基調講演:第18回労働政策フォーラム
未来を拓く雇用戦略 —30代社員が挑戦する仕事の世界—
(2006年7月5日)

開催日: 2006 年 7 月 5 日

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基調講演:個人がかがやく雇用戦略

慶応義塾大学商学部教授・JILPT特別研究員 樋口美雄

私も2年ほどこのプロジェクト研究に参加してきました。今回とりまとめられた報告では、個人の選択肢を増やし、個人が輝くことができる社会を実現するために雇用戦略が必要であり、それには政府だけでなく社会の様々なパートナーが協働して、同じ方向に歩むべきだということが掲げられています。

私の講演タイトルも「個人がかがやく雇用戦略」となっています。ただ、これにサブタイトルを付けるとすれば「私の考える雇用戦略」となります。これからお話しする内容は、あくまで私の見解であることを前もってお断りしておきたいと思います。

これまでも、欧米の先進各国の研究者らと今後の雇用対策・戦略上の問題点について話し合ったことがありますが、その都度、どの国からも共通して挙がった問題点が3点あります。第一は少子高齢化、第二が経済のグローバル化、そして第三が技術変化の加速化です。

第一の少子高齢化ですが、現在、多くの国で、出生率が人口置換水準である 2.07 を下回っています。フランスでは最近 1.65 から 1.93 へと上昇し、米国では2を超えていますが、置換水準を下回っているというのはどの国も共通しているのです。

経済のグローバル化では、従来は貿易による国際化でしたが、今では対外直接投資が活発に行われるなど資本が国境を越える時代になりました。すなわち、企業が国を選ぶことができるようになり、それによって国と従業員の関係に変化が生じてきており、雇用保障の揺らぎなどの問題が生まれています。

技術変化の加速化では、市場のニーズが変化し、企業間の競争だけでなく、同一企業内でも個人間の競争が激化しました。そしていま、技術開発をリードできる人間をいかにつくるかが企業だけでなく国としても大問題になってきているのです。

さて、これらの国々では、三つの問題点を解決するための結論も実は共通しています。それは個々人が意欲をもって、能力を有効に発揮できる社会にしていかなければだめで、このためには「今後は人をつくる経済でなければいけない」ということです。はやりの言葉を使うと、「殻の保護」から「翼の補強」へ。これまではシェルターを強化することで、個人の雇用や所得などを保障してきたのですが、今後は個人の自律を社会が支えるセーフティーネットづくりに力を入れなくてはならないという訳です。もちろん国の事情により、その進め方は異なってくるのですが。

では、多くに限界をもつ個人が能力、意欲を持って働くことができる社会を構築するために、わが国ではどんな施策が必要なのでしょうか。従来は、社会政策を構築する際には「政府」対「個人」の関係しかありませんでした。しかし、今後は、「個人」を真ん中として政府、企業、労働組合、学校、地方自治体、NPOも戦略づくりに参加していくことが必要です。

雇用戦略としての具体策を述べる前に、なぜ雇用対策ではなく、雇用戦略が必要かについて考えてみたいと思います。それは、各参加者の個別の支援では効果が発散してしまう。むしろ目的に即した首尾一貫した個別戦術の統合が必要だということです。わが国の過去の政策を振り返ると、この点が十分に意識されていない面がありました。それを端的に表した一例が、 1986 年前後の政策間の矛盾でした。

当時の労働省では、女性のより積極的な社会参加を目的として男女雇用機会均等法を制定させました。しかしその一方で、大蔵省は税制面で、配偶者控除の上にさらに配偶者特別控除を新設し、一定の所得を超えて働くことにブレーキをかけました。

さらに厚生省でも、年金制度において第3号被保険者制度を新設し、厚生年金加入者の配偶者の場合、一定の年収以下なら、あるいは労働時間以下なら、年金保険料を払わなくても年金権を得られるようにし、同じように一定の年収を超えて働くことにブレーキをかけたのです。

同じ内閣政府だった期間にもかかわらず、このように省庁間でアクセルとブレーキを同時に踏んでいて、果たして政策の目的が達成できるでしょうか。ちなみに現在では、配偶者特別控除は廃止され、第3号被保険者制度についてはそのあり方が議論されているところです。同じ省内でも、縦割り行政が首尾一貫した政策立案の阻害要因になっている可能性があります。だからこそ、これからは政府、企業、地方自治体、NPOなどが連携して、首尾一貫した政策をコーディネートしていく必要があるでしょう。狭い視野でなく、国民の視点で施策をつくらなくてはいけないのです。

それではまず、何を具体的にめざしたらよいのでしょうか。中間目標としては、いくら個人(ミクロ)が大切とはいえ、世界経済、業界、企業など、マクロ・セミマクロと矛盾のないように整合性を図ることです。これがないと、長期持続的に個人は輝けない。具体的な戦略としては、(1) 就業率の上昇、(2) 仕事と生活の両立、(3) 自らのキャリアの形成―という三つを相互に関連させて、推し進めていくかが重要になる。

まずは就業率の上昇ですが、これまでは失業率を下げることに力点が置かれてきました。しかし、失業率は、失業者が求職をあきらめ非労働力化することでも低下します。ただ、非労働力が増えても、とくに人口減少社会では、社会的にも個人的にも何の得にもなりません。大事なのは働いてもらうことで、それには引退すれば社会保障をもらえますよと言うのではなく、高質な雇用機会を用意し、働ける環境、能力を発揮できる環境を整えることがターゲットとなるのです。

第二の仕事と生活の両立支援では、個人の選択肢を増やすことが目標となるでしょう。現状は労働市場の二極分化といわれるように、長時間労働の正規雇用と低賃金不安定な非正規雇用に分断されている。

第三の自らのキャリア形成では、個人で選択できるようにすることがターゲットになります。従来は、企業と個人の関係は、企業が個人に対し「保障」し、「手当」(給料など)する代わりに「拘束」する関係にありました。例えば景気後退で会社業績が低下しても、雇用や一定の給与は保障するが、その生活保障の代償として会社が長時間労働を強いることがあったり、一方的に転勤命令することがあったのです。

ただ、こうした関係も、先ほど述べた環境の変化に対応して自己責任の時代へと変わってきました。給与も業績給のウェートが高まり、能力開発もコア人材については企業が行うが、それ以外の人は自己啓発になってきています。ただ、自己責任の環境が整備できているのかというと、けっしてそうではない。

就業率の上昇で言えば、今までのように政府が公共事業を通じ雇用の受け皿をつくる時代ではない。地域としても雇用創出に向けて何らかの戦略をたてないといけない。また、雇用形態の多様化に対しては均衡処遇が必要になるでしょう。このほかでは、職種別労働市場の形成が必要になるのではないでしょうか。企業を越えて、人材が必要なところに移動して、労働資源の有効活用が可能となる能力発揮のできる市場が必要です。

仕事と生活の両立では、ワーク・ライフ・バランス推進基本法を制定すべきです。これについては社会経済生産性本部の「ワーク・ライフ・バランス研究会」がすでに発表した中間報告を参考にして下さい。労働市場の二極化、所得格差の拡大、少子化の進展もワーク・ライフ・バランスが崩れていることが根っこにあり、ここを変えないと個人は輝けない。小手先だけでは対応できないでしょう。

自らのキャリア形成のためには、まず、個人が仕事を選択する権利を拡大する。それから時間的制約を緩和することが必要でしょう。また、個人が能力を高めたことが評価される企業内、あるいは社会的な仕組みも必要です。自己啓発の必要性が叫ばれていながら - 将来のキャリアとの関係が見えていないために、これを行う人が現実には増えていない。評価の社会的な仕組みをつくる必要がありますし、経済的制約や時間的制約についてもこれを緩めるような支援が必要となる。

そして何といっても重要なのは企業による支援で、個人が輝ける戦略を企業の人事戦略とどう調和させていくかが課題になるでしょう。両者は必ずしも対立概念ではない。とくにすでに述べた三つの具体的目標を達成するうえでは、両者は同じ方向を向いているはずです。これからの若い人にとって魅力のある職場とは何か、個人が輝ける職場とは何かといったことが、競争の激しい、そして変化の激しい人口減少社会においては問われなければならないでしよう。

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