議事録:第6回旧・JIL労働政策フォーラム
ヨーロッパと日本の高齢者雇用
~年齢に関わりなく働ける職場は実現できるか?~
(2002年7月25日)
目次
- 講師略歴
- 日・英・独の高齢者就業の概要(岩田克彦・日本労働研究機構統括研究員)
- 英国の高齢者雇用政策(フィリップ・テーラー・英国ケンブリッジ大学上級研究員)
- 独における失業者の労働市場への再統合
(フレリヒ・フレリヒス・独ドルトムント大学上級研究マネージャー) - NECにおける雇用延長の取り組み(木村邦明・NEC人事部勤労マネジャー)
- 討論
- 質疑応答
講師プロフィール
フィリップ・テーラー(Philip Taylor) |
ケンブリッジ学際的高齢化研究センター上級研究員(2001年~現在)。ケンブリッジ大学・ダーウィン・カレッジ所属(応用心理学 博士/ 2002年~現在)。日本労働研究機構招聘研究員、総合研究開発機構招聘研究員(2002年~現在)。1989~93年シェフィールド大学社会学研究所研究員。96~2001年オープン・ユニバーシティー、ビジネススクール研究員。 |
フレリヒ・フレリヒス(Frerich Frerich) |
ドルトムント大学老年学研究所上級研究マネージャー(心理学、社会学 博士)。1991年ドルトムント大学老年学研究所研究員。95年人口構造変化、労働市場および高齢者のための社会政策部門長。99年ドルトムント大学老年学研究所主任研究員。 |
藤村 博之 (ふじむら ひろゆき) |
法政大学経営学部教授。JIL特別研究員。 |
木村 邦明 (きむら くにあき) |
NEC人事部勤労マネージャー。 |
岩田 克彦(いわた かつひこ) |
日本労働研究機構統括研究員。 |
日・英・独の高齢者就業の概要(岩田克彦・日本労働研究機構統括研究員)
本フォーラムのねらいでございますが、日本の高齢化は急速に進みつつあります。例えば65歳の人口比率でみると、2010年になる前にEU諸国のどの国も追い抜くといったように高齢化が非常に急速に進みます。そして、あわせて考えますのは、公的年金の支給開始年齢の引き上げです。ご承知のように、日本の公的年金は1階部分と2階部分に分かれていますが、1階部分のいわゆる国民全体を対象とした基礎年金の支給開始年齢は、今、60歳から65歳への引き上げ途中であります。男性すべてと女性の公務員は2013年に65歳になり、企業の女性の方は2018年に65歳になります。2階の報酬比例部分につきましても、男性すべてと女性の公務員は2025年に65歳になりますし、民間企業の女性は2030年に65歳になります。特に基礎年金部分が再来年に62歳に引き上がるので、来年の春闘では、改めて高齢者雇用が大きな問題になるのではないかと予想しています。こうしたときに日本とドイツとイギリスの状況を比較することは、非常に有意義な試みと思っています。
簡単にイギリスとドイツの状況を説明させていただきます。図1(PDF:33KB)に日本と、イギリスと、ドイツと、それとアメリカ、この4カ国の人口ピラミッドを掲げて比較をしています。先ほど65歳人口の比率で日本は西欧諸国を今抜きつつあることを説明しましたが、これを人口ピラミッドでみると、この図のようになります。2000年と2020年と2050年を比較していますが、一番上の2000年時点では各国とも30歳代から50歳代前半の比率が最も高くなっています。そして、この比率が高くなっているところがだんだん上のほうに上がってくるわけであります。そして、日本とドイツが特に若年層の比率の減少を伴っているので、人口の高齢化がより深刻だろうと思います。
それから、図2(PDF:17KB)を見てください。これは、いわゆるサポート率を出しています。分母に高齢扶養世代人口をとりまして、分子に勤労世代人口をとった数字であります。すなわち、高齢者1人を何人の勤労者で支えるかという比率です。勤労世代か高齢扶養世代かを、60歳で分けるか、65歳で分けるか、70歳で分けるかで、それぞれについて4カ国のグラフをつくってあります。これをみるとわかりますように、各国ともより長く働かなければならない状況です。特に日本の場合は顕著でありまして、例えば、2050年の予測を見ますと、高齢扶養人口を70歳以上としても、約2人の勤労者で1人の高齢者を支えなければならないといった数字になっています。これをみましても、ドイツの数字が日本に近いと思います。
それから、最後に図3(PDF:17KB)であります。これは年齢別の引退率と労働力率、そして男性の就業状態を比べたものです。ここで引退率とは、その年齢まで働いていた者がその年齢での中で引退する割合です。この一番上の図は50歳以降の男性の引退率をグラフにしたものです。そして、ヨーロッパの場合、特に、早期引退とか、企業年金とか、失業保険とか、年金の支給開始年齢で引退というケースが出てきますので、それぞれどこで引退するかを掲げています。下の図は、就業者、失業者、障害者、引退者の割合であります。
これらの図から、ドイツについては、引退率が高まる時期、つまり多くの者が引退する時期は2度あることがわかります。イギリスについても、引退率が高まる時期は通常の年金支給開始年齢にほぼ対応しています。一方、日本の場合は、アメリカも大体そうですが、引退率が急激に上昇する時期とか、就業者の割合が急激に減少する時期は、あまりはっきりしていないわけです。ですから、両国の高齢男性は比較的緩やかな引退プロセスにあるということが言えます。西欧諸国では高齢者の早期引退が大きな問題となっていまして、その傾向を今、何とか変えたいと懸命になっています。日本の場合は、こうした緩やかな引退が数字的には実現しているわけです。ただ、就業条件、例えば定年年齢とか、そういうところで大きく変わること、それが問題になるわけです。それと同時に、年金支給開始年齢の引き上げにどのような対応をするかといったことが大きな課題となっていると思います。
もう一度最終的に要約いたしますと、ドイツの場合は早期に引退する人がとても多く、それを今、懸命になって変えようとしている。日本と同じような高齢化が非常に急速に進んでいるといったことを背景にしているのではないかと思います。イギリスの場合は、アメリカと同じようにできるだけ規制を少なくしようとしている国でありますけれども、アメリカのように放任ではなくて、最近いろいろな工夫をしている、とてもおもしろい国と思っています。そうしたことで、日本とこうした国を比較することは非常におもしろいのではないかということです。
本日のパネリストでありますイギリスとドイツの2人は、こうした高齢者の分野の実情に非常に詳しい方です。藤村先生も日本の高齢者問題の権威です。そして、NECも3つの雇用延長制度といったようなことで、日本の企業では一つの典型的な取り組みをしている企業ではないかと思います。こうした4人の方と会場の方で、できるだけ活発な議論をしたいと思います。
では、テーラー先生からお願いいたします。
英国の高齢者雇用政策
(フィリップ・テーラー・イギリス・ケンブリッジ大学上級研究員)
年齢差別の解消に向けた政府の啓発活動イギリスの高齢労働者に対する公共政策について、過去の経緯だけではなくて、あるべき姿について話したいと思います。これは私が多くの国でこれまで研究をしてきた成果です。まず、簡単にイギリスの現状について説明します。そして、その後に、あるべき姿について話します。さて、イギリスをドイツ、オランダ、フランスも含む欧州諸国を比べますと、1970年代、80年代は、これらの国ほど早期退職制度はイギリスでは導入されませんでした。しかしながら、高齢労働者の労働力率はこの25年間顕著に減少しました。これは強調しておかなければなりませんが、ほかの多くの欧州諸国に関しては現在、労働力率が大分上向きになっている一方で、日本では安定したレベルです。この10年間、いろいろな政党、保守党政権も労働党政権も高齢労働者を対象にした公共政策を次々に打ち出しましたので、これについて少し話します。 年齢差別について少し話したいと思います。長年にわたり多くの研究が行われ、労働市場で年齢差別の問題こそ対処することが必要なものだということがわかりました。保守党政権においても、労働党政権においても、90年代、この分野の政策を打ち出しました。保守党政権も、労働党政権も、年齢差別に対して法律で対処することには強く反対して、10年以上にわたり一貫して、法律化を否定しました。その代わり、どういうやり方をとったかと言いますと、自主的な形で対処するよう使用者を説得したのでした。 そのために政府の教育キャンペーンが2つ行われました。やがて労働党政権となってから、雇用における年齢の多様性に関する行動規範をつくりました。これは基本的に英国政府が見出した英国企業の中からいわゆるグッド・プラクティス(Good Practice:模範的な実践)と呼ばれるもの事例を提示しています。それには、「企業が何をなすべきか」が書かれています。政府は、行動規範をイギリス全土にたくさん配布しまして、マスコミも非常に高い評価で報道したのであります。キャンペーンでありましたけれども、非常によく設計された評価を行いましたところ、使用者側の行動にキャンペーンの効果はまったく認められませんでした。実際、使用者の行動は改善するどころか悪くなってしまったようでした。 さて、EUの雇用における平等待遇に関する指令が導入されまして、イギリスを含むすべてのEU加盟国は、この指令のもとで法律を導入し、雇用における年齢差別を禁止せざるを得なくなりました。英国の政府も専門家委員会を召集して、この法律の範囲と内容について検討を依頼しました。その委員会は現在検討を続けております。2006年までにこの法律が施行されます。おそらく2006年以前でしょうが、政府はなるべく長く待ってから導入しようと考えていると思います。 英国政府は、また人口の高齢化に対応するためにある種の戦略的な、統合的に対処するため、いろいろな省庁の閣僚で構成されている高齢問題に関する閣僚グループをつくりました。各省庁のこの問題に対する行動を調整するのが目的です。 もう1つ、ごく最近のことですが、政府は、公共職業安定機関(Job Centre)における求人で年齢制限を禁止しました。98年には、高齢者の労働市場での立場が変化しているかどうかを明らかにすることを目的として、英国政府は労働市場での高齢者の状況を示す主要指標を公表することを約束しました。2000年以来、英国政府は模範的な実践を行い、行動規範を持っているという会社を表彰する「採用における年齢多様性に関する優秀賞」を設けています。そして、経済界やテレビ、ラジオなどメディアの注目を集め、年齢に関する意識を高めるキャンペーンを行うことは、政府にとって大変重要なものになりました。 |
ニューディール50プラス英国のニューディール50プラスと命名されたプログラム(制度)についてお話をしたいと思います。ニューディール制度にはいろいろ種類がありますけれども、ニューディール50プラスというのは、50歳以上の労働者に対するニューディール・プログラムであります。主な目的は、高齢労働者が労働市場でより効果的に競争できるようにすることです。失業者だけでなく、6カ月以上仕事についていない人は誰でも対象となります。このプログラムへの参加は自主的な判断に任されます。個々の参加者は求職の指導や面接のための旅費の支給など実践的なサポートをその人についている公共職業安定所のアドバイザーから受けることができます。それからまた、仕事についたとき労働者は賃金に加え、雇用クレジット(注:週あたりフルタイム労働者は60ポンド、パートタイムは40ポンド支給される。)というのがあります。雇用クレジットは、彼らが何らかの雇用をどこかで得ることができるようにという目的のものです。それから、あまり多額ではありませんけれども、職業訓練の助成金(注:雇用クレジットを受け取っている人が仕事に関連する訓練を受けるときに1,500ポンドまで支給される。)も支給されることになっています。ニューディール50プラスは、大変効果的だったと思います。プログラムに参加する人はほとんど男性で、過半数はフルタイムの仕事に就きました。そして、評価の結果、高齢労働者の間で最も人気があったのは雇用クレジットでした。これは別に驚くべきことではないでしょう。しかしながら、もう一つ重要なことは、調査の対象となった人たちのほとんどは、雇用クレジットがなくても「いずれ仕事についただろう」と答えています。この分野に公的政策を導入するときのよい教訓になったのではないかと思います。 もう1つ学んだ重要なことは、このシステムが最も効果的であったのは55歳未満の人たちに対してだということです。ニューディール50プラスに参加した人で55歳を超えている人はわずかですが、最も仕事を見つけるのが困難なのは55歳を超えている人です。そしてまた、訓練プログラムは参加者からそれほど役に立つとは思われていません。 もうイギリス政府が実施しているのは、たくさんの情報をホームページで提供することです。まず、「エイジ・ポジティブ(Age Positive http://www.agepositive.gov.uk/ )」というウェブサイトがあります。これは、主に使用者側に向けて、例えば高齢労働者雇用に関するグット・プラクティス(模範的な実践の事例)とか、政府が定めた行動規範も紹介されています。2つ目は、「セカンド・チャンス(The Second Chance http://www.dfee.gov.uk.secondchances/contents.html 現在、提供を中止している模様)」ウェブサイトというのでありまして、これは学習とか訓練活動について高齢労働者を対象としてアドバイスやガイダンスを与えるのが目的です。 |
年金改革 社会保障の年金改革が行われました。この分野の政策の改定は段階的であって、断片的であって、時間がかかります。年金受給者の所得に応じた年金額の減額制度がありましたが、日本でも制度改正があったようですけれども、イギリスでは1989年に廃止しました。しかしこの廃止が高齢者の就業に与えた影響は、あまり大きくないと思います。もう1つの変更として、女性の年金受給年齢を男性と同じになるように引き上げることです。これは時間をかけて、ゆっくりと実施されることになります。最後に、イギリス政府は、引退に対する選択をもっと弾力的にしようと考えています。これらの選択方策についても長い間研究していましたが、まだまだ具体的な提案は出されていません。
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英国の公共政策はどうあるべきか |
独における失業者の労働市場への再統合
(フレリヒ・フレリヒス・ドイツ・ドルトムント大学上級研究マネージャー)
引退年齢の引き上げ私は、ドイツにおける高齢失業者の現状と労働市場に再統合される様子に重点を置いて説明します。はじめに、よく知られていることかもしれませんが、年金改革について話します。90年代の初頭からドイツ政府は、引退年齢を一般的に65歳に引き上げること、そして特定の種類の年金について支給開始年齢を引き上げることをきめました。一例をあげると、失業を理由とした早期退職に支給される年金の支給開始年齢も60歳から65歳へと引き上げられました。これらの措置は主に年金保険基金の財政を安定させることと、もう1つ、人口構成の変化を背景として、できるだけ長く働くことを促進することを目的として実施されました。 引退年齢の引上げに際し、高齢者の中にもいろいろな違いがあることを考慮せず、また、雇用機会を増やすことや、労働条件を改善することもしなければ、既に労働市場の中で心もとない立場に置かれている高齢失業者の状況を悪化させることになるかもしれません。 |
高齢者失業の状況こういった背景や、こうした状況に直結する社会的なリスク、そして課題を評価するため、次にドイツの高齢失業者の状況について概略を説明します。その中で、ドイツ政府や他のドイツにある機関は実際にどのような積極的な労働政策をとっているかを話して、結論を述べ、そして高齢者に向けた公共政策を改善するための提言をします。 ドイツの高齢失業者の状況には以下のような特徴があります。過去10年間を見てみますと(図4)(PDF:12KB)、高齢者の失業は絶対数でも相対的にも増えました。92年から2001年までの失業の状況をみると、「45歳から54歳」と「55歳から64歳」の2つの年齢層で失業が増えています。例外として、55歳から64歳は2000年から2001年にかけて減っています。それ以外のところでは失業率が急激に上昇しています。 年齢別に失業率をみると(図5)(PDF:9KB)、年齢が増えるにつれまして失業率も上昇すると言えます。例えば、2001年の「55歳から64歳」の失業率は18.5%で、これに対して、「35歳から39歳」では10.3%です。このように高齢者の場合、若い人に比べて失業のリスクがはるかに高くなっています。 それから、もう1つの高齢者の失業リスクを説明します。年齢別にみた1年以上の長期的な失業者の比率であります(図6)(PDF:9KB)。1年以上の失業者であります。年齢が高くなるにつれ長期失業者の比率が高まっています。具体的な例をみると、21歳以下の長期的な失業者の割合はほとんどゼロです。これに対しまして「55歳から59歳」や「60歳から64歳」では長期失業者の比率は60%近くになっています。 では、なぜこのように高齢者が失業するのでしょうか。主な要因を3つあげなければいけないと思っております。高齢者に長期的な失業者の割合が高いことに関して、最も特徴的な理由のひとつは、身体的な障害がある者の割合が若年者に比べ高いことです。2001年のドイツにおける身体障害を持つ人の割合を年齢別にみると(図7)(PDF:9KB)、「20歳以下」では10%を切っています。これに対しまして、「45歳から49歳」では、この比率が30から35%です。言うまでもなく、再就職にはこれが大きなハンディであり、失業が長く続くリスクの主因のひとつであります。 さらに、失業が長期化するもう1つの要因は、使用者側(企業)が求める技術・技能と高齢労働者が身につけている技術や技能に開きがあることです。使用者側が求める技能を持っていないことは再就職の大きな妨げとなります。ドイツの使用者が高齢労働者の訓練に消極的であることも高齢者が適切な技能を持たない原因のひとつです。例えば、35歳から49歳の労働者の36%が職業訓練を受けています。50歳以上の労働者では20%しか職業訓練に参加しておりません。高齢者が前の会社で十分職業訓練を受けたとしても、そこで身につけた技能があまりにもその企業に特殊なものであることが多く、そうであるとほかの会社に再就職するためのきちんとした基礎にはなりません。 それから、高齢者の失業が長く続く3番目の要因は、ドイツの雇用危機の結果、企業側は人を雇うときに厳しい基準を適用していることです。そして、それぞれの求人で、求職者に求める技能水準が高まり、今でも要求水準が上がっています。その結果、高齢労働者の場合には、例えば、以前に失業の記録があったり、あるいはキャリアのギャップがあったりする場合には、ほとんど新しい仕事につける可能性はほとんどありません。実際に雇用のときに、それが暗黙の年齢制限になっています。 |
4つの取り組み以上、ドイツにおける高齢者の失業リスクを簡単に申し述べました。現在の状況は非常に厳しい状況です。では、政府、事業主側、労組は、これに対して何をしているのかということで、労働力率を高め、そして高齢者の失業率を減らすための取り組みについて話します。すべての政策について話すわけではありません。また、例えば、賃金の補てんや、職業訓練制度など従来型の措置についても説明しません。むしろ私は皆様方や日本の公共政策担当者にとっても関心があると思います4つの具体的な政策について説明したいと思います。まず、最初にこの4つが何かをお話した後で、一つ一つについて詳しく説明したいと思います。(1)最初に説明する政策は、仕事・職業訓練・競争力のための同盟や最近成立した雇用活性化法(注:社内訓練、雇用創出に関する法律)に合わせた、社会保障規約の改正についてです。(2)そして、連邦雇用庁が導入した「50歳以上、やればできる」というキャンペーンについて検討します。(3)もう1つの政策は、高齢失業者を人材派遣業者により労働市場に再統合していくものです。(4)最後に、セカンドキャリアという取り組みです。これはドイツのひとつの州で高齢者を再就職させるために共同して取り組んでいるものです。 |
仕事・訓練・競争力のための同盟最初の政策であります仕事・職業訓練・競争力のための同盟と雇用活性化法、そしてこれらの進展に関連した改善点について説明します。ドイツの連邦政府は、仕事、職業訓練、競争力にかかわる同盟と呼ばれるものをつくりました。政府、労組、そして使用者側の団体の代表が参加して、連邦レベルでこれを推し進めています。2001年3月に高齢労働者の雇用状況を改善するための特別プログラムに政労使が合意しました。これは、高齢労働者に向けた公共政策の枠組みの転換でもありました。初めて政府とそしてソーシャルパートナーたち(労使)が共同して早期退職政策に背を向け、高齢者の失業を防止するとともに高齢失業者の労働市場への再統合(再就職)を図ることに集中することになりました。 詳細に入りますと、共同で出された宣言には、企業や労働者に生涯教育の重要性をもっと意識させること、企業の自主的な取り組みや労使交渉により特に高齢労働者への職業訓練を促進すること、金銭での奨励措置を設け、中小企業の50歳以上の労働者の訓練を行うこと、さらには、賃金を補てんする補助金の受給資格を55歳以上から50歳以上へと引き下げることが盛り込まれました。 このなかで、特に真新しくて関心を引くのは、55歳以上の高齢者を対象とした職業訓練の促進策です。初めて会社内の高齢者向けの職業訓練に対しまして連邦政府から補助金が出ることになりました。具体的にいうと、この制度が対象としている高齢者が従業員1,000人未満の中小企業に雇われ、訓練期間中もその企業から給料が出るときは、連邦雇用庁がこの対象労働者の職業訓練に補助金を支給します。対象となる訓練は企業の外部で行われるものでかつ、職場で行われる限定的な再教育の枠組みを超えているものに限定されています。この政策は高齢者の労働市場を改善し、高齢者の技能を向上させることを目的としています。それに加えて、雇用庁は、会社からの解雇の危険性があって、職業訓練を受けている労働者に対しても賃金補助金を出すことになりました。これら2つの制度は2005年12月までに終了することになっております。その後どうするかはまだ決まっていません。これらは非常に新しい措置で、今年の年初に始まったので、実際にどの程度効果的か評価はまだ出ていません。補助金により、企業が高齢労働者の訓練に関心を持ったかどうか、1年後にみてみたいと思います。 |
「50歳以上、やればできる」キャンペーン2つ目の措置、労働市場での高齢失業者の状況を改善するためドイツで導入された「50歳以上、やればできる」というキャンペーンです。2000年に連邦雇用庁が長期キャンペーン「50歳以上、やればできる」を開始しました。このキャンペーンのねらいは、技能をもっている高齢失業者を地域雇用庁の既存の再就職支援の枠組みに取り込むことにより、労働市場への再統合(再就職)を促進することです。 連邦雇用庁が出しました行政命令によりますと、当初の具体的な目標は、高齢労働者に対する使用者側の態度を変えて、年齢の障壁を下げていくということ、そして高齢失業者のやる気を起こさせ、能力を高め新たな仕事に応募させること、職業あっせんの取り組みを改善することです。 キャンペーンの対象者は、50歳から55歳までの高齢失業者で、深刻な技能不足はなく、所定の職業に関して技能のある労働者で、労働市場へ再統合されていくための意欲があり、そして、なるべくなら短期的な失業者です。 このように高齢労働者のなかでも有利な立場にある人たちに向けた施策としていることについて連邦雇用庁は、次のように説明しています。高齢労働者を労働市場で再統合するには障壁や課題がある、これらに立ち向かい、使用者側の一般的な態度を変え、さらには説得力のある職業あっせんを達成するためには、高齢失業者のなかでもより職につきやすい人たちから取りかかるのが、最も適切な方法とみられる。この取り組みは職業紹介、賃金補助金、職業訓練に関する既存の規約である社会保障規約IIIに基づいています。このキャンペーンのための特別な金銭的助成措置はありません。 詳細に入りますと、以下のような特別な措置がとられています。(1)高齢の求職者のためにインターネットを使ったジョブプール(求人情報コーナー)を設置すること、(2)高齢失業者に対して個人面談による職業適性分析(ジョブ・プロファイル)を行うこと、(3)高齢失業者に的を絞った職業紹介の各種取り組みと、それに組み合わせた賃金補助金や職業訓練制度、(4)高齢者の雇用をテーマにしていわゆる「労働市場に関する話し合い」を使用者側と行うこと、それから、(5)高齢の従業員と使用者側の出会いの場の設置(ジョブフェア)、それから、(6)企業に高齢労働者の持っている潜在的可能性や高齢者を雇うことの利点を周知するためにマスコミへの発表、宣伝冊子、リーフレットの作成を行うこと、です。 連邦雇用庁は、このキャンペーンについて、これまでのところ総合的な評価を実施していないので、成功したのかどうかまだ評価できません。最初の暫定的な評価がノルトライン・ヴェストファーレン州の雇用庁で行われ、その結果によりますと、高齢失業者は、さらに既存の訓練体制の措置の中に組み込まれて、そして、地域の職業安定所は高齢失業者に向けた訓練の措置を設けました。それから、地域の職業安定所の3分の1が高齢の失業者のためにジョブプールを設置し、それから、高齢失業者に対する職業紹介は失業率が低い地域と、それから、金属製品や電気関係の機械製造業が主流であるような地域でうまくいっています。キャンペーン前には地域の職業安定所は高齢失業者にあまり職業紹介をしたがらないのが一般的でしたが、これも改善していると見られます。 そして、実際に高齢失業者を労働市場に再統合していくことに関して、このキャンペーンの対象範囲は最初から限定されていたということを忘れてはいけません。このキャンペーンは技能のある短期的な高齢失業者で、年齢的には50歳から55歳の人たちを対象としています。しかしながら、このキャンペーンは、総合的で、より積極的な労働市場政策を実施するための一つの礎石とすることができます。 |
人材派遣による対策3つ目に、最近、ドイツのひとつの州で導入された高齢失業者の対策について説明します。これは、高齢失業者を人材派遣会社により再統合しようというものであります。2001年、ノルトライン・ヴェストファーレン州で、高齢失業者を人材派遣会社で雇用することによって統合していこうという事業を開始しました。そして、州の労働省、州の雇用庁、それから人材派遣の10大企業が、ドイツの中で50歳から55歳の高齢者で失業している期間が12カ月を超えていない者を対象にしたプログラムに関して合意しました。 具体的には以下のような手順で実施しました。まず、この対象の条件にあてはまる高齢失業者一人一人に、こういうプログラムがあるということを通知します。そして、対象者一人一人に対しましてその人の技能、職業経験、健康状態、運動能力が書かれている職業適性分析(ジョブプロフィール)を作成します。そして、技能が足りない者に関しましては、人材派遣会社が必要な訓練を行います。それから、高齢失業者に人材派遣業者に雇われることの長所、短所を周知するため、それぞれの地域で人材派遣フェアと呼ばれる事業が行われています。 プログラムの全体的な目標は、高齢失業者や人材派遣業に対する偏見を打破することです。具体的な目標は、約1万5千人の高齢失業者、2001年では対象の条件にあてはまる人の3分の1に相当しますが、を再就職させることです。雇用していくということであります。 最近、このプロジェクトの系統だった評価が始まりましたが、結果はまだ出ていません。ただし、暫定的な評価によると、この取り組みは、現在の労働市場の中で、期待されていたほどうまくいっているとは言えません。人材派遣会社での雇用は確保できたとしても、実際の企業は若い人を雇う傾向があります。 |
セカンドキャリア・プログラム最後に説明する取り組みは、高齢失業者の再就職の見通しを改善するために導入されたもので、これはセカンドキャリアと呼ばれています。チューリンゲン州での高齢労働者の再就職を促進しようとする取り組みです。これは、チューリンゲン州、チューリンゲン州の商工会議所、職工組合、経済省、そして連邦雇用庁の合同の取り組みで、2001年に開始しました。ねらいとしましては、高齢の失業者で技術や科学の知識・経験がある教育のある人たちを再訓練することによって、現在のIT部門での労働力不足を緩和しようというものでありました。 このプログラムの主な特徴は、以下のとおりです。このプログラムは、会社が職業安定所に技能労働者の求人を申請するところから始まります。そして、最初の3週間で、この申請に基づき就職候補者の職業能力を評価し、職業訓練計画を策定します。プログラムの主体となるのは最長で6カ月の訓練期間です。第一段階の職業訓練は、求職者が雇用される前に職業訓練機関で行い、費用は社会保障規約に基づき全額公的資金から支出されます。そして、第二段階の訓練は就職先の企業で実施されます。この訓練の費用は、EUの公的資金と連邦政府が最大80%負担し、残りはその企業が負担します。 当初、このプログラムは極めて成功し、約60%の就職率を達成することができました。しかし、最初成功した後、就職率は低下しました。以下のような要因が指摘されました。第一に、IT不況でITの専門家を求める求人が全般的になくなってしまい、そして、高齢の技能労働者がその影響をもろにかぶったということです。第二に、それ以上に、職業安定機関が状況の変化に柔軟に対応できなかったことや地域間で協力して需給関係の調整にあたらなかったことです。第三に、広報活動が不十分で、また、制度が複雑過ぎて個々の企業が理解できなかったとみられています。しかしながら、可能なところは改善され、参加者の増加が期待されています。 他方、もしこういったプログラムが機能するにしても、特定の対象集団、この場合では高齢の教育のある失業者、を対象としているということに留意しなければなりません。そして、その場合の職業訓練のやり方は、極めて革新的で、柔軟でなければならないということを強調しておくべきでしょう。企業ベースの職業訓練であり、訓練参加者の選定では企業と密接に接触しますから、企業のニーズに合った職業訓練となります。したがって、失業者の再就職の可能性も高まってきます。雇用庁が支出している通常のトレーニング制度では必ずしもこのようになっておりません。この問題が、連邦政府の雇用庁に認識されたのは最近のことであります。そして、モデルプロジェクトの形での改善が発表されました。 |
結論と提言第一に、高齢失業者を対象とした労働市場政策はあまり進んでいるとは言えません。早期退職政策が長く続いたので、特に高齢失業者を再統合するための統合的な積極的政策手段はまだ十分発達していません。しかしながら、1990年代末の状況と比べてみますと高齢失業者に向けた戦略や対策の策定など若干の改善がみられます。第二に、一定の措置がとられているとしても、それらは、より恵まれていて就職が簡単な高齢失業者を主な対象としています。例えば、所得、技能が低い高齢失業者、こういったリスクグループは、前述の対策では十分に配慮されていません。 こういった状況を踏まえ、次のような改善を提案します。 再就職と再統合に関しては、まず、政府のレベルでありますけれども、高齢者の雇用政策では、失業の防止に重点を置かなければいけないと思います。したがって、雇用プログラムはこれまでよりも、もっと企業との関係を強化しなければいけません。さらに、どうしても解雇が避けられないときは、高齢労働者をいわゆるアウトプレースメント機関(再就職あっせん機関)に異動させるべきです。対象者が法的に失業者として登録されるのを待たず、この機関は、対象者が再就職できるようすぐに積極的な職業紹介にとりかかるべきです。これらの一般的な政策だけではなく、もっと不利な立場にある人たち、すなわち技能が低く、所得も低く、そして健康に問題のある高齢失業者に焦点を当てることも必要でありましょう。 また、職業訓練を提供することは必須であります。高齢失業者が訓練を受けることによって、技能を維持し、高めることは、単に再就職のためだけに必要なのではなく、技能が劣化することを防ぐと同時に高齢労働者の技能レベルを全体的に向上させることにも役立ちます。したがって、職場における訓練プログラムをもっと導入すべきでしょう。また、訓練を労働時間に組み込み、訓練を継続的に実施することが必要であります。それだけではなく、高齢労働者に効果的な訓練コースを設計することが必要であります。 政府レベルでの高齢労働者の職業訓練に対する援助は、対象を絞った支援措置やカウンセリングを通じて、革新的で模範的な対応をしていて、財政面で適切な取り組みをしている企業に対して行うことが必要でしょう。 最後の結論です。各措置を組織的に組み合わせていくことが必要だと思います。すなわち、職業紹介、職業訓練と労働時間の調整、予防的な健康管理、キャリアプランニングの統合的な実施が求められていて、これは企業レベル、また公共政策のレベルで達成可能です。高齢労働者の職業訓練と職業紹介制度に焦点を当て過ぎると、高齢者や他の不利な立場にある労働者への差別が強まる可能性があると思います。したがって、最善の戦略は予防だと思います。しかし、現状は深刻なので、高齢労働者を特に対象とした再訓練と再就職プログラムを設けることが必要です。 最後になりますけれども、長期失業者、深刻な健康問題のある人、障害のある人、過酷な労働環境で働く人、期間労働者など一定のリスクグループに属する高齢労働者のために社会的に受け入れられる早期退職ができる道筋を残すべきでしょう。 【岩田】 ドイツは欧州でも有数の幅広い政策をとっている国であります。フレリヒスさんはドルトムント大学の老年学研究所におられますが、ここは高齢者問題では非常に有名な機関であります。昨年11月には私ども日本労働研究機構がワークショップ・シンポジウムを開きましたが、そこでドルトムント大学のネゲレ先生を招待しました。このワークショップ・シンポジウムにつきましては、JILのホームページに掲載されています(/jil/seika/ws_index.htm)。 ここで、藤村先生に、お2人の話を整理していただきます。 |
コメント(藤村博之・法政大学経営学部教授)
NECにおける雇用延長の取り組み (木村邦明・NEC人事部勤労マネジャー)
制度導入の背景私のほうからは、NECにおける雇用延長の取り組みということで、ご説明をさせていただきます。 NECでは、2000年10月から雇用延長の取り組みを開始しました。その背景といたしましては、急速な高齢化による国民負担率の上昇、それから厚生年金支給開始年齢の引き上げ、近い将来の若年労働力不足による高齢者活用の期待といった社会的な要請に対して、社会的な責任を果たすという一方で、NECグループにおける要員の効率化を図る観点から、雇用延長への取り組みを決意したということでございます。 ただし、具体的な制度の設計に当たりましては、これはNECの特性かもしれませんけれども、メーカーといいながら社員の95%が間接の業務に従事している。それから、NECの事業場が京浜地区に集中しておりまして、その中に雇用延長の基盤となるような生産関係の施設がほとんどないというような事情がございます。そういったことを前提に、最大限の職域開拓を図る。それから雇用延長の機会を提供していくということで、2点のスキームを設定いたしております。 | ||||||||
制度の概要
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今後の課題以上が制度の概要ですけれども、今後の課題について、きょうは少し本音でお話ししてみたいと思います。私どもは、雇用延長の取り組みに当たりまして、制度を検討したわけですけれども、60歳以降の雇用問題は考えれば考えるほど、現在の日本全体における雇用問題そのものだというのがよくわかってまいります。 先ほどの藤村先生のお話にもありましたように、日本ではこれまで、新入社員から定年退職まで、その社員が世帯主として一家を養うことを前提とした生計費賃金というのを基本に、処遇を行ってきたという背景がある。昨今、成果主義、成果主義と言っているけれども、まだ生計費賃金の仕組みからは完全に抜け出せていないのではないか。日本の高齢者雇用において、この生計費賃金の考え方がやはり一番大きな障害になっている。定年退職時点の賃金と本人がその時点でやっている仕事、そして、そこから発揮されるパフォーマンスの間にギャップがある。雇用延長を図ろうとする場合に、この関係をいったん打ち切らないと、なかなか雇用延長はできない。そこで、多くの企業では60歳時点で一度、定年退職という形で雇用関係を打ち切り、それ以降は新たな雇用関係、雇用契約を確立していく。そういう形でしかなかなか雇用延長ができないということです。あわせて申し上げますと、生計費賃金から脱却しなければ、当然のことながら定年延長というようなことはあり得ないのではないだろうかという気持ちでおります。 それから、もう1つ、テーラーさんとフレリヒスさんのお話にありましたように、EUの国々では、政労使の代表者による話し合いで、総合的な取り組みが進められているということが見受けられると思っています。一方、日本では、確かに政労使で話し合いはあるものの、なかなか具体的で明確な方針というのは出されない。日本の場合、企業内組合が非常に大きな役割を担っておりますので、個別労使が中心となって雇用延長の取り組みを政策に先行して行っていくというような風土があると思っております。NECでも、企業内組合との話し合いで今回の制度を導入したわけですが、これからの日本において本格的な高齢者雇用、雇用延長を行っていこうとするならば、企業内の取り組みには限界がある。抜本的な解決にはとても結びつかないというふうに考えております。 先ほど、藤村先生からお話がありましたように、賃金の考え方も含めて、日本における雇用や処遇全体の今後の方向性、あるいは税制を含めた行政の取り組み、そういったものが総合的に行われなければ、日本における高齢者雇用の問題は解決されない、あるいは道が開けないだろうということを最後に感想として述べまして、私の発表とさせていただきます。 |
討 論
【岩田】 それでは、藤村教授のコメント、木村さんのプレゼンテーションを踏まえまして、テーラーさん、フレリヒスさんからそれぞれコメントをいただければ幸いです。
質疑応答
【質問者1】 若年層と高齢者が均等に競争できるような社会が来るのかどうかについてうかがいます。例えば、先ほどのNECの180万円の年収ですね。これは若年層の年収としては妥当だと思います。そういう意味では競争力のある賃金水準ではないかと思っていますけれども、そういう点で、ほんとうに競争できるのかどうか。そういうものから人事評価が今後どういうふうに変えられていくのか。年齢要素は排除され、能力的なものでほんとうに見ていけるのかどうか。評価項目といいますか、こういう問題につきまして、先生方はどういうふうに考えていらっしゃるのでしょうか。
【質問者2】 テーラーさんは、高齢者の問題、あるいは高齢者雇用の問題を労働省、社会保障省だけの問題としないで、政府全体の取り組みの中心に据えるべきだという発言をされたと思います。私もその趣旨には賛成するのですが、いま非常に厳しいグローバル化の波にさらされているときに、例えば、経済政策や競争力という観点から、日本産業の競争力を強めたいという政策を発動するとします。そして、高齢者問題や高齢者雇用の問題を政策の中に取り込めという指示が出たとき、それは一体どういう政策になってくるのか。つまり、競争力を高めるという政策の観点からすれば、高齢者問題に取り組むということは一体どういうふうな意味があるのかということに関してご質問します。 【質問者3】 私は雇用における年齢差別撤廃運動をしております。先生方の話を聞いておりまして一番印象に残ったのは「高齢者」という言葉です。一体この高齢者というのは何歳からということが一番気になりました。
聞いておりますところでは、イギリスやドイツでは大体50歳以上を想定しているのかなと。日本においては60歳以上の方を想定しているのではないかと思いますけれども、その辺のことをはっきりしていただきたい。日本には「中高年」という言葉がありますけれども、それと、高齢者と言った場合、どの辺がリンクしているのか。多分、私が思うには、40代、50代の場合と60代、70代の場合では、非常にシチュエーションが違ってくる。これをごっちゃにして論じていると非常にわかりにくくなってしまう。こういった問題はなるべく40代、50代、60代、70代、そういうふうに分けて論じていただければと思います。 【岩田】 それでは、まず、藤村先生から、年齢よりも能力を評価する社会を日本でどうやってつくっていくのかについて、お話をお願いします。テーラー先生とフレリヒスさんには、グローバル社会の中で高齢者の雇用を進めるといったことがほんとうにできるのかどうか。さらに、フレリヒスさんには、ドイツでの高齢者の長期失業理由として求人の年齢制限の問題があるのかどうかといったこと。最後に木村さんから、今の年齢制限の面についてお願いします。 【藤村】 若年層と高齢者の競争になるのかどうかというところですが、私は、そういうふうになると思っています。実は、去年の今ごろでしたか、アンケート調査をやりまして、企業の人事担当者に対して、「同じ金額で、月20万円で雇えるとしたら、若年層がよいか、それとも、おたくの会社で経験を積んだ60歳代の人がよいか」という質問をしました。そうしたら、7割の会社は「若年層がよい」と答えました。「なぜそれがいいんですか」というふうに理由を聞いたところ、一番多かったのは、「組織の活性化のために効果がある」という項目でした。60歳までその会社で勤めたという方は、経験はあるわけです。しかも20万円という、わりと会社にとって有利な金額で雇える。しかし、「若年層のほうがいい」という結果が出てくるのは、やはりこれはある種の、先ほど来、出ています「年齢に対する偏見」とか、「年齢に対する差別」があるからなのかなと思いました。 【岩田】 「高齢者雇用を重視すると、若年者の職が減り、賃金が安くなるという議論がありますが、若年雇用への影響はどう考えていますか」という質問が休み時間にあったのですが、それについてはどうお考えでしょうか。 【藤村】 「高齢者がのさばると若年層の雇用の場がなくなり、今でも10%を超えるぐらいの若年失業率がもっと高くなるのではないか」、「ヨーロッパが20年前に経験した道を今の日本も歩んでいるのではないか」という意見がありますね。私もそういう懸念は十分持っています。ただ、若年層の仕事がほんとうにないのかというと、仕事があるのに、選んでいる(えり好み)から失業率が高いのではないかと思います。例えば、ドイツでも、募集をしてもドイツ人が行かない仕事ってたくさんありますよね。そこには外国人が入ってくるというふうになってきた。日本の場合も外国人が事実上たくさん入っていますので、むしろ外国人と若年労働者の間の競争で賃金が下がっていくという、そっちのストーリーのほうが強いのかなという気がしております。 【テーラー】 3人の質問者に対して簡単にお答えしたいと思います。
最初の質問者の質問についてですが、年功序列制を議論するときに、「やはり業績ベースの賃金制度に移らなくてはいけない」ということが言われます。しかし、特に米国での多くの研究例があきらかに示すところによると、業績で管理するシステムというのは、年齢差別的に使われることがしばしばです。業績評価をする管理者は年齢に基づいて差別していることがよくあります。業績の代理指標として年齢を使っていることが多いのです。管理する側は非常に忙しく、限られた時間の中でやらなくてはいけないことがたくさんある。そこで、年齢を、業績評価制度での業績の代理指標として使いがちなのです。したがって、「業績ベースへの移行」ということが言われますけれども、注意しなければいけません。業績に基づいて管理をするシステムは、実際には年齢差別的に運用されていることが多いことに留意する必要があります。私は日本に来てから実際に何人かの管理職の人たちと話をしました。木村さんも同じ意見かどうかわかりませんけれども、実際に日本の会社で業績を評価するときに、年齢による差別が行われていることがよくあるということでした。 【岩田】 テーラーさんの観点からは、イギリスで好事例、グッドプラクティスの職場というのは、いわゆる年齢の差別のない、もしくは高齢者、若年者がみな同じような割合で、あまり差別なく、いわゆる「エイジ・ダイバーシティー」(年齢の多様性)の構成をとっている職場だという理解でよろしいでしょうか。 【テーラー】 イギリスでも、議論はもちろん高齢労働者から、年齢の多様性と呼ばれている方向に向かっています。すなわち、「人間の一生から雇用を見る」という形が増えていると思います。欧州委員会のステートメントや多くの有識者のコメントをみても、高齢労働者ではなく年齢多様性という言葉が出てきます。では、グッドプラクティスは何かと言うと、よくわかりません。私はこの分野について随分長い間研究しており、いわゆるグッドプラクティスを見てまいりました。しかし、実際に中を深く見てみますと、表面とは違うことがよくあるということがわかりました。 【フレリヒス】 私からもテーラーさんと同じように、3人の質問全部に答えさせていただきたいと思います。
最初は年齢に関係する賃金制度についてです。私もテーラーさんの意見に賛成です。成果主義賃金も年齢差別を生み出す危険があると思います。例えば、ある労働者が30年間非常に厳しい労働条件で働いていて、しかも成果主義で賃金を得ていたとします。この人はもはや仕事ができない状態になっているかもしれません。でも、労働条件は彼の責任ではない。それしか機会がなかったかもしれないのです。 【岩田】 フレリヒスさん、もしくはドイツの見地からして、高齢者雇用でのグッドプラクティスとはどういうものか簡単にお話しいただけますか。 【フレリヒス】 ベストプラクティスというのは、年齢が全く問題にならないことだと思います。すなわち、従業員が一生を通じて、30歳だけではなく、35歳でも、40歳になっても、45歳になっても訓練を受け続ければ、年齢は全く問題にならないでしょう。また、ある企業が採用するときに、30歳でも51歳でも年齢にかかわらず、その技能のみをみて採用し、そして、ある年齢で技能不足を防止するための措置を講じる。そのような行動が、グッドプラクティスの特徴だと思います。 【木村】 募集、採用のご質問にお答えする前に、ちょっと誤解を解いておきたいというのがあります。先ほど180万円という数字を言ったら、そればかりが注目されているようでございますけれども、これは雇用延長の求人の中で一番安いところでありまして、例えば、一番軽い軽作業だとか事務職みたいなところがその水準です。例えば特許事務といった仕事になってくると、350万円とか、400万円とか、あるいは貿易業務ですと、500万円ですね。まして会社側からオファーするような場合は700万円、800万円という数字が出ています。あくまでそういうものであるということで、ぜひご認識を改めていただきたいというのがまず1つでございます。 【質問者3】 一般的ではないですけれども、やはり新卒採用も厳密に言えば差別に当たる、そう言うほうが好ましいのではないかと思います。ですから、その辺もぜひ、NECだけではなく、大企業はほとんどそうですから、どこがいいとか悪いとかとは別に、やはり「能力のある人、やる気がある人、体力がある人は年齢に関係なくだれでも採ろう」という姿勢を企業側にとっていただく。「募集の時点で切るのではなく、面接も受けさせてみて、その人を判断して採ってほしい」というのが私どもの考え方です。そういうふうにぜひお願いしたい。 【岩田】 それでは最後に、それぞれの先生方から簡単にコメントをいただき、きょうのフォーラムを終わりにしたいと思います。 【藤村】 高齢者、特に60歳代前半の雇用の場をどう確保するかというところで、各社いろんな知恵を絞っていらっしゃいます。今までいろんな会社を見てきましたが、300人未満の会社はわりとうまくやっています。それは若年層が採れないからです。そういうところの経験が大企業に役に立つと思います。ですから、「日本で何をグッドプラクティスと言うか」ということですが、案外そういう小さい会社によいアイデアがあると思っています。その辺をこれから勉強していきたいと思います。 【テーラー】 藤村先生がおっしゃったことと関係しますが、私が訪問した小企業には基本的な人的資源管理の技能がありませんでした。これらの企業には人的資源の管理技術が存在していないのです。ですから、このような企業を訪問して高齢者の話、あるいは年齢的な多様性の話をすることから始めるのは間違いだと思いました。多くの中小企業はほんとうに、まずしっかりした人的資源管理制度を構築するところから始める必要があると思います。そして、その後、年齢の問題を議論すべきだと思います。人的資源管理の枠組みがないと、小企業ではこの問題を理解できないと思います。したがって、まず一歩下がって、ほんとうの基本から小企業の場合は始めるべきだと思っております。 【フレリヒス】 2つほど申し上げたいことがございます。いろいろな問題を年齢に関連付けていますけれども、これらは実際には年齢関係の問題ではありませんで、枠組みとなる条件に関連する問題なのです。つまり労働条件、賃金、税金の問題かもしれません。したがって、年齢の問題を議論する前に、常にどのような枠組みの下で年齢の問題が起きているのかということを考えるべきです。年齢だけに焦点を当てるのではなくて、どの枠組みが問題の原因となっているのかを頭に置いておくべきです。原因となっている枠組みを調べることはとても重要だと思います。 2つ目に申し上げたいことも、年齢に焦点を当てることにも関係します。年齢をいろいろ分けて考える必要があります。例えば55歳以上に焦点をあてるとかいうのではいけません。産業部門や環境により、それぞれ年齢の意味合いが変わってきます。だから、我々は視野を広げ、ライフコースの視点から考えることも必要です。これらのことは重要ですから、年齢に関連する問題を考える際に心にとめておいてください。 【木村】 説明の中でも申し上げてきましたように、高齢者雇用というのを本格的に日本で展開していくためには、抜本的な日本の雇用処遇の問題を考えていかなくてはいけません。新卒採用を中心とした日本の雇用関係の始まりというのが、恐らくそういったことの第1点でもあろうかと思っております。一企業の中ではなかなか解決できない問題が多く、悩ましいところはありますが、当面は地道な努力をしていくしかないのかなというような観点で見ております。 |
(文責:事務局)