基調講演① 新時代のキャリアコンサルタントに求めること

キャリアコンサルティングは、もともと働く人のキャリア形成支援について、企業のなかで事業主の責任においてやりなさいということから始まりました。就職支援では、ハローワークのような公的機関だけではなく、民間の機関も含めて、キャリアコンサルタントがサポートしています。学校教育にもキャリアコンサルティングが深く取り入れられています。大学のキャリアセンターなどで多くのキャリアコンサルタントが働いていますし、最近では小学校からキャリア教育を展開するということになり、教育に関わるキャリアコンサルタントも増えました。このように今日、実に多様な分野でキャリアコンサルティングが展開されています。

雇用確保と現場力の再構築に貢献

キャリアコンサルタントに求められるものを、①雇用の場の確保と現場力の再構築に貢献すること、②中小企業と地域に活動を広げること、③障がい者、高齢者、メンタルヘルス不全者、外国人労働者などに対する活動を強化すること、④「公」の視点を自覚し「労働の人間化」に貢献すること──の4項目にまとめました。

キャリアコンサルタントについては、すでにその育成プログラムのなかで、率先して社会を変えていくという意欲を持って環境に介入することが明文化されています。つまり、その役割は、働く人の個人的な環境だけでなく、社会的な環境や会社そのものを良好な健康状態にすることであり、「雇用の場の確保と現場力の再構築に貢献すること」が求められているのです。

キャリアコンサルタントの活動領域については、「中小企業と地域に活動を広げること」の重要性が多くの論者によって指摘されています。実際に物事が動いている現場に密着した取り組みが重要で、そこから自然に中小、地域等とのつながりが深まります。

キャリアコンサルタントに求められるものの3番目に、「障がい者、高齢者、メンタルヘルス不全者、外国人労働者などに対する活動を強化すること」を挙げたいと思います。通常のキャリアコンサルティングではなく、それぞれ個別に特別な支援が必要な人たちに、どのように応じることができるのかが喫緊の課題であり、医療、介護、福祉に関わる人たちとの連携が非常に重要になります。

「労働の人間化」の実践を

キャリアコンサルタントが求められるものとして、私が強調したいのは、「『公』の視点を自覚し『労働の人間化』に貢献すること」です。「公」はパブリックを指しており、個人と組織の真ん中に立って双方を支援する立場を維持して欲しいということです。会社の方針など、会社の方だけを見ているのでは片方だけ見ていることになります。逆に、個々の社員の立場に立って進めるだけでもよくありません。やはり、会社と個人の真ん中に立った対応が求められます。そして、「労働の人間化」に貢献して欲しいのです。

最近、「労働の人間化」という言葉をあまり聞かなくなりました。30年以上前にできたアメリカの「労働の人間化」をテーマとする学会では、「労働の人間化」について、①労働の内容に手応えがあること。単に忍耐を要するということではなく、適当な変化があること(変化)、②仕事から学ぶことがあること。継続的に妥当な量の学習があること(学習)、③自分で判断する余地があること。自分の責任で決められること(自立性)、④人間的なつながりがあること。同じ職場の人々が互いに他人を認め合う関係にあること(他人との協力関係)、⑤仕事に社会的意義があること。自分の労働と社会をつなげて考えられること(社会的意義)、⑥将来にとってプラスになること。何らかの意味で良き将来につながること(成長)──の六つの条件を満たす働き方だとしています。かつては、この「労働の人間化」を、わが国の企業でも実践するようなことが行われました。最近はずっと忘れられているようなので、改めてここでキャリアコンサルタントに求められる心構えとして取り上げて、強調しておきたいと思います。

日々働くことがよき将来につながるように

「労働の内容に手応えがあること」については、単に忍耐を要するだけではなく、適当な変化が必要です。これは非常に抽象的で大したことではないと思うかもしれませんが、毎日働いている自分の仕事の内容に手応えがあり、「昨日と今日は違う」という手応えを感じることこそが重要だということです。また、「仕事から学ぶことがあること」は、継続的に妥当な量の学習があり、昨日よりは今日、何かを学習したと思えることです。それから、「自立性」は、自分が毎日やっている仕事について、判断する余地があること。自分の責任で決めることができることです。同じ職場の人々がお互いに他人を認め合う関係にある「人間的なつながりがあること」も大切です。こうした人間関係は当然のことと思うかもしれませんが、現実の社会では必ずしもそうではありません。「仕事に社会的意義があること」も重要です。これは、自分の労働と社会がつながっていると毎日感じることができるということです。

結論的にまとめると、「労働の人間化」とは、何らかの意味で、毎日、今働いていることがよき将来につながっていることだと実感できることだと言えるでしょう。

いかに死ぬかを考えることも重要な支援に

キャリア形成支援は人生をいかに生きるかということですので、突飛かもしれませんが、いかに死ぬかということを考えるのも重要なキャリア支援だと思います。ジャーナリストの柳田邦男さんが、次男の自死をめぐって考えたことを、「人生はうまくいかなくてもともとです。生きるというのは、それらを受け入れて、自分が生きていく道を探すよりほかはない。自分で自分の道を見つける。これくらい大変で、つらいことはない。そのつらさを引き受ける、それこそが人生だと思います」とまとめています。これはそのまま、キャリア支援を考えるうえにも応用できる考え方だと思います。

プロフィール

木村 周(きむら・しゅう)

日本産業カウンセリング学会特別顧問、筑波大学元教授

長年、労働行政において職業紹介、職業指導の実践、研究、教育に携わった後、筑波大学教授(心理学系)、拓殖大学、学習院大学を経て現職。専門は職業心理学、キャリアガイダンスとカウンセリング。高度な専門性を有する社会人とともに現場の問題をとらえ、実践に役立つ教育と研究を心がける。日本産業カウンセリング学会会長、産業組織心理学会理事などを兼任。主な著書に『キャリア・カウンセリング(4訂版)』(雇用問題研究会、2016年)、『キャリアの再チャレンジ』(ブレーン出版、2006年)など多数。

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