議事録:第3回旧・JIL労働政策フォーラム
労働関係紛争処理を考える
(2001年10月17日) 

目次


講師プロフィール

岡崎 淳一(おかざき じゅんいち)
厚生労働省政策統括官付労政担当参事官。労働省労政局労働法規課企画官、職業安定局地域雇用対策課長、労政局労政課長等を歴任。2001年1月より現職。

菅野 和夫(すげの かずお)
東京大学法学部教授。主な著書に『労働法(第5版補正2版)』(弘文堂、2001年)など。労働法専攻。
 
高木 剛(たかぎ つよし)
日本労働組合総連合会副会長。全旭化成労働組合連合会書記長、ゼンセン同盟書記長等歴任の後、1994年より現職。1996年よりゼンセン同盟会長。

中山 慈夫(なかやま しげお)
中山慈夫法律事務所所属。主な論文として、「解雇紛争処理制度の現状――裁判所、労働委員会を中心として」(『ジュリスト』1149号、1999年)など。

鵜飼 良昭(うかい よしあき)
神奈川総合法律事務所所属。主な論文として、「個別労使紛争の現状と紛争解決システム」(『ジュリスト』1149号、1999年)など。

花見 忠(はなみ ただし)
日本労働研究機構会長。上智大学名誉教授。中央労働基準審議会会長、中央労働委員会会長等を歴任し、2001年より現職。主な編著(共編)に『IT革命と職場のプライバシー』(日本労働研究機構、2001年)。労働法専攻。


はじめに(花見忠・日本労働研究機構会長)

 今日は、現在の日本が直面している1つの大きな問題である個別労使紛争の増大への対応として、労使紛争処理制度をどのように考えていくかということについて、ご議論をいただくことにしております。
 労使紛争における個別紛争問題がこの数年大きな問題として台頭し、私ども労使関係に携わる人間にとっては非常に大きな課題と考えられています。いわゆる個別紛争が増大したと言われていますが、紛争というのは一体何なのかということをよくよく考えますと、個別紛争の増大と簡単に言えるかどうかよくわかりません。ご承知のように、地方労働局その他における労働問題についての相談件数が非常に増えてきていることは、事実として確認できます。公的紛争処理機関のうち裁判所で扱う労働裁判事件はこの数年漸増傾向にありますが、それほど急激に増えているわけではありません。個別紛争が増大したと言われていますが、そういう意味で、これは一体どういうことなのかもう少し検討してみる必要があろうかと思います。
 ただ、明らかなことは、日本だけではなくて、ほとんどの先進工業国において労使関係の個別化ということが言われていまして、そのこととの関連で日本の個別紛争の問題も考えられるわけであります。これまで戦後50年にわたりまして、日本の労使紛争処理制度は(労働組合と使用者との間の)集団的な労使紛争が第1次的な紛争処理の形態であるとして、憲法28条 に基づいて、労働組合を中心に問題を処理していくことを基本的な原則として考えてきました。労働法制度、その他労使関係が労働組合という集団を中心に展開してきたのが、必ずしもそうならなくなりつつあるということが1つの大きな問題です。
 そういう中にあって、これまでの労働委員会制度を中心にした集団的な紛争処理 、これは労働組合の現場における団体交渉を含めて紛争処理が行われて、労使紛争の問題点は大体それで解決すると考えられていたのが、必ずしもそうではないということになってきました。
 昨年、旧労働省(現厚生労働省)ではこの問題にどう対処するかということで、地方労働局に何らかの調整制度を置くべきであるという政策が立てられ、これは今日岡崎さんからお話しいただくわけですが、「個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律」という新しい法律が成立して、たまたま今日(2001年10月1日)から施行されています。
 しかし、こういった地方労働局における調整という新しい制度をつくっても、問題がすべて解決するわけでは必ずしもありません。おそらく今後、労働委員会制度、労働裁判を含めて、いわゆる個別紛争の増大に対応して労使関係を考え直していく必要があるということです。
 日本では折から司法制度改革が日程にのぼりつつあり、本日はまず岡崎さんのほうから、「新しい制度」、「新しい制度ができた背景」、「厚生労働省の基本的な考え」をうかがいます。それに続きまして、司法制度改革審議会に関与していました高木さんのほうから、司法制度全体の再検討の中で労働裁判をどういうふうに今後考えていくべきであろうかということについてお話をいただく予定です。遠い将来の見通しとしては、労働参審制、労働裁判ということも考えられないわけではありません。
 最後に菅野先生から、私が今申し上げたような問題点について、労働法の専門家の立場から理論的なお話をうかがおうと思っています。
 3人の先生方のお話をうかがいました後、実際に労働裁判あるいは労働委員会における審問等を通じて、これまで紛争処理に携わってこられた立場から、中山先生、鵜飼先生のお二人の弁護士に各パネリストのご発言についてコメントをいただく予定にしています。
最初に岡崎さんのほうからお願いします。

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報告1「個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律の概要」

(岡崎淳一・厚生労働省労政担当参事官)

 ご紹介いただきました厚生労働省の参事官をしております岡崎でございます。
 花見会長からお話がありましたけれども、私のほうからは、くしくも今日から施行されている「個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律」につきまして、つくりました背景とその中身をご紹介させていただきたいと思います。

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法律の趣旨

(1)新制度検討の経緯

 まずこの法律をつくりました趣旨です。これにつきましては、いわゆる個別的な労働関係の紛争が非常に増えているという実態があります。
 私ども厚生労働省におきましても、従来からこういった個別的な労働関係の紛争につきまして、一定の範囲内で相談等を受け付けてきています。そういう中で、労働基準監督署等に併設してつくっている相談コーナーには、昨年度の例で見ますと大体100万件ぐらいの相談がありました。大体労使半々の50万件ぐらいずつであります。もちろんこれらは必ずしも紛争になっているということではなくて、労働関係でいろんなことを考えた際に、法律だの、あるいは慣行だの、そういったものがどうなっているかということの相談にみえる人も多くいます。
 その中で見てみますと、既に何らかのトラブルになっていたり、あるいはトラブルになりかけていたりというものが昨年度の例で見まして、大体5万件ぐらいあるという状況でした。これは一昨年に比べて倍ぐらいに増えていまして、何らかの対応が必要ではないかと考えたわけであります。
 そういう背景のもとに、昨年9月以来どういった対応が必要かということにつきまして、当時は労働省でしたが、労使の代表の方にも入っていただきまして、いろんな議論をしました。その際、私どもは今回法律に盛り込みましたけれども、「都道府県労働局において一定の役割を果たしていくことが必要ではないか」という問題提起をしたわけであります。
 ただ、その際に日経連をはじめとする経営側の皆様方からは、「労働局は労働基準監督などいろんな機能を持っている。そういうところが民事上の問題である紛争にあまり強い役割を果たすのはどうか」というお話もありました。そして、むしろ「裁判所が行っている民事調停をさらに使いやすくするという流れの中で、そういった個別紛争への対応を考えていく必要があるのではないか」というご意見でした。
 一方、連合を中心とする労働側委員の皆さんは、むしろ「地方労働委員会を使ったほうがいいのではないか」というご意見でした。地方労働委員会は、公労使の三者構成でありますし、集団的労使関係の紛争については相当のノウハウがあります。そういったところを活用したほうが、より適切な対応ができるのではないかという話でした。

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(2)複線的な紛争解決システムの構築

 最終的には、こういった民事関係の紛争をどこか1つの機関が専管的に取り扱って、すべてそこで解決するということでは必ずしもないのではないか。世の中全般で不当労働行為とは何かというのを1つのところで決めていくのであれば、例えば労働委員会とか、1つの機関が行っていくのが適当なのかもしれない。しかしながら、民事関係の紛争には種々の紛争がありますので、これをどこか1つの機関がまとめて行うということは、必ずしも適当ではないのではないかという話になりました。
 したがいまして、今回、法律をつくる際にしましても、都道府県労働局が専管的にこの紛争を解決するという考え方ではなくて、裁判所における民事訴訟、それ以外にも民事調停あるいは司法制度改革審議会の中で示唆されているような労働調停、あるいは既に都道府県の労政事務所におきまして行っているいろんな相談やあっせん、そういったものも使っていくということです。それから、地方労働委員会につきましても、従来から労働委員会の中で種々の議論がされてきたわけでありますが、私どもがこの法案を考えていく中で一定の刺激を受けたということもあろうかと思いますけれども、既に幾つかの地方労働委員会では個別的な労働関係紛争の相談なりあっせんを始めています。
 そういったいろんな機関がそれぞれの特色を生かしながら、これから増えていくと予想される個別的な労働関係の紛争に対応していくということが一番適切ではないかという考え方になりました。一言で言えば、「複線的な解決システム」ということを考えたわけです。
 したがいまして、今回の労働局の部分というのは、その一環を担うという位置づけであると私どもでは思っています。労働委員会内部でいろんな議論を経て、この4月ないしは本日からサービスを提供している労働委員会も相当あり、今後、さらに増えていくのではないかと思います。そういったものもこの全体の制度の一環をなすものと思っています。また、従来から役割を果たしてきた労政事務所につきましても、特に東京や大阪など相談、あっせんを行っているところも多いわけであります。そういったところの役割も減ることはないだろうと思います。
 それから、司法制度改革審議会の意見書が出ていますが、今後、国会で司法制度改革本部がつくられ、そこでさらに司法制度改革が進められていく中で、労働調停制度や労働参審制の問題等も議論されていくわけであります。そういった司法制度あるいは司法部における解決制度も大きな役割を果たすだろうと思います。そのような全体の流れの中で、行政的な簡易、迅速に対応するという部分として、本日から施行された法律があるという認識です。

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制度の概要

(1)対象となる紛争

 次に、法律の内容をご説明していきたいと思います。今回の制度で対象としているのは個別的な労働関係紛争です。要するに「事業主の方と個々の労働者との間の紛争」ということです。従来からの「事業主と労働組合との紛争」ではなくて、「個々の労働者の方との紛争」を対象としています。
 その中身は、解雇とか配置転換、昇進、その他労働条件にかかる各種の差別的な取り扱い等、そういった労働条件に関する紛争が数としては中心になろうかと思います。それ以外ではいわゆるセクシャルハラスメント等、セクシャル以外のハラスメントもあろうかと思いますが、そういった紛争であります。それから、労働契約の承継競業避止義務 といったいろんな労働契約にまつわる紛争。それから、募集・採用等にかかわるような紛争。そういう雇用の分野で考えられるような紛争につきまして、基本的にすべて対象になると考えているわけです。したがいまして、従来から労働基準法とか法律の枠組みで考えていた部分ではなくて、それ以外のものも含めて、事業主と労働者との間で起こる紛争は原則として対象になると考えています。

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(2)紛争の自主的解決の促進

 法律の立て方としましては、まず、「できれば紛争は企業の中で解決されるのが適当である」という考え方から、紛争当事者に紛争の自主的な解決をお願いするという条文をつくっています。各企業におきましては、苦情処理委員会でありますとか、あるいは苦情処理の担当者を置いて対応しているところも多いわけです。今回の法律では、特定の形のものをお願いするのはやや行き過ぎではないかという議論がありまして、とにかく紛争はできれば企業の中で解決していただきたいということで書いてあります。こういった個別紛争は外へ出ていきますと、解決はできても、なかなかもとのさやに戻りにくい部分がありますので、できれば企業の中でまず解決を促進していただきたいということです。

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(3)総合労働相談コーナーの設置

 2つ目は、都道府県労働局長による情報提供、相談等です。これにつきましては、大企業はともかくとして、中小企業になりますと、事業主の方もいろんな労働関係の法律等を十分ご存じないということがあります。まして労働者の方から見ると、よくわからないことが多いわけです。そういう方々にできるだけ正確な情報をお伝えしたい。あるいは何か困っていることがあれば相談を受けようということです。
 それで、法文上は「都道府県労働局長が情報の提供や相談等を行う」となっていますが、現実の仕組みとしましては、全国250カ所に「総合労働相談コーナー」を本日から開設して対応します。場所は都道府県労働局の庁舎や労働基準監督署の庁舎の中、あるいは一部ターミナル駅の近く等の場所を借りて設けてあります。
 従来は労働関係も縦割りでありまして、監督署へ行くと労働基準法等の相談ができ、安定所に行くと募集・採用の相談ができることになっていたわけでありますが、全国250カ所の総合労働相談コーナーにつきましては、労働関係のすべての相談にお答えするということで考えています。

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(4)都道府県労働局長による助言・指導

 それから、次の段階としまして、「都道府県労働局長による助言、指導」というのがあります。従来から労働基準法に基づいて、労働条件につきまして助言、指導の制度があったわけですが、今回の新しい法律によって、労働条件に限らずすべての問題につきまして都道府県労働局長が助言、指導を行うシステムにしています。紛争当事者のどちらかから話があった際に労働局長が一定の調査をいたしまして、判例その他にのっとった必要な助言なり指導を行う制度です。

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(5)紛争調整委員会によるあっせん

  イ 紛争調整委員会の構成

 5番目ですが、紛争調整委員会によるあっせん制度です。これがある意味では今回の法律の一番新しいところです。従来は「労働局長の助言、指導」でとどまっていたわけですが、紛争になっているものにつきまして、当事者だけではなかなか話し合いが進みにくいという状況もあるようです。そういう場合に第三者として紛争調整委員会が入り、両者にテーブルについてもらって話し合いを促進し、そこで問題の解決を図ろうという制度です。
 紛争調整委員会は都道府県労働局に本日から置くことにいたしました。従来から雇用機会均等調停委員会というのがありましたが、これを発展的に充実させて、紛争調整委員会にしたわけです。
 中身としましては、学識経験者と書いてありますが、大学の法律の先生のほか、弁護士や社会保険労務士といった方々を中心にして、労働局ごとに対象の行政需要を勘案して、3人ないし12人の委員からなる委員会を設けます。この紛争調整委員会が、個別的な労働関係について紛争のあっせんを行うことにしたわけであります。
 このあっせんはあくまで行政サービスとして提供するということですので、労働局のほかの機能、例えば労働基準法の施行といったものとは切り離して、ある意味では労働条件、契約上の問題を中心にして、あくまで第三者的に紛争の解決を図るという位置づけにしてあります。

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ロ あっせんの流れ

 あっせんにつきましては、紛争当事者の双方ないし一方から申請があった場合に、紛争のあっせんを行うことにしています。例外として、事件の性質上あっせんが適当ではない場合とか、不当な目的でみだりにあっせんの申請をしたと認められる場合は、あっせんを行いません。例えば個別紛争を対象としていますので、労働組合と使用者との紛争はこの対象にはしない。いったん紛争が別の形で解決したのにあえて蒸し返すといったものもこの対象にはしないということです。事業主の方と個人の労働者の方が現実に紛争になっている場合につきまして、基本的にあっせんを行うことにしています。
 あっせんは、あっせん委員3人ずつで担当することにしています。ただ、あっせんの手続につきましては、3人が必ず一緒にやるということではなくて、担当のあっせん委員をさらに決めていくことにして、必要な事実の調査等があれば、労働局の総務部の職員が行うことにしています。
 そういったようにある程度事前に状況を把握した上であっせんの期日を定めて、両方の当事者に出てきてもらいその場でお話をして、できるだけ解決案を導き出していくということを考えています。
 あっせん委員が間に立って話し合いを促進するわけでありまして、そこで両当事者の納得を得る解決が行われれば、それで話が終わるわけです。話はそれなりに進んで、大体こういう方向とは決まったけれども、最後にどうするかということがなかなか当事者間で話し合いがつかない場合につきましては、両当事者から求められた場合にあっせん委員があっせん案を作成して両当事者に提示し、最終的な解決を図っていこうということにしています。
 そのほか、あっせんを行うに際しましては、必要に応じて関係の労使から意見を聞く等の手続を行うことにしています。

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  ハ 1カ月程度で解決する運営を

 あっせんの打ち切りというのも書いてありますが、あっせんというのは両当事者が解決する気になって参加していただかないと、強制的な手続ではないので、役に立たないことになります。したがって、そういった場合にはだらだら続けるのではなくて、打ち切らざるを得ないと考えています。私どもとしましてはあくまで紛争というのはできるだけ迅速に適正に解決するのが両当事者にとっても非常にいいことであろうと思っていますので、できるだけ柔軟にあっせんを行って解決に結びつけていきたいと考えています。
 行政機関が行う簡易な手続としてのあっせんでありますので、何カ月もかかるということではなくて、事前の調整・調査を含めまして、1カ月くらいで解決するという形で運営できれば、本来の趣旨にのっとったものになるのではないかと思っています。
 今日から始まったばかりですので、まだなかなか難しいところでありますが、私どもの考え方としましては、そういう形で簡易に解決できるようなものはここでできるだけ解決するということでやっていきたい。どうしても事実関係が錯綜していたり、あるいは法律的に非常に難しい問題を含んでいたりする場合には、むしろ民事調停なり裁判なり、そういったところが適当なのではないかと思っています。ただ、数ある紛争というのは、おそらく何らかの形で第三者が入ると解決できるものが相当多いのではないか。したがいまして、数的には相当役割を果たせるのではないかと思っています。

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(6)地方公共団体の施策等

 最後に、法律の中では地方公共団体につきましても一定の位置づけをしています。これにつきましては、最初にも申しましたが、基本的に複線型の制度の一翼を担うという位置づけであります。都道府県労働局の制度は国の制度でありますので、国の法律で書かなければいけないということで法律上は細かく書いてあります。位置づけとしましては地方公共団体の施策もこれと同等に重要であろうと認識していますが、地方分権の中でありますので、地方公共団体が具体的にどういうふうにやれということは法律上書いてありません。地方公共団体も、個別的な労働関係の紛争につきまして一定の役割を果たすように努めるということで法律上書いてありまして、それに対して国は必要な支援等を行うことになっているわけです。
 最初にも申しましたように、既に相当数の地方労働委員会がこの4月ないし10月からサービスを開始していますし、相当数の労政事務所等でも従来からこういうサービスが行われています。私どもとしましては地方公共団体においても適切なサービスが行われ、国のサービスと相まって、全体としての制度がうまく機能するようにと思っています。
 以上、本日から施行になっている法律を中心に説明をさせていただきました。

【花見】
  どうもありがとうございました。岡崎さんが最初におっしゃったことですが、既存の公的な紛争処理制度、裁判制度、民事調停、都道府県の労政事務所その他及び基準法の前回の改正で設けられました労働局の制度、こういった様々な公的な紛争処理制度が日本にはあるわけです。その一部は当然、個別紛争処理の役割を果たしてきたわけであります。個別紛争の問題が台頭してきたのは、これまでの制度が必ずしも十分に機能しなくなったということかと思います。
 そういった中で、今度の新しい制度は1つの役割を果たすだろうと考えられます。岡崎さんもおっしゃったように、相当な役割を果たすだろうけれども、あくまで今回の新しく施行された制度は調整的なものでありまして、問題がこれで完全に解決するということは期待できないだろうと思います。したがって、その場合には裁判制度を含めた公的紛争処理、最終的に権利義務の判断によって問題を処理する制度がおそらく必要であろうと考えられます。そういう意味からいって、司法制度改革の中で迅速でかつ簡易な、個々の労働者が救済されるような制度を我々は考えていく必要があるのではないかと考えます。
 高木さんは司法制度改革審議会でこの6月に出されました新しい司法制度改革のための意見書を取りまとめるに当たりまして、非常に重要な役割を果たされたと承っております。そういう意味で高木さんから、司法制度改革を視野に入れながら、個別紛争処理の問題を中心にした労使紛争処理のあり方についてご意見をうかがいたいと思います。高木さん、お願いします。

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報告2「司法制度改革と労働関係事件への対応をめぐる問題点」
(高木剛・日本労働組合総連合会副会長)
問題山積の労働関係紛争処理

(1)「小さな司法」のなかでも際立って少ない労働裁判

 高木でございます。2年あまり前に司法制度改革審議会という審議会が設けられ、具体的には1999年7月から本年6月まで、2年間にわたりまして日本の司法のありようについて、どういう問題点があり、それをどう直していかなければいけないのかということで、非常に多岐にわたる論議が行われました。この審議会でございますが、改革という名前がつく審議会というのはそうないわけですけれども、こういう名前が冠されたそれなりの理由があるのだなということを審議会に参加しながら痛感したわけです。
 世界各国のいろんな国の司法制度と比較してみたときに、日本の司法というのは非常に小さい。これは司法にかかわる人口という意味でも小さく、また裁判所でいろいろ争われる事件数という意味でも際立って小さい。日本の人口1億二千数百万人が毎日生活をし、またいろんな仕事をしていますが、日本だけ際立ってもめごとが少ないということはないはずだということで見れば、この小さな司法は日本の社会にとって司法が本来果たすべき役割をきちんと果たしていないということを示しているのではないか。そんなご指摘等もいろいろございました。
 今、行政改革だ、政治改革だ、経済構造改革だとかいろいろなところで改革が言われていますが、この司法の世界も改革と言われる道程を踏むしかないのではないか、このような問題意識が各界の皆さんから出て、この審議会がつくられたと聞いております。メンバーは13人。非常にコンパクトな審議会でございますが、延べ六十数回オフィシャルに議論し、インフォーマルな場も含めますとおそらく100回以上の議論の場があったのではないかと思っております。
 今日は司法制度改革全般のことは触れませんが、議論に参加していて、「日本の司法というのはなぜこんなに遅れたんだ、なぜこんなひどいことになっているんだ」ということを痛感させられる毎日でした。みんなで何十年間ひどいままで放っておいてきた。だれも「おれたちが悪かった」ということを言わないでほったらかしてきた。そのあげくの果てが今の日本の司法制度だと。若干昂ぶった言い方をしますと、そんな状態ではないかと思われます。
 そういう中で一昨年の夏から議論が始まりまして、その年の暮れにあと残された1年半強の期間にどの項目をどういう基本認識で議論をしていくのかということで、論点整理という文書が審議会でつくられました。この論点整理の原案が出てきましたときには、「労働」の2字は全く入っていませんでした。今日は岡崎さんもいますが、これは当時の労働省や私ども労働組合にかかわっている者の怠慢もあったんでしょう。労働のことは世間ではその程度にしか認識されてない。その「労働」という2字を書き込んでもらうのに大変苦労したのを覚えています。
 そんなことで始まりまして1年数カ月たち、司法制度改革審議会の最終意見書で何とか労働のことに触れてもらうことになったわけです。
 日本の司法制度あるいはADR等も含めまして、労働関係紛争処理にはいろんな問題があります。後ほどまた菅野先生からもいろいろご指摘いただくのだろうと思いますが、小さな司法の中で裁判所にいく労働事件の件数が少ない。それぞれ国によって制度が違いますし、あるいはADRの層が厚い薄い、そういうバックグラウンドの違いもあるので件数の比較だけで単純に判断できない面もありますが、それにつけても、例えばドイツでは年間60万件の労働事件が裁判所にいっていますが、日本は仮処分事件も含めまして3,000件程度です。
 先ほどの岡崎さんのお話でも、労働局で受ける相談の中にも、5万件ほどはいわゆる紛争の臭いがするものがあるということでした。労政事務所、各地の弁護士会、あるいは労働組合でもいろいろ労働相談を受け付けていますが、そういうものを全部足したときに、おそらく数十万件がいわゆる紛争ないしは紛争に近い状態になっているだろうと思うのです。それがいろんなチャンネルで本当に的確に公正に解決されているのかということで見ましたら、多くの場合、そういう適切な解決のチャンネルに乗ることもないまま、泣き寝入りといいますか、そんなことで済まされている、そういう例がかなりあるのではないかということが容易に推察されるわけです。
 それから、非常に時間が長くかかるという問題があります。特に人証事件、証人を調べたり証拠等を綿密に調べたりするような内容の事件ですと、多くの事件が1年を超えて、あるいは甚だしいものになっては3年、5年もかかっております。解雇事件などで5年もかかってどうするのかという現実があるにもかかわらず、長くかかっている事件が一部とはいえ現にあるわけです。そういう意味では迅速化も求められます。

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(2)労働法体系の未整備

 日本の労働裁判は、民事裁判の中の1ジャンルととらえられています。これは日本の労働法体系そのものの整備がきちんとできていないところから来る理由もあるだろうと思います。裁判自体については、例えばドイツの労働裁判所に比べますと、日本の地裁、高裁、最高裁と流れていく裁判はどうしても重装備型です。厳密に考えると、労働はいわゆる民事とは若干違うような気がしますが、民法に雇用という項があるせいかすべて民事、訴訟法も民事訴訟法の引用でやられてきている。そういう中で労働裁判の特性に応じた裁判所をつくるとか、あるいは訴訟手続などで工夫して直していく必要があるところも多いだろうと思っています。そういう労働法体系の未整備や労働裁判固有の訴訟手続を整備する必要性への対処が求められています。
 日本には例えば雇用契約をきちんと規定している法律はありません。民法の中では、第二章「契約」の第八節(第623条?第631条)「雇傭」の部分において、抽象的な規定を書いているだけです。解雇の問題でも、解雇するには予告手当を払いなさいなどということは基準法に書いてあるのですが、どういうときに解雇していいかといったことをきちんと法律で整理しているわけではありません。判例の積み重ねで、それも法律が十分に整備されていないので、民法の中のまさに原則を採用して判断しているわけです。民法1条3項のいわゆる権利濫用の法理だとか、民法90 条の公序良俗の規定とか、そんなものを苦心惨憺して当てはめて判例をつくっている。その判例も定着したものは法律化したらいいと思いますが、そういう努力もない。判例というのは、労働に携わる皆さんに認識していただくという意味では、法律よりインパクトが弱いわけです。社会に定着した感覚で法律化できるものについては法律にして、国民の認識を高める必要もあろうかと思いますが、そういうこともなされないままきております。
 また、判例はその事件ごとによって当然中身が違うわけですから、判例の引用と言いましてもそこにいろんなバリエーションが出てくるのは当然です。例えば、非常に変わった発想をする裁判官がおりましたら、真っ逆さまな判決が出たりする。国民にとっての信頼性、法秩序の安定性という意味から見ても、大方こういう感覚でいいのだということが定着したものについては、法律にしておくことが大切ではないかと思うわけです。

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(3)実質5審制の問題

 菅野先生が後ほどお話ししてくれるかもしれませんが、労働事件というのは、独特の性格を持っていると思います。裁判官の中にはそういう労働の特性等の経験を通じて実感的に体得された方があまりいませんので、時には世間の常識で言うと、「こんなことは絶対ないはずなんだがな」というような判断で判決が書かれたりするケースもあったりします。そんな問題点もあろうかと思います。
 また、「本人訴訟をしたらいいじゃないか」と言われますけれども、1人1人の労働者が本人訴訟をやるとしたら大変です。
弁護士へのアクセスも悪い。どこへ行っても法律事務所という看板しか出ていない。病院、医院でさえ内科、小児科、外科の違いくらいは書いてある。だから、(法律事務所にも)労働科とか何とか書くということにはならないでしょうか。余談が過ぎましたが、そういう意味で裁判所に対しても、弁護士事務所に対しても普通の国民からすれば非常に取っ付きにくい、アクセスがしにくいということがあります。
 それから、労働委員会で地労委、中労委という2つの審理の段階を経て命令が出されたものが不服だということで、裁判所に「行政命令の取り消し訴訟」が上がり、これも一審、二審、三審という具合に1つの事件で5回も関所をくぐるという実態があります。これは労働委員会の側も、あるいは裁判所の側もそれぞれの立場で、なぜこうなっているのかということについて改善する努力をしなければならない課題かと思います。そういう五審制問題は現にあるわけです。本来、労働委員会が目指すところと、裁判所がそれぞれの方法を適用して、事実を審理して判決を出すこととは、目的が違う面があるわけです。目的の違うものを同じ土俵に載せて「はっけよい、のこった」とやるものですから、こんがらかっている面もあるのではないかと思っています。
 あと、ADRについて、労働局もかかわるという話ですが、総じてADRと言いますか、裁判外紛争処理の世界が日本では未成熟だと言われておりまして、この辺の問題もあります。
 それから、司法試験や司法修習所で労働法が非常に軽視されている。例えば司法試験の科目から労働法がなくなりました。試験に出ないことは勉強しません、試験に通りたい人は、それが普通だと思います。

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司法制度改革審議会の最終意見書が示した労働事件への対応策

 そのほかにもいろいろ問題点はあるだろうと思いますが、司法制度改革審議会でもいろいろ議論をしまして、労働関係事件への総合的な対応強化ということで最終意見書に書かれました。周辺状況の説明や具体的な対応の仕方などが書かれています。
 労働関係訴訟事件だけではなく、民事事件全般に言われていることですが、現行の審理期間をおおむね半減するためには、訴訟手続の見直しや裁判官の増員などいろんなことをやらなければいけません。それによって、審理期間をおおむね半減することに取り組んでいこうということを最初にあげています。
 次に、民事事件に関して民事調停という仕組みがありますが、その民事調停の類型の1つとして、労働調停を導入することにしています。具体的にどの場で、どういう手続で、どういう方々が関与して労働調停をやるのかということについて、これから早急に検討することになりました。数年のうちに労働調停を裁判所でやれるようにしたい。いわば裁判所の場を使うADRです。これはかねて日経連が主張していたものを取り入れた面もあります。
 それから、先ほどちょっと申し上げました「労働委員会の救済命令に対する司法審査」の問題です。
さらに、「雇用・労使関係に関する専門的な知識、経験を有する者の関与する裁判制度」と大変長い表現になっていますが、これは平たく言いますと参審制等を意図した表現です。参審制という言葉を書くと、その言葉を聞いただけで嫌だという人がいるという話もあって、参審制という言葉は使っていないわけです。この件について「導入の当否」と書いてありますけれども、この導入の「当否」という文言を入れてくださいと言ったのは日経連です。どうせ検討するのだから、当否が入ってもいいだろうと思いますが、そういう経過がございました。
次の、労働関係事件固有の訴訟手続の整備の「要否」につきましても、同様な背景があります。いずれにしても今の労働事件にかかわる司法制度、訴訟手続法、あるいは具体的なシステム、いろいろ問題がありますね、だから検討しましょう、ということについて合意したわけです。
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今後の課題

 今後、ごく近い将来に抱えている課題ということで、この審議会の意見書にも書かれましたが、労働調停の具体化ということがあります。具体的には、まず地裁でやるのか簡易裁判所でやるのか。裁判官の関与をどの程度にするのか。あるいは労使の専門的な知見を持った方々が仮に調停委員として参加するとしたら、どういう方々がどういう手続で選ばれて参加していくのか。いろいろこれから詰めなければならないことがあります。
 それから、ADRの問題で、ADRはあくまで裁判外の紛争処理制度でありまして、大方は和解型の解決を求めるものです。しかし、力の強い者がどうしても内容で有利になるという和解の本質があります。労働事件等の和解で、例えば経営側が「テコでも和解なんか応じない」と言ったときにどうするか。ふつう無理やりに和解を進めることはしないのですが、「そうはおっしゃらずに」というような詰め方をされた場合、「和解でなくていい」と言った側が圧倒的に有利になります。そういう和解の本質みたいなものをよく承知した上で、制度を検討しなくてはなりません。
 それから、ADRでだらだら道草みたいに長い時間をかけられたらかないません。やるなら早く。けりがつかないのなら、すぐ次の手続に移す。岡崎さんが先ほど労働局の場合でも長々、だらだらとはやりませんとおっしゃいましたが、そういう意味でけりがつかなければ、最後のけりをつける場所である裁判所に行っていただく。その前のADRだということをよく踏まえた上でADRの問題を考えていかなければいけません。
 ADRにつきましてはいろんなチャンネルがあります。労働局もあれば、労政事務所、労働委員会、あるいは弁護士会でのいろんな相談コーナー等が介在してやっていただく。チャンネルがたくさんあっていいだろうと思います。使い勝手のいいところがこれから使われていく。各種ADRの制度間競争というのでしょうか。使い勝手がよくて、信頼性が高まれば、そこは多くの方々が利用されるはずです。サービスが悪くて使い勝手の悪いところは、使われなくなっていくはずです。そういう意味で、多様・多元的なADRがあっていいのではないかと思います。
 それから、参審制についてですが、これは率直に言って、経営側の皆さんにとってもこの仕組みのメリットは大きいと思っています。
 それから、審理期間を半分にすると言っているわけですから、半分にすることが可能になるような裁判所の体制づくり、あるいは例えば証拠収集等にかかわるいろんな手続の改善も必要です。さっき言いましたように、日本の裁判は重装備というか、書類をいっぱい出さなければなりません。もう少しその辺も簡便にやっていくようなルールの見直しも必要です。五審制や判例の法律化の問題は申し上げたとおりです。
 それから、労働事件のことをよく理解している裁判官なり弁護士をぜひたくさん育ててもらいたい。この話とも絡むのですが、現在、日本の法曹養成制度は一発試験主義ですけれども、これからは面で養成していくという意味で、日本にもロースクールをつくろうという検討が進んでおります。そのロースクール、いわゆる法科大学院で労働法はぜひ必須科目として扱ってほしい。あるいは新司法試験制度の中では、労働法も試験科目に入れてほしいということをぜひお願いしたいと思います。
 司法制度改革推進本部が内閣の下につくられ、審議会の意見書に書かれたことを中心に、多分来年の1月ごろから検討がスタートするのではないかと思います。そこで司法制度改革推進の一環として、労働関係につきましても、関係省庁あるいは関係機関等の代表も参加して、例えば労働調停をどうするか、参加型の裁判制度をどうするか、訴訟手続等をどうするかいうようなことを検討することになるだろうと思います。そこでいろんな議論が進められ、労働関係につきましてもできるだけ早い時期に、それぞれ具体的に改革を要する点は直していくことになっていくのではないかと思います。

【花見】  高木さん、どうもありがとうございました。司法改革を視野に入れながら、現在の公的紛争処理機関が十分に機能していない点から、今後の司法制度改革、労働裁判制度を含めてどのように考えていくかということについて、司法制度改革審議会の意見書を中心にご紹介いただきました。
 お二人から既にお話のありました地方労働局の紛争処理制度、司法制度改革の2つ以外に、現在、公的な労使紛争の処理制度として労働委員会制度があります。菅野先生からは、これが個別紛争処理にどのような役割を果たし得るかという点を含め、総合的に労使紛争解決制度の現状を踏まえて、今後の改革について理論的なお話をいただきたいと思います。それでは、菅野先生、お願いいたします。
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報告3「労働関係事件処理をめぐる問題点」
(菅野和夫・東京大学教授)

動き出した「地方労働局紛争処理制度」

 菅野でございます。お2人から都道府県労働局による紛争解決制度と司法改革についてお話がありましたので、その辺は比較的簡単にしたいと思います。
 まず、このほど動き出した地方労働局紛争処理制度であります。新しい「個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律」によって、先ほどご紹介のように、「都道府県労働局長による助言、指導」と労働局の中での「紛争調整委員会によるあっせん」という制度が動き出しました。これを今後よく宣伝して、利用してもらう上で、厚生労働省に一言でわかりやすい全体をあらわす言葉をつくっていただきたいと思います(とりあえず私は俗称で従来から使っている「地方労働局紛争処理制度」と表現しておきました)。新しい制度をあらわす全体的な言葉、わかりやすく一般の人にもアピールしやすい言葉をつくり出すとよいと思います。
 これは岡崎参事官のほうからご説明がありましたように、「複線型システム」を1つのキーワードにして、従来からあった地方労働局案を制度化したものです。これによって当事者による任意的な交渉や話し合い、それから裁判という権利義務紛争の正式な解決機関の間をつなぐ、あるいは間隙を埋めるような制度が全国的に整備されたということがその意義だろうと思います。従来は、主な都道府県の労政事務所がかなり善戦してやってきましたし、労働委員会も乗り出しつつあるわけですが、何といっても全国的に整備された制度ができた。これが大きな意義だろうと思います。
 私がこの新しい制度について望むのは、まずワンストップ・サービスとしての情報提供、相談をぜひ充実していただきたいということです。もちろん岡崎さんがご説明になりましたように、都道府県労働局の総合労働相談コーナーだけが公的な相談機関というわけではなく、都道府県の労政事務所でも相談を受けるでしょうし、ほかにもいろんな相談機関があるわけです。しかし、とにかく総合労働相談コーナーに来た人には、従来の縦割り行政の取り扱いではなくて、幅広い情報提供と次のステップとして何をしたら良いのかアドバイスするということを行っていただきたいと思います。
 2番目はあっせんでありまして、あっせんは機能すれば重要な役割を果たすと思います。かなりの紛争がここで解決される、あるいは処理される可能性があるわけです。法律では、3人のあっせん委員であっせんをすることに形としてはなっていますが、手続の一部を特定のあっせん委員に行わせることができるようになっています。実はこの法案をつくった段階で申していたことですが、こういう簡易で迅速なあっせんである限り、できるだけ1人のあっせん委員が大部分の紛争を処理するような運用をしていただきたい。3人があっせん委員となって実際に手続を動かすとなると、3人の予定を合わせるだけで1カ月かかってしまいます。よほどの難しい事件で、3人のあっせん委員があっせん案を出さなくてはいけないというものでない限りは、そのような運用をしていただきたいと思っております。岡崎さんから「1カ月くらいで」という大変心強い方針を示していただきましたので、その目標を実現していただければと思います。
 また、他の紛争処理サービスとの連携をどこでやるのか。特に都道府県のサービスとの連携をどこでやるのか等も今後の課題かと思っています。

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司法制度改革の検討事項

(1)労働調停制度の設置

 それから、司法制度改革については、高木さんのほうから詳しくお話がありましたので、大体のところは済んでいますが、この意見書の意義は大変大きいと見ております。高木さんが「労働」の2文字を入れるのに大変苦労されたというお話でありました。そういう意味でご尽力いただいたわけでありますが、私も司法制度改革審議会という司法制度全般にわたる大きな課題を審議する場において、どの程度労働関係事件の裁判制度のあり方を取り上げてもらえるのかということを最初は大変心配していました。
 大抵の先進諸国では、労働関係事件というのは訴訟の主要な類型なのです。日本は全体的に訴訟が少ないということもありますが、その中でも特に労働関係の事件が少ないわけです。ということは、司法全体の中では、実際上さしたる重要な意義を持ってこなかった。さしたる地位を占めてこなかったということでもあります。それから労働の主務官庁が厚生労働省、裁判制度は法務省なり最高裁ということでありますので、その谷間にもなってきた。両者をつなぐ連携というのが少なかったように思います。
 そういう中で今度、司法制度改革審議会の意見書において労働関係事件の裁判に関する主要な論点をほぼ網羅して、今後の検討の道筋をつくってくれたという点は、私は労働法を専門としている者として大変ありがたく思っています。
 その他本当に思い切ったことを書いていただいたのが幾つもありますが、特に「労働関係事件の審理期間をおおむね半減する」というのは大変なことだと思うわけであります。私は今度の高木さんの努力に非常に敬意を払っていますが、労働事件も含めた訴訟の審理期間の長さについては、放置されてきたのではなく、裁判所はかなり努力をして、審理期間の短縮などに努めてきたという認識を持っていまして、その上でさらに半減というのは大変なことだと見ています。
 これまで労働事件の裁判制度というのは、全体的な検討を施されたことがなかったのではないかと思います。労働仮処分のあり方とか、労働委員会命令の司法審査のあり方などについては学会でもかなりの議論がなされましたし、実務家もいろんな関心を払ってきたわけであります。しかし、労使紛争解決制度全体の中に裁判制度を位置づけて、その裁判制度の現在の機能をどう評価して、どう改革すべきか、あるいはどうする必要があるのかということを議論した最初の公的な場だったのではないか。そういう意味でも評価をしているわけです。
 検討事項を列挙しますと、例えば労働調停を設けるということも大変重要でありまして、これを簡裁に設けるか、地裁に設けるかというのは大きな分かれ道であります。地方労働局のあっせんの制度との関係をどうイメージして設計するのか。紛争調整委員会のあっせんが1カ月くらいでだめならだめ、解決するなら解決するというふうに簡易、迅速に処理されて、その次の段階として設計するのか。それから、次の訴訟との関係をどうイメージして設計するのか、この辺がポイントかなと思うわけであります。

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(2)雇用労使関係に専門的知識経験を有する者の関与する裁判制度の検討

 私が一番大きな課題だと思うのは、雇用労使関係に専門的知識経験を有する者の関与する裁判制度導入の是非についてです。このいわゆる参審制は、ドイツやイギリスなどの諸外国の労働裁判としてかなり紹介されて、イメージをつくられているわけであります。実際的に見て、日本にもし導入するならば何が問題になるのかと言えば、一番の鍵は、労使裁判官あるいは労使の参加者の人材をどこに見出すか、どういうふうに養成したり訓練したりするのかということです。今回の都道府県労働局の制度において、労働相談やあっせんについて、(企業の)人事労務担当のOBの方や社会保険労務士の方、学者の方などいろんな方々がそれに関与していくと思いますが、そういう人材の供給、資格、倫理をどう考えるかが鍵だろうと思います。
 いずれにせよドイツやイギリスの場合には、それぞれ労働裁判所なり雇用審判所など労働関係専門の裁判所をつくり上げていて、そこにおいて大量の事件を迅速に処理する。つまり、専門的手法による大量迅速処理というやり方をとっています。その中で労使裁判官は不可欠の構成要素をなしているわけです。ですから、こうした全体的にでき上がっている制度の中の1要素だけを、通常の裁判所で通常の事件を処理している裁判官が少量の事件を丁寧に処理するという日本の司法システムにどう導入するのかということでありまして、いろんな点での検討が必要になろうかと思います。
 「労働関係事件固有の訴訟手続の整備の要否」についても、今、労働関係の民事事件の審理期間は13~14カ月だと思いますが、それをおおむね半減するのですから、平均すれば半年強くらいで処理されることになるわけで、その場合の手続のあり方はかなり違っていないとできないわけです。必然的に労働関係事件に合った手続の改革がなされ、変化が生じるはずでありまして、それがどういうものになるのか。それは自然に労働関係事件固有の手続になるかもしれない。その辺のところを見極めながら考える必要があるかなと思っています。

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労働委員会制度の再検討

 もう1つは、労働委員会の再検討の課題です。都道府県労働局の新しい制度とか、司法制度改革の中での労働関係事件の裁判システムの改革というのは、要するに戦後の労働法体制の中での労使紛争解決制度を全体的に改革していくプロセスでもあります。戦後の労働法体制の重要な要素であり、また、紛争解決そのものについて言えば、中心的位置を占めていたのは労働委員会であります。その労働委員会制度も必然的に見直しの時期に入っていると言わざるを得ないわけであります。労働委員会の中でもそういう意識は大変高まっているように思います。
 全労委連絡協議会(全国労働委員会連絡協議会)という組織がありまして、一昨年11月にその中に「労働委員会制度のあり方検討委員会」を設けて、昨年7月に報告を出しました。この中で労働委員会も各地方の実情に応じて、個別的労働関係紛争に取り組むべきであるという方向を出して、そういう取り組みは地方自治法の180条の2という規定でできるのだということを打ち出しました。これが今度の法律で中労委が地労委に「必要な助言又は指導をすることができる」(20条)とされたことにつながったと言えようかと思います。
 それから、不当労働行為の手続それ自体についても、現在、全労委連絡協議会の中に基本問題ワーキンググループをつくって議論しております。このように内部において労働委員会の制度のあり方について議論をしたことはこれまであまりなかった。今いろんなワーキンググループが全労委連絡協議会の中にできていますが、その検討の規模から言えば、戦後初ということになると思います。
 今後、司法制度改革との関係でこの検討がより本格化する必要がありまして、司法制度改革審議会の意見書で「労働委員会制度の司法審査のあり方」というのが検討課題になっています。これを検討するとなれば、労働委員会における審査体制のあり方、地労委と中労委の関係について、かなり本格的な見直しが必要になってきます。

【花見】  どうもありがとうございました。菅野先生からは地方労働局に置かれた新しい制度、それから司法制度の改革のみならず、労働委員会制度自体も再検討の時期に来ていて、労働委員会の中でも改革の努力が行われているというご指摘がございました。
 これまで3人のお話をうかがっておりまして、日本は労働事件の訴訟事件が非常に少なく、労働委員会の事件を含めても、例えばアメリカのNLRB(全国労働関係委員会)の事件に比べると数が非常に少なく、一般に公的紛争処理機関における事件数が少ないということがあります。これは専ら制度が不備であって、時間がかかる、お金がかかる、アクセスがしにくいという制度の欠陥もあるわけでありますが、同時に日本の労使関係というのは、これまで事件数ではそれほど大きな問題が起きてこなかったというわけでありまして、今日これが再検討の段階にあることは、その前提が大きく崩れたということであります。これはもうちょっと広く考えると、紛争処理制度以外の労使関係の問題ともつながるわけであります。何人かの方からもご指摘がありましたように、労使紛争処理というのは自主的な処理がまず最優先されるべきでありまして、今日の日本ではそういう自主的な処理が必ずしもうまくいかなくなってきたということが問題なのではないかと思います。
 そういう中で、公的紛争処理機関をこれまで日本の法文化、あるいは日本文化全体の中で必ずしも十分に活用しないで済んでいた。したがって制度改革を含めて、その制度をどのように活用していくかということが非常に大きな問題であります。菅野先生が裁判についても人材の問題が非常に重要だと言われました。人材の問題が非常に重要だということは自主的な紛争処理が日本でワーク(機能)しなくなった、あるいはこれまで十分に発展してこなかったこととの関係があるのではないかと考えられます。
 そういう問題と現在の裁判及びその他労働委員会を含めて、紛争処理制度の実務に携わってこられたお二人の弁護士から引き続きコメントをいただき、その後かなり時間があるかと思いますが、パネリスト及びコメンテータからお話をうかがった上で、フロアの皆様からご発言をいただきたいと思います。最初に、経営法曹会議の中山先生からお願いします。

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コメント(中山慈夫弁護士・経営法曹会議)

お三方のレポートにありましたように、これから実際に地方労働局であっせんも含めた調整行為が行われ、それから司法制度改革審議会の最終答申で民事調停を活用する案が提言されました。今まで個別労働紛争については様々な議論がなされてきたわけですが、いよいよ現実に一歩踏み出して、具体的に実施のプロセスに入りつつあると実感します。
 そうなりますと、我々実務家としては器をつくっても運用がどうだということで、運用についてどうしても問題にせざるを得ないのですが、この点についてはどれほど多くの議論がなされたのかちょっと疑問なので申し上げたいと思います。

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新しい制度の運用面の課題

(1)調整機関と裁判所の関係

 個別紛争は労働事件の特殊性というのもありますが、基本的には権利義務関係の存否を明らかにするので、本来は裁判所の裁判、司法で白黒が決せられる事柄なわけです。その場合に、先ほどからいろいろご紹介のあった訴訟外の調整機関と裁判所の裁判の関係をどう考えるか。私は訴訟外の調整機関というのは、いずれにしろ扱う事案が個別紛争ということであれば、前提として最終的な解決機関、強制力を持っている訴訟制度、裁判所との関係を抜きにして考えるわけにはいかないだろうと思います。
 したがって、訴訟外の調整機関の正当性と言うか、有用性を考える場合に、1つ大前提としては、利用者が訴訟のルートもあるということを十分理解して、その上で他の調整機関を選択して自由な意思により合意に至ることです。この過程が明確に確保されていることが、訴訟外の調整機関の正当性、有用性の担保になるのではないかと思います。いわゆるワンストップ・サービスというのも、単なる利用者の便宜だけではなく、こうした訴訟外紛争解決機関の正当性を基礎づけるものとして考えるべきです。
 これは実務的に言うと、相談機関において、利用者が「これを選択するんだ」という選択の前提となる「情報提供」と、それから相談内容によって「適切な解決機関に誘導する」という交通整理の機能、こういう2つの役割が必要ではなかろうかと思います。
 その意味で、岡崎参事官から今日施行になった紛争解決処理の説明をいただきましたが、そこで最初の入り口である「総合労働相談コーナー」がそういう重要な役割を果たすことを期待します。さらに調整、あっせんに至る経過の中でも情報提供と適切な仕分けで、行政の枠にとらわれずに、場合によれば「裁判所のほうでこれを解決せざるを得ない」というような適切な判断を下す。そういう自在な運用ができるような体制が必要だろうと思います。

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(2)「裁判基準」を解決の基本に

 運用面で申し上げたいのは、個別紛争が最終的には裁判所の判断で決せられるという関係で、多様な紛争機関を設けても、そこでは判例で示される裁判所の法律解釈と紛争解決基準、これを「裁判基準」と仮に言いますと、「裁判基準」を反映した解決を基本とすべきです。この点は当然とお考えの方もいると思いますが、訴訟外紛争解決機関において十分認識すべきもので、特に集団的労使紛争をこれまで取り扱ってきた労働委員会が個別紛争の調整も行えることになったので、両者の紛争の解決手法が異なることを意識する必要があると言えます。もっとも、高木先生のほうからも話がありましたように、労働事件の、特に判例の解決基準というのは実は信義則ですとか、権利濫用ですとか、公序良俗違反とか、抽象条項、一般条項を具体的ケースに適用して結論を導いているという形も非常に多いわけですから、一律に裁判基準が明確だとは言えないのですが、それでも裁判例の累積による類型化は相当なされていますし、さらにその射程にない事案であれば素直に難しいものとして慎重な対応をすべきです。
個別紛争において正当な権利、利益を明らかにすることは、裁判所では時間がかかるし、手間もかかる、コストもかかる。しかし、訴訟外の調整機関ではこのデメリットが除去されて、速やかに正当な権利の実現ができる、あるいはそれに近い解決が図れる。少なくともこういうシステムが確保されるような運用をしないといけません。仮に、裁判基準と関係なく「とにかくまとまればいい」、「結論さえ得ればいい」という解決手法をもって調整に当たることは、たとえ簡便にコストがかからず合意に誘導できたとしても、本来の解決機関のあり方に背を向けるものだと思います。したがって、運用の点では、その点を十分留意してもらいたいと思います。
 その関係で、今回地方労働局にできた紛争解決処理手続は、裁判基準を反映した運用がなされるものと考えておりますが、ただ岡崎参事官も触れておられたように、その組織の中に労働基準監督署のような取締機関が厳然としてあり、特に使用者は基準局から取り締まりを受けるという関係にあります。本来、あっせんで合意を誘導するというのは当事者の自由な意思の確保を前提に行われるわけですが、そういった機関が併存する中であっせんが行われるというのは、取締機関としての属性から「目に見えない合意誘導のプレッシャー」があるのではなかろうか。その辺を心配するので、運用に当たってはこの点にも留意して実施してもらいたいと考えています。

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(3)裁判外の機関の守備範囲


 それからもう1つは、訴訟外の紛争解決機関の守備範囲、裁判機関との事件の振り分けが非常に重要だと思います。「情報提供」と「適切な解決機関への誘導」の後者のほうが果たしてどういう基準で行われるのか。あるいはその運用基準がつくれるのかということがあります。
 この点で考えると、1つは、労働相談の中には、相談あるいは簡易な調整で容易に解決できるクレームあるいは申し立て案件が相当あるはずです。これは法律の不知とか誤解、あるいは職場の苦情、不満といったもので、これらは何も裁判基準を持ち出してどうするこうするという調整をしなくても容易に解決できるものも多いはずです。したがって、この点については格別守備範囲を論ずる必要はないのかもしれません。
 次に問題は、さらに難しく簡単な調整手続では解決できない場合、どう考えるかということです。今回の運用の中であまり議論されていないことですが、個別紛争を解決するためには事実認定というのが非常に重要なのです。我々弁護士が訴訟をやる場合、証拠によって事実を認定してもらうため、裁判所で立証活動を行うわけです。法律の解釈も難しいかもしれませんが、その解釈をよく知っていても、事実関係に争いがある場合、例えば解雇理由で、勤怠不良であったという具体的な事例が出て争われている場合に、会社のほうで言っている事実があるのか、それとも従業員が言っているようにそんな事実はないのか。これは証拠ではっきりさせる以外ないのです。
 こういう事実認定という点を考えると、合意型の調整手続では、争いのある事実関係の白黒をつける、事実認定をするための手続が伴っていないのです。ただし、民事調停では民事訴訟の例による証拠調べの規定があり(民事調停規則12条1項、5項)、これはほとんど活用されていませんが、他の合意型の機関とは異なるところです。この点を除けば、事実関係を明らかにしないで解決に持っていけないかというのが調整型、合意型の解決プロセスの基本になると思うのです。裁判のような判定型、一方的に裁定を下すという手続の解決プロセスの中では、当事者の納得ということもありますし、出た判決には強制力があるわけですから、裁判所は争いのある事実関係を証拠によって厳格に事実認定する作業を必ず行っているわけです。この作業を必ず行うか否かが調整的な解決プロセスと基本的に違うところです。
 したがって、事件の振り分けを訴訟外の調整機関で行う場合に、「基本となる事実関係に争いがない場合」、あるいは「争いがあっても、容易にどっちが本当かどうか事実の認定ができる場合」、そして3つ目が「争いのある事実関係があっても、そこの白黒をつけないでも解決の見込みがある場合」、おそらくこの3つのパターンを参考にして見極めといいますか、事件の振り分け、見通しを立ててはどうかと思います。そして、今回検討されている労働調停制度は一歩突っ込んで、事実認定作業もできる手続として、訴訟とリンクされた紛争解決として位置づけるべきだというのが私の考え方です。
 以上、3点申し上げましたが、今後、運用の問題が非常に重視されるはずですから、さらに議論していく事柄であると思います。
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専門家をどう確保するか


 各先生のレポートは多岐にわたり、重要な論点がいくつもありますので、時間の範囲でいくつかコメントさせていただきます。1つは専門家の確保ということで、これは確かに民事調停を労働事件に特化した労働調停、そういうものを設ける場合にも、専門的な知識、経験を有する者をどうするのだという問題が直ちに出てきます。この点は非常に頭の痛い問題でして、おそらく直ちに必要なだけの人材を容易に確保しようというのは難しいと思います。むしろ一定の時間の中で、特に法曹の増員が司法改革の1つの目玉になっていますから、そういった流れにも乗って専門家を養成していく考え方でないと実際的ではないのではなかろうかと思います。
 それから、個別労働紛争の専門家とは何だという問題もあるのですが、専門家を考える場合に、1つは法律知識とか、判例の理解が欠かせません。現在の労働関係の法規というのは、労働基準法を例にとっても、一読了解できるような簡単な条文立てにはなっていない。ですから、そういった知識がまず1つ、当然、専門という場合には必要になってくると思います。
 もう1つは、個別紛争の処理ということですから、現実に労働の現場を知り、できれば事件処理にかかわった経験のある方が必要だということになると思うのです。
 さらに専門家として欲しいもう1つのことは、事実認定について一定の研修を経て、少なくとも事実認定の仕方、難しさも含めて経験した方が必要であり、この典型例が職業裁判官であります。
 個別紛争処理の専門家と言うとこういう3つのポイントを考えるべきですが、訴訟外の紛争解決機関でこのような専門家の確保は容易ではない。しかし、先ほど言ったように、「事実認定を厳格にしなくてはいけないものは本来、裁判所で扱う」という仕分けをすれば、調整型の訴訟外の場面では、事実認定についてまで経験のある専門家でなくとも十分可能であろうと思います。
 法曹の養成については、司法制度改革審議会の中で法科大学院、ロースクール構想が現実に提唱されて、実現しつつあります。たまたま私は今、司法研修所の教官をやっているので感じるのですが、司法研修所の1年半の研修では、およそ労働法などの専門科目まで教えるような時間的余裕はほとんどないのです。つまり民事の一番の基本である民事訴訟法と保全、執行を中心に一般民事の実務を教えて、それから証拠と事実認定との関係、事実認定の手法、そういった基本的なところを教えるだけでも足らないくらいです。司法試験の受験科目から労働法や行政法などの法律選択科目がなくなった関係で、修習生には必修選択の講座が数コマ用意されるにとどまっています。新たに法科大学院?新司法試験?司法研修所という形になったときに、それぞれどのようなカリキュラムになるかまだわかりませんが、労働法を特化して、法科大学院等で必修にするというのは、現実的には非常に難しい。もしそれをやると、本来その前提となる通常訴訟手続の履修が十分できるのかという心配が出てきますし、行政法、破産法といった他の専門科目との関係も問題になります。したがって、労働関係の専門家の養成やその確保というのは、実務の裁判官、弁護士などを含めた視野で考えざるをえないところです。
 次に、裁判所の関係で、高木先生から「裁判所は何をやっているんだ」という趣旨のご指摘がありました。確かに現実の結果として裁判所は手間もかかる。手続も厳格で、訴訟も長いというデメリットがあるわけです、ただ、現在の裁判所の人員と事件数からしますと、非常に頑張っているというのが実感です。特に1998年から実施された新民事訴訟法では、おそらく通常事件であれば1年以内に終わるのが非常に多いのではないでしょうか。労働事件でも昔は相当時間がかかったのですが、先ほど菅野先生のご指摘のように、現在では1年からおそらく1年半弱が平均でしょうか。司法制度改革審議会の答申ではそれを半減すると言っていますが、それは法曹人口を増やすことが大前提でしょう。現在の新民事訴訟法では主に争点整理と集中証拠調べという手続で迅速化を図るのですが、そのやり方でも半減できるとは到底思えません。
 したがって、より迅速化という必要はあるのですが、事実を認定して一方的に強制力のある裁定、判決をするという手続の中では、ある程度の時間がいる制度であって、このデメリットを仮処分などの保全制度と訴訟外の紛争解決機関により補ってゆくやり方を基本とすべきです。

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コメント(鵜飼良昭弁護士・日本労働弁護団)

 私は30年間、主として労働側で事件をやってまいりました。中山先生とは大体原告と被告で相対立して、法廷では火花を散らしておりますが、きょう中山先生のご意見をおうかがいして、1点を除きまして、ほとんど不一致はないかと思います。1点と言いますのは、労働参審制についてであります。その問題は後でお話しすることにいたします。

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多くの人が泣き寝入りしないシステムを

 私自身は30年間労働側で事件をやってまいりまして、大きな転換点は1990年代以降ではないかなと思います。先ほど花見先生が個別労働紛争の数の問題を言われました。私は90年代の初めごろ、集団的労働事件が減り続けていると感じました。しかし個別紛争も、労働事件として顕在化する事件数は少なかったわけです。93年2月に日本労働弁護団ではホットライン、労働相談活動を始めました。この時期が大きな転換点になったかと思いますが、この時期以降、直接、労働者からの相談活動を始めまして、その件数が本当に飛躍的に増えてくる実感がありました。
 現在も毎年、年2回のホットラインと、それ以降、毎週火曜日、木曜日の電話相談、そして月曜日の面談という形でやっていますけれども、電話相談は現在2名体制でやっていまして、ほとんどいっぱいで、相談に対応できないという現実があります。大体年間の労働相談の件数が1,000件を超す状況にありまして、これは全体の統計的なものとは別としても、私たちには個別紛争が非常に増えているという実感があります。それに引きかえ、それを解決する手だて、システムが日本では非常に立ち遅れている。この間、我々はそういう問題意識のもとでヨーロッパやアメリカに調査に行きまして、日本における個別紛争の解決システムとルールづくりが、今非常に大切なテーマになっているという実感を抱きました。
 地方労働局の紛争解決制度がスタートしましたけれども、ADRにつきましては司法制度改革審議会で労働調停が実施課題にされました。ADRは今までカオス状態だったと思いますが、1つの形になりつつあるのではないかなと実感いたします。労政事務所レベルでは既にやっているところがあるわけですけれども、地方労働委員会でも10カ所以上で既にスタートしたということですので、そういう意味ではADRについても1つの形ができつつあります。
 中山先生もおっしゃいましたように、紛争解決システムの扇のかなめは裁判制度だと思います。強制的、判定的な解決機能を持つ裁判制度がどれだけ役割を果たすかということが重要でありまして、その点についてはいろいろ言いたいことがあります。司法制度改革審議会の最終意見書では、残念ながら当面の実施課題は労働調停という形になりましたけれども、これはあくまでもADRです。したがいまして、労働裁判そのものの改革が必要な時期に来ていると思います。
 そこで、初めの問題に戻りますけれども、個別紛争についてどう見るかということですが、私自身も事件に取り組んできた30年を前半と後半に分けますと前半は集団的紛争に傾斜していまして、個別紛争はどちらかというと軽視している面があったかと思います。しかし、1990年代以降は個別紛争が非常に増大した。そして、個々の労働者の声を聞いて、それが法の解決手続に乗らないままに潜在し、あるいは泣き寝入りという形で終わっているという点に非常に危機意識を持ちました。ヨーロッパにあるようないろんなADRと労働裁判手続が組み合わされて、その多くの人たちが泣き寝入りしないでシステムに乗せて解決を図っていくということが、今後の日本社会のあり方にとって非常に重要な意味を持つという感じがします。
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解雇事件の解決は雇用保険の仮給付の期間中に

 労働相談を受けて痛感するのは、具体的な解雇事件とか賃金切り下げとか、そういう事件が多いわけですけれども、そういう場合に「裁判になったら何カ月かかりますか」、「どの程度費用がかかりますか」ということを聞かれるわけです。そういうときに例えば半年なり3カ月以内にほぼ見通しが立って、解決できるということが言えればいいのですが、なかなかそういう回答ができません。例えば解雇事件では、雇用保険の仮給付の期間中に解決の見通しが立つということが、個別紛争にとっては非常に重要な意味を持つわけです。集団的紛争で労働組合のバックがある場合には、場合によっては2年も3年も5年もという、そういう長期闘争もある意味では覚悟の上でやるという部分がありました。私自身も十数年前はそういう意味で非常に頑張っていたのですが、個々の労働者からの相談を受けますと、「これは1年以上たったら、とても無理だな」ということを感じるわけです。少なくとも雇用保険の仮給付の期間中に解決しないといけないと思います。
 例えば家屋明け渡しとか、土地明け渡しの事件について言いますと、賃料不払いや契約を解除された場合、裁判をやっている最中でもそこに住んでいけるわけです。そして、判決で負けたときに初めて明け渡しということになります。ところが、解雇について言いますと、「待ったなし」なわけです。要するに解雇されて1カ月過ぎますと、賃金は入ってきません。そうしますと、雇用保険の仮給付が命の綱になるわけです。その期間中の解決が制度設計上非常に大きな意味を持つと思います。

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労働裁判の仮処分が減った理由

 そこで、現在の労働裁判を見ますと、仮処分がこの役割を果たしてきました。仮処分事件の8割が解雇事件です。我々実務家としては、個別の労働者が解雇されたという場合にまず仮処分を行います。ところが、実は平成12年の司法統計によりますと、仮処分の件数が前年の848件から激減いたしまして707件に減りました。全体の労働事件の数は、仮処分の件数をあわせますと大体2,700件ぐらいになります。1990年の初めごろは1,000件でした。そういう意味では2.7倍、3倍近くになったわけです。司法統計上これほど大幅な増加をみた事件類型はほかにありません。そういう意味で、労働裁判としても非常に増えたということは間違いなく言えると思います。しかし、仮処分の数が2000年に激減した。20%ぐらい減ったことにはどういう意味があるんだろうかということであります。
 それにつきまして率直な感想を言いますと、一昨年から昨年にかけて東京地裁の労働部で、連続して仮処分で敗訴決定を受けました。特にリストラ、解雇事件絡みで、連続で負け続けたわけです。そこで、労働側の弁護士の間で「仮処分はやばいぞ」、「仮処分で出すのは、よほど証拠ときちんとした事実関係が明確でないとなかなか勝てないぞ」というような、体験的にそういう実感が出てきたのだろうと思います。したがって、848件から707件に落ちたという要因がどこにあるかにわかには言えませんが、私自身の実務の体験からしますと、仮処分では特にリストラ絡みの解雇事件でなかなか容易に勝てないというのが間違いなくあると思います。
 特に整理解雇の4要件とか、そういう要件が判例法理で確立しているかどうかという点でも論争がありまして、これは経営法曹会議の中山先生と私の間でもかなりの違いがあります。我々労働弁護団は、「日本に解雇制限法がない状況の中で、解雇権乱用法理とか整理解雇の4要件は日本型解雇規制の法理であり、これは確立しているんだ」ということを言い続けてまいりました。経営法曹会議の側では「それは1つの要素にすぎない」という、こういう意見の対立があります。判例法理としてそういうものがあるわけですけれども、見方が違う。そこで、東京地裁の一連の決定は、「解雇規制の判例法理は確立しているのかどうか」、「東京地裁労働部は整理解雇の4要件を見直そうとしているのではないか」ということで実務界に大変な反響を巻き起こしました。したがって、自粛現象というのがなかったとは言い切れません。私自身率直に言ってあります。

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労働事件の特性に合った裁判制度が必要

 そういう点で労働裁判、仮処分はどういう点に問題があるのか。労働側の実務家として言いますと、元来仮処分制度は書面審理が原則で、本案訴訟が前提にあります。暫定性、付随性と言いまして、仮処分というのは本案に付随していくわけです。本来、著しい損害が発生する場合、窮迫な危険が存在する場合など非常に緊急性があるときに、仮処分というのが制度的にあるわけです。労働仮処分、解雇事件の場合の仮処分というのは確かにそういうふうにも言えますが、ちょっと性格が違うのではないかと思います。
 通常の仮処分というのは1カ月、2カ月が勝負です。労働仮処分の場合は、被保全権利と言いまして、解雇が有効かどうかということについてのきちんとした事実認定と適正な法令の適用が必要です。通常の仮処分制度本来の趣旨から言うと、被保全権利についても簡単な書面審理で疎明があればいい、非常に緊急性がある場合にはとりあえず簡易な手続で当面の損害の発生を防止し、危険を回避しようという手続であります。しかし労働仮処分の場合はまず事実関係の認定が非常に難しいという面があります。そして、依拠すべき裁判規範が判例法理という、見方によって解釈が違うような非常に不定形なものである。労働仮処分というのは迅速性と同時に、適正な法の実現という、2匹のうさぎを追わないといけない面があります。そういう意味では現在の労働仮処分は書面審理だけで証人調べは原則できませんし、現実にやっていません。それで、依拠すべき裁判規範も人によって分かれるというところから言いますと、労働事件、解雇事件ではなかなか使いにくいわけです。
 では、本案訴訟でやればどうかと言いますと、本案訴訟は先ほどの統計でも1年以上かかっています。特にリストラ絡み、整理解雇絡み、工場閉鎖とか、そういうものになりますと、これはどうしても1年、2年かかってしまう。通常の個別の解雇事件について、迅速性という仮処分のメリットを生かしつつ、証人調べをきちんとやって法令を適用して適正な実現を図っていくという裁判本来の機能を兼ね合わせた制度設計、労働裁判の新たな制度づくり(司法制度改革審議会の意見書では「労働関係事件固有の訴訟手続」と言っている)が必要なのではないかと我々は実感しております。

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労働参審制は実現すべき大きなテーマ

 ADRが有効に機能するためにも、要になる労働裁判がきちんと機能していかなければならないと言えるわけであります。その場合に中山先生と一番の意見の対立点は労働参審制です。労働参審制については司法制度改革審議会でもいろいろ議論がありましたし、意見書の中で早急に検討すべきテーマとして挙げられておりますので、ぜひこれについては今日皆さん方の中でいろんな意見を出していただきたいし、今後それについてもぜひご検討いただきたいと思います。
 労働参審制というのは、要するに労使の実情を十分知っている非職業的裁判官の方が参加し、職業裁判官と一緒になって労働事件について事実認定を行い、法令の適用を行って判決を下すシステムです。これはドイツとか、ヨーロッパではほとんどの国で採用されております。
 問題は、労使裁判官が職業裁判官と一緒になって労働事件について判断を下すことの意味であります。職業裁判官なり、私たち弁護士もそうですけれども、労使関係、雇用社会の中におけるいろんなルールであるとか、慣行であるとか、制度であるとか、そういうものについては十分わからない部分があります。そこに経験と知識を持っている人が参加するということは、労使関係の良識、これは審議会の中では「健全なる良識」という発言がありましたけれども、そういう良識を事実認定とか判断に反映させることになると思います。法律の専門家としての職業裁判官がその人たちと協力して事実認定をし、判断を下すということは、職場の実情に合った誤りのない判断を下すための1つの担保になると思います。
 これについては日経連のレポートによりますと、「法律の素養のない非職業裁判官が参加することは誤った判断を下すという批判もある」という言い方をされています。私は経営側、労働側両方に言いたいわけですけれども、労使関係で起こった紛争について、公的なシステムである裁判における解決においても、労使が責任を持って主体的に法律の適用者として参加するというシステムは、ある意味では労使自治の延長として、あるいは労使の社会的責任として受け止めるべきだと思います。法律の素養がないと言われますが、例えば解雇権乱用法理の合理的理由という場合、例えば勤怠不良とかいろんな理由で配置転換を拒否するといった個別紛争、個別の解雇事件を考えると、1つの具体的ケースについて合理的理由があるやなしやという判断は、労使の実情を知っている人が関与するかどうかによって大きく変わってくるのではないでしょうか。
 現実の裁判の姿というのは、アプリオリに「ある一定の法があって、それを適用する」ということではなくて、「具体的な事実関係を通じて法を発見し、ルールを形成していく」という役割を持っているわけです。合理的理由があるかどうかというのは、具体的事案で探っていく。そして合理的理由かどうかという判断基準を1つ1つの事案を通じて形成させていきます。ですから、裁判には紛争解決機能と同時に、ルール形成機能があります。そして、判例法理というのは今まで職業裁判官にルール形成機能をまかせていたものでありますが、そこに労使の裁判官が入ることによって、より現場にあった、労使関係の事情に合ったルールを形成していく。そういう効用があるのではないかと思います。
 そして、法のフィードバック機能と言いましょうか、法の適用に労使が主体的に参加することによって、労使の現場に法の血肉化をうながすという機能です。要するに労使が他から与えられたものではなく、みずからの法として、みずからのルールとして血肉化していく。そこで初めてルールなり法というのが市民のものになる。法が職業裁判官によって与えられるという他律的なものでなくて、我々の主体的努力によって法を発見し、自分たちのものにしていくというフィードバック機能が重要です。そういう意味では、これだけ個別紛争が私たちの実感として増えている現状にあり、歴史的な大きな流れから言っても労働参審制は早急に検討し、実現しないといけないテーマではないかと思います。

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労働参審制につながるような労働調停を

 最後に実施課題になりました労働調停制度であります。そもそも強制的、判定的な裁判制度が今の状態のままではダメで改革が必要であることは、先ほど述べたとおりです。労働調停というのは任意的な解決機能しかありませんが、この労働調停制度が実現されていく段階で、次の労働参審制にもつながるような役割を果たすことが必要だと思います。
 (労働調停では)労使の実情を知った労使の調停員が参加します。そして、主任調停員である職業裁判官と3者構成でやっていく。
 従来の民事調停は、市民対市民といった対等当事者間の争いを前提とした構造になっています。労働調停というのは労使の立場が平等ではない事件類型を扱う調停ですから、それに合わせた制度とする必要があります。
 例えばタイムターゲットです。先ほど岡崎参事官は、地方労働局の構想について1カ月というタイムターゲットを出されましたけれども、労働調停につきましても次の裁判のステップという問題がありますので、裁判を受ける権利がなくなるようなことではだめです。今の民事調停の場合には、だらだらといつまでたっても終わらないケースだってありますし、そういう意味では3カ月ぐらいをタイムターゲットにした形の制度設計が必要だと思います。第1回の調停期日をどうするかとか、その間の間隔をどうするかとか、そこら辺の検討が必要です。
 もう1つは裁判への移行の手続についてです。調停が不調になったときに、本当に簡易に裁判に移行できるシステムをつくるべきだと思います。調停申立についても簡易な手続が必要ですし、事件類型ごとの書式みたいなものを用意すべきですし、そして不調になったときには裁判にすぐ移行できるシステムをつくるべきだと思います。
 労働事件には迅速性と適正な法の実現という面が必要です。そういう意味では先ほど中山先生がおっしゃいましたように、裁判規範あるいは法規範と言いましょうか、そういうものに基づく調停でなければいけない。足して2で割る調停であってはいけないと思います。今の調停の技法としては、「評価的調停」(調停委員が紛争当事者からそれぞれの主張を聞き、資料などを提出させたうえで紛争に対する評価や調停条項案などを示すことにより、当事者が合意するよううながす調停の方法)と「促進的調停」という要するに当事者の自由に任せて当事者が自主的に合意する状況をつくっていく技法があると言われています。泣き寝入りを許さないため、労働調停では評価的調停という制度設計をすべきではないかと考えております。
 労働参審制は6カ月ぐらいのタイムターゲットで、集中審理で、証拠収集や証拠開示といった手続をきちんと網羅する。そして、労働関係事件固有の訴訟手続と労働参審制がドッキングしたものにぜひともすべきではないかと思います。
 労働者は5,000万人から6,000万人という数になっています。まさに日本社会の圧倒的多数を労働者が占めるわけです。雇用社会、労使関係というのは日本の生命線であります。そこで法が血肉化することの重要性というのは本当に痛感いたします。それを実現するためのシステムは、1人1人が客体ではなくて、主体となって自立した働き方ができるための、また組織の中にも主体的に参加できるためにも、必須の条件ではないかと思います。そういう意味で紛争解決システムはこれからの日本社会を考える場合、非常に重要な意味を持つものだということを言わせていただきまして、私のコメントとさせていただきます。

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<パネル・ディスカッション>

労働局の解決システムは「調整型」

【花見】  ありがとうございました。お二人とも法律家でありまして、労使紛争は大体権利義務の争いで、特にそこが重要であり問題だというお考えのようであります。しかし、労使紛争には必ずしも権利義務のカテゴリーで処理をしないで解決する事件がたくさんあるわけであります。岡崎さんが言われたように、複線型システムで処理をする場合、法律の素養のない人による処理も可能なのではないか。この点に関して、中山先生は振り分けが非常に大切だとおっしゃったわけでありまして、これは大変重要な点ではないかと思います。この辺の点については、今度の新しい制度の立案の責任者であります岡崎さんのほうからお答え願いたいと思います。

【岡崎】  今の点につきましては、まさにそのとおりではないかと思います。複線型というのはある意味では当事者が選べる形になっていますが、当事者が選ぶ際の判断のあり方としては、それぞれの制度の得意とする事件で選んでもらうというのが必要なのではないかと思っています。
 したがいまして、私どもが今日から始めた都道府県労働局における紛争解決につきましては、行政機関でありますので、当然のことながら、できるだけ紛争を簡易、迅速、適正に解決するものであります。事実関係がふくそうしていたり、あるいは法律判断が非常に難しかったりする問題は得意な分野ではないということであります。
 私どもとしましても、各種の紛争解決の手法がだんだんできていくわけです。その点も含めまして総合労働相談コーナーでは紛争を抱えている方に適切な情報の提供をしていきたいと思っています。
 それから、紛争解決の基準につきましても、今、花見先生からもお話がありましたけれども、基本的には適正であることが当然ですが、判定型のものと調整型のものではそれぞれ特色が違います。私どものものはそういった意味で最も調整型のものであると思っていますので、できるだけ当事者の話し合いをうながすことを基本にするわけです。そうはいっても、「どんな解決でもいいか」ということになるとそうではありません。もちろん法律は当然のことながら、判例その他の解決の基準が既にできていたり、今後できていったりするということだろうと思います。私どももその辺は十分認識して、あっせんを担当する紛争調整委員の方にもそういった情報を適切に提供していく。それに基づいて、できるだけ適正な解決に持っていくようにしたいと思っています。
 そういう中で、日本労働研究機構におきましてもそういった裁判例や解決事例の収集、提供を行うことにしています。そういった立場で今後運営していきたいと思っている次第です。

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職業裁判官でない者が事実認定できるのか

【花見】
  お二人のコメントの中で、高木先生からお答え願いたい問題が若干あります。特に参審制の問題に関連して、紛争処理において労使が参与するというのは、調整的な処理の場合にはかなり有効だと考えられても、労使が実務に精通しているからといって、権利義務の判断に関しては専門性という点で問題があろうかと思います。特に良識を持った労使が参加するということに意義があると思います。中山先生のお話にありましたように、権利義務の処理であれば一番重要なのは事実認定の点でありまして、労使の代表はそういう意味で事実認定をするだけの能力があるのかどうか。これは人材育成の問題とも関連しますが、この辺について高木さんからコメントをいただきたいと思います。
 それからもう1つは、私どもはヨーロッパの労働裁判制度などを見ておりまして、迅速な解決、労使の参加という点では非常に優れた機能を発揮しておりますけれども、専門性という点になると職業裁判官が最終的に責任を持って判断をしています。労使が参加したからといって、そこで交渉が行われるわけではなく、あくまで参与裁判官というのは職業裁判官の判断の手助けをするという機能ではないかと思います。そういう意味で、労働委員会のような調整手続を含んだ紛争の処理の場合とかなり違ったことを考える必要があるのではないか。その辺のことにつきまして、まず高木さんのほうからコメントをいただきたいと思います。

【高木】
 法律の素養という意味で専門家である裁判官に比べて劣っていると言われる者は、事実認定する力も落ちるのか。これにつきましては、本質的な論議がいろいろありまして、それでは、アメリカの陪審の場合はどうなのか。陪審員の判断とプロの裁判官の判断ではどちらの間違いが少ないかを立証できないというのが、私どもが聞いているアメリカの状況です。そういう意味では、労使の間でこういうことが起こったときに「一般的に職場はどう解決するのか」、「職場ではどう認識するのか」ということをよくわかっている方々には、権利義務の問題も含めて十分事実認定する力があるのではないか。頭の中で整理して、要件事実はどうだというような司法研修所で教える分析の手法みたいなものがあるのかもしれませんが、裁判の際に、どういうふうに法を当てはめて、例えば損害賠償の金額等を幾らにするとかいう部分については、プロの裁判官が知識、経験をお使いになられたらよいのではないか。少なくとも労働事件に関する限りは、労使の方々にかなりのレベルで事実認定する力がある。逆に、裁判官だけが判断するときよりも正しい判断になる可能性があるのではないか。どちらかと言うと労働参審制を入れたほうがいいと思っていますので、どうしてもそっちに寄る意見になりますけれども、そういうことが1点です。
 それから、先ほど中山弁護士もおっしゃっていましたけれども、裁判官は一生懸命やっている、忙しく頑張っているというのは私もそのとおりだと思いますが、「頑張っていること」と「間違わないこと」とは一緒ではないのではないか。そういう意味では、より間違いのない、また裁かれる立場の人間が納得できる裁かれ方とは何かということがあります。
 今回の司法制度改革審議会で1つの大きなポイントになった議論ですが、刑事事件のある一定類型、例えば重罪刑が予定されるような刑事犯罪について、有権者名簿から無作為に選ばれた普通の国民が事実認定に参加する裁判委員制度を数年のうちに実現しようと審議会で確認しました。抽象的な観念論になるかもしれませんが、今は裁判官の独立という世界が十分斟酌された上で、裁判官が個々の裁判で判断をしているのか。裁判官にそういう判断をゆだねるのはどんな理屈かと言うと、それは主権者である国民が、裁判官にその権能をして判断させることを担保しているという一面があります。司法試験を通って研修を受け、判事補を5年、特例判事補を5年やって判事になった。そういうキャリアがありさえすれば、その人はどんな判断をしてもいいということではないはずです。当然、裁判官としての良心をもって、裁判官として独立した判断を下している。その権利を与えているのは国民であるはずで、そういう中でもっと日本の司法に基盤を与えていくことの必要性が、今回の司法制度改革審議会の大きなテーマの1つでした。
 そういう流れの中で、刑事裁判に一般国民が参加していくことについてもいろんなご意見がありまして、「日本の国民にそんなものは判断できない」と言う人もいました。では、アメリカの人間には判断ができて、我々にはできないのか。そんなことはないと思います。日本でも昭和3年から昭和18年まで、陪審制をやっていました。もちろん当時の憲法下での陪審制でしたから、いわゆる陪審員は評決権を持っていませんでしたけれども、当時の陪審制で約500件近い事件が処理されました。そういう歴史を我々は持っているわけです。そういう意味では、法律の素養イコール事実認定力という決めつけ方はいかがかなと思います。

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労働参審制を日本で採用できるのか

【花見】
 ありがとうございました。この問題は非常に難しい問題で、ヨーロッパの労働裁判制度を見ますと、先ほど鵜飼先生のお話にありました紛争処理という点では非常に迅速に解決しているかと思います。しかし、ルール形成という点では、果たして妥当なルールが形成されているかどうかあやしい事件の処理も場合によってはあるわけです。
 ドイツの裁判所を見にいって、ちょっと信じられない思いをしました。原告、被告双方が30分から1時間ぐらいずつ弁論をして、労使裁判官、職業裁判官の3人でそれを聞いて、別室へ行って10分か15分ぐらいで審議が終わり、被告は原告に100マルク払えというような結論が出ました。これは非常に簡単な事件の場合です。今でもそうだと思いますが、ドイツの労働裁判所では、原則1回で処理をして、2回以上になるのはむしろ例外です。ここでは迅速性のほうが妥当性より優先するという考え方ではないか。日本における法文化、あるいは日本文化全体という点からいって、果たしてこういう制度が日本で採用できるかどうかという問題もあろうかと思います。
 それと同時に、もう1つの問題は、職業裁判官で世の中を全くわからない裁判官という前提に立った場合、労使の現場の知識が裁判官の判断に寄与するという面での専門性が重要だと考えられるわけです。しかし、私はそれよりもドイツの社会、労使関係の中で、労使裁判官として出てくるような人が信頼性を持っているということが大変重要であると思います。労使が参加しているから、結論について相当納得性があるという点が非常に重要ではないかと考えております。
 この点から、私がちょっと問題だと思うのは、日本でもし労働参審制を採用した場合に、おそらく労働委員会の労働側委員と同じように、労働組合からの代表が労働側の裁判官になるという可能性があるわけです。個別紛争が今日問題になっているときに、労働側の代表として世間が納得できるかどうかという問題があろうかと思います。そういう意味で、この問題は労使関係そのものの問題だと申し上げたわけであります。そして、日本の労使関係で個別的労使関係が新しく台頭してきた中で、今までの集団的な処理の制度をそのまま維持していいかどうかという問題とも関連するわけです。裁判というのは「客観的に妥当だということ」と「妥当であるかのように」という「見せかけ」が割合に重要であり、世間が納得するような制度が日本で考えられるかどうかということだと思います。

【高木】
 より良いものをつくろうとしているわけですよね。どんな制度でも100点の制度はないとしたら、「こういう懸念がある」というところは、「どうやってその懸念を小さくするか」ということでいろんな議論をする。だから、今の最後のほうの花見先生の説は私もおっしゃるとおりだと思います。そういう意味ではドイツの仕組みが迅速性を重んじるあまり、妥当性という意味で欠陥ありというようなコメントでしたが、論評をうかがいたいと思います。

【花見】
 欠陥はあるかもしれないけれども、ドイツの社会ではそれが受け入れられているという、そういう問題です。

【高木】
 先生はそういう意味でおっしゃったんだろうと思いますが、いいものをつくろうというときに、「こういう欠陥があるからだめだ」という議論をしていたら、ちっとも変わっていかないのではないか。

【花見】
 日本の感覚から言うと、日本の裁判のやり方は非常に慎重に時間をかけてやる。これにはプラス、マイナスあるわけで、その点はドイツと日本では違うということを申し上げました。

【高木】
 もう1点、労働委員会のことですが、確かに労働委員会のイメージを引きずっている面がありまして、労働委員会では基本的には、不当労働行為について集団的労使関係の中で労働組合が問題を持ち込みます。
 そういうことで、労働委員会のイメージを労働参審制に重ねて議論することは間違いではないか。本質的に労働委員会が目標としてきた制度の意味と、個別労使紛争処理制度や労働裁判所で労働紛争を解決しようというときの根っこのところは少し違う意味もあると思います。

【花見】
 だから、そこが違うので、労働代表の裁判官を置くならば、どういう選出方法が考えられるかという問題提起です。

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欧州の「労使裁判官」は当事者から独立

【菅野】
 労働参審制は重要な課題でありまして、今、高木さんが言われたように「日本の裁判システムをより良いものにするためにそれを導入するにはどうしたら良いか」を考えていくべきだと思います。その場合、労働事件に関する裁判システムはドイツやイギリスとわが国とでは基本的に違う中で、労働参審制を導入するとしたら、どういうことが考えられるのか。そして、現実的に考えて、それが成功するかどうかをいろんな点で確かめて検討しなくてはいけないと思っています。
 1つのポイントとして、労働参審制ないし参与制は労働委員会の労使参与員制度とは根本的に違う制度であるということをまず認識する必要があると思います。労働委員会では、労使の参与員は労使の利益代表であると法律でも位置づけられています。この労使の利益代表は一般的な労使の利益代表だとされていますが、具体的事件では、各当事者の利益を代表して、それらを和解の過程で当事者との接触を通じて、非常にねんごろに調整するという機能を産み出しております。
 労働委員会の場合、不当労働行為事件は労使の利害対立が非常に厳しく、その中で労使委員が当事者との間を取り持って、できるだけ利害を調整していく。そして、公益委員を助けて公正な判断をしたり、合意を達成して、労使関係を将来に向けて良くしたりしていくことに意義があり、労使参与制度はそのような機能を担った制度となっております。
 私が見る限り、ドイツやイギリスの労使裁判官は基本的に違うわけでして、立場的に何が違うかと言うと、労使裁判官は当事者との間を取り持って職業裁判官による和解を手助けするようなことはしないのです。和解のため当事者との接触をして、当事者の意見を裁判官に伝えるとか、あるいは当事者間の調整をするということはしません。
 では、労使裁判官の主要な役割は何か。まず、基本的に裁判官ですから、当事者から独立しているのです。それから、例えば自分の出身団体があるとしたら、そこからも独立しています。裁判官ですから、いかなる権力、利益からも独立して公正に事件を処理する。これが基本です。この点の倫理を確立できなければ、参審制は日本では無理だと思います。
 それから2番目は、現実の機能としてどこに役割があるのかと言うと、実は事実認定、より正確には事実関係の把握と評価です。つまり事実関係に対する洞察力でありまして、イギリスの雇用審判所で素人裁判官が関与しなくてよい事件というのが少しあるのですが、その1つが事実関係に争いのない事件です。つまり事実関係に争いがなければあとは法律の適用ですから、これは裁判官がやればいいのです。事実関係をどう見るか、その本質をどうつかむか、そして例えば解雇の正当性とか、労使関係において正当な手続を経てきたのか、そういう事実の評価において労使の現場の経験や紛争処理の経験がいきるのです。向こうは労働裁判所ですから、裁判官も日本の裁判官と違って労働関係を専門にしています。これらの労働事件を専門とした職業裁判官の方々が、「自分たちは法律の専門家であって、事実の専門家ではない」というふうに、かなり共通に素人裁判官の役割を評価しているということがあると思います。
 それでは、日本のようにこの制度を導入するかについては、実際的に検討しなくてはいけない点がいろいろあります。例えば、労働裁判所でしたら原則として審問期日は1回だけです。だから、パートタイムの素人裁判官をどんどん事件に割り当てていける。しかし、日本のように同一事件について何回も期日がある中でこれを運用するとすれば、日程を調整するだけでも今より調整する必要のある人が増えるわけですから、どうやって迅速にやれるのか。また、向こうは労働関係を専門とした裁判所ですから、労使が入りやすい。これは労働委員会に労使委員が合っているのと同じようなことです。通常の裁判所にどうやって労使を組み入れられるのか。そういういろいろな問題があります。しかし、一番問題なのはやはり人材の給源をどこに求めて、その人たちの倫理をどう確立して、その上で技術をどう確保するかということだと思います。

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質疑応答

【花見】  ありがとうございました。会場の参加者の皆様方からご意見をうかがいたいと思います。どなたからでも自由にご発言を願います。

【質問者】 都道府県の地方労働委員会事務局の職員ですが、個別労働関係紛争の処理について2点ほどお聞きしたいと思います。
 先ほど国の地方労働局で、本日からいわゆるサービスを始めたという話がありました。今後、地方労働委員会サイドでも同様な個別的労使紛争処理解決サービスを実施していく都道府県がかなり増えてくると思います。先ほど菅野先生のお話の中にも他の紛争処理制度との連携という項目がございましたが、国の地方労働局と地方労働委員会との連携について、具体的にどういうことを連携として考えているのかお聞きしたいと思います。
 先ほど高木さんから、使い勝手のいいところが残るであろうという発言がございました。したがいまして、ある面では国の地方労働局と地方労働委員会というのはライバル関係だと言っても過言ではないと思います。そういったライバル関係である機関が具体的にどういう連携をとっていったらよいのか、そこら辺を具体的に岡崎さんと菅野先生にお聞きしたいと思います。それが第1点です。
 第2点ですが、個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律の中で、地方労働委員会があっせんなどを行う場合には、「中央労働委員会が必要な助言又は指導することができる」となっています。地方労働委員会がやるというのは、いわゆる地労委事務の自治事務化に伴って可能になったわけでして、その事務に対して中央労働委員会が必要な助言または指導をすることができるとなっている。助言というのはよろしいと思うのですが、指導というのはいささか地方分権には逆行する発想ではないか。衆議院と参議院の法律の付帯決議の中でも指導という言葉は入っていません。なぜ法律の中でいきなり指導という言葉が入ってきたのか。その辺の説明を岡崎参事官にお願いしたいと思います。

【花見】  それでは、最初の問題は後で菅野さんにお答えいただき、岡崎さんに今の後の問題も含めて簡単にお願いします。

【岡崎】  まず、労働局と地労委の連携でありますが、各地労委がどういうサービスをするかは各地方公共団体なり地労委の判断でありますので、それが前提となります。したがいまして、私どもは、都道府県労働局に対しては各都道府県の地労委の状況を見ながら、連携のあり方を相談するようにという指示を出しています。
 また、基本的には幾つかある紛争解決援助制度から、当事者にとって一番自分に合った、あるいは紛争の性格に合ったものを選んでいただくことであると思っていますので、各労働局において情報提供等をする際には、地労委がサービスを提供している県にあっては、そのサービスの中身を含めて情報提供することにしています。
 判断基準その他につきましては、判例その他が重要であろうと認識していまして、私どもが収集、分析できる範囲のものについては労働局とともに地労委なり、あるいは労政事務所なり、同じように提供していくことを考えています。
 2つ目の話につきましては、これは国会の議員修正で入った文言でありますので、私どもが細かく言うのも適当ではないかと思いますが、各地労委でどういうことをやるか、それ自体については地労委の判断であります。中労委のほうでやり方等について必要な場合には助言をしたり、あるいは何らかの考え方を示すものについては指導したりするという趣旨で、「助言または指導」という言葉が入ったのだろうと思っています。

【菅野】  実は大変難しいところを質問されたのでありまして、私もまだ地方労働局と地労委の連携の仕方について具体的なイメージができていません。労働局でやっている相談とかあっせんの全体の統計的な資料とか情報の収集は厚生労働省でやると思います。他方では、現在、道府県の10以上の地労委で始めている仕組みがもっと増えていく。その全体の統計をとったり情報を集めたりというのは、今度の法律だと中労委ということになるでしょう。実際に私たちが全労委連絡協議会で地労委による個別紛争処理の仕組みを考え始めたときは、地労委の連携、支援は全労委レベルでやるということを考えました。全労委連絡協議会の事務局をやっているのが中労委なものですから、実際上は中労委ということになるのですが、形としては全労委でやるのかと思っていたら、法律では中労委と書かれたので、全労委と中労委の関係をどうするかが課題です。これも実はまだ詰め切っていません。
 加えて両者の間をどう連携させるか。このデザインがまだ全然できてないので、これが課題だと言うしか今は言いようがありません。

【質問者】 今の方の質問と重なってしまうところがあるかもしれませんが、私は都道府県の労政事務所の職員です。今、地方では地労委のあっせんに関しましては、法律に明確に書いてありますので問題はないのですが、地労委を必ずしも使わないで、独自にあっせん委員会をつくるとか、もしくは従前あるあっせん制度でいいじゃないかという議論もあります。そこで1つ問題になっていますのは、スコラ的なお話で申しわけないのですが、(個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律の)20条のあっせんと5条のあっせんの関係はどうなるのかという点です。
 20条で言うあっせんというのは、5条で言っているような委員会を持つとか、ある種の構造性を持ったようなしっかりしたものをという意味であって、今まで都道府県が事実上やっていたようなあっせんは入らないと読むのが正しいのか。いや、そうではなくて全部入るというふうに読むのが正しいのか。都道府県にも法令解釈権がありますので、あまりこんなことは甘えて聞くことではないのかもしれませんけれども、お願いします。

【岡崎】 20条の読み方については3項の部分に地労委が出ていますが、地方公共団体の位置づけについては、条文でいけば1項のほうであります。1項のほうは「地方公共団体は国の施策と相まって地域の実情に応じ、情報の提供、相談、あっせん、その他必要な施策を推進するように努める」というものです。したがいまして、中身としては、従来、労政事務所等でやっているあっせんも入りますし、地労委で新たにあっせんをするということであれば、それも入ります。労政事務所等とは別に、地方公共団体の組織としてあっせん委員会などをつくってやるというのであれば、それも入ります。そこはまさに地方自治の話ですから、条文上は「地方公共団体も地域の実情に応じてやっていただきたい」という意味で、国の法律として位置づけたということです。
 3項のほうにつきましては、地労委でやれということではなくて、「地方自治法180条の2に基づいてやるのであれば」という言い方だけですから、地労委を優先させたということでは全くありません。そこは地方公共団体の中でのご判断と考えているところであります。
 それから5条のほうは国の制度ですから、そういう書き方になっています。地方公共団体がどういうあっせんにするかということについては、20条のほうをそれで縛るとか、そういうことは全くないということであります。

【質問者】  都道府県の地方労働委員会事務局に勤めている者です。これはある意味でお願いですけれども、今日から国の制度が動きました。それで、かなりの宣伝がなされるものと期待して新聞広告、あるいはテレビ等を見ていたんですけれども、私の見方がおかしかったのかどうかわかりませんが、どうもあまり宣伝はされていなかったような気がいたします。
 それともう1つ、各都道府県の労働局にも温度差があるようでして、東京労働局のインターネットのホームページを見ましたら、真っ先に個別労働関係の法律の説明がありました。けれども、ある都道府県の労働局のホームページを今朝見ましたところ、これについて触れておりませんでした。今後いろいろとこの制度についてのPRのほうもよろしくお願いしたいと思います。

【岡崎】  十分でない点があったとすれば、改めてきちんとやらせることにしたいと思います。

【花見】 コメントしていただいた2人の先生方から最後に何かありますか。

【中山】  先ほどの参審制の関係で種々議論がありましたが、例えば今、民事訴訟法の中に、「簡易裁判所で司法委員という裁判官でない者が、和解に関与し、審理に立ち会って意見を述べることができる」といったことが書いてあります。これは地方裁判所では認められておりませんが、司法委員という名前は別にして、裁判所が必要に応じてこのような形で、専門的な調査官なり、あるいは専門的な学識経験者等の意見を聞いて裁判を進めることは有用であろうかと思います。しかし、基本的に事実認定、評決も含めて労使による参審制を進めることについては反対と言わざるをえない。訴訟の勝敗は、多くの場合事実認定によって決せられるというのが実務の実感です。この事実認定は、すなわち相矛盾する複数の証拠を経験則により評価するのですから、訓練や経験を積んだ者が中立的立場で行うのが現在のあり方です。何より労働紛争の場合は、その経験則が労使の立場により大きく相違してくるという問題が払拭できない。これまでの裁判所に対する信頼があるとすれば、その信頼と比べて労使による参審制の方が優るとは言えないのではないかと思います。

【鵜飼】  今の点で、まず事実認定の問題ですけれども、例えば普通の解雇事件で通常我々が遭遇するのは、陳述書がたくさん出されてきて、仕事上のミスがあるとか、あるいは勤怠不良という解雇理由が多数出されてくるケースです。このようなときに、正確な事実はどうか、解雇の真相はどうなのかを判断するのは非常に難しいわけです。そういう大変な判断を職業裁判官だけが行うというシステムより、労使が協働して行うというシステムに代える意味は非常に大きいと思います。
 外国の法制システムをどういうふうに我々の国の参考にするかという問題でありますけれども、まず初めは現状に対する改革の必要性についてのコンセンサスが必要だと思います。紛争解決システムについて改革が必要なのかどうか。司法制度改革ではまさにその議論がありましたけれども、現在の司法制度を改革すべきなのかどうかという点がスタートラインでした。そういう意味では、「現在の労働裁判は本当に改革しなきゃいけない」というのは、労働側から言ってもそう思います。それは現実のニーズ、個別紛争が非常に増えているにもかかわらず有効に対応できていないということなのです。そのためのシステムを用意しないといけない。そのときに今までのシステムであっていいのか。諸外国で行われている制度について本当にきちんと受けとめて、その長所、短所を十分考えて、そしてそれを導入すべきかどうかを真剣に議論しないといけないと思います。
 その中で私が感心したのは、イギリスに行ってETという労働審判所とACAS(エーカース、助言あっせん仲裁局)というADRが非常に有機的に連携を保ちながら、ETでの1回の審理で解決する前にACASであっせんをしていくシステムがよく機能している姿を見てきたことです。各国でいろいろ工夫をしているわけです。
 したがって、私たちはADRと裁判所の機能をどう連携させて、裁判所の機能をどう強化していくかということを、改革の必要性を前提にして、議論すべき時期だと思います。
 最後に、ワンストップ・サービスの重要性を本当に痛感いたします。いろんなADRができるわけですから、そこで、わからない労働者に対して「ここはこういう特色があります」とか、「ここはこういう点があります」ということをきちんと情報提供するような場が私はどうしても必要だと思います。そういう整備を関係当局の人たちにはぜひ考えていただきたいと思います。

【花見】 最後に、今日5人の先生方のお話をおうかがいして感じたことを簡単に申し上げて、終わりにしたいと思います。労使紛争処理というのは、本来ならば自主的に労使で紛争処理できれば一番いいわけであります。公的紛争処理制度は時間がかかり、コストが高い、アクセスが不十分であるという問題点がありますけれども、それを直して公的紛争処理事件、特に訴訟が増えることが望ましいかどうかということは、考えてみる必要があろうかと思います。どこの国の制度を見ましても、公的紛争処理制度以外に企業内、あるいは企業外のインフォーマルな紛争処理システムが発達しています。どうも日本はこれまで企業内については企業別組合と使用者側で交渉し、あるいは労使協議制を持つことによって紛争を巧みに回避ないし処理をしてきて、これがごく最近までうまくいってきたのではないかと思います。
 今日、我々が問題にしている個別紛争の増大というのは、これがうまく機能しなくなっているところに問題があるわけでありまして、その場合に、直ちに公的紛争処理制度を変える、あるいは公的紛争処理に期待をするという姿勢で果たしてよいのかどうか。もう少し自主的な紛争処理を考える必要があるのではないか。
 ADRについても、日本では大変誤解されておりまして、ADRを役所が手助けしてやると考えられています。しかし、特にアメリカなどで議論されているADRというのは、端的に言えば、実は現場で差別事件その他訴訟が非常に増大して使用者が困り、マネージメントの手段として企業内に様々の処理制度ができた。あるいは費用がかかって弁護士だけが金もうけするという状況に対して、自主的な紛争処理ということでADRが台頭してきたわけです。役所でなく労使がADRを発展させる姿勢は日本の労使関係に欠けている。これは労使関係に限らず、日本社会全体の問題点ではないかと思います。
 最後にもう1つ、参審制など労使の代表が裁判に関与する場合の労働代表の選出方法の問題です。最初にも申し上げましたように、集団的紛争処理を中心に日本の法制度は展開し、労使関係もそれで展開してきたわけであります。それでは十分に問題が処理できないというところが今日直面している問題であります。例えば、労働組合を中心にした団体交渉のルート、あるいは労働組合による労使協議以外の広い意味での紛争処理を含めた労使関係について、再検討すべき時期に来ているのではないかと考えます。
 ちなみに、日本では法制度上の労使協議制はないわけですけれども、企業別組合と個々の企業の努力によって、紛争処理を含めた労使関係がうまく機能してきたわけであります。これに対しヨーロッパの場合は労使協議が法制度としてできております。ドイツなどでは事実上、労働組合が従業員代表を推薦するという形になっておりましたけれども、労働組合外の非正規従業員の増大とともにこの制度についての反省が増大し、今年の夏前に成立した新しい経営組織法では、在宅勤務労働者や派遣労働者に労使協議の代表選出権を与えるという制度が採用されたわけであります。
 そういうふうに諸外国の状況を考えますと、日本でも自主的な労使紛争を含めた労使関係の再構築が求められるのではないかと考えております。
 それから、鵜飼先生がご指摘になった解雇法理の点について、これまで確立してきたと考えられていた裁判所の法理による解雇法理が揺らぎつつあるのは事実です。そういう点を含めて労使関係で新しく見直す必要のある問題がたくさんあろうかと思います。側聞するところによりますと、厚生労働省も解雇ルールの検討に入るということです。機会がありましたら、またこのフォーラムで解雇法制の問題についても議論をいただきたいと思います。
 以上で今日の会合は終わらせていただきたいと思います。どうもありがとうございました。

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注釈1 憲法28条

 勤労者の団結権を規定している。「勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。」


注釈2 労働委員会制度を中心にした集団的な紛争処理

 労働組合がかかわる集団的労使紛争を取り扱う行政機関として労働委員会がある。労働委員会には都道府県に設置された地方労働委員会と全国単位の中央労働委員会があり、それぞれ公益委員、使用者委員の三者で構成されている。主な機能に、労働組合法で定める「不当労働行為の救済」と労働関係調整法で定める「労働争議の調整(あっせん、調停、仲裁)」がある。


注釈3 民事調停

 裁判所の調停員が間に入り紛争当事者が互いに譲歩することにより、紛争の解決をはかる制度。


注釈4 労働調停制度

 司法制度改革審議会の最終意見書は労働関係事件への対応強化策を打ち出したが、この中で、訴訟手続きに限らず簡易、迅速、柔軟な紛争解決が可能な裁判外の紛争処理期間(ADR)の仕組みを検討すべきだとして、「労働調停」の導入を提言した。労働調停は裁判所で行われている民事調停の特別な類型として設け、「雇用・労使関係に関する専門的な知識経験を有する者」が関与する仕組みを想定している。


注釈5 労働契約の承継

 会社分割に伴う労働契約の承継のルールについては労働契約承継法で定められており、新しい設立会社に労働契約が承継される労働者の範囲などを規定している。


注釈6 競業避止義務

 労働者が在職中または退職後に使用者と競合する企業に就業したり、事業を行ったりしてはいけないという義務。


注釈7 ADR(Alternative Dispute Resolution

 裁判外の紛争解決手段。司法制度改革審議会の最終意見書は、個別労使紛争の増加に対応するため、「簡易・迅速・柔軟な解決が可能なADRも含めて」対策を検討するよう求めている。


注釈8 仮処分

 権利の実現が危うくなる差し迫った状況の中で、その権利を保全するための緊急的な措置として、紛争の解決または訴訟の確定までの間、暫定的に行われる裁判の処置を仮処分という。解雇についての労働事件を仮処分で争う場合、労働者側は通常、地位の保全と賃金の仮払いを求める。


注釈9 人証事件

 裁判で人の供述を証拠とする方法をとること。


注釈10 ドイツの労働裁判所

 一審の労働裁判所、控訴審の州労働裁判所、上告審の連邦労働裁判所からなる三審制がとられており、それぞれ職業裁判官と労使代表の非職業裁判官で構成される。賃金や解雇に関する事案をはじめ雇用関係や労使関係において生じる紛争を取り扱う。


注釈11 訴訟法

 訴訟を規律する法規の総称。裁判の方法や手続きを定めたものであり、民事訴訟法のほかに民事訴訟規則、刑事訴訟法、行政事件訴訟法などがある。


注釈12 民法1条3項

 民法は第一編「総則」の第一条「基本原則」3項で権利の濫用を認めないといている(「権利ノ濫用ハ之ヲ許サス)」。


注釈13 民法90条(公序良俗違反)

 公の秩序・善良の風俗(公序良俗)に反する行為は、民法第90条で無効とされる。


注釈14 本人訴訟
 弁護士を代理人とせず、当事者本人が訴訟行為を行うこと。


注釈15 参審制
 一般国民から選ばれた参審員が職業裁判官とともに、事実認定から判決まで合議して裁判する制度。


注釈16 地方自治法180条の2

 地方公共団体の長がその権限に属する事務の一部を委員会に委任し、補助執行させることができることを定めている。いくつかの地方自治体ではこの条文を根拠に、個別紛争のあっせんに関する事務などを地方労働委員会に委任して個別紛争の増加に対応している。


注釈17 NLRB(全国労働関係委員会)

 米国の労働関係行政機関。組合活動を理由とする解雇や団体交渉の拒否などの不当労働行為の判定、救済のほか、職場の交渉単位とその代表組合の決定などを行う(米国ではそれぞれの交渉単位ごとに過半数の支持を得た労働組合が代表して使用者と交渉する=排他的交渉代表制)。


注釈18 事実認定

 訴訟などで事件の内容である事実関係を確定すること。事実認定の結果は裁判の結論に大きな影響を与える。


注釈19 新民事訴訟法

 事件の争点を早期に明確にして集中的な証拠調べができるように、争点及び証拠の整理手続を整備した。また、利用者の経済的負担を軽減するための措置として、少額訴訟手続きを創設した。


注釈20 個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律の20条と5条のあっせん

 「個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律」は第5条で、紛争当事者双方あるいは一方からあっせんの申請があった場合、(国の機関である)都道府県労働局の長が扮そう調整委員会にあっせんを行わせることを規定しており、同法第6条以降でこの紛争調整委員会の構成や運営方法などについて定めている。
 一方、同法第20条では、地方公共団体に対して、個別紛争の未然防止と解決促進のため、情報提供、相談、あっせんなどの施策に努めるよう求めている。


注釈21 司法委員

 簡易裁判所の民事訴訟で、裁判官の進める和解を補助したり、事件の審理に立ち会って意見を述べたりする民間人。


注釈22 陳述書

 民事訴訟において当事者その他関係人の陳述を記載した書面での証拠資料。



注釈23 英国のET(雇用審判所)とACAS(助言あっせん仲裁局)

 雇用審判所では解雇や賃金など労働条件に関する問題や性差別、人種差別に関する問題など労働者の権利に関するほとんどの紛争を扱う。審理では職業裁判官のほかに非職業裁判官として労使各1人が判断に関与する三者構成となっている。
 助言あっせん仲裁局は、集団的・個別的紛争のあっせん、労使関係改善のための助言活動などを行う。あっせんはACASの職員であるあっせん官が行い、あっせんが成功しなかった場合は、続いて雇用審判所で審理が行われる。