事例報告1:第62回労働政策フォーラム
介護職の安定的な採用・確保に向けて
(2012年9月19日)

<事例報告1>魅力ある仕事・職場づくりと採用の工夫~介護職からの発信~

飯塚裕久 NPO法人もんじゅ代表/小規模多機能型居宅介護ユアハウス弥生所長

写真:飯塚所長

介護現場でよく指摘されるのが、理想と現実のギャップです。それを埋めるのは施設長や課長です。今日は、彼らがどういう動きをすれば、魅力ある仕事になるのかを、みなさんと一緒に考えていきたいと思います。

最初に、日頃から取り組んでいる介護の内容をご紹介します。介護の仕事は、本人が日常生活を閉じるまで、人間らしい生活を送ることを担保するものです。

加齢に伴い、人は日常生活を過ごすうえで、さまざまな問題が生じます。例えば、トイレで用を足したいのに、ドアノブの開け方を忘れてしまったとします。私たちは、ドアノブの開け方を教えて、トイレに行き着くまでのプロセスを支援します。この繰り返しを行い、本人が日常生活を閉じるまで、なるべく幸せな状況をつくり続けるのが私たちの仕事です。

めざすべき日常生活とは

日常生活とは、健康で文化的な生活を意味します。これは理想かもしれませんが、法律にも明記してあり、私たちがめざしているものです。

シート1
風呂・メシ・くそで自立するわけがないという、常識

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介護は、入浴・食事・排泄と思われがちですが、それだけでは自分が望むような日常生活は送れません。例えば、要介護状態に陥ったとします。適切な支援を受けることができれば、心身機能は緩やかに低下するものの、自分らしい暮らしを送りながら、最後を迎えることができます。

しかし、適切な支援を受けられないと、自分が望んだ暮らしとかけ離れた生活を余儀なくされ、家族にも重い負担がのし掛かります。例えば、ドアノブの開け方を忘れてしまい、適切な支援を受けられないと、失禁します。しかし、適切な支援があれば、失禁することなく、自分らしい暮らしを送ることが可能になります(シート1)。

介護における顧客

介護を福祉の枠組みでとらえると、顧客の範囲は広がってきます。顧客は、本人だけでなく、本人を中心としたコミュニティーになります。本人がいて、その配偶者、お子さん、お孫さん、お気に入りのパン屋さん、魚屋さんなど、本人の生活にかかわるステークホルダーが顧客となります。

シート2 顧客の価値観

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顧客の健康状態は、どういったものから成り立つのでしょうか。世界保健機関が採択したICF(国際生活機能分類)によると、人間の健康状態は、心身機能・構造、活動、参加の3つの生活機能がお互い影響しあい、つくりあげているそうです。1番目の「心身機能・構造」は、足が動く・動かない、心臓が強い・弱いということです。2番目の「活動」は、トイレに行ったり、買い物に出かけたりすることです。最後の「参加」は、他人と一緒に活動するなどコミュニティーに参加することです。

これら3つの生活機能は、家族や地域などの環境因子や本人の能力などの個人因子からも影響を受けます。介護の仕事は、心身機能・構造を予防・補完し、活動と参加を促すものです(シート2)。

幸せを生み出す組織に

われわれが事業として売っている商品は「幸せ」です。介護事業所は、幸せを生み出す組織ともいえます。そうした組織を作り上げるのは、課長の仕事です。

介護の現場では、施設長や現場の管理者が一般企業の課長に相当します。課長は部長と異なり、部下の能力にバラツキがあります。管理者は、介護のベテランも新人も一緒に束ねていかないといけません。例えるなら、サッカーの監督のように、適材適所に人員を配置し、効果的な支援を提供していくことが求められます。人事マネジメントに明るい酒井穣氏が書いた「はじめての課長の教科書」でも、課長としてもっとも大切な仕事は、部下のモチベーションを管理することと指摘しています。幸せを生み出す組織になるには、課長の手腕が問われます。

仕事で幸せを感じるとき

介護の仕事で幸せを感じるのは、どんなときでしょうか。現場の職員なら、介護した高齢者が元気になり、「ありがとう」と感謝の言葉をかけられたり、家族に看取られ幸せな最後を迎えることができたときです。施設長や課長クラスでは、チームマネジメントで効果が得られたり、スタッフそれぞれが自己実現した時です。

シート3 仕事で幸せを感じるとき

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介護の仕事に限ったことではありませんが、仕事人として幸せの条件は、①仕事そのものへのやりがいを感じる ②顧客満足が得られる ③自己実現が得られる ④チームマネジメントで効果が得られる――ことです。これら諸条件を、課長が具体的に言語化し、現場に落とし込み、マネジメントすることが重要です。こうすることで、仕事人として、あるいは、組織としての幸福度は向上し、理想が現実に近づいていくと思います(シート3)。

理想と現実のギャップ

介護の現場には、理想と現実のギャップがあります。理想と現実のギャップを埋めるのは、課長の仕事です。ギャップを埋めることができれば、現場は良くなります。

2010年度の「介護保険施設等における人員配置基準に関する調査研究」によると、現場スタッフの時間が50%増えたら、何がしたいかを尋ねました。寄せられた回答は、①外出は自由にする ②夜寝る時間、朝起きる時間は画一的にしない ③昼・夜ともに着替えをする ④入浴する時間は決めない ⑤排泄は随時介助する ⑥食事は調理・盛り付け・片付けを主体的にする――などでした。

こうした結果をみると、現場スタッフは時間や人手が足りず、満足いく支援ができていない現状がみえてきます。

仕事がうまくいかないとき

介護保険法では、健康で文化的な生活を送ることがミッションとして求められています。しかし、先の調査でもみたように、現場ではクライアントに十分な支援ができていません。

仕事がうまくいかないことは、大きなストレスになります。過度のストレスにさらされると、仕事のパフォーマンスは著しく低下し、孤独と自己肯定感の欠如により、職業虐待につながる可能性もあります。「私がこんなに頑張っているのに、お婆ちゃんはちっとも良くならない。何の言葉も返してくれない」とイライラが募り、思わず手をあげてしまいます。

人はストレスを感じると、跳ね返したり、回避したりする防衛機制が働きます。しかし、介護の現場では、ストレッサーはクライアントです。ストレスを跳ね返したり、回避したりすると、介護の質が低下します。スタッフはこうした問題を抱えながら支援を行っています。

120分でできること

人は1日、1,440分で生活しています。このうち、利用者が享受できるスタッフのサービス提供時間はどのくらいでしょうか。

古くからある老人保健施設は119分、特別養護老人ホームは138分です。一方、比較的新しいグループホームは205分、小規模多機能では239分となり、施設によっては120分もの開きがあります。時間数の短い施設であればあるほど、課長のマネジメントが介護の質に直結します。

先の調査でも、1.5倍の時間があれば、「できる」と回答したスタッフが多数を占めました。時間数の短い施設では、この50%にあたる仕事量をどのように割り振るかがポイントになります。介護スタッフがやれること、家族でできること、地域にできること、本人ができることを仕分けする必要があります。こうしたマネジメントをして、スタッフが、「やりたい」と思ったことを、やれる仕組みをつくることが重要です。

介護保険法の落とし穴

人の健康状態は、3つの生活機能(心身機能・構造、活動、参加)に支えられています。3つの生活機能が維持されないと、介護保険のミッションは達成できません。しかし、活動や参加など環境因子に依存するものは、事業として手がけるのは難しい面があります。

シート4

例えば、身体介護をすると、保険が適用され、事業収入が増えます。回収効率がいいので、どの事業所も手がけます。一方、近所の喫茶店にお茶を飲みに行ったり、あるいは、近隣のお祭りに参加しても、スタッフにお金は払えません(シート4)。

環境因子に依存するものをどうマネジメントするかは、課長の腕にかかっています。家族や地域でできることを見つける。地域に知ってもらう。他法人との連携を深めることが重要になってきます。この部分をうまくマネジメントすることで、理想と現実のギャップが一歩ずつ埋まっていくと思います。

専門職としての介護

お医者さんが資格をとって現場にいくと、学校で習った以上のことが行われています。教科書と現実の違いに驚き、もっと頑張ろうという気持ちになります。教科書より現場のほうが、実際の価値が高いからです。

一方の介護の現場はどうでしょうか。介護の業界では、実際の価値より教科書の価値のほうが高いと思います。学校で教えていると、「教科書と現実は違う。先生は嘘つきだ」と言われます。生徒は教科書で教わっていることをやりたいのです。しかし、現場はそうではありません。がっかりして、心が折れ、入職を断念する人も出てきます。

介護の現場では、教科書より上のことをやらないといけません。そのためには、全体的に最低限度のところを教科書レベルにもっていくことが必要です。ここが出発点です。こうすることで、介護を選ぶ人が増えてくると思います。