基調講演 The Future of Work─仕事の未来─

講演者
ガイ・ライダー
国際労働機関(ILO)事務局長
フォーラム名
第91回労働政策フォーラム「The Future of Work─仕事の未来─」(2017年5月12日)

なぜILOは創設100周年で仕事の未来イニシアチブを始め、それがなぜ重要なのか。

ILOは、この仕事の未来のイニシアチブに関する議論を、できる限り幅広く、包摂的なものにしたいと思っております。そして、このフォーラムでの議論で、皆様の参加を促すことができればと期待しています。後ろを振り向くのではなく、未来を見通していきたい。ただし、ILOの歴史を少し振り返り、テーマの拠り所に触れたいと思います。

ILOと「労働と社会」

国連の機構の一部をなすILOは、最も古い国際機関と言えるでしょう。国際連合創設のはるか前、世界が第1次世界大戦で荒廃していたときに設立され、その信念は、世界の平和を堅持していくために、社会正義を確立しなければならないという考えです。仕事の世界を創り出すこと、平等で公正で、ディーセントな生活の水準を、あらゆる職業の人々、あらゆる国々の人々にために確立しようという趣旨でした。

1919年のILO憲章によれば、社会正義の実現こそが永続する平和を保障するものである。この考え方が今でも当てはまるのか。私自身は100年前と同じく、意味あるものだと思っております。

さて、今日、仕事の世界は大きな変革を遂げようとしています。未曽有の変革といってもいいかと思います。そして、スピードの速さ。変革はグローバル化の中で起こっていますが、前代未聞というのは、表面的でなく、根深い変革が起こっていると思うからです。

そして、ILOが答えを見出さなければならない問題は、どうすれば社会正義を引き続き推進できるのかということ。急激に変わりつつある環境のなかで、どの組織にとっても、昨日行ったことが自動的に明日もそのまま通ると思うのは間違っています。様々な制度や組織が変わらなくて済むのは、もう不可能です。このプロセスのなかでは、ILO自体も振り返って内省し、社会正義を推進する仕事の進め方についても、見直していかなければなりません。

「仕事の未来」に関わる4要素

この内省のプロセスのなかで、世界のなかで変化を促している重要な要素を、四つ特定してみました。我々は、仕事の世界を大きく変えるメガドライバーと呼んでいます。まず第1は、やはり技術のイノベーションです。今、まさに第4次産業革命が始まろうとしているという議論が行われています。

果たして、この技術革新は雇用を生み出すのか、それとも雇用を破壊するのか。そして、未来の仕事はどこから生まれるのかという議論です。文献を見ると、皆さんが好む、いろいろな答えが見つかります。なかには、現在の技術革新の波が仕事を大々的に破壊するという研究もあり、既存の雇用の半分は自動化、機械化できる、既存の技術だけでもそれができると主張するものもあります。これを、テクノ(技術)悲観論者と呼びたいと思います。

別のグループの人々は、これまで3次にわたる産業革命を振り返って、最初は混乱が起こるが、その後は破壊された雇用よりもより多くの新たな仕事が生まれ、社会は繁栄する。そして、社会正義の大義も、技術革新によって実現できることがわかるということです。

私は、ILOがグローバルな議論の審判役を果たすと言うつもりはありません。ただ、2つのことが言えます。まず第1に、技術は、多くの国々において、仕事の世界では脅威とみなされている。日本はそれほどではないかもしれませんが、技術に対する恐怖心は、実は世界では幅広く広がっています。第2に、質的にもこれまでの革命とは違うと言われています。経済学者のシュンペーターが言ったように、創造的な破壊が仕事をより多く創り出すのか、それとも破壊するのかがわかるまで待つのではなく、今回の革命は仕事のありようそのものを変えてしまうかもしれない。プラットフォームエコノミー、シェアリングエコノミー、またはギグエコノミーとも呼ばれる変化、仕事の組織化のやり方が前代未聞の方法で行われるようになることについて、後ほど触れたいと思います。あらゆる種類の技術が今、生まれてきています。

二つ目の大きな変革要因は、日本ではもうおなじみの、人口動態的な変化です。いわゆる高齢化が仕事の世界にどのような影響を及ぼしているのか。

日本は高齢化社会の典型とも言えましょう。その現象は、先進国の多くの国々でも共有されていますが、理解していただきたいのは、アフリカ、または南アジアでシンポジウムを開くとすると、高齢化という課題での論議はしないでしょう。若い世代がいかに膨れ上がっているかが、逆に問題なのです。人口動態的な変化、影響といっても、国によってそれぞれ異なる。世界の様々な地域は、異なる状況、ほとんど対照的な変化に見舞われている。日本をはじめとする国々では、高齢化、育児、介護の問題、高齢の労働者をどう保護していくかが重要ですが、ほかの地域では、労働市場に若年層が大量に参入する問題への対処が課題となっています。

社会的保護の制度のほか、もう一つ、日本ももっと議論しなければならないのは国際的な労働者の移動の問題です。経済合理性からは、労働力が増え過ぎている国から労働不足の国々に人を移動させたらいいという考えですが、現実には、世界の労働市場はこのような労働の移動を扱いかねているというのが現実です。

次に、やはり仕事の未来について忘れられがちな要素として、気候変動との闘いがあります。私も長年いろいろな活動をしてきましたが、労使、そして多くの政府は、こういう見方をしていました。選択が必要だ、すなわち雇用の創出と成長、そして開発を選ぶか、あるいは、環境を保護し、環境の持続可能性をとるか、その二者択一だと考えていたわけです。長い年月をかけ、それが二者択一ではないのだということに、ようやく気がついてきました。両立させなければならない。雇用の創出、経済成長、開発を続けつつも、地球を守り、環境の持続可能性を守っていかねばなりません。

ILOでは、今、政労使の間でコンセンサスが見られます。この二つの目標は相入れる、両立できるということです。これは、気候変動についてのパリ協定(2016年発効)のなかにも強く反映されています。そして、6月からILO総会が始まり、気候変動についても議論しますが、ILOが貢献できる「環境の持続可能性への正義に基づいた移行」、すなわちディーセントワークを創り出し、それを破壊してはならないという意味での正義ある移行を取り上げます。新しい要素として統合された政策のなかに、すなわち仕事の未来のなかに、持続可能な未来も組み入れていかなければならない。

四つ目の原動力は、グローバリゼーションに関わる要因です。我々が記憶している限り、ある仮定のもとに活動を行ってきました。仕事の未来はグローバル化された経済のもとで開かれる、すなわち自由化が継続的に行われる。貿易も、資本の流れも、労働もどんどん自由化が進み、我々はますますグローバルな労働市場・環境のなかで仕事をするという前提です。

日本、そしてアジア太平洋からの視点は、もしかしたら違っているかもしれませんが、実は世界の多くの地域において、次のように、すなわち選挙の結果からも、「果たしてグローバリゼーションが本当に仕事の世界にとって最適な道筋なのか」という疑念が蔓延しているように感じられるのです。様々な政治的な勢力が動き、保護主義への逆行、経済ナショナリズムを求める声が高まっています。これが果たして一時的な現象にとどまるのか、それともより恒常的なものになるのか、見守っていかなければなりません。

「仕事の未来」のイニシアチブ

いずれにせよ、こうした要素は、特に仕事の未来にかかる議論のなかに取り入れなければならないのです。政策がそのとおりに進むわけではありませんし、我々の思い込みは正しいものではないかもしれません。ただ、これら四つの要素は、仕事の世界の未来にとって大変重要であると思われます。私はここであえて強調したいと思います。仕事の未来は、必ずしも自動的に、これらの諸要素だけで確定されるのではないということです。我々、すなわち仕事の世界のアクター、担い手、主体が仕事の未来像をどう描くかにかかわってきます。決して、事前に決定されているわけではありません。シェークスピアは、「星空に我々の未来が描かれているわけではない、未来は我々の手のなかにある」という言葉を述べています。

ここで重要なのは、われわれが今、関わっているのは、あくまでも政策の議論だということを理解しなければならない。社会の選択肢、そして、政治的な決定も絡んでくるものなのです。まさに私どもの仕事の未来のイニシアチブは、そのような議論を提唱しています。冒頭に申し上げたように、ILOも、これらの政策決定が、仕事の世界を社会的な正義の原則に従って構築することを、ぜひ担保していきたいと思います。

それでは、ILOの議論のプロセスについて申し上げます。私どもは仕事の未来のイニシアチブを国レベルの対話で始めています。そして大変喜ばしいのは、対話が100を超える国々で行われていることです。

この国レベルの対話が今、まとまりつつあります。これが今度はグローバルなコミッション、すなわち仕事の未来についての委員会にかかわることになります。この委員会を、ぜひ向こう数週間で確立したいと思っています。このグローバル委員会は、ILOに対して2019年に報告を行うことになります。2019年6月のILO創設100周年総会で扱われるわけです。 日本における対話に参加してくださった日本の皆様には心から御礼を申し上げたいと思います。おかげさまで、2035仕事の未来(「働き方の未来2035 一人ひとりが輝くために」)というドキュメントにつながったわけであります。

「仕事の未来」を考えるための論点

イニシアチブの議論は、三または四つの重要なアイデアに立脚すべきであると思います。一つ目のテーマ。これは根本的な問いですが、同時に頻繁に軽視されがちです。それは仕事と社会にかかわるものです。得てして、古典的な経済学のなかでは、仕事を単純な経済的な活動に落とし込んで捉えています。合理的な経済的主体は、経済的なニーズに応えるために行動しているという発想です。

これはもちろん、このストーリーのなかで重要な要素ではあります。ただ、これだけでは、経済的な観念主義になってしまいます。現実を考慮しなければなりません。仕事とは、あくまでも人間の存在の意味を訴える行動だという認識が必要なのです。もちろん、我々は物理的なものを満たすために仕事をしています。しかし、それと同時に、自己実現の達成のために仕事をしているのです。そして、世の中の役に立ちたいという精神的なニーズにまで踏み込んでいます。

それと同時に、仕事は社会的な活動、すなわち、社会の一環としての行動なのです。多くの思想家はこう考えています。社会化のキーポイント、社会において、例えば家族、学校、また信仰があり、そのなかに仕事があります。まさに仕事の場において我々は交流しています。心理学者のフロイトは、仕事は個人の現実とのつながりだと言っているわけです。

長年失業にあえいでいる方はご存じでしょう。失業という形で現実とのつながりが絶たれると、いかにつらいかということを。しかし、人々がより個人化され、より分断化された労働市場で仕事するとどうなるでしょう。仕事は、集団的な体制のものではますますなくなっている。そうなると、社会化の効果も影響を受けているわけです。これは、根本的、重要な問題だと思っております。しかしながら、仕事の未来に係る議論のなかで十分取り上げられていない要素ではないかと感じているのです。

二つ目の対応すべき重要なテーマ、これは最も頻繁に提唱されています。すなわち、未来の仕事はどこから出てくるのか。実際に2億人の人々が、今、世界中で仕事がない状況に置かれています。25歳未満の方ならば、おそらく他の成人層と比べて失業者になる可能性は3倍高いのです。若年層における失業の問題は、現代における非常に重要な危機であると言われております。国際社会は、国連の2030年社会開発目標(2030アジェンダ)を受け入れました。開発目標の8番目、これは、国際社会に一つの要求をしています。2030年までに包摂的な経済成長、完全雇用、そしてディーセント・ワークを全ての人々に提供しようということです。非常に野心的な目標です。ただ、現実を申し上げると、これを実現するためには、世界は2030年までに6億の新たな仕事を創出しなければなりません。

そこで考えなければならないのは、どうやってそれを実現するのかということ。未来の仕事はどこから来るのかというテーマは、根本的に重要なテーマであり続けます。なかには不可能だという人もいます。将来の経済生活において、仕事はあくまでも非常に限定的なものになる。そして、それをシェアしなければならなくなるという声もあります。もしもそうであるなら、補完的なメカニズム、場合によっては代替的なメカニズムを見出さなければなりません。それをもって、所得の分配をしなければならないということになります。

この発案からある議論が出てきます。「ユニバーサル所得保障」です。場合によっては、我々は、仕事の未来というテーマのなかにおいてこれを考慮しなければならないかもしれません。

三つ目のテーマです。仕事と生産をどうするかということ。新しい技術によって、仕事をプラットフォーム型、シェア型、そしてギグ・エコノミーに転換することができるという声もありますし、これは限定的な現象にとどまるという声もあります。しかし、ウーバーだとか、Airbnb(エアビーアンドビー)だとか、そのような現象は、実は、より一般的な将来の現象の先駆けにすぎないという声もあるわけです。

どうやら我々は、確立された標準的な雇用関係からシフトしているのではないか。すなわち、規範的な雇用関係はフルタイムの期間の定めのない契約にのっとっている。従業員と、特定された経営者との間の雇用契約があったわけです。しかし、それが非常に混乱するような、様々な多角的な雇用の形態にシフトしているという声もあるわけです。これは、ILOのなかでも非常に議論を呼んでいるテーマです。

我々は、果たしてこうした状況に直面しているのか。すなわち厳密に言うところの労使関係、経営者、そして従業員との関係が、もしかすると商業的な請負関係にシフトしているのか否か。これは一時的な関係、つまり財に対するサービスの需要を抱える側、そして、それを提供するサイドとの関係にシフトしているのかということです。

ILO憲章は「労働は、商品ではない」という原則を掲げています。今、我々が目にしているのは古典的な雇用関係の解体、弱体化なのか。そして、商業的な関係にシフトしてしまうのか。もしそうならば、根本的に制度やメカニズムについて、今まで仕事の世界を規定してきたものを再考しなければならないかもしれません。

最後に、仕事のガバナンスに関わるテーマです。あらゆることについて、次の問題が出てきます。すなわち今後、仕事の世界に、我々が求む結果を見出すために、どのような法規制、そしてルールを提供したらいいでしょうか。

ILOが担う役割

ILOに関して申し上げるならば、非常に重要な方法は、国際的な労働基準であるわけです。例えば条約などが加盟国によって批准されれば、法的な拘束力を持つ、これは、国際的労働法と言われております。仕事の世界における国際的なゲームのルールであるこれは、1世紀にわたって非常に重要な存在であり続けました。問題は、将来、それが果たして有効なのかということです。

もしかしたら、ほかの方法で仕事における行動を規定しなければならないのか。場合によっては、企業の社会的責任(CSR)のような、より自発的なものを考えるべきなのか。

また、仕事の世界における様々な利害の代表をどうするか。長年にわたって労働組合は、例えばILOにおいて政労使三者構成で議論しました。それぞれが利害を代表し、コンセンサスを見出してきました。しかし、仕事の世界において、状況が変わるなか、従来型の労働組合、そして経営者側のやり方は、今後、過去と同様に有効であり続けるのか。このテーマについても慎重に考える必要があると思います。この課題に、我々は直面しています。

冒頭に申し上げた、ILOがどのような環境のもとで創設されたか、第1次世界大戦の後、42カ国が創設国となり、そこに日本も入っておりました。加盟国は、仕事の世界を社会正義に則って平和を保障するためにILOをきちんとつくり上げていこうとしていました。

そして、そのときの状況が、今でも当てはまると言えます。仕事の世界をどう編成していくのか、そして、社会正義のニーズをどう満たしていくか。細かいことではなく、例えば労使関係の専門家が扱ったり、労働組合や使用者だけが取り上げるだけの問題ではない、社会の未来にとって、もっと根本的に重要な問題をはらんでいます。

より掘り下げて、仕事の未来を取り上げようとしているOECDや世界銀行、そのほかの国際機関、また国連自体も今、仕事の未来に大きく目を向けようとしております。偶然ではありません。これはわれわれが関心を向ける十分に価値ある問題であります。しかも、優先して今から行動をとらなければならない。仕事の未来は明日のニュースではない、今、我々が取り上げるべきテーマだからです。

今日の対話をもとに、そしてILOのイニシアチブのもとで、向こう2、3年のうちに、皆さんにも貢献していただき、未来が世界中の人間のニーズを満たせるように、そして、平和に基づいた未来、そして、万人のための繁栄を実現できるようにと祈っております。

プロフィール

ガイ・ライダー(Guy Ryder

国際労働機関(ILO)事務局長

1956年、英国リバプール生まれ。ケンブリッジ大学及びリバプール大学卒業。1981年イギリス労働組合会議(TUC)、1985年国際商業事務専門職技術労働組合連盟(FIET)等を経て、1993年ICFTUジュネーブ事務所長。1998年ILOに入局。労働者活動局長、事務局長官房長を務める。2002年ICFTU本部書記長、2006年国際労働組合総連合(ITUC)書記長を歴任。2010年よりILO本部・国際労働基準及び労働における基本的原則・権利担当総局長を経て、2012年10月第10代ILO事務局長に就任。2016年11月のILO理事会で再任された。