研究報告 企業内キャリアコンサルティング研究のフロンティア

講演者
下村 英雄
労働政策研究・研修機構キャリア支援部門主任研究員
フォーラム名
第95回労働政策フォーラム「企業内キャリアコンサルティングの現在と未来」(2018年2月16日)名古屋開催

企業内キャリアコンサルティング研究の背景

最初に、企業内キャリアコンサルティング研究の背景について、お話します。1点目は、キャリア自律への対応です。もうひとつは、企業の環境変化です。例えば、グローバル化であったり知識産業化であったり、さまざまな問題があります。こうした多様な問題への対処が一つあります。では、なぜ、国で取り扱う必要があるのでしょうか。ポイントのひとつが、国全体の生産性の向上です。労働行政として、どうやって生産性の向上を考えるのか。スキルの適正配分という言い方をしますが、こちらの産業からあちらの産業に、あるスキルを持っている人たちを移動させる。もしくは、同じ産業内、同じ組織内でスキルを伸ばしてもらう仕組みをつくり、ディーセント・ワーク、働きやすい環境を整備する。こうしたことが、背景にあげられます。

現在、先進各国はどの国でも、人口もしくは高齢者の問題を抱えています。スキルの適正配分を通じて、どのように生産性を向上させていくのか。先進各国の政府は、相互に競い合い、実現しようと努力しています。その一環として、日本においては、企業内キャリアコンサルティングがある。こういう整理ができるかと思います。

企業内キャリアコンサルティングは社会インフラ

企業内キャリアコンサルティングは、キャリア形成を考える上で、社会インフラとなるものです。先ほど紹介のありましたセルフ・キャリアドック、さらにはジョブ・カードまで、国全体のスキル政策の中でインフラ整備を進めています。

その一方、課題となっているのが、企業内キャリアコンサルティングの普及促進です。企業の人材育成ビジョンと従業員の主体的なキャリア形成をすり合わせる。それを手助けするような仕組みを、国全体として、キャリアガイダンスの仕組として実現させる。これが労働行政、さらには関連する政府機関においての問題意識となります。

キャリアコンサルティング研究の歴史

ここで少し、歴史について触れます。日本で初めて産業カウンセリングの仕組みが導入されたのは1950年代です。注目すべきは1960年代です。60年代には、企業内にキャリアカウンセリング、産業カウンセリングの仕組みを取り入れることを書いた本が続々と出てきました。当時の労働省においても、産業カウンセリング制度を普及させようと試みました。

興味深いのは、当時の企業内キャリアコンサルティング、産業カウンセリング研究の問題意識です。当時の封建的な管理監督者と部下の関係を問題視していたことです。そのため、管理監督者にカウンセリング的な意識を持たせることで、職場の人間関係、職場風土を改善しようとする意識が強かったのです。今で言うところの、組織開発的なニュアンスです。こうしたものが、初期の頃、意識されていました。

ただ、残念なことに、1970年代、企業内キャリアコンサルティングの研究は、下火になります。おそらく、企業内の人材育成全般に問題関心が移っていったからだと思われます。1980年代に入ると、当時の文部省で生涯学習が打ち出されました。それに伴い、生涯学習、職業能力開発に対する関心が高まり、その後のキャリアコンサルティングに結びつく政策構想が、1980年代に見られるようになりました。キーワードのひとつが、リカレント教育です。現在、再びトピックになっていますが、初期の段階から、こうした問題意識を背景にしていたということも歴史を振り返った時の一つの知見かと思います。

経済社会の発展にも寄与

キャリアコンサルティングについては、職業能力開発促進法の第2条5で、労働者の職業の選択、職業生活の設計又は職業能力の開発及び向上に関する相談に応じ、助言及び指導を行うと定義されます。ただ、さらに重要なのは、第1条に、職業の安定と労働者の地位の向上、さらには経済及び社会の発展に寄与することを目的とするというくだりです。企業内キャリアコンサルティングは、単に労働者の相談に乗るだけなく、それを通じて個々の従業員、労働者の職業の安定、さらには地位の向上を図る。そうしたことを通じて経済及び社会の発展を目的としていることが言われています。キャリアコンサルティングを広く捉えれば、こうした問題意識が背景にあることは、ポイントとして指摘できます。

ゴールキーパーの役割も担う

キャリアコンサルティングは、通常の人事労務管理のシステムから漏れた問題に対処する役割を担っています。例えば、キャリアコンサルタントは、サッカーでいえばゴールキーパーの役割に似ています。ゴールキーパーが活躍するのは、守備のシステムが破綻したときです。それゆえ、ゴールキーパー、つまり、キャリアコンサルタントに相談が寄せられることになります。

人事労務管理のシステムが十分に機能していなければならないのはもちろんですが、それだけでは十分ではありません。システムだけあれば、個別に対応するゴールキーパーは要らないのかと言われると、やはりゴールキーパーは必要です。システムだけでもゴールキーパーだけでも十分ではありません。個々の個別支援を行うキャリアコンサルタントとシステム全体との連動が必要となります。

企業内キャリアコンサルティングの機能

企業内キャリアコンサルティングの機能につきましては、私のほうではリテンション機能、関係調整・対話促進機能、意味付与・価値提供機能の3機能に集約しました。

例えば、人事異動で納得がいかないとして、相談に訪れた社員を想定します。キャリアコンサルタントの介入があり、結局、上司と部下とのコミュニケーションの行き違いが原因とわかりました。キャリアコンサルタントが関係者同士の調整を行い、結果的に、この社員は、働く意味を、別の角度から見直すことができました。前半部分でリテンション機能、後半で関係調整、そして最終的に自分の働く意味の付与がなされたことになります。

キャリアコンサルティングの効果

キャリアコンサルティングの効果については、常に効果検証が必須かと言われると、必ずしもそうではないと思います。効果は複雑多岐にわたり、単純に示すことは基本的にはできないと思います。ただ、いつも質問をいただくのでいくつか関連する研究をご紹介します。

まず、総じて言えば、キャリアカウンセリング、キャリアガイダンスの研究では、個別の相談には効果があるとの結論が出ています。これは、メタ分析という統計技法を用いて、たくさんあるキャリアカウンセリング効果の結果をひとまとめにしたものです。そういう研究をすると、大体は、個別カウンセリングは効果的であるという結果が出ます。

また、JILPTの2017年調査でも、キャリアコンサルティング経験者(約1,000人)に調査しました。「変化した」と答えたのが6割強、「変化しなかった」が約3割で、基本的には「変化した」との結果になりました。類似の調査結果は、他にもたくさんあります。総じて、キャリアコンサルティングの効果測定をした場合、効果があると出るのが一般的ということです。

会社から適切なサポートがないと相談ニーズが高まる

キャリアコンサルタントの未経験者に相談ニーズ調査をしますと、20代がもっとも高くなり、それ以降、年齢が高くなるに従い、下がっていくのが一般的な傾向です。
この相談ニーズは、会社側から適切なサポートがないと感じると、俄然、高くなります。例えば、十分に睡眠や休暇がとれず、疲労が蓄積している。会社に使い捨てられるような気がする。職場や働き方に関する相談窓口がない。つまり、会社側から適切なサポートを受けていないと感じたとき、相談ニーズが高くなります。

経営層の理解がポイント

企業内キャリアコンサルティングの導入は、個別企業の置かれた状況により異なりますが、ポイントとして指摘できるのは、経営者の理解です。とくに中小企業では重要で、経営者の後押しが、立ち上げ後の鍵をにぎります。

では、導入にあたって、何をするべきでしょうか。具体的には、会議等の要所で説明する。さらに、私が重要だと思うのは、可能なところから試行的に小さく先行実施することです。これを指摘する企業が多くみられました。さらに、関連する取り組みと組み合わせることです。そのほか、先行してキャリアコンサルタントの資格取得、あるいは、従業員の意識啓発を行った導入事例もありました。

まとめ

本日は、急ぎ足で、企業内キャリアコンサルティング研究につきまして、いろいろなことをご報告しました。企業内キャリアコンサルティングの効果、もしくは導入展開については、引き続き、検討すべき課題であろうと考えております。

今日は、あまり触れませんでしたが、人間関係、職場改善から組織開発のキャリアコンサルティングというのは、現在、盛んに議論がなされているところでもあります。とくに、個別支援とシステムの連動については、セルフ・キャリアドック制度の導入推進に伴いまして、一つの大きな研究ポイントになると認識しています。

さらに、より発展的な論点としては、生涯にわたる職業能力開発の支援、メンタルヘルスの一次予防としての機能、社会正義のキャリアコンサルティングをあげることができます。こうした論点につきましても、引き続き、検討を重ねてまいります。

GET Adobe Acrobat Reader新しいウィンドウ PDF形式のファイルをご覧になるためにはAdobe Acrobat Readerが必要です。バナーのリンク先から最新版をダウンロードしてご利用ください(無償)。