基調講演 テレワークと人事管理の考え方──在宅勤務を中心に

講演者
小倉 一哉
早稲田大学商学学術院教授
フォーラム名
第98回労働政策フォーラム「働き方改革とテレワーク」(2018年9月26日)

なぜ、在宅勤務か?

職場に通勤しなければ作業ができない職種・職務というのはどのぐらいあるのでしょうか。なぜテレワークが進まないか。私は最大の理由が、食わず嫌いなのではないかと推測しています。

個人的には、費用面を別にすれば、在宅勤務はかなりできるのではないかと思っています。仕事の内容を考えたときに、在宅勤務できない仕事はあるにはあるでしょうが、いずれ技術革新によって、今できない仕事でもできるようになるかもしれません。

また、結論を先に言ってしまいますが、働き方改革にとって在宅勤務はとても重要なオプションだと思っています。今、多くの会社が働き方改革の具体策の一つとして「集中タイム」というものを設けているのをご存じですか。職場でべらべらしゃべってしまうと仕事にならないということです。順番で机の上にフラグを立てて、「私は今から2時間集中しますので声をかけないでください」とやったら、生産性が上がったそうです。要するに、残業しないで自分の仕事に集中できる。在宅勤務は、この「集中タイム」を1日丸々とれるということを意味します。

テレワークの現状

総務省「労働力調査」における就業者6,530万人のうち、「事務従事者」(1,295万人)、「専門的・技術的職業従事者」(1,111万人)、「管理的職業従事者」(144万人)は、仕事の一部あるいは、かなりの部分が在宅勤務可能な人だと思います(図表)。これらの職業に従事する人は全体の4割ぐらいを占める。在宅勤務できる潜在的な可能性は非常に高い。

しかし、総務省「ICT利活用と社会的課題解決に関する調査研究」(2017年、300人以下9割、301人以上1割として抽出)から、テレワーク(在宅+施設利用+モバイル)の現状を見ると、301人以上の企業では、「導入している」が20%となっていますが、全体で在宅型テレワークの導入割合を見ると2%程度にすぎない(一方、総務省の別の調査では、常用雇用者100人以上の情報通信業の企業では29.9%が在宅勤務を導入しているとの結果もある)。

図表 職業別の就業者数

職業別の就業者数(総務省「労働力調査」2017年平均・男女計6,530万人) グラフ画像

参照:配布資料3ページ(PDF:526KB)

テレワークの導入が進まない理由

テレワークの導入が進まない理由として、複数回答で選択してもらったものを多い順に並べると、1位が「情報セキュリティの確保」(43.7%)、2位が「適正な労務管理」(37.4%)、3位が「対象業務が絞られる」(29.7%)、4位が「導入による効果の把握」(29.2%)、5位が「テレワークに対応した社内制度作り」(27.8%)、6位が「社員同士のコミュニケーション」(26.5%)、7位が「適正な人事評価」(25.6%)、8位が「テレワークの導入・運用コスト」(23.1%)となっています(総務省の「ICT利活用と社会的解決に関する調査研究」)。この結果、皆さんの職場での課題と一致するでしょうか。

例えば、情報セキュリティの確保についてもう少し考えてみると、モバイルワークの場合は、作業場所や通信ネットワークの状況によってセキュリティ上の課題はあるかもしれません。在宅勤務の場合は、基本的には家で仕事をするので、モバイルワークよりは若干高いセキュリティ対策を施すことができる。もちろん、社内の作業環境とは異なるので一定のセキュリティ上での問題は起こり得るでしょうが、会社で作業していてもセキュリティが万全とは言えない場合もあり、そういう意味では相対的な問題だと私は思います。

「適正な労務管理」、「対象業務が絞られる」、「導入による効果の把握」、「適正な人事評価」といった課題は、人事管理上の工夫の問題なのではないでしょうか。法律上、一定の労働時間管理は、専門型裁量労働制でも必要です。また、働き方改革法案が成立し、来年4月からは新しい労働安全衛生法で管理職等も含めて全ての従業員の労働時間の客観的な把握が義務になります。ですから、適切な作業場所の確保、始業・終業の連絡、労働時間の把握など、適正に労務管理することはさほど難しくはないのではないでしょうか。

それから、「完全在宅勤務」(週に1日も出社しない)にしなければ、対象業務はかなり広範囲に及ぶのではないでしょうか。業務の何割かなら在宅でできる仕事だってある。おそらく、すでに導入している会社の多くは、完全在宅勤務ではなく、週に何回とか、月に何回というような形で制限をかけているはずです。

それから、在宅勤務の効果や適正な人事評価についてですが、在宅勤務のときには、原則的に1人で、かつ一定期間内にできる業務内容を切り分ける考えでいけばいいのではないでしょうか。

食わず嫌いなのではないか?

私が言いたいのは、導入したい社員がいるのに、導入していない会社は、「食わず嫌い」なのではないですか、と。在宅勤務が週に1日でも可能な人はかなりいるのに、あえて会社に来させるのはなぜでしょう。コミュニケーション不足の懸念でしょうか。一定の曜日やミーティングに出社するとすれば済みませんか。PC環境を少し整備すれば、離れた場所でも会議はできます。コミュニケーションがなくなるという心配は、基本的には要らないと思います。

冒頭で紹介した「集中タイム」がなぜ多くの会社で流行ってきたかというと、お互い邪魔されているんです。誤解を恐れずに言うならば、邪魔されて、勤務時間が終わった後に1人で残って残業するから、残業が減らない。ですから、1人ずつ順番に1日2時間、集中タイムを設けると残業が減る。

それから、人事評価が成果主義になってきているのに、どうして家でもできる仕事について、制度として認めないのか。目標管理のなかで、今期の目標や、やるべき業務について考えているのだから、業務の切り出しはできる。やはり、「会社にいたほうがいい」「会社に来て何ぼだ」「早く来ているから偉い」「遅くまで働いているから偉い」といった既存のシステムを、無批判に受け入れてきたのではないか。これだけの人手不足になってきて、また、働き方改革が進められるなか、私は、在宅勤務は重要なオプションになるのではないかと考えています。

テレワークを利用したい人から見ると

テレワークを利用したい人から見ると(複数回答)、第1位は「会社のルールが整備されていない」(49.6%)、第2位が「テレワークの環境が社会的に整備されていない」(46.1%)、第3位が「上司が理解しない」(28.0%)などとなっています。全く関心を示さない経営者がいるような会社は、既存のシステムから抜け出せないのでしょう。ネットワーク環境が整い、ホワイトカラーが増え、専門化が進んでいるのに進まないのは、目が向けられていないと考えざるを得ない。

メリットとデメリット

在宅勤務にはメリット、デメリット、両面あるでしょう。デメリットからいくと、「導入コスト・作業環境整備」。一定程度はお金がかかる。それから、セキュリティの問題。作業する様子が見えないことで不安もあるでしょう。コミュニケーションがとれないと言いますが、毎日そんなに一緒に顔を合せて仕事をしたいのか(笑)。「可能な業務の切り出しを考えるのが面倒」。これも思考停止ですよね。

メリットはもちろんあります。まず、通勤問題が解消します。作業効率が向上します。これが「集中タイム」です。昔から言われているように、育児・介護・治療などの課題を抱えている人がワーク・ライフ・バランスを改善する可能性も高い。また、業務内容の明確化が起こることで人事評価がしやすくなるかもしれません。

「社員への信頼感の向上」。私がこれまで見てきた導入企業の多くは、基本的には、信頼できる社員にしか認めていませんでした。「大規模災害時の対応」というメリットは、実は一番重要なのではないかと最近思っています。日本はいつ災害が起こってもおかしくないような環境になってきています。東日本大震災のときに、一部の会社はテレワークを推奨しました。理由は、会社に来なくていいのと同時に、本社機能が維持できないときに、テレワークによってサーバー上のデータを動かしたりしながら、何とか最低限の本社機能を維持しました。

VUCAという言葉が、流行ってきています。VはVolatilityで「不安定」。UはUncertaintyで「不確実」。CはComplexityで「複雑」。AはAmbiguityで「曖昧」。不安定で不確実で複雑で曖昧な世の中になってきていると思いませんか。そうなってきたときには、いろいろなオプションは多分必要です。私は、VUCAの時代に、テレワーク、在宅勤務は働き方の一つのオプションになるのではないかと考えています。

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