思っています。日々の時間の使い方とは少し違うかもしれませんが、50代と60代に到達したタイミングで自分の生活と仕事のバランスを見詰め直すセミナーを導入しました。もう一段、人生レベルで時間の使い方を考えていくのではあれば、40代などにも先のことを考えるきっかけが必要ではないかと考えています。

佐藤 男性を含めて、仕事が面白くなる30代半ばぐらいに、仕事も生活も考えてもらうことは大事かなと思います。

少し前のテーマに戻りますが、仕事が終わらなければ残業をして、会社を20時ごろ出て21時に帰宅すると、家族と一緒に食事をとれない。でも早く帰り家族と一緒に食事をとる方が、仕事でのいいアイデアが出るかもしれない。この点を社員にどのように気づいてもらうのか。取り組み始めたことでもかまいませんので、教えていただきたいのですが。

蟹江 生み出された時間を自己啓発に使いたい方には、オープンセミナーなどの補助を行っています。また、運動習慣をサポートするためにスポーツジムの補助など、本人の健康に関するサポートもしています。

余暇については、例えば私の上司はラグビーが大好きで、毎週、協会の役員として試合をサポートしています。また、担当役員もバレーボール協会やアスリートをサポートしています。余暇の充実は自分で行動するものですが、社員がどのような活動に参加しているのか紹介していくこともサポートになるかと思っています。

中村 社内報のホームページで執行役員は全員、ブログを書かなければならないことになっており、仕事に関してだけでなく、プライベートでも、こんな休み方をするなどを書いてもらっています。また、広報が選んだ社員を毎週ピックアップして、写真つきで休みの過ごし方を毎週紹介している。それが横でつながっていく感じですね。

佐藤 そういうことをすると、会社が社員に求めている「社員像」を変えることにつながりますよね。もちろん仕事ができなければ困りますが、仕事以外に打ち込んでいることがある社員がいい社員だと打ち出していくことはできると思います。そうした取り組みの積み重ねだろうと思います。仕事以外にもいろんな役割を社員が担うことは、変化への対応力、企業外とのネットワークを持っている方が仕事での貢献にもつながるのではないか。この点で言うと、有給休暇の過ごし方も大切ですね。

蟹江 先ほど紹介させていただきましたが、まずは長期休暇を取ってみようと上司と話し休暇をとってみたところ、前半は趣味で過ごしたのですが、その後、やることがなくなって、ベランダに椅子を置いて読書しているだけでした。やはり、これではダメだなと気づきました。部下の人たちにも、なるべく長期休暇を取ってもらい、時間の使い方を考えるきっかけを提供していきたいと思っています。

前田 労使協定を結んで3日間の有給休暇の計画付与をお盆の時期に行っており、必ず土日に接続させるので、5連休は担保されます。あと2日有休を入れれば、さらに土日と接続するので9連休となります。一方、計画付与となると、自由にとれる有給休暇の数が減ってしまいますので、数年前に組合から要求して、ワーク・ライフ・バランス休暇という特別休暇3日分をさらに制度として設けてもらいました。これも3日間連続かつ土日と接続して休むことを条件としています。そうすることで、先ほどの計画付与とあわせて、年2回の9連休を推奨するという労使メッセージを発信してきました。

平日のフレックスタイムや有休等の際に、どのような時間の使い方をするかという点については、意外と多いのは、平日に病院や歯医者といったちょっとした用事をスムーズに済ますことができるという声です。今までは終業後、間に合うかどうか気になりながら残業していたのが、平日に行けると楽になりますし、土日混んでいるなかで行くとストレスになっていたのが軽減されます。身近なところでは、そのような声もありました。

取引先に働き方改革をどう理解してもらうか

佐藤 最後は取引先、お客様との関係です。働き方改革を進めると、SCSKでも、お客様からクレームが来ないかという意見があったと伺いました。また、味の素やカルビーでも、営業担当者の取引先にはコンビニの本部などがありますよね。また、ANAで言えば、フライトを利用するお客様だと思いますが、こうした取引先や顧客との関係で、働き方改革を進めることが難しいという議論があります。これに対して、どう対応されているのでしょうか。

蟹江 多くの人たちが空港、航空機の仕事をしており、その時間、その場にいてもらわなければ、成立しない仕事です。お客様と接している方々は、担当を分ける工夫や、お互いにバックアップして工夫していると聞いています。しかし管理職に負荷がかかっているとの意見も出ており、役割を分散化させる、また適切な人員の配置などについて、もう一度業務を洗い出して見直していくことが、働き方改革や、残業を減らしていくことにつながるものと思っています。

中村 コンビニ、スーパーは年中無休でのところもありますし、我々主導ではできないところがあります。そこはお客様と協力した動きのなかで働き方改革に合わせた効率化が必要になると思います。身近なところでは、営業支店の電話を転送する、また休暇がとれるようにチームで働き、休むことができるようにしているところです。

深井 弊社のトップの名前でお客様に対して、うちの制度と取り組みはこうなので、ぜひご協力をいただきたいという手紙を出しました。こうしたなかで、ご協力いただけるお客様がいたなという実感はもちました。ただ、短納期、仕様変更には対応しないければならない状況はあります。そういったときにも、お客様との間でそれが続かないようにコミットしていく。また、会社としても人手が足りないのならば、瞬間的にほかの部署から異動させて手伝ってもらうことも取り組んでいます。そういったことをお客様に理解してもらうのが重要な取り組みかなと思っております。

前田 私どもも同じで、現場担当者レベルでのコミュニケーションとトップのコミュニケーションが大事だなと思っています。とはいえ、最初はトップの感覚として理解いただけるのは1割ぐらいかなという感じでした。しかし、無理強いをせず、謙虚に伝え続けていくとことについて、トップも腹をくくってます。なかには、今までフェース・トゥ・フェースで商談をするのが当たり前と思っていたものが、実はウェブ会議でいいよと言ってくださるお客様も出てきました。双方にとって、ウイン・ウインだったから成り立ったと思いますが、少しずつそういう面も出ています。その人でなければできない属人的な仕事を標準化して組織として対応するということも、お客様の理解と共に少しずつ進みつつあります。

もう一つ、終業時刻を17時20分だったのを16時30分に50分前倒ししました。営業では17時~17時半ぐらいがお客様からの電話が多い時間帯なのですが、そのときにはもう就業時間は終わっている。これにどう対応するかは激論になったのですが、営業部門にフレックスタイム制度を入れて、裁量性やフレキシビリティを持たせる工夫をしながら、お客様に対する質を落とさないように取り組んでいます。

佐藤 やはり取引先、顧客との関係は、難しい面があると思います。これまでは営業であれば、お客様の要求に迅速、短時間に応えることがいい営業だった。しかし、これを変えていかなければなりません。そのためには、取引先や顧客との対話が大事だと思います。この前、仙台で働き方改革シンポジウムがあって、地元の印刷会社の社長さんから聞いた話です。金曜の夕方に原稿が来て、月曜に1万部納品してほしいと言われることも多い。それに対して徹夜して対応するのがこれまではいいサービスだと考えていた。でも最近は、その社長さんは、営業に対して、まずはお客様とコミュニケーションをとりなさいと言っているそうです。「本当に月曜日に1万部必要なのですか」と聞いてみると、社内での事前確認のために100部でいいという。今まで、そういう対話をしてこなかったわけです。ですから、取引先や顧客とのコミュニケーションが非常に大事です。ある企業の営業職の女性は、「今、短時間勤務で◯時までの勤務なので、連絡はこの時間内にしてください」と連絡が取れる時間帯を名刺に刷っている。これをやったらクレームが来るかなと思ったら、実はそうではなく、「今、子育て中で大変だね」と好意的な反応がある。コミュニケーションをとることで、取引先との関係を見直すことができるのではないかと思っています。

それでは、最後に言い残したこと、また、会場からの質問にお答えすることがあればお願いします。

これからの展望と求められる対応・施策

蟹江 会場からいただいたご質問に、テレワークの導入によりネガティブな事象を心配するものがあったので、そこも含めてお答えします。まずはマネジメント層が制度やルールをきちんと理解することが大切だと考えています。テレワークの導入によって、一人ひとりの働き方を変えて、上司、部下のコミュニケーションが活性化されたと思っており、これからも推進していきたいと考えています。運用の中で出てきた課題は、きちんと向き合い解決することがテレワークの良さを損なわないために必要なことだと考えています。

一人ひとりが、きちんと自分の能力を発揮できる会社にしていくことを目標に、これからも労働組合にも協力してもらいながら、課題に向き合っていきたいと思っております。

中村 働き方改革の推進というと、より短い時間で、より多く付加価値を生むというのは、本当にきつい印象になってしまいますが、やはり、より楽しく、より楽にという方向に向かうという感覚を持ってやっていきたい。ですから、社員がわくわくするような制度だったり、社員が喜ぶような取り組みを人事がやっていかなげればならないし、現場の声を聞いていかなければならないと思います。また、オフィスだけではなく、生産現場の改革などの課題が残っているので、そこに関しても、一つひとつやっていきたいと思います。

深井 紹介し忘れたのですが、弊社で取り組んでいる活動があります。一つは有休取得奨励日ということで、休日の間の飛び石のところを有休奨励日ということで、全社員に有休をとるように指導しています。また、子どもの学校行事があるときには特別休暇を使うこともできるようになっており、これによって休むことの価値を社員が感じているような気がします。また、“コツ活(コツカツ)”というネーミングで、定時後や休みの日にボランティア活動や自己研さんするときに、会社がお金的な支援も含めて、それを支援・推進する取り組みをしています。これをさらに充実させ、やはり全員に浸透させていきたい。また、仕事を委託するところにも大変お世話になっておりますので、働き方改革が、ほかにしわ寄せがいくということのないようにしなければならないと感じています。

前田 業務特性、部門特性に応じた働き方は、まだ工夫の余地があります。つい昨日も営業部門を回っていて感じたことがあります。移動時間も労働時間管理をしていますので、得意先に片道2時間、3時間かけて行くような担当者もいます。そうなると、移動時間を削減するためだけであれば、月曜から金曜までホテルに連続して泊まり込みといったケースも出てきます。しかし、その人にとって家族と一緒に過ごすことが自分のモチベーションになるとしたら、どう選択すべきだろう。水曜日に一度帰ってきて、それが労働時間として増えたとしても、本人がハッピーになるのであれば、組合や会社はどちらを応援するべきだろう。

間違いなく家に帰ることを応援すべきだと思います。もちろん労働時間が単純増にならない工夫もセットですることが大前提ですが、それで仮に労働時間が増えてもいいと思っています。ですから、決して働き方改革を見誤らないようにする。このような現場での葛藤はまだ他にもたくさんあり、取り組めることはあると思っています。

組合員に労働運動の意議をどう理解してもらい、どう主体的に取り組んでもらうのかというご質問を会場からいただいています。答えは私もわかりませんが、先ほどから出ているコミュニケーション、対話しかないだろうと思います。それを通じて変化を少しでも実感でき、自分が働き方改革の取り組みの主体者になれる。そして変えられるという実感が個人の成長、組織の成長にもつながると信じられるように労使でしっかり舞台をつくっていきたいと思っております。

佐藤 働き方改革関連の法律ができて、それへの対応はもちろん大事なことです。しかし、それはきっかけであり、大事なのは働き方改革の目的を正しく理解することです。多様な人材が活躍できて、社員一人ひとりのウェルビーイングが高まり、社員には質の高い仕事をしてもらう、そういう方向を目指すことです。そして、そのことが、働いている人の一人ひとりの生活を豊かにする方向につながる。生活が豊かになることで、またいい仕事を社員にしてもらえる、そういう方向を目指していただきたいと思います。

時間をかけた働き方を評価するような職場風土が根強く残っている現状もあります。働き方改革を実行していくためには、これを変えなければならない。しかし、変えていくためには、時間がかかります。そういう意味では、働き方改革を運動として続けることが大事です。そのとき労使での取り組みに加えて、社員一人ひとりが働き方改革の目的を正しく理解して、働き方改革に取り組んでいただくことが大事だと思います。

プロフィール

佐藤 博樹(さとう・ひろき)

中央大学大学院戦略経営研究科教授

1953年東京生まれ。1981年一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。1981年雇用職業総合研究所(現、労働政策研究・研修機構)研究員、1983年法政大学大原社会問題研究所助教授、1987年法政大学経営学部助教授、1991年法政大学経営学部教授、1996年東京大学社会科学研究所教授、2014年10月より現職、2015年東京大学名誉教授。