報告2:カウンセラーの視点から
現代社会の諸問題とキャリア・コンサルティング
第71回労働政策フォーラム(2013年12月6日)

報告2 カウンセラーの視点から

石川 邦子  日本産業カウンセラー協会東京支部キャリア関連講座部部長

写真:石川氏

図 キャリア・コンサルティング課題の全体像

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私は、本日のテーマについて、カウンセラーの視点からご報告したいと思います。は、キャリア・コンサルティングに関する課題の全体像ですが、このように各ライフステージに合わせてさまざまな支援が必要とされることがおわかりいただけるかと思います。

組織の中では、先ほど下村さんからお話がありましたように、キャリア上の課題や悩みがメンタルヘルス不調を引き起こしたり、逆にメンタルヘルスの悪化がキャリアに影響を与えたり、障害となることが多々あります。

困難なケースへの支援

カウンセラーとして個別キャリア支援にとくに困難を感じるケースは、(1) 離職期間が数年に及ぶブランクのある相談者 (2) 生活保護を受給中の相談者 (3) 就職活動中の相談者 (4) 知的障がいと思われる相談者 (5) 軽度発達障がいと思われる相談者 (6) 職場不適応を起こしている相談者――などです。(1)は、メンタルヘルス不調やハラスメントの被害にあったなどさまざまなことが原因で退職した後、通院、自宅療養をしている間に離職期間が長くなり、その間に再就職への自信をなくしてしまったケースです。

(2)は、両親の介護、事業の失敗、リストラなどさまざま要因で退職し、昔はすぐに再就職ができたのに今はできないと悩んでいるケースです。

これらの相談者に共通するのは、信頼できる相談相手がいないこと、人間関係をうまく構築できないことが課題になっている場合が多いので、まず、カウンセラーが相談者との間で信頼関係を築けるかどうかが支援成功の鍵になっています。

(3)の就職活動中の相談者は、おもに学生ですが、実態として、大学のキャリアセンターに顔を出さず、ネット上に流れる噂だけで企業を判断しようとするなどの特徴が見受けられます。就職活動のやり方や企業のことがよくわからないので、不安や苦手意識を持ってしまい、積極的に活動できない若者が多いように感じます。

私がキャリア教育を担当している大学では、2回生のうちに、講義の中で、学生たちを強制的にグループで、OB・OG訪問に行かせていますが、帰ってくるとみな顔つきが活き活きと輝いています。中には、「社会人と話をすることがこんなに楽しいことだとは思わなかった」「こんなに自分のためになるとは思わなかった」と話す学生もいます。

(4)は、知的障がい者と思われる相談者のケースですが、なかには本人に障がいについて自覚がなく、また、両親が障害者手帳を持つことに否定的な方もいます。両親からすれば、「無理に働かなくてもよい」「子供に辛い思いをさせたくない」との気持ちからくる行為なのでしょうが、働くことで得られる喜びもあります。

障がい者本人は、単純作業に就くことを希望し、ハローワークの一般窓口に相談に訪れるのですが、現在は、そういった仕事は専門援助部門に集約されていることが多く、なかなか希望する仕事に就けないことも少なくありません。

(5)は、軽度の発達障がいがあり、職場で人間関係をうまく築けない相談者の場合です。このような相談者は、人からよい評価を受けた経験が少ないため、自己否定的な傾向が多いようです。

(4)(5)のケースについては、支援する側が、障がいがあることに気づかないまま支援を続け、うまくいかずに悩むことも少なくないようです。したがって、対応にあたる支援者が、障がいの見立てができる経験を積むことが必要です。

(6)の職場不適応を起こしている相談者は、非常に多い状況です。たとえば、その中には中間管理職で、上司と部下の板挟みにあっている方もいます。自分より上の世代と下の世代の価値観のギャップに悩みながらも、それぞれの立場を理解しているため、1人で抱え込んでしまうのです。また、昇格、転勤・異動など職場内での役割の変化に伴って、自分のやりたいことを見失ったり、自分の存在価値がわからなくなってしまう方もいます。その結果として、やる気をなくしたり、ひどい場合は、メンタルヘルス不調を起こしてしまうケースも多々あります。こうした相談者については、長期的な視点でキャリアをみられなくなっていることが課題と感じています。

自己決定のプロセスへの支援が重要

このようにみていくと、キャリアの問題は、現代人すべてに当てはまる課題ではないでしょうか。そうした中で、私たちキャリア・カウンセラーの役割は、個人のあらゆる可能性を吟味する過程を支援すること、個人の「自分のニーズと環境のニーズ」をできる限り最善の状態にブレンドしながら、当面の課題を解決する支援を行うことにあると考えます。さらに、個人が課題への対処能力を身につけ、「自分で自分の生き方を選ぶ」ことができるように支援することも大切です。そのため、私はカウンセリングの終盤において、必ず相談者の方に自分自身の変化を確認していただくようにしています。カウンセリングにおいては、自己決定のプロセスと自身の成長を自覚していただくようにすることが大切だと思います。

キャリア支援者のレベルアップを

こうした状況を踏まえた上で、課題解決に向け、本日は2つ提案したいと思います。1つ目の提案は、キャリア支援者のレベルアップです。支援者が適切な見立てができるようメンタルヘルスや発達障がいに関する知識を充実させていくことです。さらに、キャリア・コンサルタントだけではなく、企業の人事担当者の方にもこうした知識を持っていただければ、配属の際のミスマッチも防げると思います。

キャリア支援者に対する支援も大切です。スーパービジョン(熟練した指導者から助言、示唆などの教育を受けること)が受けられる体制づくりやキャリア支援者が自己研鑽できる機会の充実、キャリア支援者の雇用の安定などを今後考えていく必要があります。

個人のキャリア上の悩みは、先ほどの(6)のケースでも説明したとおり、職場内での役割の変化によって生じることが多いです。また、これに関連して、ライフステージ上の節目にも悩みが生じます。たとえば、中年期になって、自分の能力の限界を感じたり、現役引退期に定年後の方向性について不安や葛藤を感じるなどです。繰り返しになりますが、こうしたキャリアの悩みはメンタルヘルス不調を引き起こす可能性もあります。

悩んでからの支援よりも変化のタイミングでの支援を

現状は、相談者に悩みが生じてからの支援、離職してからの支援が多いように感じています。そこで、2つ目の提案として、メンタルヘルスの予防と同じように「悩む前のキャリア支援」をあげます。具体的には相談者の役割の変化やライフステージに合わせたキャリア教育の充実で「自分で自分の生き方」を選択する力を身につけさせること、役割変化のタイミングでのキャリア・カウンセリングで個人がキャリアについて考える支援をすることなどです。こうした取り組みは結果として、メンタルヘルスの予防にもつながるのではないでしょうか。