パネルディスカッション:第59回労働政策フォーラム
震災から1年、被災地域の復興と労働政策を考える
(2012年3月19日)

<パネルディスカッション>

開催報告<パネルディスカッション>

パネリスト:

藤澤勝博
厚生労働省職業安定局雇用政策課長
山本恭逸
青森公立大学経営経済学部教授
津軽石 昭彦
岩手県商工労働観光部雇用対策・労働室特命参事兼雇用対策課長
伊藤 実
労働政策研究・研修機構特任研究員

コーディネーター:

樋口美雄
慶應義塾大学商学部教授

東日本大震災の被害状況

樋口美雄 慶應義塾大学商学部教授

樋口

東日本大震災からの復旧・復興を考える上で重要なのは、震災前にこの地域がどのような特徴をもった地域であり、震災後はどういう状況にしていこうと考えるかです。

東日本大震災と阪神・淡路大震災の被害状況を比較しました(図表1)。東日本大震災の死者・行方不明者は1万9,225人で、阪神・淡路大震災の3倍近くに上っています。建物やライフラインなどの被害総額も、阪神・淡路大震災の2倍弱の16兆円に達します。ここで注目されるのは、農林水産関係の被害額が2兆円近くにも及んでいることです。言うならば、阪神・淡路大震災は都市直下型であったのに対し、今回の震災は沿岸部を中心に被害が拡大したことが確認できます。

これはある意味、復興を考えていく上で非常に重要な問題だと思います。阪神・淡路大震災における被災地は大阪の通勤圏でもあり、住宅は被災したものの、職場は大阪にあり、仕事は残ったという人が多くいました。つまり、職場と住居の両方を失ったわけではなく、一方の住宅を失ったという人が多かったわけです。

図表1 東日本大震災と阪神・淡路大震災の被害状況

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図表1 東日本大震災と阪神・淡路大震災の被害状況

資料出所:東日本大震災 死者・行方不明者は、平成24年1月20日警察庁緊急災害警備本部発表。住家被害は、平成24年1月11日消防庁災害対策本部発表。被害額は、平成23年6月24日内閣府(防災担当)発表。

阪神・淡路大震災 死者・行方不明者、住家被害は、平成18年5月19日消防庁確定。被害額は、平成7年2月16日国土庁防災局公表。

それに比べて、今回の沿岸部では、職住接近で、自宅と仕事場が両方とも被害に遭った人も少なくありません。住宅の支援と同時に仕事の支援という、両面の支援が重要であることが確認できます。

震災前から人口減少

さらに人口の問題もあります。図表2は、総務省「労働力調査」の15歳以上人口の推移です。宮城県は2005年まで増加していましたが、その後減少に転じ、現在は横ばいです。福島県、岩手県は、今世紀に入ってピークを過ぎ、その後、減少幅も拡大しています。そういう中で、2011年3月11日に東日本大震災が起きました。

図表2 被災地3県と全国の15歳以上人口・就業者数の推移(1997年=100)

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図表2 被災地3県と全国の15歳以上人口・就業者数の推移(1997年=100)

資料出所:総務省統計局「労働力調査」

経済学でも最近、こうした災害の問題が研究テーマになっています。例えば、ハリケーン・カトリーナに伴う被害などを見てみますと、もとのトレンドに戻るケースが多くあります。人口の増加地域であった兵庫県と比べて、今回は既に人口の減少が進むなかで対策をどう考えていくかが大きなポイントになります。例えば、15歳以上人口で岩手県をみますと、人口は減少したと言いながらも、98に位置します。基準年である1997年の100と比べて、2ポイント減少しています。一方、就業者数で見ますと89を割り込み、1997年と比べて1割強も減少しています。これには高齢化の進展が強く影響していますが、こうした被災前の状況を踏まえ、対策を考えていくことがポイントになると思います。

被災地の財政力

もう1つ考えておかなければならないのは、財政力の問題です。図表3の右側を見ますと、兵庫県と神戸の財政力指数がわかります。阪神・淡路大震災が起きた1995年で見ますと、0.64や0.83という数字が並び、財政支出のかなりの部分を自前財源である程度カバーできる状況にあったことがわかります。

図表3 被災した沿岸の市町の財政力指数

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図表3 被災した沿岸の市町の財政力指数

資料出所:総務省「平成17年国勢調査」及び、総務省ホームページ

注:1、高齢化率とは、総人口に占める65歳以上人口の割合。数字は2005年時点

2、沿岸の被災地とは災害救助法適用の青森県、岩手県、宮城県、福島県の沿岸に所在する市町村とした。

3、財政力指数とは、過去3年間の基準財政収入額/基準財政需要額の平均値。

4、財政力指数の全国の数値は、都道府県平均。

ところが被災した沿岸市町村の財政力指数をみますと、宮古市で0.34、大船渡市で0.41、陸前高田市で0.27と、震災前から財政状況が厳しかったことがうかがえます。こうした中で、東日本大震災が起きました。復興にかかる地元の財政負担は、相当大きなものになると予想されます。こうした地方自治体の財源に厳しい制約がかかるなか、国の支援あるいは民間の支援はどうするのか。こういったものにどう取り組んでいくのかが、被災地の復旧・復興の大きなポイントになると思います。

さらに図表3の左側をみますと、被災自治体の高齢化率がならんでいます。全人口に占める65歳以上人口の割合です。被災3県は高齢化率が高く、宮古、大船渡はともに27で、全国の20を大きく上回ります。このあたりはもともと、高齢者が多い地域でもありました。逆に言えば、若者がかなり流出していた地域ともいえます。これが被災前の姿です。

では、それが被災後にどうなるかを考えなければいけません。先ほどご指摘がありました、地域の長期的な持続可能性も考えていかなければならないと思います。

生産は震災前に戻らず

図表4は地域別の鉱工業生産指数です。2011年3月は震災により大きなダメージを受けました。被災地域では落ち込みが激しく、製造業に限定しても、35%低下しました。その後、持ち直しの動きが広がり、6月、7月まで改善を見せましたが、その後横ばいで推移しています。実線と点線の動きをみても、被災地は全国より下にあり、厳しい状況に置かれていることがわかります。しかも、被災前の水準には戻っていません。深刻な状況が続いていることがわかります。

図表4 震災に係る地域別鉱工業指数試算値の推移

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図表4 震災に係る地域別鉱工業指数試算値の推移

鉱工業生産指数は全国でみても横ばいで推移しており、やはり円高といった景気の影響が7月以降、強くあらわれているわけです。それがまた、被災地の製造業に大きな影響を与えているということが確認できると思います。

ミスマッチの課題

図表5 被災3県の新規求人・求職等の状況(季節調整値)

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図表5 被災3県の新規求人・求職等の状況(季節調整値)

資料出所:
厚生労働省「一般職業紹介状況(職業安定業務統計)」

雇用面をみてみます(図表5)。新規求人は3月に落ち込んだ後、徐々に回復しています。新規求職者は震災で職を失った人が急増し、4月に5万人以上と急激に増加しましたが、その人たちが仕事につくことにより、徐々に減少しています。もうひとつ注目しなければいけないのは、就職件数です。6月ぐらいまでは就職件数も増えていましたが、その後、動きが鈍くなっています。求人は増えながらも、実際の就職には結びつかないミスマッチの問題が浮かび上がってきます。

求人と求職を比較しますと、3県いずれにおいても、ここのところ、ともに非常に高い水準になっています。ではミスマッチの背景はどこにあるのでしょうか。図表6は、職種別の新規求人の動きです。公務その他が、4月、5月にはね上がり、その後、下がっています。これは、緊急雇用創出事業などの公的資金によりつくられた雇用です。役場などで、緊急雇用という形で雇用の下支えをするものが増えていきました。震災後、もう1つ新規求人が増えたものに建設業があります。公共事業や、瓦礫処理などです。このふたつが地元の雇用を下支えしてきたのは間違いありません。

一方、製造業あるいは卸・小売業などの動きはどうでしょうか。徐々に増えていることは間違いありませんが、増え方は予想より小さいものです。復旧・復興特需の波及効果を考えたとき、こういう業種でも雇用が伸びてくると思いますが、伸びは依然として緩やかです。

その結果、就職率でみますと、岩手・福島・宮城いずれにおきましても4月から7月ぐらいまではずっと上昇していましたが、その後、若干停滞気味です。今後、どのようにして雇用をつくり出していくかが課題となります。

図表6 被災3県の産業別新規求人数の前年同月比 (原数値 2011年/2010年)

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図表6 被災3県の産業別新規求人数の前年同月比 (原数値 2011年/2010年)

資料出所:厚生労働省「一般職業紹介状況(職業安定業務統計)」

被災地で雇用創出

図表7 宮城県の職種別求人・求職の状況
(2011年12月分)

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図表7 宮城県の職種別求人・求職の状況(2011年12月分)

資料出所:
宮城労働局「求人・求職バランスシート」
(平成23年12月)

雇用創出には、2つの意味があります。1つは量の拡大による雇用創出です。もう1つは安定的な、しかも雇用条件のよい、ある意味では給与もかなり高い、そういう質の高い雇用をいかにして創っていくか、あるいは、質的改善をどのようにして達成していくかです。たとえば前者だけですと、雇用は創られたものの、そこに就職を希望するものがいないといった、一種のミスマッチが発生する可能性があります。現状はこれに近いところがあります。最初のころは非正規雇用などであっても、これを質の高い雇用に転換していく必要があります。他方、ミスマッチを引き起こすもうひとつの原因は、求人の多い職が一定の技能や資格を求めるものであるのに対し、これを満たす求職者がいないことによっても起こります。この場合、ミスマッチを解消するには、教育訓練などによる能力開発支援が必要になります。

図表7は、宮城県における職種別の求人と求職の状況です。専門的・技術的職業でみますと、求人のほうが求職を上回り、人手が確保できていません。逆に、事務的職業でみますと、求職者のほうが求人を上回っています。専門的・技術的職業の中身をみると、医療や介護など資格を求める仕事で人手が不足しています。一方、事務あるいは販売・営業では、求職者が多く、新たな求人開拓が必要です。これがミスマッチのひとつの原因かと思います。さらに、求めている仕事がないという、雇用条件面のミスマッチが2番目の原因です。これは雇用保険、あるいは生活保護といった問題とも絡めて考えていかなければならない問題です。

そして3つ目が地域間のミスマッチです。東北3県におきましても沿岸部は、交通の便があまり良くありません。例えば、内陸部に雇用機会があったとしても、自宅から通勤するのは、冬の積雪もあり、かなり厳しいのが現状です。地域間のミスマッチをどう考えていったらいいのか。これも大きな課題です。

沿岸部から人口が流出

図表8は、東北3県における他県への流出状況を示しています。岩手県は、この1年間に、3,300人ほど流出しました。福島県は3万1,000人ほど、宮城県は6,500人ほどが流出しました。これは県を越えて他県に移動した分です。沿岸部から内陸部への移動など、県内移動はさらに進んでいるものと思われます。

図表8 被災3県における転入超過(平成11年~平成23年(3~12月期合計))

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図表8 被災3県における転入超過(平成11年~平成23年(3~12月期合計))

資料出所:総務省「住民基本台帳人口移動報告(平成11年~平成23年(3月~12月))」

年齢別に見たのが図表9です。25歳から34歳、35歳から44歳の女性のグラフが大きくはね上がっています。原発事故の影響もあり、母親が子供を連れて他県へ流出したことが考えられます。男性も、25歳から34歳でグラフが伸びています。働き盛りの男性層の流出も考えられます。

図表9 岩手県、宮城県及び福島県における男女別・年齢別の転出超過
(3~8月期前年差(平成22年/平成23年))

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図表9 岩手県、宮城県及び福島県における男女別・年齢別の転出超過(3~8月期前年差(平成22年/平成23年))

資料出所:総務省統計局「住民基本台帳人口移動報告」

もともと高齢化が進展していたところに、若者が仕事を求めて県外へ出ていく動きがありました。地域の持続可能性、あるいは財政力に対する危機もあります。こうした問題もあわせて、今日は議論したいと思います。

本日のテーマは3つあります。最初に、雇用をどのように創出するのか、産業の復興をどう考えるのかについて、議論します。県によっても、あるいは沿岸部と内陸部によっても違うと思います。ここに今回の復興の難しさがあります。藤沢さんからお願いします。

論点1 沿岸部、内陸部、それぞれの産業振興に何が必要か

藤澤

雇用の場を確保するには、企業や産業が再生する、もとに戻る、復興していくことが重要であり、前提条件です。国や自治体が資金提供して雇用の場をつくり出す雇用創出基金事業がありますが、基本的には企業が再生して、雇用をつくっていくことだと思います。

のほうでも、事業再開や復興支援、あるいは企業立地の促進策または農林水産業の復旧・復興支援策を現在、講じています。一次、二次、三次補正においても、さまざまな政策やメニューを準備し、現在実施しています。例えば、被災した工場のために仮設店舗や仮設の工場を準備して、そこで事業再開していただく。さらに、壊れた建物や企業を復旧するために、グループ補助金という名称で呼んでおりますが、企業を立て直していくための支援策を用意しています。復興特区制度も動き始めております。財政、税、金融といった政策メニューを組み合わせて、より早く動き出していただくことをめざしており、厚生労働省だけではなく、経済産業省、農林水産省、さらに2月に発足した復興庁が全体の取りまとめをして、これからも引き続き進めていきます。

樋口

ありがとうございます。津軽石さんは、まず県は何をやるのかと同時に、国に対する要望であるとか、いろいろなお考えがあると思いますが。

内陸部が沿岸部、県全体を牽引

津軽石 昭彦 岩手県前商工労働観光部雇用対策・労働室特命参事兼雇用対策課長

津軽石

雇用創出については、岩手県の場合、少なくとも県から人が出ていかないようにと考えています。沿岸部と内陸部は、100キロぐらい離れていますが、県内にとどまっていれば、沿岸部が復興すれば、戻れる距離にあります。その意味では、内陸部が、雇用と経済の牽引者として、県内を引っ張っていくことが重要になります。企業誘致や観光に力を注ぎ、まず内陸部を元気にして、その効果を沿岸部にも波及させていこうと考えています。

製造業もサプライチェーンが復旧し、内陸部では民間の自律的な雇用が回復してきました。沿岸部は、水産業が基幹産業であり、水産業の事業所を早期に復興することが重要になります。経済産業省にグループ補助金という事業があります。これはハード整備の4分の3を支援するものです。まずハードをつくり、それから、厚生労働省の事業復興型雇用創出事業を使い、雇用をバックアップする。こうしたことを通して、沿岸部の失業者を減らしていくことが重要です。

それからもう1つは、雇用保険切れが目前に迫り、岩手県でも来年度予算で6,000人分の短期雇用、つなぎ雇用を用意し、雇用を吸収します。こういったことを同時並行的に進めていくことが必要だと思います。

国への要望としては、雇用政策面というより、地域の持続性からいうと、雇用だけではなく社会保障、教育、医療など、省庁横断的な総合的な政策がうまく回れば、地域の人々が安心感を持って、「ここに住み続けよう」「ここで働こう」という気持ちを持っていただけると考えております。こういった調整が今後、大きな問題になってくると思います。

樋口

山本先生からは先ほどのプレゼンのなかで、われわれに2つの宿題を与えてもらいました。1つは、公正な競争という中において、被災企業と非被災企業の公正な競争とは何かという問題です。もうひとつは、復興支援の大義名分のもと、競争力のない、生産性の低い産業が温存されることです。水産加工業のご提案はいただきましたが、もう少し詳しくお話いただけますでしょうか。

戦略性の欠如

山本恭逸 青森公立大学経営経済学部教授

山本

結論から先に言いますと、今の政策に一番欠けているのは戦略性です。グループ補助金のお話が出ましたが、今のままでいきますと、共同事業なら何でも通ってしまいます。それでは資金力のある、ほとんどが輸入原材料に依存した復興で終わってしまいます。

地域の産業連関を考えると、沿岸漁業と結びついた復興シナリオがあるのではないかと思います。例えば、カキは、殻むき以外は、ほとんど自動機械で作業できます。ところが、ほとんどの水産加工会社は自動機械を使っていません。なぜなら、原料の供給が不安定だからです。あるいは通年営業できないことが理由です。自動機械が導入できないため、20人くらいの従業員が人海戦術で対応しています。そのため、なかなか新たな付加価値をつくれません。もちろん、地元原材料にこだわる企業もありますが、今までは地元にしか提供できず、品質の違いを価格に反映することができませんでした。

ひとつのモデルは、先ほどの乾鮑やフカヒレです。超円高にもかかわらず、香港では最高の評価を受けています。3.11以降も、震災の影響はほとんどありません。大きさだけなら、豪州産や中東産の乾鮑がありますが、品質がまったく違うのです。震災後、これだけの円高にもかかわらず、三陸産の乾鮑が圧倒的な優位性を保っています。こういうところを地元の生産者に付加価値として残せる仕組みをつくることが大事です。

地元原材料を使う

もうひとつ、漁村部の水産加工業がめざすべきことは、地元の原料、非冷凍原料を使い、新しいマーケットをつくることです。例えば、地元産の原料、非冷凍原料にこだわり、塩だけで調整した干物や、生の原料でつくった缶詰などです。今までは、地域のローカルマーケットにしか提供されませんでしたが、例えば通販の世界、あるいは大都市圏の高級食料品店など、品質の違いを価格に反映できる世界を切り開いていくことが重要です。そういうことが雇用開発につながってきます。今までのように、量を追い求めるだけでは、量販店に買いたたかれて終わりです。

では、可能性のある三陸産の水産加工はどんなものがあるのでしょうか。先ほどの干物もそうですし、宮古重茂漁協の焼きウニ、三陸の活きた毛ガニ、津軽石のサケなどがあげられます。こういうものが、もっと高く評価されていいと思います。例えば、三陸の毛ガニは、今まで地元の人にしか提供できませんでした。ですから、通販の世界など、品質の違いが価格に評価される世界をつくっていくことが大事だろうと思います。

最後に、第3の選択肢として、土産品の世界があります。お土産の世界は比較的利益率が高くなっています。にもかかわらず、ほとんどが輸入原料を使用しています。輸入原料を使っている中で、どれだけ練り製品のオリジナリティーや特色を出していけるのか。これも第3の選択肢として、検討する余地があります。

樋口

これはデフレ経済の中、被災地でどういうふうに付加価値をとっていくのかという個別企業の戦略であり、それを支える産業政策としてどう考えていくかという問題提起だと思います。これは、国や県の支援でできるのでしょうか。それとも、それぞれの企業が考えていくのでしょうか。

山本

販路を紹介することは、行政の役割として非常に重要です。これは金がかかるわけでも何でもありません。最終的には、消費者がその違いを評価してくれればいいのです。今までは、ローカルマーケットしかなかったので、あまり競争にさらされなかった。もっと、大都市の消費者の厳しい目にさらされること。それは、量販店で売られているものとは差別化されているものをつくることで可能になります。

樋口

ありがとうございました。確かに、政府による支援や自治体による支援というと、資金面のところに目が行きがちですが、本来それとあわせて、情報あるいは指導も重要であるというご指摘だと思います。そこが今、自治体にしろ行政にしろ、人が不足していてなかなかできないところだと思います。伊藤さんはどうお考えですか。

六次産業化をめざす

伊藤

厚生労働省の地域雇用対策室の助成金で雇用情勢の悪い地域を支援する仕組みがあります。全部が成功しているわけではありませんが、いくつかの成功事例を調べてみると、共通項があることに気付きます。それは何かというと、地元が気付いていない食材を加工して高く売るという、はやりの言葉で言うと六次産業化です。

沿岸部の漁業をみると、おいしい魚を獲っても陸揚げするとそのまま仲卸業者に売り飛ばし、漁師には二束三文の利益しか残りません。こうした生産・流通システムを変革しない限り、後継ぎの若者は都市部に流出し続けます。今後の復興過程では、仙台などへの産業・雇用の集積が進展する一方で、沿岸地域では縮小モードから脱却することは、かなり難しいのではないかと思われます。従いまして、沿岸地域の復興計画は、縮小モデルの中でどう生き残るかを考えたほうが賢明です。

逆転の発想を

この前、石巻でカキの養殖を手がける若い漁師さんと話をしましたが、彼らが思いついた改革策は、カキは殻を取るのが大変なので、殻つきのまま出荷するという逆転の発想です。そのためには、それに合ったカキをつくらなくてはいけません。つまり、パックでむき身で売られている、味もそっけもないカキとは違うものを出せば、高く売れるのです。さらに、カキをインターネットで直接消費者に販売することも計画しています。このような逆転の発想をしない限り、沿岸部の漁業は縮小再生産どころか消滅してしまいます。

伊藤 実 JILPT特任研究員

同じように、六次産業化に成功した事例として、厚生労働省のパッケージ事業でも支援した島根県の隠岐の島にある海士町(あまちょう)があります。地元で水揚げされた魚介類は、境港に持っていくと、時差の関係もあり、買いたたかれます。そこに登場したのが、千葉県流山市に本社を構えるアビー社という中小ベンチャー企業です。細胞に電磁波を与えて凍結させる技術が強みで、1年後に解凍しても、磯の香りがプンとする高度なハイテク技術を得意とする会社です。この技術を利用し、鮮度の高さを維持したまま直接、東京などの大都市圏への出荷に成功しています。しかも出荷価格は以前の数倍に跳ね上がっています。

技術革新は、距離のネックを飛び越せる可能性を秘めています。高齢者にはすこし難しいかもしれませんが、若い人なら食らいついていけます。やたら規模拡大を追い求めるのではなく、縮小再生産を念頭に置きつつ生き残る道を考えれば、高付加価値化によって収入を増やすことは十分に可能だと思います。

地場産品を活用

六次産業化の成功事例はほかにもあります。最近行ったところでは、足摺岬で有名な高知県の土佐清水市です。助成金を活用し、サバの加工をしています。鮮度の保持が難しいサバを、陸揚げしてから3時間以内に処理し、漬け丼向けのサバをつくります。ここで処理すると、サバの臭みがまったくなくなるのです。この会社はこうした技術を開発して、今や年商3億円ぐらいまで成長しました。従業員は、隣の第3セクター会社とあわせると、200人ぐらいで、地域最大の雇用の場として活躍しています。

他にも、縮小再生産の中での成功事例としては、北海道猿払村があげられます。全国的には知名度は高くありませんが、知る人ぞ知るホタテ御殿のまちです。ここでは、ホタテで儲かる仕組みをつくりあげました。ホタテ漁をやっている人たちは、稚貝を放流して資源保護をやりながらホタテを加工することによって高付加価値化し、一世帯あたり2,000万円以上の所得になっています。

このように、やり方によっては漁業でも十分、儲けることが可能です。ただ、これまでのように、陸揚げしたものを、右から左に売り飛ばすことを続けていては駄目です。頭を使って知恵を絞れば、道は開けます。

内陸部の産業振興

一方、内陸部の産業振興については、戦略的な企業誘致が求められます。将来の撤退リスクを考慮しない誘致は、とんでもない企業を引き寄せ、あっという間に撤退という結果におわります。

ですから、どういう産業、どういう企業を誘致するかは、県や市の企業誘致課の腕の見せどころです。例えば自動車のエンジンをとっても、ハイブリット化が進むなか、エンジンのセンサーをつくる会社は大変儲かっていますが、昔の鋳物系を誘致したら、大変なことになります。工業団地を造成して、誰でもいいから来てくださいと言うと、とんでもないしっぺ返しを食らいます。今はそういう厳しい時代になっています。戦略性に基づいた企業誘致を進めないと、最後は撤退という憂き目をみます。

あともう1つは、あまりものづくりにこだわる必要はないということです。仙台周辺でも、元気がいいのは、従来の産業分類では位置づけに迷うような「その他のサービス業」といった新興企業です。実際に雇用を増やしているのは製造業ではなく、商業、サービス業、医療・介護、IT産業などで、製造業ではありません。ところが、政府や県が支援しようとしているのは、製造業に偏っています。より精緻な産業誘致政策を展開する必要があります。

人材面でのサポートがポイントに

樋口

ありがとうございました。被災地における復興・復旧の問題は、ある意味、日本全体が抱える問題をクローズアップしているともいえます。

例えばヨーロッパでも、大きな政策の流れをみますと、かつては財政金融のマクロ政策で対応してきました。あるいは産業政策という形で、一国全体の経済をどう改革していくかを考えてきました。ところが、90年代に入ってからは、むしろ地域の雇用戦略、地域の特性をいかに活用していくのか、そしてそのもとに付加価値のとれる産業をいかに育成していくかが注目されるようになりました。今回の震災でもこのような視点からの地域再生の問題が凝縮してあらわれてきていると思います。

ただ、地域に任せればすべてがうまくいくのか、あるいは、ほかの地域でもうまくいくのか、こういうことを考えると、ポイントになるのが人材です。まさに地域の人材が強調されて、ときには行政がやることもありますし、地元の産業界とひとつになってやる、あるいは個々の企業のトップが地域を引っ張っていくこともあると思います。人材をうまくサポートしないと、なかなか進んでいかないと思います。今日の沿岸部と内陸部の問題についても、同じことが言えるのではないかと考えています。

論点2 被災地における雇用政策とミスマッチ解消

藤澤

最初に先ほどのお話について、2点申し上げます。ひとつは行政による販路開拓支援についてです。山本先生が、これだけいいものがあるのになかなか知られていないとおっしゃっていましたが、経済産業省に新製品・新商品の販路開拓を支援する事業があったと思います。ただ、その事業がどのくらい雇用に結びつくかは、わからないところがあります。

藤澤勝博 厚生労働省職業安定局雇用政策課長

もうひとつは、地域の雇用対策で、さきほど伊藤先生がおっしゃったように、今すこし気がかりなのは、地域の雇用格差が広がり出しているのではないかということです。被災3県の沿岸部と内陸部の格差もありますが、景気が少し回復してくると、都道府県別に有効求人倍率をみても、かなり上昇しているところと、横ばいで安定的に推移しているところがございます。業種別に見ると、電機が今すこし厳しい状況にあり、一方で自動車は好調で、それは雇用者数やハローワークの求人についても同じ傾向が確認できます。私どもといたしましても、そのあたりを注視しております。

「守る」「つなぐ」「つくる」

被災地における雇用政策と雇用のミスマッチ解消でございますが、被災地の雇用政策あるいは被災者に対する雇用政策も、基本は従来からの雇用対策と同じだと思います。一言でいうと、3つのポイントがあります。「守る」、「つなぐ」、「つくる」です。「守る」は、雇用維持を企業にお願いすることです。一例ですが、雇用調整助成金を使い、雇用を守っていただくのがそのひとつです。2つ目の「つなぐ」は、マッチングです。ハローワーク、あるいは民間にもお願いして、求人と求職のマッチングに少しでもつなげていくことです。3つ目の「つくる」は、雇用創出あるいは雇用創造、雇用確保です。雇用創出基金事業の話が出ましたが、例えば被災した役場で失われた機能を補うために使っています。震災から1年近くが経ち、今後は安定的な雇用に結びつけていくことが重要になると思います。

ハローワークでミスマッチ解消

ミスマッチの解消については、マクロ面では、早期の産業再生・産業復興をめざすこと、必要とされる分野で人材育成・職業訓練していくことです。ミクロ面では、一人ひとりに丁寧に対応していくことだと思います。ご希望、ご要望を懇切丁寧に伺い、十分な相談を申し上げ、その方に合った仕事をご紹介し、就職していただく。このことの繰り返しではないかと思います。

われわれは、ハローワークにお越しになる求職者あるいは求人者の希望を大切にしたいと考えております。自分の生まれ育った地域で、もう一度再生して、もう一度働きたいとおっしゃる方が非常に多くいます。震災前と同じ仕事をやりたいという方が非常に多いわけです。水産加工業で働いていた方は、水産加工の仕事をしたい。飲食、宿泊、観光業で働いていた方は、ハローワークの窓口にお越しになっても、同じ仕事をしたいとおっしゃいます。そういう希望を最大限尊重できるように、全力で努力していきたいと思います。

樋口

ありがとうございました。経産省の販路開拓の政策的サポートなど、いろいろなメニューが用意されています。しかし、それらを活用する側の立場にたったとき、どこまでそれを知っているかという問題があります。これは日本だけの問題ではありません。例えば、フランスでは地域雇用戦略のコーディネーターがいます。コーディネーターは、EUの政策や支援策、あるいはフランスの政策、さらに州の支援策など、いろいろな施策がある中で、それに精通し、なおかつ、それを産業再生に使うことができるかというところをうまくコーディネートしています。日本でもある意味、こうしたプロフェッショナルが必要になってきていると思います。

津軽石さんは県のミスマッチ対策について、パーソナル・サポートも含めて、きめ細かな個人のサポートが必要とのご指摘でした。ミスマッチの解消あるいは全体的な雇用政策では、どのようにお考えですか。

短期雇用から長期安定雇用へ

津軽石

岩手県ではピーク時に1万3,000人いた失業者が、24年1月には約半分まで減っています。その多くは、つなぎ的な短期雇用に一時的に吸収されています。こういう方々を今度は安定的な雇用にスイッチしていくことが第1点です。

第2点は、雇用保険切れが指摘されていますが、そういう方々に対する当面の対策として、つなぎ雇用を準備しています。被災地における雇用創出政策は、大きなものとして、以上の2点になります。

ツールとしては、グループ補助金と事業復興型雇用創出事業のセットで、企業復興と雇用を支援するのが長期安定雇用の創出につながります。短期雇用については、従来の基金事業を活用したつなぎ雇用になります。

ミスマッチの解消に向けて

ミスマッチについて申し上げると大きく3つあります。ひとつは雇用創出です。先ほど申し上げた雇用創出により、全体のパイを増やしていくのが第1点です。2点目は、パーソナル・サポート事業のように、被災した失業者の方々に、きめ細かく、一人ひとりにマッチした処方箋をつくっていくことが重要です。そういった意味での就業支援が必要であると思います。最後の1点は、被災地でよく聞かれる話ですが、いろいろな職業訓練をやるのですが、使う側からすると、実務経験がないと駄目だと言うのです。例えば建設業者では、ただ重機が使えるのではなくて、実際に工事に参加して重機を扱ったことがあるかどうか。介護・福祉であれば、ヘルパーの免許を持っているだけではなく、実際に施設で働いた経験があるか。このように、現場では即戦力が求められています。そういった意味では、私どものほうでも従来からやっております雇用対策基金事業の中で、人材会社を使った事業があります。これは、人材会社で失業者を雇ってもらい、資格のない人は資格を取得してもらいます。その後、人材会社の社員として、企業や施設で実務経験を積んでいただき、その上で、その方がよければ、その企業等の社員として継続的に働いてもらうものです。こうすることで、人材の実務経験について、雇う側のリスクを低減していくことにつながり、マッチング対策として有効ではないかと考えております。

地域間の労働移動をどう捉えるか

樋口

最初から正社員での雇用はなかなか進まないことを考えると、資格を取得し、最初は有期雇用であっても、これを正社員に転換していくといった、一連の流れの支援が重要になってきているのかもしれません。山本さんはいかがでしょうか。

山本

職種のミスマッチなど、確かにいろいろなことがありますが、一番根本的な問題は、地域間の労働移動は悪かということです。私が問題提起したこの部分については、明確な回答を持ち合わせていません。藤澤さんのお立場からすれば、オールジャパンで考えた労働需給が大事でしょう。一方で、津軽石さんのお立場からすると、岩手県全体で見たときには、そうは言うけれどもとなります。ここのところをどう考えるかによって、まったく違ったものになると思います。

樋口

それだけ、そう簡単には答えられない難しい問題だということもあります。おそらく立場によって違ってきます。行政の立場だけではなく、住民の立場によっても、置かれた環境により、考え方は大分違うのかと思います。伊藤さんはどうですか。

安心してUターンできる仕組みを

伊藤

人口流出は、産業や雇用創出との兼ね合いで、完全には食いとめられないと思います。むしろ、最初から流出をとめようとするのではなく、1回出ていってしまった人をもとに戻せるUターンやIターンの仕組みが大事です。

どういう意味かというと、ビジネスの世界では、地方より東京のような大都市圏で経験したほうが技能や技術が向上します。30代に入ると、就職した東京の会社で、将来出世できるのかどうか、先が見えてきます。そのころ、「そろそろ故郷に帰ったらどうか」と言うと、乗ってくる人もいます。

群馬県川場村には田園プラザという道の駅があります。ここが地域振興の核になっています。そこのマネージャーは、東京の元商社マンです。40歳ぐらいになり、商社での先が見えてきて、タイミングよく、村に戻ってきました。給料は半減したけれども、幸せそうな顔で仕事をしています。彼は、東京の最前線のビジネスを知っていますから、地元の人が経営するよりもはるかに良い結果を出せます。10人出ていったら、1人か2人帰ってくれば御の字です。

それから最近、地方自治体で若手の市長や町長が誕生しています。個人的に、この市長は仕事ができるなと思うと、大体Uターン組です。東京の大学を出て、東京の会社に勤めて、あるとき意を決して戻った人たちです。先ほどご紹介した、隠岐の島の海士町の町長も実はUターン組です。海士町は町長がものすごい努力をして、日本海の離島にもかかわらず、人口が増えはじめています。流出はすべてが悪ではなくて、無理にとめないで、むしろ戻すという発想が重要だと思います。そう考えると、政策のスタンスもすこし変わってくるのではないかと思います。

長期失業者の再就職には時間が必要

それからもう1つ、ミスマッチに関しては、基本的に仕事を創出するしかありません。新しい仕事に就くには、時間がかかります。私もハローワーク新宿で20人くらいの長期失業者に面談したことがあります。1人に2時間程かかります。長期失業者は、いろいろ深刻な問題を抱えています。そういう人に、例えば水産加工場は再建できないから、建設作業者になれといっても、そう簡単にはできません。考え方を変えるには、かなり時間がかかります。それも、同じ人が何度も説得する必要があります。とても時間がかかるものです。被災された方はいろいろな心の傷を負っています。建設業に仕事があるから、再就職したらどうかというのでは効果がありません。ハローワークの職業相談には、余裕のある中高年のベテランの人を東京などから援軍で送るといった工夫も必要ではないかと思います。

樋口

ありがとうございます。これは、ほとんどの国が行っているアクティベーションというものです。各国がいろいろな経験を持っており、また日本も持っていると思います。こういった先行事例の好事例や問題点を参考にしながら改善し、取り入れていくということも大事ではないかと思います。

論点3 被災者の生活支援に何が求められるか

樋口

震災から1年がたち、失業給付は再々延長しましたが、1月から給付切れの人も出はじめています。地域によっては、沿岸部を中心に、自営業など雇用保険に入っていない人たちも多くいます。そういう人達の生活支援を今後どうしていくのかということです。これは雇用政策の範囲を超えた話かと思います。

ハローワークの支援の取り組み

樋口・藤沢:開催報告<パネルディスカッション>

藤澤

生活支援については、先ほどの山本先生のお話と関係するのですが、去年の3月から5月にかけて、被災者を受け入れたいという求人が、全国のハローワークにたくさん寄せられました。寮や社宅があるので、よかったら来て下さいというお話を多くの企業からいただきました。こうした求人情報を、被災地のハローワーク職員が避難所に訪問して、ご紹介申し上げました。しかし、あまり応募はございませんでした。やはり、地元でもう一度という方が非常に多かったのが現状です。

このように、生活支援という意味では、避難所や仮設住宅へハローワークの職員が出張相談という形で訪問して、現在も相談に取り組んでいます。また、臨床心理士などにもお願いをして、心の健康相談もハローワークで実施しています。それから、今までは自営だったけれども、雇われてもいいから働きたいという方は、ハローワークにお越しいただければ、お仕事を紹介しております。是非、ご利用いただけたらと思います。

支援の仕事を雇用に変える

津軽石

被災地では、転職や再就職に伴い、賃金が多少減っている部分があります。そういった部分では、生活ができるレベルの賃金が得られるようにすることが第一だと思います。ただ、賃金は急に上がるものでもありません。その意味では、福祉政策や住宅施策、医療あるいは教育なども含めて、いろいろな形のサービスを、自治体が中心に進められる仕組みをつくることによって、実質的な賃金の目減りを補うことができたらと、個人的には考えています。

あと、緊急雇用創出事業として生活支援そのものを雇用として使っていく仕組みがあります。仮設住宅のいろいろなサービスを雇用に変えるものです。例えば、仮設住宅にお住まいの方々が1日何度か、お年寄りに声をかけたりする見守りサービス、あるいは、いろいろな相談事をコールセンターで聞くとか、こうした生活支援の仕事そのものを雇用に変えていくということがひとつあるのではないかと思っております。

パーソナル・サポートが重要

山本

結論から言いますと、NPOであろうと非正規であろうと、働いてもらうのが第一番だと思います。そのためには、心の瓦礫を処理するのが先決です。そこでまさに、産業カウンセラーの役割が重要になってくると思います。まずそこから始めないといけません。いきなり、正規雇用で高い労働条件を望んでも、難しいと思います。やはり、個別の対応、パーソナル・サポートに行き着くのではないかと思います。

情報交換の場と意識改革が必要

伊藤

個人的には、仕事についている人も、ついていない人も、求職者も含めて、被災地で一番不足しているのは、情報交換の場です。仮設住宅でも、井戸端会議の場がないと、孤立してしまいます。例えば昔、人材銀行で情報交換の場をつくったら、求職者がみんな集まり、情報交換していました。後でアンケートをとると、それが一番役に立った、心強かったという回答が寄せられました。被災者の生活支援においても、ぜひそういう情報交換の場をつくることをおすすめします。

あと、職業訓練には意外な力があります。昔、東京九段の職業訓練施設にホテル・レストラン学科がありました。教えるのは、ホテルオークラのフロアー・マネージャーで、再就職率は8割以上に達します。受講生のなかには、元自衛官もいましたが、時間をかけて意識改革することで、前職とかけはなれたホテルに再就職することができました。職業訓練も、意識改革させた後うまくやれば、相当効果は高いと思います。ただ、意識改革をしないでやると、ただ参加するだけになり、効果はありません。まずは意識改革できるような仕組みをつくることが重要だと思います。

殻の保護より翼の補強

樋口

ありがとうございました。今日得た教訓を考えますと、仕事をすることは、ある意味、経済的なメリットだけでなく、心の整理にもつながってくると思います。いつまでも仕事から離れていると、会話もなくなり、自分たちの誇り、職業的なプライドも時には失われてしまいます。山本先生がおっしゃった心の瓦礫の処理が非常に重要になってくると思います。徐々に徐々に、心を癒しながら新しい仕事に向かうという転換を果たしていくことが、そしてそれを支援していくことが大事ではないかと思います。

開催報告<パネルディスカッション>

欧米で言われているもので、「殻の保護より翼の補強へ」という言葉があります。殻というのはシェルター、貝の殻です。殻に入っていれば安心です。ときには、殻をつくることも重要です。同時に、そこから飛び立つ、みずからの能力を高めていく、適切な情報を提供し、相談にのっていくことにより、翼の補強をしていく必要があるのではないかということです。震災から1年経った今、まさにそういう状況になってきているのではないかと思いました。

甚大な被害が出た大震災ですから、そう簡単には物事が解決するとは思えません。徐々に徐々に、復旧・復興に向けて、心の復旧もあるでしょうし、また仕事についても、それらをみんなで協力し、支援していく。そして何よりも、自分からそうしたものに積極的に取り組める環境をつくっていくことが重要です。「働くことが損にならない」という言葉も出ましたが、そういった制度の見直しも必要ではないかと、このシンポジウムに参加して、考えさせられました。

<プロフィール>

※報告順

藤澤勝博(ふじさわ・かつひろ)

厚生労働省職業安定局雇用政策課長

1984年労働省入省。2010年7月より現職。

伊藤実(いとう・みのる)

労働政策研究・研修機構特任研究員

1979年法政大学大学院博士課程修了後、雇用促進事業団雇用職業総合研究所研究員、労働政策研究・研修機構統括研究員等を経て、2009年4月から現職。商学博士。専門分野は、人事管理論、産業・経営論。明治大学政経学部講師、東京商工会議所労働委員会委員などを兼務。著書に『地域における雇用創造』、『21世紀のグランド・デザイン』などがある。

山本恭逸(やまもと・きょういつ)

青森公立大学経営経済学部教授

1977年3月明治大学大学院政治経済学研究科修士課程修了。同年4月財団法人日本生産性本部入職。1998年3月同離職。青森公立大学地域研究センター主任研究員を経て、2003年より現職。主な著書に『コンパクトシティ』(ぎょうせい、2007年)、『ドイツに学ぶ木質パネル構法』(市ヶ谷出版社、2004年)、『実務者のためのソフトウェア産業人事制度』(コンピュータ・エージ社、1993年)などがある。

津軽石昭彦(つがるいし・あきひこ)

岩手県秘書広報室調査監

岩手県前商工労働観光部雇用対策・労働室特命参事兼雇用対策課長

1982年岩手県入庁後、法務、行政改革、環境、議会等の担当を経て、2010年から本年3月まで、リーマン・ショック後の雇用対策を担当。仕事の傍ら、岩手県立大学総合政策学部非常勤講師も務めている。

樋口美雄(ひぐち・よしお)

慶應義塾大学商学部教授

1980年慶應義塾大学大学院商学研究科博士課程修了、1991年より同大学教授。商学博士。2009年より商学部長・大学院研究科委員長。オハイオ州立大学経済学部客員教授、国民生活金融公庫総合研究所長を経て、現在、日本学術会議・会員(経済学委員会副委員長)、内閣官房・雇用戦略対話構成員、内閣府・統計委員会委員長、中小企業庁中小企業政策審議会委員、日本経済学会副会長等兼務。専門は、計量経済学・労働経済学。最近の主な著書に『グローバル社会の人材育成・活用』(樋口・財務省財務総合政策研究所編著、勁草書房、2012年)、『非正規雇用改革―日本の働き方をいかに変えるか』(鶴・樋口・水町編著、日本評論社、2011年)等多数。