問題提起4:自立の困難な若者の実態と包括的支援政策
若者問題への接近 ~誰が自立の困難に直面しているのか~
第39回労働政策フォーラム (2009年6月6日)

問題提起(4) 自立の困難な若者の実態と包括的支援政策

宮本みち子 放送大学教養学部教授

3人の報告者から、いろいろな角度から「誰が困難にあるのか」についてお話がありました。私はそれらをまとめて、支援といった時のスタンスは何かを議論してみたいと思います。

長期化する「成人期への移行」に対する認識を

私は支援のスタンスを一言で「成人期への移行政策」と呼びたいと思います。この言葉は、EUで使われるようになってもう10年以上経つものです。「成人期への移行」とは、青年期から成人期へと歩んでいく時期にある若者に対する支援であり、その時期にある若者の持っているニーズに対する支援です。

この時期は、親元から離れて自らの住まいに移るなど、親から徐々に自立していくプロセスであり、学校から仕事の世界へ移っていくプロセスでもあります。つまり、いろいろな意味で移動していく時期ですが、高学歴化が始まった20年くらい前からこの青年期から成人期への移行が長期化し、しかも、そこに新たな問題が生ずるようになりました。例えば、先ほどの小杉先生のお話のように、高卒後、正社員として一括採用された日本の良き時代の就職メカニズムが機能しなくなっていることに象徴的ですが、完全な大人になるためにかなりの時期が必要であり、かつハンディを持っている人たちはそのプロセスが非常にジグザグになっている。このような認識から、移行期にある若者に対する支援が登場するわけです。

ハンディの多い人への支援のあり方が課題に

そのときの重要なポイントは、若者を支援する際のスタンスは、彼らを仕事に就けることなのか、それとももう少し膨らみのあるものなのか、という対立点だと思います。あまり多くのハンディを持っていない若者は少し背中を押してやり、学校が終わったら仕事に就ける支援をするといった比較的シンプルな手法が有効だと思われます。しかし、仕事になかなか就けない人は、小杉先生が示されたデータにあるように、学歴的に言えば低く、家庭的に言えば経済的に低い、心身の問題を抱えているなどいろいろな意味でハンディの多い人です。そのことを考慮せずに仕事に就けるための支援をシンプルに行っても通用しないので、この部分をどうするかが問題になるわけです。

世界共通の若者観を超えたコンセンサス確立の流れ

一方、諸外国をみると、国によって若干の違いはありますが、基本的には若者の自立を社会的に支援する環境の整備が必要であるとの認識に立って社会的なサポート体制を確立し、その仕組みを整えてきた流れがあると思われます。

若者の自立に向けた取り組みを行う場合、それぞれの国が異なる歴史を抱えていますが、共通した特徴としては、例えば「高齢者には仕事が少ないけれど若者には潤沢な仕事がある社会」がかつてはあったわけで、それを多くの人が引きずっています。それから、「若者は健康で働く体力があるはずだし、困れば親もいるはずだ」という若者への認識があって、社会から支持してもらいにくい事情もあります。

このように、若者には支援は要らないという議論もあるなかで、「誰が一番困難を抱えていて、支援なしには自立できないか」に関して多くの調査研究がなされ、現在に至っていると思われます。

まずは社会的コンセンサスの形成を

そういうことから、社会的なコンセンサスを確立することに多くの時間を要してきている。また、困難度が高い人ほど単純な方策では効果が上がらないため、「包括的な自立支援」というコンセプトが確立してきた経緯があると思います。これは、「若者支援は彼らを仕事に就ける支援だけでいいのか?」という問題と関わっています。そういった基本的な視点に対するコンセンサスの内容は、(1) 若者たちを放置しない、(2) 自立をするために必要な、身につけるべき能力というものを社会が保障しなければいけない、(3) 仕事を通しての社会参加、あるいはもっと広い意味で彼らを社会に参加させなければいけない――という合意が次第に形づくられてきたと思われます。

「広く」考えねばならない困難な若者への支援

学校を出たけれど仕事に就いていない、つまり失業しているとか無業状態でいるとか、場合によってはひきこもったような状態にある人を現時点に限定して議論をすると、実は本当の意味の有効な支援にはなりません。

それは、つまずいている若者の多くが、現時点でつまずいているだけでなく、過去からのいろいろなハンディを負っていて、労働市場に出るところで選別化されて仕事にうまく就けない状態にあるからです。

この間、日本でも、つまずいている若者に関する多くの研究が積み重ねられつつあります。そこで指摘されているのは、労働市場の問題は最も大きな要因であるのだけれど、そこに入っていく人の有利、不利をみると、明らかにその若者たちの過去の生活歴がそのまま投影していくという問題があります。

そういう点で、困難に直面している若者の実態は、就労支援という名目で予算がついてきた近年の日本の政策とは噛み合わない部分があります。21世紀に入り、徐々にいろいろな取り組みが行われるなかで、困難を抱える若者の自立支援はもっと広く考えねばならないというところに来ています。

「広く」とは、例えば学校とか職場に完全に帰属できない状態でいる人たち、または帰属していない状態にある若者たちに対して、雇用を中心とする支援だけでは、その効果が極めて弱いということです。また、キャリア教育の強化だけでは、やはり救えない問題があります。

ほぼ不変な日本の新卒一括採用の慣行

それから、一度つまずいた若者の側から見れば、雇用流動化と言われながら、新規一括採用制度の慣習はほぼ不変と言った方が現実に合っています。働く人の3分の1が非正規雇用状態ですが、一度その世界に入ってしまうと新規一括採用制度の慣習が不変である企業社会の壁を破ることがなかなかできません。安心のある離転職が許されず、やり直しもきかず、労働市場の中枢から追い出されていく現実があると思われます。

効果があがらないドロップアウト後の支援

各地で若者支援の取り組みが始まって5年くらいになりますが、そこから多くの経験と取り組まねばならない課題が明らかになりつつあるように思います。その1つに、「ドロップアウトしてしまってからでは支援の効果はあがらない」ことがあげられます。

海外では、「成人期への移行」と言った時の対象年齢は日本よりも若く、10代中盤から後半を指しています。義務教育もそこそこに学校を去っていくような若者たちが労働市場の中で最も排除されやすく、現代社会のいろいろな意味でのハンディを多くしょっている人たちだということで、成人期への移行政策はそういう層を重要な政策対象にするわけです。そして、そこでのコンセプトは、できるだけ早期に発見し、支援を開始して継続的に行っていくことです。

一方、日本で「移行期政策」と名前をつけるとすると、その対象年齢層は早くとも20代の前半期、現実には20代後半から30代という状態にあります。就職氷河期世代への救済から始まったという背景があると思いますが、これは国際的に見て非常に遅れているし、その対象とする人たちは既に成人期に入っているという点で、支援は難しくなっています。この年齢層に対する支援がいかに大変かについては、多くの現場で共通する現象です。

状況把握が困難な学校段階を過ぎた若者

ドロップアウトする前の支援を考えた時に、この間の経験から次の問題が整理されています。それは、困難を抱える若者の状況把握は難しいということです。一般的に考えても、若者だけでなく、困難を抱える人は子供から高齢者まで一番把握が難しい。だからこそ、社会の周辺にいる人たちになるわけですが、なかでも若者に関しての一番の問題は、学校を去ってしまった人の把握はできにくいという点です。

かつて、学校から会社へとストレートに引き渡しした時代には把握が可能でした。学校と会社、それを媒介する家族の三者のトライアングルのなかで把握ができたのです。今は家族から外れてしまった人や、家族は把握しているけれど学校にも会社にも所属せず、社会が把握できないような人が増えているのです。

特に難しい学校中退者の実態把握

その象徴が高校中退者で年間7万人います。このうち、数千人は別の学校に移るので、6万5,000人くらいが把握できないままになっています。この間、日本教育学会が追跡調査を試みたり、この2、3月にも内閣府が、高校中退者と学校不登校者が4年後にどうなっているかについて各県の教育委員会に協力を求めて調査を行いましたが、4分の3の県教委が「協力できない」と断ったと聞いています。個人情報保護の問題がクリアできないなかで、在学中の個人情報を使えないとの理由です。協力した県では、リストを内閣府には渡さずに県が調査票を郵送し、督促はしないという条件付きで行い、ようやく10%を回収したそうです。

それはつまり、未回収の9割の人はもっと困難を抱えている人であろうことが推測できるのに、実態把握ができていないことを意味します。そういう方たちが労働市場で最も不利な状態にあることは、わかっています。回答者の中で、現在の一番のニーズは「仕事につくためのスキルや教育訓練」だったそうです。

能動的な社会政策が必要

実態の把握について、例えばEU諸国がどういう方法をとっているかというと、1つは、学校内でリスクのある若者を把握し、その子たちを次の支援機関に確実に繋げる試みをやろうとしています。この過程で、支援の必要な人を確実に把握するのです。それから、「若者手当」とか「求職者手当」などといった現金給付制度があり、その給付を通して困難な若者を把握し、給付の見返りとして職業訓練なり学校へ戻すなり求職活動をするといったセットで困難な若者たちを把握する仕組みもあります。要は、こうした仕組みを日本に導入できるかということです。

突破しなければならない3つの課題

ドロップアウトする前に把握して支援を開始するという考え方をしたときに、突破しなければならない課題を3点にまとめてみました(資料)。1つは、発見の課題として学校と連携すること。学校段階の把握が一番確実なので、いかにして困難を抱えている若者たちを学校段階で把握するかです。その際の困難には、いろいろな原因がありますが、どこの国でもあげられていることは、家庭の困難・崩壊、シングルペアレンツ問題、障害・病気の問題、アルコール、ドラッグ等です。

資料 突破しなければならない課題

2つ目は、学校からドロップアウトさせないための支援。これは教育学の方々がいろいろ取り組んでいますが、これまでの進学中心の学校教育制度、あるいは座学中心の普通教育のあり方が、それに適応できない多くの若者たちをドロップアウトさせやすいという問題につながっているので、教育の内容そのものを生徒の実情・ニーズに合致した現実性のあるものに変えていく必要があります。日本のように普通教育中心、受験教育中心でやってきた学校は、ドロップアウトをつくりやすく、かつ仕事につなげる力が乏しいように思われます。

そして3つ目に、学校から地域へとつなげる支援です。学校と地域をどうやってつなげるのか。これは学校教育のあり方を相当大幅に変えるような課題を含んでいます。

困難を抱える若者が生きられる世界を作る

仕事に就ける政策を中核にしたときにうまくいかないのは、困難を抱えている人たちはいろいろな障害を克服しなければ雇用に達しないという問題を抱えているからです。そういう意味で、今の就労を通じての福祉、いわゆるワークフェア政策はいろいろな矛盾を抱えていると思います。これは、働く意欲のある人には国が支援をする、働くことを通してウェルフェアを保障するということなので、では、働く意欲をもてない背景を持ち、働くことにいろいろな障害を持っている人は放置するのか、という問題です。

ワークフェアの色彩の強い国と、北欧のようなワークフェアというよりは社会の活動に参加するといったより広い括りでとらえている国と若干のニュアンスの違いはありますが、どの国でも困難の度合いの高い若者に対しては多様な選択肢を作り、学校と家庭と雇用の間を媒介するさまざまな社会を作り出す取り組みを行っています。

例えば働くための準備、訓練の場を多様な形で作る。かつての公的職業訓練制度とか企業内における職業訓練というだけではなく、学校において既にクリアしたはずの読み書きもできない状態の若者に対し、その部分も補いつつ働くための準備・訓練をするような場を作る取り組みをいろいろな形でやって、それを媒介に次のステップにつなげていく。困難度の高い若者ほど雇用に達するまでの距離は長いので、そのことを見越した上での仕組みづくりになります。

それから、学校と労働市場を媒介する非営利組織等の働く場づくりをして、いわゆる企業の雇用だけでは受け皿として不足する部分に対して、非営利組織等の働く場づくりの課題も出てきています。

そして3つ目に、雇用を通してしか社会に参加する回路がないということになれば、永久にそこに入れない若者たちがいるという事実を認め、居場所・多様な形態での社会への参加という回路を作っているのです。

成人期への移行保障政策の確立を

多様な回路に対して、所得保障をどれだけするかは、国によって政策の違いがあると思います。ただ、日本に関して言えば、岩田先生のお話のように、若者に関して今はワークフェアにもなっていない段階だと思います。所得保障とセットになっていないから、その場に来る人だけを対象にすることになり、そこに来ない人を引き出すだけの力がない。そして、たとえ来ても、途中でやめて去っていく人を引きとめるだけの力もありません。

若者が親から独立して自分自身の生活基盤を築く権利を認めたうえで、雇用や教育訓練、家族形成、住宅、社会保障を整備することによって、成人期への多様な移行を保障する政策体系が必要だと思います。

プロフィール

みやもと・みちこ/東京教育大学文学部経済学専攻・社会学専攻。お茶の水女子大学家政学研究科修士課程修了。社会学博士。千葉大学教育学部教授、ケンブリッジ大学客員研究員を経て現職。労働政策審議会委員、中央教育審議会キャリア教育・職業教育特別部会委員、内閣府若者の包括的自立支援検討会座長等を歴任。日本学術会議連携会員。主な著書・論文に「若者の貧困をみる視点」『貧困研究』第2号所収(2009年、明石書店)、「〈成人期への移行〉政策と若年者支援」日本福祉社会学会編『福祉政策理論の検証と展望』所収(2008年、中央法規)、「若者政策の展開―成人期への移行保障の枠組み―」『思想』第3号所収(2006年、岩波書店)、『若者が社会的弱者に転落する』(2002年、洋泉社)などがある。