<研究報告>ものづくり中小企業における人材の確保と育成
―課題と可能性を探る:第56回労働政策フォーラム

ものづくり分野における中小企業の
人材育成・能力開発
(2011年11月15日)

藤本 真(JILPT副主任研究員)


藤本 真(JILPT副主任研究員)

私からは、ものづくり中小企業における人材の確保と育成について、これまでの調査結果から、その課題と可能性を明らかにすることで、本日のフォーラムの問題提起とさせていただきます。

まず、人材確保・育成の前提として、中小企業の経営状況を調べました。企業の主な事業領域・生産体制を聞いたところ、「発注元の仕様・図面に基づく部品生産」と答えた企業の割合が73%とトップ。次に多かったのが「多品種少量生産体制」で、57%でした。

こうした生産体制の中で力を入れている取り組みを聞いたところ、「既存製品、サービスの充実」が78%ともっとも多く、「人件費、要員見直し」(57%)、「製品、サービスの拡大」(55%)、「財務体質強化」(55%)と続きました。生産、サービスの充実とコストの見直しというトレードオフの関係になりかねない要求の中で、取り組みを進めている背景にはグローバル化の進展を主因とした (1)価格の低下 (2)品質競争の激化 (3)顧客ニーズの多様化――という市場環境の変化があります。

次にこれらの事業領域・生産体制、あるいは力を入れている取り組みを前提に生じた人材ニーズをみてみましょう。まず、企業が、技能者、つまり製造現場で働いている方に求める知識・スキルとしては、「生産工程合理化のための知識・スキル」(37%)がトップで、これに「高度に卓越した熟練技能」(35%)、「品質管理、検査、試験のための知識・スキル」(28%)が続きます。

一方、技術者、つまり設計や生産管理を担当する社員に求める知識・スキルとしては、「特定の技術についての高度な専門知識」(33%)の割合がもっとも高く、「複数の技術に関する幅広い知識」(32%)、「ユーザーニーズを把握し、製品設計化する能力」(29%)の順です。

以上のように、経営上力を入れている「コストとサービスの見直し」という取り組みに対応するかたちで、技能者・技術者に求める知識・スキルがあるということがおわかりいただけたかと思います。

4割が転職者を採用

この人材ニーズに基づき、企業では人材の確保―この「確保」には採用と育成も含まれます―が進められるのですが、まず、採用からみていきましょう。

昨年から過去3年間の若年技能者の採用実施率を調べたところ、新卒採用は56%、中途採用は62%という結果でした。新卒については、主に工業高校、工業高校以外の高校から採用しています。しかし、その結果に対して、61%の企業は「求めるレベルの人材が採れない」、46%の企業は「求人に対する応募が少ない」と評価しています。

こうした状況に対応するため、ものづくり中小企業では中国やベトナムといった国々からの研修生で代替している事例が多くみられます。こうした研修生は、3年間は確実に働いてくれるし、やる気や能力の点でも日本人学生よりはるかに頼りになるからです。

一方、中途採用を行った企業に対して、その目的を聞いたところ、「即戦力の確保」が72%ともっとも多く、「高齢退職への備え」(42%)、「中核人材育成」(41%)と続きました。ここで注目すべきは、7割もの企業が「即戦力の確保」をあげているにもかかわらず、その約4割が他業種からの転職者を採用していることです。

企業の方にその理由を聞いたところ、中小企業の事業領域はかなり細分化、ニッチ化されており、たとえば、多品種少量生産型の企業では、大量生産型企業からきた人材を採用しても、使い物にならない。ならば、まったく経験がなくとも意欲や人間性で採用したほうがいいと考えている企業が少なくないということです。

OJT活性化が課題

では、人材育成の取り組みとして具体的に何を行っているかみてみましょう。職場での取り組み、つまりOJTとしては、「やさしい仕事から難しい仕事へ」と答えた企業の割合が65%ともっとも多く、「計画的な育成・指導」、「関連業務を含めてのローテーション」、「マニュアル等の活用」がそれぞれ4割程度、「社内勉強会・発表会の実施」は2割程度でした。

Off―JTについては、「社外機関への従業員派遣」が24%、次いで「情報収集」(16%)の順です。Off―JTに関する予算、教材、設備を確保している企業は5%未満です。25%の企業は今後、これらを「増やしたい」と考えているものの、現状ではOJTほど活発に行われていません。自己啓発支援に関しても同様です。

このようにものづくり中小企業での人材育成はOJTが中心となるため、これをどう活性化するかが課題といえるでしょう。

8割が育成に問題あり

従業員の育成・能力開発について、課題となっていることを聞いたところ、約23%の企業が「特に問題はない」と回答しました。逆にいえば、8割近くが「問題がある」と考えているということです。では、具体的にどこに課題があるかを聞いたところ、 (1)「忙しすぎて、教育訓練の時間がない」(30%) (2)「社外機関の活用にコストがかかる」(22%) (3)「従業員のやる気が乏しい」(20%)――の3つに集約されました。この3つにどう対処していくかが人材育成を進める上で鍵となってくるのではないでしょうか。

人材育成の重要性を示唆するデータが図表1です。これは企業の人材育成に関する施策について、それぞれ「うまいくいっている」「うまくいっていない」という評価を聞いた結果です。若年正社員を対象とした施策の中で「指導者を決めるなどして計画にそって進めるOJT」については、「うまくいっている」と答えた企業が約5割なのに対し、「うまくいっていない」が約4割となっています。

図表1 ものづくり中小企業の人材育成

図表1 ものづくり中小企業の人材育成/

また、「管理者・監督者を対象とした取り組みは行っていない」は、「うまくいっている」が約3割だったのに対し、「うまくいっていない」は5割近くとなっています。

OJTが「うまくいっている」企業は管理・監督者を対象とした施策の実施率が高いということが言えます。これは人材育成において、企業ぐるみの取り組みを進めることの重要性、必要性を示したデータといえるのではないでしょうか。

効果的な能力の明確化

では、次にその企業ぐるみの取り組みとして、どのようなものが考えられるか。それを実行することでどのような効果があったかについて見ていきたいと思います。われわれが5年ほどものづくりをはじめとする中小企業の人材育成について研究してきた中で、あるポイントに着目しました。それは、「求める能力の明確化」、俗に言う「見える化」が人材育成にどのような影響を与えるのかという点です。調査によると、能力要件を「非常に明確化している」と答えたものづくり企業の割合は16%、「ある程度明確にしている」は36%で、合わせて半数以上が明確化しています。具体的にどのような方法で明確化しているか聞いたところ、「日常業務中」が56%でもっとも多く、「小集団活動で」(46%)、「朝礼で」(45%)と続きます。

図表2 見える化の有無と育成・能力開発施策の実施度

図表2 見える化の有無と育成・能力開発施策の実施度/

図表2はものづくり企業が行う育成・能力開発の取り組みごとに能力要件を明確化している場合と明確化していない場合、それぞれについての実施度を表したものです。「計画にそった育成・能力開発」の実施率は明確化しているところで50%、明確化していないところでは24%と倍以上の開きがあります。「作業標準書・マニュアルの活用」や「ローテーションで関連業務を経験」など、企業ぐるみで行う取り組みについても、明確化しているところとそうでないところでは倍以上の差がありました。

Off―JTに関しても「Off―JTのための情報収集」についてはそれほど差はないものの、「社員の社外への派遣」は11%も差があります。

つまり、企業の中核となる人材にどのような能力が必要なのかということを普段から明確に意識しているところほど、育成・能力開発を進めやすい傾向があるといえます。

能力開発は無駄にならない

図表3 勤務先周辺地域の取り組みと
従業員の能力開発

図表3 勤務先周辺地域の取り組みと従業員の能力開発/

図表3は勤務先周辺地域の取り組みと従業員の能力開発の関係を表したものです。人材育成が盛んな地域ほど、そうでない地域に比べて、OJT、Off―JT、自己啓発に取り組む割合は高くなっています。

企業による人材育成への取り組みが従業員の能力開発意欲に与える影響を調べたのが、図表4です。「職場での取り組みが盛ん」な企業ほど、意欲が高くなっています。企業が能力開発に取り組むことへの効果を疑問視する方もいるかもしれませんが、この結果をみれば決して無駄にはならないということがおわかりいただけると思います。

これまでみてきた調査結果から言えることは、次の2点です。1つめは、質量ともに不足感の残る新卒採用、必ずしも即戦力の確保ができるわけではない中途採用の状況を考えると、中小企業ほど人材の確保において「育成」の比重が高まるのではないかということ。

図表4 若年従業員の能力開発意欲への影響

図表4 若年従業員の能力開発意欲への影響/

もう1点は、企業の自己評価や従業員の能力開発意欲と企業の取り組みの関係から、「育成」を左右するのは、企業ぐるみの取り組みができているかどうかにかかっているということです。

ただし、今申し上げたことは何ら目新しいものではありません。企業で話を伺っていると、ほとんどの経営者が普段からこうしたことを頭に置かれていることがわかります。人によっては、強く意識もされています。ただ、厳しい経営環境の中で、コスト削減やニーズの多様化といった要求に対応するなかで、どうしても忘れられがちとなってしまいます。

そのような状況で、企業ぐるみでの取り組みをサポートするような、あるいは忘れかけていた大事なことを思い出した経営者の意欲をくじかないよう社会的・政策的な取り組みの確立と運営が必要になってくるのではないでしょうか。