パネルディスカッション:第57回労働政策フォーラム
経営資源としての労使コミュニケーション
(2012年1月24日)

<パネルディスカッション>好ましい企業風土づくりは、経営者の経営姿勢の確立から
パネリスト
赤塚 一
資生堂労働組合中央執行委員長
恩田 茂
ケンウッドグループユニオン中央執行委員長
山田 茂
株式会社山田製作所代表取締役社長
呉 学殊
労働政策研究・研修機構主任研究員

コーディネーター
濱口 桂一郎
労働政策研究・研修機構統括研究員

論点1 非正規労働問題

濱口

パネルディスカッションをはじめます。

濱口

各報告者のお話の中から、もう少し展開したほうがいいのではないかと思われるテーマを取り出してみたいと思います。1つめは非正規労働者の問題です。それぞれの組合なり、会社として、この問題にどのように取り組んでいるのか。山田社長は、ご自分のところというよりは、日本社会における非正規問題について中小企業経営者としてどのような考えをお持ちなのかという観点から、それぞれコメントをいただければと思います。それでは資生堂労組の赤塚委員長、よろしくお願いします。

赤塚

非正規の取り組みは大変苦手なテーマで、なかなか思うようにいきません。とらえ方もたくさんあるかと思います。非正規といいますと、パートなど正規の社員ではない方たちということになりますが、処遇面の格差の問題が日本全体にさまざまな現象としてあらわれています。国の活力だったり、将来性だったり、若い人たちの夢や希望までもなくしてしまうような大きなテーマだということはわかるのですが、それに企業の労使がどう向き合うのかという困難さを感じるところがあります。

これは単に賃金を上げればいいという話ではありません。資生堂の組合の中でも、例えば工場については組織率が3割を切るような状態になっています。同じ工場で働く者どうしなのに意識にギャップが生まれてきています。同じ働く仲間でありながら、使う側と使われる側になり、管理する側と管理される側になってきて、そこにギャップが生まれます。そこをどうやって越えていったらよいのか、とても難しい面もあります。理屈では、適正な格差を認め合いながら(納得しながら)、全体としての目標を共有し、お互いの役割を果たすことで成果と達成感を得られることができないかと考えています。

2008年の賃金交渉

すこし古い話で恐縮ですが、2008年の賃金交渉のとき、そのことを取り上げました。組合の中で非組合員のことを取り上げると、「何で組合費を払っていない非組合員のことを考えるのか」「そこまでやる必要があるのか」「その条件で納得して働いているのだから」ということにもなり、組合員の意識を変えたいと、3年かけて2008年まで持ってきた経緯があります。

赤塚

赤塚氏

そのとき何をやったかというと、賃金交渉の組合要求案で組合員のベースアップは130円(物価上昇分)、非正社員は処遇向上分の870円としました。これを私たち中央執行委員会の中で議論し、職場懇談会で、多くの組合員に非正規組合員のことを考えて欲しいと思いました。しかし、中央執行委員会で、「何でそんなことをするのか」「組合員がそんな要求に納得するわけない」と、皮肉なことに組合員のことを検討するよりはるかに議論が盛り上がりました。さらに、今まで組合員へのアンケートをお願いしてもなかなか返ってこなかったのが、各支部で自発的(勝手)に反対を意図するアンケートをすばやく進め、結論を出す執行委員会ではすごいエネルギーで反対を主張していました。

一時金は一律1万円を要求

そのような状況ですから、中央執行部の案としては最終的にまとまらず、要求を変えることにしました。ベースアップは組合員130円で、非正社員の処遇向上はなし。でも一時金の要求では、組合員も非組合員も一律同額の1万円にしました。ベースアップは無理だったけれど、一時金に形を変えて1万円を会社に要求しました。交渉で会社が組合だけの回答や回答金額に差を付けてきたら、組合は一切受け付けないことも決め、そこはもう絶対に引かないという感じでした。

交渉結果は、この要求をつくった時点で想定ができました。組合員と非組合員で割れるような回答を会社が出したら、会社が非正規社員の方たちをどう思っているかわかってしまいます。非正規社員の方たちがいて今の資生堂が成り立っているのです。工場は特にそうです。いい製品をつくろうと思ったら、お互い力を合わせていこうと、一体感を持たなければ、安定的にいい製品を供給できません。会社は、満額の回答をしてきました。それだけではなくさらに会社は、組合の要求の上をいきました。会社の想いを形にしたフレグランスをつくり、従業員全員に支給したと思います。

正社員化に道筋をつける

私がやりたかったことは、今の会社の業績も、私たちの環境も処遇も、非正規社員の人たち抜きには考えられないということを、組合員(正規社員)に真剣に考えてほしかったのです。同時に、それを要求することで、会社にその人たちの存在を会社全体で顕在化し、雇用とか、正社員化に向けての考え方をしっかり出してほしかったのです。それまでは、どちらかというと水面下に隠して出したくない。そのことはあまり触れてほしくないといった、非正規社員のことは事業所の裁量に任せているといった側面がありました。しかし、それは違います。具体的に示さずとも経営の大きな方針(利益体質強化)の中で起きていることではないのでしょうか。国全体の中で起きていることだと言えるかもしれませんが、そういうことに対して、会社がきちんと向かい、労使で話し合うという道筋を立てて資生堂としてできることから改善を図る姿勢が必要です。

交渉としてのテーマ性はあり、その後、工場では社員登用に向けた制度が導入され、販売第一線の美容職の社員登用に向けて大きく進み出しました。

このように、資生堂労組ではさまざまな取り組みを進めてまいりましたが、組合員一人ひとりの意識を変えていくことについてはまだまだやっていかなければならないと考えております。

濱口

ありがとうございました。今のお話は、先ほど呉研究員が、最後に駆け足で言ったUSRの4つの側面の中の3つめ、非組合員に対するUSRともつながると思います。逆に経営側から見ると、組合に入っている正社員だけではなく、組合に入っていない非正社員も、やはり経営のパートナーなのだという観点にもつながるので、大変興味深いお話でした。

それでは、非正社員の問題について、より進んだ形で取り組んでいるケンウッドの恩田委員長、お願いします。

働く仲間はどこまで一体になれるか

恩田

私たちがこの問題に取り組んだのは、すべてに共通したことですが、少なくとも働く側はどこまで仲間として一体になれるかということです。私たちは電機連合に所属していて、産別でも非正規の組織化方針があります。しかし、目に見える形で進んでいるかというと、すこし疑問を感じます。

恩田

恩田氏

うちの携帯電話のショップを運営しているグループ会社(正社員が40人位、残り120人位が有期契約)で、労働組合を立ち上げようとなり、まず有志のメンバーを集めて懇談会を開きました。準備委員会のメンバーのひとりが、「正社員だけの労働組合をつくろう」と言い始めました。何故かと尋ねると、「処遇が違うし雇用形態も違う。一緒にはなれないのではないか」と答えました。私は、正論として、労働者代表性からしても、3、40人の正社員組合が150人の代表と言えるのかと彼らを追及するわけです。

そのとき私が感じたのは、働く側の仲間が一体になれないで、自分たちの方針や要求を通すことができるのかということでした。要求以前に、せめて働く側としては一体にならなければいけないと思いました。グループに組合を広げたときもそうですが、どこかにしわ寄せがいき、自分たちだけがよくなろうという考えが心の片隅にあるとしたら、それは大変間違った方向だと思います。そんな思いで、運動をしていても、組織化は低下するだけだと思いました。

組合側はひとつにまとまる

そのとき、これは組合側の問題であると感じました。経営側はいろいろな課題に対応し、直面しておりますから抵抗感もあるのでしょうが、せめてわれわれ組合側は、ひとつになっていこうということで、最終的には合意を得られたわけです。

しかし、内実はそんな簡単な話ではありませんでした。全国をオルグして、一人ひとりと話すのですが、それをあえて正社員の準備委員のメンバーに行かせました。彼らは愛情や仲間意識というものを当然持っているわけです。その仲間意識のどこかに線を引くというのは、おかしな話だということを、彼ら自身に理解してもらうため、全国オルグに同行させました。最終的には、働く側として一体になっていこうということで合意が得られ、今日のケンウッドグループユニオンの非正規の取り組みにつながったと思います。

非正規組合員も正規と同じ権利義務

例えば組合費などを配慮しているうちは、やはり一人前として認めていない証拠ではないかと思います。私たちは、非正規の組合員にも、正社員と同じ比率で組合費を払ってもらい、その代わり特別組合員ではなく、正規の組合員メンバーとして選挙権も被選挙権も同等に与えて一緒にやっていこうと決めました。

彼らこそ、より現場に近い人たちですから、いろいろな意見や問題点も挙げてくれます。私たちは本当に、配慮という形ではなく、正規のメンバーとして組合に加入してもらい良かったと今は思っています。

濱口

ありがとうございました。親会社・子会社の境目のないグループユニオンという考え方と、そして今の正規・非正規の境のない組織化というのは多分つながっているのではないかと思います。

山田社長からは、大阪の中小企業の社長という立場から、今の日本の非正規問題について自由にコメントをいただければと思います。

新入社員の家庭事情

山田

山田製作所は8年前から高校の新卒を採用しています。新卒採用のなかで、高校の先生や校長先生との懇談で、気づいたポイントをお話します。

山田

山田氏

2年前に入ってきた女子社員がいます。入社した瞬間にお母さんが扶養家族になりました。今年の4月1日、また新入社員が1人入ってきます。成績表をみると、そこそこ優秀な生徒です。採用面接のとき、クラブ活動をしてない理由を尋ねました。すると、「家計を助けるため、アルバイトしていました」と言います。

この前、今の日本の情勢の報告を聞きました。2010年の1年間を通じて勤務した人のうち、年収200万円以下の人が1,045万人にのぼるそうです。およそ5人に1人、女性に絞ると42.7%が年収200万円以下の所得になります。年収200万円以下が1,000万人を超えているのは、2006年以降毎年のようです。私はこの数字の深い意味までは、はっきりわかりませんが、何か貧困化が進んでいるのではないかと薄々感じています。

ニートとフリーターの問題

2003年に大阪の府立高校で授業をしました。進学校からずっと並べていきますと、一番下に近い学校です。「働く意味とは何か」ということを、ものづくりの代表として話しました。そのころは2003年ですから、ちょうどニートやフリーターという言葉が世の中に広がり出したときでもあります。国も若年者の就業支援ということでジョブカフェなどをつくり出したころでもありました。授業に行ったときに、校長先生からこういう質問を投げかけられました。「山田社長、中小企業経営者として今のニート、フリーターの問題をどうお考えですか」と。正直申し上げて、私は十分な回答を持ち合わせていませんでした。何か適当なことを言い連ねて、お茶を濁しました。

20歳までに5回の挫折

そのとき、校長先生がこう言いました。「うちの高校にきている子たちは、バブル崩壊など景気の悪化がなければ、私立のこのあたりの高校に進学できた子供たちです。しかし今、府立高校というのは、格差社会と一緒で、進学校と底辺校にボンと分かれています。だから仕方なしに、この学校に来ているのです。ここで1回目の挫折を味わいます。はなから家庭の事情で大学の進学なんてあきらめています。これが2回目の挫折です。高校を卒業するとき、就職先が1社もなく、仕事に就けません。3回目の挫折を味わいます。何とか潜り込んだ会社で、アルバイトや派遣で一生懸命働きます。会社はそのうち正社員にすると言いながら結局、正社員には登用しません。4回目の挫折を味わいます。彼らは20歳になるまで4回も5回も挫折を味わうことになります。これではニートになりますよ」。この言葉は、私の胸にズキンと突き刺さりました。今でも突き刺ささったままです。

中小企業の存在意義

そこで、中小企業の存在意義は何かということを考えてみました。世にある中小企業、もちろん零細企業も含めて、年に1人、それが無理でも3年に1人でも計画的な採用、場当たり的ではなくて戦略性を持った計画的な雇用を維持していく中小企業が1社、2社と増えていくことが、こうした問題を解決していくことにつながっていくのではないかと感じました。今の世の中、派遣とかそういうのを、手法とかテクニックで考えてしまっていますが、そうではないのです。若年者層に絞って申し上げますが、雇用をしっかりと担保していく世の中の仕組みをつくっていかなければならないということを、そのときから考え出しています。

正社員化とは何か

赤塚

うまく整理がついていないのですが、言い残したことがあります。正社員化とは何かと考えますと、やはり第一義として安心して働ける環境をつくるということだと思います。震災で私自身ものすごくダメージを受けました。3カ月ぐらい組合活動ができませんでした。テレビを見ても新聞を読んでも涙がこぼれ、自分はこんなことをしていていいのかと思いました。何にもできない自分が情けなくて、組合の委員長であってもお役に立てないという気持ちもありました。原発事故のこともあり、やはり日本が大切にしてきた技術や安全は何だったんだろう、事故後もあれだけいろいろな機関や専門家が関係していながら、こんなにいいかげんだったのかと思いました。

そんな悲惨なことが起きましたが、その中で唯一、世界中の人が賞賛し、日本の素晴らしさを認めてくれたことがあります。被災された方たちの強さとひたむきさ、あの中でも秩序をしっかり持っている姿だったのではないでしょうか。自分のことと同じく、または以上に自分以外の人のことを大切にできる自他共の幸福感、日本人の素晴らしさ、ほんとうの強さを、不幸のどん底にあった被災地の皆さんが示してくれたのではないかと思うのです。足元にもどり正規、非正規社員、その他の格差の問題も人として何がもっとも大切か原点に戻って考えれば、皆が幸せであることが自分の幸せでもあることに繋がり、本質的な解決の糸口が見出せるのではないか、また自分たちにできることから創っていかなくてはならないと思います。

安心して働ける環境を

そうすると、やはり安心して働ける環境をつくる。それは一企業の中では正社員化だと思います。組合は組合員の処遇向上をどう考えるのか、会社にしてみたら人件費をいかに削減するのか、相反する課題が見え隠れしますが、その現実から避けるのではなくオープンにして労使で話し合い一緒に考えていかなければならないと思います。

今の組合はメンバーシップみたいに自分たち(組合員)のことを考えます。でも周りの状況はそうではないのです。自分だけが幸せではなく、自分以外の人も幸せになってほしいという思いに立つことが、自分たちも安心して働ける環境に近づいていくのではないかと思います。簡単なことではありませんが労使で話し合うことで、安心して働く環境をつくることができ、会社が生産性をいい形で高め、伸びていくのではないかと思います。

経営者へのお願い

経営者の方たちに、ぜひ考えてほしいことがあります。利益を上げることはもちろん、大切なことだというのはよくわかりますが、よく言われますが目先のことではなく長期的な視点で経営を考え、社員を大切にしていただきたいのです。日本の将来とか、それから今、山田社長からお話があった若い人たちのことに関しても、国や政治、時代感などの他責ごとにせず、今まで以上に大切にしていただき、小さくても自分たちの会社でできることを考え形にしていただきたいと思います。そうしないと誰もが日本のことや自分の将来に不安を抱いて、夢も希望も描けない国になってしまうのではないかと感じます。労働組合も、今こそ変わる時です。労働組合の社会性や働く者すべての代表としてその存在をしっかりと示すときです。問題を避けることや先送りをせず、きちんと向き合うことが大事ではないかと思います。

濱口

組合もまさに今、赤塚委員長が言われたように組合員だけのことではなくてUSRという形で考えていく必要があるというお話でした。今まで議論の中で、いろいろな素材が出てきていると思うのですが、CSRあるいはUSRという観点から、改めて今、企業なり、あるいは労働組合なりがとるべき道はどういうものであるのかということについて、それぞれご意見いただければと思います。恩田委員長からお願いします。

論点2 USRについて

恩田

USR。そんな格好いい言葉で考えたことはありませが、例えば、僕らがおつき合いしている労組からお話を聞くと、何年もかけて労使関係を構築し、よりよい労使関係が生まれて、会社をよくしていきましょう――、そんな話し合いができているところばかりではありません。例えばあるレコード関係の会社では、経営が外資系のファンドに変わっていきました。彼らから、「恩田さんのところは、何年もかけて話ができるからいいよ。うちは、明日にでも経営者が変わるかもしれないから」と言われます。確かにそれを言われると、「うーん、明日、日本語を話さない経営者になるかもしれない、そんなときに何年もかけて労使関係を構築することができるのか」と考えたりもします。そのあたり、私が先ほど申し上げた、線を引いてはいけないのだとすれば、そこで何ができるのかということになります。やはり、われわれがあるべき姿というものを真剣に考え、労働組合があるところはせめて考えて取り組んで、例えば法律で裏打ちをしていくだとか、そういうことをしないといけないのかと思います。

労組に経営チェック機能を

すこし話が飛びますが、うちの非常勤の取締役に弁護士さんがいます。彼に組合でコンプライアンスのレクチャーをお願いしたことがありました。会社の取締役ですから、経営陣の一角です。その彼が、「会社というのは利益を追求するために手段を選ばない、そんなDNAをもつ存在だ。だからこそ、労働組合は監査役機能として、その責任を果たしてもらわなければいけない」と言いました。

過去、企業不祥事というのが、いくつか起きました。労働組合のある企業もその中には含まれています。労働組合が本当に何も知らなかったかというと、実は僕らも社外秘と言われながら話を聞くこともあります。やはり、現場抜きに伏せることはできないと思います。

労働組合がそういうところで果たしていかなければならない役割も当然あります。ドイツでは経営の監査役は労働組合がその一角を担うというようなことが法律にありますが、日本では法律でそこまでは言われていません。会社の経営者の一角である取締役が、「労働組合は経営チェック機能を果たさなければいけない」と指摘するくらいですから、僕はそういう機能も一方では必要ではないかと思います。

USRという意味とは、すこし違うのかもしれませんが、何かそういう全体的な新しい動きみたいなものに対して、せめてわれわれが取り組めるところは取り組んで、先行的な事例をつくり、法律で裏打ちしていく動きが必要だと思います。同時に、会社に対しては経営監査という機能を果たしていくということが求められているのだろうと思います。逆に組合がそういう機能を担えば担うほど、会社側は、経営に対しても責任を持たなければいけなくなると思います。

労組は利害関係者にも責任を

ステークホルダーとして、労働組合が責任を果たしていかなければならない、例えばグローバル化が進行するなか、発展途上国の労働者の皆さんにしわ寄せがいく一方で、先進国であるわれわれの労働者だけが潤っているのではないかということもあります。同じように、関連会社や下請会社にしわ寄せがいき、親会社だけが潤うということになっているのではないか。やはりわれわれ働く側がチェック機能を果たし、運動体として盛り上げていかなければならないと思います。

濱口

ありがとうございます。レコード業界のファンドの話はまさに今、世界中で問題になっているファンド資本主義の問題で、これはおそらくどういうレベルでそれに対抗していけるのかという話につながっていくと思います。監査役機能の話は、昨年末に法制審議会でも議論していたもので、日本でもまったく議論されていないわけではありません。さらに、サプライチェーンの先のほうの途上国の労働者のことをどう考えるかも、これだけグローバル化が進行した中で、日本の労働組合が外国の話だから関係ないと言い切れる話でもありません。

それでは山田社長の立場から、CSRあるいはいろいろ外から見ていてUSRという観点からお願いします。

中小企業の社会的責任

山田

CSRについては、中小企業の経営者として以前から考えています。社会的責任とは何なのか。もちろん税金を払うとか、そんなのは当たり前としても、ならば環境活動もそうなのでしょうか。社内は徹底した整理、整頓、清掃で、会社の周りや地域も定期的に清掃しています。それもCSRなのでしょうか。もちろんそうなのですけれども、もっと中小企業の立場として社会的な存在意義、責任を果たしているということに気づいてくるのです。

世の中の企業数の99.7%は中小企業です。それから就業人口、統計では70%、80%と言われますけれども、間違いなく70%以上の就業人口は中小企業で働いています。これはもう間違いのないことです。日本の経済は中小企業が支えているのだという自負を持って経営をしております。このあたりについては、国も2010年6月18日に中小企業憲章を閣議決定しました。この前文の1行目は、「中小企業は経済を牽引する力であり、社会の主役である」という言葉ではじまります。国も中小企業の存在をしっかりと認めている証拠です。しかし、社会貢献が何かということは、なかなかピンと来ません。

被災企業でも雇用を維持

東日本大震災で被災した岩手県の陸前高田市には、八木澤商店という醤油屋さんがあります。ちょうど先週の土曜日、その八木澤商店の9代目社長がNHKの9時の番組に出演していました。津波で工場も事務所もすべてなくしてしまいました。その津波が3月11日に起きて、翌月の4月1日に、同友会で合同入社式を開きました。2人の新卒社員を迎え入れ、涙ながらに、「この陸前高田を復興させていく担い手として一緒に頑張ってほしい」ということを訴えていました。

こうした事例はほかにもあります。私は大阪です。あの阪神淡路大震災のとき真っ先に、「うちの工場はまだ水が出る。ここから汲んで持っていって」と声を上げたのが、地域に根を下ろした中小企業でした。また、今ちょうどニュースでJR西日本の社長が有罪か無罪かと報じられていますが、あの福知山線の脱線事故でも同じです。現場近くの日本スピンドルという、これは大手の工場ですが、事故発生時、仕事を全部とめて、現場に駆けつけ、けが人を救出しました。何かあったときに、まず真っ先に動き出すというのが、地域に根を張った中小企業ということなのです。

中小企業の社会貢献

社会貢献とは何かということを、経営者仲間とよく話し合います。利益の上がっている会社か、売上げが高い会社か。いや、そうではないのです。何かパッと輝くというか、ぼやっと光っている。何かそういう企業があり、それに刺激を受け、その周りの企業もまたポッと輝き出す。さらにパッと輝き出す企業がその地域にぽつぽつとあらわれはじめる。それを見ていた地域の金融機関、行政、経営者が、一緒になって地域を活性化させていく。そのスパイラルがぐるぐると回っていくことが地域貢献ではないかと思います。

それならまず、ポッと真っ先に輝く企業になっていくのはどんな企業でしょうか。それがまさしく人を、社員を本当に中心に据えて経営をしている企業ではないでしょうか。そうしたら、俺たちではないかという気持ちになってきますよね。俺たちがこの地域をほんとうによくしていかなければならない。この地域をよくしていくということは、イコール地域に根差す企業が元気になることです。

ですから山田製作所の見学は無料です。これは、「ええ格好しい」ではありません。そういうパッと輝く企業を1社でも増やしていくのが、企業としての責任ではないかと考えています。

濱口

何かあったときにさっと動ける、それがまさに地域に根差した中小企業だということです。おそらくその言葉に一番ふさわしいのが、いっとき流行って最近はあまり流行らないのですが、企業市民という言葉ではないかと思います。山田製作所さんは、「市民」というよりも「住民」という感じなのかなとも思いますが、むしろそれこそが本当の地域貢献だというメッセージを受け取りました。

現場の活力を高める

赤塚

USRの1つに経営に対するチェック機能があると思います。その観点から経営そのものの不祥事や、様々な問題を指摘するということでもありますが、組合として本当にその役割が果たせるかは、その組合の力量にかかっていて、役割以前に機能するかが問われていると思います。組合はその活動の原動力であり基盤の職場の活力を高めるということが、USRや組合の存在意義の観点から、今、組合に求められる最重要課題だと思うのです。そのような思いから、資生堂労働組合はここ数年「イキイキと活力ある職場づくり」の活動に力を注いできました。当労組は組織力や職場での本音の話し合いが苦手な企業風土もあり、とても困難な活動ですが、他の労組の協力も得ながらこの活動の必要性と可能性を感じており、まだ本当に小さなことですが、手応えを感じるようになってきました。

人を育てる環境を

最近、とても気になっていることがあります。職場で、仕事で人が育たないのです。管理職にしてみると権限が小さくなる一方で、パワハラ、多面評価、ワーク・ライフ・バランスなど縛りが多くなり、必要以上は関わらない方が無難との意識もあり上下関係が希薄になっています。また個人志向により社員間の人間関係もうまくつくれない。仕事にも深く関わる機会が少なく、仕事の面白さや、困難を乗り越えた達成感によって得る仕事の本質を掴むことが少ないのではないでしょうか。会社も組合も掘り下げれば人間力、チーム力は人と人の触れ合いや仕事によって身につけ、育てるものだと思います。職場単位、グループ単位で考えれば企業規模の大きさによる差はなく、先ほどの山田社長のお話のように、部下や仲間を大切にする気持ちと仕事への拘りと情熱によって各職場や仕事で人が育つ環境をつくることができると考えます。組合でも「イキイキと活力ある職場づくり」の活動を積極的に進めていきたいと考えています。

組合が集まり力を結集

組合も力をつけなければいけません。課題を見て見ぬふりしたり、先送りするこれまでの延長線上の組合活動を続けていたらジリ貧になることを組合役員の皆さんは分かっているのではないでしょうか。そしてこのままではいけないと多くの組合役員が感じていることだと思います。私たち組合役員がそれを知りながら同じことを繰り返したらならば、それは罪ではないでしょうか。自分が十分にできなくても、少なくとも解決の糸口をつかむぐらいのことをして、次の人へのバトンタッチを意識することが大切だと思います。

そうは言っても、これは単組だけでは中々できないことです。単組では、挫折してしまうことも他組合と一緒になって進めることで、あきらめかけていたことでも可能性を見出すことができます。自分たちにはできないと思っていたことでも、フッと他労組を見るとそこではできている。そうなると、もう自分たちにできない理由はなくなる。自分たちの取り組みが甘いことに気付きます。さらに何もやらずにできるはずはない、腹を決め本気でやってみようと思えてきます。

何とかすれば、できることが多くあるはずです。他労組から学んだことや活動をそのまま自労組で展開しようとしても、それはほとんどの場合無理な話です。その活動の本質を掴み、それを自労組にあった活動に書き換え、形にしなければなりません。その活動ができてこそ、自分たちの職場を元気にすることができる可能性が拓けてくるのです。

USRを重視し、それを自負するのであれば、組合の強みである足元、職場の活動にしっかりと取り組まなければなりません。私たち組合役員の後ろに組合員や職場が見えてこないと経営に対する発言力もなく、それ以前に組合員からの理解と協力を得ることはできないと思います。組合員との信頼関係や職場のことがわかっていない組合を経営は相手にしません。今、いくつかの組合と一緒にこの活動をはじめさまざまな課題にしっかりと取り組む活動を始めています。単組だけでは行き詰まることや挫折、諦めてしまうこともあります。だからこそ活動を共感し高め合える組合のスクラムが大切かつ必要だと考えています。

濱口

ありがとうございます。現場力、あるいは人が育つ力といったものを本当に職場につくっていくためには、形としての組合というよりも、まさに人の集まる力みたいなものが必要なのだというメッセージだと受けとめました。最後に呉研究員から、まとめていただければと思います。

非正規はすべての社会問題に関係

私は報告の中で、日本の深刻な問題をいくつか取り上げました。少子高齢化、社会保障システムの崩壊、財政赤字の膨張、すべてが非正規労働者にかかわることです。例えば、男性であれば過去3年間結婚した人は、非正社員は正社員の3分の1です。女性であれば、過去3年間に結婚した人に子供を産みましたかと聞きましたら、非正社員は正社員の2分の1なのです。明らかに社会問題のすべてに、この非正規の問題がかかわってくるのです。

そういう意味で、この非正規の問題解決なくして、日本社会の本格的な再生はあり得ないと、私は思います。そして、この問題を解決するには、労働組合の役割がとても大事になってくると思います。

CSRの現状

2005年、連合総研でCSR委員会があり、私はそこのメンバーとして研究をしていました。いろいろな大手企業にお邪魔し、CSRの部長や室長に話を聞きました。当時、CSRは社会的にブームになっていて、私は「ご自分の部下が何人いますか」と聞きましたところ、「3人とか4人だ」という答えが返ってきました。その人数でCSRを進めることできますか、それは、難しいと思います。彼らは実戦部隊ではないので、各部署の報告を取りまとめて、大切な報告書を公にするというのがメインの仕事です。それだけで、このCSRがほんとうに進むのかなと感じました。

CSRを着実に進めなければいけないといったプレッシャーのある環境がなければ、会社はいつでも逃れるわけです。「今年は経営環境が悪いから」と言うのです。経営環境は、毎年悪いのです。その結果、ご自分は社長さん、あるいは労働組合の委員長ですが、お子さんたちの年代は、3分の1がフリーター、非正社員になっているのです。現在、この非正規労働者問題を解決することがCSR、USRだと思います。

希望の持てる社会に向けて

過去20年間、日本は失われた10年、15年、20年の中で、自己保身に陥ってしまいました。自分さえ良ければいいという考え方です。皆さん、それで社会は良くなりましたか。よくなっていませんよね。それに気づいて、会社も労働組合も、私たちより悪い状況にある人をひとりでも仲間に入れると、社会は一歩一歩良くなると思うのです。今はその転換期だと思います。これに気づかなければ、この日本は、本当に沈没してしまいます。私はそう感じています。

呉

そういう意味では、実は労働組合が会社のために一番考えているのです。社長さんは2年、4年で交代します。労働組合は定年するまで組合員の雇用と労働条件を考えており、会社のことを一番長期的に考えているわけです。それだけではなくて、社会に住む一員として、この社会が良くならなければ組合員だって良くなりません。それに気づいて冒頭申し上げました労使関係のコペルニクス的な転換をしなければ、かなり危ないと思います。

労働組合が社会の一員として、この社会に責任を負っているという自覚と同時に、行動を伴う前進をしなければ、CSRは一歩も進みませんし、この社会も良くなりません。そういう意味で、私はUSRという言葉を使わせていただきました。是非、そういう形で一歩でも二歩でも、この社会が良くなるために、ほんとうに職場や社会で劣悪な立場におかれている人々を見て、彼らを自分の懐に迎え入れることがUSRだと認識し、それを実践に移していくことができれば、冒頭申し上げました深刻な社会問題の本格的な解決につながり、希望の持てる社会になると確信しております。

プロフィール

※掲載順

濱口桂一郎(はまぐち・けいいちろう)

JILPT統括研究員

1983年労働省入省。労政行政、労働基準行政、職業安定行政等に携わる。欧州連合日本政府代表部一等書記官、衆議院次席調査員、東京大学客員教授、政策研究大学院大学教授等を経て、2008年8月から現職。主著に『日本の雇用と労働法』(日経文庫)、『新しい労働社会』(岩波新書)、『労働法政策』(ミネルヴァ書房)などがある。

呉学殊(おう・はくすう)

JILPT主任研究員

1962年韓国忠清北道永洞郡生まれ。1988年韓国忠南大学卒業(社会学専攻)。1990年ソウル大学大学院修士課程卒業(社会学専攻)。1994年東京大学大学院人文社会系研究科修士課程修了。1997年東京大学大学院人文社会系研究科博士課程満期退学。2001年社会学博士。1997年日本労働研究機構(現、労働政策研究・研修機構)に入職。2008年より現職。最近の主な研究成果に、『労働紛争発生メカニズムと解決プロセス―コミュニティ・ユニオン(九州地方)の事例―』(労働政策研究報告書No.111、2009年)、『個人加盟ユニオンの紛争解決―セクハラをめぐる3つの紛争事例から―』(JILPT資料シリーズNo.76、2010年)、『労使関係のフロンティア―労働組合の羅針盤』(JILPT研究双書、2011年)などがある。

赤塚 一(あかつか・はじめ)

資生堂労働組合中央執行委員長

1957年東京都墨田区生まれ。1975年3月東京都立本所工業高等学校を卒業し、同年4月から株式会社資生堂東京工場に勤務。翌年4月に久喜工場に異動(エンジニアリング部・新工場棟建設担当)し、8月から支部役員として活動、支部三役を6年間経験後、中央本部専従となる。1995年8月中央本部専従中央執行委員、1996年中央本部専従中央書記長、1998年8月中央本部専従中央執行副委員長、2001年12月中央本部専従中央執行委員長となる。専従17年目、委員長11年目を迎えている。

恩田 茂(おんだ・しげる)

ケンウッドグループユニオン中央執行委員長

1982年株式会社ケンウッド(現、JVCケンウッド)入社。計測機器事業部配属、設計・開発業務に従事。ケンウッド労働組合相模支部執行委員、横浜支部書記長等を経て、1990年に本部専従中央書記長、1996年に中央執行委員長に就任。2004年にグループの複数労組を単一労組化しケンウッドグループユニオンを結成し、同中央執行委員長に就任。現在に至る。

山田 茂(やまだ・しげる)

株式会社山田製作所代表取締役社長

1962年大阪市生まれ。1986年大学卒業後工作機械の商社勤務を経て、1994年、父が経営する(株)山田製作所に入社。面接希望者すらも敬遠する汚かった町工場を徹底した3S(整理、整頓、清掃)で社員と共に大変革。海外からの見学者も含めて毎年200社以上(900名)が見学に訪れる町工場の2代目経営者。労使の信頼関係ってなんでしょう?この本質をいつも考えています。信頼関係を築くためには、経営者(リーダー)の経営姿勢が確立されていないと真の信頼関係を築く出発点に立てません。