研究報告 シングルマザーへの就業支援

講演者
周 燕飛
労働政策研究・研修機構副主任研究員
フォーラム名
第84回労働政策フォーラム「シングルマザーの就業と経済的自立」(2016年3月16日)

本日は、日本の母子世帯政策、特に、母子世帯就業支援政策について焦点を絞ってお話をさせていただきたいと思います。

日本の母子世帯の政策にとって2003年は一つの重要な転換点です。前年の2002年に「母子及び寡婦福祉法」が改正され、母子家庭の就業支援を規定する特別措置法も施行されました。それに伴い、様々な制度改正や新しい事業が導入されていきました。

では、なぜ日本は、そうした母子政策の転換が必要だったのでしょうか。そして、どのような転換が行われたのでしょうか。その前に、まずアメリカとイギリスで起きたことを簡単にご紹介したいと思います。

アメリカの政策─低所得世帯向けの勤労所得税額控除を拡大

日本に先駆けて、この二つの国は、1990年代後半に母子世帯の政策転換を行いました。アメリカの場合は、1996年に福祉改革が行われ、母子世帯への政策は就業支援に重点が置かれるようになりました。その背景には、アメリカでは1980年代から婚外子の出産が非常に増え、現在では黒人の家庭で生まれる子どもの約7割が婚外子という現状があります。その結果、低所得で貧困層の多い母子世帯が増加し、それに伴い、公的扶助が急増して福祉の支出が非常に深刻な問題になっていきました。1996年の福祉改革の最大の目標は、こうした福祉への依存を削減することにありました。

具体的な政策として、子どものいる家庭の所得支援=「ADFC」制度(日本の生活保護に相当)を廃止して、貧困家庭への一時的支援としての現金給付=「TANF」制度を導入しました。「ADFC」と「TANF」の一番の違いは、就労要件と、受給期間の上限導入という厳しい条件を取り入れたことです。従来、アメリカの貧困家庭は、ほぼ永続的に現金給付(ADFC制度の給付)を受けることができましたが、TANFの導入により、生涯に5年を超えてはならないという受給期間の上限が設定されました。そして受給期間中も、就労しているか、求職活動中か、または職業訓練を受けているかといった厳しい要件を課すことによって、現金給付を与える制度が導入されたわけです。

そのかわりに、新しい制度では、「EITC」と呼ばれる低所得世帯向けの勤労所得税額控除を拡大し、一定の所得以下であれば、収入の最大34%の税の還付を受けられるようにしました。例えば、月々の収入が9万円の場合、国は所得税を徴収せずに、3万円の給付を与えるというものです。特にひとり親世帯や子どものいる世帯に、控除の拡大幅を広げました。

福祉改革の効果について、改革前と改革の6年後を比較した数字を見てみると、TANFの受給者数はピーク時の3分の1まで減少し、母子世帯の母の就業率も5%ポイント程度上昇したという調査結果があります。しかしながら、2009年の統計によれば、母子世帯の貧困率は依然として3割程度と高いままですし、子どもの貧困率も2割程度と、日本より高い状態が続いています。この改革によって福祉依存は削減されたかもしれませんが、貧困層のシングルマザーの状況を改善したわけではないと言えます。

イギリスの政策─インセンティブ付与で母親の就労を促進

次に、イギリスの状況をご説明します。イギリスもアメリカとほぼ同じ時期の1997年、ブレア首相の労働党政権下でニューディール政策が導入されました。背景として、イギリスでも婚外子が非常に増え、母子世帯の数もかなりのスピードで増えていました。

アメリカと違う点は、イギリスのシングルマザーの就業率は非常に低いということです。アメリカでは、改革前でもシングルマザーの就業率は7割程度でしたが、イギリスの場合は45%で、半数以上のシングルマザーは仕事をしていませんでした。それが原因で、母子世帯の貧困率も非常に高くなっていました。1993年のデータを見ると、イギリスの子どもの貧困率は32%で、アメリカは22%、ドイツは13%です。当時のイギリスの子どもの貧困率は、ヨーロッパだけでなく、アメリカに比べても高い状態でしたが、一番大きな原因は、働いていない母親が非常に多かったということです。

このため、1997年のニューディール政策の重点は、アメリカのような福祉依存の削減ではなく、どちらかといえば、貧困の削減でした。当時のブレア政権は、“End Poverty in One Generation”=「貧困は一世代内で消滅させる」、つまり、貧困を再生産させないということを最大のスローガンにしていました。それと同時に、“Make Work Pay”というスローガンを打ち出し、仕事をする方がより豊かな生活ができるような制度設計に変えていきました。イギリスでも福祉制度が充実していたため、働くインセンティブがあまり機能していなかったので、この改革は、インセティブを与えて母親を働かせることを最大の目標にしていました。

具体的には、1999年に最低賃金を導入しました。最賃のスタートポイントはかなり高く、今もイギリスの方がアメリカより高くなっています。導入後は、社会の給与の平均増加率よりもわずかに速いペースで少しずつ引き上げていき、底辺で働く人の収入の改善を図りました。また、アメリカと同じように、低所得者向けの勤労所得税額控除制度を、特に子どものいる家庭に優先的に拡大しました。さらに、「Income Support」(=日本の生活保護に相当)の受給者の就業意欲を高めるために、例えば、仕事をする時に給付を与える、求職活動をすると奨励金を与える、保育園に入れると高い補助率で保育園の費用をカバーするなどといった政策を打ち出しました。

Waldfogelという先生がまとめた著書によると、これらの政策効果については、かなり大きな効果があったようです。改革前(1997年)と改革後(2008年)の変化を比較して見ると、例えば、ひとり親の就業率は45%から57%まで上昇し、「Income Support」の受給者数も103万人から74万人に、30万人程減りました。また、改革前はアメリカよりも高かった子どもの貧困率が逆転し、相対的貧困数は15%減少しています。このように数字だけ見ると、貧困の削減という目的はある程度達成できたのではないかと思われます。

ただしその代償として、政府の支出が膨張しました。確かに、「Income Support」に頼る人は減りました。そのかわりに政府はいくつもの補助金を出したり、税額控除を拡大したり、貧困家庭の子どもの教育に投資したりと、様々な制度をつくりました。

Hillsの論文によると、毎年GDPの1%の追加的な支出が必要とされていたそうです。労働党政権で行われた福祉改革は、貧困の改善には役に立ったかもしれませんが、政府の財政に大きな負担を強いるものでした。現在の保守党政権は、財政支出の削減を最大の目標にしていますので、イギリスの福祉政策は、ここ数年は後退に向かっているのではないかと考えられます。

日本の母子政策の背景

日本における母子政策の転換の背景には、イギリスやアメリカとよく似たものがありました。1990年代以降、日本でも母子世帯の数が非常に早いペースで増加しました。国勢調査や国民生活基礎調査などのデータによると、年率2.3~2.5%ぐらいのペースで増えていきましたが、母子世帯の低収入層の割合はそれほど変わっていないので、母子世帯の全体数が増えれば、母子世帯への福祉給付も自ずと増加します。2002年度の児童扶養手当の給付総額は、1992年当時の1.5倍に膨らみました。生活保護を受けている母子世帯の割合は14%前後で大して変わっていませんが、母数が増えているので福祉支出は高い率で伸びていたわけです。

ただ、日本の母子世帯数の増加の原因は、英米と少し事情が異なります。イギリスとアメリカは婚外子の増加が最大の原因ですが、日本の場合は離婚率の増加が一番大きい要因で、現在、日本の母子世帯の8割は離婚によるものです。また、イギリスでは、シングルマザーの就業率が低いことが問題でしたが、日本のシングルマザーの就業率は昔から高く、最近の調査では80%を超えています。日本の母子世帯の最大の問題は、働いているのに貧困だということです。

日本においても、政策転換の一番の原動力になったのは、母子世帯の増加に伴う福祉支出の増加でした。日本政府の財政赤字が増える中で、これ以上母子世帯への福祉支出を増やすことは限界だという認識の下、母子及び寡婦福祉法が2002年に改正されたのではないかと考えています。実施された政策はアメリカと共通点も多く、福祉から就業へというのが一つのポイントです。例えば、7~8割の母子世帯が受給している児童扶養手当について、5年以上受給してきた世帯は、最大で5割減額するという制度が導入されました。アメリカのTANF制度を参考にしたのではないかと思われますが、実際に実施されたことは一度もなく、実質的に凍結されています。

一方、生活保護の母子加算は、法改正によって、2005年度以降に段階的に減額され、2009年度には完全廃止に決まりました。そのかわりに、生活保護を受給するひとり親に就労促進費が付与される制度が新設されましたが、こちらも2009年に見直され、再び母子加算が復活しています。

就業支援の強化

そこで最後に何をしたかと言うと、就業支援の強化です。例えば、母子家庭等就業・自立支援センター、高等技能訓練促進費、自立支援教育訓練給付金などの母子世帯専用の就業支援メニューが新設され、母子世帯の稼ぐ能力を高めるための様々な支援事業が立ち上がりました。代表的なツールとして、①就業機会の増大策、②職業能力開発策、③ジョブサーチの支援策、があります(図1)。

図1 母子世帯向け就業支援の代表的ツール

参考:配布資料5ページ(PDF:566KB)

1番目の就業機会の増大策とは、企業への補助金や奨励金を導入して、シングルマザーの優先的な雇用を促すこと、つまり、雇用の機会をもっと増やすという政策です。例えば「特定求職者雇用開発助成金」は、シングルマザーなどの就職困難者を1年以上雇用した企業に対する助成金で、「トライアル雇用奨励金」は、試行的にシングルマザーを雇用する企業に対する奨励金です。そして、母子家庭の関係団体に優先的に事業を発注する「優先的事業発注」など、いずれもシングルマザーにより多くの就業機会を設けるための政策です。

2番目の職業能力開発策には、「高等職業訓練促進給付金」や「自立支援教育訓練給付金」、「高卒認定試験合格支援」といったものがあり、いずれもシングルマザーが資格を取得したり、職業訓練を受けることで、より収入の高い職に就くための支援になります。

3番目のジョブサーチの支援策については、ハローワークの職業紹介や、マザーズハローワークが提供するサービス等もありますが、シングルマザーに特定したものとしては「自立支援プログラム策定事業」が挙げられます。福祉事務所などにプログラム策定員が配置され、シングルマザーの状況に応じて、その人の持っている能力や経験を最大限に活かせるような仕事を一緒に考えたり、ハローワークのサービスにつないだりします。福祉とハローワークを連携させて、シングルマザーに仕事探しのノウハウやきめ細かいサポートを提供するという支援です。それから、各地に設置された母子家庭等就業自立支援センターでは、生活や就業に関する様々な相談に応じており、無料の就業支援講習会を定期的に開くなど、総合的な支援を提供しています。

各支援策の正当性

それでは、各々の支援ツールの正当性について考えてみたいと思います。まず1番目の就業機会の増大策ですが、これは母親本人に直接お金を支払うのではなく、母親を雇用する事業主に支払うことになります。就職困難な人がより優先的に仕事のチャンスを得られれば、今後の雇用拡大につながり、社会の階層格差が緩和することも期待できます。ただし、この支援策には就業効果の持続性の問題を指摘することができます。例えば、トライアル雇用で雇われたものの、3カ月後に解雇されたら意味がありません。大体が期限付きの奨励金や給付金ですので、その期限が過ぎた後も引き続き雇用されるか否かが分からないという問題があります。また、こうした支援策には、「自分が弱者である」という劣等感が植え付けられるという問題があるとも言われています。

2番目の職業能力開発策は、基本的には市場原理に任せて、企業は能力の高い人を採用すればいいという考え方です。市場の競争原理を歪めないという利点がありますし、職業訓練を受けることで、将来的に高い労働生産力を持つ人口が増え、日本の潜在的成長率の向上も期待できます。さらに重要な点は、貧困層の人たちは職業訓練や人的資本を投資するだけの初期資金がありませんので、生活費や学費を提供することによって、いわゆる「流動性制約」を克服することができます。日々の生活に追われ、非常に困窮した状態であれば「情報の欠如」にも直面しているでしょう。社会的弱者の職業能力開発を最適水準まで引き上げるためにも、こうした政策は有益だと言われています。

3番目のジョブサーチの支援策には、求職者のサーチコストの軽減や求職期間の短縮、職のマッチング度の向上など、就職の「クオリティ(質)」を高めることが期待されます。

このように政策は幾つもありますが、中でも重点が置かれているのが、自立支援教育訓練給付金をはじめとした職業能力開発支援策であり、政策の目玉となっています。

就業支援の効果と課題

各事業の効果については、残念ながらデータが整わず十分に検証することができませんでした。そこで、アンケート調査を実施し、支援事業を利用した人と利用しなかった人を比較して、利用した後に正社員になれたか、収入が増えたかなどについて検証を行いました。その結果、唯一、積極的な効果が確認されたのは、高等技能訓練促進費だけでした(図2)。この制度を利用した人は、非正社員から正社員への就業移動が確認されましたが、それ以外の制度に関しては、マイクロデータで顕著な効果は確認できませんでした。

図2 個別事業の効果検証-アンケート調査より-

参考:配布資料8ページ(PDF:566KB)

一方、マクロ的に、就業支援の効果を見てみると(図3)、改善された項目はそれほど多くありません。若干の改善が見られたのは、平均年収(162万円→181万円)や、貧困率(58.7%→54.6%)ぐらいですが、イギリスに比べると改善の幅は大きいとは言えない状況です。

図3 就業支援の効果-マクロ統計より-

参考:配布資料9ページ(PDF:566KB)

日本の就業支援のどこが問題なのでしょうか。今まで母子世帯の問題を研究して感じたことを幾つか述べさせていただきますと、まず1点目は、支援制度の認知度がなかなか上がらないということです。例えば、2003年度に導入された「高等技能訓練促進費」の制度を、約半数は「知らない」と回答しています。原因はいろいろあると思いますが、例えば、事業名が長くて覚えにくい、頻繁に制度が変更される、周知の手段が単純で母親まで行き届かないといった問題が挙げられます。

2点目は、新規支援事業が次々と乱立し、見切り発車による現場の混乱が結構見受けられます。そこはやはり費用対効果をしっかり検証して、それに基づき新事業を導入するか否かを検討すべきだと思っています。

3点目は、母子世帯のニーズが十分に汲み上げられていないという点です。ニーズが十分反映されないまま、導入される事業もあるかと思います。

4点目は、一番大事なことですが、事業の効果検証があまり行われていないという点です。事業の前と後のデータがあまり提供されていないので、研究者が検証しようと思っても、なかなかできない。もっと検証データを充実させるべきです。そして、就業効果の高い、目玉となるような事業が少ないというのも課題だと思います。

しかし、シングルマザーの経済的困難は、仕事だけが原因ではありません。養育費の問題や、社会保障給付が限定的だという問題もあるわけです。

就業で経済的自立が可能か

では、「就業で経済的自立」が可能でしょうか。日本では、現段階で実現するのは難しいと思いますが、スウェーデンなど実現できた国もあります(同国の母子世帯の貧困率はわずか3.8%)。スウェーデンがなぜ実現できたかと言うと、共働きモデルが主流で、女性の就業継続率が高いことが挙げられます。さらに、正社員と非正社員、男性と女性の賃金格差が小さく、育児休業制度や保育所が充実しているといった諸条件がそろっているため、経済的自立が可能となっているのです。

母子世帯に対する貧困対策の枠組みについては、就業支援、雇用システムの抜本改革が必要ですが、それ以外にも、養育費の徴収や司法的解決、人口学的解決など、様々な方策があるわけです。本日は時間がないため細かくご紹介することはできませんが、2014年に刊行した研究双書『母子世帯のワーク・ライフと経済的自立』に詳細が書かれていますので、ご関心のある方はご参照いただければ幸いです。

プロフィール

周 燕飛(しゅう・えんび)

JILPT副主任研究員

大阪大学国際公共政策研究科博士課程修了(国際公共政策博士)。2004年JILPTに入職、2010年より現職。専門分野は、労働経済学と社会保障論。最近の主な研究成果に、「子持ち既婚女性にとっての個人請負就業(PDF:506KB)」(『日本労働研究雑誌』2013年)、「母子世帯の母親における正社員就業の条件」(『季刊社会保障研究』2012年)がある。2007年度からシングルマザーの貧困と就業問題に関する研究に取り組む。図書『母子世帯のワーク・ライフと経済的自立』(JILPT、2014年)にて労働関係図書優秀賞受賞。

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