事例報告 労使で取り組む働き方改革──生きがい・働きがいの向上を目指して

味の素株式会社では、働き方改革について長年にわたって様々な取り組みを行ってきた。直近では、所定労働時間20分の短縮が大きなフックになっているが、それ以前からの経緯を説明したい。なお、働き方改革が進み出して以降は、経営者も率先して改革をリードしている。例えば、経営会議の分厚い資料を数ページにするなど、経営者自身のアクションが、従業員の負担軽減や、現場での取り組みの推進力にもつながっている。

現在の総実労働時間は、2017年度には過去2年間で130時間削減された。2015年度に1,970時間程度だったものが、2017年度は1,842時間、今年度は1,800時間を目指して取り組んでいる。管理職、一般職ともに減少の傾向にある。部門別では営業部門で、以前はみなし労働にしていたが2017年度より時間管理対象としたため、残業増についてもある程度覚悟していたが、様々な工夫により何とか微減に収まっている。この成果については、時間削減したらそれで終わりではないと労使が肝に銘じて取り組んでおり、「生きがい・働きがいにつながる」ことが究極のゴールだと思っている。

大きな契機は時間外割増率を50%に引き上げる要求

2007年ぐらいから振り返り、春闘という切り口で経緯を紹介すると、現在に至るまでに10年ぐらいの時間を要している。一つの大きな契機は2008年の春闘で、労働組合として100円のベースアップと、時間外割増率を50%に引き上げて欲しいという要求を行った。時間外割増率のほうはゼロ回答となったが、このとき組合の趣旨として、単にお金が欲しいということではなく、やると言ってなかなか進まない働き方改革を本気で取り組む、そういうフックにしたいということが最大の狙いだった。経営側もその趣旨については理解され、割増率を上げるというやり方で働き方を変えるのではなく、労使で膝を突き合わせてやっていく意志として労使プロジェクトが立ち上がり、以降、取り組みが少しずつ具体的になっていった。

それ以降の取り組みは、「考え方の整理」「制度整備・拡充」「意義理解、職場取組み」の3フェーズある。まず、「ワーク・ライフ・バランス」という言葉が世の中に出始めた頃ということもあり、「味の素グループの考えるワーク・ライフ・バランスとは何か」、従業員にどういうことを理解し動いて欲しいのか、という点について相当な時間をかけて議論しビジョンをつくった。その後、それに必要な制度の拡充に取り組み、2011年以降は、ワーク・ライフ・バランスの意義を一人ひとり丁寧に理解してもらう理解促進の活動と職場主体の取り組みの支援を行った。なお、私事になるが、この頃は人事部側に所属し、組合と一緒に取り組んでいた時代だった。

次の転機は2013年の春闘。このときまだ顕在化してはいなかったが、将来の大介護時代に備えて、本当に今の状態でそれに耐えられるのかといった議論が起こり、介護に関する要請を行った。そのなかで、「もう一段の働き方改革が必要ではないか」という認識となり、制度は入れたものの実際には使えていないものも多々あり、改めて「制度改革から意識改革へ」と取り組んだフェーズだった。

2014年、2015年には賃金要求を久しぶりに行った。労働組合として行った運動は、「生産性運動の進化」「時間生産性向上の追求」をテーマとし、組合員との対話を重ね、現場の声を集約して経営との交渉に臨んだ。改めて生産性運動に本腰を入れて、労働組合が主体的にやろうではないかと組合員と確認してきた。2,500人ほどの組合員に対し、約10人ごとのグループで、1時間から1時間半かけて職場討議を支部の非専従執行委員が行っている。100%参画を基本とし、その場で生産性運動に取り組む意義を伝え、最終的には「一人ひとりができる生産性運動とは何か」ということを紙に書き出し、執行部に託してもらい、その内容も交渉の中で紹介しながら運動を盛り上げてきた。

そこでは、「なぜ執行部からこんなことを言われなければならないのか」、「どうせやっても変わらないのではないか」、「お客様への影響も考えなければいけない」などと、不安やためらい、ある種の諦め感のようなものも蔓延していて、当時の支部執行部は相当葛藤していた記憶がある。しかし、組合員に「では今のままでいいと思うか」、「会社や社会の流れに身を任せるだけで後になって後悔しないか」などと問いかけると、みんな何とかしたいという気持ちは一緒だった。「ならば会社から言われなくとも組合から動きを起こそう」と地道に対話を積み重ねていった、そんな時代だった。

新たな取り組みとしての所定労働時間短縮の要請

ここまで労使で様々な取り組みを進めてきたものの、労働時間としてはなかなか変化していなかった。そこにもう一段の変化を起こすために2016年春闘で取り組んだのが、冒頭に紹介した所定労働時間短縮の要請だった。その狙いとして執行部で議論した内容を紹介する。

まず、経営・管理職、全従業員を巻き込んだ取り組みにし切れていなかったという課題に対し、所定労働時間は全従業員にかかわることなので、必然的に全員で取り組む状況をつくるという狙いを込めた。また、新しい中期経営計画を検討するタイミングでもあったため、春闘での議論を次期中期経営計画にもしっかり盛り込んでもらうことで、味の素単体だけではなく、グループ会社へも展開したいという狙いがあった。また、所定労働時間は非正規の従業員にもかかわるので、時給制の人は、単純に所定が下がれば年間の所得が下がる。これは当然避けたいので、間接的には時給アップの検討にもつながる。

人事制度も改定に向けた検討を進めている最中であったので、春闘で大きな議論をすることによって人事評価にも反映できないかという点も考えた。また、大きな話になるが、社会にも何かしら影響を与え、社会全体でこのような動きを一緒に取り組んでいきたい、そんな思いもあった。

結果として、会社から20分短縮という回答が得られたわけだが、当時の社長のコメントを見ると、紹介したような組合の狙いが受け入れられて、これが労使共通の思いになった。それまでは経営も働き方についてどこまで踏み込むべきか、迷いも正直あったと思うが、ここで大きく、労使ともに覚悟を決めた転換期だったように思う。その後発表された中期経営計画では、働き方改革の取り組み方針や目標等々も織り込まれ、その後社外にも積極的に取り組み事例等を発信するようになった。

所定の短縮と併せて働き方を本当に変え、全員で取り組みを行うために、以前からあった組合員の中で職場をより良くするために話し合う職場懇談会、加えて管理職も管理職だけでゼロベースでタブーなしに話し合う職場課題検討会、そこに組合員の声を託しながら話し合ってもらい、それを更にその上の経営に率直に伝える、そんな現場から経営まで一気通貫した取り組みが2016年春闘以降進んだ。今年の春闘でも、これをさらに継続・進化させたいと要請事項に織り込み、取り組みを続けている。

まだまだ課題はある。やはり時間ありきになると大事なものまで剥ぎ取ってしまい、本当に大丈夫なのかという不安を抱えながら現場が葛藤している事例もある。画一的ではなく部門特有の働き方改革への取り組みに目を向ける必要性も感じている。「これが本当に成長になるのか」という不安を持っている従業員が特に若手におり、そういう声にもしっかり応じていきたい。

「制度導入と風土醸成、どちらからやったらいいのか」。そんな悩みを抱えている企業も多いと思うが、「できれば同時に取り組むべきではないか」と考えている。どちらから順にやっていても時間がかかるし、制度導入が先だと、そこで少し満足してトーンダウンしてしまうということもある。また、議論だけしていても先に進まない。苦しいけれど、できれば両方同日にまずやってみることが大事ではないかと思っている。

プロフィール

前田 修平(まえだ・しゅうへい)

味の素労働組合事務局長

2006年味の素株式会社入社。東海事業所 総務部 総務・人事グループ(事業所内の総務・人事・労務全般、特に労務を担当)。2009年人事部 労務グループ(全社・本社の労務を担当)。2011年味の素労働組合 本社支部事務局長(専従)。2013年味の素労働組合 中央執行委員 兼 本社支部長(専従)。2016年味の素労働組合 事務局長(専従)。

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