研究報告2:キャッシュ・フォー・ワーク~東日本大震災での成果と課題~
復興を支える被災者の雇用を考える
第66回労働政策フォーラム(2013年3月13日)

研究報告(2)
キャッシュ・フォー・ワーク~東日本大震災での成果と課題~

永松 伸吾  関西大学社会安全学部・大学院社会安全研究科准教授

写真:永松伸吾氏

私は、専門を聞かれたとき、「災害経済学」と答えています。おそらくそう答えるのは日本で私一人だけだと思います。

私の主な関心は、社会を災害から強くする、あるいは被災した社会を速やかに立て直す。そして、そういった中で、人間が尊厳と誇りを持ちつつ、災害のリスクから守られて暮らすことができる社会をいかに構築できるかということです。

被災地経済の逆復興スパイラル

図1 被災地経済の逆復興スパイラル

図1画像

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図1は、私が阪神・淡路大震災からの経済復興について書いた博士論文に載せたものです。被災した経済は、そのまま放っておくと復興どころか逆に縮小していく可能性があるということを表しています。最近はこれを、「逆復興スパイラル」という言葉で呼ぶこともあります。

内容について簡単に説明します。災害が起こり、被災地の資本ストックあるいはインフラに被害が生じると、生産活動ができなくなり、それによって雇用が減少します。雇用の減少は人口の減少につながるため、地域の需要が失われていきます。需要が失われることで、さらに供給が減るという悪循環が起こります。復興が遅れるうちに他の地域にマーケットを奪われてしまうこともあるし、救援物資が届けられることで物が売れなくなったりすることもあります。これは贈与経済といいますが、こうしたさまざまな要因によって被災地の経済が縮小する悪循環が生じることを、われわれは阪神・淡路大震災の経験で学びました。これをどう解決するのかが私の関心事でした。

1つ気がついたことは、時間が経つほど事態が悪化するわけですから、なるべく早くこの悪循環が止まるよう地域を素早く復興する必要があるということです。素早く復興させようとすれば、できる限り多くの人が被災地に行って、インフラや建物を復旧させる必要があります。ただ、復旧のスピードを速めようとすればするほど、他の地域から資源を持ってこなければならないので、復興支援の際の被災地内調達率、つまり、地元の資源を使う割合が下がってしまいます。しかし、被災地にお金を落とすために地元の資源を使って復興しようとすれば、その分復旧が遅れてしまうというジレンマがあります。

キャッシュ・フォー・ワークの手法とは

震災前の2004年12月には、インドネシアのバンダ・アチェを中心として、20数万人が亡くなるインド洋大津波が発生しました。その頃から、国際社会で強く注目されてきた手法に「キャッシュ・フォー・ワーク(CFW)」があります。

これは、災害からの復旧・復興に関する活動によって仕事を創出し、被災者の生業を支援するというものです。CFWは一般的に、国際機関やNGOが採る手法だと考えられがちですが、フィリピンやドイツのように政府機関によって担われるケースもあります。したがって、財源も民間の支援金や公的資金などさまざまです。

このCFWは非常に優れた手法です。先ほどの報告では、被災地の資源を使うとその分復興が遅れるといいましたが、被災地には失業して何もすることができない被災者が大勢います。彼らを活用することで、この二律背反を解消できるのではないかということもわかってきました。

CFW発展の歴史をさかのぼると、CFWはケインズ型の失業対策とはまったく違う文脈で発達を遂げてきました。1960年代頃には、「フード・フォー・ワーク」というプログラムがありました。これは主にサハラ地域で行われていたものですが、干ばつによって飢饉が発生した際、難民への支援に国際社会は食料を提供してきました。ところが何度提供しても干ばつが起こる。しかも地元の農民たちは灌漑設備もなく、天候任せの農業を行っている。そこで、食料を支給する代わりに、次の飢饉の発生を予防するための労働を農民に義務づけたのが、フード・フォー・ワークのはじまりです。

CFWのメリット

ところが、食料は重い、かさばるなど取り扱いが不便なことから、現金を用いた支援が行われるようになり、CFWが生まれました。

CFWの趣旨は、もともとより良い復興を成し遂げるためのインセンティブにあったのですが、プログラムを続けていくうちに、それ以外のメリットも明らかになりました。1つ目は、一人ひとりが働くことで経済的に豊かになり、災害にも強くなり、自己決定ができるようになることです。

2つ目は、これは非常に重要な点ですが、単に物資を配るよりも、お金を配ったほうが、地域経済の起爆剤になるということです。地域経済の観点からいえば、被災者を雇用することでそのお金は被災地で使われるようになると、景気対策としての効果はむしろ公共事業よりも高い可能性があり、これまでもそうした議論が行われてきました。

3つ目は、地域コミュニティの資産の復興に資することです。地域経済を刺激するという点では、義援金にも同じような効果が期待できるのですが、CFWとの違いは、被災者が働いた分だけ地域が良くなるという点です。インフラが元に戻る、被災者同士の支え合いが起こるといった効果が期待できます。

4つ目は、食料の現物支給に比べて、管理が容易である点です。さらに短期的な雇用の創出につながること、被災者の負債を軽減することもメリットとしてあげられます。

そして最後に特に強調しておきたいのが、復興への被災者の参加と統合を促すという点で、被災者の精神面への効果も高いことです。

一方でデメリットも

一方、デメリットもあります。まず、第1に自立的な経済復興を阻害する危険性があるという点です。CFWは外部の資金が投入されているわけですから、市場経済とは別のメカニズムで動いています。たとえば、炊き出しをCFWで実施した場合、地元で飲食店が立ち上がったときに競合してしまう恐れがあります。

腐敗、汚職が起きやすい点もあげられます。これはわが国ではそれほど多くはないと思いますが、岩手県の山田町で緊急雇用の受託NPOの不正経理事件もありましたので、まったく無関係とはいえないかもしれません。

地域の文化に対して負の影響をもたらしやすいというデメリットもあります。たとえば町内会などの自発的な活動を阻害するといったケースです。さらにCFWは、働ける人でなければ支援の対象とはならず、働けない高齢者、傷病者、障がい者などは必ずしも対象に含まれないということもあげられます。したがって、働けない人向けの支援が別途用意されることがCFWの前提として必要です。また、プログラムへの依存を引き起こすこともデメリットのひとつです。さらにお金の管理に伴う安全上のリスクもあります。

被災地雇用を下支えする「日本版CFW」

日本でもこのCFWを実施すべきことを震災後、早々に提言しました。厚生労働省の尽力により、「『日本はひとつ』しごとプロジェクト」の一環として、雇用創出基金事業を活用して、CFWに近い事業が行われました。

この「日本版CFW」ともいうべき雇用創出基金事業が被災地の雇用を下支えしているのは紛れもない事実です。震災が起こってから昨年末まで、被災3県で新規に就職された方が約27万人いますが、そのうち雇用創出基金事業で雇用された方は約2割にあたる6万人弱います。基金事業がなければ、その分被災地の人口流出を加速させていたかもしれず、その意味でも基金事業が被災地の復興に果たした役割は決して小さくないということを強調しておきたいと思います。

基金事業の効果は多岐にわたりますが、ここでは働いている方にとっての精神的な問題に焦点を当てて、事例をご紹介したいと思います。

福島県の絆づくり応援事業

先ほど小野さんからのご報告にもありましたが、福島県では「絆づくり応援事業」という基金事業を使った大規模な雇用事業が行われました。これは県内を6つのエリアに分け、それぞれのエリアで人材派遣会社に委託し雇用を創出するという内容です。2011年度は5,855人の雇用実績をあげ、2012年度もほぼ同じ規模の実績をあげていますから、合計で1万人というかつてない規模の雇用を創出しています。

昨年4月に、私が代表を務める一般社団法人キャッシュ・フォー・ワーク・ジャパンで、同事業で雇用されていた1,133人を対象にアンケート調査を実施しました。その結果、わかったことを何点かご紹介します。

まず、1点目として、絆づくり応援事業は被災失業者のセーフティネットとして一定の機能を有しているということです。震災以前の職業を聞いたところ、正社員として雇用されていた方は27%しかいませんでした。他方で、たとえば、契約社員、パート、アルバイト、派遣社員、あるいは自営業者といったいわゆる従来の雇用のセーフティネットに守られていない方々が、この事業で雇用されています。

主にサラリーマンを対象に震災前の仕事を続けられなかった理由を聞いたところ、震災に起因して仕事を辞めざるを得なくなった方が、半数以上いました(図2)。

図2 絆事業は被災失業者のセーフティネットとして一定の機能をしている。

図2 グラフ1「震災以前の就業」 グラフ2「震災前の仕事を続けられなかった理由」

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原発避難者の就業確保にも貢献

2点目は、同事業は、原発避難者の就業機会の確保に貢献しているという点です。福島県には原発事故の影響で強制的に故郷を追われ、仕事も失われた方が大勢います。

私の推計では、県内の総失業者に占める原発避難者の割合は約20%強でしたが、アンケート調査では、同事業で雇用された避難生活者の割合は約3割となっており、相対的に原発避難者が高い割合を占めていることが明らかになりました(図3)。

図3 絆事業は原発避難者の就業機会の確保に貢献している

図3 グラフ「避難生活の有無」

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その理由を推測すると、いつか故郷に戻りたいと思っている人にとっては、短期雇用のほうがありがたい。一般に緊急雇用創出事業による雇用は短期のものが多いことが弱点のように言われていますが、彼らにとってはむしろ短期雇用はメリットですらあるということです。

被雇用者の業務のマッチングも

3点目です。緊急雇用という名前から、とにかく仕事に就かせることが大事で、求職者にとってはこれまで経験したこともない仕事に就かされるとの印象を抱きがちですが、実際はそうではありません。仕事内容についても、がれき撤去など肉体労働ばかりとのイメージが強いのですが、実は創出される事業の約4割は事務系の仕事です。軽作業業務も18%です。これには先ほどの報告にもあった地域コミュニティの見守り業務や放射線のモニタリング業務なども含まれています。

しかも、労働者の約6割が被災前の就業経験が「非常に活かされている」または「多少活かされている」と答えており、「活かされていない」と答える人はむしろ少数です。つまり、絆事業では、労働者と業務のマッチングはある程度機能していることになります(図4)。

図4 絆事業の被雇用者と業務のマッチングはある程度機能している。

図4 グラフ1「絆事業での採用業務」 グラフ2「震災前の就業経験」

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4点目は、絆事業で多くの労働者が精神的な充足を得ていることです。たとえば、「被災者同士の連帯感を高めている」「ふくしまへの愛着が高まった」「しごとがあることで将来への希望が持てている」などの項目では、半数以上が「とてもそう思う」または「そう思う」と肯定的な評価をしています(図5)。

図5 絆事業によって多くの労働者が精神的な充足を得ている。

図5 グラフ「絆事業に対する評価」

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そうした意味では、先行研究が指摘するように被災者が被災地復興のために雇用されるということは、被災者を前向きにし、復興に向けて団結させる機能があるのではないかと思われます。

コミュニティへの配慮や労働者のケアを

ところが、一方で課題も浮かび上がりました。1つ目は、「支援に入った仮設団地や地域コミュニティが活性化している」または「絆事業は町内会・自治会など地元の自発的な活動と連携できている」では、肯定的な評価も少なくないのですが、先ほど紹介したものに比べると低くなっています。

こうした点から言えるのは、地域コミュニティへの配慮の必要性があるのではないかということです。つまり、雇用された方々が地域コミュニティの業務を代行することで、コミュニティの自主性が阻害されてしまう恐れがあります。

2つ目は、先ほどのアンケートの自由記述欄からわかったことですが、労働者に対するケアの必要性です。たとえば、被災者が被災者をケアするのは美しいことではあるのですが、仮設住宅の入居者から辛い経験を打ち明けられることで、自身の思い出もフラッシュバックしてしまうことがあります。あるいは、福島県固有の事情として、放射線の測定業務に従事している労働者の中には、被ばくの不安を訴えている方もいます。こうした部分のケアを今後強化する必要があるのではないでしょうか。

被災者の地位の低さも問題

3つ目は、就職支援会社や行政の対応の改善です。緊急雇用に対して、世間では「仕事のない人を雇ってあげている」「能力のない人を税金で食わせてやっている」といったネガティブな評価が流布されており、そうした中で、自身が雇用されている就職支援会社あるいは業務委託元の自治体職員から蔑視されているとの意見も散見されました。これは今日、私がこのフォーラムで一番申し上げたいことの1つですが、被災された方々が大変な状況にある中で、失業者だからという理由で軽蔑されるようなことは絶対にあってはなりません。むしろ賞賛されるべきことであるにもかかわらず、被災者の地位が低いのは問題です。彼らが頑張っているからこそ今の被災地が支えられているのだということを、この機会に皆さんに知っていただきたいです。

労働者の精神的充足を高める要因

アンケート調査結果をもとに労働者の精神的充足を高める要因を分析しました。結論から申し上げると(1)避難生活を送っていること(2)震災前に正社員として働いていたこと(3)「福島の復興に貢献したい」「新しい経験やスキルを獲得したい」といった動機があること(4)被災者との接触の機会があること(5)教育・指導を受ける機会があること――の5点です。

(2)については、逆の結果を予測していたのですが、むしろ前向きな性格だったからこそ、震災前に正社員の職に就けたとの見方ができるかもしれません。(4)については、被災者同士で接触することでストレスもあるのかもしれませんが、コミュニケーションによって自分自身が前向きになれるなど、精神的な充足を得る上での重要なファクターになっています。(5)については、雇いっ放しではなく、スキルアップのための指導が行われることも重要な要素であることがわかりました。

まとめに入ります。今回の震災では、リーマン・ショック後の時限的措置として、たまたま基金が残っていましたが、次の巨大地震―首都直下型地震、あるいは南海トラフ巨大地震かもしれません―が起きたとき、それが残っているという保証はありません。

しかし、今回の震災で基金が果たした役割をみればその有用性は明白で、常設の制度とすることが重要です。その際には「雇用対策」としてではなく、「災害対策」あるいは「復興対策」として行われるべきことかもしれません。