事例報告 働き方改革の推進──意識改革、風土醸成をめざして

講演者
蟹江 謙悟
全日本空輸株式会社人財戦略室労政部担当部長
フォーラム名
第100回労働政策フォーラム「働き方改革の実現に向けて─労使で乗り越える課題─」(2018年11月29日)

ANAグループは、連結子会社が63社あり約4万2,000人が働いている。事業別では、航空事業と航空関連事業で働く社員が全体の約86%を占めている。つまり多くの社員が、安全を基盤に、定時に出発し、定時に到着するという品質を顧客に提供することを目指して働いている。

事業会社である全日本空輸株式会社(以下:ANA)は、約1万8,000人の社員が働いている。労働組合は3労組から構成されており、最大が地上職員、客室乗務員、整備士が所属する組合となっている。

社員1万8,000人を働き方別に分類してみると、全社員のうち約60%が、定時出発・定時到着を目指し、決められた時間に、決められた場所で働く、このような働き方となる。フレックスタイム制度、テレワークなどの柔軟な働き方が適用できるのは全社員の10%程度といった構成となる。社内がどのような働き方で構成されているのか、労使が再確認することも大切だと考えている。

私が入社した1991年以降、労使のテーマは、そのほとんどが経営の再建だったように思うが、過去の労使協議を振り返ってみれば、9.11同時多発テロなど航空産業そのものが厳しい時代であっても、両立支援に労使は取り組んでいた。当社は、女性社員が多く在籍しており両立支援への関心が高いことも背景にある。90年代後半から2010年程度までは、両立支援の機運醸成と制度づくりに労使が取り組んでいた。労働組合が働く人の気持ちを酌み取って、育児休職者ミーティングを独自で実施するなど、「ママさんになっても働き続けられる」仕組みを考えていたのだと思う。

続く2010年前後、ANAで働く者にとっては記憶に新しいテーマがある。社会全体がリーマン・ショックの後遺症に苦しんでいた頃、当社も自立経営の堅持を掲げ「少数精鋭の事業構造をつくり上げていこう」というスローガンのもと、人件費施策の一つとして所定労働時間を延長したことがある。労使協議を重ね、会社が自立経営していくうえでやむを得ないという判断のもとで労使合意に至ったのが、つい8年前のことだった。

当時、現業部門は1人当たりの稼働力を上げスリムな体制で事業拡大に対応する、スタッフは限られた時間で付加価値を生み出す業務に集中し、ルーティンとなっている業務を効率化または削減しようという取り組みを進め、総実労働時間を延ばすことなく全体で生産性を高めることを労使が約束し合意に至っている。

2011年以降は、2010年の労使合意に基づいて働き方と仕事の両立をさせていくことを労使で確認し合い、目標値を定めて取り組んできた。背景には、育児、介護、不妊治療など様々な事情を抱えたスキルを持つ社員が辞めてしまう、これは損失だという思いが労使にあったと思う。その思いから両立支援に労使が向き合い、離職を防止し、長く活き活きと働く、これらを実現することを労使のテーブルで話し合ってきたのだと思う。その後「ダイバーシティ&インクル-ジョン宣言」(2015年)、「働き方改革宣言」(2016年)と、つながっている。

経営トップからメッセージを発信

2016年に出した働き方改革宣言のトップメッセージの狙いは、「多様な社員が活き活きと働く」ことと、「個の能力の向上とパフォーマンスの最大発揮」、それらを通じてANAグループの持続的な発展を目指していこうというものだった。

当初は、トップの率先垂範が何よりだということで、役員会議でのディスカッションを実施していた。そして役員自らがタウンミーティングという社員の対話機会を通じて、働き方改革について語りかけている。推進役となる部室長には、コミットメントをつくってもらい、それを社内に全て見える形で開示し実行している。最終的には管理職を含めて業績評価にまで落とし込むというプロセスを経てきた。この数年間の取り組みにより、社内の意識改革はかなり進んだと思っている。

この場限りだが、総実労働時間の推移を見ていただきたい。2011年以降は、羽田空港に国際線が就航した時期と重なる。生産性という意味からは、少数精鋭で総実労働時間を増やすことなく成長戦略を担っていくことに変わりはないものの、わずか数年で採用増に取り組む状況になっている。結果として2012年から2015年までは、労使の目標値は達成できていなかった。そのような状態に危機感を持って出したのが、この働き方改革宣言だと思っている。この宣言以降、様々な取り組みを進めた結果、2019年度末までの目標とした総実労働時間を2年前倒しで達成することができた。

両立支援については、社内に「いきいき推進室(現在のD&I推進室)」を設置、また「ダイバーシティ&インクル-ジョン」を掲げて取り組んできた結果、育児休職、女性管理職比率なども2014年以降増えている。また、人数は少ないが、男性の育児休職者数も増えており、風土は徐々に変わってきたと思う。

現在の取り組みは、これまで経営トップの宣言をベースに、マネジメント改革と業務プロセス改革に取り組んできたが、戦略レベルで具体的にアクションに落とし込んでいる。戦略の中で示した働き方改革のゴールは「成果を大きくすること」を明確にしている。このゴールを目指すに当たり、まずは従業員の働きやすさを高めようと社員に語りかけている。このような戦略の下で「働き方改革の主役は社員一人ひとり」、それを身近な労使の中でどこまで意識を高めることができるのかが、現在の労使最大のテーマになっている。

地上組合の方針書を紹介する。労働組合の役員は、30代、40代と、未来を担っていく世代の方が多い。働きやすい環境のなかで成果を追求するために、どのような働き方を実現すべきか、このようなテーマで、労組が何を提案してくれるのか期待している。

経団連ホームページにも出している働き方改革アクションプランの数字目標は、残業月平均6.5時間、年間の平均で有休は18日以上としている。18日の有休取得は正直大変だと思う。当社には、若い世代が将来の備えとして積み上げることができる「特別繰越休暇制度」がありそれも加味した目標にしている。「休んで何をするのですか」という質問が出ることもある。私も連続して2週間ほど休みを取ったが、終盤は暇だった。もしかしたら、私だけの問題かもしれないが、休みに何をするのかも、併せて考えられるような雰囲気を作りたい。

現状の課題は、「シフト部門には関係ないだろう」という意見、残業が深夜に及ぶ場合に役員申請が必要なことに「面倒くさい」という声が、職場や労働組合から届いている。このような意見にきちんと向き合うことが大切だと考えている。

テレワークの利用実績は伸びている。テレワークは、「今日の業務は、ここまでやります」と上司に申請する。普段会社に来ているときは上司に言わないのに、テレワークだと上司と成果について報告するという良い面がある。その一方で、「体調悪いのでテレワークします」といった問題も出ている。利用拡大に取り組む前提だが、これらの課題にも向き合っていかなければならない。

以前から会議を減らそう、無駄な会議はやめようと取り組んでいる。今年度は、会議数だけを見れば昨年比で増えている。社員から「こんな会議はやめよう」「こういう会議にしよう」といった声を集めてポスターを作り、無駄な会議を減らすための啓発活動を実施している。

スタッフの5Sの取り組みを徹底

スタッフの5S(整理、整頓、清掃、清潔、躾)に取り組んでいる。2018年から社長直下の組織を作り全社展開している。部室長にコミットメントをつくってもらい結果診断も実施している。身の回りの「モノの5S」から「情報の5S」まで取り組み、業務プロセスを変えるところまで進めたい。5月に労政部のレイアウトを変え、フリーデスクにした。そして「机の上に物を置かない」という1点だけのルールを作った。みんな守ってくれている。見えるところから取り組むことで、組織の雰囲気を変えることも大切だと感じている。

現業部門に「私たちは関係ない」といった雰囲気が広がらないようにするために、一人ひとりに焦点を当てた取り組みを進めている。「生産性を高めていこう」、「成果を出していこう」という個々人の宣言を社内ネットで紹介している。もともと現業部門は成果が明確である。生産性を高めて得られた効果を働きやすさに還元することが実感されていない。これも労使のテーマだと考えている。

今後、労使最大のテーマは意識改革、風土改革だと考えている。未来志向でしくみを変える。全員で取り組む。両立支援を追求する。そして一人一人が働き方を考えるきっかけをつくる。これらを実現するために何をすべきか労使で意見を交わしたい。これまで働き方にかかわる労使協定のほとんどが、労組本部と労政部で結んでいた。これからは事業所ごとの特性に合った働き方を当事者が考え、より健康で柔軟に働き、より成果につながる環境を作ることが大切であり、そのしくみを労組に提案している。到達点がどのようになるかは楽しみだが、労使の話し合いを深めていきたい。

プロフィール

蟹江 謙悟(かにえ・けんご)

全日本空輸株式会社人財戦略室労政部担当部長

1991年入社。整備本部機体工場配属。2005年全日本空輸労働組合専従(人事部付け休職)。2011年整備センター機体整備部(復職)。2012年ANAベースメンテナンステクニクス株式会社出向。2017年人財戦略室労政部。現在に至る。主な担当:働き方改革、健康経営、労働安全衛生、組合窓口など。

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