問題提起 就職支援・キャリア教育における検査やツールの役割

私たちの研究所では、主に職業安定行政で活用されている適性検査やキャリアガイダンスツールを以前から開発し、メンテナンスを行ってきました。ですが、開発者という立場であるため、実際の就職支援や職業相談、進路指導、キャリア教育の各場面で、職業適性検査やキャリアガイダンスツールが実際にどのように活用されているかについては十分に理解できているとはいえません。その一方で、検査やツールのねらいや機能、特徴についてはよくわかっておりますので、相談や教育の現場で検査やツールをどのように活用して欲しいかという思いはそれぞれ持っています。今日はそういった部分を、皆様と共有できればと考えています。

開発者の視点から考える検査やツールの活用

問題提起の一つ目は、「検査やツールはどのような機能を持っているのか」ということです。検査やツールにはそれぞれ「ねらい」として定めている主な機能がありますので、個別に説明したいと思います。

二つ目は、「検査やツールが有効に利用されているのか」です。ここ数年の間に、高校の進路指導の先生方や大学・短大・高専・専門学校といった高等教育課程のキャリアセンターのご担当者に調査をしました。その調査項目のうち、適性検査やガイダンスツールの利用に関する回答結果を踏まえ、活用方法を紹介したいと思います。

そして三つ目に、「検査やツールを有効に活用してもらうためには」ということにも触れたいと思います。検査やツールを開発している立場で一番気になるのは、検査やツールの実施だけでは有効な活用にはならないということです。検査やツールの有効活用に関しては、実施後に結果についてのきちんとした解説が受けられるなど、先生やカウンセラーの方による支援やサポートがとても大事な役割を果たしています。そういったことも踏まえて、どのようなサポートや使い方ができるのかを考えていきたいと思います。

様々な検査・ツールの開発

シート1は、当研究所がこれまでに開発してきた検査やガイダンスツールをまとめたものです。一番上の「厚生労働省編一般職業適性検査(GATB)」「職業レディネス・テスト(VRT)」「VPI職業興味検査」は長年にわたって利用されてきました。GATBは戦後まもなくから主に安定行政の職業相談のなかで、職業能力を評価するために使われてきた検査です。職業レディネス・テストは、1970年代に中・高校生を中心に職業への準備度を測定するために開発された検査です。VPI職業興味検査は、三つのなかでは比較的新しく作られた検査で、初版は1980年代に公表され一番新しいものは2002年公表の第3版ですが、今でも継続して使われています。これら三つは心理検査として開発された検査類であり、特性を正確かつ客観的に測定することを目指し、標準化という手続きを経て開発されています。

シート1の中ほどにある「パソコンで利用できるガイダンスツールCACGs(Computer Assisted Careers Guidance System)」は、1990年代終わりから2000年代にかけて研究し、開発したキャリアガイダンスシステムです。「キャリア・インサイト」は、最初にできた若年版のシステムで、18~34歳の若年求職者の職業意識の形成・支援を目的として開発されました。その後、35歳以上の職業経験のある人向けの「キャリア・インサイトMC(midcareer)」が作られ、さらにその二つを統合した「キャリア・インサイト統合版」が開発され、現在も利用されています。

そして、一番下にあるのが、カードソートタイプのガイダンスツールです。一つは「OHBYカード」、もう一つは紙筆検査である職業レディネス・テストをカードに置きかえ、教室のなかでキャリア教育の一環として使えるガイダンスツールにした「VRTカード」です。

こうした流れを見ていくと、心理検査として開発された検査類は、精密かつ詳細に特性を測るという意味では非常に有効な道具としてその役割を果たしているといえます。ですが、もう少し簡便に求職者や生徒の適性を知りたい場合には、キャリア・インサイトあるいはカードソートタイプのガイダンスツールを使うことができます。このように、今は私たちの研究所だけを見ても時代の流れとともにバラエティーに富んだ様々な検査やツールが開発され、整備された状態にあるといえるでしょう。相談や教育の現場にとっても、就職支援やキャリア教育のなかで活用できる検査やツールがとても充実している状態ではないかと思われます。

検査やツールの機能

ここで、検査やツールの機能について、少し整理してみたいと思います。まず、心理検査の機能として重要なのは、測定の道具としての正確さ、客観性、効率性です。例えば、ハローワークの職員が求職者の適性を把握するような場合、相談に関する高いスキルのある人なら言葉のやりとりだけでもある程度のところはつかめると思いますが、検査やツールを使うことによって相談スキルに関わらず、効率よく正確に客観的な水準で、求職者の個性を明らかにすることができるという大きなメリットがあります。

検査やツールの主な機能のうち、もう一つは教育と支援を目的としたガイダンスツールとしての機能が挙げられます。ここでは主に三つの大きな役割を取り上げました。一つ目は、「自己分析・自己理解」ということで、利用者が自分の能力、興味などの適性を知りたいときに検査やツールを用いて興味や能力などを把握できるということです。

二つ目は、仕事や適性の関係について考えるきっかけ作りとしての「職業意識啓発」です。自分自身についての理解を深めても、実際に進路や就職先を選ぶときには、自分の個性を職業につなげていくプロセスが不可欠です。自分の適性や個性を生かせる仕事とは何かを知ることは必要であり、検査やツールの利用は、自己理解を深めてもらうとともに、そこから先の進路選択について、「このような職業に就くには、今こういった学部学科を選んだ方が良い」などのルートを考えるきっかけとしての役割も果たすと思います。

三つ目は「相談の糸口」です。求職者のなかには思っていることをうまく話せないタイプの人もいますし、若い人の場合には年長の相談員には気後れするとか少し相談しにくいと感じて心を開きにくいというケースもあります。そういった人に対し、職業選択に関わるコミュニケーションの素材として、たとえばカードタイプのようなツールを使うと、ゲーム感覚でリラックスして自分の思っていることを話してもらえることもあります。このように検査やツールの機能としては必ずしも測定だけではなく、ガイダンスや支援の役割も重要であると考えています。

アンケート結果から見る検査・ツールの利用状況

次に、アンケート調査結果から検査やツールの利用状況を見ていきたいと思います。シート2は、2015年に全国の全日制高等学校の進路指導主事の先生を対象として行ったアンケート調査の結果です。適性検査・ガイダンスツールの利用状況についての回答を見ると、回答した学校の約7割が検査やツールを利用していました。

そこで、「利用している」と答えた学校に限って、進路学習や進路相談での検査やツールがどの程度役立てられているのかを聞くと、「役立てられている」と「どちらかといえば役立てられている」を合わせて大体6割ぐらいで「あまり役立てられていない」「役立てられていない」という認識も4割ほどありました。検査やツールを実施しているにも関わらず、役立てられていない割合も比較的多めであるという印象を受けました。

また、先生自身がどの程度、検査やツールを実施あるいは説明しているかを聞いた問いについては、「よく行っている」と「ある程度行っている」を合わせても大体3割ぐらいで、「あまり行っていない」と「行っていない」の方が多くなっていました。検査の実施は回答校の7割でしたが、役立てられているかどうか、先生自身が行っているかになると想定していたよりも少ないという印象でした。

教育課程での検査・ツールの実施状況

シート3は、検査・ツールの利用校に対して、主に使っている検査とその実施者を聞いた結果のうち、利用が100件以上あった検査のまとめです。「総合的な進路適性検査」、これは様々な民間のテスト業者が販売する一般的な進路指導用の検査と推測しますが、それが最も多く使われていました。あとは「クレペリン作業検査」、「職業レディネス・テスト」、「GATB」、「性格検査」、「職業興味検査」の順になりました。

実施担当者の内訳を見ると、総合的な進路適性検査で一番多かったのは業者による実施で、先生がご自分で実施するのではなく業者に依頼して実施している割合が多くなっています。当研究所で開発した職業レディネス・テストとGATBは、どちらも2割程の学校で実施されていて、先生が実施する割合の方が業者等の実施よりも多くなっていました。

次に、高等教育課程での検査やツールの利用状況を2014年の調査結果から見てみます。シート4の上のグラフは、大学・短大・高専・専門学校など、高等教育課程のキャリアセンター・就職課に対して検査やツールの利用状況を聞いた結果です。これを見ると、大学での実施が非常に多く約7割、次いで、高専、短大、専門学校の順になります。

下のグラフは、実施している検査やツールの実施形態と実施者です。実施形態としてはいずれも集団実施が非常に多く、実施者を見ると専門学校では教職員が一番多かったのですが、大学は検査利用校のうちの約6割が業者に委託していました。

利用や活用状況から示唆されること

学校での検査やツールの活用状況の調査結果を見ると、業者による集団実施の方式が多くとられており、受検者個人の結果については、実施した業者による採点結果が返却され、内容の理解は学生・生徒に任されているケースが多いように思われました。結果の解釈が受検者本人に任されている状況において、返却された結果を読むだけでは生徒や学生が自らの個性について十分に理解することは難しいのではと思います。このような使い方であると検査やツールは実施されても有効に活用されているとは考えにくいです。

一方、学校以外のハローワークなどの公共の職業相談機関についても、職員からは、先ほど紹介したGATBや職業レディネス・テストのような精密な心理検査は実施に時間がかかってなかなか使いにくい、という声をよく聞きます。このような背景には、学校でも相談機関でも日常の業務が非常に忙しく、ツールや検査を担当者が実施したり、結果を用いて相談や面接の中で十分に活用する時間がとりにくいことがあると思います。さらにもう一つ、検査やツールに対する理解・スキル不足もあるのではないかと考えています。

検査やツールの有効な活用に向けて

それでは、検査やツールの有効な活用に向けてどうしたらよいのか。まずは、検査やツールの「実施」が目的になっていないかについて考えてみることが必要です。学校で多いと思われるのが、「適性検査は毎年実施しているので、今年も同じく実施すればいい」といって検査用紙を調達し、例年通りに実施して結果をそのまま返すケースです。検査の実施そのものが習慣化していて、実施すればいいということになっていないかを考える必要があります。

また、実施する検査やツールが、十分に理解された上で使われているかも問題です。検査やツールはそれぞれの使い方がきちんと理解されていないと、結果が返されたときに受検者に十分に理解してもらえる状況にはなりにくいものです。実施するのであれば、実施者が検査やツールの特徴をよく理解した上で使うことが必要になります。

さらに、検査やツールにどのような「実施の効果」を期待して使うのかということです。検査を使ったとしても効果が実感できなければその意味がありません。使うのであれば、受検者のために何か役に立っていると感じられることが前提だと思います。

検査の特徴に合わせた活用のヒント

私は、就職支援や教育を目的とした場面で活用するとき、職業適性検査やツールを単なるマッチングの道具として扱うべきではないと思っています。適性検査やガイダンスツールは、最終的には適職としてどんな仕事があるのかを調べるための一つのツールではあるのですが、単なるマッチングの道具としてではなく、あくまでも求職者や生徒が自己理解を深め、自分に適した進路を選び、そこでうまく適応していくという目的のために活用するものと考えます。つまり活用にあたっては「あなたはこういう適性があるので、この仕事がいい」ということを伝えるだけではなく、受検者本人が自分自身について考えていくための素材を提供するところに大きな意味があると考えています。

その点を踏まえたうえで、検査・ツール別に活用場面のヒントを紹介します。まず、心理検査ですが、基礎的な職業能力を正確に測定するにはGATBを使う必要があります。例えばCACGsのキャリア・インサイトでも能力評価の機能はありますが、自己評価方式なので自信たっぷりの人は「全部できる」と回答してしまうこともあり、解釈の時にその点を考慮しなければなりません。その点、正確な能力評価ができるGATBを使えば、本人の自信の程度に関わらず客観的な能力水準を理解してもらうような結果が得られます。

職業レディネス・テストとVPI職業興味検査は興味検査が中心ですが、実施と採点が比較的簡単であるため受検者に自己採点をしてもらうことが自己理解につながります。特に職業レディネス・テストは、学校の授業内で使うことも想定されているため、生徒たちが自分で採点し、学習教材として使うこともできます。そういった意味で、キャリア教育のなかでも有効に活用できる素材と考えています。

OHBYカードとVRTカードは、楽しみながら自己理解できる道具で、コミュニケーションのきっかけづくりに適しています。実施方法はカードを分けていくだけなので、紙筆検査のような得点化や換算の手間もなく、とても早く簡単にできます。学習教材としての活用も可能です。

キャリア・インサイトのようなパソコンで使うツールは、紙筆検査を実施する時間や場所が取れない時に、個人の特徴を捉えるのに便利です。人と話すのが苦手な方にも適しており、パソコンを使って本人に適性評価を行ってもらってから結果に基づいて相談する形にします。このような方の場合、適性の結果などの具体的な資料がある方が相談を進めやすいようです。

テスト開発者の視点から

最後に、様々な検査の開発に携わったテスト開発者としての視点から、まとめたいと思います。

私たちがテスト開発者の立場として目指していることは、測定の精度が高い信頼できる検査を、責任を持って作るということです。皆さんに使ってもらうテストを開発している責任があるので、いい加減なものは作りたくないという強い気持ちを持っています。

同時に、私たちの作っている検査やツールは学校、ハローワーク、相談機関といった現場で使われなければ意味がないことも十分認識しており、利用者の方が使いやすいものを開発していきたいと考えています。このため、テストを開発している途中段階では、様々な試作版を作り、現場での試行実験を行っており、最終的には皆様にとって使いやすく、なおかつ役に立つと感じていただけるような検査やツールの開発を目指しています。

最後に、作り手の立場からのお願いを述べさせていただきます。本日のシンポジウムではいろいろなツールについての紹介がありますが、開発者としていつも思っていることは、検査やツールにはやはり道具としての限界があって、実施だけでは意味がないということです。だからこそ、ツールや検査を使う先生方や相談担当者の皆様には、ぜひとも検査やツールが有効に活用されるための支援をお願いしたいです。それは具体的には、検査についての事前説明、結果の正確な解釈、受検者が現実の進路や職業選択につなげていくために必要なアドバイスを提供することです。

私たちは、開発者として検査をしっかり作ることを目指していきますので、利用していただく方には、検査やツールの限界の部分、受検者の方への配慮や解釈の点で支援していただけると非常にありがたいと思っています。

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