事例報告 「生産性向上」と「働き方改革」の実践

当社は、福井県あわら温泉にある115室ある比較的大きな旅館です(シート1)。社員数は現在113人です。

旅館業はそもそも人手がかかる労働集約的な業種です。同時に、低賃金で労働時間が長く、休日は少ない。3年前に生産性向上に取り組む以前は、社員と話をすると、とにかく「人を入れてほしい」「人を入れてくれないとお客様に対して十分なおもてなしができない」ということばかり言われていました。

人口が減少している状況ですから、人手不足は永遠に続くだろうと見通さざるを得ないと思ったとき、「果たしてこの旅館業というビジネスが将来日本に残っていくことができるだろうか」と感じ、私自身、とても心配な気持ちになりました。旅館業を将来も国内で持続可能なビジネスモデルにしていくためにはどうしたらいいのか考えたのが、生産性向上に取り組むことになったきっかけです。

浮いた余力をサービスに振る

より少ないスタッフ数で、品質の高い商品やサービスの提供を実現できれば、生産性は上げられると仮説を立てました。

旅館業の場合、いわゆるアウトプット/インプットは、品質(顧客満足)/作業量になります。ところが、サービス業は労働集約産業ですから、作業量を減らしながら顧客満足を上げるのは難しい。思いついたのは、お客様が本来求めていない作業を削減して効率を上げると同時に、浮いた余力をお客様の求めているサービスに割り振ることで品質を上げるということでした(シート2)。

社員の労働時間を分析してみたところ、実際には、意外なことにバックヤードで宴会の準備をしていたり、事務所で看板を作成していたりして、お客様に接している、つまり、品質を上げるための仕事はできていなかったのです。

全社員がマルチタスクをこなす

具体的な方策の検討にあたっては、「作業効率を上げる方法」と「品質を上げる方法」の二つに大きく分け、これらを同時に実現させる方策について社員の意見も反映しながら検討していきました。

特に時間をかけたのは、我が社にとって品質が上がったという状況は一体何を指すのか、その定義を定めることでした。最終的に、「接客時間を増やす」、「できたての料理を提供する」、「お客様に個別に細かく対応する」──の三つを、品質が上がった状態だと定義しました。作業効率を上げる方法では、標準化、IT化も図りましたが、特に力を入れたのがマルチタスクです。

全員がすべての仕事ができるようになる

旅館でお客様と接する時間というと、お客様がチェックインして客室にご案内するまでの時間、夕食の時間、翌日の朝食の時間とチェックアウト、そして、お見送りの時間です。これらの接客時間を増やすため、お客様の動きに合わせてスタッフを配置することを一生懸命やりました。

マルチタスクをするためには、社員全員がチェックイン作業、夕食、朝食、チェックアウトの仕事ができるようにならなければなりません。この改革に3年間取り組んできたわけです。こうして、改革前は80日足らずしか休日がなかったのを、たった1年で、105日の完全週休2日制にすることができました。

「稼働対応労働時間制度」を導入

現場スタッフの労働管理面では、就業規則を変更し、所定4時間、所定外4時間の8時間労働という「稼働対応労働時間制度」を導入しました。

旅館業というのは、お客様の流れを読むことができません。チェックイン予定が午後3時といっても、実際は4時になるお客様もいらっしゃいますし、また、その逆もあります。したがって大事なポイントは、お客様の動きに、社員がいかに合わせられるかということ。「稼働対応労働時間制度」によって、社員は4時間働いてお客様がもういなくなってしまったら、帰ってよいことになりました。

週で40時間を超えなければ割増賃金とならないため、時間外労働分の賃金も少なくて済みます。当然ながら土曜日・日曜日はかき入れ時ですので、8時間労働で終わるということはまずありません。ただ意外に旅館というところは、月曜日~木曜日は暇なんです。暇なのに、土曜日と同じぐらいの人員配置をしているのがサービス業の課題だと思います。

20人いた派遣社員がゼロに

このプロット図を見てください(シート3)。X軸がお客様の宿泊の数で、忙しさの度合いを表す。Y軸が社員の総労働時間です。お客様の数が例えば200人から400人へと増えると総労働時間が増えると思われるのですが、意外に、200人が400人になっても変わらない日もある。そのあたりを徹底的に見直すことによって、メリハリをつけるシフト管理ができるようになりました。

大したことはやっていないんです。旅館の朝7時~8時って、チェックアウトする人はいませんよね。だから、この時間帯はフロントの社員にもレストランで朝食の仕事をしてもらう。夕方の6時になったらチェックインするお客様はほぼいない。ですから、午後6時~7時の時間帯はレストランで仕事してもらう。たったこれだけのことなんです。

いろいろな部署から一時的に人をかき集めて必要な場所に集中させるシフトを細かく組むことによって、それまでは派遣社員が20人程度いましたが、今ではほぼゼロになりました。しかし、お客様の評価は以前と変わりません。生産性も上がり、おかげさまで、今年は臨時賞与を支給することもできました。

「お客様の笑顔が見たいでしょ」が殺し文句

同業他社からは「フロント係によく、レストランとか料亭とか、客室を清掃するような仕事をやらせたね」とか、「よく社員が納得してくれたね」と聞かれることがあります。実は、社員とは、給料を下げずに休みを25日間増やすという約束をしました。言葉は悪いですが、それがニンジンになったということはあります。

また、私の殺し文句なのですが、「皆さん、旅館で仕事したいのは、お客様の笑顔を見たいからでしょう。本来あなたたちがやりたいのは接客なんでしょう」と言っています。接客したいという思いや、やりがいを尊重したいから、こうした改革を行ったのだと従業員には説明しています。

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