研究報告:労使関係のフロンティア―労働組合の羅針盤
経営資源としての労使コミュニケーション
第57回労働政策フォーラム(2012年1月24日)

<研究報告>労使関係のフロンティア―労働組合の羅針盤

呉 学殊 労働政策研究・研修機構主任研究員

JILPT統括研究員 濱口桂一郎

本日は、私が昨年刊行しました本(『労使関係のフロンティア―労働組合の羅針盤』労働政策研究・研修機構研究双書)の中から、経営資源としての労使コミュニケーションに当たる内容をピックアップして報告します。

日本の経済社会の現状は

まず、日本の経済社会の現状について考えてみたいと思います。1991年のバブル経済崩壊以降、低い経済成長、少子高齢化、財政赤字の膨張、社会保障システムの危機、政治リーダーシップの欠如、若者のビジョンの無さなど、今の日本は多くの深刻な問題を抱えています。例えば財政赤字は今、1,185兆円です。この赤字はわずか50秒足らずで1億円増えます。このフォーラムが終了する3時間半後には、約210億円の赤字が追加される計算になります。

社会保障システムの危機については、厚生労働省の調査によれば、年金保険料の未納率が2010年では40.7%にも達します。20歳から24歳は50.8%、25歳から29歳は53.7%で、半分以上が未納です。この状態が続けば、社会保障システムが危機に陥ることは、誰でも予測できると思います。

このような深刻な問題を解決するには、社会の成員すべてが力を発揮しなければなりません。中でも産業社会の大きな担い手である労使に期待したいと思います。その際、私は労使関係に対する認識のコペルニクス的転換が必要だと考えています。今までの労働組合に対する認識は、一言で申し上げると、労働組合エネルギー抑制政策と言えます。できるだけ労働組合をつくらせない、できてしまったらストライキなど起こさないように静かにいてほしい。そのための労務管理が重点的になされてきたと思います。

しかし、この深刻な問題を解決するためには、これまでの労働組合に対する認識を改めて、労働組合が持っているエネルギーを活用する政策に転換しなければいけないと思います。それは会社側が把握できない情報の収集源を労働組合が担い、健全な経営のための監視・提言の役割を労働組合が担うことができると思うからです。

労組がもつエネルギーの活用事例

労組が持っているエネルギーを活用した3つの事例を見ていきたいと思います。ひとつめは、いち早く労働組合のエネルギーを経営に取り込み、大きな発展を遂げた千代田エネルギーというガソリンスタンドを経営する中小企業です。

労働組合の結成は1976年。労組を結成し、社長に対して、うちの会社には「規律がない」「一貫性がない」「総括がない」と指摘しました。それを受けた社長は、「うちの従業員、組合員はいいことを言う」とうなずき、三無を三有に転換する形として経営理念に掲げたものが働きがいのある会社づくりです。それに全力をつぎ込み、その過程で会社は急速に発展を遂げました(上掲書第7章参照)。

次は、本日ご発表いただく資生堂労働組合です。1999年から経営改革を促す労働組合運動を展開しました。その前年の98年、春闘に向けた中央委員会で、ある女性の中央委員が涙ながらに、「賃上げ、ボーナス引き上げもいいけれども、押し込み販売というものをぜひなくしてほしい」と強く訴えました。売れもしない商品を販売店に押し込めて数字だけ上げるような実態が当時はありました。労組はその中央委員の声を受け、翌年から「労働組合が変える・労働組合も変わる」というキャッチフレーズのもとで2年間賃上げゼロ要求を掲げながら、押し込み販売をなくす経営改革を会社に促しました。その結果、会社は経営方針を発表して、押し込み販売をなくす取り組みを進めていくことになりました。それが「店頭基点運動」と呼ばれるものです(上掲書第3章参照)。

3つめの事例も、本日ご発表いただくケンウッドグループユニオンです。ケンウッドは1980年代、90年代に専門性を高め、また高い競争力をめざすという方針のもとで分社化、子会社化を進めてきました。それぞれの法人が自分の利益だけを考えて経営を行った結果、会社はグループ全体で非常に大きな在庫を抱え込むことになりました。それを廃棄しなければならず、2001年は100億円以上の赤字になりました。法人が自分の利益だけを上げようとした結果、グループ全体から見ると利益が出ない、むしろ赤字になってしまうことを、私は「部分利益最大化による全体利益最小化の矛盾」と表現します。

この問題を解消するために、子会社の社長の経営権をかなり弱めて、本社がグループ全体の経営を行うとの考え方のもとで、グループ経営を強化することになりました。当時、労働組合は、親会社に1つ、子会社に7つの組合がありましたが、子会社の問題も親会社の社長に対して団交ができるような組織にしないとグループ全体の健全な経営ができないという認識のもと、グループ全体で1つの労働組合をつくる、すなわち単一労組化の運動を展開し、2004年にそれが実現されました。企業グループ経営全体を最適化するために労働組合は大きな役割を果たすなどさまざまな効果をもたらしてきました(呉学殊(2011)「企業グループ労使関係の望ましい姿―ケンウッド労組の企業グループ単一労組化の事例―」労働政策研究・研修機構『ビジネス・レーバー・トレンド』2011年11月号参照)。

このように労働組合のエネルギーを会社が取り込んでいけば、会社の発展、また健全な経営というものができると思います。

労使コミュニケーションは経営資源

次に労使コミュニケーションが経営資源であるとの認識が必要だと思います。2006年、私どもは正社員1,000人未満の1万2,000社の中堅・中小企業の社長に対してアンケート調査を実施しました。2,440社から回答が寄せられましたが、その中で、社長が労使コミュニケーションについてどう考えているのかという基本方針を聞いてみました。

その際、A意見とB意見の対照的なものを示しました。A意見は、「企業は一般従業員の意向や要望を十分に把握して経営を行うべきだ」というもの。他方、B意見は、「経営は経営者が行うもので、経営について一般従業員の要望をあえて聞く必要がない」というものです。この二つの意見のどちらに近いかを聞いてみました。A意見(「肯定型」)に近いとの回答は28.2%となりました。どちらかといえばA意見に近い(「やや肯定型」)が44.4%、どちらかといえばB意見(「やや否定型」)に近いは20.9%、B意見に近い(「否定型」)が5.4%といった内訳になりました。

このような認識に実態を伴っているかどうかを確認するために、一般従業員に対して企業の経営情報をどのぐらい開示しているかを確認してみました。すると、図表1のように、肯定型ほど開示率が高くなっています。その中でも売上高、利益、人件費、交際費、役員報酬といった金銭的な情報については肯定型が否定型より2倍、もしくは3倍高い開示率を確認できます。

図表1 コミュニケーション方針4タイプと経営情報開示:肯定型ほど経営情報開示率が高い(%)

図表2 1990年以降業績悪化による経営危機「あり」の割合

さらに、1990年以降、業績悪化による経営危機を経験したかという項目にクロスをかけた結果、図表2の通り、肯定型ほど危機を経験したことが少ないことがわかりました。

次は、従業員を管理する上でどういう困難があるのかを聞いてみました。これも、肯定型ほど困難が「無い」と回答している割合が高く、その中でも「技能が低い」、「やる気がない」、「能率が悪い」、「チームワークがとれない」といった、経営を行う上で非常に重要な事柄については、この肯定型が否定型より2分の1、3分の1低いという結果になりました。特に「やる気がない」は肯定型が5.5%でありますが、否定型は15.9%で、3分の1しか困難を抱えていないという回答が出ました(図表3)。

図表3  コミュニケーション基本方針4タイプと従業員管理上の困難度(%)

次は経営への協力度について、「従業員が経営に対してどのくらい協力しているか」を回答してもらいました。その結果、肯定型ほど協力を得ているという回答が出ました(図表4)。

図表4 コミュニケーション基本方針4 タイプと従業員の経営への協力度:
従業員は経営に対して協力的である(%)

社長が一般従業員の意見や要望を聞く姿勢があればあるほど従業員から多くの協力を得ることができ、従業員管理をする上で困難も少なく、経営危機も経験しないという効果を得ることができます。そういう意味で、労使コミュニケーションは経営資源であるといえます(上掲書第6章参照)。

非正規労働者の組織化でオール・ウィンの関係を

次は、非正規労働者の組織化による非正規労働者、正社員、会社のオール・ウィンの関係です。

今、非正規労働者問題の解決なくして日本の本格的再生はないと言っていいほど、非正規労働者問題は深刻さを増しています。それについても労働組合が大きな力を発揮することができると思います。2004年にパートタイマーの組織化を積極的に行っている6つの労働組合に対して調査をしました。労働組合がパートタイマーも、能力向上を図るようにしてそれに見合う処遇制度を導入させると同時に、労働組合が非正規労働者を正社員と同様に組織化して、権利も義務も同じく付与をするという同質化戦略で組織化したところを調べてみると、やはり職場の一体感が高まり、労働条件も上がり、働く意欲、働きがいも上がっていることがわかりました。それに伴い、組合や会社に対する忠誠心・愛着心が向上し、会社の安定的・持続的な発展に寄与しているという結果が出ました。すなわち、同質化戦略に基づく非正規労働者の組織化や会社の管理は、この非正規労働者、正社員、会社の三者に良い影響を及ぼすというオール・ウィンの関係を確認できたと思います。非正規労働者を、抑えるべきコストではなく、付加価値を生み出す経営資源と見たほうが得策ではないかと思います。企業に対して、その転換を促すためにも労働組合の同質化戦略に基づく組織化が必要であると考えます(上掲書第2章参照)。

労使関係の四共性の追求を

このような労働組合、または労使コミュニケーションが経営資源であるという考え方を実現していくための労使関係の望ましい姿を、私は「労使関係の四共性」と名づけました。労使関係の共存性、労使関係の共感性、労使関係の共育性、労使関係の共創性です。

まず労使関係の共存性です。労使関係は、労がなければ成り立ちません。同様に使がなくても労使関係はあり得ません。相手が存在するから成り立つという点から見ると、相手の存在をまず尊重しなければいけません。当たり前のことなのに、そういう認識が欠けているところがたくさん見受けられます。そういう認識をすると同時に、それに基づいた行動が必要になります。すなわち自分の存在を相手に示すと同時に、相手の存在を自分が受けとめるといった関係をつくらなければなりません。会社は経営情報を積極的に開示する。従業員の声が自由に出るような環境をつくることが重要であると思います。

2点目は、労使関係の共感性です。労使関係は人間関係そのものです。お互いに感じるところがなければ関係を維持することができませんし、関係を結んでもいいことはありません。団交の中で労使とも涙を流すほどお互いが感じる関係が必要です。

3点目は、労使関係の共育性です。人間はだれでも、どの組織でも問題がないところはありません。問題を指摘されたら、その非を率直にまた真摯に認めて、それを改善する中で学び取ることがたくさんあると思います。労使とも「私は完璧だから言われる必要はない」というのではなく、指摘されたらその改善を図っていくことこそ重要です。そこから労使がともに育っていくことができると思います。

最後は、労使関係の共創性です。やはり物事を生み出して前進するためには、時には譲歩をしなければいけない場面があります。メリハリのつく判断をしたうえで、譲歩の必要性があれば、二歩前進するために一歩下がる判断も必要だと思います。それによって労使は新しいものをともにつくっていくことができると思います。

この労使関係の四共性というのは、どちらかというと労働組合がある大企業で実現の可能性が高いと思いますが、組織率が18.5%では深刻な日本の問題を解決していくことはできないと思います。労使関係の四共性を非正規労働者、中小企業の労働者にも広げていかなければいけないと考えています(上掲書終章参照)。

労組の社会的責任、労組・組合リーダーの羅針盤的な姿とは

労働組合、労使コミュニケーションは経営資源であり、社会資源にしなければいけないと思います。そうしない限り、冒頭の深刻な問題を解決することはできません。その解決に向けて労使関係の四共性を広げていく必要があります。労働組合の組織率が下がっているとか、労働組合の存在はないに等しいなどと言われますが、日本社会の中で1,000万人ぐらいの組織人員を持っている団体が他にあるのでしょうか。私は労働組合しかないと思います。マイナスだけを見るのではなく、いまだに日本社会の中で最大勢力であるとの自負心とそれにふさわしい責任意識を持っていなければならないと思います。それを持つのであれば、労働組合の社会的責任(USR)が必要ですし、それを実現していく上で労働組合、または組合のリーダーはどうあるべきなのかという羅針盤的な姿も必要であると思います。

労働組合の社会的責任は、4つあると思います。特に企業別労働組合に対するものですが、企業に対し、労働組合員に対し、非労働組合員に対し、公益・国益に対して、労働組合の社会的責任があると思います(上掲書終章参照)。

それと労働組合・組合リーダーの羅針盤的な姿を7つあげました。まず、 (1)組織化、 (2)生の声の伝達者であること。そして、そのためには組合の中で民主主義を徹底させなければいけません。また組合が会社を変える、この社会を変えていくという (3)変革組合の姿勢をとらなければなりませんし、それを成し遂げるためにはリーダーは (4)悲壮な決意をしなければなりません。それだけではなく、多くの組合員を動員しなければいけないという意味で、 (5)全員参加・全員活用のための巻き込み手腕を発揮しなければいけません。また組合は人を動かす仕事なので、人間味があると同時に長い経験が必要になると思います。すなわち (6)プロ性の極まりというものが求められます。同時に、 (7)組合活動の可視化と自己省察です。正しい道を歩もうとしても、実は正しい道かどうかわかりません。周りからいろいろチェックをしてもらい、これが正しい道だと判断するためには、ご自分・組合の活動を可視化しなければいけないと考えています。

このような労働組合の社会的責任、労働組合・組合リーダーの羅針盤的姿を追い求めていくことになれば、冒頭申し上げました日本の深刻な問題を本格的に解決するための道筋をつけて、希望の持てる社会の再生につながるのではないかと思います。