基調講演:第8回労働政策フォーラム
改正高年齢者雇用安定法と企業の取り組み
(2004年11月30日)

開催日:平成 16 年 11 月 30 日

※無断転載を禁止します(文責:事務局)

配布資料

伊藤 実(労働政策研究・研修機構統括研究員)

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【伊藤(実)】 本日は、企業が高年齢者を雇用する際の基本的な考え方についてお話させていただきたいと思います。

高齢者雇用の社会的基盤の変化

日本の社会は、かなり前から高齢化の到来について認識しておりましたが、現在、予想を超える勢いで少子化が進行しています。このため、社会保障、税金、企業の雇用管理など、社会システムの維持に不安が広がっており、その仕組みを変えざるを得ない状況にあります。既に人事制度の変更に取り組んだ企業はかなりの適応力を発揮していますが、年功制に代表されるような 1980年代まで多くの日本企業が取り入れてきた人事管理システムを使っていると、なかなかうまくいきません。それでは、どのように変えたらいいのでしょうか?巷に言われている成果主義は、その中身が非常にあいまいで、正しく運用している企業が多いとは言えません。慎重かつ丁寧な人事改革の進め方が必要です。

高齢化というのは平面的に進むのではなく、極めていびつな形で進んでおります。その最たる例が団塊の世代と言われている、昭和 22年から3年間ぐらいの間に生まれた層で、人口動態から言えば220~230万人が、この層に集中しているわけです。この団塊世代が、今、50代後半になっていますが、じつはこの世代が60歳を過ぎてからどのように働くかによって、日本全体のシステムがかなり変わってきます。

幾つかのシミュレーション・推計が出ていますが、もしこの層が 60歳定年で引退すると、国全体における富の喪失は計り知れません。引退すると所得を生み出さなくなりますし、社会保障制度で彼らの生活を支えていくことも困難であります。今回の高齢法改正も、こうしたことが背景にしてあります。

先に行われた選挙でも焦点となった社会保障システムに関しては、ヨーロッパが参考になろうかと思います。ヨーロッパ社会は税源で手厚い社会制度を運営しており、とくに高負担・高福祉の北欧諸国においては突然システムが動かなくなるということはありません。しかし、日本とやや似通ったフランス・ドイツなどの国は、今、社会保障制度の改革に悩んでいます。フランスやドイツは、日本より一足先に若年失業に悩まされており、その対策として高齢者を早期引退させ、若者にポストを渡すというシナリオの下、政策運営を行ってきました。実際、50代後半から早期退職した後、いくつかの社会保障制度でつなぎながら引退生活を可能にさせるシステムをとっていたのですが、結果は思惑どおりにいきませんでした。若者の失業率も大して改善しない上に、早期退職によって60歳以降の労働力率が下がってしまい、社会保障の負担が非常に重荷になってしまったというのが現状です。

日本の現状は、幸いに(と言ってよいかと思いますが)、就業を希望する高齢者がヨーロッパ社会より非常に多く、現に男性の 60歳代前半の就業率、労働力率ともに欧米諸国よりかなり高くなっています。やはり、働きたくない人に理屈をつけて無理に働いてもらう社会は長続きしないものです。働きたいのに働けない人たちがいるのであれば、そこの仕組みを変えていけばずいぶん前に進むと思います。

ところが年功制という人事システムをとっていると、極めて横並びの一律管理に慣れているので、労働時間管理一つとっても、働く以上はフルタイムでければいけないという考え方が企業側、従業員側にも根強く残っています。そして最大のネックになるのが賃金、給与の設定方法です。日本企業では、長い間、属人的なもの、つまり年齢や性別、学歴などが重要な要素として見られてきました。そこに突然、仕事基準で給与を設定するといっても、浸透させるには非常に困難が伴います。

ですから、成果主義が言われているほど上手くいっていないのは、じつは改革する企業側も、それを受けとめる従業員側も、年功制という 30~40年続いたシステムから脱却できないでいる、そのための意識改革が進んでいないからだと言えるでしょう。成果主義のあちこちに歪みが表れていることを、最近、調査をして実感しています。

消費への主体的参加と健康維持による医療保険の負担軽減

社会保障の財源を担保するために高齢者にも働いてほしいということが、政策論の本音だろうと思いますが、それをそのまま働く人と企業に押しつけることはできません。ただ、日本の場合、社会保障費は原則労使折半ですから、先の年金法の改正でも見られたように、保険料率は上がっていきます。 200万人以上の団塊の世代が、一気に定年・引退というシナリオを選択すると、社会保障改革をしても、当然、保険料率等を上げざるを得ません。そうなると企業も負担を強いられることになります。

それなら働いた分に応じて保険料を負担するシステムを適用すれば、経済合理性は維持したまま、企業経営上でも、ある意味では外側の圧力を軽減でき、そうせざる得ない方向に向かっています。現に、日本の資産や消費は高齢者が相当支えているというのは事実です。

それから、社会保障には年金以外に医療保険もあり、昨今、介護保険が問題になっていますが、ヒントのひとつが長野県にあります。女性の全国長寿ナンバーワンは沖縄県ですが、男性の長寿ナンバーワンは、実は沖縄でなく長野県です。長野県は、一人当たりの医療費が少なく、医療費をあまり使わない県なのです。そういう意味では、高齢社会のヒントというか、元気に長生きする秘訣があるのではないかと思われます。元気で働くことができれば、国全体のシステムも回り、企業としても社会保障の負担が軽減され、資源を経営に集中できるというメリットがあります。

労働市場の規制緩和と就業機会の拡大

では、どのように仕組みを作っていくのか?いきなり 180度違うシステムを導入することは難しい。既存の枠組みで参考になるシステムがあるかといえば、全くないわけではありません。ところで、今年は、とうとう生産現場にまで派遣労働が解禁されました。生産現場においては、派遣労働者が増えると技能水準を維持できなくなり、製品の品質に影響を与えかねないという深刻な問題を抱えていると言われています。しかし、職務内容によっては派遣労働者が多く働いている職場もあります。派遣市場というのは、実は日本で数少ない職種別の労働市場です。平たく言えば、賃金が年功で決まるのではなく仕事別の基準で決まる、日本社会では非常に異質な労働市場です。これを高齢者の雇用に利用しない手はありません。派遣労働という働き方、賃金や労働時間の設定方法の考え方など、参考にすべきところは大いにあるのではないかと思います。

60歳以上の継続雇用実現に向けて対策

次に、雇用延長をしようとした場合、どのような問題が起きるでしょうか。全員がフルタイムで一律に雇用延長することは現実的に難しい状況です。とくに、生活のためにどうしても働かなくてはいけないという高齢者の割合が相対的に下がっているので、もう少し違う働き方の選択肢も用意しないと、「笛吹けど踊らず」のように、乗ってくる人がいないでしょう。

高年齢者就業実態調査によると、60~64歳の男性で、短時間勤務を希望する人が43.3%と、普通勤務の希望者(41.6%)より、若干上回っています。実際、企業で60歳を迎えた方たちの様々な声を聞きますと、60歳を過ぎてまでフルタイムで働くことに躊躇する人が増えています。多様なニーズをどのようにマネジメントするかは、基本的には成果主義のマネジメントと全く同じで、透明性と納得性の担保が肝要だということです。これを維持せず密室人事をやっていては、到底多数の方に納得してもらえるわけがありません。

どのように透明性と納得性を維持するかというと、どのような仕事に就いてもらうかというメニューを予め示すことです。それから、仕事は3人分しかないのに希望者が10人いれば需給問題を解決しなくてはなりません。そのマッチングシステムを企業内でどのように整備するかが非常に重要になるわけです。そのマッチングシステムを整備する前に重要なのは、やはり透明性です。この仕事には、どのような人が就くことができるのかという基準を明らかにする。成果主義を厳密に採用しようとすると、必ずこの問題に突き当たります。そこまで整備されていない会社は、60歳定年を設定しているのであれば、60歳を節目にそうしたマネジメントを導入するのが、実は成果主義にも非常に良い一つの訓練になるわけです。そこにあるのは「人」の基準ではありません。仮に、例えば部長経験者が60歳以降も会社に勤める場合、部長にふさわしい仕事を用意することなど容易ではありません。部長経験者が1人の場合は良いですが、続々と増えると必ず厄介なことになりますし、それを維持していくと経済合理性が損なわれます。定年を過ぎても、職場にある仕事は何と何で、その仕事に就きたい人はどうぞ、という透明性と納得性を維持した上で働いてもらう。その場合の賃金は、社内の賃金水準でなく、職種別賃金つまり外部労働市場の相場で決まるのが好ましいと思います。

実際、私が調べた中で、極めて異質に近いようなケースがありました。それは、工場の課長クラスの仕事を経験していた人が定年を迎えた後、何をやっているのかというと、一番極端なケースですが、構内の郵便配達をしている人がいました。今までは、仕事を中断して各事業部門が郵便を取りに行っていたところを、専属の3名が配送することになりました。その配送の仕事に、以前は1,000万円近くの年収があった課長経験者が手を挙げるわけです。賃金はどうするのかというと、地場の近隣のスーパーマーケットのレジのパートタイマーの賃金になるわけです。それでは申しわけないというので、50円ぐらい色をつけたというのがインタビューした勤労部の話でしたが、結局、その郵便配達のポストは時給800円だったそうです。

それから、ゴルフの世界でも似たようなことがあります。関連会社でゴルフ場を経営しているところに、元部長経験者が手を挙げると、時給1,000円のコース整備兼キャディ兼雑用係に充てられます。どうして1,000円なのかというと、近隣のそうした仕事を調べると時給1,000円前後が相場だからということです。そのポストにゴルフ好きだった部長が就くわけですが、部長時代の年収がいくらかどうかに関係なく、時給は1,000円になるわけです。

このように、定年を過ぎた後の働き方を考えると、最後に行き着くものは専門職型です。多くの部下をマネジメントする仕事は後進に譲らざるを得ません。そうした仕事ではなく、極論すると、1人でも出来るような専門職型の仕事ができるかどうかという話になります。また、専門職ではありませんが、定年後の働き方でうまくいくものとして、熟練技能型タイプの働き方が挙げられます。熟練工というのは、自分でも仕事をこなし、若い人たちに技能を教えていくこともできます。ですから、生産現場で高齢者を雇用延長して上手くいっている人たちは、自分で仕事をしながら技能を後輩に伝承していく、つまり教育係を務められる人たちなのです。ただ、年配者が威張りながら教えても若い人から敬遠されて職場の雰囲気も悪くなりますから、働く側もある程度の意識改革をせざるを得ないでしょう。

このように、定年後の高齢者のポストを仕事給に切り替え、周囲との雰囲気も壊さぬようなマネジメントを心がければ、高齢者の雇用というものは、マイナス志向ばかりではなくて、むしろ経済合理性以上の貢献が期待できると言えます。団塊世代が定年を迎えるまでにあまり時間もありません。定年後の働き方の枠組みを早急に構築することが、今、強く求められています。

>> 改正高年齢者雇用安定法の趣旨

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