基調講演:第13回労働政策フォーラム
新しい労働契約法制を考える
(2005年7月22日)

開催日:平成 17 年 7 月22日

※無断転載を禁止します(文責:事務局)

配付資料

基調講演:「労働契約法制定の課題」

菅野和夫 明治大学法科大学院 教授

新しい労働契約法制を考える 基調講演遠景

中間取りまとめのポイント

「今後の労働契約法制の在り方に関する研究会」は昨年4月に設置され、今年4月に中間的なとりまとめをしました。現在、パブリックコメント等での意見募集や、その他の各方面から寄せられた意見等も参考に検討を進めており、9月中旬を目途に最終的な取りまとめに向けた作業をしています。

中間取りまとめは、記者発表の「ポイント」にも要約されているように、「労使当事者が実質的に対等な立場で自主的に労働条件を決定することを促進し、紛争の未然防止等を図るため、労働契約に関する公正・透明なルールを定める新たな法律(労働契約法)が必要である」といった背景があります。そして、労働契約法の性格は、「労働基準法とは別の民事上のルールを定めた新たな法律」です。具体的な検討の方向性は、強行規定を基本としつつ、手続規制や任意規定、推定規定なども活用することで労働契約の成立・変動・終了に関する要件と効果を規定します。例えば、採用内定、試用期間、配置転換・出向・転籍、懲戒、解雇、退職等のルールの明確化、安全配慮義務、労働者の個人情報保護義務等の整備などが挙げられます。また、労使委員会制度や雇用継続型契約変更制度、解雇の金銭解決制度の導入の検討、有期労働契約の雇止めルールの整備なども検討内容になっています。他方では、これに伴い、労働基準法の見直しを行うことにもなります。

労働契約法制を検討する作業のキーワードを順不同にあげると、まず「対等な立場での労働条件の自主的決定」。その次に「紛争の防止・解決」。3つ目が「労働契約に関する公正・透明なルールを定めること(労働契約に関するルールの明確化)」。4つ目が法の性格として、「労働基準法とは別の民事上のルールであるということ」となります。「労働契約のルールの明確化」と「対等な立場での労働条件の自主的な決定の促進」が基本理念であり、それは「民事上のルール」という性格のもので「紛争の防止・解決」を狙うということです。そして、それら目標のためにどの程度論点を整理し、考えられる案を提示できるかということだと思っています。

こうしたことを法律にしていく場合、最後は精緻な法律論も必要なことから、研究会ではかなり細かな議論も行い、詰められるところは詰めてみるといった作業も行っています。木を一本一本書いてみることばかりでなく、全体的な森の姿も描くことも心がけているつもりですが、中間取りまとめでは、その森の姿や性格の描き方がまだ不足しているとの指摘もあり、現在はその辺も留意して作業を進めています。

労働契約法」制定の動き

労働契約法制の検討の契機は、直接的には平成 15 年の労働基準法改正で 18 条の2に「解雇権濫用法理」という基本的な労働契約に関する判例法理を書き込むことがなされた際に、「労働基準法の中では異質な民事上のルールになる」ことが意識されました。労働基準法は、労働条件の最低基準を刑罰・罰則付きで定め、それを実行させる行政監督の仕組みをつくるとの行政刑法的な性格の法律です。その中に異質な、労働契約の一番基本的な民事上の規定を設けられたものですから、労働契約の他のルールも体系的に明確化すべきとの労働政策審議会の建議、国会での衆参両議院の厚生労働委員会での附帯決議がなされ、それらを受けた作業を行っているわけです。

それ以前には連合が 2001 年 10 月に「新しいワークルールを目指して」という文書を出して労働契約法の制定を呼びかけています。これはバブル崩壊後のリストラや企業再編成などの中で労働相談に取り組んできた結果、労働関係の民事上のトラブルが異常に多いことに対してルールを明確化して対応すべきだという意識に基づいているのだと思います。そういう意味では、もっと広がりのある課題で比較的最近提起されたものだと言えるでしょう。

前提となる「労働契約」の特色

私たちが検討している「労働契約法」における労働契約とは、労働基準法第二章の「労働契約」を出発点としています。労働基準法の労働契約に定義・規定はないのですが、私たちは「労働基準法が適用されるような労働関係を契約関係として表現した言葉である」と理解しています。法律の仕組みとしては、「労働者」を定義することで「労働契約」の定義に変えています。これは民法上は「雇用」あるいは「雇用契約」という言葉になるわけです。民法上の「雇用契約」と基準法上の「労働契約」が完全に一致するか否かについては難しい議論がありますが、実際上はほとんど重なっていると理解できるでしょう。しかし、基準法は民法の「雇用」あるいは「雇用契約」という言葉をそのまま使うのではなく、「労働契約」という独自の言葉をつくり出して労働基準法の諸規定を設けています。「労働契約」という言葉を使う意味は、「労働関係も契約関係であり、当事者(労働者と使用者)の合意・契約によって権利義務が定まる関係である」との基本原則を表現しています。この意味では、民法の雇用契約と同じ考え方をとっています。

しかし、民法の「雇用」というのは形式的に対等な一市民対一市民の契約関係という意味合いで両当事者を全く対等に取り扱います。これに対し、労基法では「労働契約」という言葉を使うことで、まず当事者である労働者と使用者間の基本的な交渉力の格差を表現して、さらにそういった交渉力格差のある関係における最低労働条件の基準を法律で定め、罰則をつけて専門的な行政監督の仕組みをつくる必要があると考えたのです。

もう一つの労働契約の特色をあらわしている規制が「就業規則」です。「就業規則」の章では、就業規則の作成義務や労働基準監督省への届け出、作成に当たっての組合ないし労働者を代表する者の意見聴取、法令および労働協約に反する場合の基準監督署の変更命令、それから就業規則も事業場の最低基準として労働関係を直接規律する効力があることなど一連の規定を設けています。労働契約は民法のような一人ひとりの契約ではなく、集団的・画一的にその内容を使用者が一方的に決めるものであり、その形が就業規則という文書です。そういう現実を直視して、就業規則に関する規定を設けたわけです。

このような(1)交渉力格差があるから、基準を定める必要がある(2)集団的・画一的・一方的に契約内容が定められる――といった基準法が前提とした特色は、労働契約法制を考える上でも基本的な出発点にならざるを得ないと思います。労働条件や処遇が個別化し、専門的な能力のある労働者が出てきたといっても、交渉力格差というのは厳として存在しているわけで、それを考えざるを得ないということです。また、例えば成果主義にしても、制度として定められた上で、その制度の中で個別的に取り扱う場合が多い。制度は就業規則あるいは労働協約で定められるのだから、やはり労働基準法が前提とした特色を出発点においては考えざるを得ません。ただし、他方で、例えば企業の中途採用者の増加などに見られるような労働移動の増加や雇用形態の多様化などの変化もあるので、それへの対応も考えるべきでしょう。

今、考えている労働契約法ができれば、労働基準法、労働契約法、労働組合法が労働関係の実体法としての基本的な法律になります。労働基準法及び労働組合法の重要性とか基本的な性格、意義はいささかも変わるものではありませんが、これと並ぶような基本的な法律が検討されつつあるのです。

戦後労働法制と労働契約法の欠如

それでは、なぜ今まで労働関係の基本的な法律がなかったのでしょうか。戦後の労働法制構築の際に労働改革を進めた人たちは、労働基準法と労働組合法をつくり、主として交渉力格差を労働基準の設定と労働組合の権利を保障することにより団体交渉を普及させることで対応しようとしたわけです。そうすると労使間の紛争が起きますから、これに対応して労働関係調整法や労働委員会制度、不当労働行為の救済手続をつくってきました。

この際、労働関係の労働契約上の問題については、労働基準法で就業規則その他の労働条件の明示等いくつかの対応をすることで、基本的には足りうると考えました。その他の労働関係から生ずる契約上の諸問題はあまり想定せず、もし問題が起きたとしても、それは契約関係の一般法である民法で処理されればよいし、それでもし紛争になれば民事訴訟で対応すればよいと考えたのだろうと思います。

しかしその後、労働関係については「雇用を尊重し、解雇をできるだけしない」といういわゆる長期雇用システムを基本とした日本的な慣行が発展していき、これは民法 627 条の「労使双方が解約をするのが自由である」との雇用に関する基本原則と相反することになりました。ですから、すぐにこの民法の修正が必要になったのです。

独自の労働契約法理の発展

戦後、「解雇は本当に自由だろうか」ということが東京地裁の労働部で議論され、昭和 20 年代にいち早く「解雇権を濫用した場合には、解雇は無効になる」という法理がつくられます。その後の高度成長の中で、企業は解雇をできるだけ回避するようになり、実際上解雇が行われなくなる中で、解雇に関する事件が裁判所に行った場合も、裁判所はそれを前提に解雇権濫用法理を実質化していきました。民法の基本原則と相半する基本原則が判例法理で立てられることから出発して、民法とは異なる独自の労働関係の契約法理が判例でつくられていったということになります。

そして就業規則の変更に関しても、「就業規則を変更した場合にその合理性があれば、例え契約上労働者が契約関係の変更を認めなくても、それは労働者を拘束する」との法理がつくられました。この二つが日本型雇用慣行に応じた最も基本的な労働契約の判例法理となり、これを前提にさまざまな派生法理が判例法上つくられていきました。

こうして全体としてでき上がった法理論は、(1) 雇用を尊重する一方で企業側の人材を柔軟に活用するということを認める(2)しかし、権利濫用法理によってこれをチェックし、労働者の基本的な利益もそこにおいて擁護する (3) 雇用関係における労働条件変更についても基本的には認めつつ、合理性という枠内で裁判所が審査をする――といった判例法理です。労働契約法という法律がないにもかかわらず、労働契約に関する一大法理論がつくられてしまったのです。そして、その後しばらくは高度成長が続き、解雇もなされず、訴訟が非常に少ないことなどから、さしたる支障もなく済んできたのです。

戦後労働法制の再編へ

ところが最近になって、昭和 60 年に労働者派遣法や雇用機会均等法が制定され、 62 年には労働時間短縮のための 40 時間法制を書き込む労働基準法改正が行われました。この辺から戦後労働法制の立法の再編成が始まったと言えるでしょう。バブル崩壊後はグローバル化と言われる現象や少子高齢化、産業構造・技術体系の大きな変化、労働市場における需要・供給双方の間での変化などの経済社会の変化への対応を立法上、労働関係の分野でも行われ、枚挙にいとまがないほどいろいろな法律が制定・改正されていきました。

特に労働立法の再編成の中には、労働関係の民事法規が出現したことがあると思います。雇用機会均等法は最初、多くの規定が努力義務規定で一部に禁止規定がありました。これは法理的性格としては民事法規です。ただし、行政指導も前提にしていて、行政による簡易な紛争解決の仕組みも伴っていました。育児・介護休業法もできましたし、会社分割の際の労働契約承継法などは純然たる民事法規です。そして、平成 15 年の基準法改正で判例法理の一番の基本であり、労働契約法理の基本である解雇権濫用法理が成文化されました。そうすると労基法のほかの労働契約上のルールや判例が樹立しているルールについても、これを契機により体系的な検討をすべきではないかとなり、労働契約法の検討に至っているのが一つの流れだと思います。

また、労働紛争が構造的な変化を遂げたこともあります。企業と組合間の集団的な労使紛争が減少し、バブル崩壊前からもそういう傾向はあったのですが、バブル崩壊後、特に 90 年代の不況が深化する中で、リストラや企業再編成などをめぐる労働相談が増え、訴訟も増えました。訴訟は地裁レベルでは一般の民事事件は 1.5 倍ぐらいの増加ですが、地裁に来る労働関係の民事事件はバブル崩壊時と今日を比べると3倍以上の増加です。厚生労働省の都道府県労働局における個別労働紛争解決システムに来る民事上の紛争になり得る相談件数は 16 万件になっています。

個別労働関係紛争といわれる労働契約上の諸問題をめぐる紛争が爆発的に増え、それに対応して平成 13 年に個別労働関係紛争促進法という法律による仕組みがつくられます。さらにその後、誰も予想していなかった労働審判手続がつくられ、ここで労働契約紛争に特有の専門的な手続が整備されることになり、戦後の労働法制の出発点である「労働契約上の紛争は民法、民事訴訟に委ねる」という紛争解決手続が大きく変わってしまいました。すると次は実体法の整備だとなり、それが労働契約法制定の検討になるのだと思います。

契約法制定の基本的論点

労働契約法制定の論点については、中間取りまとめの中にさまざまな提案があり、極めて多岐にわたる事項が検討されています。しかし一方で、検討されていない事項も多くあります。中間取りまとめは、できることについてできるだけの検討をするとの考えで描いたものであり、今、それを補うべく最終取りまとめに向けて努力しています。作業の目標・性質に即してどこまでできるかについては「できる限り」ということしかいえません。各論的な論点はいくらでもあり、それについての賛否両論も意見表明などでいただいており、それに関しては検討しています。

基本的な論点としては「なぜ制定が必要か」と「そんな余計な規制はしてくれるな、今でもうまくいっているではないか」という主張もあります。それから「基本的性格は何なのか。今、必要なのはむしろ労働基準法の強化であり、民事法規ではないのではないか」というような議論もあります。「労働契約法の受益者というのは誰を想定しているのか」といった議論もあります。

さらに、労働契約法の制定に伴い、労働基準法の手直しが必要になるわけですが「それは労働基準法を危うくするのではないか」という懸念もあると思います。しかし、労働基準法は基本的な法律として、その重要性や意義をいささかも変えるつもりはないわけです。ただし、労働契約法をつくることにより、端的にいえば、解雇に関する 18 条の2は労働契約法の中に移ることになるなどの手直しが必要になります。

労働契約法の内容に関する基本的な論点としては、「労働契約」をどのように画するかという点があります。この言葉は、労働基準法の労働契約を出発点としていますが、働き方の多様化などの中で、契約法制としてはさらに広げるべきだとの意見もあり、そういうことも検討しています。ただ、片方では基準法とリンクして労働契約法というものもつくるわけですから、労働契約法が想定する中心は「基準法における労働契約でカバーされている労働関係」となりますが、さらにそれを広げ、その広げた部分にどう対応するか等はなお検討中です。次に、労働契約法の内容の中核は、やはり就業規則の効力を民事法としてどの程度、どのように明らかにできるのかということです。そして、これに関連した、労使委員会という仕組みが非常に関心を呼んでいます。中間取りまとめではあまり書き込まなかったこともあり、いろいろな批判や主張を受けています。

最後に、こういった基本的論点をとりまとめ、先ほどの4つのキーワードに即して、労働契約法制はどういうことを任務として考えていくのかということを話したいと思います。

契約ルールの明確化

  第1のキーワードは「契約ルールの明確化(労働契約に関する公正・透明なルールを定める)」です。これまでの労働契約法制は判例法理としてでき上がっていたわけですが、判例というものは、法の一般規定・一般原則から出発して事実関係を子細に検討し、当事者のバランスを図って結論に到達するわけです。ですから、専門家しかわからないところがあり、我々でも判決を一所懸命フォローしないと判例法理がどう変わったか、もしくは変わっていないのかがよくわからないのです。とても複雑で不透明なルールであるとともに、企業側からすれば予測可能性が少ないということが言えます。最も基本的なところだけでも明確化できないかということで解雇について検討を重ね、一番基本的なルールとして「客観的に合理的な理由がなく、社会通念上相当として是認し得ない解雇は解雇権の濫用として無効となる」という 18 条の2をつくりました。これでもまだ予測可能性は少ないですが、日本の法律では民法 627 条で解雇の自由があり、労働基準法はそれを前提にして 30 日前までに予約をしなさい。それから一定の場合には解雇が禁止されますとしか書いていないのです。ですから例えば外資系企業が日本の立法を見て「解雇は自由だ」と勘違いすることになるわけで、 18 条の2があればこのような勘違いは防げるわけで、はるかにいいわけです。やはり基本的なルールは法律の中で明確に規定すべきだというのが「契約ルールの明確化、公正・透明なルールの設定」です。いうなれば「基準法 18 条の2に続け」という作業であり、どこまでをどう成文化・明文化できるかは別にして、そういうものを目指しています。

労働条件の対等で自主的な決定

第2のキーワードは「労働条件の対等で自主的な決定」をめざせないかということです。自主的な決定のイメージとしては、少なくとも労働基準法が想定したのは就業規則ですべてが決められてしまう関係ですから、集団的・画一的・一方的に決められるような労働関係ではなく、個別的に決めたいというのであれば個別的にも決められる関係ということになり、そこでいかに対等性とか公正さを確保するかということです。長期雇用・終身雇用が圧倒的に支配的なモデルではなくなり、流動的なモデルが明らかにあらわれてきた中で、必要な作業であると思っています。また、組合の組織率が低下傾向にあり、労働組合によって代表されない人が増えてきたことも背景にあります。とにかく対等で自主的な労働条件の決定ができる条件の整備を契約法制の中で仕組みとして考えられないかというのが、第2の作業の性格であり目標だと思っているのです。

その条件整備の一つが「ルールの明確化」です。この基本ルールは、全ての労働関係において守る必要があるという意味では強行的な性格のものになります。他方で、多様化がありますから任意規定とか手続規定を併用することになります。例えば、中間取りまとめの中にも「一定の事項は必ず書面にしてください。書面にしない場合には契約関係としては不利な効果が生じます」と取り扱っているものが幾つかありますが、それなどは明確化であるとともに条件整備の一つであり、広義での手続規定の仕組みであると思っています。

ここで条件整備において考えている一つに労使委員会の仕組みがあります。企業・事業場で従業員・労働者の多くを組織している組合があり、それが立派に従業員を代表していれば問題ないのですが、組合のない事業場を中心に労働条件がどんなに個別化しても、集団的に制度化するなど、相当程度、画一的に決めるということは残ります。そういう中で、労働者集団の意見を反映させる仕組みが新しく必要になってきていて、それを契約法制の中で仕組めないかということを検討しています。

民事上のルール

3番目のキーワードは「民事上のルール」です。これについては、基準法とか労働組合法の基本的性格・意義・仕組みを浸食するつもりは全くないのですが、それとは別個の民事上契約法としての「労働契約法」は必要になっているのではないかということです。立法の性格は、労働関係に関するいわば民法の特別法といっていいと思います。ただ、法律に全て書けるわけではないので、例えば指針なども活用すべきだというのが私たちの考え方です。先ほど述べたように労働関係の契約上の諸問題については、判例法で済んでいた時代はもう終わりました。個別紛争が増え、それに対応した特別の紛争解決手続が設けられ、それを活用して問題すべてを組織の中でうやむやに解決するというのではなく、透明なルールに従い、公正に解決する時代に入っています。これは労働関係のみならず、世の中全体がそういう傾向にあると思うのです。司法制度改革が多くの成果を上げたということも、そういう流れを反映しているからだと思うわけであり、そういう流れの中で労働関係についても基本法として労働契約法をつくったらどうかということです。また、労働契約法をつくれば、基準法の中に純然たる契約法に移すべき規定が若干あります。そういったものは労働契約法に移すことになるでしょう。

紛争の防止・解決

最後のキーワードは「紛争の防止・解決」です。繰り返しますが来年4月から新たに労働審判手続というものがつくられます。これは、裁判官と労使のパートの審判員が司法手続、裁判所の手続、地方裁判所において、3回以内の期日で労働契約紛争について調停による解決を試み、調停が功を奏さない場合には審判を行うというものです。審判委員会が3回以内の期日で権利義務に関する判断まで行い、紛争の実態に応じた解決を図ります。今、労使団体の全面的な協力のもとに、労働審判員の研修なども行われていますが、こういったものが非常に活発に活用されていけば、労働関係についてさらに法的なルールによる処理が促進されるのではないかと思います。その場合に必要なのがルールの明確化であり、労働契約法という法律であると思っております。

『ビジネス・レーバー・トレンド2005年9月号』の本文から転載しました。

具体的な検討内容(主要論点)

常設的な労使委員会制度の整備

労働組合の組織率が低下し、集団的労働条件決定システムの機能が相対的に低下しているなか、労働条件の設定に係る運用状況を常時、調査討議することができ、労働条件の決定に際し労働者の利益を公正に代表できる常設的な労使委員会制度の設置を提案した。例えば、就業規則の変更の際に、労働者の意見を適正に集約した上で労使委員会の委員の5分の4以上の多数により変更を認める決議がある場合に変更の合理性を推定することや、同委員会での事前協議や苦情処理などの対応を、配置転換、出向、解雇などの権利濫用の判断基準の一つとすることが考えられるとしている。

就業規則の変更法理を明文化

秋北バス事件最高裁大法廷判決(昭和 43 年)以降の判例の蓄積により、就業規則による労働条件の変更が合理的なものであれば、それに同意しないことを理由として、労働者がそれを拒否することができないとの就業規則の不利益変更法理が確立している。これを踏まえ、この判例法理を法律で明確化することを提起。「就業規則の内容が合理性を欠く場合を除き、労働者及び使用者は、労働条件は就業規則の定めるところによるとの意思を有していたものと推定する」という趣旨の規定を設けることが適当としている。

雇用継続型契約変更制度を創設

労働契約の個別化に伴い、個別契約によって労働者の職務内容や勤務地が特定されるケースが増えており、こうしたケースで特定された労働条件の変更が必要な場合、就業規則の変更法理では対応できない面がある。使用者は対象労働者に労働契約の変更を提案し、労働者がこれに同意しない場合に解雇することがあるため(いわゆる「変更解約告知」)、労働者が雇用を維持した上で労働契約変更の合理性を争うことを可能とする制度(雇用継続型契約変更制度)の検討が適当としている。

出向中は出向直前の賃金を保障

出向を命ずるには労働契約、就業規則または労働協約の根拠が必要であることを明らかすべきとしている。また、当事者間に特別の合意がない限り、出向中の賃金は出向直前の賃金水準をもって出向元・出向先が連帯して出向労働者に支払う義務があるという任意規定を定めることも検討課題に盛り込んだ。

転籍については、労働者の実質的な同意を確保する観点から、使用者は、労働者を転籍させようとする場合、転籍先の名称、所在地、業務内容、財務内容などの情報や、賃金、労働時間などの労働条件について書面で交付し、労働者に説明をした上で労働者の同意が必要だとしている。

18 条の2の労働契約法制への移行

解雇については、 03 年の労基法改正で、解雇権濫用法理を法制化(第 18 条の2)したが、解雇は労働者側に原因がある理由、企業の経営上の必要性、またはユニオン・ショップ協定などの労働協約の定めによるものでなければならないことを明らかにすべきとしている。また、解雇に当たり、使用者が講ずべき措置を指針などで示すこともあげた。なお、第 18 条の2の規定については、労働契約法制の体系に移す方向で検討すべきとしている。

また、整理解雇について、解雇権濫用の有無を判断するに当たり、予測可能性の向上を図るため、考慮事項を明らかにする必要があるとしている。具体的には、人員削減の必要性、解雇回避措置、解雇対象者の選定方法、解雇に至る手続きなど、考慮が必要なことを明らかにすることについて議論を深める必要があるとした。

解雇の金銭解決制度の導入検討

解雇紛争の救済手段の選択肢を広げる観点から、解雇の金銭解決の導入を検討課題にあげた。中間報告では、迅速な解決という観点から、紛争の「一回的解決」に向け、解雇の有効・無効の判断と金銭解決の判断とを同一の裁判所で行う解決の手法について検討を深めるべきだとしている。

解決金の額の基準については、個別企業において、労使間で集団的に解決金の額の基準の合意があらかじめなされた場合に限り申立てができることとし、その基準によって解決金の額を決定する方向で検討することが適当としている。

有期労働契約の雇止めをルール化

有期労働契約に関して、使用者が契約期間を書面で明示しなかった場合の労働契約の法的性質について、これを期間の定めのない契約であるとみなす方向で検討することが適当とした。また、 03 年の改正労基法に基づき制定された「有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準」(厚生労働省告示)に定める手続きを履行したことを雇止めの有効性の判断に当たっての考慮要素とすることについても検討する必要があるとしている。

その他、企業が労働者の適性や業務遂行を見極めてから本採用するいわゆるトライアル雇用契約については、契約期間満了後に引き続き期間の定めのない契約を締結する可能性がある旨を明示させ、試用目的の有期労働契約の位置づけを明確にすべきとしている。

プロフィール

菅野和夫(すげの・かずお)  1943 年生まれ。 66 年東京大学法学部卒業、68年司法修習修了。東京大学法学部助手、同助教授、教授、ハーバード・ロースクール客員教授、東京大学法学部長を歴任。 2004年に退官。現在、東京大学名誉教授、明治大学法科大学院教授、中央労働委員会会長代理。『争議行為と損害賠償』(東京大学出版会)、『労働法(第七版)』(弘文堂)、『新・雇用社会の法(補訂版)』(有斐閣)など著書多数。「今後の労働契約法制の在り方に関する研究会」座長。