各国報告4 職場のいじめ・嫌がらせ—ドイツの現状
第65回労働政策フォーラム

欧州諸国における職場のいじめ・嫌がらせの現状と取り組み
(2013年2月28日)

マルティン・ヴォルメラート  弁護士

写真:マルティン・ヴォルメラート氏

ドイツにおける職場のいじめの概況

ドイツではいじめをモビング(mobbing)と呼ぶことがあります。ドイツにおける職場のいじめの発生率は、全労働者数の3.5%、140万人です。すなわち2社に1社で、少なくとも1人がいじめの被害にあっています。4~9人に1人の従業員が職場でいじめを経験しています。頻繁にいじめにさらされている人もいれば、まったくいじめに遭わない人もいます。

職場のいじめは民間部門だけでなく、公共部門でも発生しています。過去20年間をみると、民間部門のほうが多く発生している時期もあれば、公共部門で多く発生している時期もあります。これには、ドイツの経済状況が影響しています。どちらかというと、中小企業で多く発生しています。学校、病院、幼稚園でもよく起きています。

こうした背景もあって、ドイツには労働組合とは別の組織として、事業所委員会が数多く設置されています。とくに、大手企業の事業所委員会の活動は活発です。

職場のいじめの被害者を男女別にみると、3分の2から4分の3が女性です。年齢別には、初期の頃は若年層と高齢層に対するいじめが多かったのですが、現在は30歳~49歳で多くなっています。いわゆるキャリアグループと呼ばれる、会社内で昇進しようとしているグループにおいて、職場のいじめが数多く確認されています。職場のいじめの約50%は上司によって、残りの約50%は同僚によって行われています。また、極めてまれな事例(1.5~3.5%)として部下によるいじめがあります。これらの数値は、経済状況によって変動します。企業の業績が悪いときは上司によるいじめが多く、逆に業績の良いときは同僚によるいじめが多くなります。

いじめの種類は、言葉によるいじめが顕著です。一方で、ネットによるいじめはそれほど多くありません。ドイツでは年間約1万人の自殺者が出ていますが、そのうち約7500人が男性、約2500人が女性となっています。自殺者の20%はいじめが原因で自殺しており、その内訳は男性約1500人、女性約500人となっています。

見て見ぬ振りをする人たち

いじめの問題を語るときに、Moglichmacher(メークリヒマッヒャー)と呼ばれる人たちがいます。いじめを目撃しても、その状況を気に留めず、結果としてそのいじめの状況を継続させ、見て見ぬ振りをする人たちのことです。彼らがいじめの過程に介入したなら、いじめはかなり早い段階で終わるでしょう。彼らはいじめを容認し、いじめの被害者を次第に孤立させる一方、その態度は加害者から「連帯のサイン」と受け取られることがあります。その結果、内部的な合意があるかのような印象を与えてしまいます。加害者は「同僚は自分の行動を後押ししている」と考え、被害者は「同僚の全員が自分に敵対している」と思うようになります。残念ながら、多くの事例でそのような合意が実際に存在しています。

Moglichmacherとして考えられるのは、被害者と接触があるすべての関係者です。これには経営者、上司、同僚、事業所委員会のメンバー、派遣労働者、社内にいる他会社の労働者(食堂のスタッフ、清掃員など)、被害者のプライベートな関係者(友人、近所の住人、家族など)が含まれます。

この場合において非常に重要な存在は上司です。上司はいじめが発生すると、指導力の欠如を非難されるため、ある程度、共同の責任を負っています。本来なら自身の指導的な地位を利用して、話し合いや議論の場を設け、紛争当事者間の距離を離すことも可能です。しかし、上司がこれをせずに見て見ぬ振りをすると、結果としていじめが蔓延することになります。

加害者への制裁

加害者への法的制裁は非現実的です。理論的には有効ですが、現実をみると、法的制裁はほとんどありません。ドイツではAngst Mobber(アングストモバー)という、不安感によりいじめを行う者が存在します。加害者は、被害者と同じように健康上の問題を抱えており、ストレスを感じています。そのため、加害者は、他の人より先に同僚をいじめ、そうすることによって自分の雇用を守ろうと考えます。

国の政策および司法制度

法令、国の政策や司法制度をみると、職場のいじめに関する特別の法律がないのがドイツの現状です。すなわち、現在ある何らかの法律を利用するしかありません。そこで、解決策を判例の中から探すことになります。現在、刑法典第23八条でストーキングは犯罪行為とされており、これを適用することができます。この法令が制定されたのは職場のいじめのためではなく、あくまでもストーキングの問題に対処するためです。

国の政策をみると、職場のいじめの問題は無視され、国にとっていじめは存在していないように思われます。2013年に小政党の海賊党が提出した新しい法案がありますが、これはおそらく軽視されるでしょう。

司法制度においては、いじめ問題はあまり重要ではなく、周辺的な問題と認識されています。ドイツの判例データベースでは、約100万件の判決を確認できますが、モビングというキーワードで検索すると、約1000件しかヒットしません。すなわちドイツの司法制度においては、いじめの判例が0.1%以下しかないということです。

次の問題は、成功した訴訟手段がほとんどないことです。判事でさえ、裁判所ではモビングという言葉を使うなといっています。判事もいじめがどういう問題か理解しておらず、どうすべきかわからないからです。ほとんどの案件において、良い解決策をもたらすためには裁判所には行かず、裁判外の何らかの紛争解決策を利用します。

こうしたなか、2012年7月26日に重要な新しい法律が施行されました。それは、調停その他の裁判外での紛争解決方法を促進するための法律「メディエーション法」(Mediationsgesetz)です。非常に新しい法律ですので、この法律が有効に活用されていくのかどうかみていく必要があります。この法律をツールとしてモビングの良い解決策が提供できるようになるかもしれません。

連邦労働裁判所は2007年10月25日、一般平等取扱法第3条第3項に定めるハラスメントの定義について、同法第1条に掲げられた「人種、民族、性別、宗教・世界観、障害、年齢または性的指向を理由とする不利益取扱い」を超えて、あらゆる差別を対象とすることができるという重要な判例を示しました。

労使の取り組みと今後の課題

職場のいじめ問題においてもっとも重要なことは、企業において介入と防止策を講じることです。すなわち、事業所委員会と使用者との間の事業所協定が必要です。1つの好事例として、フォード自動車会社の例があげられます。同社がなぜ非常にうまく経営できているかというと、事業所委員会と経営側に緊密な連携があるからです。また、職場において安全衛生が非常に重要だと考えられています。

最後に、私はいずれ欧州議会がモビングに関する何らかの指令や方向づけを出すことに期待しています。加盟国、特にドイツに対して何らかの示唆を与え、欧州法が国内法に取り入れられていくことが望ましいと考えています。そうすればドイツは、より多くの解決方法を入手し、この問題に対決していくことができます。