研究報告:介護労働市場の現状と課題―採用・離職と過不足感をめぐって
介護職の安定的な採用・確保に向け
第62回労働政策フォーラム (2012年9月19日)

介護労働市場の現状と課題―採用・離職と過不足感をめぐって

堀田聰子 労働政策研究・研修機構研究員

写真:堀田研究員

今日は、介護労働市場の現状と課題について報告します。

最初に、介護保険事業に従事する介護職の人数の推移をみてみます(図表1)。介護保険がスタートした2000年は約55万人が介護職に従事していましたが、直近の2010年では134万人近くまで伸びています。

伸び方をみると、介護保険スタート時から2005年くらいまでは、毎年10万人近くのペースで増加しました。しかし、06年以降は6万人、6万人、4万人の増加にとどまっています。高齢化が進んで介護需要が高まり、介護職として活躍する方々は大きく増えていますが、伸びは緩んでいます。

図表1 介護職数の推移

介護福祉事業に従事する介護職(実人員)及び介護福祉士登録者数の推移 (単位:万人)

図表1

(注)介護保険事業以外に従事する介護福祉士もいる。

(出所)介護福祉士登録者数(各年度末)は(財)社会福祉振興・試験センターホームページ。

その他は厚生労働省「介護サービス施設・事業所調査」(各年10月1日現在)。

次は、介護福祉士の状況です。介護福祉士の資格を持っている人の中で、介護保険事業に従事している方々がどれくらいいるかをあらわしています。介護保険事業以外の介護福祉関連分野で働いている人もいますが、資格を持っていても介護の仕事に就いていない方が、かなりいることがわかります。

介護関係職種の有効求人倍率と失業率

では、介護労働市場への入口はどうなっているのでしょうか。

まず、介護分野の有効求人倍率と失業率の関係をみてみます(図表2)。世の中が不景気になり、失業率が高くなると、介護分野では相対的に人材を確保しやすくなります。しかし、景気が回復すると、再び人が採りにくくなります。この傾向は昔から続いています。

介護の仕事が専門職として確立していれば、ここまで景気の影響を受けることはありません。経済情勢の影響を大きく受けている現状は、介護労働市場が、専門職労働市場にはなっていないということを示しています。

図表2 介護関係職種の有効求人倍率と失業率
※図をクリックすると拡大表示します。(拡大しない場合はもう一度クリックしてください。) 図表2

(注)介護関係職種とは、「122 福祉施設指導専門員」「124 福祉施設寮母・寮父」「129 その他の社会福祉専門の職業」「341-10 家政婦(夫)」「342 ホームヘルパー」をいう。

すなわち、介護保険事業に従事する介護職以外の者も含まれる。

(出所) 有効求人倍率は厚生労働省「職業安定業務統計」、失業率は総務省「労働力調査」

右は都道府県別に介護関係職種と職業計の有効求人倍率をあらわしたものです。すべての都道府県において介護関係職種の有効求人倍率が職業計を大きく上回っています。介護関係職種の有効求人倍率は、地域差が大きいことも、もうひとつの特徴といえます。

入職率と離職率の現状

介護労働市場は景気の影響を大きく受けて、未だ安定的に人材が確保できる状況にはなっていません。では、入ってきた人々の定着状況は、どうでしょうか。

介護労働安定センターの「介護労働実態調査」から、介護職の入職率と離職率の現状をみてみます(図表3)。上が訪問介護、下がそれ以外の施設等で働く介護職員の状況です。まず、訪問介護か入所や通所等かといった職場によって、定着状況に差があることがわかります。

図表3 入職・離職
※図をクリックすると拡大表示します。

介護職及び産業計の入職率・離職率(単位:%)

図表3

介護職は出入りが激しいというイメージができてしまっていますが、訪問介護員の離職率は直近で13.8%。産業計の14.4%より低くなっています。施設系の離職率も16.9%と、あまり遜色がありません。

訪問介護の現場では非正社員が多くを占めていますが、訪問介護の非正社員の離職率は13.1%。産業計のパートタイム労働者の離職率23.1%と比べても、訪問介護の非正社員は相対的にみて定着率が高いといえます。

一方、施設系の介護職員は正社員が主力です。正社員の離職率は14.0%と比較的安定しており、非正社員は21.7%とやや高めです。

括弧内の数値、前年との比較をみると、採用率、離職率ともに全体として低くなっています。人の出入りが多かった前年と比べて、比較的安定してきた状況といえます。

離職率と不足状況の推移

いま、入職・離職に関する直近の状況をお話しましたが、ここで離職率と不足状況の推移をみてみます(図表4)。

訪問系・施設系をあわせた介護職の離職率は直近で16.1%と、近年ではもっとも低い水準になっています。では、離職率が改善した結果、訪問介護員や介護職員の不足感は解消されたのでしょうか。

図表4 離職率と不足状況の推移
※図をクリックすると拡大表示します。 (拡大しない場合はもう一度クリックしてください。)

図表4

不足状況をみると、離職率の水準が低下したにもかかわらず、事業所における不足感は、訪問介護員・介護職員とも微増傾向にあります。離職率が改善したからといって、必ずしも人手不足の解消にはつながっていないのです。

こうしたなか、2025年に向け、医療・介護サービス保障の強化がうたわれ、地域包括ケアシステムの構築が求められています。そのために、2025年には、介護職が232万人から244万人も必要と推計されています。

今後、いかに安定的に介護職を確保し、定着・育成をはかっていくか、ひいては質の高いサービスの安定的提供につなげていくかが課題となります。以上が介護労働市場と介護労働力需要の概観です。

事業所単位の離職率

ここからは、介護労働実態調査の個票データの分析に基づき、事業所単位の離職と不足感、採用の状況を少し詳細にみていきます。

先ほど、マクロでみた離職率とその推移をご紹介しました。これを事業所単位でみたらどうなるのでしょうか。

図表5は事業所単位の職種・就業形態別の離職率です。訪問介護員と介護職員、正社員と非正社員でわけ、事業所における1年間の離職率の分布をみたものです。

図表5 事業所単位の離職率

訪問系・施設系、正規、非正規の別を問わず、離職率0%である事業所がもっとも多いことがわかります。さらに、10%未満まであわせると、約5割から7割を占め、多くの事業所では、ほとんど離職しないという実態です。

他方、離職率が30%を超える事業所も、2割から3割存在しています。このデータは全国のものですが、地域別・事業種別にみても、離職率の二極化は顕著にみられます。こうした現状から、制度や報酬体系だけでなく、各事業所のマネジメント・雇用管理のあり方が、定着に大きな影響を及ぼしていると考えられます。

定着状況の認識と事業所単位の離職率

事業所は、職員の定着状況をどうとらえているのでしょうか。

介護労働実態調査では、事業所に対して、定着率に対する認識を尋ねています。「定着率が低くて困っている」のか、「定着率は低いが困っていない」のか、あるいは「定着率は低くない」のか、という三択です(図表6)。

まず、「定着率は低くない」と認識している事業所がもっとも多いことがわかります。一方で、定着率は低くないと考えていても、離職率が30%以上の事業所もあり、他方、定着率が低くて困っているととらえていても、実際は離職率が0%でまったく辞めてない事業所もあります。

図表6 定着状況の認識と事業所単位の離職率

図表6

つまり、実際の離職の状況だけでなく、事業所がすべての職員に定着を期待しているのか、あるいは、一定程度の出入りはよい、やむを得ないと考えているかといった人材戦略等も、定着率の認識に影響を及ぼしていると考えられます。

従業員不足事業所における定着状況の認識と不足の理由

先ほど、離職率が改善しているにもかかわらず、従業員の不足感は微増していることをお話しました。

では、事業所全体でみて、従業員が不足しているところは定着状況をどうみているのでしょうか。

事業所全体の過不足状況をみますと、不足(募集する必要のある状態)とする事業所が53.2%と過半数を占めています。この不足感を持っている事業所のうち、「定着率が低くて困っている」と認識しているのは25.9%です(図表7)。

図表7 従業員全体でみて不足している事業所における定着状況の認識

図表7

職員の定着促進は、サービスの質の維持・向上の観点からも基本的に重要なことですが、人手不足感の解消という観点でみますと、定着促進に関する施策が直接的に有効なのは53.2%×25.9%、つまり全体の13.8%であるということができます。

従業員不足の理由と職種別不足状況

次に、従業員の不足理由と職種別の不足状況についてご説明します。

介護職の離職率は、全産業と比べても見劣りしないくらい改善しています。しかし、依然として人手不足感は根強く、やや高まっているのが現状です。

そこで、不足感を持っている事業所に、不足の理由を「離職率が高い」、「採用が困難」、「事業を拡大したいが人材が確保できない」の複数回答で尋ねてみました(図表8)。

図表8 従業員不足の理由と職種別不足状況
※図をクリックすると拡大表示します。 (拡大しない場合はもう一度クリックしてください。)

図表8

その結果、従業員の定着状況に対する認識にかかわらず、従業員不足とする事業所があげる理由のトップは「採用が困難」というものでした。これがまさに、今回のフォーラムのテーマを設定した理由でもあります。

定着に対する認識は事業所によってさまざまですが、人手不足感の理由をみますと、離職率の水準よりも採用が問題と回答する事業所が多いことがわかります。さらに、職種別に不足の状況をみますと、訪問介護員の不足感がもっとも高いことがわかります。

訪問介護員を量・質ともに採用できている事業所の特徴

介護分野は、まだまだ人手不足感が強い状況にあります。先ほどご紹介したように、職種別で見ると訪問介護員の人手不足感がもっとも高い現状です。その背景には採用の困難さがあげられます。では、こうした中でも、訪問介護員を量・質ともに確保できている事業所はどういう特徴があるのでしょうか。

分析を始める前は、事業所属性で大きな違いがあるのではないかと考えていましたが、結果はそれほど特徴が出ませんでした。法人主体では、民間が少なく、社会福祉協議会以外の社会福祉法人がやや多い、事業所所在地の介護報酬算定上の地域区分は「その他」が多いことは確認できますが、法人の規模や事業展開などについては際立った特徴はみられません。

この結果から、外形的なことではなく、事業所としてどういう取り組みをしているかが、量・質ともに満足のいく採用ができるかどうかに影響を及ぼしているのではないかと推測できます。

人材育成の取り組みの充実度

そこで、まず人材育成の取り組みの充実度について、正規、非正規それぞれに、量・質ともに確保できていると回答した事業所と全体を比較してみました(図表9)。

図表9 人材育成の取組み充実度 (同業他社と比べた自己評価)

図表9

量・質ともに確保できている事業所は、全体と比べて充実、もしくはやや充実と回答している事業所が多いことがわかります。これは正規だけでなく非正規でも同じです。

このように、同業他社と比べてしっかりと人材育成を行っているかどうかということも、採用に関係しているのではないかと考えられます。

訪問介護員の管理状況

もう1つ、訪問介護員の勤務時間やサービス提供状況の管理のあり方との関係についてみてみました。

稼働日ごとに事務所に立ち寄るのか、稼働日ごとに電話・メールで報告するのか、一定期間まとめて報告するのかということを尋ねました(図表10)。

図表10 訪問介護員の勤務時間・サービス提供状況の管理

図表10

採用の量・質ともに確保できている事業所は、稼働日ごとに一度は必ず事務所に立ち寄らせるとの回答が47.4%ともっとも多く、全体の32.9%より、15ポイント近くも上回っています。これは、結構大きな差ではないかと思います。

訪問介護では直行直帰も少なくないなか、日々しっかりと顔をあわせ、情報を共有し、サービス提供責任者とヘルパー、ヘルパー同士の関係を構築している事業所、人材育成が充実している事業所では、ヘルパーが孤立感なくやりがいを持って働ける。訪問介護事業所の採用は口コミによるところが大きいので、働いている人にとって魅力ある事業所であることが、採用の量・質確保にもつながっているのではないかとも考えられます。

地域の中での取り組み

さらに、最後にもう1つ、大きな特徴がみられたのが、地域の中での取り組みです。

全体としていえるのは、採用の量・質とも確保できている事業所は、地域に開かれた事業所づくりをしているということです。例えば、ステーションの設備等を地域に開放する、地元の祭りに事業所として参加する、関係機関等とともに地域の見守りネットワークに参加する、他の事業所と連携した利用者支援の手順やマニュアルを整備するなど、個々の利用者のケアだけではなく、地域全体を支える取組みに積極的に取り組んでいる姿がみえます。

さらに、介護者の集い、介護や健康づくりのセミナーの開催、職場見学や体験、ボランティアを受け入れるなど、専門性を地域に向かって開き、還元していることも特色といえます。

以上のように、事業所のチームとしての一体感を高め、不安の解消や人材育成に取り組むだけでなく、地域づくり、地域に向かって開かれた事業所づくりを進めているところが、採用の量・質ともに確保できている事業所の特徴といえそうです。