パネルディスカッション:第51回労働政策フォーラム
非正規雇用の国際比較 —欧米諸国の最近の動向—
(2011年2月25日)

パネルディスカッション/労働政策フォーラム開催報告(2011/2/25)「非正規雇用の国際比較―欧米諸国の最近の動向―」
パネリスト
ゲイリー・スレーター
ブラッドフォード大学上級講師
ハルトムート・ザイフェルト
ハンスベックラー財団経済社会研究所顧問
フランソワ・ミション
国立科学研究センター上席研究員
アルヤン・カイザー
マンチェスター大学講師
アーベル・ヴァレンズエラJr.
カリフォルニア大学ロサンゼルス校教授
コーディネーター
浅尾 裕
JILPT 研究所長/主席統括研究員

 

年金・社会保険の受給と非正規雇用の課題

浅尾

労働問題研究という性格上、年金などの社会保障が関わってきます。日本の場合も、基礎年金の保険料の未納の問題がありますが、これは非正規雇用の問題と非常にかかわっています。諸外国では、非正規が増大することによって、年金、健康保険などの社会保障の制度的な問題に対して、どのように考え、どのように対応しようとしているのかをお教えいただければと思います。

スレーター

英国でも多分、20年後にはこれが問題になると思います。例えば年金ですが、非正規の人たちの多くは、民間の年金に入っていなければ、年金は支給されないと思います。英国の場合、保険は拠出金によるわけです。年金を全額もらうためには、きちんと拠出していなければなりません。この点に関しては、とくに女性が問題になっています。仕事を中断すると、その間の分は保険が支払われないことになります。そうすると、退職したときには、国民年金しかもらえないことになります。

「時限爆弾」が破裂することに

ザイフェルト

論文でも触れましたが、ドイツでもやはり「時限爆弾」があると思います。多くの従業員が非正規の雇用形態に長くとどまり、低賃金で年金の拠出金は少ししか払えない状態が続くと、いつか「時限爆弾」が、破裂することになります。

2点目は、また不安定な雇用のキャリアのため、キャリアの途中で失業することが多いわけです。失業期間は失業手当だけですので、最低の年金拠出金しか支払えないわけです。そうすると、リタイアした後、とくに高齢労働者は貧困になるでしょう。さらに、こうした労働者は、企業年金がもらえないということです。失業するリスクが高い。

最近になって、政府はこうした問題を検討し始めましたが、まだ答えは出ておらず、政府は、もっと今後のことを考えなければならないと思います。

派遣業界では制度整備進む

ミション

フランスの場合には、この問題はあまり議論されていません。ただし、ザイフェルトさんがおっしゃったように、年金への拠出金の支払いは、雇用期間によって左右されます。また、失業期間が長ければ、年金拠出金も支払えない。ドイツとまったく同じ状況です。ただし、派遣労働者は保護されています。失業すると、派遣会社によって保護されていますし、派遣会社が年金を支払います。とはいえ、これは派遣事業所の規模と関係しており、規模が大きければカバーされますが、中小規模であれば十分ではない。

移民労働者の場合、派遣業者のもとで働いている人たちは、まったく保護されないこともあります。

カイザー

これらの懸念は、オランダでも同じです。ほとんどの非正規労働者の場合、ある程度のカバレッジはありますが、パートの労働時間が短い場合、年金の給付金も少なくなります。論文でも触れたように、政府にタスクフォースがつくられ、パートの労働時間を長くしていこうという動きがあるのも、この問題にかかわっています。

アルヤン・カイザー氏/労働政策フォーラム開催報告(2011/2/25)「非正規雇用の国際比較―欧米諸国の最近の動向―」

アルヤン・カイザー氏

さらに、よりフレキシブルな雇用形態の場合には、さらに大きな懸念があると思います。例えば、年金の制度があったとしても、まだ新しいものです。そして、この年金基金の権利は、まだ限定されており、大きな懸念材料です。

また、社会保険ですが、システムがフレキシブルな雇用のためにつくられているわけではないので、こうした雇用形態の人たちは、失業状態になったり、雇用に戻ったりを繰り返していますから、こうしたケースに制度がなかなか追いついていかない面があります。労働組合も、派遣業界では十分にカバーしきれていないので、今動こうとしています。

多層構造になりつつある

ヴァレンズエラ

米国では、ベビーブーム世代が退職し年金を受給する年代になっていますので、支払わなければいけない年金は増え、年金への拠出金が少なくなってくるという問題に直面しています。一方で、年金基金の資金乱用の問題も取り上げられるようになっています。

アーベル・ヴァレンズエラJr.氏/労働政策フォーラム開催報告(2011/2/25)「非正規雇用の国際比較―欧米諸国の最近の動向―」

アーベル・ヴァレンズエラJr.氏

このため、大きな調整が必要だということで、政治的なプロセスとリストラとを組み合わせる動きが出ています。例えば、社会保障への拠出金については、労働者の拠出金だけでは、将来的に年金システムを動かしていけないので、定年を引き上げる議論が出ています。賛否両論ありますが、政治的なプロセスとして、今動きつつあります。

そして、雇用主の場合、多層構造の制度になりつつあり、こうしたことも議論されています。たとえば、いまの高齢者世代は昔ながらの年金制度で、かなりいい年金給付金を受けるけれども、最近、仕事を始めた若年層は、大きな拠出をしなければならなくなる。しかし、雇用者は大きな拠出が無理なので、2つの層ができてしまうシステムになってしまいます。

労働組合の非正規雇用へのアプローチ

浅尾

会場から、非正規に関する労働組合の取り組みについて、説明してほしいというご質問がでています。日本では、まだ5%程度の低い割合ですが、パートタイム等の組織化が進んできています。そして、非正規雇用の処遇改善に向けた組合の取り組みを方針に盛り込んでいます。そこで、各国の組合は非正規労働者に対して、どのようにアプローチしているのか、ご報告いただければと思います。

住宅産業の日雇い労働者の組織化へ

ヴァレンズエラ

組合の非正規に対する賃金の引き上げや、処遇改善の取り組みは十分ではないと思います。その結果、重要なチャンスを逃しているともいえます。例えば、論文で報告した住宅産業の建設労働者では、組織化が進んでいません。建設関係のプロジェクトに携わっている低賃金の非正規は非常に多い。しかし、この分野の取り組みは進んでいません。そこで、先に紹介した日雇い労働者の労働センターが最近でき始めました。

日雇い労働者を中心に、安全な場所で仕事を探しつつ、たとえば英語の力をつけるなど人的資源のレベルを上げる。さらに、労働者の権利についての知識を増やす。このようなことで、労働者の生活の質を上げてあげていく活動が進んできました。AFL‐CIOなどは、突然、こうしたことが重要だと認識し始めました。これが組合にとっても大きなチャンスかもしれないと。全国的な日雇い労働者の組織、とくに住宅産業と協力すれば、そこでうまく関係を結べるかもしれないということです。これまでの組合とは違った形での組織化ができるかもしれないということで、AFL‐CIOもこういった日雇い労働者の組織化を支援し始めました。

ただし、いまのところ非常にゆっくりとした歩みです。労働者の多くが移民ということで、正規雇用の建設労働者を切り崩すのではとの危惧もあり、抵抗が大きい。とはいえ、このようなタイプの革新的な関係が生まれ始めて、それをさらに推し進めていって、日雇い労働者の処遇改善に結び付けていかなければならない。そのプロセスはゆっくりしか進まないけれども、展望としては有望だと思います。

協定の拘束力で組織化は進まない

カイザー

オランダの場合、フレキシブル雇用にだけ焦点を当ててお話をしたいと思いますが、フレキシブル雇用の組織化は遅れています。とくに派遣労働者を組織化することは非常に難しい。

また、オランダでは、協定は一般的に拘束力があるので、ほかの国ほど組織化は進んでいません。フレキシブル雇用の人たちを代表するという点では、一定の派遣労働者に対して、過去10年間で3つの協定が締結されており、そのほかの、ペイローリングなどは、すでに団体協約を持っています。組合は今、これが正しい戦略かどうかを考え直しているところです。これまでの状況を見ると、フレキシブル雇用の労働者を通常の協定の中に入れる方がいいのではないかと考えているようです。したがって、その時には正規労働者の支持も必要になります。将来どうなるかわかりませんが、フレキシブル雇用を通常の労働協約の中に入れようとする動きが見えていることは確かです。

ミション

フランソワ・ミション氏/労働政策フォーラム開催報告(2011/2/25)「非正規雇用の国際比較―欧米諸国の最近の動向―」

フランソワ・ミション氏

フランスの労働組合はもともと組織率が非常に低いということで知られています。しかし、労働協約のカバレッジが高いことも、フランスの特徴です。非正規の労働者については、大きな問題になるかもしれませんが、労働協約があるので、例えば、有期のテンポラリー雇用については、それほど大きな問題はないようです。しかし、派遣労働者の場合には、組織化が難しい。派遣労働者は、移動が激しいので組織化するためには派遣会社ごとに組織を作るしかない。派遣労働者のなかには、一定の権利を持っている人がいます。これらの労働者が人材派遣会社をベースにすれば、組織化はできるかもしれません。

また、臨時労働者やパートタイム労働者に関して、組合がストを打つようなダイナミックな動きはありません。パートは大半が女性で、組織率が極めて低い分野です。女性や移民労働者の組織化は、フランスの労働組合にとっても大変なことだろうと思います。

組合は非常に頑張っている

ザイフェルト

もしこの質問を10年前に聞かれたとしたら、答えは短かったでしょう。「組合はあまり関心を持っていない」。しかし、状態はまったく変わりました。いろんな活動を労働組合がしています。とくにここ数年、労働組合は非常に頑張っています。いくつかの例だけ紹介します。

ハルトムート・ザイフェルト氏/労働政策フォーラム開催報告(2011/2/25)「非正規雇用の国際比較―欧米諸国の最近の動向―」

ハルトムート・ザイフェルト氏

まず、ドイツでは特定の産業にしか最低賃金がなかったわけですが、労働組合は最低賃金を法律によって導入することを求めています。過去2年、組合はサービス産業の本社にまで出向き、7.5ユーロを最低賃金として求めています。さらに、8.5ユーロまでの引き上げを求める活動もしています。法律によって、パートタイムからフルタイムに昇進させることも要求しています。逆に、フルタイムからパートタイムに戻ることも必要だとしています。そういう権利はオランダですでにあるわけです。ドイツでも非正規労働者たちを組織しようとしています。

派遣労働者に対しても、相当な成果を上げています。組合は、労使協議会と協力して、企業の中において同一価値労働・同一賃金を導入することを求めています。われわれの調査では、2,000以上の従業員代表協議会から答えがあって、23%は導入を協定化したとの結果になっています。また、生涯学習についても、労働組合は相当な成功をおさめています。たくさんの例があるわけですが、ここでやめておきます。ドイツでは労働組合が相当頑張っているということを申し上げておきたいと思います。

スレーター

英国でも組織化は難しいということです。1~2つの協約が、大手の派遣会社の労働組合と締結されています。しかし、有給休暇はとれていません。

ゲイリー・スレーター氏/労働政策フォーラム開催報告(2011/2/25)「非正規雇用の国際比較―欧米諸国の最近の動向―」

ゲイリー・スレーター氏

ドイツと同じように、英国の組合は、派遣に対して非常に敵対的でした。そして、政府にもっと規制をかけろと圧力をかけてきました。EU指令により、パートを正規と同一賃金にすることになりましたが、その交渉は、職場レベルで行われています。そのような規制が、職場で実行されていることを保障しなければなりません。また、派遣もEU指令によってカバーされています。英国で、今年12月末から、法制化されることとなっています。しかし、労働組合から労働党に対して、この政策を撤回せよという圧力がかかっています。法律にはいろいろな抜け道があるからです。

もう1つ、組合による脆弱な立場にある個人事業者に関するキャンペーンがあります。使用者が、労働者を自営業者だとして、解雇したときに解雇手当てを払わないことがあるからです。そのため、法律を変えるよう求めています。

最後に、米国から輸入された非常に重要なアイデアですが、生計費を確保するためのキャンペーンが行われています。英国では最低賃金はありますが、それでは生計が成り立たないわけです。とくに独立自営業では、税金も払えないわけです。そのため、現在の最低時給は6ポンドですが、ロンドンのホテルや地方自治体では、低賃金になっているので、これらを8ポンドまで引き上げるようキャンペーンを張っています。

英国の労働組合の役割は、法律を施行させ、使用者が法にしたがっているかどうかをチェックすること。そして、法律に抜け道をつけさせないようにしつつ、生計が賄えるような最低賃金を確保させることを前面に打ち出しています。

ワークシェアリングとパートモデルの関係は?

浅尾

最後に、オランダについて質問がきていますので、カイザーさんにお答えいただきたいと思います。日本ではオランダのパートタイムモデルへの関心が非常に高いわけですが、いわゆるワークシェアリングとパートタイムはどう違うのか、あるいは関連するのかということです。それから、賃金格差は、実態面としてないと考えていいのかという質問です。そして、もうひとつ若年者雇用については、どのような関心が払われているのかということです。

カイザー

まず、ワークシェアリングとパートという関係です。ご存じのとおり、経済が非常に厳しかった時に、ワッセナー合意があり、労使が合意形成しました。その中で、ワークシェアリングのための賃金調整を行う動きがありました。それに伴って、週労働時間を42時間から38時間、さらに36時間に減らすことになっていったわけです。

浅尾 裕氏/労働政策フォーラム開催報告(2011/2/25)「非正規雇用の国際比較―欧米諸国の最近の動向―」

浅尾 裕氏

これとワークシェアリングとの関係ですけれども、労使のコンセンサスとしては、結果として新しい雇用につながればよいという認識でした。では、実際に労働時間の短縮によって新規雇用が創出できたかというと、十分満足するような結果にはつながってはいません。短期的な成果は十分ではないのですが、長期的には労働時間は週当たりでは減ってきているので、長期的にみるといい成果が出かけていると思います。

それから、先ほども触れたようにパートタイムの労働時間を長くしようという傾向が出てきています。1週間に3~4日は働くという形です。男性の場合でも、週4日働いて、1日は子どもの面倒を見るという、家庭責任も妻とシェアする傾向が出てきています。ですから、10~15年を展望すると、オランダの労働市場で1週間に4日ぐらい働くモデルが出てくるかもしれません。ワークシェアリングとパートについては、今のところ、まだまだ十分な調整ではないですけれども、将来的にはこうした週4日労働という動きになっていくかもしれません。

それから、賃金格差の問題ですが、手元にデータはありませんが、もちろん格差はある程度はあります。その理由として、パートの場合、将来的な昇進の可能性があまりないということです。そのため、賃金が低いのではないかということです。

それから、若い世代についての懸念ですけれども、これはフレキシブル雇用が増えていることと関係があります。若い世代は当然、正規雇用を探してはいます。1年の契約を3回続ければ、無期契約に移行することは法律で規定されていますが、報告で紹介したように、フェーズのAからBからCへの移行で、Cに行けば無期になりますか、なかなかB、Cに至らない問題があります。実際として、数は非常に少ないわけです。労働組合の代表へのインタビューした中で出てきたのは、正規労働者がフレキシブル雇用の労働者の処遇にも関与しなければならないと説得するために、自分たちの子どもの状況を指摘することが必要だと言っています。自分の子供たちがなかなか正規の仕事を見つけられない状況が多くあるわけです。ですから、何らかの形で世代間の団結・連帯を高めていくことが必要かもしれません。

〈プロフィール〉

ゲイリー・スレーター(Dr. Gary Slater
ブラッドフォード大学上級講師

リーズ大学にて博士号取得後、1999年からリーズビジネススクール研究員、2001年からノッティンガム・トレント大学経済学講師を経て、5年から現職。英国王立経済学会、高等教育アカデミー等の委員を歴任。主たる研究領域は非正規雇用、派遣労働で、同分野における著書多数。

ハルトムート・ザイフェルト(Dr.Hartmut Seifert
ハンスベックラー財団経済社会研究所顧問

ベルリン自由大学卒業(政治経済学博士)。1974年より連邦職業教育訓練研究機構(BIBB)研究員、75年からハンスベックラー財団経済社会研究所主任研究員、95年から同研究所所長を務め、2010年から現職。専門は経済、雇用・労働問題。とくに非正規雇用に関する専門家として多くの研究成果を発表。

フランソワ・ミション(Dr. Francois Michon
国立科学研究センター 上席研究員

パリ第1大学、第3大学で教鞭をとる。現職のほか経済社会学研究院(IRES)の研究員や労使関係の学術研究フォーラム(REI-net)の主宰、学術誌「経済と社会(Economies et Societes)」シリーズの監修も務める。主たる研究領域は、労働社会経済学、とくに雇用形態、労働市場、労使関係、労働時間。直近では非正規雇用に関する学際的研究を実施。

アルヤン・カイザー(Dr. Arjan B.Keizer
マンチェスター大学講師

1997年オランダロッテルダム、エラスムス大学修士課程修了、アメリカノートルダム大学、一橋大学への留学を経て、2005年にエラスムス大学にて博士号を取得しブラッドフォード大学講師を経て2010年より現職。専門分野は労働経済、雇用慣行。日本とオランダまたアングロサクソン圏の労働市場及び雇用システムの比較研究、及び非正規雇用に関する研究成果多数。

アーベル・ヴァレンズエラ Jr.(Dr.Abel Valenzuela Jr.)
カリフォルニア大学ロサンゼルス校教授

カリフォルニア大学バークレー校卒業後、マサチューセッツ工科大学にて博士号取得。専門分野は都市社会学及び都市計画。移民とくにチカーノ(メキシコ系アメリカ人)社会を中心とした非正規労働、貧困、不平等など都市の抱える諸問題の研究で知られる。2001年よりカリフォルニア大学ロサンゼルス校社会科学研究所都市貧困研究センター所長、3年から同大学チカーノ研究科長代理を経て現在同科長。

浅尾 裕(あさお・ゆたか)
JILPT研究所長

1976年大阪大学経済学部経営学科卒業。76年労働省入省。その後JILPT出向を経て労働省勤労者福祉企画官、中労委事務局調査課長、障害者雇用促進協会障害者職業総合センター企画部長、総理府社会保障審議会事務局調査課長等歴任の後、2003年からJILPT統括研究員。2009年から現職。