事例1 <ニッケ>65歳定年制導入~ねらいと課題~:
第53回労働政策フォーラム

高齢者雇用のこれから —更なる戦力化を目指して—
(2011年6月3日)


神部雅之(執行役員研究開発センター長)

まずはニッケという会社の概要からご説明しますが、設立は明治29年(1896年)で、今年で114年目に入っています。現在は通称社名の「ニッケ」を使っていますが、日本毛織株式会社が正式名称です。ただし、本来の毛織物関連事業の売り上げは、全体の4割程度になっており、衣料用繊維製品以外にも、さまざまな製品を扱う会社となっています。従業員数は、単体で約950人弱。グループ全体では4,900人です。これからお話する65歳定年制は、この単体の950人を対象にしています。

新ビジョンが契機に

65歳定年制を導入する契機となったのは、創設120周年へ向け、2008年1月に「NN120ビジョン」という新たな経営ビジョンを策定したからで、私も検討メンバーの一人として、社内での議論に参加しました。NNというのはニューニッケという意味になります。

当社ではそれまで、社内の事業は繊維・非繊維という考え方で区分けされており、組織や人事制度もその分け方がベースとなっていました。しかし、NN120ビジョンでは、こうした考え方を撤廃し、6つの事業グループの複合体が本業であるという考え方に変更しました。このビジョンを策定して以来、グループ全体でさまざまな改革を推し進めてきたわけです。

私は、当時の人事部人事部長という立場でした。この新組織を推進していくために人事制度や労務管理はどうしていったらいいのだろうかということで、まず、社員の現状を産業能率大学と共同で調査しました。

調査結果のなかに、「戦略組織特性」という指標があるのですが、これは、人間が集まって仕事をしたときにどのような特徴が出るのかを表したものです。当社の場合、チャレンジ精神や動く力などをさす「行動志向」が弱いことがわかりました。強かったのは「利益重視」。「やっぱり、儲からなあかん」という意識は、何とかみんな保ってやっていました。

社員が会社の強みと思っていること、当社の場合は定年まで安心して働ける会社というのがそれに当てはまります。その「コアコンピタンス」については、偏差値50のところにあり、その当時は、「これが従業員のモチベーションというのは果たしていかがなものか」という思いを抱いておりました。

「個人特性」も調査しましたが、「情報感受性」や「状況感知力」、「創造的思考力」など、いわゆる外にアンテナを張って、それを敏感に働かせて発信をしていく、新しいアイデアをどんどん出していこうという面が弱い一方、「業務遂行力」や「誠実な言動」、「綿密性」が強みとしてあがりました。

組織診断で人財ビジョンを

そして、こうした組織診断結果を、どのように6つの事業複合体に生かしていこうかということで、人財ビジョンを策定した訳です。人財ビジョンでは、チャレンジ精神など4点を社員に求めています。人財理念としては、非常に厳しい言い方をすれば、「(社員は)成長しようと努力しないと、会社は知りまへんで」。こうしたことを明確化しました。

具体的な施策としては、どう推進していこうかいろいろ悩みましたが、「まじめ」とか「誠実」などは大事なことであるとともに、倫理性の基盤にもなりますから、まずはこれらの基盤を固めようということで、65歳定年制を取り入れようというところからスタートした訳です。

成長を評価する新制度導入

当社の場合は、「65歳まで普通に働いてちょうだい」という非常に単純なメッセージを発信しているにすぎません。最近は、若い人のほうがより内向きで、60歳過ぎたおっさんのほうが異常に元気だというような場合も多いのではないでしょうか。ですから、そんな現状を見て、65歳まできっちり働いてもらう制度にしていこうと考えました。

65歳まで働いてもらうことになりますので、今日は聴衆の皆さんのなかに労働組合の方もいらっしゃいますので、広い心でお聞きいただきたいのですが(笑)、企業として非常に大きな問題となるのが人件費です。当社では、65歳定年制導入後、成長ということを評価する新賃金制度を導入しました。成長しなかったら給料は上がらないという制度に変える。一方、教育制度はもっともっと充実させ、そちらにもう少しお金をかけていこうということになりました。

65歳までのビジョンを明確に

NN120ビジョンの経営方針の中で「社員の幸せを追求し、希望と生きがいの持てる企業グループをめざします」とうたっています。やっぱり会社への安心感や長期雇用など、日本らしいことを貫こうと決め、退職年金制度も含めて65歳までが「仕事人生」だよという制度にしました。さまざまな新しい働き方を検討するという方法もありましたが、当社の場合、従業員数が何千人もいるわけではありません。わりと目が届くものですから、必要があれば個別に対応すればいいと割り切りました。

そのかわり、65歳までのキャリアビジョンをきちっと本人につくってもらい、「悪いけど処遇は厳しくするよ」という方針で、「チャレンジグレード制度」という新しい賃金制度を導入しました。

年齢構成の歪みも一因

これは、ぶっちゃけ話に近いのですが、65歳定年制を導入する前の2007年での、従業員の年齢構成をみると、40歳後半や50歳台前半層が他の年齢層に比べ少ないのです。理由は、オイルショックのときに非常に厳しい構造改善を実施したからで、弊社も当時1万人を超えていた従業員が5年間で6,000人にまで減りました。当時は、採用も5年間まったくなしのゼロ。この「55~59歳」の年齢層の従業員が定年退職で消えしまうと、とんでもないことになってしまう。ポストが足らないのではなく、むしろポストが埋められなくなってしまうことを危惧する特殊事情もありました。

09年度から65歳定年制へ

当社の65歳定年制ですが、当然、60歳以降も雇用契約は1年契約にはなりません。仕事人生のライフスタイルを65歳までに変更してくださいねと言っています。それから、キャリアビジョンについても65歳までちゃんと考えてくださいと。また、60歳以降の生計費の問題はきちっと考えなくてはなりませんから、労働組合とも協議し、あわせて確定拠出型の年金制度を導入していくことも基本的な考え方としました。

定年年齢の延長は、実際には厚生年金定額部分の受給延長にあわせて実施し、2008年3月末までは60歳定年で、それ以降の雇用は旧来の雇用継続制度を適用しました。それ以降(2008年4月移行)は、09年3月末までの1年間だけ、従業員が64歳の定年延長か、あるいは60歳での定年退職かのどちらかを選べるようにしました。

こうしたのはなぜかと言いますと、60歳直前の方は「ローンを払おう」とかいろんなことを退職金で考えています。しかし、突然、定年が4年、5年先へと延びるわけですから、計画が狂って困ってしまう。労働組合からの要望もあり、1年間だけこういう暫定的な制度を設けることにしました。そうして正式に、2009年4月1日から65歳定年制をスタートさせました。

賃金水準は57~59歳の考課で

60歳以降の給料がどうなるかですが、直近3年間、ですから57、58、59歳のときの人事考課に基づき、60歳までの賃金水準の50~100%までという広い幅で賃金設定ができるようにしています。正直言うと、50%の方も数人いらっしゃいます。標準評価だと75%になる。ただし、係長であろうと、課長であろうと、ライン長職に就いている方は、本給額は60歳までとかわりません。それから、高度専門能力・技能等保持者である「マイスター職」を弊社は設けていますが、これらの人たちは85%。

毎年、この本給を1%単位で、定期昇給の時期に見直しをする制度になっています。やっぱりやる気が下がってしまう人とか、あるいは体調の問題とかやむを得ない事情がある人もいますので、当然本給は下がることもありますし、逆に上がる事例もあります。

役職定年制は設けていません。一人か二人、60歳になってから課長になった方もおります。

人件費の総額は変えずに分配

人件費については、労働組合執行部と導入の半年以上前から話し合いをしました。基本的に総額人件費は変えないようにして、若い人にはちょっと我慢してもらい、その分を60~65歳の人に分配をしていくことにしました。ですから、組合とは定年制と賃金、賞与をセットにして、納得してもらいました。これをやらなかったら、65歳定年制について、経営陣の理解を得るのはなかなか難しかったと思っています。組合もよく理解をしてくれたと思っています。

退職金は一時金と年金半々

もう1つ、退職年金制度ですが、確定拠出企業年金を利用して75歳ぐらいまで標準生計費約24万円という線を何とかクリアできるような設計ができないかということを検討し、2008年12月、確定拠出年金制度を導入しました。退職金は、簡単に言うと、半分が一時金で、半分が年金になります。年金の半分が確定給付型、半分が新しい確定拠出型となっています。

確定拠出年金の想定利率は、いわゆる規定どおりの退職金を払うためには2%で回ればいいという設計にしています。10年、20年、30年の国債の利回りなどを見ると、ちょっと頑張れば2%はいけるかなと考えています。ただ、定期預金に預けるだけでは2%で回らないので、そこは教育して従業員を啓蒙しています。

75歳までは月収24万円

60歳以降の月収モデルですが、標準的な社員(非管理職)の場合ですが、何とか75歳ぐらいまで24万円をキープできる設計にしています。このとき、確定拠出年金は、60歳からではなく、65歳からもらった方がいいと啓蒙しています。

今後の課題ですが、そうは言っても、60歳を過ぎると、どうしても卒業したというような意識がまだまだ残っていて、それを60歳以降の業務の整理も含めて、どういうふうにしていったらいいのかということがあります。やっぱり賃金を下げるということをやると、基本的にはだめですね。やっぱり、「賃金が下がった」という意識になる。だから、何とかその部分を会社も頑張って、下げなくていいような制度にできるだけ早くしなければいけない。

確定拠出型への移行も

それから、確定給付企業年金がまだ残っておりまして、その積み立て不足がある。これをできるだけ早く確定拠出型に移していきたいと思っています。

従業員の健康管理については、2009年から、50歳以上は全員、従来に比べかなりグレードアップした1日人間ドックへ強制的に入れることにしました。今年からは45歳以上に開始年齢を下げています。65歳まできちっと働ける体力・健康管理をするのが課題と思っています。