各国報告2:フランス法におけるモラルハラスメント:
第65回労働政策フォーラム

欧州諸国における職場のいじめ・嫌がらせの現状と取り組み
(2013年2月28日)

ロイック・ルルージュ  ボルドー第四大学比較労働法・社会保障研究所研究員

写真:ロイック・ルルージュ氏

職場のモラルハラスメント

フランスでは、職場のいじめについては「モラルハラスメント」という言葉を使っています。フランスはEU加盟国ですが、そのEUでは1989年に出された、労働安全衛生に関わる枠組み指令というものがあります。そして、フランスでも同年に、この指令に定められている一般的な予防義務に基づいて、安全衛生の原則を国内法に取り入れました。

欧州司法裁判所は、2001年にEUとイタリアの間で争われた事件の判決の中で、「使用者はあらゆるリスクを予防しなければならない」と述べました。この判決は、直接的には、イタリアが1989年の枠組み指令を遵守していないと判断した判決ですが、その中で、使用者が予防しなければならないあらゆるリスクとは、身体的・物理的リスク、精神的リスクといったすべてのリスクを含む、としたのです。こうして、使用者は一般的な予防義務を達成しなければならないとされていますが、この点について、フランスでは厳格責任の原則が定められています。

フランスでは、1998年がモラルハラスメントについて非常に重要な年となりました。作家のマリー=フランス・イルゴイエンヌが『モラルハラスメント』(邦訳本は高野優[訳]『モラル・ハラスメント―人を傷つけずにはいられない』紀伊國屋書店 、1999年)という本を出版したためです。これをきっかけに、それまで労働者が表立って口にすることができなかった、いじめ問題の議論に火がつきました。もちろん、1998年以前もフランスにはモラルハラスメントがありましたし、どの職場もその問題に直面していました。しかし、1998年にそれが公然のものとなったのです。

これをきっかけに、1999年と2000年に2つの法案が出されました。一つは下院、もう一つは上院においてです。また、政府の諮問機関である経済社会評議会において、2001年にモラルハラスメントに関する報告書が出されました。さらに、メンタルヘルスの概念をフランスの労働法に導入すべきか否かという論議が巻き起こりました。この議論により、メンタルヘルスの概念の重要性が、一躍注目を浴びることとなりました。

2000年以前から労働安全衛生法はありましたが、それはあくまで身体的なリスク、すなわち労働安全衛生政策を通じて、労働者の物理的安全あるいは身体的な健康を確保するために定められていました。しかし、2002年に成立した労使関係現代化法の中で、モラルハラスメントが法律に導入され、使用者は同時にメンタルヘルスの問題にも対応する必要が生じました。

労使関係現代化法におけるモラルハラスメント

フランスでは、労働法典、刑法典及び公務員規程にモラルハラスメントの定義が定められています。これらの法律の定義は同じですが、手順、手続きなどがそれぞれに違っています。労働法典における定義は、「いかなる労働者も、その権利及び尊厳を侵害し、身体的もしくは精神的な健康を害し、または職業キャリアの将来性を損なうおそれのあるような労働条件の悪化を目的とする、あるいはそのような効果を及ぼすような反復的行為を受けてはならない」となっています。なお、最近は労働災害の補償に関しても、モラルハラスメントの影響が出てきています。

モラルハラスメントに対応するためにはツールが必要です。使用者には一般的予防義務があり、労働者の安全を確保し、身体的及び精神的健康を守るための措置を講じなければなりませんが、そこには、モラルハラスメント対策の措置も含まれます。つまり使用者は、労働者の安全衛生確保のための包括的な予防計画を作成し、その中でモラルハラスメント防止策を講じなければなりません。たとえば、禁止されるモラルハラスメント行為を定め、それを行った場合は制裁の対象となることを職場において(たとえば就業規則などによって)明示的に示す必要があります。

また、最近は安全衛生委員会が普及し、事業所において労働者の健康を保護する役割を担っています。労働医(フランスの産業医)の役割も重要です。労働医は、精神衛生上特別なケアを必要とする労働者がいた場合に、個別的に必要な措置を使用者に提案できます。事業所の従業員から選挙によって選ばれる代表者である従業員代表委員の役割も重要です。フランスの企業は過半数が従業員五0人未満の中小企業ですが、こうした職場には安全衛生委員会がなく、その代わりに従業員代表委員が重要な役割を果たしています。

従業員代表委員は、内部告発者として行動する権利があります。仕事のためとは思われないような人権を侵害する行為、あるいは健康を侵害する行為が職場で起こったときには、使用者にそれを伝えなければなりません。使用者は通報を受けた場合、それを調査し、問題を解決するために必要な措置をとらなければなりません。

モラルハラスメントに関する裁判で重要な役割を果たしているルールの一つに、雇用契約の誠実履行義務という考え方があります。この考え方に基づき、使用者は雇用契約を結んだ場合には、その労働者の健康が損なわれることがないよう対策を講じなければなりません。モラルハラスメントに関しては、この雇用契約の誠実履行義務という考え方に基づき、裁判所が紛争の解決に関わる可能性がさらに強化されています。

証明責任についていいますと、モラルハラスメントを受けたと主張する労働者は、モラルハラスメントが起きたと推定するに値する事実を証明しなければなりません。それに対して被告は、その問題となった行為がハラスメントでなかったことを証明する義務があります。すなわち、ハラスメントとは関係ない、客観的な要素によって正当化され得る行為であったことを証明しなければならないのです。このような流れで原告(労働者)・被告(使用者)の主張を聞いた後に、裁判所が必要に応じて調査を命じ、判決を出すことになります。

私は、モラルハラスメントを告発する労働者を守るための措置が重要だと考えています。モラルハラスメントを訴えたこと、あるいはモラルハラスメントを目撃してそれを訴えたことを理由に、解雇や制裁を科すことは禁止されています。モラルハラスメントを受けている労働者を、こうした保護ルールを無視して解雇した場合、その解雇は無効であると労働法典に定められています。

調停手続(Mediation)も、労働法典に規定されており、モラルハラスメントの被害者と行為者の双方が申請できます。しかし、残念ながらあまり活用されておらず、効果を上げていないのが実情です。私はもっと調停手続を推進すべきであると思っています。

モラルハラスメントを防止する使用者の責任

破毀院(司法訴訟に関するフランスの最高裁判所)は2002年、使用者の責任の範囲について定める画期的な判例を出しました。それは、たとえ予防策を取っており、加害者を罰したとしても、それによって直ちに使用者が責任を免れるわけではないというものです。使用者が原因をつくったわけではなく、同僚の従業員が加害者であったとしても、その加害者の行為に対して、使用者が責任を負うという判決です。この判決は、使用者が職場における安全衛生確保について極めて厳格な義務を負っていると解釈しました。

また、2006年のプロパラ事件において画期的な判決がありました。これは企業内労働者の安全衛生保護、特にモラルハラスメントに関する安全確保義務において、使用者が負う責任についての破毀院の判決です。この判決は、使用者に過失がない場合でも安全確保義務は免除されるわけではないと述べました。メンタルヘルスに身体的な労働災害と同じだけの重みが与えられたわけです。モラルハラスメントの発生に気づいていながらこれに対応する措置をとらなかった場合、使用者側に雇用契約の義務不履行の責任、損害賠償責任が発生します。

破毀院は2009年11月の判決で、モラルハラスメントの定義を拡大しました。この判決は、行為者の側に悪意がなくとも、モラルハラスメントになり得ることを確認しました。繰り返し何度も行われた一定のマネジメント手法が、モラルハラスメントになり得ることも示しました。

しかし、法的な定義だけでは、現実の問題に対応できません。そこで、特定のタイプの問題のある労務管理の方法に、歯止めをかけることも必要ではないかと考えられ始めています。現在では、管理職によるハラスメントという概念が認められるようになっています。すなわち、特定の問題のある労務管理手法、マネジメント手法が、ある従業員に対して繰り返し行われた場合に、それがハラスメントに当たることもあり得るということです。

2010年2月の判決も、やはり使用者の一般的な予防義務を重視しました。モラルハラスメントやセクシュアルハラスメントを含む身体的・精神的虐待があった場合、たとえ使用者がそれを防止する対策を取っていたとしても、被害が起こってしまったら、使用者は責任を負わなければならないことがあるという判決でした。

精神的健康リスクに対して、使用者はそのリスクに関わるあらゆる行為を予防・回避する対策を講じなければなりません。そこでは、形式的に一般的な対策をとればいいというのではなく、実際にリスクを防ぐための効果的な対策を実施することが重要です。使用者にそのような実際上の効果的な対策をとるインセンティブを与えることが、この判決の狙いです。

モラルハラスメントに対する罰則

2012年6月からモラルハラスメントの被害者(労働者)は2つの形で賠償を受けることができるようになりました。一つ目は、自分が受けた加害行為そのものに対する賠償です。2つ目は、使用者の予防義務違反に対する賠償です。この2つの損害は、被害者(労働者)が証明しなければなりません。これに関しては、労働法典だけでなく、刑法典にも規定が設けられています。両者とも法的なモラルハラスメントの定義は同じです。有罪の場合、2年間の実刑判決か、最大で三万ユーロの罰金が科されます。

フランス・テレコムで自殺が相次ぎ、前代表のほか、2人の幹部が取り調べを受けました。フランスの刑事手続において公判前に犯罪の存在及び被疑者に関する証拠が十分揃っているか否かを判断する役割を負っている予審判事は、この事案において従業員が自殺するほどひどいモラルハラスメントを受けていたと認定しました。そして、前代表と幹部は主犯、あるいは共犯者として、犯罪に関与したと判断されました。この事件を通じて、モラルハラスメントの加害者を、刑法犯として訴追することが可能であることが明らかとなりました。

いずれにしても、こうした場合には労働法の適用を監督する行政官である労働監督官の協力が不可欠です。労働監督官の報告があったからこそ、フランス・テレコム事件の実態が明らかになりました。