パネルディスカッション:第38回労働政策フォーラム
雇用問題を考える —雇用の安定と創出に向けて
(2009年3月6日)

コーディネーター 樋口 美雄  慶應義塾大学商学部教授

樋口 それでは、パネルディスカッションを始めます。まず、最初にパネリストの報告について、私の感想を話させていただきます。その後、本題に入り、三つの論点について議論いただきたいと考えています。論点の一は、当面の雇用維持、安定の対策です。そこでは、ワークシェアリング、今後のセーフティネットのあり方についてどう考えているかを伺いたい。論点の二は、雇用創出です。すでにこの点については各報告でも言及していますが、もう一度確認させていただければと思います。そして最後に、ワークルールです。報告では社会的ワークルールや均等待遇の話も出ましたので、この点についての考え方をお聞きしたいと考えています。

では、まず、プレゼンテーションを聞いてどんな感想を持ったかについて、要約させてただきます。

いずれの先生も共通していたのは、非正規の問題ではないかと思います。わが国では過去にも、景気が悪化したときには、雇用調整を繰り返してきました。従来から、景気が悪化し、需要が減るときは、残業時間のカットあるいは休日の増加といった時間面における調整を最初に行い、その後、新規の採用をストップ、あるいは中途採用を抑制するという入口段階の調整によって人を削減してきたと思います。さらに大企業の場合、関連会社への出向・転籍を行い、早期退職優遇制度などの出口の調整で、人数の削減を行ってきたわけです。

これに比べて、今回何が違ってきているのかというと、これまでも非正規労働者はいたわけですが、そこの数が相当に増えたことにより、大きな違いが引き起こされたといえます。報告でも派遣、あるいは有期雇用者の問題が指摘されました。前回の金融危機であるアジア通貨危機に端を発した1997年以降の正規労働者、非正規労働者の数の推移をみます。97年は正規が3,800万人ほどおり、2006年にかけて徐々に削減され、3,300万人となり、この10年間で約500万人減少したわけです。一方、非正規は、97年段階で、ほぼ1,000万人でしたが、06年には1,700万人近くになり、この間、約700万人増加しました。

報告者の主張に温度差はありましたが、労働市場の二極化が進展している中で、今回の雇用調整が行われたという論点が共通していました。その非正規も、従来の主婦パートを典型とする非正規ではなく、期間の定めのある非正規労働者が、大きな問題としてクローズアップされていると思います。

一方、正社員については、労働時間が増加している。例えば週60時間以上働いている30代男性は2割を超えている。こうした中での雇用調整をどう考えたらいいのか。過剰雇用を解消するのにどれぐらいの期間が必要かを、日本を含む各国について、時期を分けて計測してみました。近年、多くの先進国では、過剰雇用者がいた場合、その解消する期間は、短期化する傾向にありました。

ただ、日本は、アメリカに比べれば、この期間は依然として長い。例えば、1980年~97年の期間では、アメリカでは1.4年ぐらいですが、日本では約2.9年でした。しかし、98年からのデータで見ると、日本でも2.2年になっていますから、スピードアップしている。とくに非正規労働者が増えることにより、企業にとっては雇用調整が行いやすくなり、調整速度が上がり、逆に雇用不安が相当強まっているという印象を持ちました。

例えば、藤井さんの示されたデータでも、失業者に占める派遣労働者の比率が、9%になっているわけで、全体に占める派遣労働者の比率より、圧倒的に派遣労働者が失業者に占める比率が高い。この問題をどう考えればいいでしょうか。

樋口美雄氏

共通したいくつかのキーワードとして、逢見さんからは「連帯」が出され、鶴さんからは、「社会的一体性」という話が出ました。経済学は、インセンティブの学問だとよく言われます。最近は利他心まで考慮に入れ、経済行動を説明することもありますが、通常の経済学では利己心を想定し、個々人が自分の満足度、効用水準を最大にする、あるいは個々の企業が利潤を最大にすることを前提に議論をしてきたわけです。しかし、今日出された課題は、それだけでは問題は解決しないと感じました。社会として、この問題をどう扱うのかということです。

一方、個人あるいは個別企業が一生懸命頑張っているにもかかわらず、社会全体で見ると、結果として必ずしも好ましい方向に動いているとは限らない「集計の誤謬」ということもあります。足し合わせるとどうも違ったものになってしまうこともあります。個々人のインセンティブを高めながら、社会にとってもプラスになる方向にするために、どういう政策が必要なのか。あるいは、どういう枠組み、制度、ルールが必要なのかについて話し合わなければならないと感じた次第です。

当面の雇用維持、安定のために必要なこと ―そのキーワードは?

では、論点一として、当面の雇用維持、安定のための対策として何をしたらよいのか。ワークシェアリングといった具体的な議論は後でしていただくことにして、雇用維持・安定の政策を考える上で、何が、一番大切だと考えているのか、一つキーワードをあげるとすれば何になるかをお伺いしたいと思います。

 先ほど「安心」「育成」「柔軟」という三つのキーワードをお話しし、「社会的一体性」ということも申し上げました。しかし、政策ということになると、私のキーワードは「育成」です。人への投資、これが今の日本には一番大事ではないか。「ハコモノ」ではなくて、官も民も本格的に人に投資し、日本の強みを維持していくことだと思います。

紀陸 言葉で言うと、「痛みの分かち合い」。国も労使も、これを当面の雇用維持・安定のための対策の基本的な理念にしたいと思います。労使というのは、会社と組合という意味ではなく、広く勤労者と、経営側も企業経営を担う管理職をも含めた方々ととらえています。その三者がそれぞれ我慢し合って、この当面の苦境を乗り切る。税を出す、あるいは、所得を従前のようにもらわないで、削減して、その分をほかに回す。三者が痛みを分かち合って、当面を乗り切るだけではなく、次のステップにつながるようなことを考えながら、いろいろな手を打っていく。そういう時期ではないかと思っています。

逢見 今起こっている雇用問題について、一つの言葉で示せといえば、「危機」だと思います。危機の最初の「危」、危ないという字ですが、危ない部分にどう手を打つかです。日本を高失業社会にしてはいけない。そのために必要な政策手段をタイムリーに打つことです。次の「機」は、チャンスです。ピンチはチャンスであり、こういうときこそ新しい芽を育てていく。そのために必要な投資することだと思います。ピンチをチャンスに切り替え、新しい芽となる雇用創出をこの時期にやっていく。それが、連合が提唱する日本版グリーン・ニューディールだと思います。

小川 昨年12月に、樋口先生が座長で、鶴先生も委員を務めていただいた雇用政策研究会の報告をまとめましたが、そのタイトルが、「すべての人々が能力を発揮し、安心して働き、安心して生活ができる社会の実現」でした。「安心」、「安定」がキーワードではないかと考えます。やはり政策当局としては、国民の皆様が安心して生活し、働けることを目標とする。これがキーワードになるのではないかと考えます。

藤井 やや正規と非正規との対立感がある中で「公正」と「安心」です。正規、非正規を含めて、いかに良好な雇用の場をつくっていくかについて、この機会に考えることが大事だと思います。「公正で安心な職場をつくっていく」、そういうことが大切ではないかと思っています。

日本的なワークシェアリングとは

樋口 次に、当面の雇用維持ということで、焦点を絞らせていただき、ワークシェアリングについて議論したいと思います。紀陸さんが触れましたが、2002年の政労使合意の中で、労働時間を短縮して、仕事を分かち合い、雇用を維持する緊急避難型 (緊急対応型)のワークシェアリングが提起されました。一方、中長期的に、多様就業型のワークシェアリングにいかにつなげていくかの議論もあったわけですが、緊急避難型についてご意見をいただければと思います。

鶴 光太郎氏

 ヨーロッパの経験をみてもいろいろな国がワークシェアリングを行っています。日本でうまくいっているケースとしてよく紹介されるオランダだけでなく、ドイツ、フランスでも、労働時間を減らして雇用が増えたかということについて非常に詳細な実証研究を行っていますが、実は残念ながら、あまり雇用は増えていない。これは先ほど紀陸さんからご説明あったように、時間あたりの賃金がどうなっているかに依存するためです。つまり、労働時間が減っても、賃金の総額が変わらないのであれば、賃金が高くなってしまうことになる。そうなると、思ったような効果がでてこない。実はワークシェアリングは、先ほどのお話にもありましたが、賃金をいかにシェアしていくかということにならないと、成功しない。そうなると、労働者にとっては非常に厳しい。しかし、そこに一番本質的な問題があり、その部分を考えなければならないと思います。

紀陸 ワークシェアについては、いろいろな受けとめ方があると思います。鶴さんからヨーロッパの話が出ましたが、それぞれの国でいろいろ実例があって、考え方も微妙に異なっています。

ですが、私見ですけれども、実は日本が一番ワークシェアの先進国であると言ってもいいと思っています。ヨーロッパの労使関係と比べて、日本の労使関係は、個別企業の労使関係が主体ですから、非常に柔軟にいろいろな手が打てる。例えば、一時帰休は昔からやっています。時短、操業短縮、出向、他社応援など、これらは、みんな一種のワークシェアだと言っていいのではないか。一つの仕事を二つに分けるという、ぎちぎちした考え方でなく、雇用の維持のために多様な手立てを打つワークシェアは、日本の労使が、フォルクスワーゲンとか、オランダモデルとかいう前から、それぞれの会社の中でやってきたわけです。私も、フォルクスワーゲンやオランダの事例を見てきて感じたことは、いかに日本の労使が柔軟に危機対応してきたかということです。これらをひっくるめて、ワークシェアというかどうかは別としても、日本は広い意味の雇用調整の先進的な実践を積み重ねてきた国だと考えています。

時短に伴って賃金を減額するかどうかも一つの応用動作に過ぎない。今、労使間で「それでいきましょう」というケースが増えてきている。いいとか悪いとかではなくて、日本の労使関係のよさを背景に、臨機に対策が柔軟に打てる。これは、他国に誇ってもいいことではないかと思っています。

樋口 先ほど日本は雇用調整速度が遅いと申し上げましたが、それはあくまでも人数ベースで見たときの雇用調整速度の遅さでして、時間と人数を掛け合わせた延べ労働時間で見ると、アメリカに比べても大差ない結果になります。

ということは、時間は相当調整してきたわけです。しかし、雇用の維持にはつながっても、雇用の創出・増加にはつながっていない。連合はワークシェアリングについてどのように考えているのでしょうか。

逢見 OECDのEmployment Outlookなどで、日本は雇用保障が非常に強いと言われて、それが硬直的だという印象を与えているようですが、実際には決して硬直的ではなく、柔軟にやっています。例えば、賃金については、賞与・一時金は、景気変動とともに増減させることが一般的です。いまの経済危機でも、労働組合は柔軟に対応しています。それに出向、配置転換、応援というような形で、雇用の場が得られるのであれば、遠隔地でも移動することを受け入れています。経営が厳しくなると、賞与・一時金だけでなく、月例賃金のカットに応じるケースもあります。そういう意味では、広い意味でワークシェアをやっているということだと思います。

逢見 直人氏

このように、雇用保障と引きかえに譲っている部分があるわけですから、補完的制度も見なければいけないわけで、硬直的な雇用保障システムではなく、個別労使はいろいろなことをやっています。

ただ、今問題になっているのは、非正規の人たちが大量に契約を切られ、雇止めに遭っているなか、非正規の保障手段がない、そこを正規と非正規とでシェアできるのかということです。正社員が減った分を、賃金の低い非正規が埋めることになると、シェアというより、単に低賃金労働者への置きかえにすぎなくなります。ですから、均等待遇が確立されていかないと、シェアすることにならないと思います。

それから、賃金体系が日本では仕事ベースの賃金になっていないこともワークシェアを難しくしています。例えば、家族手当のように、生活手当も入った賃金体系になっていると、所定労働時間を減らし、ワークシェアしようとしても、生活手当はどうするのかという問題が起こります。日本的な仕組みの良さもあるなか、職務給体系にがらっと、切りかえるのが難しい。広い意味での仕事の分かち合いという部分では柔軟にやってきていますが、さらに踏み込んで、所定内労働時間を削って、その分賃金を比例的に削ることは、制度的にまだ困難なところが多いと思っています。

樋口 困難な部分は、今回話し合おうということなんですか。

逢見 例えば、非正規の人たちを、この状態のままで、ただ空いたところに埋めることは、決して政策的にもいいことではないと思います。必要なのは非正規の人たちにも職業訓練、能力開発の機会を与えて、そのための生活保障と所得保障を行い、新たな雇用創出の機会ができたときに、安定的な仕事に移っていくという方向に向かうべきだと思います。こういう時期だからこそ、育成が大事だと思います。

樋口 これはワークルールの話とも関連してくるので、また後で詳しく議論したいと思います。小川さんは、ワークシェアリングについて、政府の支援のあり方などを、どう考えていらっしゃるのでしょうか。

小川 まず、ワークシェアリングについては、どうやって雇用や賃金を分かち合うかという話ですから、基本的には労使で議論いただく問題だと思っています。ただ、紀陸さんからもお話がありましたように、休業したとき当然、休業手当は支払われるにしても、その分だけ賃金は下がり、雇用は維持されるので、そこは、例えば雇用調整助成金などで支援する。そのような仕組みは今までも持っているわけです。2002年の政労使合意のときも、ワークシェアリングについては導入奨励金をつくりました。ただ、若干使いにくいということもあり、結果的には、あまり利用されなかった。同時に、その後、すぐに景気が回復したので、実際、ワークシェアはあまり行われなかった。ですから、当然、労使で合意した中で、一定程度、こうした支援を政府として考えることは可能だろうと考えています。JILPT発行の『ビジネス・レーバー・トレンド』3月号のワークシェアリング特集のなかで、濱口桂一郎統括研究員が、逢見さんがおっしゃっていたように、だれとだれの間のワークシェアリングかという問題提起をしています。要するに正規の中だけのワークシェアリングなのか、それとも、正規、非正規も含めたワークシェアリングなのかというのが、今回問われていることだろうと思います。

ここからは私見になりますが、当然のことながら、正規、非正規問わず雇用政策の対象です。いろいろとテクニカルな問題はあるとは思いますが、個人的な希望としては、正規、非正規ひっくるめた格好での分かち合いができれば、現在の厳しい雇用情勢を緩和するひとつの方策になるのではないかと考えております。

非正規雇用に対するセーフティネットをどう構築すべきか

樋口 雇調金の給付要件として、雇用保険に加入している人はもちろん対象になりますが、今後その要件をどうするかが課題になるということでしょう。藤井さんは、正規、非正規も含めてワークシェアリングを実施すべきなのか、それとも、正規に限定しての話なのか、研究者としてどう考えていらっしゃいますか。

藤井 JILPTでも、今、非正規の雇用問題をどうするかを全体的に議論すべきではないかということになっています。先ほども話が出たように、正社員の間では、わりと柔軟な形で雇用を維持する方法や対策が出ています。しかし、いまは正社員とそれ以外の方という問題になってきている。一気にというのは難しいとは思いますが、全体の仕事を非正社員も含めて、その仕事の量に比例した形で、あるいは一時的な基金を設けるといった雇用維持に向けた方法がとれないか、ということは、個人的には考えています。

そういう中では、当然、均等・均衡を切り口に正規・非正規がお互いに納得できる仕組みができないかを今後詰めていく必要があると、個人的には思っております。

樋口 今、非正規の問題が提起されたわけですが、企業では、正規、非正規の扱いに大きな違いがある。とくに景気が悪化したときの扱いには違いがある。同時に、政策的、社会的にも、正規と非正規への対応について、違いがある。その一つとして取り上げられるのが、雇用保険の加入要件です。昔の失業保険の時代は、やはり正規労働者が主体だったということでしょう。加入要件で、労働時間、あるいは年収要件、さらには雇用期間の見通しが要件になっており、かなり厳しく規定されていた。そして、70~80年代から非正規労働者が増えていく中で、こうした人たちに対する所得保障が必要ではないかということで、例えば、パート労働者については、1988年までは所定内一般労働者の4分の3以上、すなわち、所定内が40時間労働であれば30時間以上を加入要件としていたものを、94年からは20時間以上に、規定を緩和した。あるいは、従来90万円以上だった年収要件についても、2001年にその要件を撤廃した。先ほど話がでた雇用期間の見通しについては、従来は1年以上だったのを、半年以上という方向で今、見直しが進められています。

では、雇用保険に限らず、非正規労働者に対するセーフティネットをどう構築すべきなのか。安全・安心で、なおかつ意欲と能力を発揮できる状況をつくっていくために、どういう施策が必要かについてご意見をいただきたいと思います。

 雇用契約期間の見込みについては、やはり根本的に考え方を変えていかざるを得ないところまで来ていると感じます。期間の見込みを短くしても、抜け穴はあるわけですよね。短くしたらこの労働者の雇用見込みはそれより短いからということで、雇用者が負担を逃れるケースは当然出てくると思います。抜け穴を全部埋めたとき、今度は、労働者のモラルハザードの問題がでてきます。だから、単に雇用保険を受給できるためだけにいろいろ手を打つだけではなく、こうした問題を避ける制度設計を工夫しなければならない。雇用者側から見て、有期雇用者がお手軽な安い労働者ではなく、雇用調整される可能性が高いのならば、それなりのコストがかかるし、それを社会的にどう負担していくのかについて社会全体で議論する必要があります。

樋口 そうしたとき、フロアからも質問があったのですが、非正規のアクティベーション(就業促進)の問題、すなわち、給付期間が延びれば、失業期間も延びるのではないかとの危惧もあります。かつてオーストラリアがこうした問題を抱えていて、無期限に失業給付を行うと、「失業という職業をつくってしまった」ということにもなりかねない。その点について、どう考えていらっしゃいますか。

 給付期間の問題は、長期失業になればなるほど、結局、状況はさらに悪化していくということですよね。だから、失業しても、なるべく早い段階で、イギリスでは「トランポリン」といいますが、政策的に早く就業させないと、事態はさらに悪化する。ですから、失業者が新しい職を積極的に見つけるインセンティブををいかに強くするかが大切です。しかし、インセンティブを強くするには、先ほど申し上げた飴と鞭の両方があります。そして、政策をうまく制度設計すると、ほかの政策に比べてお金はかからない。そこは政策的に工夫の余地があるところだと思います。

小川 誠氏

樋口 小川さん、どうでしょうか。

小川 雇用保険はいま、適用範囲の見直しということで、今回の雇用保険法の改正案では、従来の一年以上雇用見込みを6カ月以上することにしています。国会審議の中でも、6カ月は長すぎるので、もっと短くできないかという意見もありますし、民主党から出されている法案では、31日以上の雇用を対象とすべしとなっています。こういうご意見があるのは承知していますが、結局、給付と負担の関係で、最低受給に必要な受給者期間を短くすれば、鶴さんがおっしゃったように、モラルハザードが起きやすくなるのではないか。短期間でも加入していれば、支給対象になると、モラルハザードが起きやすいということで、現行でも、例えば、解雇の場合でも6カ月という受給期間を求めているわけです。しかし、例えば、2カ月の雇用見込みの人も適用すると、その人も雇用保険料を払わなければならなくなる。ただ、その人が離職した場合、失業給付は給付されないので、結局、払い損になってしまうということもあります。ですから、給付と負担のバランスからすると、最低の受給期間に合わせて雇用見込みを設けるべきではないかと考えています。

失業給付と生活保護の間をどう埋めるか

樋口 藤井さんいかがでしょう。

藤井 失業給付をどうするかということもありますが、日本の場合、先ほどの議論にもありましたが、生活保護と失業給付の間のところが、ぽっかり抜けています。ですから、そこの部分について、生活支援だけでは、どうかと思いますが、就業促進の制度と抱き合わせで、新たな仕組みを検討してもいいのではないかと思っております。

樋口 逢見さんからお尋ねしたいのですが、先ほど就労・生活支援給付制度、について言及がありました。この制度との関連で、非正規のセーフティネットの問題をどう考えていらっしゃいますか。

逢見 セーフティネットは、三層構成にすべきだと考えています。第一のセーフティネットは、社会保険、あるいは雇用保険です。例えば、失業のリスクを負ったときに、失業給付が受けられることがあげられます。ただ、今はこの網の目が粗くて、社会保険や労働保険のネットからはずれる人たちがいます。これを少なくするために、適用を広げようとしているところですが、これは医療、年金も一緒だと思います。実は国会で昨年から継続審議になっている年金制度一元化法案の中では、一部、現在の4分の3、年収130万円という規準を、もう少し狭くして、非正規の適用対象を広げる案が盛り込まれています。この法案は去年の通常国会に提出されて、継続審議になっていますが、今まで一度も審議されていない。連合としては、基本的には雇用されている人はすべて、社会保険、雇用保険の適用対象にすべきだと主張しています。

一方で、保険料の徴収方法にも問題があります。例えば、派遣のような間接雇用は、人件費じゃなくて、物件費になっています。パートについても物件費で扱っている企業もかなりあって、人件費として計上していない。だから、企業の人件費率に、非正規で働いている人たちが反映されていないケースもあります。また、労働時間の上限を短くして、適用範囲を20時間、あるいは4分の3要件を例えば2分の1にすると、企業のほうはパート契約をさらに短くして適用対象外になる雇用契約にシフトする行動をとる傾向があります。

そうしないためには、総人員掛ける時間数で、被雇用者に対して総額で網をかけるやり方でいけば、一人一人労働時間を短くしても、トータルで何時間分か働いていれば対象として払わなければいけなくなる。そういう意味で今の保険料の徴収方法にも課題があると思っています。こうした部分もあわせて改善する必要があります。

第二のネットは、藤井さんが話した内容と重なります。第一のネットで失業給付の期間を終えたり、最初から適用対象外だった人たちにとって、第二のネットがないと、生活保護まで行かざるを得なくなるわけです。そこで、働く意思があるけれども、生活する所得手段がない人向けに、上限5年を想定していますが、就労・生活支援給付を行い、訓練期間中所得を保障して、新しい仕事に就いてもらう仕組みをつくる。これはヨーロッパにはありますが、日本には制度として確立したものがありませんでした。そこは、平成21年度中に仕組みをつくっていきたい。

樋口 失業扶助のお話でしょうか。

逢見 失業扶助です。

樋口 ヨーロッパ版の失業扶助制度を日本でも、ということですか。

逢見 そうです。わが国には、ヨーロッパにあるような失業扶助制度がないために、雇用保険のネットにかからないと、一気に生活保護までいってしまいます。それから、生活保護の中で、住宅とか医療については外だしして、そこだけの扶助があってもいいのではないか。そうすることによって、住所がないから履歴書も出せないことがないようにする。生活保護に行く前に、住宅費だけでも出してあげてもいいのではないかと思っています。

紀陸 孝氏

樋口 紀陸さんにもお聞きしたいのですが、失業保険にしろ、失業扶助にしろ、こうした給付がかさめば、財源が必要になります。その財源が、日本の雇用保険の場合、労使折半の雇用保険、社会保険制度になっている。そうなると、労働者はもちろん、企業負担も重くなる。あるいは厚生年金の加入要件の緩和について、今まで経営側は消極的だったと思います。アメリカの失業保険は多くの州で全額雇用主負担で、労使折半ではない。ただし、自己都合退職の場合、給付は認めず、あくまでも企業都合で、解雇した場合に限られる。解雇者がたくさん出た場合、次の年の保険料率を引き上げる措置をとる。個別企業を主体とした対応なので、モラルハザードを阻止する仕組みにもなっている。今、雇用保険の加入者の拡大、特に非正規への対応で議論が起こっていますが、これについてはどうお考えでしょうか。

紀陸 基本的に保険というのは、負担に見合った給付が原則だと思います。それ以上のものを給付するには、ほかの理屈がないと成り立ちにくい。正規、非正規といいますが、契約期間の長短の差に過ぎないわけで、正規であれ、非正規であれ、基本的には自分で保険料を払い、払った保険料に見合う給付を、リスクが生じたときに受け取る。基本はこれです。ですから、非正規だからそこを手厚くとか、正規だからそこの部分は弱くていいということではなく、基本的には、非常に雇用期間が短く、負担が少ない人に対する生活手当的なものは、一般財源で手当するのが筋合いだと思っております。

日本の雇用保険制度は長い歴史があり、労使折半部分の上に、雇用政策にかかわる多くの部分は企業側の10割負担でまかなわれている。雇調金は最たる例ですが、財源は、事業主負担だけです。企業側負担だけとはいえ、この部分は労使ひっくるめて、わが社のことだけではなくて、働く人や他企業が困ったときに共同財源として使っていいという合意があるから、それをベースに運用されているわけです。かつ、その中から、ハローワークで働いている職員の人件費も出ている。こうしたことも了解事の上でやっているわけです。

ですからこれを超えて、雇用期間の極めて短く保険料を払ってない人に、この財源を使うという了解は、得にくいのではないか。給付と負担の原則を超えるものについては、一般財源ではないかと思います。

樋口 ということは、保険制度の限界といいますか、保険だけでカバーすることは難しいということですね。

紀陸 と思いますね。

樋口 現在、保険料の徴収については労使折半ですが、そこに一般財源が上乗せされ給付されているわけです。これとは別に、今度は一般財源だけでやるような制度を考えたらどうかという指摘だと理解してよろしいでしょうか。

紀陸 そうですね。

樋口 この点は労使、似ている主張のように思えたのですが、逢見さんどうですか。

逢見 第二のセーフティネットは一般財源で扶助分の措置を求めますが、訓練の部分は、雇用保険の特別会計から出していいと思います。

樋口 雇用保険二事業の能力開発事業のところから拠出すべきだということですね。

逢見 そうです。

樋口 そこは、紀陸さん、どうですか。二事業については国の一般財源からは一切出ていないわけですね。

紀陸 そこは、雇用保険を運用している側が、そこまでのサービスをいいと言うかどうかですね。積立金がどのくらいあり、そうした助成をすることによって、労使、とくに拠出者の使側にかかる保険料が先行き上がるとすれば、それをどう判断するか。仕掛けをどうつくるかという話になるでしょう。生活費までは難しいとしても再訓練することは使側にメリットがあるわけです。その辺の仕切り方だと思います。

樋口 なるほど。鶴さん、今のお話を聞いて、いかがですか。

 正規か非正規かの関係ではなく、保険料を払っている人が応分の給付を受けるべきで、私もそう思います。ただし、非常に悩ましい問題は、非正規の場合、雇用調整される可能性が正規より高いわけですよね。正規と非正規を比べると、原理的には非正規の方の保険料を高くしなければならなくなる。そうすると、非正規労働者は、もともと安い賃金なのに、正規の人よりも高い保険料を払って、使用者も、より高い保険料を同様に払うことになる。そうすると、最終的に賃金に反映されることになる。雇用主の負担が増えれば、最終的には手取り賃金が少なくなるというのは、さまざまな分析結果から明らかです。結局、自分の取り分がすごく少なくなるけれど、将来の雇用不安は少なくなる。そうしたときに、非正規も全部雇用保険でカバーするのがいいのかどうかという問題もでてきます。ヨーロッパ型の失業扶助のように、国が財政投入する発想をうまく組み合わさないと、この問題は、解けないかもしれないですね。

最後に生活保護があるわけですが、生活保護の適用になるとそこからなかなか抜け出せない。やはりその前段階で、就業できるようにする。そのために予算を使う形にしなければならないと思っております。

樋口 非正規、有期雇用の大きな問題として、賃金格差の問題だけではなく、教育訓練の不十分さの問題もあります。キャリアアップできない結果、例えば、中高年のフリーター化というような言葉で示されるような、労働市場の分断化が進み、社会から取り残されることにもつながりかねません。ですから再挑戦ができるように能力開発も含め、所得保障とセットで考えていくべきではないかと、皆さんのお話を聞きながら感じました。

個別政策についてはいろいろ議論するのですが、政策パッケージとしての組み合わせ、統合の効果、政策のシナジー効果を考慮しなければならないことは、OECDが繰り返し言ってきたところです。日本も単発の政策ではなく、セットとして考えていく必要があると感じます。教育訓練、所得保障、あるいはワークシェアリングをばらばらではなく、シナリオを描きながら、プログラムとして雇用戦略のようなものをつくることが必要な時期を迎えているのではないか、と思いました。

雇用維持・創出に向けた課題と有望な分野

樋口 次のテーマに移ります。論点二は、雇用創出の取り組みです。藤井さんはあまり報告で触れる時間がなかったようですが、この点いかがでしょうか。

藤井 宏一氏

藤井 雇用創出では、地域の事例を見ると、各地域の中でキーになる人がいます。こうしたキーパースンが、うまく横との連携をとりながら、ある程度時間をかけて産業育成や雇用創出につなげていくパターンが、地元定着型と地域密着型です。キーパースンがいればこうしたパターンが成功しています。

もう一つが、最初に紹介した企業誘致型を戦略的に取り組むパッケージ型です。これも、うまくいっているケースはあります。しかしながら自動車、電機は将来的に重要な産業ですが、今回の不況のように景気変動の波をもろに受けてしまうケースもあることも想定しなければならない。この辺はもう少し検討しなければいけないと思っています。

こうした議論とは別に、医療・福祉といったサービス関連等で、産業全体でみてまだ伸び代がある分野がある。ただ、そこにどのように労働力を移動させることができるのか、これが大問題だと思います。例えば、製造業、建設業で働いていた人が、いきなりこうした分野に回れるかというと難しいでしょう。また、医療・福祉の分野では、就業環境が整備されなければいけない課題も残っています。送り出す側、受け入れる側、両方が取り組んでいくことが必要になりますので、一朝一夕にはいかない。とはいえ、こうした分野も発展させていくためには、政府の支援策を充実させていく必要があるのではないかと思っております。

樋口 先ほど、過去の不況でも労使で議論しながら、労働時間を調整しながら、雇用を維持してきたという話がありました。もう一つ、実は日本では、雇用維持の面で大きな役割を果たしてきたのが、公共事業でした。公共事業を雇用政策に取り入れるかどうかの是非の議論もあります。しかし、公共事業はいろいろな形で制約を受けるようになってきた経緯があります。厚労省として、公共事業が削減されている中、雇用創出との兼ね合いでどう考えているか、説明いただけますか。

小川 一つは、直接的な雇用創出ということで、今回、ふるさと再生特別交付金で、地域において独自の地域資源などを活用しながら、継続できる雇用をつくるため、2,500億円を積みました。現職の前に国土交通省に出向し、観光部門にいましたが、実は観光部門は観光庁とかビジット・ジャパン・キャンペーンなど、華々しいわりには予算がなく、地方に回すお金はあまりない。逆に言うと、アイデアはあるが、予算がないから、物事が進まない典型が観光部門ではないかと思います。ですから、アイデア勝負で進むような分野で、新たな雇用が生まれる可能性がある感じがします。

もう一つは、さまざまな方面から指摘されている医療・福祉といった社会保障分野での雇用吸収です。これは厚生省と労働省が合併したシナジー効果だと思いますが、現在省内にプロジェクトチームを立ち上げ、どうやったらこうした分野に雇用が吸収できるのか議論をしているというところです。

藤井さんが話したように、製造業の人がすぐに行くのは難しい。しかし、医療・福祉分野は、ある意味では資格職種が多いところですから、ヘルパー1級、介護福祉士といった資格を取得し、働いてもらうというアプローチ、要するに、能力開発をするアプローチがとりやすい分野かなと思います。

もう一つのアプローチとしては、こうした分野は、いわば官製市場ですから、たとえば、4月から介護報酬を3%増やすことによって、全体的な処遇改善につなげていくという施策もとれます。

そして、三点目としては、こういった分野は、雇用管理の洗練さが不十分なところが多分にある。介護労働者の雇用管理調査を見ると、従業員の離職率30%以上の事業者が3割もある一方で、離職率が10%未満の事業主も同じ割合ある。要するに、全体として介護保険という制度は一緒でも、これだけの差が生まれている。だから、雇用管理の改善によって魅力ある職場にしていくことで、雇用吸収力は高まると考えられるので、今後、スキームを考えていきたいと考えています。

樋口 雇用の受け皿をどうするかという場合、量の拡大だけを念頭に置いて議論されることがありますが、やはり質の向上も重要です。魅力ある職場でなければ、雇用がつくられても、人はそこに移ろうとは思わないだろうし、移ってもすぐやめてしまう。そのためには介護保険制度の見直しや、雇用の受け皿の役割が期待されている分野における人材活用や雇用管理を見直すことが重要だと思います。先ほど逢見さんが180万人の雇用創出プラン、日本型グリーン・ニューディールについて説明いただいたんですが、例えば、他産業からの移動といっても難しいという指摘についてはどう考えるのでしょうか。

逢見 例えば、農業分野の就労者は65歳以上が6割です。ものすごく高齢化していて、跡継ぎがいない。だから、この先5年、10年たつと廃業してしまう農家が相当出てきます。国産の食糧に対する消費者の信頼や、農業への期待や思いはあるが、そこをどうするかです。例えば、自分が派遣の仕事を切られて、もうこんなことは嫌だ、農業をやりたいと思っても、跡継ぎにでもならない限りつてがない。ハローワークに行っても、紹介の対象にはなっていない。必要なのは、ワンストップサービス機能で、ハローワークが窓口になると思いますが、そこにいるキャリアカウンセラーが、どういう仕事をしたいのか、適性がどこにあるのかを判断して、例えば農業分野に希望と適性があれば、ここに行くように紹介してあげるワンストップサービス機能によって、マッチングの効率を高める必要がある。それから、訓練もしなければならない。雇用・能力開発機構が持っている訓練施設はあるのですが、ここは製造業に特化した訓練プログラムをつくっていますので、都道府県の訓練校もそうですが、ものづくり以外の分野での訓練の体系は、こういう既存の職業訓練校ではできていません。そうすると、民間やNPOでのこうした訓練プログラムの構築を支援し、ここで育成してもらう。そのためには税金を使っていいと思っています。

とはいえ、農業は、土地を購入し、経営戦略、営業活動、生産管理などすべてをプランニングしなければならないという面ではリスクが高すぎます。ですから、ここは雇用タイプ、つまり、農業生産法人、株式会社といった形態で農業をできるようにすることだと思います。ここは、参入規制が高くて、株式会社はすぐ入れない仕組みになっていますが、そのハードルを下げて、労働基準法が適用されて、そして農業分野で働ける仕組みをつくっていけば、リスクが少ない農業労働ができると思います。

こうした仕組みとしてつくっていくことが必要で、政策を総動員し、さらに、省庁の縦割りの壁を取り払って、どういう分野に雇用創出できるかを政府全体で考える必要があります。雇用創出については、労使共通のテーマとして、3月3日に経団連と連合で政府に政策要請した中に入っています。オールジャパンで雇用の受け皿や、創出先をつくることに知恵を絞り、障壁があるなら、それをどう取り除いていくかを考える必要があると思っています。

どのように労働移動を促すべきか

樋口 紀陸さん、どうでしょうか。

紀陸 雇用創出と言った場合、新しい産業分野の育成ということで、その中に介護、農業が出てきています。しかし、問題は、そこへ円滑に労働移動できるかどうか。職業能力レベルが、新しい仕事ができるまで向上しているかどうかが大事です。同時に、ここにも雇用の多様化を入れるべきだと思います。雇用形態の多様化は評判が悪く、これが今の格差社会を生んで、多くの派遣、パートの方々がかわいそうな目に遭っている、だからけしからんといわれます。しかし、そういう視点は短絡的ではないかと思っております。派遣であれ、請負であれ、その仕事がきちんと評価されて、正規の社員との間に合理的でない格差、固定的ないわば身分格差というものがなくなれば、雇用の多様化は決してノーではないはずだと思います。雇用の形態ではなく、仕事の価値、貢献度で賃金が決まることを定着させられることは非常に大事なことです。徐々にこうしたことに力を入れている企業は出てきています。

現実問題として、かつてと比べると、同じ会社にいる若い人と中高年の賃金格差は相当に縮まってきている。要するに、賃金カーブが寝てきたわけですが、個人個人の評価をし、賃金分布は結構ラッパ型になっている。仕事の内容と個人の能力を見ながら評価をするとラッパ型になる。これからは、雇用形態の差でなくて、仕事の内容、貢献度の差で賃金が決まるという傾向が強まるのではないか。労働組合もそういうところにもう少し力を入れていけばいいと思います。

今、一番まずいのは、正規雇用で雇えと言うから、逆に会社はパート等の方を短期で雇い止めしてしまう。そうすると、いつまでたっても能力レベルが上がらなくなる。1年、3年、5年、10年と仕事をしていけば能力のレベルも上がり、会社の中で職位が上がる機会も増えるはずです。制度の上でまずいところは見直しつつ、働き方の多様化については、さまざまなニーズがあるので、そこは活かしながら、どう組み合わせていくかではないでしょうか。そうしないと、新しい産業分野がどうのこうのと言っても、労働移動は進まない。要するに、受給システムが細ったままでやれと言っても、実際はなかなか進まないということでしょう。

樋口 今のお話には、個人的に非常に関心があります。今まで経営側の主張は、逆だった気がします。つまり、賃金・処遇は、個別の企業労使で決めるものだと。それを超えて、社会的なルールとして、賃金・処遇を決めていくことには慎重だったのではないかと思うわけです。しかし、先ほどの紀陸さんのお話だと、企業横断的なものもつくっていく必要があるというニュアンスに聞こえたのですが。

紀陸 どこまで横断的というか、そこまで考えているわけではありません。会社での仕事の評価、例えば、同じ経理でも、A社とB社で、同じ仕事内容だからといって賃金は同じではないでしょう。その会社で経理の仕事を通じて生まれた付加価値も違うし、それを分けるわけですから。だから、同じ仕事だからといって、A社もB社も横断的に賃金が同じだと、そこまでは言いません。そこまで労働移動のルールができていないでしょうからね。

樋口 ただ、ジョブカードの議論は、実はそうしたところから出てきたわけですね。一度フリーターになった人は、転職してもなかなか正社員になれない。そこでこれを解決するために、どんな仕事を経験して、どのような仕事ならできるということをカードに記述し、職業能力に応じて採用し、処遇決定できるようにするという趣旨で設計してきたのではないかと思います。逢見さんもパート労働者についての均等処遇の強化、あるいは派遣労働者についても、労働者保護の視点から法律を見直すべきだとか、有期雇用の保護強化を考える法体系を作るべきだというような話がありました。具体的にどう考えていらっしゃるのでしょうか。

これから求められるワークルールとは

逢見 法的なワークルールとしては、パート労働法の改正が2年前に行われ、範囲は狭いながらも差別禁止条項が入りました。このことは画期的だと思います。この間、均等、均衡という物差しをつくって、どのように正社員とパートの均衡ルールをつくるのかを検討した結果、法改正になり、そういう意味では、この前の改正は非常に意味があったと思っています。ただ、それ以外の分野は遅れています。例えば、有期雇用についての法的なワークルールは、労働基準法だけです。そのほかは、雇止めについての大臣告示があるだけです。これでは、有期雇用のルールとしては不十分ですので、新たな法律をつくる必要があると思っています。厚生労働省も研究会を立ち上げる動きがありますので、この法制化の必要性を感じています。

それから、派遣労働は均等・均衡をどう図るかということが難しい。法律ができたころは、通訳やガイドなど自社で調達できない人たちを外部から調達すため枠組みだったので、ある程度賃金が高くてもいいということでした。しかし、それがネガティブリスト化されて、一般的なオペレーションをする仕事まで派遣を使っていいことになったために、人件費コスト削減の手段として派遣が使われるようになり、低賃金の人たちに置き換えが行われてきました。しかも、企業の中で同じような仕事をしている人とのバランスを欠いているところがあります。ここは法の趣旨に立ち返れば、オペレーションだけをやるような派遣契約を入れて、必要がなくなったら契約を打ち切るというやり方そのものを変えなければいけないと思います。規制緩和しすぎた派遣労働法を、少し元に戻す必要があります。その上で、同種の仕事をやっている人たちとの均衡・均等をどう考えるかだと思います。派遣の場合は、料金の横断化を業者間協定でやると独禁法に抵触しますが、労働協約にすれば、独禁法には抵触しません。そういう意味では、派遣の職種ごとに最低賃金を労働協約で決めるようにすれば、派遣料金の適正化につながると考えています。

樋口 鶴さん、今のお話をどう感じましたか。

やはり1年だけでは、どれくらいの能力があるかを評価できないと思うんですよね。もうすこし長い目で見て評価することを考えるならば、当然、企業の中で訓練して、能力を伸ばしていくことが必要になる。そうすると企業側にもインセンティブが出てくるし、また、雇われている労働者もインセンティブが出てくる。こうしたことができるようになる制度改革が必要になる。その意味で、私は、5年、10年という有期雇用を考えてもいいのではないかと提起したわけです。こうした一つのオプションもあってもいい。しかし最後は、労働の質の高さに反映していくような仕組みを今こそ考えないといけない。全体の労働力がどんどん劣化していくことになると、日本の将来展望はなかなか描けないです。

樋口 ワークルールを均等待遇の問題を含めて議論することは極めて重要だと思います。一方で、職場で起こっている実態を聞くと、どうもルールどおりにはなっていない。ルールを知らない人たちもたくさんいるし、それを支援していくシステムもない。本来、労働基準監督署やハローワークが、そういったところをサポートする任務があるわけですが、個々の職場で起こっていることは、外からは見えない。同じ職場で働いている組合員がサポートする、これは派遣、有期雇用に対してもそうだと思いますが、行政機関だけでなく、NPOもこうしたサポート機能を担う時代になってきているのかなと感じます。だからまず、足元を見詰めていくことも必要な対策の一つかなという印象を受けました。

時間が残り少なくなりましたが、会場からいくつか質問をあらかじめいただいておりますので、それについてお答えいただければと思います。

フロアからの質問とまとめ

小川 私には、ややテクニカルな質問ですが、雇調金の生産量という概念について質問がありました。基本的には生産量ですが、当然、卸・小売といった非製造業の場合は売上高で判断することになります。もう一つは、対象労働者です。確かに今年度の初め、被保険者期間は6カ月以上だったんですが、昨年12月の制度改正で、被保険者につきましては、期間を問わず全員になりました。ですから、新入社員でも対象にすることになったわけです。それから、被保険者以外でも、雇用期間が6カ月以上であれば対象とすることになりましたので、かなり対象者も広げているわけです。

フロアから

それから、もう一点、これは地方自治体の方からですが、全般的に地方自治体としてどういうことをやったらいいかというご質問と、福祉分野の低賃金改善策について、二つの質問がございました。まず雇用問題解決のために地方自治体の役割ですが、確かに能力開発以外の雇用問題については、今までずっとハローワークを中心に国の機関が中心になってやっていたため、必ずしもノウハウをお持ちになっていないと思います。しかし例えば、今回の基金事業などは、基本的に地方自治体で行うことですので、労使団体とも十分ご相談の上、公的に実施いただければと思います。さらに、県でも能力開発事業についてはいろいろやられていますので、ここは労働局と十分連携していただければと思います。福祉分野の低賃金改善策につきましては、来年度予算で、例えば地方レベルでとくに介護分野での雇用管理改善の取り組みについて、企画提案型のモデル事業も導入しておりますし、そういった事業をご活用いただければと思います。

逢見 質問は、連合は政策の失敗に自省するところはないのか、自ら負担する気持ちはないのかということです。非正規を増やしてきたことの正犯が経営者であるとして、労働組合は従犯であるということは、連合の髙木会長も発言しています。そういう意味で、自省していないわけではありません。自らやることはないのかということで、今、連合は、組合員だけでなく社会全体にもカンパを呼びかけておりまして、このカンパの中で、就労支援で実施しているNPOなどの取り組みにそのカンパ金を使っていきたいと思います。さらに、ふるさと雇用再生特別交付金に民間の金を入れるべきだと要求をしていますが、組合員から集めたカンパも可能であれば入れて、地域の雇用づくりに使ってもらいたいと思っています。

もう一つは、会社が傾いたとしても、働く従業員が自信を持ち続け、安定した生活ができるように課題を与えるとすると、どんなことを求めるかという質問です。会社が傾くことはあると思いますが、会社が傾くことと、そこに働く従業員の価値が損なわれることは違います。事業再生の話をしましたが、事業の再生は可能です。無能な経営者を追い出して、従業員が歯を食いしばって頑張って、建て直したケースもあります。だから、会社が傾いたからといって、自分たちの尊厳や誇りまで失う必要はありません。ただ、会社にいられなくなるとどうしても自信を失います。そういうときは、カウンセリングを受ける中で、自分の職業生活の中でどういうキャリアがあったのか見詰め直す。そうすると、自信を取り戻すことができます。キャリアカウンセラーを増やして、カウンセリングを身近にすることも必要だと思います。

紀陸 ワークシェアリングのご質問が来ています。時短をして、それにリンクして賃金もカットし、雇用機会をつくるのがワークシェアだけれども、結局それは労働者の間の中だけで痛みを分かち合うだけで、経営側としてとくに痛みはないのではないかという質問です。

お考えいただきたいのは、ワークシェアは、言ってみれば、最後の手段です。この前に、経営側は当然、役員報酬をカットし、経営側としてさまざまな手立てを打った後に、従業員の雇用なり賃金に手をつける。一般的にはこうした段取りです。前段で使側として負うべき痛手はきちんと受けている。この部分も痛みの分かち合いでしょうし、かつ、こういうことをやることで、従業員の首を切らないで雇用を維持し続けていくことは、有形無形でお金を払っていることになります。アメリカのように簡単に従業員を削減せず、こういう手立てを選ぶこと自体、次の景気回復のために、従業員の雇用を維持して、そこで働き続けてもらおうと考えているわけです。このことが、経営側として非常に大きな責任の一部ですし、痛みの分かち合いだと考えています。

 育成に関しての質問です。民間への補助金がうまく使われていないのではないかということですが、そういう部分はあると思います。ですから先ほどお話ししたように、いろいろな政策の組み合わせを考えていかないと、いい効果が出ないということでしょう。

それから、「社会的一体性」をもう少し詳しく説明してほしいという質問です。社会的一体性がない社会は、階層化され、人の移動がなく、希望がない社会だと思うんですね。いま、そういう社会に足を踏み入れつつあるかもしれない。そういう社会にならないように、しなければならないということです。それから、フレキシュリティ・アプローチをもう少し説明してくださいという質問と、そのアプローチに対する疑問です。三つのキーワードの最後の「柔軟」というのは、実は企業側、労働側、両方からあまり評判がよくない。この話をすると、両方から「うーん」というような反応を受ける場合が多い。しかし、ヨーロッパはそこに至るまで、ものすごく苦労したんです。20、30年苦労した歴史を私もつぶさに見てきましたが、日本はもともと柔軟性の高い労働市場を持っているので、こうした強みを危機の時も生かして、維持してなければいけない。そこが私の趣旨ということで、ご理解いただければと思います。

樋口 一言だけ、短く感想をお話しします。今苦しいのは間違いないのですが、現在の対策がこれで終わるのではなくて、明日への糧、明日への新たな取り組みにつながるようなものにしていかなければいけないことを強く感じました。いろいろな個別対策もあるわけですが、それらを一つのパッケージとして、組み合わせることが、非常に重要だという印象を受けました。「Small differences create the big di.erences」という言葉があります。小さな差、違い、例えば、運用面においてちょっとした違いや政策の組み合わせの違い、それが結果として非常に大きな違いを生み出すということです。いろいろな政策メニューは用意されているわけですが、運用面で、あるいは組み合わせとして、いかに有効に明日へつなげていくか。これが必要になります。

この前、EUで話をしたときに、質問されたのが、「日本で政策というと、政労使が出てくるけど、NPOは出てこないのか」ということです。他の国では、問題が起これば、NPOも含めて議論が進み、その実効性が高まっていく。日本でも、今回の不況の中で新聞によく登場するようになってきたのがNPOです。きょうの議論でもNPOが議論になったと思います。

「社会の連帯」「きずな」を高めていくためには、官か民かという対立、あるいは、どちらがやるのかというのではなく、NPOなり中間組織といったものが存在するわけですので、そことも連携した問題解決が求められるようになってきている。社会として、こうした連携の中でこの問題を取り組んでいくことが必要な時代になってきているのかなあと強く感じました。