報告4:労働側の立場から:
雇用問題を考える―雇用の安定と創出に向けて
第38回労働政策フォーラム (2009年3月6日)

労働側の立場から

逢見 直人  連合副事務局長

政策のパラダイム転換が必要

労働組合の立場で今の雇用問題をどのように捉えているか、そして、どういう対策が必要なのかについて報告したいと思います。

まず、今回のアメリカの金融危機に端を発した世界的な不況が、金融危機のみならず実体経済にも大きな影響を与えているのはご承知の通りですが、この危機をどのように捉えるかについて、リーマンショックがあった直後の昨年10月の時期に、連合として異例ではありましたが、中央執行委員会で政策のパラダイム転換が必要だとして、「歴史の転換点にあたって~『希望の国』日本へ舵を切れ~」というメッセージを発しました。

メッセージの意味するところは、「今回の金融・経済危機は、世界中を混乱と絶望の淵に追い込んだわけですが、その原因はレーガン、サッチャー以来進めてきた新自由主義政策、市場原理主義の政策がもたらした帰結であり、こういった政策軸を変えない限り、今までの政策の延長線上で対策を考えてはいけない。今こそ、政策軸を切り替えるチャンスだ」ということ。今後、いろいろな対策を考える上で政策軸を切り替えることの必要性を訴えたわけです。そして、政策転換するときのキーワードとして連帯・公正・規律・育成・包容の五つをあげました(資料1)。

協力原理の政策を

資料1

これまでのいわゆる新自由主義的な政策は、競争原理に基づいて政策をつくっていく。そして、効率と競争の中で良いものが選ばれていくという考え方だったわけです。もちろん、そういう部分で有効な面もあるのでしょうが、それがあまりにも強く出すぎている。そうではなくて、協力原理による政策が、補完的なものとしてなければいけない。それを一言で示したのが、最初のキーワードの「連帯」です。

働くことのきちんとした評価を

二番目の「公正」は、競争の中で格差を拡大させ、勝った者だけがいい思いをするといった「勝ち組・負け組」をつくっていく政策ではなく、働くことについてのきちんとした評価をするということです。具体的には、最低賃金の引き上げや均等待遇の実現などです。とくに日本では非正規雇用が急増する中で、非正規雇用が企業のコスト削減の手段として使われたために、低賃金でセーフティネットも弱く、そこにいろいろなしわ寄せが出たわけです。こうした点に歯止めをかけて是正をしなければいけない。それが「公正」です。

企業行動に規律を求める

「規律」の必要性は、労働政策に限ったことではありません。今回の金融危機が、限りなき欲望のもとで様々な金融商品がつくられ、それに対する格付けが恣意的に行われ、あたかもそうした金融商品がトリプルAのような優れたものであるかのように見せかけ、世界中にばらまかれたわけです。けれども、実はそんなものではなかったというのが今回の姿です。

そうした限りなき欲望のためにつくられた金融商品、それを放置してきた金融政策。そして、企業行動も短期的利益を追求し、これまで日本が培ってきた雇用の安定や従業員の育成などという部分がおろそかになってきている。このような企業行動に対しても「規律」を求めていきたい、というのが三番目のキーワードの持つ意味です。

育成を政策軸の一つに

そして、「育成」というのは、先ほどの鶴上席研究員の中のキーワードにも出てきましたが、「自己責任」あるいは「自立」という言葉の中で、自分たちの責任で何とかしろという風潮を見直すものです。「employability」という言葉が流行りましたが、「いい会社に雇われたいと思ったら、自分の責任でそれなりの努力をやりなさい」という中に、人を育てること、あるいは積極的雇用政策の中でやらなければいけない能力開発とか訓練といったものも「自己責任」に追いやってしまったところがあるのではないか。また、企業の人事政策の中でも、いわゆる成果主義が前面に出る中で、人を育てるという部分が、企業の中でも弱まっていったのではないか。そういったものをもう一度捉え直して、「育成」を政策の軸の一つに入れるべきだということです。

ハンディある人を包容していく

最後の「包容」は、「inclusion」を日本語訳したものです。これを「包摂」と訳している人がいますが、「包摂」と言ってもなかなかぴんと来ないので、私どもは「包容」と翻訳しました。この反対は「exclusion」で「排除」と呼んでおります。いろいろなハンディのある人たちを、普通の人と一緒に扱えないということで「排除」するのではなく「包容」していく政策軸が必要なわけです。これらを政策転換のキーワードにして、パラダイムシフトをやっていこうと訴えました。

連合が求める三段階の雇用対策

今日のテーマの「雇用対策」については、資料2に示したような三段階のことが必要だと考えています。

資料2

まず、「緊急雇用対策」としてやらなければいけないことがあります。昨年暮れに起こった「派遣切り」や、今春に予定される採用予定者の「内定取り消し」といったことに代表されるような諸問題に対し、すぐ手を打たなければいけないことがいくつかあります。

それから、今後1~2年に実施すべき「雇用対策」があります。これは平成21年度の予算案の中に入っているものもありますが、それでもまだ不十分な部分があると思います。

そして、中長期的に日本社会にとって必要な雇用を生み出していく「雇用創出」という政策が必要だろうと思っています。連合は、それを「日本版グリーン・ニューディール政策」と呼んでいます。

要請したかなりの部分が盛り込まれた緊急雇用対策

まず、「緊急雇用対策」については、昨年11月、連合としても厚生労働省などに政策要請しました。12月には麻生総理に対しても政策要請をしています。

その内容は、就労、住宅、生活支援の問題です。この辺は、小川雇用政策課長が最初に話した中にかなり盛り込まれていて、連合としてはとくに強調したいのは、ハローワークと労働金庫の連携による就職安定資金融資を訴えたことです。これは「こういう危機の中で、労金は普通の金融機関と違うのだから、労金ならではの役割があるはずだ」と労金協会との話の中で、労金としての役割を果たそうということで実現できたものです。ハローワークと連携した資金融資は3,500件ぐらいになっています。

資料3

それから、雇用保険についての加入要件緩和を行うべきだと主張しました。雇用保険法の改正案がまだ国会で審議中ですが、私たちは何としても年度内に成立をさせたいということで、与野党に働きかけを行っています。そして、雇用調整助成金の拡充、採用内定取り消しへの対応、職業訓練の強化といったもののかなりの部分が、政府の雇用対策に盛り込まれたと思っています(資料3)。

「就労・生活支援給付」の創設を

雇用対策については、この先、平成21年度の予算案で出ているものもありますが、まだ不十分なところがあるので、恐らく平成21年度の補正予算の議論がかなり早く出てくると思いますが、そういうものもにらんで、雇用対策としてやらなければいけないことを幾つかあげました(資料4)。

資料4

一つは雇用保険の適用対象のさらなる拡大です。6カ月以上雇用が見込めることというのが今度の改正で成り立つわけですが、それでもまだ不十分なので更なる適用対象の拡大が必要ですし、連合としては第二のセーフティネットも必要だと考えています。具体的には、雇用保険と生活保護の空白を埋めるための再就職が困難な長期失業者等に対する「就労・生活支援給付」です。

これは雇用保険の失業給付期間が切れてしまって、まだ失業している場合に訓練を受けていれば訓練期間中は給付が保障されますが、今後は長期失業者が発生する可能性がかなりあります。加えて、最初から雇用保険が適用されていない人たちもいます。そういう人たちが収入の手段が得られなくなると、現状は生活保護に行くしかない。しかし、これは最後のセーフティネットなのです。だから、その間に生活支援をしながら就労のための訓練を行うといった第二のセーフティネットを制度としてつくっていく必要があると思っています。

雇用を確保する事業再生を

次に、雇用の確保を第一義に考えた事業再生です。今は倒産のリスクも高まっていますが、その倒産リスクに対して、連合はバブル崩壊後の経験から、とくに企業あるいは事業に再生の可能性があるのであれば、そこはできるだけ再生させる。そのことが雇用の維持にもつながっていく。そのために、第三者機関あるいは政府保障なども使ってやっていこうと考えました。一昨年まで産業再生機構がありましたが、あれは時限立法で今はもうありません。しかし、こうした時期に、地域における中堅・中小企業なども含めて事業再生しなければいけないような弱っている企業がかなりあります。そうしたところの事業再生支援を行うべきです。

「ふるさと雇用再生特別交付金」の活用も

それから、小川雇用政策課長の話にもありました「ふるさと雇用再生特別交付金」です。これが実際に使われていくのは今年4月以降です。これは地域の雇用創出として、いい芽を引き出す可能性があると思っています。ここに民間の労使団体も入ることになっていて、日本経団連さんとも相談して、この特別交付金に民間のお金も基金として入れられるようにして欲しいといった要望を、3月3日に共同で行っています。

具体的には、民間のお金を入れることと併せて、民間の知恵を出していきたい。地域ブランド商品の開発とかに、民間の知恵あるいは民間企業が持っているノウハウを使って、地域に安定的な雇用をつくっていこうということです。労使団体の知恵をそこに入れていきたいと思っています。これはまさにこれからですが、地域にいい雇用が生まれる可能性を秘めていると思います。

ワークルールの整備も必要

さらに、かねてから連合が主張していることですが、パートタイム労働の均等待遇、有期労働契約の労働者保護ルールの整備、労働者保護の視点からの労働者派遣法改正といった、いわゆるワークルールの整備についても、これまで課題として捉えられながら前進できなかったところがあります。このなかには、労働者派遣法のように規制緩和路線の中で改正されてきたものもあります。こうしたものを見直していく必要があるのです。

日本版グリーン・ニューディール政策で雇用創出を

そして、「雇用創出」という点では、日本版グリーン・ニューディール政策です(資料5)。この言葉はアメリカのオバマ大統領も、このグリーン・ニューディール政策を掲げたということから注目されるようになりました。最近は、新聞の活字でも目にすることが多くなりました。国際労働組合も、グリーン・ジョブという考え方を主張しておりまして、昨年、新潟で開かれたG8労働大臣会合の議長総括文書の中にも、「我々は、ILOによるこれらの課題への整合的で三者構成の取り組みであるグリーン・ジョブ・イニシアティブによる、興味深く可能性を秘めた取り組みに留意する」といった文言が入っております。「グリーン・ニューディール」は、このグリーン・ジョブを増やしていくために政府が財政支出を伴って実施するものです。

資料5

「日本版グリーン・ニューディール政策」は昨年12月、連合が官邸要請に行ったときに、これをやるべきだということで使った言葉でして、おそらくわが国では、初めて連合が使った言葉だと思います。今では環境省もこういうことを言うようになっていますし、日本経団連もグリーンとは言っていませんが、「日本版ニューディール政策」というものを出しています。

連合が掲げる「180万人雇用創出プラン」

連合が掲げるグリーン・ニューディールとは、再生可能エネルギーとか低炭素化に向けた革新的技術開発、それだけではなく福祉や産業構造の転換、とくに農業分野などにも雇用がシフトしていけるための政策基盤づくり、そして、それに対する予算の重点化も含めた政策のことです。柱は、環境と福祉、そして農水産業の第一次産業の振興などの産業構造改革、そしてこれらに関係するインフラ整備と考えています。

プラン実現で3%弱の失業率の改善効果が

その中味ですが、まず日本を高失業社会にしないために、今後3年間ぐらいで180万の雇用創出を掲げています。粗々の試算ですが、180万人の雇用機会がつくられれば、おおむね3%弱の失業率の改善効果があります(資料6)。

資料6

雇用創出の分野の一つは、医療、介護、福祉分野です。昨年、社会保障国民会議が出した報告書の中にある、医療、介護、福祉分野でどのぐらいの人が必要になるかのシミュレーションに基づき、それを大体3年間で引き直すと86万人ぐらいの雇用創出の必要性があります。実際にこれだけの人が必要になるということですが、もちろん、すぐにできるわけではありませんので、きちんとした訓練システムの中に乗せて資格を取っていくことが必要になると思います。

それから、就労支援・雇用対策として、これは緊急性のあるものですが、指導員あるいは外国人労働者対策、通訳等も含めて16万人。それから、教育分野で教員の増員などでも13万人を見込んでいます(資料7)。

資料7

いわゆるグリーン・エコノミーを推進する再生可能エネルギーあるいは資源供給の分野があります。例えば、太陽光発電を広めるとか蓄電池の開発・普及とか。そうしたもので10万人ぐらいの雇用が見込めます。それから、建築・建設分野では省エネ建築物を広めていくこと、運輸部門は電気自動車のような次世代自動車を開発することと公共交通の機能を高めていくことで10万人ぐらいの雇用になるのではないかと思います。

さらに、持続可能な農業・森林・水産業として、農・畜産業での新規雇用、森林整備事業、水産加工業の振興があります。とくに農業分野は、今までは基本的には自営農家がベースだったのですが、土地を自分で取得し、経営リスクをすべて背負って農業分野に入ろうという人はなかなかいないでしょう。今後は企業あるいは法人が持つノウハウも使って、雇用という形態で働ける農業をつくっていく必要があると思います。

資料8

あとは、持続可能な街づくりを考える際に、やはり必要な公共投資はやる必要があります。例えば、インフラ施設の共同溝化や省エネ型の信号や街灯の設置、あるいは低炭素化に資する快適な移動手段を確立することや、ユニバーサルデザイン、バリアフリー社会にしていくための街づくりのための公共事業は意味があると思います(資料8)。

連合は、こうしたものを通じて、21世紀型の日本社会に必要な雇用を生み出していく必要があると考えております。