DX化によるオフィスリニューアルで働き方改革を実行し、社員の行動変容にも成功
――イシマル
大学・企業ヒアリング
ワーク・ライフ・バランスの充実を重視する社員が増えている。「オフィスの総合商社」を標榜するイシマルは、DX化によりオフィスを一新。業務内容に応じて働く時間や場所を自由に選ぶアクティブ・ベースド・ワーキング(ABW)のための環境を整備し、社員の働き方改革を推進した。衛生委員会を活用し、労使で歩調を合わせる形で社員の意識改革にも成果をあげ、課題であった残業時間の削減や年休取得率の向上を実現した。
北部九州エリアを中心に「オフィスの総合商社」として事業を展開
同社の歴史は古い。その発祥は、1883年(明治16年)、初代石丸国吉氏が長崎市勝山町で、筆墨製造販売を中心とする文具店を開業したことに始まる。1935年には合名会社 石丸文行堂として設立(1959年、株式会社石丸文行堂に変更)。その後、1973年に、石丸文行堂から商事部門が独立し、同社は誕生した。1996年に本社を長崎県長崎市田中町に移転し、現在に至る。石丸文行堂創業時から数えると142年、イシマルとしての設立から52年を迎える老舗企業だ。
同社の事業内容は、法人顧客向けのオフィス関連の機器(OA機器/オフィス家具/IT機器等)の販売や、インターネット関連サービスの提供、ネットワーク設計・施工・保守、オフィスリニューアルの企画設計施工など、オフィスにかかわるサービス全般。近年では、顧客企業のオフィスの課題をヒアリングし解決策を提案するソリューションビジネスに軸足を移し、「オフィスの総合商社」として事業を展開している。
拠点は、長崎県長崎市に本社を置き、島原、佐世保、北九州、福岡など北部九州を主要な事業エリアとしている。従業員数は約190人。ほとんどが正社員。男女比率では男性75%、女性25%。平均年齢は44.9歳。40代以上の比率が高いが、近年の採用で20代が増えている。年齢構成では、40代以上と20代で山があるが、その中間の30代が少ない。新卒・中途採用比率では、中途採用が4割程度となっている。職種では、営業職がもっとも多いが、複合機等の保守を担うカスタマーサービス職や、ネットワーク構築・サポート業務を担う技術職もいる。
働き方改革とオフィスリニューアルの両面からワーク・ライフ・バランスの向上を実現
コロナ禍を経てテレワークが急速に日本企業に普及した。同社では、「ワーク・ライフ・バランスの考え方が日本社会に定着し、多様な働き方が当たり前になっている」との認識の下、働き方改革に注力している。とくに残業時間の削減と年休取得率の向上が課題としてあげられた。改善活動の中核になったのが衛生委員会だ。もともと同社は、毎月、衛生委員会を開催しており、各部署の上長と労働組合執行部が働き方の現状について議論する素地があった。
例えば、取り組み開始前、システム開発部門やオフィスの工事、施工管理等を担う部門では、残業時間が長く、年休も取得しづらい現状があった。このような部署について、衛生委員会でも議題にあげ、現状把握とフィードバックを繰り返していた。年休取得については、取得日数50%を目標に掲げ、計画的取得をアナウンスしている。労働組合も年休取得を現場に呼びかけた。
同社は、2020年7月、ABWという考えの下、本社オフィスを全面リニューアル。リニューアル後のオフィスでは、フリーアドレス制が導入された。ABWとは、業務内容に応じて働く時間や場所を自由に選ぶ働き方のこと。フリーアドレス制によりオフィスはハード面から一変した。ノートパソコンの支給(モバイル化)だけでなく、携帯電話(業務用スマホ)も全社員に配布。勤怠管理もスマホでできる仕組みに改めた。
さらに、同社はオフィスを改良するだけでなく、自社オフィスを「働き方研究所」と命名し、実験場として公開する、という新たな試みも開始した(写真)。顧客企業にオフィスに来てもらい、社員の働き方を直に見てもらうことで、オフィス環境を考えるきっかけにしてもらいたい、との思いから生まれた取り組みだ。

イシマル本社「働き方研究所」のオフィス。「快適」「集中」「交流」「愛着」「健康」というテーマを盛り込んで設計がなされている。(写真は同社提供)
公開にあたっては、「良いところも悪いところも伝えていく」ことにこだわった。DX化を進めることで自社が抱える課題を顧客企業とも共有する。例えば、労働時間の削減は生産性向上の必要性という新たな課題を生み出すが、これをAI等の新技術で解決する。自社の課題解決の事例を顧客企業に発信することは、新たな営業展開にもつながる。
同社の働き方改革で特徴的な点は、労使が歩調を合わせる形での取り組みだけでなく、DX化によるオフィス改革によって、働き方そのものと、社員の意識の双方を変革したことにある。その結果、残業時間(月平均)は13.16時間、年次有給休暇の平均取得日数も約12.89日、年休平均取得率73.2%となっている(2023年度集計)。総務部(人事労務担当)の平正生氏は、働き方改革を言い続けること、それに加え、DX化を基軸としたオフィスのハード面の変化の両面が、社員の行動変容を促す大きなきっかけになったことを強調する。
「まず、職場全体のコミュニケーションが重要。要は社を挙げて方向性をトップダウンで示す。衛生委員会がそれを後押しする。以前もノー残業デーはやっていたが、やはり形骸化した時期もあった。言い続けることも大事だが、オフィスをハード面から変えたことは大きなきっかけになった。前のオフィスでは、働き方の改善を言い続けても、変わるきっかけには結びつかなかったのではないか。今は、毎週水曜日は18時半にはみんな帰るというのが定着した。ふだんも19時には帰ろうという意識ができている。上司からも促されている。会社全体で1つの動きになった」
女性採用を促進するだけでなく、男性の育児休業取得も奨励
ワーク・ライフ・バランスを重視する意識は社員全体に浸透している。「残業は少ないことが当たり前」との意識も、世代を問わず共有するようになった。一方、近年の採用面で感じることとして、若年者、とくに20代(いわゆるZ世代)は、給与面だけでなく、ワーク・ライフ・バランスの充実を求めて就活をしている学生も多く、とくに女性で顕著だという。
以前は、同社は男性比率の高い会社だった。とくに顧客を抱える営業職では、産休・育休の取得の難しさを懸念していた面もあったため、女性の採用は増えてはいなかった。しかし、採用活動の困難さが増す中で、男性に偏った採用では人員獲得は困難との判断から、女性の採用強化に踏み切っている。
懸念されていた育休取得についても、長期の休業は病気でも生じうることから、休職・復帰の流れは男女で違いがあるわけではなく、育児休業も欠員に対する周りのサポート体制を組めば対応できるはず、と考えた。実際に1人、2人と育休取得の前例が積み重ねられているが、現場のカバーで切り抜けている。現在では、従来では配置しづらいと考えられていた営業職やカスタマーサービス職、現場の施工管理にも女性は配置されている。同社としても、育休取得を積極的に指導しており、女性の育児休業はすでに100%取得が実現している。
一方、男性の育休取得も促進中だが、2日間(有給)という短期間の取得がほとんどであり、連続で長期の取得促進に課題感があった。最近は少しずつ長期で取る社員も増えてきている。今後は、一般事業主行動計画の中に男性育休の取得推進を盛り込むことで、さらなる取得日数の充実も目指す。
IT系の資格取得を促進することで、提案営業のスキル向上に活かす
以前から、同社はトップダウンで、社員に対して、自己成長・自己啓発を促してきた。資格取得奨励金制度も設けており、面談時に自己啓発の状況を確認することが定例となっている。最近の傾向として、自己啓発を重視して、積極的に資格取得等の能力開発に取り組む人も増えているという。
近年の取り組みでは、自己啓発を促すしかけとして、資格取得者の名前と資格を、年2回、本社の壁に貼り出すことを始めている。以前は年1回だったものを2回に増やした。今では、その貼り出しを全拠点に拡大している。新たな取得者が「見える化」された形だ。「社内で、あの人は取ったというのを目で見てもわかる。オフィスに来たお客様にもアピールできる」(平氏)。
資格取得では、特にIT関係のスキルアップが多く、例えば、ITパスポートを取得した者が、次は情報セキュリティマネジメントを取得するという形で、スキルアップの連鎖も生じている。平氏は、資格取得が伝播していく様子を次のように語る。
「トップダウンだけではなくて、周りが結構取り出したというのが見えるので、ボトムアップの部分で資格取得者が増えているのを感じる。年配の人も取ったりしているので、一概に若い人だけというわけではないが、強いて言うと若い人のほうが多い。特に内容がIT関係に絡むだけに、若手のほうが吸収は早いという気はしている」
同社のビジネススタイルは、DX技術を自社で試してみることで新たな課題感を掘り起こし、その解決策を見出すことで、顧客への提案につなげるサイクルだ。そのためには、ITパスポートや情報セキュリティにかかわるスキルを高めることが、提案営業の質の向上につながる。
「DXの推進は、もう十人十色。いろいろなレベル感もあり、DXのパッケージさえ売れば済むというものではない。お客様の課題に向き合い、安心して相談いただけるというためには、やはり社員一人ひとりのスキルが重要な意味を持つ。私たち社員のスキルアップが重要な商品。そこの力をつけていきたいというのが経営トップの考えだ」
今後、人事評価項目に資格取得状況を反映し、スキルアップを奨励
同社の人事評価制度は、年2回、3者面談(本人、課長、部長)で行っている。近年、個人の行動特性に着目して評価を実施する「コンピテンシー評価」も導入済みだ。面談は、年2回(夏・冬)の賞与前に実施する。評価結果は、賞与に反映する仕組みだ。評価結果のフィードバックをしながら、本人の育成の方向性をすりあわせる。面談は、評価だけではなく、コミュニケーションを取る機会にもなっている。社員一人ひとりの今後のキャリアアップの方向性や、日頃、困っていることなど、トータルで話し合う場にもなっている。
現在、検討されているのは、人事評価の評価項目に資格取得状況を反映すること。すでに経営トップから宣言も出されている。これまでも、人事評価の面談時に自己啓発等の項目のなかで、資格取得の状況は確認されてきた。しかし、取得自体が直接、評価につながる建て付けにはなっていなかった。これを評価項目に組み込む形で、資格取得を促す効果を期待している。
今後、必要なスキルとしては、DX化を進めていくうえでAIの活用スキルや、情報セキュリティ関係のスキルがあげられる。例えば、事務職では、AIやRPA(Robotic Process Automation)を使いこなすことが業務の生産性向上につながる。ワーク・ライフ・バランスを重視した働きやすい会社では、外せないツールだ。同社でも、20以上のRPAが稼働しており、それを人間の労働時間で換算すると、年間1,500時間の削減につながっているという。
同社では、RPAの使用法について勉強会を設ける取り組みもしている。ボトムアップで社員が自主的に発案した取り組みだ。今では、勉強会で学んだことを、自身の業務に落とし込み、自動化できる業務を考えるようになっているという。同社では、このような自律的な改善活動がボトムアップで始まっていることを、RPA活用の成果と捉え、高く評価している。
長崎県下での採用活動に課題
今後の課題では、地方の中小企業の採用活動に課題感がある。具体的には、長崎県内(長崎市)の人口流動化が採用面での課題だ。
九州では、求職者は福岡県に流れる傾向にある。例えば新卒採用では、大卒者が九州で働く場合、まず福岡県で働くことをイメージする。中途採用も同様で、「長崎にはなかなか帰ってきてくれない」という。長崎に本拠を置く同社としては、「長崎で働いてほしい、長崎を盛り上げてもらいたい」という願いがある。しかし、長崎県下では福岡県に比して企業数は少なく、企業情報も伝播しづらい。採用では、まず、イシマルという会社があることを知ってもらうことから始めなければならない。しかも、現在、人手不足により、求人企業は増加傾向にあり、そのなかでは発信した情報も埋もれがちとなる。
同社としては、まずは知ってもらう機会をつくり、働きやすいオフィスであることを周知し、そこに興味・魅力を感じてもらう層を増やすことに注力している。
(奥田栄二、郡司正人)
企業プロフィール
- 株式会社イシマル
- 本社所在地:長崎県長崎市田中町587番地1
- 代表取締役社長:石丸 太望
- 事業内容:卸売業(オフィス関連の機器(OA機器/オフィス家具/IT機器等)の販売など)
- 従業員数:約190人
- 労働組合の有無:労働組合あり
- 「働く人を笑顔に」を体現するオフィスとして、2022年度に本社オフィス、2024年度に佐世保オフィスが「日経ニューオフィス賞の九州・沖縄ニューオフィス奨励賞」を受賞。
(ヒアリング実施日:2025年2月21日)
2025年11月号 大学・企業ヒアリングの記事一覧
〔大学〕
- 学生からの個別相談を強化することで就職活動の悩みに対応 ――神奈川大学
- コロナ禍以降、企業の採用活動がオンライン化、遠隔地での面接も容易に ――九州大学
- キャリア・社会連携支援センターでキャリア教育を強化 ――東北大学
〔企業〕
- DX化によるオフィスリニューアルで働き方改革を実行し、社員の行動変容にも成功 ――イシマル
- 若手社員を部署横断的な委員会に抜擢し、新制度構築、DX化に成功 ――近藤建設
- 新評価制度を導入しマネジメントスキルの「見える化」に成功 ――スギノマシン
- 無資格者に資格取得を支援することで社員の定着率の向上に取り組む ――社会福祉法人いわみ福祉会


