コメント キャリア教育の立場から
教育から職業へ—欧米諸国の若年就業支援政策の展開—

開催日:平成16年2月19日

※無断転載を禁止します(文責:事務局)

配布資料

夏目 達也 (東北大学 アドミッションセンター 教授)

Ⅰ ドイツとアメリカ合衆国:対照的な関係

お手元に私の作成いたしました「坂野氏・藤田氏の報告に対するコメント:キャリア教育の立場から」と題するレジュメがあるかと思います。

お二方のご報告にありましたドイツとアメリカ合衆国は、学校制度のあり方という点でみると非常に対照的な国であります。片や前期中等教育のかなり早い段階から学校制度が分岐する。片や早期の分岐を避けて、いわば総合制の中央教育をつくっている。中等教育制度のあり方は若年就業支援政策のあり方とも密接に関係しており、対照的な国を2つ取り上げたのは比較する上でよかったと思います。

Ⅱ キャリア教育をめぐる論点

キャリア教育の観点から、いろんな点に着目しながらコメントをさせていただきます。その作業を通じながら、日本のキャリア教育がどういう示唆を得ることができるのかということをお話しさせていただきたいと思います。

<キャリア教育とはなにか>

そもそもキャリア教育とは一体何か。ここで用いるキャリア教育という意味は、文科省から発表されました「キャリア教育の推進に関する総合的調査研究協力者会議報告書」(レジュメ1ページ、Ⅱの(2))で使われているものであります。キャリア教育をめぐる論点ということで、レジュメに9点ほどにまとめておりますが、その中のいくつかをつまみ食いするような形でお話をさせていただきたいと思います。

<対象者>

(1)対象者の多様なニーズへのきめ細かな対応

対象者(2ページの4.)という場合も幾つか問題があるのですが、第1は、対象者の多様なニーズへのきめ細かな対応ということで、とりわけAt riskの青年に対する指導が、キャリア教育を考える場合に最優先の問題として出てくるということです。フランスなどでは、At riskとは言わないで、困難な状況にある青年、あるいは大きな困難を抱えた青年といいますが、そういった言葉であらわされる青年たちのニーズにこたえる形できめ細かな指導をしていくということが、当然、重要な課題になっており、事実取り組まれています。確かに厚労省の政策を見ていくと、こういった点もかなり目配りはきいていますが、まだまだ課題が多いと思ったりもするわけです。お2人もこの点に触れておられたので、非常によかったと思います。

(2)一般の青年を対象とするキャリア教育

問題はその次の、一般の青年を対象とするキャリア教育ということです。職業教育コースの生徒、あるいは同コースへの進学予定の生徒だけでよいのか。日本の現実に即して見ると、例えば高校の職業科の以外の生徒、簡単に言えば普通科の生徒にきちっとしたキャリア教育を提供していくということが、今後の重要な政策課題になっていくと思います。

日本の新規高卒就職者は普通科出身者が多いわけです。2003年の高卒就職者は約21万人で、その中の7万8,000人は普通科の生徒です。つまり高卒で就職する人たちの3分の1以上は普通科の生徒が占めている。工業科が5万人、商業科が約4万人と言われていますから、工業科や商業科の生徒よりも多い。これらの生徒が何らのキャリア教育も受けないままに就職をせざるを得ないとしたら、これはどういう問題になるのでしょうか。

(3)職業教育コース以外でのキャリア教育

もう1つ大きな問題は、同じ普通科でも就職を予定していない生徒、つまり大学進学準備コースの生徒にはキャリア教育は不必要なのかということです。先ほどのキャリア教育の定義では、「キャリア発達を支援し、それぞれにふさわしいキャリアを形成していくために必要な意欲、態度や能力を育てる教育」となっておりますから、大学進学を考えている生徒には不必要だということには多分ならないと思います。

坂野さんのお話では、ギムナジウムでもほぼ必修のような形でやっているということでした。これは多分、州によっても違うでしょうし、州内でも学校によって扱いは相当異なっているでしょう。ギムナジウムは二極分解が進んでいるという話も伺っております。そういうギムナジウムの実態も、もし時間があれば報告していただくといいかと思います。

こういう進学準備コースのことを考える場合に、なぜ地域間格差とか、学校間格差が生じるのかを考える必要があります。率直に言えば、どうやって伝統的な中等教育観念を克服しているのかということです。私自身、大学入試関係のセクションにいて矛盾を感じたりするんですが、大学進学の生徒にほんとうにキャリア教育が必要なのかどうか。私はキャリア教育を大事だと考える人間ですけれども、実際にやるためにはものすごく大きな障壁があります。伝統的な中等教育観で大学進学を考える人間には、こういうものは必要ない、そんな暇があったら英単語1つ覚えろというような考え方が根強くあって、それが大学進学予定の生徒に対してキャリア教育を提供しにくくしている原因なんですが、ドイツではどう克服されようとしているのか、かなり重要な問題だと思います。

アメリカではどうなのか。藤田さんから詳しいご説明がありましたが、トラッキングメカニズムが機能する中で、キャリア教育というものが下手をすると大学進学熱をさまさせる、君たちはそう無理をしなくいいよというような機能として使われることはないのかということです。

職業教育コース以外でのキャリア教育が大事だとして、それではその目的とか内容は、一体どういうものになるのでしょうか。とりわけ大学進学準備コースでのキャリア教育というのは、どういった形であれば可能なのかという問題が次に出てくるのではないでしょうか。

<キャリア教育実施の適時性>

(1)どの年齢段階、教育段階で実施すべきか

次はキャリア教育実施の適時性という問題で(3ページの5.)、どの年齢段階、教育段階で実施すべきかという点です。小杉さんから、今日は中等教育をターゲットにというお話だったので、お二方の報告では出てこないのは当たり前なんですが、中等教育より上の段階の生徒へのキャリア教育の提供ということが、今後、非常に重要になってくるのではないでしょうか。

日本ではこれまで中等教育段階の問題として意識されてきました。ドイツ、アメリカ合衆国もそうですし、他の欧米諸国も基本的にはそうです。しかし、特に日本のように高等教育進学率が非常に高い国、大学進学率はほとんど5割に近く、専修学校などを加えますと7割に手が届こうかというような段階で、生徒が大学を出るときに、キャリア教育が全くなしということでいいのだろうかということを考えるわけです。既に大卒で就職する若者のほうが高卒で就職する若者よりも多くなっている。高卒の就職者が年間21万人に対し大卒の就職者は30万人です。

加えて、普通科、とりわけ大学進学準備コースからくるような生徒は、高校段階ではほとんどキャリア教育を受けていない。大学でもしかりということになったときに、大きな不安を抱えるというのは当たり前な話です。私も大学でいろんな学生に話を聞いてみますが、異口同音に非常に大きなプレッシャーになっているし、不安だということを彼らは口にします。そういった実態からしても、今後きちっとしたフォローをしていくということが必要だということを思うわけです。

<学校でキャリア教育を実施する方法>

(1)機能主義と領域主義

その次は、学校でキャリア教育を実施する方法ということであります(3ページの6.)。機能主義と領域主義、あまり聞きなれない言葉かと思いますが、特定の時間を設けて、例えば新たな教科を設けて指導するか、あるいは既存の教科の質を変えることによってキャリア教育を提供するのかどうかということです。つまり特別の時間を設けて行うか、あるいは教科の質を改善することによって行うかという2種類の考え方があると思います。

ドイツとアメリカの場合は、明らかに領域主義をとっている。この点は非常に重要でありまして、坂野さんのお話にもありましたが、ドイツの労働科の場合、2週間とか3週間という時間をとってインターンシップを行うことができる。そういった点では非常に大きなメリットがあります。

日本の現実はどうか。1ページの一番下をごらんいただきたいんですが、体験学習は、公立中学校では実に80%の中学校で行われております。この点は結構なんですが、実施期間は1日が過半数、3日以内が全体の9割ということです。高校でも実態は全く同じで、大体2、3日というところが50%を占めております。

これだけ短い期間に一体何を教えることができるのでしょうか。そういった点からすると、ドイツで労働科を設けてきたというのは、重要ではないかと思います。アメリカも基本的に同じです。藤田さんのレジュメにはあったんですが、アメリカは教科で行っていこうという考え方を克服して、いわば領域主義の考え方になっていった。いずれにしても、きちっとした対応をしようすると、こういうような時間を特設することが必要になってくるということです。

しかし、日本の現実を考えてみたときに、この領域主義というのが成り立ち得るかという問題です。これも非常に多くの議論があるんです。中学校あるいは高校、特に普通高校で1週間のインターンシップ、体験学習をやれるかという問題です。おそらく、相当な反発を招くことは間違いない。兵庫県のトライヤルウィークみたいに、非常に熱心にやっておられるところはありますけれども、もし全国に広めるとしたらほんとうに成功するかという問題がやっぱりあります。おそらく生徒の反発があるでしょうし、それ以上に父母の反発が強い。先生方の反発も当然あるでしょう。日本で現実に可能性があるとすると、機能主義の考え方をもっと深めていくことが必要なのではないかなと思うわけです。この点は先ほどの文科省のキャリア教育に関する協力者会議の中で提言されているところであります。

【小杉】 どうもありがとうございました。続いて堀さんからは、もう1つのテーマの柱であります学校を離れた後の、特にAt risk、非常に困難を抱える若者に対しての就業支援のところにポイントを置いたコメントをお願いします。

(文責:事務局)