<講演3>自治体は若者支援をどう展開してきたか
―実践と課題:第54回労働政策フォーラム

若者問題への接近:
若者政策のフォローアップと新たな展開
(2011年7月9日)

関口昌幸(横浜市こども青少年局青少年部青少年育成課担当係長)/労働政策フォーラム開催報告(2011年7月9日)


関口昌幸(横浜市こども青少年局青少年部青少年育成課担当係長)

横浜市が、いわゆるニート・ひきこもりなどいわゆる困難を抱える若者たちに対する自立支援の取り組み始めたのは、平成18年度からです。行政の施策としては、取り組みが始まってからまだ日が浅い分野です。

そのため、若者支援を公的機関が取り組む必要性について必ずしも市民全体に理解が得られているわけではない。

例えば、乳幼児や児童、高齢者や障がい者が社会的支援や福祉サービスの対象となることは誰もが理解するところだと思います。ところが、20~30代の若者は、本来、国の社会保障や社会福祉制度を支えるため、働いてもらわねばならない世代であるというのが、これまでの社会常識だったと思います。そんな若者が、働かず、働けず、家にひきこもってしまっている。これに対して「あえて税金を使ってまで行政が彼らの自立を支援する必要性があるのか」と疑問を抱く市民がいたとしても不思議ではない。

それだからこそ私たち、自治体職員は、若者支援の必要性について、さまざまな考え方、意見を持つ市民に対して、丁寧に説明し、コンセンスを得るだけの論理とデータを持たなければなりませんでした[1]

高止まりする若者無業者

図表1 横浜市における15 歳~ 34 歳の若年無業者
(ニート及び失業者)の推移

図表1 横浜市における15歳~ 34 歳の若年無業者(ニート及び失業者)の推移/労働政策フォーラム開催報告(2011年7月9日)

今日は、 なぜ自治体が若者支援に取り組まなければならないかについて、みなさんと検証・共有化していきたいと思います。まず支援サービスの対象となる困難を抱える若者が、県内又は市町村内にどれくらい存在していて、中長期的にみて減る傾向にあるのか、増える傾向にあるのかをみていきます。

図表1は平成2年度から17年度、15~34歳の若者無業者(求職活動を行っていない無業者と失業者の総数)の推移を表したものです。平成2年度は2万7,596人だったのが、17年度には5万2,833人と、ほぼ2倍に増えています。

ただ平成12年度と17年度を比べると、一見、減少傾向にみえます。しかしこれは平成12年から17年の5年間で、市内の15~34歳までの若者の総数が減ったため、それに合わせて、無業者の「数」も減っただけで、「比率」は、ほぼ変わっていません。つまり生産年齢人口の基幹的な部分を担う若者の総数が減る中で、無業の若者の比率は、ほぼ高止まり状態になっているということです。

さらに横浜市内の雇用者のうち非正規雇用者の比率をみると、ちょうど1990年代中頃から女性の非正規雇用と正規雇用の比率が逆転しています。男性の正規雇用も右下がり状態になっていて、非正規雇用が増えている状況です。

20~30代の生活保護者が急増

生活保護の支給を受ける若年者も増えています。図表2も横浜市のデータですが、1990年代後半以降、市民全体で生活保護受給者が増えており、平成7年度は2万人だった市内の被保護者数が、平成20年度には5万人になっています。こうした被保護者の増加について「高齢化社会が進んでいるから高齢者の保護世帯比率が増えているのだろう」といわれますが実は、1990年代後半から2000年代にかけてもっとも増えているのは20~30代の若年の生活保護受給者です(図表3)。

図表2 被保護人員数は10年前のほぼ2倍に増加

以上のいくつかのデータから90年代後半以降に若者を取り巻く雇用環境や経済的状況が非常に厳しくなっていることが明確に見て取れると思います[2]

だからこそ、自治体が公的サービスの一環として若者支援に携わる必要性があるのだと私は思います。

図表3 39歳以下で増加率が大きく上昇 10年前と比べおよそ3倍に

図表3 39歳以下で増加率が大きく上昇 10年前と比べおよそ3倍に/労働政策フォーラム開催報告(2011年7月9日) 図表2 被保護人員数は10 年前のほぼ2倍に増加/労働政策フォーラム開催報告(2011年7月9日)

若年層の未婚率も上昇

図表4 増加する未婚率

図表4 増加する未婚率/労働政策フォーラム開催報告(2011年7月9日)

次に、困難を抱える若者が90年代後半以降から増え続けている事が社会全体にどのような影響を与えているのかをみていきます。

例えば、無業の若者や不安定就労の若者、生活保護を受給する若者が増えるに従い、男女の若年層の未婚率も非常に高くなってきています。1990年代に入ってから、男、女ともに20代、30代の未婚率が上昇しており、それが実はこうした若者の不安定な働き方とか無業による経済的な格差、いわゆる収入の問題に起因しているのではないかといわれ始めています(図表4)。先日、内閣府によって公表された「子ども・子育て白書」では、未婚の男性の8割が、女性の9割が結婚を希望しているのにも関わらず、「収入」や「経済的な生活不安」が結婚への障壁となっていると指摘しています。実際に20代、30代の男性では「年収300万円」を境目に、それ以下の収入層の有配偶率が大きく下がっています。また、非正規雇用者の有配偶率も低く、30~34歳の男性においては、正社員の半分程度となっているなど、就労形態の違いによっても家庭を持てる割合が大きく異なると分析しています。つまり、この10年間で無業や非正規雇用で収入が低く生活も安定していない若者は結婚したくても結婚できず、家族を形成し難い状況にあることがわかってきたわけです。

9割が心配事を抱える

さらにこのように「社会的弱者に転落する」若者たちの課題が、その親にあたる60代、70代の世代の課題として連鎖的に現れています。子どもが成人しても就職できず、家でぶらぶらしている。就職してもすぐ辞めて不安定な就労状態にある。しかも、未婚で孫もいない。ということで、自分や家族の生活はこの先どうなってしまうのだろうと不安を抱える高齢者が増えるという連鎖の構造です。

この「不安の世代間連鎖」を示唆しているのが、横浜市が、経年で実施している「市民意識調査」です。図表5をみると、1990年代初めぐらいまでは、「心配事がない」と答えていた市民が2人に1人ぐらいの比率でいたのですが、困難を抱える若者が増え始める90年代後半から、ものすごい勢いで落ちて行き、今では10人中9人が何かしら心配事を抱えるようになっています。特に若年層では、「景気や生活費」、「仕事や職場の問題」について不安を抱える層が増えており、高齢層では「家族の健康や生活上の問題」に不安を抱える層が増える傾向にあります。すなわち、社会的弱者に転落する若者たちの存在が、 親世代の不安を招き寄せ、日本全体が「総不安化社会」になってしまう引き金をひいている可能性があることをこのデータは示しています。だからこそ行政だけではなく、市民・NPOや企業などあらゆる主体が共に手を携え社会総ぐるみで若者自立支援を進めて行く必要があると横浜市では考えています。

図表5 「景気や生活費」を心配する人が急増 「心配ごとはない」人が過去最低に

図表5 「景気や生活費」を心配する人が急増 「心配ごとはない」人が過去最低に/労働政策フォーラム開催報告(2011年7月9日)

それぞれにきめ細かい対応を

では、横浜市は具体的に、どのような仕組みで若者支援を展開しているのでしょうか。仕組みを構築する前提となるのが「困難を抱える若者」と一口にいっても、本当に幅広い年齢層にさまざまな状態の若者が存在しているという現実です。図表6の通り、自宅からほとんど外に出ない社会参加が困難な引きこもりの若者もいれば、ほんの少しの何かのきっかけさえあれば就職できるような若者もいる。また、発達障がいや精神疾患の疑いがあり医療福祉的な対応が必要とされる若者もいます。年齢も思春期の15歳から、一昔前だったら確実に「中年」と呼ばれた39歳まで幅広い年齢層が抱える課題に対応しなければならない。

このように年齢層や心身の状態、それに経済的な状況、家庭の状況が一人ひとり異なる若者に対して、きめ細かい支援をしていかねばならないということが、支援の仕組みを創る際の大きなポイントとなりました。

図表6 「困難を抱える若者」イメージ

図表6 「困難を抱える若者」イメージ/労働政策フォーラム開催報告(2011年7月9日)

3機関の連携で支援

われわれが最初にこのようなきめの細やかな支援の一環として形づくったのが「ユーストライアングル」(図表7)と呼んでいる若者の状態に応じて支援ができる相談支援機関のネットワークです。具体的には、不登校や重度の引きこもりの若者に対し、相談及び社会参加の支援を行う「青少年相談センター」と、就労困難な若者の職業的な自立に向けた相談支援を行う「若者サポートステーション」。そして方面別に市内4カ所に引きこもりの若者の居場所や区役所などとのネットワーク機能を持つ「地域ユースプラザ」。この3つの相談機関の連携で、社会参加から就労まできめの細やかな支援のネットワークを実現させようと考えました。

「若者サポートステーション」と「地域ユースプラザ」については、補助金を打つ形で民間の支援団体に対して運営を委ねています。

図表7 若者自立支援施策の体系

図表7 若者自立支援施策の体系/労働政策フォーラム開催報告(2011年7月9日)

よこはま型キャリアラダーの構築

ただ、こうした相談支援機関のネットワークを形成する中で、さらなる課題がみえてきました。相談支援機関が、若者たちへの個別的なカウンセリングを実施し、また就労セミナーなどを開くことで、社会・経済的な自立に向けて一歩を踏み出すきっかけにはなりますが、コミュニケーション能力や技術・スキルを磨くための体験や訓練を受ける機会がないと、なかなか就労には結びつかないということです。

そこで横浜市では、若者たちの状態や段階に応じた多様な社会体験・就労訓練プログラムを実施しています。

例えば「ジョブキャンプ」と呼んでいる合宿型の生活訓練・社会体験型のプログラムがあります。このプログラムは、市内の野外活動施設を活用して2、3週間、若者たちが合宿生活をしながら、その地域の社会福祉施設にボランティア活動に行く、また農家のお手伝いや、雑木林の間伐を行うなど若者たちが共同で社会体験を積み重ねていく。これによって若者たちは自らの生活を見つめ直し、他者との密度の濃い関わりの中で社会性を身につけて行くことが可能になります。

また、専門学校と連携した実践的な資格取得講座や地元企業でのインターンシップ、給付金つきの職業訓練など社会参加から最終的なゴールである就労に向けて徐々にステップアップしていく 「よこはま型キャリアラダー」という社会体験・就労訓練の仕組みを形成してきました。(図表8)。

こうした仕組みを形成する中で、いま課題となって見えてきていることが3点あります。

図表8 次のステップアップにつながる就労支援の仕組み―よこはま型キャリアラダー

図表8 次のステップアップにつながる就労支援の仕組み―よこはま型キャリアラダー/労働政策フォーラム開催報告(2011年7月9日)

支援サービスを受ける若者はレア

図表9 支援施設を利用する若者はレアである

図表9 支援施設を利用する若者はレアである/労働政策フォーラム開催報告(2011年7月9日)

1点目は、こうした支援機関のサービスを受けている人が、実は困難を抱える若者全体からすると少数派に過ぎず、なかなか潜在的なニーズを抱える若者にまで支援やサービスが届いていないという課題です(図表9)。

そこで、本市では「ハマトリアムカフェ」(http://hamatorium.com/新しいウィンドウ)という若者支援のための総合ウェブサイトを民間の支援団体に委託する形で運営することで家庭に引きこもっている若者に対しても情報を提供する手段を確保するなど出来るだけ多くの若者に対して支援情報が届く仕組みづくりに取り組んでいます。

また青少年相談センターが取り組んでいるひきこもりの若者の家庭への訪問支援や若者サポートステーションと区役所とが連携した出張型の就労相談などアウトリーチの取り組みを拡充しています。

青少年に対する早期支援の必要性

2点目は、将来不安を抱える10代の青少年が、人生のなるべく早い段階で自立できるような支援が求められていることです。すなわち15歳前後、18歳前後を節目として、将来困難を抱えるリスクの高い青少年に対して進路選択やキャリア形成支援をどのような形で拡充していくのかという課題です。

例えばこれについては、「よこはま」、「湘南・横浜」といった2つの若者サポートステーションが、中退者や卒業無業者が多い高校に定期的に訪問支援 しながら将来に不安を抱える高校生を「地域ユースプラザ」や「ジョブキャンプ」に積極的につなげて行く取り組みを始めています。

さらに 「貧困の連鎖」を断ち切るため、生活保護世帯や養育機能が脆弱な小中学生に対し、地域に居場所をつくるとともに、家庭への支援を含めて、個々の子どもたちに寄り添う形で生活や学習を支援する取り組みも進めています。

支援にあたっては図表10のような形でプラットフォームを形成し、単独の団体で支援するのではなく、地域のさまざまな団体をネットワークすることで、困難を抱える子どもたちを見守る社会的セーフティーネットを築いていくことに留意しています。

こちらも例をあげると、神奈川区では、神奈川大学がプラットフォームになって、区内の小中学校や青少年の地域の居場所などに教職をめざす学生をボランティア派遣して、学生にとっても貴重な学び、社会体験になるような試みをしています。

泉区では児童養護施設を運営する社会福祉法人が、瀬谷区では高齢者や障害者の地域支援を行うNPOがそれぞれ町内会館や一戸建ての民家を賃借し、子供たちが共に生活し、学ぶことのできる拠点をきずき、一人ひとりの子どもたちの状況に応じたきめ細かい支援を、地元の人たちと一緒に展開しています。

図表10 社会的コミュニティーレベルでのセーフティーネット

図表10 社会的コミュニティーレベルでのセーフティーネット/労働政策フォーラム開催報告(2011年7月9日)

中間的就労の場の創出に向けて

最後の課題は、支援の最終的な局面まで行っても、なかなか就労が出来ない、また働き続けることができない若者に対する支援のあり方についてです。すなわち一般就労が難しい若者でも、自分のペースで働き続けることが出来る、例えば継続的な支援を受けながら働くことのできる場や機会を地域の中にどのように創るのかという課題です。

この課題を解くためには、若者支援という観点だけでなく、農業や観光、まちづくり、介護や保育サービスなど様々な社会資源を結びつけ総合的に地域の仕事興しに取り組んで行く視点などが重要だと考えています。

このような若者支援の新たな課題に意欲的に取り組みながら、横浜市では昨年度発足させた「子ども・若者支援協議会」の検討を通じてこれからも若者支援の施策や事業のたゆまぬ見直しと再構築に努めて行きたいと考えています。

[注]

  1. 横浜市では、若者支援の取り組みを始めるにあたって、まず有識者や若者支援団体からなる研究会(横浜市青少年自立支援研究会)を立ち上げた。この研究会の委員長を務めて頂いたのが宮本みち子先生で、研究会では、市内の困難を抱える若者たちの生活状況やニーズ、課題の把握に始まり、横浜市が取り組むべき若者支援策の方向性まで客観的なデータに基づいて徹底的に議論・検討した。
  2. 「横浜市自立支援研究会」の調査では、無業の若者のうち8割を超える若者が今すぐ働くことを望み、しかもそのうち5割が正規雇用を望んでいるという結果が出ている。この調査結果を見ても、無業や不安定就労の若者が増えているのは、若者本人や家族の選択の結果というよりも、90年代後半以降の社会の構造的な変化によるものだということがわかる。