事例報告 東京海上日動 あんしん生命保険:第16回労働政策フォーラム
仕事と生活 —企業における両立支援と女性の活用—
(2006年3月8日)

開催日:2006 年 3 月 8 日

※無断転載を禁止します(文責:事務局)

配布資料

短時間勤務の「ライフバランス社員制度」を導入

ミレアグループの東京海上日動あんしん生命保険は、2002 年4月から育児や介護など家庭の事情を抱える社員を支援する「ライフバランス社員制度」を導入した。同制度は「労働時間と仕事量を2分の1にするかわりに、賃金も半分にする」短時間勤務制度。フォーラムでは、制度の発案者でもある二村紀久江・人事総務部人事グルーブ課長代理が制度の詳細を解説した。

実用面とのメリットを考慮

東京海上日動あんしん生命保険は、96 年 10 月に創業した若い会社で、出向者を除く社員は 30 代の一般職女性が多くを占める。単純化できる事務は外注化するか派遣社員に任せ、正規社員は税務や法務、医学的な知識など多様な知識を駆使して保険契約の引受・維持管理業務を行っている。このため、貴重な戦力である社員から、いかに能力を引き出していくかが人事戦略の柱であり、選択と自己責任に基づく成果・実力主義の下、『仕事は厳しくありつつも、家族には優しい会社でありたい」とさまざまな法定外のファミリー・フレンドリー施策を設けてきた」 ( 図 1) 。ライフバランス社員制度もその一環で、  (1) 実際に利用してもらえる  (2) 労使双方にメリットがある―という観点から制度を追求した結果、「労働時間、業務分担、賃金何でも2分の1という思い切った制度に辿り着いた」という。

図1 あんしん生命の人事政策

労働時間を大胆に半減

同制度の具体的な中身はこうだ。対象は勤続3年以上の社員で、育児(末子の就学前まで ) および介護目的で取得できる。勤続年数を3年以上と区切ったのは、「 0.5人前の業務をこなすのは一人前の社員でなければできないが、それには勤続3年以上はかかるとみている」からだ。

対象者の所定労働時間は 10 時~3時のお昼休み1時間を除く実働4時間。労働時間を半減させることで、対象者がメリットを実感できるようにした。

「朝夕にちょっとした時間をつくることで、家事や子供とのコミュニケーションの時間ができる。保育園も延長保育のお迎えにぎりぎりセーフの時間帯より、担任の保母さんや地域の父母とのコミュニケーションがとりやすくなる。こうしたなかで、育児の悩みも解消されていく」。

とはいえ、一般社員は9時~5時の実働7時間だから、1日単位でみれば労働時間は2分の1を超えてしまう。そこで「指定休日制度」を設定。月の労働日が 17 日を超えた日数分、有給休暇とは別に指定休日を取得できるようにした。さらに、17 時までの限定だが、育児に支障のない範囲で時間外労働をも命ずることもできる。

労使双方にメリット

この「指定休日制度」は労使双方にとってみえない効果が隠されている。育児をしている社員は、「土日は夫や子供が家にいるし、溜まった1週間分の家事もこなさなければならない。地域活動や保育園の父母会などもあって、実はウィークデーより忙しい。でも、平日に休める制度があれば、自分だけの時間が持ててリフレッシュできる」。一方、会社にとっても「対象者には会社が比較的余裕のある時期に指定休日をとって 10 時~ 3時で働いてもらい、ピーク時に指定休日を合わせることは避けてもらい、9時~5時までの間なら残業も可能なので、代替要員と合わせて一人分以上の労働力になる」ため、業務の繁閑に活用できることになる。

給与と業務も2分の1に

また、賃金も半分にすることで、ライフバランス社員を二人合わせて一人分の業務と賃金になるよう設定した。制度だけ整えて利用が難しくならないようにするための配慮だ。「 ( 休む部分は ) ノーワーク・ノーペイ。労働者が最大の権利である賃金を半分放棄しているわけだから、会社はその分でもう一人雇えばいい。対象者には恩恵ではなく権利として制度を利用してもらいたかった」。

そして代替要員は、会社が責任を持って手配することを義務化している。「急な休みが頻発する人には責任ある仕事が任せられない。しかし、小さい子を育てていると保育園からの呼び出しの電話などは日常茶飯で、これをどう乗り切っていくかが最大の課題になってくる。そこで、要員配置上、二人配置をしっかりすることで、リスクの軽減を図れるようにした」。

働き続けたい気持ちを受け入れる制度に

さらに、働き続けたいとの本人の気持ちを十分、汲み取れるような制度設計を施した。「子育ては専業主婦でも大変なのだから、例え短時間勤務でも長丁場で育児と仕事を両立するのは大変なこと。それでも「キャリアを失いたくない』とか『自己実現を図りたい』という希望を持っている社員が非常に多い」。やりがいを感じられる仕事を与え、成果を正当に評価する必要があると考えたわけだ。

ホワイトカラーにとってやりがいの感じられる仕事とは何か。二村氏は、「何時になったら終わりますという仕事ではなく、これをやり遂げたら終わりますという仕事だ」との認識から、「そう考えるとトラブルが生じたり突発案件が起きたりすることを全部カバーして、ある程度責任を果たして帰るためには、時間的な余裕も必要になってくる」と思った。そこで、ライフバランス社員には、17 時までの限定で残業ができるようになっている。

利用する人にもしない人にも公平に

では、正当な評価とはどうすべきものなのか。「やりがいのある仕事を頑張って成果を出せば、当然、正当に評価されたい。短時間勤務者だからといって、与えられた仕事をしっかりやっているのに低い評価しかもらえなければ、ちょっとどうなのかと思ってしまうだろう。かといって、短時間勤務者がいい評価を得て、どんどん昇給していったらどうか ? この制度は末子が未就学まで利用可能なので、今後は 10 年利用することも珍しくなくなる。仮に 10 年間フルタイムで働いた社員と、10 年間短時間勤務者だった社員が同じ昇給だったら、フルタイム勤務者は納得できないだろう」。

育児をしている社員としていない社員双方が公平だと思える制度をつくらなければ、歪みが生じてくるとの懸念を払拭できない。検討を重ねた結果、「短時間勤務者とフルタイムの人を同じ土俵で評価するのはおかしい」となり、昇給幅を一般社員とライフバランス社員の2種類に分ける結論に行き着いた。

昇給スピードも半分に

同社の一般社員の給与テーブルは4つのゾーンに分かれており、下位ゾーンほど昇給しやすくなっている。例えば標準評価を取った場合、 i ゾーンにいるときには2段階昇給するが、ⅱゾーンになると1段階、ⅲゾーンでは現状維持になる。標準より低い評価だと、 i ゾーンでは一つ昇給するがⅱゾーンで現状維持になる仕組み。徐々に実力相応の水準に当てはまる昇給システムになっている。

これに対し、ライフバランス社員には、昇給幅を4分の1に細分化することで2倍の昇給ランク数を設けた新たなテーブルをつくった。これを実際に運用すると昇給スピードは2分の1となり、例えば6年間ライフバランス社員を利用して一般社員に戻ると、同評価を取っている同期より3年分、昇給が遅れることになる ( 図2) 。

東京あんしん生命 図2働き続けたいという気持ちを受け入れる人事制度

優秀な人材の確保にもつながる

ちなみに、同制度は優秀な社員の確保といった副産物も生み出している。

「 ( 新規学卒者らに ) 働きがいがあり、社員のことを考えてくれる会社だと思ってもらえるので学生からの人気も上昇しているし、『周囲に迷惑をかけたくない」といって辞めていく社員を引き留められるようにもなった。このタイプは責任感が強く、貴重で優秀な戦力なので、引き留めることが優秀な社員の確保につながっている」。

前述のとおり、同制度は実施間もないことから、「まだライフバランス社員の対象者は数名に過ぎない」。今後、制度の利用者が増えてきたときには、その運用状況にさらに注目が集まるだろう。

(調査部 新井栄三)

『ビジネス・レーバー・トレンド 2006 年 5 月号』の本文から転載しました