事例報告 富士電機ホールディングス:第17回労働政策フォーラム
65歳雇用延長をいかに実践するか
—改正高年齢者雇用安定法と労使の取り組み—
(2006年3月24日)

開催日:2006 年 3 月24 日 

※無断転載を禁止します(文責:事務局)

配布資料(PDF:78KB)

選択制定年延長制度を大幅見直し

富士電機ホールディングス (HD) は、グループ会社の社員を対象に 01 年に導入した「選択制定年延長制度」を大きく見直し、今年6月から実施する。定年年齢を従業員の判断で 60 ~ 65 歳まで1歳刻みで選べるようにしたほか、給与も 59 歳までは現行水準を維持し、 60 歳以上の延長制度選択者には、賞与の会社に対する貢献度を色濃く反映させることでモチベーションアップを図るなどの変更を施した。同社エグゼクティブオフィサーの黒江義則氏は、現行制度がうまくいかなかった理由を分析したうえで、制度改定に向けたプロセスおよび新制度の方向性を解説した。

現行制度の概要

富士電機 HD は、 01 年から希望者が定年を先延ばしできる「選択制定年延長制度」を他社に先駆けて取り入れていた。この制度を希望すれば、定年退職後の再雇用ではなく、定年年齢を通常の 60 歳から 65 歳に延長できる先進的な試みだった。しかし、実際に運用してみると、希望者が想像以上に少ないという事態に直面する。

「当時、年金の支給開始年齢の先送りが現実化する中で、労組の雇用延長要求が極めて強くなってきた。何らかの形で実施せざるを得ないが、単に延長するのでは経営が持たない。このため、関連する諸制度のいくつかを改定し、全体をセットにして総合的に見直した。負担増はできるだけ低減して、年金基金財政の健全化に向けた改定にも資するような検討をした」。

こうして誕生した定年延長制度は、 (1) 55 歳時点で面談を通じて定年延長するか 60 歳で退職するかを本人が選択する  (2) 定年延長を選択すると、 56 歳から年収が 15% カットになる  (3) さらに、 60 歳を迎えると、 55 歳時に比べ、 40 ~ 50% 程度のカットをする―というもの。つまり、 56 歳時点で一度ダウンし、 60 歳でさらにもう一度ダウンすることになる。

あわせて、退職金の約3割を占めていた定年加算金を廃止して、賞与時に分割払いで前倒し支給することとした。 60 歳以降になれば、これに在職老齢年金や高齢者継続雇用給付金といった公的給付が本人所得として加わってくるので、年収ベースでは 65 歳以降の年金生活に向けて緩やかに減少して、ソフトランディングしていくよう設計した。この他、企業年金制度の予定利率も弓き下げ、国の年金同様、支給開始年齢を段階的に繰り延べる仕組みも導入している。

公約給付のレベルダウンが誤算

ところが、その後、高年齢雇用継続給付の引き下げなど公的給付に関わる法制度の見直しや、厚生年金代行部分の返上により在職老齢年金が大幅に支給停止になるなど、「制度導入時に想定していた公的給付のレベルがダウンして、定年延長制度の魅力がどんどん薄くなってしまった」。このため、すでに定年延長を選択していた人に対し、国の制度改定を踏まえたうえで改めて選択し直してもらうことを余儀なくされた。その結果を如実に表しているのが図1。トータルで選択率をみると、当初は2割を切る水準だったが、最終的に1割を切るレベルにまで落ち込んでいる。

図1 定年延長選択率の推移

高齢層の人材確保が喫緊の課題に

とはいえ、富士電機 HD もご多聞に漏れず、団塊の世代の大量退職という問題をかかえている。同社グループの人員構成をみれば、ここ4、5年は 60 歳を迎える人が 500 ~ 600 人前後の状態になっていることがわかる ( 図2 ) 。

図2 富士電機グループの年齢・性別・職別労務構成(平成17年)

4月に施行された改正高年齢者雇用安定法への対応以前に、「熟練労働者とか、お客さんと確かな関係を築いている営業の人たちが一挙にいなくなってしまう。この人たちにもうしばらく頑張ってもらい、後につなげていかないと、会社は運営できないのではないか」との危機感が強まった。そこで、昨春以降、使い勝手のいい魅力ある制度に見直す方向で検討することになった 。

従業員アンケートで課題が噴出

検討プロジェクトチームは、まず現行制度について従業員 ( 退職者を含む 3,500 人 ) と管理者 ( 200人) を対象にアンケート・ヒアリング調査を実施。その結果から、定年延長選択者に対する 56 歳からの賃金の減額措置や選択時期 ( 55歳時点 ) が早すぎること、 60 歳以後の処遇が一律的で会社に貢献しても賃金に反映されないことなどへの不満が、制度の促進を妨げていることが浮き彫りになった。また、「この間、リストラを余儀なくされた時期があったことも事実であり、職場に高齢者を活用しようという雰囲気が、まだまだ薄いと感じている人が結構いた」ことも明らかになった。

働く人の思いに応える制度に

こうした従業員の意見を踏まえ、働く人の事情に合わせた柔軟な仕組みにすることで定年延長制度の活用を促し、人材確保や技術・技能を伝承しやすくする新たな方向を打ち出すことになる。では、新制度は従業員の思いをどのように受けとめたのだろう。

まず、従業員が定年延長制度の利用を決める時期を、「 55 歳の時に、 65 歳まで働くかどうかは、なかなか踏ん切りがつかないので、現行の 55 歳到達時から 57 歳へ2年先延ばしする。また、 59 歳になった時点で定年を延長するか最終確認の機会もつくる」。定年年齢も「 60 歳以上 ( 65歳までの間 ) であれば、どこを選択してもよい」とした。

56 歳からカット措置のあった給与水準も「非常に抵抗感が強く、そのことが 2007 年問題に決定的な影響を与えるのであれば、ここでコスト増になっても踏み切るべしと考え」、定年延長を選んだ従業員について 60 歳までは賃金を減額せず、定年延長を利用して 60 歳を超えて勤務する人は賞与の実績反映部分を大きくすることで、仕事の貢献度が反映されやすくした。

勤務形態に関しても、これまでは通常業務のみだったが、働きやすさに配慮して、短時間勤務や小日数勤務コースのオプションも設ける。これら改訂内容は、労組も機関確認を済ませており、6月1日から実施する予定だ ( 図3 ) 。

図3 制度の改訂(2006年6月1日)

高齢者活用の意識を醸成

一方、幹部職員 ( 管理職) 層に対しては、現在、定年延長、再雇用、早期退職の3コースを設定。本人の意思より会社の方針で最終決定している。これを一般の従業員同様、本人の希望を優先させる形に切り替える。ただし、希望者全員ではなく、 (1) 働く意欲 (2) 健康状態  (3) 業務成果・経験 (4) 勤務態度―の判定項目を用意し、「普通以上の成果で通常の健康状態であれば、希望すれば該当する」ようにした。

富士電機 HD は、定年延長制度を先駆的に導入したが、当初の狙い通りの成果は得られなかった。だが、一早く取り入れたことで、制度の見直しも早く行えた。今後、定年延長制度を利用しやすくすることで、高齢者を活用しようとする雰囲気を醸成し、同時に若い世代にも魅力を感じてもらい、少子化時代の人材確保に役立てたい考えだ。

( 調査部 新井栄三 )

『ビジネス・レーバー・トレンド 2006 年 5 月号』の本文から転載しました

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