パネルディスカッション:第13回労働政策フォーラム
新しい労働契約法制を考える
(2005年7月22日)

開催日:平成 17 年 7 月22日

※無断転載を禁止します(文責:事務局)

配付資料

パネルディスカッション  「今後の労働契約法制に期待すること 」

パネルディスカッション出席者

労働契約法制の必要性について

【土田】 最初に労働契約法制や研究会の中間取りまとめに対するご意見をいただきたいと思います。草野さんと小島さんには、労使の基本的な意見を述べいただき、それを受けて、若林さんと研究会メンバーである荒木先生からもコメントをちょうだいします。

【草野】 4年前の 2001 年の連合大会で、労働契約法案要綱の骨子を確認しました。連合の基本スタンスは、労働契約法が今の時代に必要だということです。その背景には、一つには、パートタイマー、派遣労働者、契約社員等々いわゆる非典型労働者が非常に増えてきていることがあります。パートタイマーで 1260 万人、非典型全体では 1500 万人を超える状況に至っている現実をまず認識しなければならない。同時に、これは組合の力量の問題ですけれども、労働組合の組織率が年々低下し、その低下傾向に歯止めがかかっていません。昨年末に発表されて数字は 19.2 %。5人に1人しか組合員でないことになりますが、法人数でみると、この比率は、ほんの数%になるわけで、中小零細では無組合が圧倒的多数である現実を考えていかなければならない。こうした現実を踏まえると、労働契約法制研究会の中間取りまとめは、非常に大きな問題点があると思っております。

1つは、労使委員会の問題。これで労使対等の担保ができるのかが、非常に大きな問題点としてある。それから、雇用継続型の契約変更制度ですが、中身について、まだ不透明な部分が大変多い。3点目は、解雇の問題で、中小企業の経営者の大半の方は、整理解雇4要件の裁判例を全く知らない現実がある。こういう中で、解雇の金銭解決を認めるのは、極めて重要な問題をはらんでいると思っています。最後は、労働時間の問題で、これが労働契約法制の範囲に入るのかどうか。ホワイトカラーイグゼンプションの是非もありますが、労働契約法の範疇ではないと認識しています。

整理解雇の4要件 

経営上の必要性から、部門や工場の縮小・閉鎖・廃止を行い、そのために当該部門・事業場に配置されていた労働者を解雇することを整理解雇という。一般に、会社が労働者を解雇する時には正当な理由が必要とされているが、整理解雇の場合、この「正当な理由」について、これまでの判例では、(1) 人員整理の必要性 (2) 解雇回避の努力 (3) 整理手続の適法性(4)整理対象者選定の合理性――の4要件を満たすことが条件になるという判断が一般的になっている。

【小島】 私どもは、労働契約法制がほんとうに必要なものなのか、頭の整理ができていません。経営者の多くは、法規制が、次から次に出てくるので、もう辟易している。それなのに、また新しい法律が出てきて、新しい規制ができることを非常に心配している。それから、多様化、個別化が急速に進んでいるというのは、そのとおりですが、何か新しい規制をつくると、途端に多様化や個別化がなくなり、集団化の方向へ逆戻りすることになる。だから、規制をつくることについては慎重でなければいけない。

日本の場合、なぜか労働者や労働力というものが過小評価されている。アメリカをはじめ、多くの国ではいまやタレント戦争といわれるくらい実は労働者の力が使用者の力を上回っている。このため、契約上の問題がいろいろ出てきているわけです。もし労働契約法が、こうした問題を吸収できるならば、時宜にかなったものになる。しかし、今までの集団的な管理で十分賄える領域について、難しい契約法制が議論されているのではないかという疑問を持っています。

【若林】 今回の労働契約法制について、歴史の曲がり角にたっている立法なのだろうと思っております。司法制度改革審議会をフォローしてきましたが、審議会の意見書で、日本の社会は、いまだ法の支配する社会ではないという情勢認識、時代認識をしています。もう一つは、一人一人の個人が統治の客体意識を持っている。つまり、みずからが主人公として、個人として自律していないと認識しているわけです。

司法制度改革は、透明で公正なルールの通用する社会にしよう、あるいは個人が自律した統治の主体になるような社会をつくろうというのが根本思想にあるわけです。

そうした視点から労働分野をみますと、今の労働の現場はおそらく、様々な分野の中で、最も違法行為が跋扈している世界ではないかと見ざるを得ない。大企業でも、サービス残業はいくらでも行われていますし、中小零細企業では言うに及ばない状況だと思います。そうした中で、労働契約の基本ルールをつくることがいかなる意味を持つのかということですが、自律した個人、統治の主体になれるような個人が、契約という法律上の行為をきちっと自覚して、責任を持って契約を結べる社会を目指していこうというのが、司法制度改革的な視点から見た今回の立法の意義ではないでしょうか。その意味で、この法律ができると、契約自由の原則の中で、雇われるときも自分が責任を持って契約を結ぶ意識・自覚は高まるでしょうし、雇う側も意識や自覚が高まるといった、意識改革を促すことになると思います。

ただ、これは制度のつくり方一つによって、ぶれがでてくる二面性もあります。例えば、労使委員会は、つくり方によっては、労働条件の切り捨てが好き勝手にできるような制度になるかもしれないし、逆に柔軟性のない非常に硬直的な制度になるかもしれません。新しいルールをつくることが、どのような効果を生んでいくのかをきちっと見定めていく必要があると思います。

【荒木】 中間取りまとめで重視したのは、働き方、企業のあり方が今大きく変わっているという認識です。企業コミュニティによる処理が妥当した時代が長く続いた。長期雇用システムのもと、労働者の長期的な利益に配慮した対処が行われてきた。ところが、コーポレートガバナンスの大きな変化などがあり、自分たちの契約関係、権利義務関係を明確化して、透明なルールに従って紛争を処理する必要性が高まっていると認識しています。

研究会が提案しているのは、多様化、個別化した労働者にも妥当するような規制のあり方として、労働基準法的な罰則つきの強行規定のみで規律するのではなく、規範のあり方を多様なものにしようということです。

労使の交渉力の違いはありますから、強行規定は必要ですけれども、契約の権利義務関係がはっきりしていないために紛争が生ずる場合、当事者が何も決めなければこういうルールになりますよ、もしそのルールが当事者間で妥当でない場合には、当事者間で別のルールをつくってくださいといった任意規定もあり得るとしています。強行規定でも、労使委員会や過半数組合などが合意すれば、異なる定めをすることもできる。そういう多様な規範のあり方の検討を提言しているのが一つのポイントです。雇用契約関係に法の支配を導入し、透明なルールで雇用関係を規律していこうというのが契約法を提言している基本的な立場だと考えています。

規制や規範のありかたについて

【土田】 ディスカッションの第1の柱である労働契約法制の規制とか規範、ルールのあり方に絞って議論をしていただきたいと思います。若干コメントしますと、中間取りまとめは、従来の労働基準法的手法ではなく、民事法のルールを設けていくなかで、契約ルールを明確化するために、基本的な事項を立法化し、労働条件の対等な決定、自主的な決定を重視することから、任意規定、手続規定も組み合わせていこうという内容になっています。基本的な事項に強行規定を設ける例としては、在籍出向について、明示の根拠を必要とする。あるいは、安全配慮義務、個人情報保護義務といった基本的な権利義務については、一定の基本的規定を設けていこうということです。一方で、多様化、個別化に対応して、任意規定あるいは推定規定という考え方も打ち出しています。推定規定というのは、就業規則による労働条件の変更に関して、変更が合理的であればその就業規則によるという意思を、反証があれば覆すことができるといった推定規定を設けるのが一つの例です。

実体規定と手続規定

実体規定は、権利・義務の内容について定める規定。例えば、労基法第18条の2の「合理的な理由のない解雇は無効」といった規定。手続規定とは権利・義務関係を変更しようとするときの手続の要件を定める規定。例えば労働基準法第36条の時間外労働協定の締結と届け出の規定など。

あるいは、整理解雇の効力に関する考慮要素を規定する。これは、基本的なルールでもありますが、同時に少し柔らかなルールを考えているわけです。

さらに、手続的な規定も提案していて、配転、人事異動に関する明示義務、競業守秘義務に関する明示義務、あるいは懲戒処分の通知義務といった広い意味での手続的規定をあげています。さらに、個別的な手続とは別に、集団的な手続として常設の労使委員会制度を提案しています。こうした幾つかの規制の組み合わせを考えているわけですが、労働契約法の制度設計、規制手法のあり方、特に大きなポイントである労使委員会制度についてご意見をいただきたいと思います。

任意規定・強行規定・推定規定

任意規定は、当事者の合意によって排除できる法律の規定であるのに対し、強行規定は、当事者の合意があったとしても、排除できない法律の規定である。

推定規定とはある事実又は法律関係が明瞭でない場合に、法が一定の状態であるとして下す判断。推定したものについて、当事者間に別段の取り決めや反証がある場合は、推定規定の効力は生じない。

【鴨田】 民事法、民事法と簡単にいますが、どのぐらいの方に理解いただいているのか疑問です。ある有力な労働組合の幹部が、中間取りまとめについて、「労働法の体裁すら放棄している。罰則も担保の履行も何もないじゃないか、ふざけるな」という論稿を発表しています。労働組合の側からしますと、今まで争うときの根拠になるものは労働基準法しかなかった。そして、何かあれば基準監督署に行く。そういう中で、いきなり民事法と言われても、何のことだろうということになる。これはやむを得ないと思います。民事法とは何か、なぜ必要なのかを十分に理解したうえで、その適用を受ける労働者がなるほどと納得した上で法律化していただきたいというのが前提です。労働者といっても、経営者に近い人や、裁量性を持っているエグゼクティブというような人から、最低賃金ぎりぎりで働くような人、さらには、請負との形式で労働法の保護の埒外に放り出されている人など、いろんなタイプの人たちいる。そういう中で、労働契約法として焦点を当てるべき人たちは、労働法の世界に今まで触れていない労使の人たちだろうと思います。労組組織率は全体で 19.2 %ですが、官公労を除く民間では 16.8 %です。民間労働者は約 4800 万人で、うち 2550 万人は 300 人以下の企業に勤めており、ここでの組織率は 1.2 %です。要するに、ここの人たちは、組合はおろか、労働基準法ましてや労働判例から無縁の世界で生きている。こういう人たちに雇用における基本的なルールを示すのが労働契約法だと思います。こうした人々を対象にするならば、労働契約法の中身は強行法規以外、考えられない。就業規則で同じ項目について決まっていれば、就業規則を優先させるのが任意規定です。労働法に無縁なところで、任意規定としての契約法をつくっても、役に立たないので、原則として強行法規でなければならないと考えています。

もう一つ論点になっている労使委員会ですが、何とか労使対等に近づけたい、そのための担保の手続が欲しい、という気持ちはわかる。しかし、それならば、少なくとも使用者側から完全に独立した労働者側の機関がないと、到底対等には近づかない。組合があっても対等と言えるかどうか分からないのが現状です。仮に私どもが望む労働者代表制度ができたとしても、スト権はない。どの程度の権限を持たせるかを考える前に、使用者側と対抗できる、民主的で、それなりの便宜が与えられた組織にしていただきたい。それなしに、労使協定ないしは労使委員会の決議に何がしかの効力を与える議論は、まだ早過ぎるのではないのか。

労働契約法は来年から施行される労働審判制度を適正に運用していくためにも、ぜひとも必要な法律です。審判員の皆さんは、六法全書を見たって、根拠になる実定法が何にもない中で、審判せざるを得ない。そうなると、ある程度、抽象的な文言でも、判断の基準になる実定法がぜひとも必要です。

様々に議論の分かれる部分はとりあえず棚上げして、現行の判例法理だけでも契約法としてスタートさせるのも一つの考え方かもしれません。

【中町】 中間取りまとめに関して2点は、基本的に評価できます。1つは、労働契約法制が、罰則の適用のある労働基準法とはまったく別の民法の特別法と位置づけたところです。労働基準法は最低限の労働条件を定める法律ですが、基本的な賃金や労働時間については、既に十分な保護がなされている。それ以外に罰則が適用になる法律をつくって、雇用社会のルールが、行政庁(労基署)という画一的で、時代に即応して柔軟に対応しにくいところでコントロールされるのは、不健全で不透明になると思います。また、悪質な場合は、起訴されて、刑事裁判官という、雇用社会とあまり縁がない方々が解釈適用について重要な決定を下す。こういうシステムに乗せるのは、実務的に見ても不適当だと思います。

だから、民法の特別法という形で、労働審判という労働関係に通じた労使の審判員を擁する新しいシステムの中で、具体的な解釈適用が取り扱われる。さらに、長年にわたって、社会情勢を取り入れて、巧みな判例法理を形成してきた民事裁判のなかで具体的な事実を当事者である使用者と労働者が出しあったうえで判断いただく。こういうシステムの中で、労働契約法の具体的な解釈適用という問題が最終決着されるべきでしょう。この意味で、罰則適用のルールをとらなかったのは極めて結構なことだと思います。

もう1点は、判例法理で既に確立したものについて、それを具体的に、法的安定性とか予測可能性の点から明文化するのは、その範囲であれば、異存のないところです。ただし、使用者側の観点から見ると、手続的な規制が非常に多い。書面の交付が一つの努力目標にとどまればいいのですが、交付しなかったことによる、一定のペナルティーが随所に見られる。そこは慎重な検討を要するところです。

例をあげます。期間の定めのある契約をする場合、当事者に合意があったとしても、文書で期間の定めについて交付することを使用者側がうっかり忘れると、期間の定めがない扱いになる。例えば3カ月のアルバイト契約で、本人も納得していても、終身雇用の義務を負うことになる。これでは使用者側にとってあまりに重いサンクションになる。手続的なルールの瑕疵がどういう形で法的効果を生むかについては、慎重に検討する必要がある。瑕疵があっても、例えば労基法 14 条の最長期間の3年を主張することができる、といった程度のサンクションにしてもらわないと、手続の瑕疵が重大な効果を生み過ぎることになると言えます。大企業の場合、法律の施行があれば、そういった文書交付などの対応は可能のでしょうが、中小企業が、法律の知識もなく、書面をうっかり忘れるのは、ありがちな話です。使用者側から見ると非常に問題だと思います。

【土田】 鴨田さんから労使委員会についてご発言がありましたけれども、いかがでしょうか。

【中町】 労働者側を代表する者の意見を反映して、労使の自主的な決定を促進する観点から、労働者側の代表とのコミュニケーションを図った上で労働問題を解決するシステムを取り入れること自体は、異論のないところかもしれません。ただ、それを具体的な法律効果の要件にするのかといった点については、さらに慎重に検討する必要があります。例えば就業規則の変更とか懲戒手続のような慎重な手続が必要な場合は、あるいは要件とすることもあり得るのかもしれませんが、例えば配転手続など、迅速性や緊急性の要請から、時間的余裕がないときにまで、労使委員会を全部かませることは、現実問題としても不可能でしょう。それから、懲戒手続を審議する場合、違法行為をやった社員が、2週間前に退職届を出してしまえば、結論が出る前にやめてしまうことができるといった問題もある。ですから、審議中は退職できないようにする手当をしないと、全体としてバランスを欠くシステムになるのではないか。それから、労使委員会が要件ないし一つの要素となり、すべて労働契約法上の効果について何らかの影響を与えることになると、裁判での争点が無限に広がる恐れがある。審議の手続き、上程された情報、あるいは決議の方法、すべてが争点になって、非常に複雑になることも考えられます。透明ですっきりしたルールをつくったはずが、いたずらな争点まで持ち込むようなことになっては本末転倒なので、その辺の配慮も必要になるのではないかと思います。

【荒木】 鴨田さんから、罰則つきの強行規定がなければ労働法に値しないのではないかという問題提起がありました。これまで伝統的な労働法は確かにそうだったかもしれない。しかし、罰則のない男女雇用機会均等法のような新しい労働法や、労働契約承継法のように行政監督や指導のない純然たる民事法もできてきた。このように労働法は、随分姿を変えつつあります。もともとの労働法は、罰則、行政監督つきの強行規定で最低労働基準を定めるものでした。その上でどういった労働条件を設定するかは、労働組合を法で認めて、団体交渉で設定しなさいということでした。これでうまくいくのがもともとの労働法の描いた世界だった。ところが、それがうまくいかなくなってきた。労働関係紛争の多くは、労働基準法の最低基準とは関係のないところで不利益変更したとか、配転や出向を命じたという紛争で、最低労働基準とは異なる紛争です。それについてたくさんの判例が積み重なって、判例法というルールができていった。これは、個別の紛争について裁判官が判断しようという民事的なルールで、そもそも罰則をつけるのはなじまないルールでした。鴨田さんがおっしゃったように、とりあえずは確立したルールを法律で明文化して、労働関係を規律するルールの透明性を図るところから出発するのは、アプローチとしては妥当という気がします。強行規定でアプローチする重要性のある事項も多いのですけれども、そのほかにも単に口頭ではなくて、労働条件をきちんと文書化して示して、労使当事者間で契約関係をきちんと明確に認識していただく。これによって、多くの紛争が解決することもあると思います。意思の合致が必ずしもなされてないところから紛争は生じます。きちんと手続的な規制を課した上で、当事者間で納得していただきたいというアプローチも提案している。労働契約関係を規律するアプローチとしては、こうしたアプローチもあり得ると考えています。

先ほど、伝統的な労働法は、最低基準を上回る部分は、労働組合が団体交渉で労働条件を設定するモデルと言いましたが、組織率は 20 %を切り、 99 人以下の企業では組織率 1.2 %という状況です。そういう中で、個人が使用者と自由に契約してくださいというだけでは、問題がある。そこで、使用者と労働者の交渉力の格差を補完するものとして、労使委員会を提案しています。構成員の半数以上が労働者代表からなる委員会を常設的な機関として設置すると、労使紛争処理基準についてのノウハウが積み重なります。そういう機関を設けて、個人が一人で使用者と対立したとき、より合理的な対等化に近づけために、労使委員会の活用を提案しているところです。

【若林】 民事法として制度設計するのは、今の時代の流れとして、方向は間違いではないと思います。ただ、今回の案で一つ欠けているのは、将来の日本の雇用社会をどういった社会にするのかという将来ビジョンが見えてきてない点です。これまでは、日本的な長期雇用システムを守るために、民法、労基法という法体系の上に判例という知恵を使ってきたと思います。しかし、長期雇用をある程度、前提にしつつも、様々なことが流動化している時代に、日本的な雇用社会の将来ビジョンがなければならないと思いますが、それが見えてこない。

それを考える上での一つの重要な視点は、今、職場で広がっている格差の問題をどう考えるかです。正社員と非典型雇用の間の格差は、明らかに差別に近いものではないかと思います。これを容認しながら、雇用関係を考えるのか、そうではない新しい雇用関係を展望するのかといったビジョンを整理しておかないと、契約法制に何を盛り込むべきかのということでつまずく可能性がある。ただ、ルールをきちっと規範として明確にするために、労基法すら知らないような経営者や労働者も数多くいるなかにあっては、わかりやすいルールをつくることが非常に重要だろうと思います。

労使委員会について、先ほど二面性があると申し上げましたけれども、これが機能するためには、専任の手続から始まり、委員の活動を保障できる仕組みをつくっていかないと、単なるお飾りになってしまう気がします。それから、労働組合に組織されていない労働者がどんどん増えてきていて、そうした人たちの利害は、ひょっとすると、正社員の利害と一致しないかもしれないわけです。そうした人たちの利害を労使委員会の中に反映させる仕組みをつくる必要があるかもしれない。8割の人しか労働組合に入っていなかったとしたら、あと2割の人を代表するような人を労使委員会に入れていく仕組みも当然考えていかなければならない。その辺が抜けているのかなという気がしました。

労使委員会の設置について

【土田】 労使委員会の設置については、それなりに求められているという点では、意見の違いはなかったようにも思いますが、実際に企業と労働の現場にいる2人に意見をうかがいたいと思います。

【草野】 中間取りまとめは、本来ならば論点整理で、例えばA案、B案という形で提示され、パブリックコメントを求めるというのか本来の筋だと思いますが、かなり踏み込んでいる。労働契約法の必要性は強調しましたが、だからといって、中間取りまとめの方向でいいかというと、このままでは、反対しなければならないということだけ、誤解のないように申し上げておきたいと思います。

それから、背景にある雇用の多様化ですが、これは働く人たちが自ら選択してパート、派遣労働者、契約社員になったならば、それでいいと思いますが、結果として、強いられた多様化という現実がある。しかも、若林さんが指摘した、極めて大きな賃金・労働条件の格差がある。この問題をどうしていくかという点も、頭に入れておく必要がある。

労使委員会の問題ですけれども、労働組合としては、「おまえ、それでいいのか」と言われると、実は、じくじたるものはある。本来ならば労働組合をつくらなければならないわけですが、なかなかそうはいかない。じゃあ、私たちが主張するような民主的手続によって選ばれて、しかも権利や、活動も担保されるような状況になったら、労働組合は要らなくなるのではないか。こうした面も出てくるので、大変頭が痛い。しかし、現実を考えると、圧倒的多数の労働者の権利を守っていく意味では、民主的な選定基準とか、権利や活動の担保をしっかりしたものにしなければ、機能しないのではないだろうかと思います。

【小島】 労使委員会については、よくわからないというのが率直な答えです。実は、学者の先生方が考えるほど、従業員代表制や労使委員会について、一般従業員は拍手喝采をしているわけではない。多くの無組合の会社で、法律に決められているから仕方なしに従業員代表を選ぶ時、代表になってもらうために大変な苦労をしなければならない状況があるわけで、これができたから本当にうまくいくのかも疑問です。

また、労働組合が存在するときの労使委員会はどういう役割を果たすのか、少数組合や複数組合がある場合の労使委員会など、いろいろ複雑な問題が出てくる。仮にこういうものが必要だとしても、十分な検討が要求される。だから義務づけるのではなく、あった方が労使とも得する委員会なので、つくりましょうやという方向に持っていくことが重要なのではないでしょうか。

それから、先ほど来、刑事と民事の話が出ているわけですけれども、戦後 60 年もたって、当時罰則を持って強制しなければならなかったことが、今なお必要があるのか。これを根本的に検討したうえで、労働契約法制ができていくというのが筋道だろうと思います。しかし、そこにはタッチしないか、入れたいものだけを労働契約法制に移している。労働契約法制が先にあるというところが、よくわからない。

契約というのは、要式行為を要請されている場合は別ですが、口頭であっても、当然有効です。立証が難しいけれども、当事者間に何の争いもないものまで、書面で契約がなかったから、さかのぼって無効にするという考え方で本当にいいのかという点も基本的な疑問です。多様化、個別化の中で、必要かつ理想的な法律のあり方としては、任意規定とか、解釈規定が中心で、何も決めてなかった場合にはこうしますという労使の判断の基準をつくるというあたりではないかと考えております。

就業規則の不利益変更について

みちのく銀行事件(平成12年 最高裁)

いわゆるリストラの一環として行われた高齢者の賃金減額について、就業規則の変更により一方的に不利益を受ける労働者については、不利益性を緩和するなどの経過措置を設けることによる適切な救済を併せて実施すべきであり、それがないまま労働者に大きな不利益のみを受忍させることは、多数派組合の合意を考慮しても、合理性は認められないとした。

【土田】 総論的な議論はここでとりあえず終えて、各論として3点ほど議論したいと思います。1つ目は、就業規則による労働条件の不利益変更です。2点目が、解雇規制及び有期雇用の規制のあり方。この中には、解雇の金銭解決の問題が入ります。3点目に、雇用継続型変更契約制度という論点です。まず就業規則による労働条件の変更について、労働側の草野さんと鴨田さんにお願いしたいと思います。

【草野】 就業規則そのものの是非は今回議論されていないと思います。就業規則というのは、ご存じのように、使用者側が一方的にその内容を決定できるわけですから、過半数の代表が反対しても、一応意見を聞けば、労働契約の内容になる制度です。したがって、そのあり方がいいかどうかの議論をもう一度やっておく必要があるのではないか。これに触れずに、就業規則の変更だけを議論するのはどうかと思います。また労使委員会の話に戻ってしまうわけですけれども、労使がきちっと協議ができる体制ができるかどうかにかかっている。そうでないと、結果として一方的に就業規則が変更されてしまうのは、極めて大きな問題ではないかと思っています。

第四銀行事件(平成9年 最高裁)

賃金の減額を伴う55歳から60歳への定年延長を定めた就業規則の変更につき、定年延長の必要性、延長による労働条件の改善、福利厚生制度等の適用延長等の不利益緩和の措置が、行員の9割超を組織している労働組合との労働協約締結の結果行われたことから合理性が認められた。

【鴨田】 現在、就業規則の変更に関する確固とした最高裁判例が確立してしまっており、これを動かすのはなかなか大変です。理論的にはいろいろ難しい問題はありますが、これを前提にせざるを得ない場合、契約法として実定法化するには、判例が出している原則を書いていただきたい。判例は何と言っているか。原則として就業規則でもって不利益変更はできないと書いてあります。それを法律にきちんと書いた上で、どういう場合に例外として変更が労働者を拘束するのかという仕組みで法律をつくるのが筋だと思います。また、一番問題になる変更についての労使委員会等の合意、決議があった場合の推定効(法的拘束力)ですが、これも現行の判例を踏み越えた実定法にしようとしているのではないのか。確かに第四銀行事件はありますけれども、逆にみちのく銀行や函館信金の事件では、多数組合の反対などが無視されています。さらに、就業規則の不利益変更について推定効を入れてしまうと、現在判例が認めている労働協約についての内容審査は論理的に全然認められないことになってしまうのではないのか。そんなところまで研究会はお考えなのか。その辺を詰めていただきたいと思います。

【小島】 就業規則による労働条件の変更は、労働法の中でも一番複雑かつ難しい問題だと思います。判例が本当に確立しているのか疑問はありますけれども、何となく労使が解釈する、よすがになっているのではないかと思います。確かに原則として不利益変更は許されないと判決にはある。しかし、その変更が合理的である場合、労働者はそれを拒否することも許されないと書かれているわけで、問題は、何が合理的な変更なのか、何が合理的な不利益変更なのかということになり、その辺になると、ほんとうに法律で規制できるのかどうか、ちょっと疑問がある。

【中町】 労働条件の不利益変更について最高裁までいった事案では、1審で勝って、高裁でひっくり返ってまた再逆転するなど、オセロゲームのように、なかなかワンサイドではありません。裁判所によっても、最高裁の判決の理解が微妙に違う。合理性があれば変更できるということですが、具体的な合理性の有無の判断は、予測可能性が欠如した、非常に難しい問題だと思います。その点で、労働者の意見を適正に集約し、過半数組合が合意した場合、あるいは労使委員会の5分の4以上の多数によって変更を認める決議があった場合に、合理性を推定させる案は、法的安定性、予測可能性を高める道しるべとして重要です。具体的に企業から相談を受けて、これは大丈夫、これは危ないと、アドバイスをしなければならない実務家としても、こういう形での推定効をぜひ設けていただきたい。推定効があれば、企業としても合意等を得るために、事前交渉の中で不利益性を緩和するなどの調整努力もさらに期待できます。

【鴨田】 仮に私どもが想定するようなILO 135 号条約にのっとった、独立した労働者代表機関ができたとして、その機関に労働組合だったら労働協約を結べるような事項について何がしかの合意をし、それに法的効果を認めるべきかどうか。私の個人的な意見としては、認めるべきではないと思っています。異議権は認めるべきでしょうが、同意したからといって、一定の個々人を拘束する法的効果まで認めるのはいかがなものだろうかと思います。

ILO135号条約(1971年採択)

企業における労働者代表は、その地位や活動を理由とする解雇を含む一切の不利益取扱からの、効果的な保護を享有すべきものとされる。そして、その任務を迅速かつ能率的に遂行できるようにするため適切な便宜も供与されるものとされる。ここにいう「労働者代表」とは、団体交渉の当事者である労働組合代表と、自由に選出された従業員代表で団体交渉を行わない者の両者をいう。

【土田】 いずれにしても、労使委員会制度のあり方、機能に大きく左右されるというところがあると思いますので、研究会メンバーの立場から荒木さんにお願いします。

【荒木】 最初に、鴨田さんから、就業規則の不利益変更法理について、最高裁判例が確立しているというお話がありましたけれども、実態としてそうだと思います。最高裁は繰り返し、繰り返し、就業規則の不利益変更が合理的な場合には、それに同意しない労働者も拘束されるというルールを確認しております。これは解雇権濫用法理とセットとなって、日本の長期雇用システムを支えてきた最も大事なルールです。継続的契約関係は、時間の経過とともに、契約内容を見直さなければならないので、通常の契約関係は、将来どういう契約条件に移るかについて合意ができなければ、解約ができるのが大原則です。ところが、労働契約の場合、このままの労働条件ではちょっと問題だということで、使用者が不利益変更を提案しても、労働者が嫌だという場合、解約できない。それが解雇権濫用法理です。そうすると、どうやって雇用を維持した上で、労働条件を調整するかということで要請されてきたのが、合理的な就業規則の不利益変更は反対する者も拘束するというルールだったわけです。解雇権濫用法理とセットで長期雇用システムを支えてきたこのルールについては、労働契約法で立法化すべき最も大事な点だと思います。私が問題だと考えるのは、合理性の判断の予測可能性がないことです。一つの事件について、1審は合理性がある、2審は合理性がない、最高裁は合理性があるというように、裁判所によってどう判断されるか予測がつかない。労働条件の変更は契約関係で中心的なテーマなのに、予測可能性がないのは、非常に問題です。

そこで、中間取りまとめは、判例の展開、すなわち多数組合との合意に着目して、これを合理性判断の大きなファクターと考える。ただし、一部の労働者に大きな不利益を与える変更の場合を除くという、第四銀行やみちのく銀行事件などの判例の展開を踏まえた上で、労働者の意見を適正に集約する過半数組合や、労使委員会の5分の4の決議を前提にする。5分の4というのは、労働者側からみれば、必ず過半数が確保される数字です。この要件のもとに、労働側がこれでいいと認めた就業規則変更については、合理性を推定しようというルールを提言しているわけです。これは推定ですので、仮にそういう合意があっても、労働側がこの変更はひど過ぎる、合理性がないという反対事実の立証を行えば、合理性がないと判断されるものです。 

もともと就業規則の変更は、将来の労働条件をどうするかという問題です。権利紛争の装いをまとっていますが、実際は、将来どう折り合かという利益紛争というのが実態です。ですから、合理性があるかないかを裁判官の立場から判断するとぶれます。そこで、裁判所は現場の合意を尊重して合理性を審査すべきではないか。そういう立場から、提言していることを補足しておきたいと思います。

【草野】 労使委員会は、どうしても引っかかるんです。今までも幾つか労使委員会がありますけれど、経営者が推薦して指名したような人たちがやっているところも、現実にはあるわけです。5分の4といってもそこをどう担保するのかというのが一番大きな問題ではないかと思います。

【土田】 使用者から独立した機関、組織としての手続が担保されるということになれば、合意の推定効を含めた、労使で労働条件を決めるシステムに近づいてくると思いますが。

【草野】 第1に、やはり労使の協議という形ができることが必要だと思います。労使委員会に合理性推認の役割を担わせるか担わせないかは、非常に難しいところだと思っています。

解雇規制のあり方と金銭解決

【土田】 もう一つの大きな柱である、いわゆる金銭解決を含む解雇の規制のあり方、有期雇用の規制のあり方に移りたいと思います。中町さんからお願いします。

【中町】 解雇事件に携わった実態として、金銭解決による和解が大半だという厳然たる事実があるわけです。なぜかといいますと、解雇された、解雇したということで、双方の信頼関係が既に崩れていて、訴訟では一種の非難合戦となるため、訴訟を経ると、さらに修復が難しくなり、相互不信が増幅します。こういう状況ですので、もとに戻って円満に就労するというのは、お互いになかなか難しい。ですから、金銭による和解が多く行われていると思います。こうした実態を直視すれば、復職に限定されず、幅広い解決の手法があってしかるべきだし、それは和解の局面だけではなく、労働者の申し立て、あるいは使用者の申し立てによって、早期の段階から、解決が図れればベターであると考えます。金銭の多寡についての正解は難しいかもしれませんが、長い間に解決金の相場も、形成されているわけでして、代理人や裁判所へのアンケート調査等をやって、一定の基準を設定したらいいのではないでしょうか。そういう一定の基準に加えて、当該解雇の場合に特別損害があるという労働者側の立証があれば、裁判所がその加算をも認めることもあり得るでしょう。また、今回の中間取りまとめにある公序良俗に反する解雇は認めないという案は、一応納得し得る基準だと思います。借家法の立ち退き料について、正当な理由がないと明け渡しができないわけですけれども、正当理由を一部金銭によって補完するという実務的な解決が民事裁判では現に定着しています。金銭の補完によって借家人の権利が著しく侵害されたなどという弊害は聞いたことがありません。裁判所が良識ある運用を行っているわけです。これを入れることで乱暴な解雇が有効視されるというのは心配のしすぎです。現実の解雇事件の解決を直視した形で制度を入れるべきだと思います。

【土田】 借家法とのアナロジーで、使用者からの申し立てを含めた金銭解決肯定論が出たわけですが、鴨田さん、いかがでしょうか。

【鴨田】 今ないものをつくってもらわないと、経営者としては困るという必要性は何もないわけです。今だって裁判所に行って、和解すればいいわけです。来年4月から労働審判制ができてたった3回の期日で和解することができるにもかかわらず、なぜ、新しい法律で、新しい制度をつくらなければならないのか。この点については、何の説明もない。解雇のルールというのは、労働契約法の中で最も要になるルールです。配転、出向、労働条件の変更といった事項について、労働側も納得できるルールが実体法としてつくられたとしても、解雇のルールがずぼずぼだったら、労働者は、実体法に書かれた権利を使えない。「おまえ、嫌だったら首にするぞ」。お金ちょっとつけて、「さようなら」。これでは怖くて、実体法がつくられても使えない。実体法が使えるようにするために、解雇ルールは、きちんとしたものにしないといけない。そういう意味で、使用者が申し立てる金銭解決制度に対しては断固反対です。

【土田】 研究会では、金銭解決制度の導入ありきという立場ではなくて、仮にこの制度を導入するとすれば、どのような制度設計があり得るかを提案しているところです。

【小島】 現在の法体系のもとでは、本人が会社に戻る気がまったくない、あるいは戻れる状態ではない場合でも、訴訟するために戻せということになる。そうすると、よくある事例ですけれども、「勝った、勝った」と応援団は喜んでいるけれど、本人は浮かぬ顔をしていることもあるわけです。だから金銭解決という方法があれば便利だということではないでしょうか。制度ができたからといって、会社がこれを濫用することにはならない。会社が申し立てるといっても、おそらく裁判の場になると思います。現在でも、本来解雇すべきところを、退職金を特別に払って諭旨解雇するとか、割増金を払って勧奨退職するような事例はよくあることです。ですから、金銭解決自体を特別視して、企業の解雇をやりやすくすると解釈をする必要はまったくないと考えています。

【草野】 解雇というのは、最もトラブルになりやすい問題です。連合が行っている労働相談ダイヤルでは、不払い残業をテーマにした相談でも毎回かなりの比率が、解雇問題になる。そういう意味で、やはり解雇の問題については法律できちっとしておく必要がある。整理解雇4要件も、指針ではなく、法律にきちんと書き込むべきではないかと思います。日本経団連の役員と連合は、時折労使会議を持っていますが、そのときに、「日本の経営者の中には、そこまで信用できない人が結構いる現実がある」と申し上げています。金銭解決できることになれば、使用者側にフリーハンドを与えてしまう心配を払拭できないというのが本音です。

【若林】 率直なところ労働側が心配されるような事態が起きる可能性が、あるのではないかと思います。そういうことを起こさせないための歯止めが金銭解決制度を導入するとしても、最低限必要です。そういう制度設計がうまくできなければ、使用者側からの申し立てという提案については、若干消極的に受けとめております。ただし、解雇権を濫用した場合に対する、懲罰的な金銭支払いの発想があってもいいかもしれない。慰謝料のような格好になるのかもしれませんけれども、お金で解決したいというならば、たくさん出すということも考えられるのではないかと思います。

【荒木】 使用者からの金銭解決の申し出について懸念される事情も理解はできますが、解雇紛争というのは、一方が 100 悪くて、一方が全く悪くないということは少く、 49 対五一 51 というケースが多いわけです。ところが、現在の解雇権濫用法理は、解雇は完全に有効で労働者は何ももらえないか、解雇は無効で現職復帰を強制するかというオール・オア・ナッシングの解決しかないわけです。紛争が 49 対 51 の場合、裁判所に行っても、紛争に見合った妥当な救済方法はないわけです。裁判官は 100 か 0 かの判断を迫られると、結局、実態に見合った解決法はないので、和解で解決しようとします。しかし、和解がうまくいかないと、オール・オア・ナッシングの判決になる。そうすると、敗訴当事者は当然納得しない訳で、また上訴して争いつづけることになる。私も鴨田さんの主張に同感でして、雇用関係の根幹は、やはり雇用保障だと思いますが、同時に解雇紛争について、長く争えば争うほど、非常に解決は難しくなるのも事実です。そうしますと、当該紛争に見合った柔軟な解決方法を用意するのも、一つのあり方ではないか。しかし、ご指摘のように、使用者の濫用のおそれも懸念されますので、まず使用者が申し立てるための事由として、思想・信条、性、社会的地位等の差別的な、公序良俗に反するような場合には認めない。それから、使用者の故意、または過失によらない事情であって、労働者の職場復帰が困難と認める場合に限る。そして、金銭解決制度を利用する前提として、労働者集団と金銭解決制度の利用について合意した場合に限る。こうした安全装置を用意した上で、解雇紛争の柔軟な解決方策が考えられないかという提案ではないかと理解しています。

【土田】 先ほど若林さんが指摘した、制度設計をどのようにするかということに関係しますが、集団的合意も要件とする点はいかがですか。

【中町】 集団的な合意というのは、労働組合であれば、現実的には考えにくいかもしれません。労使委員会の中で解決金の基準について合意ができる場合があり得るでしょうか。このような設計になるとすると、事実上、使用者側の金銭解決の申し立ては、実現性が非常に低いものにならざるを得ないのかなと感じます。

【鴨田】 中町さんの指摘に関連してですが、仮に理想的な従業員代表制度ができたとして、その組織に個々の従業員の身分にかかわるところまで権限を持たせていいのかは、十分に検討していただきたいと思います。それから、誤解があるのではないかなという気がしているんですけれども、 0 か 100 という話がありましたが、労働側が 100 で勝っても、現職復帰できますか。そうじゃないですよね。確かに雇用契約上の地位は確認され、社会保険等の資格は回復されるかもしれないけれども、現職復帰はできない。今の法律では現職復帰できるだけの法的な整備がなされていないからです。それを検討しないで、金銭解決だけ取り上げるのはいかがなものか。百歩譲って、金銭解決を取り上げるのであれば、就労請求権を認めていただきたい。

有期雇用の規制・解約/雇止め

【土田】 有期雇用について、ご発言があればお願いしたいのですが。中間取りまとめでは、有期雇用の規制と契約期間中の解約、さらに雇止めの問題を提起しています。

【草野】 有期雇用とは何だという基本的なところが、まだ日本では解決されていないと思う。有期雇用というのは、本来一時的な雇用、一時的に体制を埋めるための雇用のはずで、それを繰り返し、繰り返しというのは、本来の姿とは違うのではないかと思ってきたのですが、そこがきちんと整理されていない。もう一つ、有期契約を反復更新して、雇止めというトラブルが絶えないわけですね。そういう中で、反復更新を繰り返しても、例えば、契約書に、「次回更新時には再度契約を締結について協議する」と書かれていたら、これは一体どうなるのか。中間取りまとめからは、ここが読み取れないもので、研究会ではどのような議論をなさっていたのですか。再度契約をその時点で締結しますという表現が許されるのか、許されないのか。もしそうなった場合は、経営側に解雇規制からの潜脱というフリーハンドを与えてしまうということにならないかという懸念があります。

【荒木】 更新しないと言って、雇用継続の期待を断ち切っておいて、実はもう一回お願いしますという場合に、どう対処するのかという問題かと思いますけれども、そこは現在の雇止め法理で処理されることになると思います。中間取りまとめで提示しているのは、その前の段階です。この有期契約は、更新を予定したものなのか、そうでないのか、それをきちんと、法律上書いて、使用者に明示を要求しようということです。つまり、契約関係が、継続、反復更新するものなのかしないものなのか、それをあいまいにして、事後的に裁判所で争われる事態を回避するための対処です。また、有期契約の中途で、正当な権利を行使したことを理由とする雇止めを禁止することからアプローチしていこうと思っております。

雇用継続型契約変更制度について

【土田】 雇用継続型契約変更制度についてもご意見をお願いします。

【草野】 結局、裁判を起こされなければ、労働条件の変更は争えないことになってしまうと思います。この場合、労働者にとっては、極めて過大な負担になるのではないか。結局は解雇を背景に、労働条件を迫る制度になってしまうのではないかという危惧を持っています。

【小島】 これは変更解約告知と言われている制度だと思いますが、判例も非常に少ないし、まだこれは学問のレベルで、これを実務に適用していくのはかなり難しい。そもそもこの論理が、労働条件を下げるための制度として使われるのか、解雇をするための制度として使われるのか、その辺も定かでない。この制度ができた結果、本来解雇ができるはずのものも、労働条件の引き下げを提示しない限りできない方向に使われることを恐れています。制度そのものを否定するわけではないのですが、やはり法律に入れるためには、もう少し慎重に検討した上でということになるのではないでしょうか。

【荒木】 労働条件を争うために、結局、労働者に提訴の負担を負わせているのではないかという点ですが、これは比較の仕方が少し問題ではないかと思います。使用者が労働条件を変更したいといい、嫌だと言ったら解雇する。スカンジナビア航空事件で、変更解約告知が認められた事例は、まさにそういうものです。無条件の受諾か、あるいはそれを拒否して解雇か、二者択一なのです。労働条件変更について、使用者の提案条件に不満がある労働者は解雇され、雇用関係を失った上で提訴を強いられる。それは妥当ではないだろうということです。雇用関係を維持したまま、解雇されることなく、使用者の提案の合理性について争える道を開くべきではないかと提言しているわけです。なぜそういう制度が必要か。就業規則変更法理で、労働条件変更については対処できているではないかと思われるかもしれませんが、この変更法理は、集団的、統一的労働条件の変更の問題です。これからは個別雇用管理が増え、転勤や職務内容といった事項について労働者自身が雇用関係は自分で決めたいと希望し、個別的契約を結ぶ人たちが増えてきます。その変更の必要性が生じた場合に対処する変更法理が、現在ないわけです。個別的な労働条件変更についても、変更法理が必要ではないかというのが提案の趣旨です。もう一つ、先ほどの二者択一の提案では、ものすごく低い労働条件が提示されることもありえます。それに対して、ノーと言えば解雇されてしまうので、労働者はイエスと言わざるを得ない場合がある。イエスと言ってしまうと、合意した労働条件ですから、条件が低くても争えなくなる。だから雇用関係を維持した上で争って、裁判所に判断してもらう必要性が増大するのではないかと予想しています。

【土田】 雇用を継続しながら争うというのは、ドイツの法律にはある制度です。解雇を避けつつ労働条件変更に「異議をとどめて争うことを可能とする」制度の提案です。

【鴨田】 仮に中間取りまとめのまま立法化されたとして、一番大きな影響がすぐに出るのは、トライアル雇用だと思っています。これが立法化されたら、新卒の学生で、期間の定めなく雇用される人は早晩いなくなるでしょう。そんなことでいいのでしょうか。今必要なのは、若者にまともな仕事を与えるための法律ではないのでしょうか。トライアル雇用は、それに真っ向から反するものではないかと思います。

【若林】 この法律ができようができまいが、個人が自分で決定して、戦わなければならない場面が増えてくると思います。労働審判制度ができましたけれども、この制度も、実は弁護士を代理人とすることを前提にしている制度でして、本人訴訟を前提としていない。司法制度改革では、法的なアシストを充実させようということですけれども、個人が企業と戦えるような法的な支援システムや制度がきちっと整備されることが非常に重要だと思います。これはこの研究会の守備範囲ではないかもしれませんけれども、そういうインフラが整備されるならば、様々な裁判もできるのかなと思います。

『ビジネス・レーバー・トレンド2005年9月号』の本文から転載しました。

プロフィール

土田道夫(つちだ・みちお)

1957 年生まれ。 87 年東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了(法学博士)。獨協大学法学部教授を経て現職。主な著書に、『労働法概説I 雇用関係法』(弘文堂)など。「労働契約法制の在り方に関する研究会」委員。

荒木尚志(あらき・たかし)

1959 年生まれ。 85 年東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了。同大学法学部助手、助教授を経て現職。主な著書に『雇用システムと労働条件変更法理』(有斐閣)など。「労働契約法制の在り方に関する研究会」委員。

鴨田哲郎(かもた・てつお)

1951 年生まれ。 75 年中央大学法学部卒業、 78 年司法修習修了、同年弁護士登録。 2002 年より日本労働弁護団幹事長。主な著書に『労使協定のかしこい結び方』(中央経済社)など。

草野忠義(くさの・ただよし)

1943 生まれ。 66 年東京大学経済学部卒業、同年日産自動車入社、日産労組書記長、自動車総連事務局長、日産労連会長、自動車総連会長などを経て、 2000 年からIMF・JC議長。 01 年 9 月より現職。

小島 浩(こじま・ゆたか)

1939 年生まれ。 61 年早稲田大学第一政経学部卒業。日経連事務局勤務を経て、 64 年日本アイ・ビー・エム入社。労務課長、第一人事部長などを歴任。日本経団連労働法専門部会長も務める。

中町 誠(なかまち・まこと)

1953 年生まれ。 76 年東京大学法学部卒業、 78 年弁護士登録(第一東京弁護士会)、 93 年中町誠法律事務所設立。 93 年から経営法曹会議常任幹事。主な著作に『労働法実務ハンドブック』(中央経済社)など。

若林誠一(わかばやし・せいいち)

1948 年生まれ。 72 年東京大学文学部卒業、同年取材記者としてNHK入局。 78 年以降、報道局社会部、成田報道室、金沢放送局などを経て、 92 年より現職。司法、労働など社会問題全般を担当。