事例報告2 〈グローバル化〉という名の黒船 ─世界で活かす日本のちから
~大学就職支援の取り組み:
第69回労働政策フォーラム

大学新卒者の就職問題を考える
(2013年9月10日)

三栗谷 俊明
国際教養大学キャリア開発センター センター長

写真:三栗谷氏

初めに、あえて「〈グローバル化〉という名の黒船」と題した意図からお話します。大学も企業も学生も「グローバル化」という言葉に踊らされているのではないか。本当にそれでよいのか、と実は考えているからです。

英語で授業をしている大学が何を言っているのだ、とお叱りを受けてしまえば、それまでかもしれません。

しかしながら、日本人のメリットをもっときちんと学生に教えたい、というのが私どもの大学のもう1つのスタンスであることも確かなのです。

創設者の中嶋嶺雄先生が打ち立てた国際教養大学の建学の理念は「日本人としてのアイデンティティを持った学生を育て、世界を舞台に活躍できる人材をつくる」。そうした意味で、「世界で活かす日本のちから」という副題をつけさせていただきました。

それでは大学の概要と進路状況、就職支援についてご紹介します。

全国区になった日本初の公立大学法人

公立大学法人国際教養大学(Akita International University 以下AIU)は秋田空港から5分のところに位置しています。まるで空港の中に大学があるようなものです。

開学当初、秋田で何ができるのかと考えたとき、1つだけよいことがありました。秋田空港のすぐそばという地の利です。東京・品川から羽田空港に行きキャンパスまで1時間。この利便性を当初は大いにPRしました。

開学は2004年4月。日本初の公立大学法人(法人設立団体は秋田県)です。と同時に、学部名が大学の名前になっているのもAIUだけ。「国際教養」と命名したのは、開学時の理事長も務めた中嶋嶺雄先生です。

初年度の入学生は半数近くが東北地区の高校出身でした。しかし2013年度の入学生は、関東圏が30%、東北圏と近畿圏が18%前後と、ほぼ全国区になっています。地方にある公立大学ですが、学生は全国から来ているわけです。

121人の交換留学生の8割は欧米人

「国際教養学部」の中に2つの課程を持っています。経営や経済を学ぶ「グローバル・ビジネス課程」と、歴史や文化を学ぶ「グローバル・スタディズ課程」です。

2013年4月現在の全学生数は874人。開学時は1学年100人の定員から始めましたが、今は1学年175人です。

全国の国公立大学の中で唯一、独自の日程で入学試験を実施しています。したがって他の国公立大学との併願ができる大学なのです。このように入試制度1つからして、既成概念を取り払った大学とお考えください。

23カ国・地域から121人の交換留学生が来ています(2013年4月現在)。海外提携校は42カ国・地域の151校。留学生・提携校は東南アジアなどの新興国は少なく、ほぼ8割が欧米です。この点も非常にユニークな大学だと思います。

全授業を英語で行い1年間の留学必須

すべての授業を英語で行う日本初の大学ですが、帰国子女は全体の1割いません。入学してすぐに、あらゆる授業を英語で受けるためのトレーニングを徹底します。このプログラムは日本で一番のものと自負しております。

1年間の海外留学が必須です。もっとも強いエリアはヨーロッパで、40%の学生がヨーロッパに留学します。旧東欧、北欧といった英語圏以外の国にも学生を送り出しています。

大学の使命の1つは、さまざまな経験の機会を学生に与えること。その経験値の大きさが就活で活きるにちがいありません。留学は大きな経験です。

マニュアル通りに面接の練習をするのではなく、4年間の経験で培った自分の想いを自分の言葉で伝えればいい。それで理解してもらえなければ、その会社とは相性が悪かったと思いなさい。

学生にはいつもそう話しています。どこを切っても他と同じ、金太郎飴のような学生は育てたくありません。

4年で卒業の学生5割、内定率10割

図表1 就職内定率の年度月別推移 (国際教養大学)

図表1グラフ

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図表2 業種別就職先―過去6年間 (国際教養大学)

図表2グラフ

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伊藤研究員の基調報告に「トコロテン式卒業」の話がありましたが、AIUの場合、4年で卒業できる学生は50%です。これは評価が厳しいこと、留学を義務づけていることが主な要因ですが、もう1つ正直にいえば、日本の就活の時期とのミスマッチがあることも事実です。

3月末の時点での内定率は開学1期生から6年連続、ほぼ100%という実績を残しています。とはいえ、1期生の立ち上がりから順調だったわけではありません。1期生は5月の時点で内定率20%と、全国平均よりも下回っていました。しかし10月時点では90%を超えました。

業種別就職先では、1期生のときはサービス業が32%と最多でした。国際系の大学では平均25%、4人に1人がサービス業を選ぶ、というデータがありますから、ほぼその通りだったのですが、現在は異なります。実は半数以上が製造業なのです。サービス業は1割を切っています(図表1図表2)。

製造業を選ぶ学生が半数以上

留学から帰った1期生に聞き取り調査をしたとき、ケンタッキーに行った学生がこんなことを言いました。

自分が座ると周りにいたアメリカ人がいなくなる。友だちになりたいからそばへ寄って行くのに、どこかよそよそしい。1カ月ほどして気づいた。自分がアジア人だからではないか。それで「このやろう絶対負けてなるものか!」とかえって奮起したそうです。

似たような経験をした学生はたくさんいます。たとえばこうです。

世界の20都市をあげてごらん、と授業で先生が言う。するとアメリカ人の学生があげるのは、ほぼヨーロッパかアメリカの都市。「アジアの都市がないのでは?」と指摘されると、最初に出て来たのがシンガポール。次が香港、上海、北京。そしてソウル。なかなか出てこないので、思い余って「東京!」と叫んだら、みんなが「えっ?」と意外そうな顔をしてみたそうです。

留学を経験した学生に、自分が日本人でよかったと思ったことはないのかと聞いたら、1つだけありました。

日本製品の高品質と安全性です。ほとんどの外国人が「君の国の製品は凄いね」と褒めてくれた。そのとき初めて「やった! 自分は日本人なんだ!」と思ったそうです。

でも、自分は技術者ではないので製品を作れない。だから優れた技術者のいる会社で働きたい。そして海外へ出て行き、その技術者が作った高品質で安全な製品を世界に広めたい。

そんな想いから、半数の学生が製造業を志望するようになりました。

建学の理念から鑑みても、「世界に活かす日本の力」とは何かと考えても、メーカー志望者の多さは、今後とも維持していくべき特長です。建学理念、教育内容、就職先。この3つが一貫していることは重要で、その志を学生に伝えていきたいと考えています。

困難なスタートを切った就職支援

1期生から内定率100%とはいえ、学生にとっても、就職をサポートするキャリア開発センターにとっても、決して楽ではありませんでした。むしろ困難なスタートを切ったのです。

というのも、3期生くらいまでは、企業からの問い合わせがなく、求人票も届きませんでした。学生が面接に行くと「公立大学法人って何? 国立や県立とどう違うの? どこにあるの?」と、大学のことばかり聞かれて、自分の話にならないというのです。

5年間で全国区の大学にする。開学当初、これが教員を含め全部門の職員に課せられたミッションでした。

まずは大学を知ってもらわなければなりません。パンフレットを送ってもゴミ箱へ直行だろうと思ったので、約500社を選び、企業訪問のアポイントメントをとるために電話をかけました。ところが1件もアポはとれません。「特定の大学に決まっています」「パンフレットをお送りください」の繰り返しでした。それでもひたすら、何度も何度も電話をかけまくったのです。

3年目くらいから、じわじわとキャンパスをみに来てくださる方が増えだしました。そういう方が大学のサポーターのようになっていただき、口コミで評判が広がっていったのです。

学内説明会では他大学との差別化を明確にしました。就職サイト運営会社の合同説明会やさまざまなイベントにも参加し、売り込みました。

企業訪問はキャリア開発センターの職員のみで行っています。生の情報を学生に直接伝えたいからです。

AIUの就職サポートシステムは、学生と企業とキャリア開発センターの3つの歯車をうまく噛み合わせて回すことをめざしています(図表3)。

図表3 AIU就職サポートシステム

図表3画像

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図表4 AIU就職サポートシステムの具体的な考え方

図表4画像

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歯車を噛み合わせるにはアナログ手法

キャリア開発センターの最大の使命は、先ほど述べた志の部分を学生に教育することです。学生と密接に情報を共有し、陳腐化を防ぐため、毎年新しい取り組みを必ず1つ取り入れ、1つ取り止めます。

学生には、大学を一緒に創造していくつもりになってもらいます。そのために、就活生へのサポートやバディーシステムといったチームキャリアを編成しているのです。

企業の方には、AIUのファンになっていただきたい。学内説明会の開催をむろんのこと、共同でイベントを実施したり、学生へ面接のフィードバックをお願いしたりしています。

3つの歯車を噛み合わせるにはアナログの方法が大切です。企業の方とは必ず1対1でお話をしたい。だから大事な用件はメールではなく、あえて電話をかけさせていただきます(図表4)。

「和魂洋才」から「和魂多才」へ

「和魂洋才」という言葉があります。「和魂」はまさに、AIUの建学理念にある「日本人としてのアイデンティティ」を持つことにほかなりません。そしてAIUは幅広い教養を身につけるリベラルアーツの学校です。

したがってAIUでは「和魂洋才」ならぬ「和魂多才」の精神をしっかり学生に植えつけます。

この理念に共感していただける企業に1人でも多くの学生が就職して、日本のために世界を舞台に活躍してもらいたいと願っています。

多様性を理解し進化できる人になれ

新卒応援ハローワークの田口室長から、相談窓口で泣き出す女子学生の話がありました。AIUの6割は女子学生ですが、女性は強いです。就活で泣くのはむしろ男子学生。保護者に守られすぎているからなのか、少し残念な気がします。「男なんだから泣くなよ!」と励ますのは女性のほうです。

入社してからも、泣きたくなるようなつらいことはたくさんあります。それを乗り越えて成長してほしいという願いをこめて、もう1つのキーワードをメッセージにしています。

「多様性を理解し進化できる人材」。入社後に出会うのは「多様性」です。職場環境、上司や同僚、取引先などなど、いずれも新しい経験の連続です。こうした多様性に戸惑い、圧し潰されず、柔軟に受け容れられること。なおかつ、そこに甘んじることなく、自己研鑽し進化できる人材になってもらいたい。そう学生には伝えています。

なぜ「大学は図書館で決まる」のか

最後に図書館の話をします。

AIUの図書館は24時間、365日、開館しています。秋田杉でつくったコロシアムのような形です。

「大学は図書館で決まる」。それが創設者の中嶋嶺雄先生の持論でした。

図書館で勉強する。自分の頭で考える習慣が身につく。考えることには、ロジカル・シンキングとクリティカル・シンキングの2つがあります。つまり論理的思考と批判的思考です。

この2つの「考える」をキャリア教育にも学生指導にも取り入れています。口を開けて教えられるのを待っているだけではダメ。何でもかんでも情報を鵜呑みにせず、それが本当に正しいのかどうか、大切なことなのかどうかを自分の頭で考える。そういう思考回路をもった学生を育てたい。そのための施設として、この図書館がAIUの心臓部になると考えています。