研究報告 労働時間の柔軟性とその便益

長時間労働が仕事と家庭の両立を困難に

長時間労働と硬直的な労働時間管理は、正社員の典型的な働き方として、定着しています。この働き方は、子育て中の男女、なかでも育児・家事が期待される女性にとっては大変厳しいもので、仕事と家庭の両立を困難にしています。

さまざまな改革が進められていくなか、長時間労働と硬直的な労働時間管理は、あまり改善が進んでいないのが実情です。こうしたことも原因となり、依然として多くの女性は第一子出産を機に仕事を辞めてしまいます。他の先進国と比べても、日本の女性の就業継続率は目立って低いものとなっています。

政府は残業時間の総量規制へ

こうした現状を打開するため、政府もさまざまな取り組みを行っています。例えば、今年の初めに出された政府の働き方改革実行計画では、残業時間の総量規制の導入を提案しています。これは、労働基準法改正に盛り込まれる予定です。

子育て中の女性に対しては、さまざまな労働時間の保護がなされております。例えば、育児・介護休業法では、子育てしやすくなるよう、改正のたびに、女性の時間外労働や深夜残業などを規制していく方向に向かっています。

一方、子育て中の女性をターゲットに、過剰な保護、あるいは規制を通じて保護することは、女性の採用、配置、昇進、賃金などに、不利な影響を及ぼす可能性もあります。中長期的には、女性のキャリアにマイナスの影響を及ぼす可能性もあります。

労働時間の柔軟性は労使双方にプラス

本日のテーマである「労働時間の柔軟性」は非常に重要なものです。企業にとっても従業員にとっても、双方にプラスとなるウイン・ウインの関係を構築するものです。多くの企業は、子育て中の女性の就業支援を、コストとみているようです。今回、ご紹介する結果は、コストではなくて、企業にとって多くの便益をもたらすものであることを、明らかにするものです。

調査にあたり、参考にしたのは、ハーバード大学のクラウディア・ゴールディン教授の研究です。ゴールディン教授は、米国のオンライン職業情報であるO*Netを利用して、さまざまな職業特性を研究しました。この職業特性に対応した項目を用いて調査した結果、残業時間の短い労働者ほど、非典型時間帯/非典型場所労働の少ない労働者ほど、睡眠時間と余暇を十分とれている労働者ほど、ワーク・ライフ・バランスが実現されていることがわかりました。

次に、年齢、学歴、従業員規模などの属性をコントロールしました。その結果、労働時間の柔軟性は、労働者のワーク・ライフ・バランスと労働生産性を高めていることがわかりました。もう一つ言えるのは、労働時間の柔軟性は、ワーク・ライフ・バランスを介して、間接的に従業員の職場定着意識を高めることです。つまり、労働時間の柔軟性は、労働者にプラスであるだけでなく、企業にとっても労働生産性や職場定着率の向上など、プラスの影響をもたらしていることがわかります。

労働時間の柔軟性を得やすい職場

では、労働時間の柔軟性を得やすいのは、どのような職場でしょうか。大企業と中小企業のいずれにおいても、労働組合の有無が柔軟性に影響は与えていません。大企業においては、裁量労働制があるほうが、柔軟性が高くなっています。成果主義人事制度についても同じ結果となりました。

今回の推計では、労働組合は役割を果たしていないという結果となり、今後、労働組合の機能強化が望ましいのです。また、裁量労働制など、緩やかな労働時間管理制度は、理論上、柔軟性の実現につながると考えられますが、今回の結果では、中小企業を含む企業全体ではそうなっていません。緩やかな労働時間管理制度を柔軟性の実現につなげていくための工夫が必要です。

労使合意による自主的な取り組みが重要

最後に、政策的示唆については、労働時間の柔軟性を促すには、企業内で労使合意しながら、自主的な取り組みを後押しするものが重要となります。企業が柔軟な労働時間を導入する際、政府がさまざまな支援策を講じることが、今後、必要になってきます。例えば、働き方改革に関するノウハウやコンサルティングの提供、インフラ整備が、今後、より一層、求められてきます。

さらに、企業の実情に合わせた対策も必要になってきます。大企業の場合は、制度を導入したほうが、柔軟性が高いので、まず、制度の取り決めをつくることが求められます。一方、中小の場合、どちらかというと経営者のスタンス、例えば、柔軟性を高めて、生産性を高めることは、労使双方にとってウイン・ウインの関係であるということを認識する、そういう経営側のスタンスが重要になってくると思います。

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