研究報告:こころのケア―職場は何をしたらよいか
職場のメンタルヘルス対策を考える
第64回労働政策フォーラム (2013年1月21日)

研究報告 こころのケア―職場は何をしたらよいか

原谷 隆史  労働安全衛生総合研究所作業条件適応研究グループ部長

写真:原谷隆史氏

職場のメンタルヘルスの特徴

職場のメンタルヘルスは、昔は心の問題は個人の問題であり、職場には関係ないという考え方がありました。今は職場のメンタルヘルスが非常に重要であり、多くの人の共通する課題と認識されるように変わってきました。

職場でのメンタルヘルスの特徴を考えてみると、まず産業保健としての特徴があります。個人を対象として、病気の人を治療すればいいというものではなく、やはり職場の集団としての心の健康を考えます。患者の治療だけではなく、職場の環境に問題があれば改善することが必要になります。例えば精神科の先生を非常勤で雇って、クリニック、外来をやってもらうといったことではごく一部の対応にしかなりません。もっと幅広い、産業保健としてのメンタル対策が必要となります。

次に職場は、地域や学校とは違い、雇用契約があります。きつい仕事でもしっかりそれに耐えられる、賃金に見合った労務が提供できるということが前提条件ですので、そういった中で、心の病にかかったり、メンタルヘルス不調になった人をどうしていくのかという対策をとっていくことになります。

精神疾患の問題として、体の病気と違い、放っておくとみずから傷つけたり、自殺してしまったり、他人に危害を加えるといったことが起こることもあります。病識が欠如していて、自分が病気だと気がつかない、妄想や幻聴があっても、本人は周りがおかしいと思って、みずから受診行動をとらないといったことが起こります。そういった場合には、家族、あるいは職場で気がついた人たちが適切な受診行動へと結びつけなければいけません。

それから、精神疾患では偏見などもありますので、対応はかなり慎重に行う必要があります。

業務による精神疾患に対する企業責任

企業の責任ということが、かなり言われるようになってきました。1つは労災認定の問題で、仕事のために精神障害を発病したり、業務上の精神障害で自殺した場合には、労働災害として補償されます。あるいは公務員であれば公務災害となります。労働災害としては、業務遂行性、仕事をしていたためにそうなった、業務起因性、業務と疾患との因果関係がかなり強いといったことが必要となります。

それから、民事上の責任があります。安全配慮義務違反に対する損害賠償を、精神疾患にかかった人、あるいは遺族などから訴えられる可能性があります。

アメリカでは労災の費用を企業が払うことで民事上の責任は免責となっていますが、日本では労災とともに、民事上の責任も負っています。ですから、労災認定以外にも、企業側の過失があれば、民事上の損害賠償を請求することができます。労災は、認めるか、認めないか、ゼロか100の極端な結果になりますが、民事では交通事故のように責任割合で賠償額が決まります。

行政の心の健康の保持増進への対応

椎葉課長からご紹介がありましたとおり、厚生労働省では心の健康の保持増進に関する指針などを出しています。事業者が組織として責任を持ってそういった心の健康づくりに取り組む必要があり、担当者レベルではなく、組織として責任を持って取り組むことが非常に重要になります。

衛生委員会等における調査審議といったことも強くうたわれるようになってきました。労働安全衛生規則で定められており、メンタルヘルス対策の実施計画の策定等、実施体制の整備、当該労働者に対する不利益な取り扱いが行われないようにするための対策、労働者の精神的健康の状況にかかる健康情報の保護、事業所におけるメンタルヘルス対策の労働者への周知に関することをしっかり調査審議する必要があります。

指針では、さきほど紹介された4つのケアを、それぞれの当事者が行う必要があることをうたっています。メンタルヘルスケアの具体的な進め方としては、労働者、管理監督者、あるいは事業所内産業保健スタッフに対して教育研修といったことを行い、それから、職場環境等の把握と改善を行うとされています。メンタルヘルス不調への気づきと対応では、労働者による自発的な相談、セルフチェックのほか、管理監督者、事業所内産業保健スタッフ等による相談対応などがあげられています。

職場復帰における支援もあげられていますが、心の病による休職というのはかなりありますし、長期化して、職場復帰するときにもいろいろ問題があります。また、職場復帰しても再発してしまうケースも多々あります。職場復帰に対してやはり企業としてしっかり支援することが必要です。

復帰支援では、椎葉課長の説明にありましたように、ステップを踏んで実施していく必要があります。病気休業開始及び休業中のケアをまず行い、第2ステップは、主治医による職場復帰可能の判断。第3ステップが、職場復帰の可否の判断及び職場復帰支援プランの作成。最終的なステップが職場復帰の決定です。ただ、復帰した後もフォローアップをしっかり行うといったことが必要です。

職場復帰には会社側が責任ある判断を

よく問題になるのが、主治医が職場復帰可能という診断書を出してきたときに、果たしてほんとうにそれで復帰できるのか、ということです。ほんとうに復帰できるかどうかについては会社側で責任を持って判断しなければなりません。主治医が復帰可能と言っても、それは主治医の立場として就労可能であるだろうといっているだけで、患者が実際にどんな職場で、どのような環境で、どういう仕事をしているのかは知りません。

例えば仕事でミスをしたときにどのような影響があるのかなど、細かいことまで把握していない場合が一般的です。ですから、主治医が就労可といっても、直ちに職場復帰させてしまうことは非常に危険かと思います。主治医の判断は貴重な意見ですが、それとともに、職場の状況がどうであるかも含めて、職場復帰の可否を会社側でしっかり判断しなければなりません。

メンタルヘルスの管理監督者の教育などで使うシミュレーションゲームというものがあり、東京大学の川上憲人先生の作成している事業場におけるメンタルヘルスサポートページに掲載されています。対応を間違えると部下の命にもかかわる問題になるといったことを管理監督者の方に自覚してもらうという目的で、こういったツールを教育などで使うことがあります。

自殺予防の10カ条

自殺予防の10カ条が、厚生労働省が2001年に出した小冊子のなかにあげられています(図表1)。自殺を口にするときは本気じゃないとか、未遂というのは本気じゃなかったといったようなことを言うこともあるのですが、やはり気をつけなければいけません。未遂であっても、助かってまた繰り返して既遂に終わることもあります。ですから、自殺の危険性に気がついたときにはしっかり相手の話をよく聞いてあげるといったことが必要で、適切な対応をとらなければなりません。

ストレスとは

次に、ストレスについて話をしたいと思います。ストレスとメンタルヘルスは、同じような言葉にとらえられることもあるのですが、若干考え方が異なります。ストレスというのは、例えば丸いゴムボールみたいなものがあったとして、それに外部からの力、刺激などが加わると、一時的にボールがゆがんでしまう。そういったようなものがストレス反応といわれています。外部からの力がなくなれば、自然と、もとの状態に戻ります。ストレス抵抗力には、個人差がかなりあります。

人によっては、ちょっと怒られただけで、ひどく傷ついてしまう人がいたり、あるいは一晩寝ればけろっと治る人もいます。仕事で失敗したときにいつまでもくよくよ悩み、影響が長く続いてしまう人もいます。

ただ、ストレス反応自体が悪いわけではなく、もとの状態に戻ればいいわけです。これがゴムボールではなくて、例えばガラスのボールであったとすると、まったくゆがまない。ストレス反応を示さないという状況になります。それは必ずしもいいわけではなくて、ある程度の力が加わると、突然割れてしまいます。

ですから、ストレス反応自体が悪いのではなく、健康に影響が出ないようにもとの状態にちゃんと回復できる、土日には休むとか、睡眠をしっかりとって、翌日には元気になるといったようなことになれば、問題はないわけです。

ストレスは必ずしも心だけではありません。心理的なストレッサーもありますし、物理化学的なストレッサーも考えられるわけです。反応も、心だけではなく、身体的な反応も起きるわけです。ただ、心理的なストレッサーなどに対する精神的な反応について、よくストレスという用語が使われる場合があります。

ストレス対策として考えられること

ストレス対策としては、原因、ストレッサーがありますので、そのストレッサーを軽減したり、環境をよくする、あるいはストレスに対する抵抗力を強化することが考えられます。健康増進とか、ストレス教育でストレスへの対処法などを学ぶといったことも考えられます。

ストレス反応への対応も考えられます。必ずしも病気でなくても、軽いストレス反応の段階でうまくそれに対応できるようにするといったことも必要です。

ストレスにとどまらず、精神疾患対策といった部分もあります。精神疾患に対して早期発見、治療、職場復帰といったことは大事な問題となります。精神疾患対策としては必ずしもストレスが原因でなるわけではありません。特に職場の環境は何も問題がなくても、精神疾患を発症する人はいますし、そういった方に対して、早期発見、治療、職場復帰といったことも必要です。

あと、自殺予防。非常に大きな問題です。若い人の死因としては、自殺の可能性が非常に高いわけです。例えば交通事故の死亡者数というのは、安全対策、飲酒運転の厳罰化とか、シートベルト着用の義務化とかいったような対策でかなり減っていますが、自殺は依然として若い人の主要な死因となっています。また、在職者が死亡する場合には自殺の可能性が非常に高いといったことで、職場としてもしっかり自殺予防対策に取り組む必要があるかと思います。

NIOSHの職業性ストレスモデル

ストレスのモデルとして、NIOSH(ナイオシュ)という、アメリカの国立職業安全保健研究所が出した職業性ストレスのモデルがあります(図表2)。このモデルでは、仕事のストレッサーがストレス反応に影響することが1番重要で、2本の矢印で示して重視しています。ストレス反応は、やがて疾病、あるいは事故やけがなどに結びつき、悪い影響が出てきます。

それに対して、3つの要因を考えています。まず個人的要因。性、年齢、性格傾向、行動パターンとか、いろいろあるのですが、人によって個人差があります。それから、仕事のストレッサーだけではなく、仕事外の要因があります。例えば家事、育児、介護などがあり、働く女性は職場と家庭と二重の負担になります。仕事のストレッサーだけではなく、家庭のストレッサーがかかると、二重の負荷になり反応が出やすくなってしまいます。

一方、緩衝要因といったものがあります。これはストレッサーの影響を緩和する要因です。代表的なものは社会的支援です。例えば、職場で上司や同僚などが仕事の問題解決に協力してくれたり、あるいは家族、友人などが愚痴を聞いてくれるとか、そういった支援があると、ストレッサーの影響を防ぐことができます。あるいはストレス対処行動などによってもストレッサーの影響を防ぐことができます。

職業性ストレス簡易調査票

職業性ストレス簡易調査票といったものがあります。これは以前、旧労働省の研究班で職場のストレスの調査研究をやっていたときに、現場で簡単に使える日本人向けの調査票をつくれということで、57項目の調査票をつくりました。

活用方法として、調査票を活用するためのツールを3つつくりました。中央労働災害防止協会のホームページの中に、セルフケアのための職業性ストレス簡易評価ページがあります(図表3)。結果は、例えば、うつ的になっている可能性があると、グラフでグリーンから黄色、赤の方に表示されます。問題があると、産業医、保健師、看護師、専門家などに相談してみてくださいといったようなアドバイスが出ます。これを作成したとき、企業で試験的に使ってみたところ、これをきっかけに産業医のところに面接にやってきた人が実はうつ病で、早期発見に役立ったということもありました。

東京医科大学の公衆衛生学講座のホームページでは、職業性ストレス簡易調査票に関するマニュアルや、ツールなどがいくつか紹介されています。その中に、ストレスプロフィールというものがあります(図表4)。これは個人に対して結果を5段階で評価し、グレーの部分(悪い状態)にかかっているようなものは気をつけましょうというものです。

図表5が、東京大学の川上憲人先生などが作成している事業場のメンタルヘルスサポートページです。この中には、先ほどのシミュレーションゲームや仕事のストレス判定図などの多くの有用な情報が掲載されています。最近は厚生労働省の研究班で作成した新職業性ストレス簡易調査票の情報もあります。

新しい調査票の開発も

仕事のストレス判定図はカラセックモデルにもとづいて開発されました。カラセックという人が、仕事のストレスを仕事の量的な負担と仕事のコントロールという二次元で考えました。

例えば、経営者、管理職、専門職の方は結構、仕事の量が多くて大変なのですが、それほどストレスになっていません。それはどうしてかというと、裁量権が高く、仕事を自分でコントロールできるからです。それに比べて、機械のペースで働くような工場労働者というのは、疲れていても疲れていなくても同じペースで働かなければいけない。休憩時間も自由にとれない。仕事量が多い割に裁量権が低いことが問題でハイリスクになります。さらに職場の上司や同僚の支援がないとリスクが高くなります。

職業性ストレス簡易調査票に新しい尺度を追加して、「新職業性ストレス簡易調査票」を東京大学の川上先生の研究班で作成しました。「健康いきいき職場」づくりモデルといったことを考えています。今までは仕事の負担で心身の健康に悪影響を及ぼすと考えていたのですが、仕事の資源ととらえるとポジティブな職場環境要因になります。資源は、作業レベル、部署レベル、事業所レベルでいろいろな新しい尺度を作成しました。それから、従業員のいきいきとしてワーク・エンゲイジメント、職場のいきいきとして職場の一体感をポジティブなアウトカムとしました。このような新しい尺度を加えて新たな調査票を作成しました。

調査結果のフィードバックでは、例えば、職場のいきいき、個人のいきいきがどれくらいなのかをグラフで表示します。それから、職場環境要因のフィードバックでは、作業レベル、部署レベル、事業所レベルでの資源や仕事の負担をグラフで示すことができます。全国平均や事業所の平均、職場の平均などとの比較のフィードバックも可能です。

集団の健康保持増進や職場の活性化を

メンタルヘルスというのは事故などに結びつくことがあります。昔、飛行機の機長が統合失調症で羽田沖で逆噴射して墜落したといった事件がありました。アルコール依存症や睡眠障害で危険な運転や操作となりますが、病気でなくても、二日酔い、居眠りなどでも事故が起きる可能性が高まります。福知山線の脱線事故の運転手は病気ではなく、ストレス状態にあると異常な運転操作をしてしまうといったことも起こり得ます。

メンタルヘルスは企業にとって大きな損失となることがあり、危機管理として対策が必要だろうと考えられます。こころのケアは、下手をすると企業の責任問題となります。組織として計画的、継続的に対策を実施する必要があります。

人事労務、あるいは産業保健、医学、そういった多職種の連携が大切です。従来、メンタルへルスは福祉的な対策が多かったかと思います。対策の投資効果というのを検討する必要があります。個人の問題ではなく、労働者集団の健康の保持増進、職場の活性化というのをめざすことが重要だろうと考えます。