コメント3 置き去りにされる若者たち:
第39回労働政策フォーラム

若者問題への接近
~誰が自立の困難に直面しているのか~
(2009年6月6日)

大津和夫 読売新聞東京本社編集局社会保障部記者/パネルディスカッション:コメント3

大津和夫 読売新聞東京本社編集局社会保障部記者

大津読売新聞の大津です。この間10年ぐらい働く問題を取材してきました。最初に申し上げたいのは、自立の困難に直面している若者は、企業や家族といった私的な安全網に加え、年金、医療、生活保護といった公的社会保障制度、さらに、仲間や娯楽から排除されていやすい、という点を踏まえる必要があるかと思います。様々な「つながり」を欠いているということです。


つながりを欠いた若者に絶対に必要な生活保障

こうした「つながりを欠いた若者たち」への対策として、第一に考えなくてはいけないのは、生活保障です()。ワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)という言葉があります。しかし、彼らの多くは、仕事と「生活」の調和はおろか、仕事と「生命」の調和が抜き差しならない状況です。あえて「生命」という言葉を用いたのは、不安定で低賃金で働く状況にあり、健康も含めて、生活基盤が成り立たない状況が深刻化しているのが実情だからです。これでは、希望も持てない。「自己責任で頑張れ」とか、「能力開発の機会をつくったから利用しろ」などと言っても、なかなか解決は簡単ではない。

図 若者支援は3段階の視点で/パネルディスカッション:コメント3

改めて考えるべき最低賃金の重要性

生活保障というと、憲法25条にかかわってくるわけですが、存在意義を問われているのは最低賃金(最賃)の問題が挙げられます。政府も無策なわけではなく、生活保護水準との逆転現象の解消をしようと努力しています。ただ、今年はもう既に経済界から、「これ以上の引き上げは無理だ」という意見が強い。今後のことを考えると、果たして、全国で、本当に生活保護水準を逆転できるところまで行けるのかどうか疑問が残ります。

国はこれまで、最賃の水準を、家計補助的な意味合いでとらえてきた面が否めない。生活保護よりも低い水準の最賃のあり方が問われています。国費の投入も含めて生活基盤の問題を打開していく必要があると思います。

もちろん、引き上げは、産業振興政策とセットの話です。最賃だけ引き上げれば、企業の人件費が高くなって倒産する会社が出る、といった声が当然出てくるでしょう。いずれにしても、そうした施策を講じてでも、最賃の意義と水準については、改めて考えていくべきだと思います。

ハウジングプアの問題も

それから、ワーキングプア、ニート、フリーターに加えて、最近は「ハウジングプア」という状況が広がっています。家がないことが、就職や自立、定着につながっていかないことが、ようやく可視化されてきた気がします。

皆さんのなかには、「月収10万円あれば家なんて借りられるじゃないか」と考える方もいると思います。「家賃7、8万ぐらいで十分、借りられるだろう」と思うかも知れません。しかし、ご存じのとおり、家を借りるには敷金、礼金、保証人が必要です。家賃3カ月分ぐらいは貯めなければなりません。しかし、日雇いだと貯めることができないし、保証人もいないケースが多々あります。

こうした「ないもの尽くし」の状況のなかで、彼らが頼りにできる居場所は、ネットカフェ、ファストフード店、健康ランド、あるいは路上となります。

大口あけて待っている貧困ビジネス

さらに、大きな口をあいて待っているのが、貧困ビジネスと言われている世界です。何をもって貧困ビジネスかは、定義は難しいのですが、例えば、最近「ゼロゼロ物件」という言葉に象徴されるように、「敷金ゼロ、礼金ゼロ、保証人も要りません」ということをうたい文句にした業者があります。確かに、雨露をしのげるという意味では、路上や、ネットカフェで寝泊まりするよりはいい、という見方もあるかも知れません。ただ、こうした一時的な住まいはあくまで一時的であるべきなのに、そこから先が見えない。やはり、ネットカフェでよいということにはならない。そこで、ゼロゼロ物件はどうかという話なのですが、住民の中には、人権無視とも言えるような被害が後を絶たない。

可視化された単身若者の住宅問題

これまでの日本の住宅政策は、家族向けか高齢者向けが中心で、単身の若者は対象外といえました。家族の保護があったし、企業が、寮や手当という支援をしてくれたからです。

しかし、派遣切りで寮を追い出された若者が相次いだ問題は、企業や家族の保護が弱まっていくことを浮き彫りにし、生活基盤のなかで、家という存在の大きさをクローズアップさせました。家がない求職者に、ハローワークはなかなか就職先を紹介してくれません。家がなく住所がなくても就ける仕事といえば、寮付きの日雇いの仕事。お金が貯まらないし、住宅も不安定。だから、貧困から抜け出しにくい。今、そういう状況が可視化されたと言っていいのではないでしょうか。

福祉コストとしての跳ね返りを共通見解に

こうした問題を放置するとどうなるか、という負のシナリオを考えてみました。生活保護は大体、1年間に170万円程度かかると言われています。そこから試算すると、今の失業者、若年失業者、フリーター、ニートがもし仮に全て生活保護の受給者に回るとすると、福祉コストは年間6兆円にのぼります。「放置しておいてもいいじゃないか。それは自分たちが悪いんだ」という自己責任論の意見があるかも知れませんが、自己責任がどうかは別にして、放っておくと、必ず社会的な福祉コストとして跳ね返ってくることを、まず国も含めて共通見解にしていかなくてはならないと思います。

住宅手当の恒久化措置も

その上での話ですが、今、国は住宅手当を臨時的に導入することを考えていますが、それとは別に、最低賃金の引き上げや住宅手当の恒久化といった措置を考えていかなければなりません。ヨーロッパでは既に19カ国が低所得者層に対し、住宅手当を設けています。日本も、貧困問題が特に若者層で広がっており、家族や企業に頼っている時代ではないことを踏まえれば、国が生活基盤を保障していくということを、改めて考えて直す必要があるのではないでしょうか。

企業が法律を守っていない問題も

また、「法律を守る」ということも重要です。かなり地味な話なのですが、いまは法律を守っていないことが当たり前になっている気がします。記事でも何度も取り上げましたが、例えば「派遣切り」の問題です。派遣先企業が違法なかたちで無責任に派遣労働者を切るという問題があります。派遣先企業と派遣元である人材派遣会社の関係は民事の契約です。その民事契約が解約されたとしても、雇用主である人材派遣会社は、直ちに解雇することはできない。これは、労働契約法で明示されているわけです。にもかかわらず、いとも簡単に切っていく。「経営基盤が弱いから仕方がない」といった議論はあるでしょうが、法律が守られていないという問題は残ります。また、そもそもの話として、最低賃金、労働時間すら守っていない企業も後を絶ちません。こうした当たり前のことが、当たり前な社会にしていく必要があると思います。

どこにいるか分からない「つながりを欠いた若者」

さらに問題なのが、最も困難な立場に置かれている、私の考える「つながりを欠いた若者たち」がどこにいるかわからないということです。もちろん、キャリアセンターとかジョブカフェ、若者の自立塾に来る人はいるでしょう。しかし、もっとも深刻なのは、そこにすら来られない人だと思います。例えば、若者塾は3カ月で20、30万円ものお金が必要です。「組合があるじゃないか」という意見もありますが、組合費が払えない、交通費が払えない、電話がない、インターネットがない、情報が得られない現実がある。まさにつながりを欠いた現象がそこにあるわけです。

「つながりを欠いた若者」を掴むシステムの構築を

では、どうしたら良いか。彼らがどこにいるのかを把握するシステムを考えなければなりません。誤解を恐れずに申し上げると、例えば社会保障番号のようなものを用いて、私たちが税金を使って救うべき人がどこにいるかを把握できるようなシステムを本当に考える必要があるのではないでしょうか。

事実、私が出張で訪れたニートの発祥の地のイギリスでは、ほぼすべての若者の情報を把握し、困難度をAからEまでといった具合に評価していました。A、Bは事実上、放っておくわけですが、学校に来なかったり、生活保護を受けていたり、あるいは親がアルコール中毒などで全然仕事をしていないなど、最も深刻な層であるEに対しては、例えば1週間に1回、必ず面会しなくてはならないということを、支援の柱にしています。

もちろんプライバシー情報との兼ね合いがあるので、そう簡単にできるとは思いません。しかし、こうしたターゲットを絞り込むシステムも、考えていくべき時期だと思います。そうでないと、単に「若者塾を設けました」「サポートステーションをもうけました」「キャリア相談に乗ります」という待ちの姿勢だけでは、深刻な層は対象から外れてしまう。支援というつながりから排除されてしまい、どこにいるかわからないままになってしまう恐れがあります。

取りっぱぐれのない客にするな

そうした人たちがターゲットにしているのが、先ほど触れた貧困ビジネスです。公園に行って、路上生活者に声をかける。「宿ないんだろう。うちへ来れば宿あるから」といって生活保護に申請させて、保護費の多くを抜き取って、本人に手渡すのは数万円というケースも出てきてしまう。

生活保護受給者は、貧困ビジネスをやる側からすれば、取りっぱぐれのない客。社会保障が貧弱ななか、「貧困ビジネスは必要悪」との見方もありますが、本当にこのままでよいのか、ということを考えていかなくてはいけない。やはり三角形の一番下にある問題を真剣に議論し、投資という発想で税金を活用していかないといけないと思います。そうでないと、先ほどお話ししたように、6兆円のコストになって跳ね返ってきてしまう恐れがあるわけですから。

シチズンシップ教育の導入で事前予防を

の2階目、3階目のところも、いろいろあります。教育について言えば、日本は教育支出が低いことは先刻ご承知だと思いますが、それに加えて「シチズンシップ教育」も低調です。手前みそですが、読売新聞でも私が「働くイロハ」という連載を始めました。いまは、若い人たちが、「労働基準法って何だろう」「解雇って何だろう」「給料って何だろう」「残業って何だろう」ということも知らずに社会にほうり出されています。何も知らずに非正社員になり、雇用主の都合のいいままに働かされてトラブルが生じたり、泣き寝入りになってしまっているのが現状です。できれば学校の授業で取り入れて欲しいと思います。例えば、そのような「シチズンシップ教育」のようなものを教育の中に取り入れていくことで、事前にトラブルを予防できることができるのではないかと思っています。