基調講演
労働力減少時代への雇用システム改革
─多様な人材の能力発揮のために

講演者
山田 久
日本総合研究所チーフエコノミスト
フォーラム名
第77回労働政策フォーラム「多様な社員の活用を企業の成長力に」(2015年3月12日)

私のプレゼンテーションの中で言いたいことは3点あります。1つはマクロの環境変化をみたときに、過去20年というのは人員余剰と、賃金下落の局面だったのが、今後は、人手不足あるいは人材不足、さらには賃金にも少しずつ上昇圧力がかかってくるというような、大きな局面変化が起きているという認識です。

その結果として、今後は付加価値の創造が企業経営にとって非常に大きなテーマになってくるので、そのためにこそ、多様な人材を活用することがますます重要になっていくということが2つめになります。

3つめとして、そのためには、従来のいわゆる典型的な就社型の雇用システム(属人ベース)と就職型(仕事ベース)をうまく組み合わすことが必要な局面に入ってきている。この3点を申し上げたいと思っています。

1 雇用の現状─到来する人手不足局面

図表1 日銀短観雇用人員判断DI

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図表2 有効求人倍率と労働力人口

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図表3 人手不足感と賃金水準

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図表4 各種労働需給指標の長期推移

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図表5 労働分配率からみた人手不足数

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図表6 生産性向上による労働力節約効果

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まず、労働市場の変化からみていくと、図表1にあるように人手不足がかなり顕在化しています。背景は極めて単純で、景気がよくなってきたので、求人が回復してきている。労働人口がずっと減ってきている一方、労働需要が増えているので、当然、人手不足になる。

しかし改めて図表2をご覧いただきたいのですが、労働力人口そのものは、実は1998年をピークにずっと減り続けてきている。そういう意味では、労働人口の減少が今の人手不足の主因では少なくともない。では、その原因が何かといったときに、私は、キーワード的には、労働生産性の低迷と雇用のミスマッチという2点があると思います。

労働生産性についてみていくと、図表3は、横軸に日銀短観から得られる人手不足感、縦軸に賃金をプロットしたものですが、相関が明確にある。不足感が強いところほど賃金水準が低い。

賃金というのは、基本的に生産性との関係から決まります。結果として、生産性の低いところで人手不足が強くなっているという関係がみられるわけです。

生産性向上で人手不足の解消を

もう1つ、ミスマッチの問題を示しているのが図表4です。今の有効求人倍率は1倍を超えており、80年代後半のバブル期には及びませんが、前回の2000年代半ばのピークを既に上回っています。ところが、これを長期でみると、失業率が最近下がってきているとはいえ、たとえばバブル期と比べて高い水準が続いています。

もう1つは就業率です。これはずっと右肩下がりになっています。高齢化が進むことによって引退世代がどんどん増えていますから、右肩下がりになるのは自然なのですが、中身をみると単にそれだけではなく、就業意欲が潜在的にはあるにもかかわらず、非労働力化して労働市場から出て行く人がかなり存在している。働きたいというニーズをうまく発掘していけば、人手不足感はかなり緩和できるとマクロからは言えるわけです。

図表5は、労働生産性を引き上げるとどれぐらい効果があるか、試算したものです。企業の人件費負担から人手不足数を推計すると、去年の半ばの時点で約170万人不足が発生しています。一方、仮にリーマン・ショックの前のトレンドでずっと生産性が維持できていたとすると、実は270万人の労働力をセーブできる(図表6)。これは、計算上は生産性の引き上げでかなり人手不足を解消できることを意味しています。

それから、ミスマッチの問題ではスキルのミスマッチと、労働条件のミスマッチがあります。労働条件のミスマッチとは、たとえば介護や子育てをしなければならないが、それと両立して働くことができる機会がないとか、賃金が低過ぎるなどのケースです。

2013年の総務省の労働力調査で非就労の理由がわかります。男性は主にスキルのミスマッチで就労しなかったり失業している人が多い一方、女性は労働条件のミスマッチが主です。とくに労働条件のミスマッチにある女性は約190万人もおり、ここをうまくマッチングしていけば、かなり女性の働く機会が生まれてきます。

2 大きな節目の変化にあるマクロ環境

図表7 損益分岐点売上高比率の推移

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図表8 相対的単位労働コスト

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次に人手不足・賃金上昇局面への移行の背景にあるマクロ経済環境について述べますが、まさに20年ぶりに大きな局面変化を迎えている。1つは企業の財務体質です。90年代初めの、とにかく人件費を削っていかなければ企業は生き残れなかったという時代は、いろいろな財務指標をみていけば、少なくとも終わっていると言えます。

もう1つ、顕著な変化は、円高だった基調が円安のトレンドに変わってきているということです。これは2つ要因があります。1つは、為替レートで、これは長期的には基本的に、貿易収支によって決まっています。貿易収支が黒字であればその通貨は強くなり、赤字になると弱くなる傾向があるのですが、日本の貿易収支は赤字基調に変わっている。

変化のもう1つは金融政策です。少し前まで日本銀行は金融緩和に対して、少なくともスタンスとしては後ろ向きでしたが、それが大きく変わっている。かつてのどんどん円高が進むという局面でなくなり、円安基調に転換している。そうすると、いろいろな形で物価上昇圧力がかかってくる。

また、少し前まで、賃金が下がる理由として、新興国の賃金が低いので、なかなか日本では上げられないという議論がありました。しかし、新興国の賃金もかなり上がってきています。一方で日本の平均賃金は、いわゆる非正規も含めた賃金でみると、かなり下がってきており、内外の労働コストの格差も縮まってきている(図表7、8)。

そういった大きなマクロ環境の変化によって、デフレが続くという局面から、ゆっくり物価が上がり始め、経済もゆっくりではあるけれども、成長ができる局面に変わってきています。そうしますと、人手不足というのは当面続きそうだと言えます。

ビジネスモデルの転換を

マクロ環境のトレンドが変わると、企業経営の基本的な方向も影響を受けてきます。少し前までは、人が余っているなか、人件費の削減が比較的容易な時代でした。消費者の低価格志向もかなり強かった。そういう中で、人件費を下げて安いものをつくっていく、いわば薄利多売で利益を上げていくビジネスモデルがうまくいったわけです。

ところが、この前提となる環境が大きく変わってきている。人手不足の中で、そう簡単に人件費を下げることができなくなっている。人々の志向も、この10年ぐらいで、むしろ安心や安全志向が強くなってきている。高齢化が進む中で、個別性を追求するという変化も起こっています。ローコストオペレーションと言われたような、人件費を中心にコストを抑えながら価格を下げていくという戦略が全般的に通用する時代ではなくなってきている。

むしろ、ある程度人件費が上がってくることを前提にした上でビジネスモデルを変えていくことが必要になってきています。コストが下げられないなか、また人口が増えないなかで売り上げを伸ばしていくには、ものの値段やサービスの値段を上げていく、付加価値を上げていく、そういう経営が企業の生き残りのために重要になってきます。

問題は、そうなると企業にとって、企業の戦略を実行する人的な資源が重要となり、それに合った形での人の活用や能力の発揮ということが必要になってきます。しかし、これまでの仕組みでは、さまざまな齟齬が生じてきています。

3 制度疲労来す戦後日本型雇用システム

ここで改めて、冒頭で触れた人手不足の原因に戻ってみたいと思います。ミスマッチの話をしましたが、あえて単純化して言うと、日本型の就社型雇用システムでは、いわゆる無限定正社員と言われる人たちを中心に考えており、仕事の内容は、基本的に企業が命じることができ、転勤も命じることができる。結果として長時間労働が前提になっています。そのかわり、雇用保障に関してはかなり強く企業責任がある。しかし、こうしたシステムは限界にきていると思います。

具体的に言うと、雇用維持が前提になるがゆえ、どうしても不採算事業からそう簡単に撤退できない。そうすると、どうしても低生産性部分が残ってしまう。あるいは、無限定の正社員、就社型の正社員を雇用維持しなければいけないということで、柔軟性を確保するために、それ以外の働き方、いわゆる非正規労働者を増やしてきた。コスト削減が容易になり、結果として、時代遅れになったビジネスモデルを一定程度放置することもでき、生産性が低迷してきたわけです。

そういう状況を打破するには、新しい事業をつくっていかなければいけないのですが、たとえば、アメリカと比較すると、ベンチャーなどが新規事業を立ち上げる際、アメリカでは労働市場からかなり専門性の高い人たちを、かなりの数一気に調達できる。日本の場合、もちろんそういうプロ人材はいますが、必ずしも労働市場にたくさんいるわけでもなく、個別の企業は当然そういう人たちを抱え込む。新しい事業が一気に進むことは難しく、どうしても高い生産性が実現できない。

個人のレベルからみても、年功的人事管理では一定の年齢になってくると、どうしてもいいポストが企業の中で限られてきて、キャリア開発しづらいポストに回る人が増えてくる。そうなると、中高年のキャリア開発の問題が生じて、とくに労働人口の高齢化が進めば問題は一層大きくなる。

あるいは、近年の大きなテーマである女性活躍の点でも、男性がまさに長時間労働が前提になっていると、これまでのあり方では女性が家事に専念せざるを得なくなる。そうすると、なかなか女性が男性と対等に働く機会が平均的には少なくなってくる。就社型のシステムの性格が強過ぎると、こういう形で人材活用がうまくいかなくなります。

イノベーションを起こす人材が必要

付加価値経営をやろうということになると、当然、人材像も変化させていかないといけない。この20年ぐらいの低コスト型経営では、本部や本店、あるいは一部の優秀な社員が全体の仕組みを考え、こうした層と比較的そうではない低賃金で働く未熟練労働の組み合わせというのが典型的なパターンでした。ところが、付加価値経営が重要になってくると、たとえば、外食産業でいうともう少し店舗ごとに特性を考えて、むしろ現場で考え、工夫をしていくような人材が必要になってくる。それによって顧客単価を上げていく。そのためには、当然、現場の人材のあり方を変えていかなければならない。また、新しいものを生み出さなければいけないとなると、いわゆるイノベーションを起こす人材が必要になる。あるいは、事業を新しくしたり大きくするときに、知財に精通していたり、経験抱負なプロの人材を外から受け入れることがますます必要になる。そうしたいわば異能の人材をモチベートして束ねていく、従来と異なるタイプのマネジャーも必要になる。自身がそういう多様な環境の中で多様な人と働くというマインドセットを持ち、かつ、実際の経験がなければ、現実的にはそういう人材は活かせません。

このように、柔軟性を持ちつつ長期コミットメントが期待できる現場人材や、組織ロイヤリティーの必ずしも高くない高度専門人材、あるいは、ダイバーシティをマネジメントする経営人材が必要になってきます。このように、マクロの経営環境から必要とされる人材のあり方、付加価値の創造をするために必要な人材を増やしていくという意味では、従来の雇用のあり方は限界に来ているのです。

4 雇用システム改革の方向性

図表9 人材ポートフォリオ

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図表10 正社員の多様なタイプ

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結論的なところを言うと、就職型と就社型の併用システムに転換し、日本の強みだった就社型と、就職型の組み合わせを考えていくということなのだと思います。

図表9にありますが、やはり、日本で質・量ともに欠いているのは赤で示している職務型スキル労働者であり、もう少し日本全体でこのタイプの労働者をつくっていく必要がある。限定正社員という議論がここ数年行われていますが、私は、もう少し将来的に一歩進んだプロセスも考えていく必要があるのではないかと考えています。

図表10で乱暴な整理をしていますが、私自身は限定正社員自体が多様なのではないかと考えています。日本には既に限定正社員がいるわけですが、勤務地の限定タイプが多く、だいたい賃金が少し低い。そのかわり、事業所を閉鎖したから雇用契約を自動的に解除されるということでは基本的にはない。こうした働き方は欧州や米国にはなく、日本のタイプが特殊なのだと思います。とくに欧州では、もともと労働組合が強く、企業を横断する組合があるという歴史の中で、整理解雇やその際の再就職、金銭面での保障などについては労働組合が関与していきますが、経済的に非合理的であっても何が何でも雇用維持をしないとだめだという発想はない。

欧米型のようなタイプは、もちろん一企業でできる話ではないので、社会全体で考えていく必要があります。それによって、本当の意味で、経営環境に適応した多様な人材を活用できることになる。

内部昇進とは異なるキャリアルートを

また、その働き方は企業サイドからだけではなく、働き手サイドからも必要になってきていると思います。キャリア開発面では、一企業内での内部昇進によってキャリア開発していくことが限界に来ています。むしろ、社会横断的にキャリア開発ができる状況をつくったほうが、個人にとってハッピーな状況になってきています。

図表11 女性の年齢別一般労働者数

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80年代ぐらいまでは、年功型の就社型の働き方が中心で、かなりうまくいっていました。女性の働き方は、当時は、大学卒は少なく、高校を出て5、6年働き、20歳代前半で結婚して退職するのが一般的でした。したがって、図表11のとおり、それ以上の年齢の女性一般労働者は少なかったわけです。

男性のほうも、大卒比率が低く、大卒はほぼホワイトカラーで、最終的に部長ぐらいにはなれた。それによってモチベーションを維持することができた。ブルーカラーの労働者も、職長になったり、組合のリーダーになっていくという形で、それぞれの属性に応じたキャリア開発の仕分けができていました。

図表12 大卒以上比率と上級ホワイトカラー比率

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ところが、その後20年、30年にわたって何が起こったかというのが、図表12です。従来は、大卒比率はほぼ、上級ホワイトカラー比率と見合っていたので、キャリアの展望がかなりみえていました。しかし、今は大卒でも上級ホワイトカラーの仕事、つまりは賃金の高い仕事に就けなくなっている時代になっています。

その中で、課題は、こういうキャリア開発の従来のルートからはみ出てくる人たちのモチベーションをどう維持していくか、ということだろうと思います。ですから、内部昇進によるモチベーション維持ではなく、一定の仕事でプロになることも必要になる。プロになるということですから、一企業だけではなく、やはり企業を横断してキャリア形成していかなければいけない。あるいは、地域を限定して地場の顧客とのリレーションを大事にしながら働くという方法もあると思います。要は、企業の内部昇進とは違うところでのキャリア開発のあり方を考えていかなければならないということであり、そのときに限定正社員は1つの受け皿になってくるかと思います。

中長期の課題は外部市場との整合性

図表13 ライフステージと働き方ポートフォリオ(イメージ)

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図表13にあるイメージは、一種の私の理想です。今の限定正社員や雇用形態の議論は、どうしても企業サイドからの議論になりがちです。しかし、最終的には、働き手のモチベーションがなければ本当の意味での付加価値創造はできません。個人が納得したライフスタイルを選べ、キャリアを継続して形成していくことが重要で、やはり、理想は、ライフイベントがあるごとに働き方を変えられることだと思います。たとえば、最初は派遣のような働き方でいくつか経験しながら適職を探し、その後、いろいろな仕事を経験する就社型の働き方をする。子供が生まれれば子育てをするために勤務地を限定していく。子どもが育てば、また職能型の働き方に戻り、一定程度になれば、これまでの経験を生かしてプロとしての分野を決めて働いていく。

図表14 トータル・キャリアラダー・システム

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キャリアラダー、あるいはキャリアマップでみると、これまでの日本企業では基本的に、この図表14の左側のように新卒採用され、いわゆる正社員でマネージャーとなり、最後は役員になるというコースについては、さまざまな制度をしっかりつくってきた。しかし一方で、外部労働市場との関係が深い右側については、必ずしも整備された形になっていない。

そうすると、中長期的な課題ですが、やはり、外部労働市場を考えていかざるを得ないのではないかと思います。内部昇進ではなく、プロフェッション(職業)というものを軸に自分のキャリアを形成していく。具体的に言うと、一企業を超えた産業別や職種別の人材交流の仕組みや、実際の職業の斡旋の機会を整備していく。

たとえば、ある業界で、基礎レベル、中級レベルぐらいは企業を超えて共同の研修をしていく。そうすることで人脈もできますし、ある程度スキルの標準化もできる。最近の動きで面白いなと思っているのは、地方銀行64行の取り組みです。地方銀行の女性社員が配偶者の勤務地が変わったときに、移転先にある別の地方銀行への転職の斡旋をするという仕組みです。こういう形で、企業をまたぐ労働移動の仕組みが広がっていくことが期待されます。

また、キャリアのあり方では、これまで日本はいわゆる遅い選抜の仕組みが典型的でしたが、もう少し早いうちから、たとえば10年ごとに転職の機会を含めてキャリアを考えていくということがあってもいいのではないでしょうか。それから、日本における資格制度は、どちらかというと能力の認定というよりライセンス型でしたが、そうではなく、キャリア段位のような能力認定の仕組みを広げていく。労働者派遣の仕組みともうまく考えれば、職務型の働き方の良い受け皿になっていくのではないかと考えています。

最後に、今、春闘ということで一言だけ加えたいと思います。賃上げそのものは、企業にとっては当然、短期的なコストになってくるわけですが、中長期的にみたときには、むしろ、生産性向上のためのプレッシャーと考えていくべきではないでしょうか。働き手も、高い賃金をもらうということであれば、生産性が上がらなければならず、そのためには、働き方、モチベーションのあり方自体を変えていく。そういう意味で、むしろ従業員に対する働き方改革を同時に進めることによって、今回の賃上げの動きを、今日述べたような付加価値創造の経営のあり方にうまくつなげていくという視点が必要なのではないかと思っています。