パネルディスカッション
多様化する仕事と働き方に対応したキャリア教育

パネリスト
杉本 育夫、大久保 知宏、柿沼 幸弘、末廣 啓子、小杉 礼子
コーディネーター
玄田 有史
フォーラム名
第88回労働政策フォーラム「多様化する仕事と働き方に対応したキャリア教育」(2017年1月23日)宇都宮開催

玄田 本日のフォーラムの目的は、これからの時代に求められる広い意味でのキャリア教育のあり方を考えることですが、前半の報告を受けて感じたことなど、小杉さんから口火を切っていただけますか。

企業の人材育成策と若年社員の思いの共有化

小杉 企業の方の発表は、能力の見える化をしてスキルマップや能力評価基準をつくり、それをプログラム化して人を育てようとするところが共通していました。それが今の人材育成の方向性だと思います。ただ、そういった仕組みを、どのように働く側の若い層と共有していくのか。私の見ている若い人たちは、職場で受け入れてくれていないと思ったり、上司も自分のことを見てくれないと思っていたりして、その辺のことがよくわかっていません。そういった会社側と若い人の側のすれ違いのようなことはないのでしょうか。

玄田 すれ違いを避けるための工夫などをしているのか。大久保さん、いかがですか。

大久保 すれ違いはもちろんあります。そこで、年2回、「あなたにはこういう行動を求めています。上の職位に行くなら、この部分をこう改善しましょう」などという面談を行いますし、講演時に使用したスキルマップは、その作成時から若い世代も入れ、浸透させることを考えながら進めています。ただ、すれ違いを恐れていたら新しい制度は導入できないので、ある意味、すれ違いを覚悟してやっています。

玄田 すれ違いを回避するために、何か心掛けていることはありますか。

大久保 いろいろな説明は直属の上司が行いますが、その際、どの上司も同じように話してくれるかが一番不安です。このため、集合研修で上司をサポートするようにしています。

玄田 わかりました。柿沼さんは社員との目的や意識の共有について、どのように考えていますか。

柿沼 当社では新入社員の教育に、4月に入社して8月末までの5カ月間をかけ、仕事をする際の基礎知識だけではなく、企業理念などの共有を図っています。初めに人事諸制度や就業規則などの会社の仕組みについて、1週間くらいかけて研修します。その後、当社の製品を開発・製造・販売している各部署を回り、先輩諸氏からレクチャーを受けます。また、講演時に少し触れましたが、当社では開発・生産・販売といった機能のなかで、生産は、ほとんどベトナムで行っていますので、5カ月の社員研修のうち約2カ月を生産工程の説明に当て、実際に物をつくる作業も体感させます。そうした体験を通じて、文章では理解が難しい内容についても具体的なイメージが沸いてくることを期待しています。また、大久保さんの話と同じように、年2回の上司との対話等を通じて染み込ませることもあると思います。

先生に求められる発想の柔軟さや外部とのネットワーク

玄田 ありがとうございました。体験については、宇都宮商業の取り組みも体験や経験に徹底的にこだわっていて、そのなかでチャレンジングなことにも取り組んでいました。末廣さんは、杉本先生の発表でどういったことを感じましたか。

末廣 中学や高校の先生と話したり、学校を訪問する機会があるのですが、そうしたなかでもキャリア教育の難しさを痛感しています。その背景に、先生たちが何をやれば良いかがわからないことがあります。多忙な先生の労働時間の問題もあるなかで、キャリア教育をやるように号令をかけるだけでは無理がありますし、教える側の人材をどう育てるかというところまで考えなくてはならないと思いました。また、キャリア教育には定型はないので、先生たちが「こういうことが必要なのでは?」と思うようなプログラムをどんどん発案していくことも大切だと思っています。

玄田 発想の柔軟さや企画力が大事なのですね。

末廣 はい。あとは何でも自分でやろうと思わないで欲しい。例えば、労働問題もやはり基本を知らなければ、子供の進路指導はできません。しかし、私の目には、今は教員になる過程で、あまりそういった勉強をする機会がないように映ります。そういった先生への教育が必要だと感じる半面、自分だけで全部はできないので、外の人とのネットワークを作ることも考えて欲しいと思うのです。

アントレプレナーシップ教育も必要

玄田 杉本先生は、改めて感じられたことはありますか。

杉本 私が思うのは、学校という組織に対してです。学校のトップは校長ですが、縦社会なので市や町の教育委員会の方針があるなかでの裁量になっています。すると、専門高校に比べて普通高校の裁量度は低く、生徒を就職させるよりも大学に入れれば何とかなるとの考え方が比較的強いと思います。決して普通高校の批判をしているのではなく、それがその学校の生き方だろうと思っているのですが、学生にとっては、何のトレーニングもせずに大学に行って社会に出ていくことになるので、可哀想に思う気持ちはあります。

もう一つ言いたいのは、アントレプレナーシップです。栃木県では今、法人税が100 億円の減収と言われています。従業員教育は結構なのですが、それとは別に起業家教育の視点がほとんど聞こえてきません。つまり、栃木県には大企業の工場ばかりが入ってきて、それに頼ってきた歴史がある。それは、大学生が戻ってきても活躍できる地場企業の場が少ないことを意味します。いろいろな問題があるので、その辺は行政の方も一緒になって考えてもらいたいと思っています。

玄田 アントレプレナーシップ教育については、宇都宮大学も同じような問題意識を持っていると思います。

末廣 私は1990年代の終わりにアメリカでアントレプレナーシップ教育に出会ってから、ずっとそういう教育が必要だと思っていました。これは都道府県によって取り組みの姿勢が大きく違い、栃木県は、全国的に見れば決して早い方ではありません。本学の起業家教育は、将来の選択肢を広げることと、どこに行っても必要な起業家精神を養うことを目的に開講し、4年ほど前から地域活性化に危機感を感じている宇都宮市が一緒にやってくれていて、効果も出ています。

社会全体でのキャリア教育を

玄田 小杉さんは、普通高校でキャリア教育を行う上での課題や、大学でキャリア教育を続けていく課題について、どのように見ていますか。

小杉 進学中心の普通高校でもキャリア教育を一生懸命やっているところはあり、実際によく知られている幾つかのモデルもあります。それが広まらないのは、一つは目の前の進学の指導はそれなしでも済むことがあると思うのですが、あと一つ、末廣さんの指摘のなかに、「キャリア教育を学校だけで行うのはもう無理だ」という話がありました。進学中心の学校も、キャリア教育をするには、その先にある社会とうまくつながらなければなりません。そういう意味では社会全体でのキャリア教育が本当に必要になっています。

そこで、企業のパネリストに伺いたいと思います。熱心で粘り強い学生が欲しいとか、5年先ぐらいを見据えて物を考える人材が欲しいという話がありました。そのために企業は何をなさるのでしょう。もちろん、今も企業としてインターンシップを受け入れたり、様々な形で対応していますが、何かもう少しブレークスルーはないものでしょうか。

過去と異なる熱心さや粘り強さを育める方策が

柿沼 今のところはここ1年ぐらい、宇都宮大学のキャリアフェスティバルに参加して情報発信している程度にとどまっています。そのうえで、「熱心で粘り強い人材」については、入社後、5カ月ぐらいの新入社員教育のなかで、そこも教え込むようにしています。ただ、昨今は方策を間違えるとハラスメントに引っかかりそうになるなど、ある意味、そうしたことができにくい世の中になっています。企業も他に別なやり方を模索しないといけない時代だと思いました。

玄田 大久保さんの会社では、「考える、気づく、伝える」といった三つの力を持つために、3年かけてサポート・フォローアップ研修をしています。企業側も粘り強く、じっくりと時間をかけて育てるとのメッセージをかなり明確に出されているように思います。

短いサイクルでPDCAを回す研修を

大久保 入社前にそういう人材を求めるために何かできるかというと、そこまではできないだろうと思うので、入社後にそういう形でやっていくのが求められているのだろうと考えています。そこで、短いサイクルでもPDCAが回るような研修を取り入れ、実際に自分たちでPDCAを回し、チェックしてアクションした結果でもう1回再計画する――。そういったことを繰り返し、発表することで皆に評価されるといった環境もつくりながら取り組んでいるのが現状です。

そういう意味では、宇都宮商業の課題発表や宇都宮大学の課題発見型インターンシップでも見られるような、課題を解決しようというプロセスが一番大事だと思っていて、会社としてもその体験をしてもらいたいと思って取り組んでいます。

二極化する学生へのそれぞれの対応も

末廣 今は職場が効率化で人も足りず、長期的観点からしっかり人を育てようとする企業がどれだけあるのかが、教育の側から見ると根本的な問題としてあります。それをどう解決できるかといえば、国の政策や経営者団体への働きかけといったところまで話が及んできますが、個々の企業が人を大事にしていくことをどのくらいきちんと考えてくださるのかが重要と思います。

また、今は世の中がもの凄く変わり、働き方も多様化しているわけですが、玄田先生が指摘された地域や世界で活躍するようなタイプの若者が確実に出てきている一方で、厳しい現実のなかで安定した終身雇用を望む学生も多くいて二極化しています。教育サイドから言えば、放っておいても外に出て行く学生は、どんどん行かせてあげたらいい。でも最近、起業やNPOを立ち上げるような話をする学生のなかには、凄く視野狭窄で、その一本道を突っ走るタイプの人が見られます。そういった学生に対しては、どのように視野を広げながら進めるようにさせるのかが重要です。一方、できれば安定してじっくりやりたいタイプの学生も重要な社会の担い手ですし、その人たちにもやりがいのある幸せな職業人生を見込めることが大切なわけです。そうした人たちに、教育側から何ができるかというと、生涯学習をし続ける意欲のようなものや、自分たちのキャリアをデザインしていく力をつけるためのいろいろな手助けということであり、一方で受け皿になる企業や社会の側でも真剣に考えて欲しいと思います。

社会の仕組みで変えたいこと

玄田 ここで、少し変わった質問をしたいと思います。今ここに「キャリアの神様」がいて、「これまで頑張ってきたご褒美に、キャリア教育にまつわる社会の仕組みを一つだけ変えてあげましょう」と言われたら、何を変えてほしいと希望しますか。

末廣 人をちゃんと育てていくという社会全体のビジョンでしょうか。教育の問題になってくるかもしれませんが、そこが一番根本かなと思いました。

玄田 なるほど。杉本先生は、どうでしょうか。

学校が連携して取り組める「キャリアカード」の発想を

杉本 広義では行政も入るのでしょうが、中学校、高校、大学が自ら連携して取り組めるような仕組みがあるといいですね。

玄田 では、文部科学大臣になって何か一つ仕組みをつくるとなったら、何がいいですか。

杉本 これも縦割りのところを貫くものが何か一つあればいい。個人の勉強してきたスキルの履歴が、例えば小中高でこんなことをやってきたとわかるようなものがあると良いと思っています。

玄田 では、大久保さんはキャリア教育もしくはそれにまつわる環境で、何か一つ変えるとしたら、どのようなことを想像されますか。

社会的な経験と耐性を持って就職を

大久保 社会と関わる時間をもっと多く持ってきてもらいたい。会社にはいろいろな人がいます。優しい人ばかりではなく、言葉遣いの荒い人もいる。耐性を持って入社して欲しいので、いろいろな人と関わるプログラムができればと思います。

玄田 その点については、杉本先生が体験・経験を大切にしています。そういったことはどうやって広がっていくのでしょうか。

杉本 当校もそれほど理論漬けで始めているわけではありません。ただ、やらないよりはやったほうがよく、インターンシップを終えた生徒たちにアンケートをとると、1週間や10 日間の集中で凄く成長しています。これも一つのキャリア教育だと思っています。

学校に他の社会的資源も組み込めるように

玄田 全ての若者や子どもに、いろいろな人と出会う機会があれば良いのですが、どうすれば皆にそうした機会をつくれるようになるのでしょうか。

小杉 貧困を背景にすると、人間関係もどんどん閉ざされます。それが育つプロセスであれば、いろいろな体験をする機会が完全になくなり、これが大きな問題だと言われています。では、今それができるのは誰なのかと言えば、いろいろな役割を負わされて大変なのは分かっているのですが、やはり学校だと思います。ただし、先生方だけが負うのでなく、そこにもっと人やお金を投資すべきです。今、学校はNPOなどの活動をなかなか受け入れにくい体質もありますが、いわゆる「チーム学校」といったような形で学校を基点に様々な支援者が集まる仕組みをどう作るか。基点としての学校に、他の社会的資源を集めることが、今できる解決方法だと思います。

玄田 小杉さんの指摘は、末廣さんの問題意識ともかなり共通していると思います。

末廣 そう思います。今の教育現場は、学校のなかだけでは抱え切れない様々な問題が出てきていて、外とのつながりを持ちながらどうしていくかを考えるべきです。そういう意味では、学校もマインドセットの問題が大きくあるように思いますし、それができたうえで、改めて産官学の連携が大事だと思っています。

自分のためでもある若者支援

玄田 これはキャリア教育に限った話ではありませんが、若者支援に関わっている人に「何故、こういうことをやるのか」と聞いていくと、「やったことが自分に跳ね返ってくる」という答えが意外に多い。大学も含め、支援に関わる人は、ある意味、自分のためにやっていることにもなりますね。

杉本 そうですね。一方通行だけではなく、様々な角度から人を育てたいです。ですから、やはりいろいろな体験・経験を通して子供たちを育てていきたい。ただ、先ほど小杉さんが言われたように、今は何もかもが学校に来ています。社会に出て行く前のいろいろな教育の最後の砦になっていて、多忙感が拭えません。

玄田 今日はあまりキーワードに出ていませんが、家族(保護者)といった学生の背後にある重要なもう一人のプレイヤーについては、どう思われますか。

杉本 私が30数年前に教員になったころに比べると、学校に対する関心・期待値は高いです。ですから、何か自分や子供にとって合わないことがあると、言ってくることになります。その分、きちんと説明すれば協力もしてくれます。以前は学校のやることは大体間違いないだろうという感じでしたが、今は学校の説明責任が求められます。キャリア教育に関しても、「当校はこういう風にやります」といった説明が必要です。

玄田 皆さんにキャリア教育を進めていく上で、変えたらいいと思うことをそれぞれ一つ挙げてもらっていますが、柿沼さんはどう感じていますか。

キャリアは挫折とセットで考える

柿沼 キャリアを考える時には、挫折とセットで考える必要があると思うのですが、その時に相談相手がいないことを考えています。人生の長い過程では挫折することもあるでしょうし、そこからどう這い上がるかは大切なことです。

企業で一番の大きな挫折は、恐らくはリストラに遭ったような時だと思います。そんな時に、社会はどうフォローするかというと、多分、何もない感じがしています。一般的にはメンターと言いますが、当社では新入社員が入ると2年ぐらいはチューターと称して先輩社員につけたりするのですが、それはキャリアというよりノウハウを教える方にシフトしがちです。

また、入社前に遡ると、私は学生と接する時に、「何社も受けて何社も落ちてしまうような経験をしても、その結果だけにフォーカスしてはだめだよ」と話しています。学校側では、そうしたときにどういうフォローをされているのでしょうか。

相談に来ない学生への対応

玄田 挫折した時の相談相手について指摘が出ましたが、学生が就職活動でうまくいかなかった時などに、大学のキャリアセンターとしてはどのようなことを重視して取り組まれていますか。

末廣 基本的には、友人ももちろん、生身の様々な世代の人と話ができる環境のなかで何かを感じて乗り越えていくことが大切だと思います。キャリア教育のなかでは個別相談の仕組みはとても大切で、恐らくはどの大学も凄く力を入れているのではないでしょうか。本学の場合は、キャリアカウンセラーが毎日いる体制にしていますし、私も含め教職員も対応することで、できるだけ気楽に来られるよう努力しています。また、ガイダンスでも先輩のそうした経験を次の就活中の人たちに話して聞かせています。

玄田 柿沼さんの指摘は、人生という長いキャリアの道のりで、いろいろな試練や修羅場をくぐる時の相談相手が不足しているのではないかという問題提起でもあると思います。こうした点については、政策的にもキャリアコンサルタントの育成などの取り組みをしています。

小杉 キャリアコンサルタントの養成は、いま非常に重視しています。国家資格化して、かつ専門性を高めるような仕組みが整理されつつあるところだと思います。ただ、一番困っている人が一番相談してくれないことが問題です。大学のキャリアセンターも同様で、就職しやすい学生はセンターをうまく使いこなしますが、キャリアセンターにも寄って来ずに一人で落ち込んで一人でやめてしまうタイプが、実は一番困っています。

そういう人たちにどう対応するかというと、相談しに来てくれるのを待っているのではなく、ゼミ教官や担任の先生といった日常的に接している人から、よく玄田さんが言われるようなお節介をすることが必要な状況になるのだと思います。

玄田 行き過ぎでも過少でもない「上手なお節介」。それを大人がどう身につけていくかということですね。

キャリアを育むには言葉で説明していくこと

玄田 実は、今日のフォーラムで最も強く思ったのが、「キャリアってやっぱり言葉だ」ということ。自分たちの考えていること、思っていること、どういう人生を歩みたいか、もしくは歩んで欲しいかといったようなことを自分の言葉で語れるということです。自分の生を少し振り返ってどういった生き方をしてきたかということを、自慢でも自惚れでもなく、かといってつまらない卑下でもなく、ささやかな誇りを持って一人ひとりが自分の人生や仕事について語れる。それをお互いに「へえ、すごいね」「ああ、いいな」「それは自分も参考にしたいな」などと学び合う機会が自然にどこでも起こるような環境が、キャリア教育の一つの到達点でしょう。目標は、皆が社会的に高いステータスに昇るといったことだけではないと思います。

社会的な関わりを増やすアプローチ

玄田 では、最後に改めて強調されたいことなどがありましたら一言ずつお願いします。

大久保 企業に勤めている人間は社会人と呼ばれるわけですが、若い世代も年配も、もしかしたら会社という非常に狭い範囲でしか生きていないのかもしれません。企業は若い世代に対し、社会的な関わりを増やすようなアプローチをすべきだろうと、このディスカッションを通じて感じました。

柿沼 学校は正解を出す機関で、企業の方は正解がないなかで目的あるいは目標を達成しなければいけない。ここに何かギャップがあるのではないか?と漫然とですが、ずっと疑問に思っていました。しかし、今日、学校側あるいは研究発表を聞き、そういうことではないと感じました。また、先ほど、企業も支援者側にならなくてはいけないと反省を踏まえて話しました。今後は単に人が欲しいから学校に行くのではなく、学校側を何かサポートできればと思いました。

変化に対応した社会の仕組みを

杉本 今日は、企業や大学、高校、中学校、地域あわせて、何か一つ働き方を通じて地域が活性化していくようなものができればいいと考えて話をしました。地元で子供たちが元気に働ける環境が整えばいいし、そのためにどうしたらいいのか。それには、大学、企業、地域、行政と私たちが連携していかなくてはいけないと、改めて意を強くしました。

小杉 これからは間違いなく、これまで以上に変化の大きい社会になることがわかっています。日本は今までも多くの変化を経験してきて、企業はそれなりに企業のなかでそれを消化し、新しいものに対応していくような活動をしてきました。それはとても大事だと思います。先ほどの起業家、アントレプレナーシップもまさにそうだと思いますが、個人が対応するというところも必要です。そして、もう一方で社会の方が対応する個人をしっかり保証していく仕組みも大事だと思っています。

そういう社会全体のあり方について、福祉の方では自助、共助、公助という形で社会全体で支えていく順番が考えられているのですが、こうした変化に対して対応していく社会の仕組みは、日本は他の国よりよくできているのかもしれないと思います。変化に対応する個人を強くすると同時に、社会の方もしたたかに対応できるような仕組みを、これまでかなり持ってきたし、今後さらに強化していくことが必要だと思いました。

末廣 玄田先生から地域の担い手として戻ってくるという話、それから家族の話がありました。大学の現場で見ていると、家族ともども内向きになっているところがあり、実はちょっと心配です。例えば、就職先を決めるときに「家族の元から通えるように」とか「残業なんてとんでもない」といった話もあるわけです。人がどう生きていくかなどについて、学校はもちろん、家族も地域も企業も時代の変化などの情報を共有して、地域に帰るにしても、自分の生き方として前向きに積極的に地域と関わっていけるようなことが必要だと思います。

キャリア教育は不安のなかで生きていく「お守り」

玄田 今日、冒頭に「キャリア教育のキャリアとは、轍を刻むようなことだ」と話しました。以前、ある学校でそういう話をしたところ、特に若い先生から、「人生という長い道のりをどう歩いていけばいいかなんて、とても生徒には教えられない」と言われたことがあります。確かに今の時代に、「これからの人生をこういうふうに歩んでいけば絶対に安心で大丈夫」などと言える大人はほとんどいないのが現実だと思います。

では、キャリア教育はできないのか?というと、そういうことではありません。人生の長い道のりで、ずっと順風満帆な人なんて多分、どこにもいないでしょう。途中で必ず大きな試練や困難にぶつかり、孤独を感じたり、時には心身の体調を崩すこともあるかもしれません。そんな試練や困難、悩み、葛藤に直面した時にどうすればよさそうなのかを、自分で考えたり行動するための目安や勘どころが持てるなら、長い人生を生きていくための大事なお守りになるのではないかと思うのです。

そのような時に自分で考えるための道筋が持てるようにすることがキャリア教育だと思います。学校の先生も日々悩みながら仕事をされ、人生で悩んだ時にどうしたらよいのか自分なりの考えや経験を持っているはずです。ただ、学校の現場だけで全てを解決できないかもしれません。だからこそ会社や地域の大人が、時にはユーモア精神を交えながら、これまでの人生で困難にぶつかった時の経験談などを自分自身の言葉でとつとつと語っていく――。こうしたことがキャリア教育を支えていくものだろうと思いますし、それが誰かの心に触れ、誰かの行動につながって拡がっていくことがキャリア教育だと考えています。

学校だけでなく、会社や地域も含め社会全体でキャリア教育を考える機運が醸成されることが、これからの未来に必要なことだと改めて感じました。

本日のフォーラムでは、多角的な角度から、いろいろなヒントや気づきをいただけたと思っています。どうもありがとうございました。