報告 アメリカにおける若年者就職支援施策の特質と課題
教育から職業へ—欧米諸国の若年就業支援政策の展開—

開催日:平成16年2月19日

※無断転載を禁止します(文責:事務局)

配布資料

藤田 晃之 (筑波大学助教授)

はじめに:アメリカにおける「移行期」の特質

(1)中退率・進学率の概況

まず、私が使っております「移行期」という言葉の意味は、学校から職業生活への移行期、School-to-WorkTransitionという意味であります。この移行期の問題を考える際に、まず中等教育から高等教育への進学率あるいは就職率がどうなっているのか関心があるかと思うんですが、アメリカの場合、これが見えにくい。とりあえず数値をあげますと、高校修了に至らなかった者が約10%、高校を修了し高等教育機関に行かなかった者が32%。コミュニティカレッジ、これは州立の2年制の大学ですがその進学者が21.5%、4年制大学進学が35.6%(図「中退率・進学率の概況」)。実はリカレントの流れがあり、例えば、1988年に8学年、日本でいうと中学校2年に在籍しその後に中退した高校以前中退の10.7%を母集団として考えた場合、92年の段階で44%は何らかの形で高校の卒業証書を得ている。この4年の間に戻ってきています。この中退率10.7%というのが還流してくるということをまず踏まえていただきたいと思います。

それから、ここに学部教育の年齢構成を示しましたが、特にコミュニティカレッジでは24歳以上の学生が全体の54.8%を占めている。というのは、高校を出てからすぐ短大へという日本の進学のイメージではなくて、高校を出て就職し、必要を感じてコミュニティカレッジに入ってくる、またその一部は4年制大学へ編入していくという、人生のセカンドチャンス提供のプログラムがあるということです。ですから、日本式の卒業率何%、進学率何%という形では、アメリカの全体像が見えにくい。

(2)人種・民族集団別中退率

次に、図「人種・民族集団別中退率」のグラフをごらんいただきたいと思います。一番上の緑色がヒスパニックの人たちの中退率、スペイン語を母語とする中米からの移民を父母あるいは祖父母に持つ子供たちです。次に黄色いところが黒人、ピンクが白人、赤が全体平均です。特にヒスパニックの中退率が高いということが、ここで確認できるかと思います。

(3)最終学歴・最高学位別の年収

図「25歳以上のフルタイム就労者における最終学歴・最高学位別の年収」の、一番上の黄色が学士以上の学位を持っている者、山吹色が準学士、コミュニティカレッジ修了者です。赤いのが全体で、ピンクが大学在学経験者で学位まではいかないけれどもコミュニティカレッジか大学に行った者、緑が高校卒業者、青が高校中退者、一番下の紫が高校に行く前に学校から去った者です。景気の状況によってほかの集団が上昇傾向を見せているのにもかかわらず、中退者では上昇傾向がほとんど見られない、非常に低収入な状況に置かれている。人種・民族と収入とのリンケージあるいは人種・民族と中退率とのリンケージが移行期には見られるということが、このグラフからわかるかと思います。

(4)学卒後の不安定就労状況

次に、OECDの先行研究から幾つか移行期の特質をご紹介したいと思います。まず、日本における学校から職業生活への移行といいますと、従来から高校の就職先あっせん機能と、今では過渡期を迎えております地元企業などとの相互信頼関係を背景とした推薦慣行といったものがありますが、アメリカの場合は次のような指摘があります。「若者のブラブラ行動・揺れ行動(milling and churning)、どうどうめぐり行動(swirling)をめぐる論議が最も活発なアメリカにおいて、これらの行動は、定職に就くまでの間に繰り返される職から職への渡り歩きを意味するものとして理解されている。より詳細に言えば、この期間において若者は、多種多様な活動を短期間のうちに経験するのであり、職に就くことはその一形態にしかすぎない。例えば、雇用促進のための教育訓練プログラム等への参加、失業・無業状態、生徒・学生の立場への一時的回帰、パートタイム就労、短期間のフルタイム就労などが挙げられる。」(図「学卒後の不安定就労状況」)。すなわち、高校や大学、あるいは短大を修了してすぐに職につく、いわゆる1位就職が長期にわたるというイメージでは決してなく、若い時代に極めて不安定な就業時期があるということであります。

(5)転職回数

それに注目したある研究者が、男性・女性別にどういった転職パターンを経ていくのかという研究をしました。これは1995年に発表されたものです(図「転職回数」)。ここでは男性についてご紹介しますと、18歳から24歳までの平均転職回数が5回、6つの仕事を渡り歩いている。18歳から28歳まででは7回転職をしております。中退者ですと、18歳から24歳までは平均で5回、28歳までは9回。ですから、中退者は不安定度が高いということが見て取れるかと思います。

また、人種別に見ますと、白人が8.1回であるのにたいして、ヒスパニックは7.4回、黒人は6.0回と逆に少ない。中退者は移行期における就労の不安定度が著しく高く、しかもマイノリティグループはそのような不安定な就労機会すら得にくい状況にあるかと思われます。

(6)男性の非就労・非在学率の時系列変化

図「男性の非就労・非在学率の時系列変化」は、同一集団について時系列で縦断的に見たものです。白人は非就労・非在学率が23歳時では14.7%ですが、高校卒業者では7.0%。高校を卒業しているか、していないかで倍の差が開いています。次に、マイノリティグループでは、例えば白人が27歳時点では10.3%、これは高校中退者で、高校卒業者では非常に少なくて2.2%にまで安定してきているんですが、中退者では黒人が28.3%、ヒスパニックが17.7%。 高校卒業者では黒人が11.3%、ヒスパニックが8.6%です。まず中退者とそうでない者との不安定度の差、次にマイノリティとマジョリティとの差、こういったものが明らかに見て取れます。これがアメリカの社会の移行期の特質ではないかと思われます。

ですから、移行に対する就業支援施策といいますのは、at riskな若者、あるいはdisadvantaged、社会的に不利な立場に置かれた若者に対する政策的な働きかけが中核になっている。これがアメリカの若者に対する就業支援の大きな特質かと思われます。これには歴史的背景もあり、20世紀中葉まで人種差別政策が行われていた。そういったみずからの政策が残してきた負の遺産をどう解消していくのか、アメリカの政府に与えられた大きな課題であることは間違いありません。日本の場合ですと、実態として at risk な若者が支援の中核になるにせよ、そういった社会的に不利な立場に置かれている者に対する意図的な政策が立案されているわけではない。

1.学校から職業生活への移行支援

(1)多様な学校教育制度

図「多様な学校教育制度」は、アメリカの連邦教育省が外国人向けにつくった資料ですが、学校の区切りは8・4制があり、「4・4・4制」、「6・3・3制」、「6・6制」もある。多様な区切り方であるということですが、実はもっとわかりにくいのが実態です。

連邦政府の統計では1学年から8学年までをエレメンタリースクール、9学年から12学年までをセカンダリースクールと区分するんですが、図「多様な学校制度」でエレメンタリースクールの学年別構成を見ますと、35%を占める1−5学年が一番多い。次の22%が1−6学年。ですから、日本式に言う「6・3・3」の最初は5が一番多く、次が6という区切りが多いのではないかと思います。次が、セカンダリースクール、全体の60%近くが9−12学年で4で終わります。「5・3・4」あるいは「6・2・4」というのがアメリカの学校制度の区切りとしては一番多いのではないかと思われます。

この学校段階の区分の仕方というのは、日本の市町村教育委員会に近い、一番ローカルな教育行政区の権限の範囲です。ですから、道を挟んで向こう側は「6・2・4」だけれども、こっち側は「5・3・4」だということが、ごく普通に見られます。

(2)後期中等教育段階の特質

またOECDの研究の受け売りですが、OECD加盟国の後期中等教育を4つに区分しますと、坂野さんがお話になったドイツはアプレンティスシップ優位型、デュアルシステムを中心としたもの。日本とアメリカは高校普通科優位型、すなわち5割以上の青少年が普通教育プログラムに在籍している(図「後期中等教育段階の特質」)。こういう点では、日本とアメリカは位置的には近いところにいるのではないかと思われます。

<学校区立 小・中・高一貫教育>

このような後期中等教育段階の特質としては大体5点ほどあげられるのではないかと思います(図「学校区立小・中・高一貫教育」)。学校教育全体を見ますと、「5・3・4」、「6・2・4」の学校段階区分というのは、小・中・高校一貫教育ですので節目とはならない。道を隔ててこっち側と向こう側で違うような節目ですから、小学校卒業・中学校入学ということではなくて、日本で小学校から中学校に進学するように中学校から高校に進学する。入試は基本的にはありません。さまざまな興味・関心、能力を持った子供たちが1つの学校に集中しますので、日本の総合学科に近い総合制高校が中心です。

いわゆる職業高校というのは、極めて限定的な数しかありません。多様な選択科目が準備され、多様な選択科目の一環としての職業教育プログラムがあり、さまざまな選択を繰り返しながら各学年を上がっていくことになります。日本のように学校間格差という目に見えるトラッキング・システム、よーいドンで走るトラックを分けていくような進路区分はありませんが、学年をあがっていくごとにトラッキングが細分化されていくようなシステムとして選択科目自体が動いている。ですから、最初に大学進学に直結しない科目を始めてしまうと、大学進学にシフトするような科目選択がしにくくなります。そういった重層的なトラッキング・システムが動いているということかと思われます。

<職業教育関連科目修了者の減少>

次に職業教育関連で選択科目の一貫ですけれども、1982年から98年までの統計を見ますと、3単位以上、日本式に換算しますと12単位相当ですが、分野を問わずに職業教育関連科目を3単位以上取得した者の数は4割後半から4割半ばぐらいです。ただ、単一分野について3単位以上取得した者というのは33%から25%に減っております(図「職業教育関連科目履修者の減少」)。高校段階における単一の職業技能訓練というのは、火勢を失いつつあるのではないか。その背景には学力向上をねらう教育改革との関連性があるわけです。

公立学校のみに限定した場合、1−8学年、いわゆるエレメンタリースクールは全体で6万5,000校、セカンダリースクールが2万2,000校で職業高校は全米で250校と言われております。全体で9−12学年を含むセカンダリースクールが2万校ぐらいある中で250校ですので、職業訓練を中核とする高校というのは例外的だということがおわかりいただけると思います。

(3)高校職業教育の法的基盤

高校における職業教育を考える上で、連邦政策の法的基盤の変化をごらんいただくのがいいかと思うんですが、重要な法律を2つあげました(図)。

<パーキンス法と移行機会法>

まず、1984年にできて90年、98年に改正された一連のパーキンス法です。正式タイトルはCarl D. Perkins Vocational Education Actですが、提唱者の名前をとってパーキンス法と呼んでおります。ここでは、便宜的に改定年をとって、84年パーキンス法、90年パーキンス法、98年パーキンス法と呼びたいと思いますが、アメリカではパーキンス1、パーキンス2、パーキンス3と言うのが一般的です。

それとは別に日本でも非常に注目された法律ですが、”School-to-Work Opportunities Act”、仮に「移行機会法」と呼んでおきますが、これが職業教育法とは別枠の形で、94年から2001年までの時限立法として存在していました。

<職場のOA化、単純作業労働の機器による代替>

84年パーキンス法では、不利な立場に置かれた者を対象とした職業教育への重点予算配分というのがありました。これは非常に大きなことだったわけですが、84年代は「職場のOA化、単純作業労働の機器による代替」(図)といった傾向が強く見られ、不利な立場に置かれた者に対して職業教育を重点的に行っても、結局は彼らを救うことにはならないという議論が起きた。そこで、90年パーキンス法においては、高度技術社会において就労する上で必要なアカデミックな能力と職業技術的能力の双方を習得し得る教育プログラムの改善というのが柱になってまいります。

移行機会法においては、職場における学習と学校における学習を統合する、アカデミックな学習と職業的な学習の統合といったものが目指されています。大学進学を予定する者とそうでない者を分けることはよくない、結局それは社会階層を再生産してしまうということが明確に認識されてくるようになりました。

そして、98年法においては、職業教育においても高度にアカデミックな教育スタンダードを構築するための州及び地方における施策の促進という極めて特徴的な言葉が見られるようになります。その背景には、02年1月にできました”No Child Left Behind法”というのがあります。

(4)高等職業教育の諸相

このような大きな流れの中で、具体的に高校職業教育はどういうことをやっているのか。冒頭に小杉さんからお話がありましたように、アメリカでは、国として全体的なプログラムというのは顕在的にはない。ここではとりあえず鳥瞰図的に大きく全体構造を見ていきたいと思います。

<テックプレップ制度>

まず、取り上げたいのが「テックプレップ制度」であります。図でご説明いたしますが、概略は高校2年で卒業、その次にコミュニティカレッジや4年制大学の1年、2年と続くわけですが、この4年間をセットで考える。大学1年、2年という言い方をせずに第13学年、第14学年にして、これをユニバーサルなものにするということをクリントン前大統領が言っておりました。万人のための教育段階として大学2年までを考える、高校卒業までをターゲットにしてしまうと、社会的階層の再生産が起きてしまうんではないかということです。

これは高校の第11学年より開始され、高校における2年間の教育と準学士資格取得可能な中等後教育機関における2年間の教育とを有機的に接続させ、4年一貫教育として位置づける点が最大の特質です。ですから、2+2とも言われますが、実際は2+3、2+4の型の実践もあります。

1985年にD・パーネルが構想を発表いたしました。従来の職業教育が「教育を奪われた者たち(educational have-nots)」を生むトラッキング装置となっている。すなわち職業教育を一たん履修してしまうと大学には接続しない。結局、職業教育というのは大学に行かない連中のものだ、事実上そうなってしまっている。職業教育として十分に専門性を高めるためには、13学年、14学年、あるいはそれ以上もセットで職業技術訓練をしておかなければ、今日求められる高度な技術者になれない。」 そういうふうな認識から始められました。大学には行けない、あるいは行かない子供たちに対して、4年間一貫の教育プログラムによって学習意欲を刺激し、学習意欲を持った者が大学の最初の2年間を経験し、さらにその先の学習につなげていく。そういった力になっていくのではないかということであります。

これは90年パーキンス法に初めて規定され、全米的な制度として現在でも拡大しております。連邦レベルの施策として、テックプレップというのは90年代に入り、非常に突出した全米的な流れをつくったと思います。

<コオペラティブ教育>

コオペラティブ教育は、有給を前提とした中等教育段階での職場実習型の職業教育ですが、90年パーキンス法に定義がありますので、図からそのまま引用いたしました。

「コオペラティブ教育とは、学校と雇用者間の明文化された協定法に基づいて、個人に職業教育を与えるための指導方法であり、そこでは、必修アカデミックコースの授業と職業的な指導が、学校での学習と職場での仕事を交互に行う方策を通じて与えられるものとする。学校での学習と職場での仕事を交互に行う方策は、教育の向上と雇用可能性の拡大の双方に寄与するため、学校及び雇用者の両者によって計画され管理されるものとする。交互に行う周期は、半日ごと、1日ごと、週単位、又は目的に適したその他の期間とする。」

学校での学習と職場での実習をミックスした、職業技能訓練科目の指導法の一方策としてとらえられるかと思います。

<学校における模擬企業的な実践>

次に、日本でも広く見られる実践ですが、「学校における模擬企業的な実践」(図)です。ただ、日本と違うのは、州によって力の入れ方が違いますが、本業と見間違うようなレストランが、実は模擬企業であったりするということです。地域の住民に開かれ、営利を上げつつ運営しているような模擬企業が少なからず見られるという点は、触れておいていいかと思います。

<青少年アプレンティスシップ>

アメリカにも正規の訓練生制度というのがあります。成人を中心に、現在では年間44万人ほどが正規の訓練生制度で職業技術訓練を受けておりますが、それを適用するには年齢的に低い層に対して、職場での学習を構造的に計画し提供していこう。要するに、ドイツのデュアルシステムのような方策で職場での学習を提供していこうというのが、この「青少年アプレンティスシップ」(図)です。

<キャリア・アカデミー>

これも文字通りつまみ食いで恐縮なんですが、学校内学校”a school-within-a-school”と言われております。非常に頻繁に使われる言葉です。高校自体が総合学科のような学校ですので、大学進学を前提としている非常に成績のよい生徒もいますし、成績の低迷している生徒もいる。そういう中で、あるセクションだけを学校内学校として、独自のカリキュラムをつくり、独自の卒業要件をつくっている。

その1つとして「キャリア・アカデミー」(図)が運用されております。みずから志願した生徒を対象として、地域で雇用機会が十分にある職業分野に焦点を当て、それに並行してアカデミック科目の系統的学習を義務づけ、生徒には協力企業における夏季雇用の機会が与えられる。

多くは低学力や成績不振などの問題を抱える生徒を対象とした学校内学校です。 アメリカを訪問した際、結局は劣等者の烙印を押すような効果を持ってしまうのではないかと思ったのですが、手厚い配慮が行き届いておりて、例えば学校で一番人気の高い先生がキャリア・アカデミーの担当として名を連ねる、あるいは学校で一番新しい施設を専用のセクションとして開放する。確かに成績不振者であるけれども、この学校にいると一番いい教育サービスが受けられる、それに我々は自信を持って参加するんだと、そういうふうな意識づけというか、働きかけが見られるところは注目してよろしいかと思います。

<職場における学習の多様性>

職場における学習が極めて多様かつ体系的に行われているという点もアメリカの特質として注目してよろしいかと思います。図「職場における学習の多様性」は96年の連邦政府の訓練体系でありますが、ジョブシャドウから始まり模擬企業、インターンシップ、コオペラティブ教育に至る体系が整理されております。これも日本における職場体験型の学習へのインプリケーションとしては重要なのではないか。例えば中学校で職場体験と言い、高校でインターンシップと言いますが、その中身にどういった段階性・体系性があるのかということを考える上で参照してもいいように思われます。

これらは連邦レベルだけのことではありません。例えばミネソタ州では、同じような体系化が行われております。青少年アプレンティスシップを学習形態の一番上に置き、次にコオペラティブ教育、有給インターンシップ、メンターシップ、無給のインターンシップ、地域の奉仕活動、ジョブシャドウ、職場見学という体系(図)の中で、専門の職業教員免許を必要とする者、しない者、あるいは長期にわたる者、短期にわたる者、さまざまな職場における学習が行われております。

ただ、アメリカでは何の問題もなくスムーズに体系化が行われたかといいますと、ファジーな部分を残した体系化というのもあります。例えばミネソタ州では、有給インターンシップとコオペラティブ教育はどう違うのか。資料では、コオペラティブ教育と有給インターンシップとはしばしば互換的な用語として使用されると書いてあるんですが、実態はあまり差がないという言い方をしている(図)。体系化をしながらも、そういった定義の厳密化というのはこれからだろうと思われます。

ただ、ジョブシャドウは極めて定着しており、日本に紹介されたのは比較的新しいかと思いますが、実際にアメリカでの運用というのは戦後というか、20世紀の中葉以前から始まっております。スタートラインは明確ではないんですが、特定の職業技術での習得を目指すものではなく、職場の実際を観察することによってみずからの関心や興味を再吟味する契機を提供する体験的学習として位置づけられています。短期間の職場見学では知り得ない職業人の働きの一端に触れること、それ自体が有する教育的価値に注目した実践がジョブシャドウかと思われます。

ですから、小学校段階における職場見学や工場見学、中学校段階における職場体験、高校段階におけるインターンシップは何を目的としてやっていくのか、どういう体系化が必要なのかということについては、日本においても何らかの体系化、あるいは一般的な理解が必要かと思われます。

次に、このような学習の実施率はどうなっているか、実はこれといったデータがありません。インターンシップとコオペラティブ教育はどう違うのかがはっきり定義されていない状況ですので、何が何%ということはなかなか言えないんですが、こんなデータがありました。職場における学習への参加率(図)は、1998年度と99年度にそれぞれのプログラムに参加していると自ら回答した生徒の割合ですが、ジョブシャドウでは第11学年が9.7%、第12学年が14.7%、コオペラティブ教育では6.9%、9.9%、テックプレップが7.8%、9.6%となっています。ただ、このデータはあまり信憑性がない。高校生が必ずしも厳密な定義を理解した上でイエス、ノーと答えているわけではなくて、例えば私が見てもおかしいと思うのは、ジョブシャドウが最終学年で14.7%というのは多分違うだろう。ジョブシャドウは学年の若い時期に行われるものですので、高校生から見るとジョブシャドウかもしれませんが、実はテックプレップだったり、コオペラティブ教育だったり、提供者側に聞けばもっと違ったデータが出てくるかもしれません。

<地域職業教育センターの活用>

最後に、職業訓練あるいは職業技術訓練は学校単独で行われているわけではない、ということを紹介したいと思います。

アメリカにおける特徴の1つかと思われますが、地域職業教育センターが古くから活用されております(図)。全米で1,100施設あると言われていますが、この地域職業教育センターの主たる役割というのは成人に対する職業訓練プログラムの提供です。しかし、地域職業教育センターでは、総合制高校では開設することの困難な職業技能訓練科目、例えば特殊な施設・設備を必要とする科目とか履修者が限定される科目、あるいは適切な指導者の確保が困難な科目などを集約的に開設しております。生徒は一般科目を通常の在籍高校(ホームハイスクール)で履修して、職業科目については高校では開設されていないのでこの地域職業教育センターで履修する。こういうふうなプログラムも行われております。高度な設備や施設、あるいはスタッフを配置しなくてはならない場合に、それらを集約させることによって対費用効果を高めているわけです。

(5)学校間連携の円滑化

ここで非常にアメリカ的と思われることは、地域職業教育センターと高校だけではなく、学校間連携が非常にスムーズに行われている。その秘密というか、アメリカ人から見ると常識で、我々から見ると驚くところですが、時間割りに1つの秘密があるのではないかと思います。

図「時間割」をご覧いただくと、例えば国語で、日本の時間割ですと普通ばらけて開設されますが、アメリカでは多くの場合、縦に1コマしかなく毎日それを繰り返します。ですから、最初の1時間目が英語だとすると、ずっとその週は英語、週どころか1年間1時間目は英語なんです。こういう時間割をしておきますと、連携を要する授業が虫食い状態にならず、学校間の時間割の調整が非常にやりやすい。スクールバスの定期運行もしやすい。特に高校段階では自家用車による通学も多いですから、自分で運転して必要なところに行くということになります。

もう1つの裏側のシステムというのは、冒頭に申しましたように、学校区が学校の設置運営をしておりますので、カリキュラムというのは学校単位ではない。アメリカに調査に行かれた方は既にご経験かと思いますが、開設科目一覧をくれと言うと、学校単位の開設科目一覧ではなくて、その学校区の開設科目一覧が手元にくるんです。ですから、学校区の教育計画で、この科目はA高校、B高校、C高校のうちB高校で、この科目についてはC高校で、ここは学校間連携でいこうということが行われる。そういった高校の連携の円滑な運用というのが見られます。

(6)キャリアガイダンスの実践

<84年のパーキンス法>

90年代の進路指導を大きく形成したものが84年のパーキンス法(図)であります。ここで、キャリアガイダンスの重要性が再認識され、正規カウンセラーを中核とした計画運営ということがうたわれた。若干飛ばしますが、重層的なトラッキング・システムに対して弊害を回避していくといった進路指導が行われます。後でご質問がありましたら、カウンセラーの実態、配置数等も確認したいと思うんですが、時間の関係上先に進ませていただきます。

このようなキャリアガイダンスの実践ですが、70年代、キャリアエデュケーションの時代には連邦が強力なモデルを提示しました。80年代以降はそういった強力なモデルの提示がなくなり、ガイドラインだけになってまいります。そうなりますと、ボトムアップ型のプログラムで各州の独自性が出てくる。その独自性を支えるものとしてリーダーシップを発揮しているのがミズーリ大学のノーマン・ガイスバースであります。ノーマン・ガイスバースがMissouri Comprehensive Guidanceをつくりまして、多くの州に影響を与え、さまざまな実践に結びついているところです(図)。

Missouri Comprehensive Guidance

ここでは概略だけ申し上げますが、Missouri Comprehensive Guidanceは大きく3つのエリア−キャリア計画と探索、自己及び他者の理解、教育的・職業的な発達−の中で総合的な進路指導が行われている(図)。単なる進路指導というよりも、例えば薬物乱用の問題であるとか、異文化理解であるとか、そういった生徒指導的なものも含んだガイダンスが行われています。これが一般の教諭ではなくて、ガイダンス・カウンセラーによって行われるというところも非常にアメリカ的な特徴かと思われます。

このようなガイダンスの実施の中で、ご紹介するのがオハイオ州における実践です。

キャリアパスポートの実践ですが、中等教育段階で大きく2つの実践を行っております。1つがICP(個別キャリア計画)です。日本でいいますと中学校2年生からICPが始まります。これは非常にシンプルなもので、各個人ごとにペーパーフォルダーの中に3種類の書類、キャリアパスウエイ、キャリアスキルズビルダー、アセスメントレコードいわゆる指導要録ですが、ポイントはこれらを生徒みずからが記入して保管し、毎年最低1回はそれを更新して高校卒業まで続ける。そういうシステムです。自己理解を深め、進路意識を深めていく、そういった試みがこのICPかと思います。

それと同時に進められるのが、キャリアパスポートと言われるものです。これはポートフォリオなんですが、卒業時に大学進学あるいは就職の第三者評価を行うものです。キャリアパスポートは各学校区(市町村の教育委員会)ごとで自由ですが、オハイオ州全体としては大きく4種類の書類を入れておく。例えば学校長の認定証、履歴書、各種技能証明関係書類。従来の、学校から企業に回っていく調査書には成績や出席日数ぐらいしか書いてないわけですが、そういったものではカバーし切れない多様な学習経験に対する進学・就職時の評価を樹立していこうという動きが見られます。

2.若年失業・無業者およびハイリスク層に対する就職支援

学校外における就職支援がどのようになっているか。冒頭にごらんいただいた資料で、人種・民族間で中退率に大きな差がある、25歳以上の最終学歴・学位別の年収にも大きな差がある、特に中退組とそうではないグループ、学士以外のグループで開きがある。ですから、高校を中退しているかいないかで収入に大きく差が出てくる。無業を含め不安定な状況に直面するかどうかが、高校を出ているか出ていないかというところに集約されているということが、このグラフからも確認いただけるかと思います。

(1)高卒資格取得支援

2つの高校卒業資格取得制度(図)というのが、実は就業支援施策としても大きく貢献しております。

<GED 一般教育発達テスト>

まずGEDですが、16歳以上の高校中退者を対象として実践されており、これに合格をしますと、高校卒業同等証書が授与されます。これは単一の高校からではなく州の教育委員会から授与されるということです。ペーパー試験があり、言語技能、社会科、理科、文学、数学、こういった主として択一式のマークシートでやる試験が実施される(図)。

現在では100万人を超える人が毎年GEDを受験しており、60万人を超える人が高校卒業同等資格を得ている。特に20歳から24歳代の受験者や受領者が約4分の1を占めております(図「受験・合格状況の推移」)。ですから、若年の就業支援としてGEDが大きく貢献しているという点がここから読み取れると思います。

<NEDP 全米外部卒業証書プログラム>

もう1つがNEDP、こちらは21歳以上の高校中退者を対象としたテストです。これに合格しますと、居住地の学校区の町村教育委員会から通常の高校卒業証書が授与されます。まだ10州でしか実施されておりません(図)。

GEDとNEDPはどこが違うかといいますと、GEDのほうは従来型の筆記試験で、その筆記試験に合格するための前提として、伝統的な学習や準備教育を行う。NEDPのほうは大きく2つの段階があり、まず口頭を中心に読み・書き・計算等の基礎学力の診断を行います。それに合格した者が審査に進みます。これはポートフォリオ中心にして、今までの生活経験や職務経験を詳細に記述することによって、能力があると評価され高卒と同等の資格を認定していこうということです。この診断に合格しなかった場合、生涯学習センターでの講座受講が奨励されて、また診断のフェーズに入って、仮に合格した場合、先に進むわけです。

(2)学校教育からのアプローチ

<JAG:Job for America's Graduates

中退者に対しては、学校教育からのアプローチも盛んに行われております。先ほどから強調しておりますように、高校を出ているか出ていないかというのが就労の安定度に直結するアメリカにおきましては、GEDやNEDP以外に学校教育からも中退者に対して働きかけを行う必要が出てくる。特に中心になっておりますのがJAGであります(図)。

JAGを構成するのは3つのプログラムです(図)。1つは、高校に在学している9−12学年生を対象の中退予防、就職支援、就労継続支援のプログラム。2つ目は最終学年プログラムで、インテンシブに中退予防、就職支援、就業継続支援を行います。3つ目が中退者プログラムでこれは高卒資格の取得支援、就職支援、就労継続支援を行うわけです。

<3プログラムの共通要素>

これら3つのプログラムに共通しておりますのは、JAGの専門家による個別指導が行われている点です(図)。JAG専門家というのは教員ではなく非利益法人から認定された専門家で、提携する公立高校内に専用のオフィスを無償供与され常駐しております。学校の教員ではないんですが専門家が学校に常駐し、中退者に対して学校からアプローチがある、まだ学校に見捨てられていないんだ、そういう意識を深めることが目的とされているということでした。それから、プログラム参加者専用の生徒会組織があり、州内の協賛企業から派遣された職員による各種講座なども行われます。さらに、高校卒業後12ヵ月に及ぶ個別指導(フォローアップ)が行われております。こういったきめ細かな方策によって、中退者が不安定な状況から脱出できるよう支援が行われているところに注目できるかと思います。

<JAGの成果>

このJAGが、非常に高い効果を上げているということがJAGから公表されているところです(図)。これもPRの1つと思いますけれども、詳しくは省略させていただきます。

(3)連邦労働省によるジョブ・コア

最後に大きく注目しなくてはならないのは、連邦労働省によるジョブ・コアであります(図)。これは1964年に創設されたもので、連邦労働省直轄のプログラムですが、ほとんどは民間委託型でしかも寄宿制教育・職業訓練プログラムです。全体で160種の技能訓練が行われており、1つのセンターで平均20~30行われていると聞いております。どうして寄宿制かといいますと、対象が基本的には経済的に不利な立場に置かれた者(16~24歳)ですから、彼らは中退をして劣悪な家庭環境あるいは地域環境の中に住まわざるを得ない。50年前まで続いていた人種隔離政策によって、黒人居住地域と白人居住地域というのが事実上存在するアメリカにおいては、やはり不利な立場に置かれている者の生活環境は劣悪です。そういった環境から一時離れて、健全な環境の中で職業訓練を行い、あるいは高校卒業資格へのアプローチを行う。それがジョブ・コアであります。

このジョブ・コアは、全米で46州で118センターあり、創設以来、200万人が修了している。年間では、現在7万人の若者がこの寄宿制の職業訓練を受けています。ただ、入学時期や卒業時期というのは一定しておりませんで、ニーズに応じて適宜入学し、卒業する形ですので、平均7ヵ月ほどの訓練期間だという統計が出ております。

<ジョブ・コア運営経費>

ジョブ・コアは連邦直轄ですので、運営経費はすべて連邦費で運用され、個人負担は一切ありません。経費の多くの部分は教育訓練経費(約43.5%)、それから支援業務経費(36.9%)に使われております(図)。

<ジョブ・コア参加者の属性>

ジョブ・コア参加者の属性に移りますが、性別では6対4で男性が多い。人種・民族では一番多いのが黒人で48.4%。 黒人はマイノリティですが、ジョブ・コアの中ではマジョリティです。そういった意味で社会的に不利な立場に置かれている者という選択をしますと、どうしても黒人中心にならざるを得ない。また、年齢構成を見ますと、18~19歳が中心です。その他の特徴では、高校中退者が80%を超えています。

<ジョブ・コアの実績>

実績については、時間の関係上割愛させていただきますが、進路状況等も安定してきている。図のように、要するにジョブ・コアの実績があるということです。

<ジョブ・コアにおける経済支援>

経済支援で注目していただきたいのは小遣いが支援されているということです。入寮費等は一切無料ですが、プラス小遣いが支給されている(図)。ですから、経済的に不安定な状況から、ジョブ・コアに入ることによって経済的にも安定し、職業技能が身につくし、多くの場合、高校卒業資格も取得できる。

まとめ:若年者就職支援が直面する課題

(1)No Child Left Behind法の影響

No Child Left Behind法、「1人も落ちこぼさない法」というふうに訳せるかと思うんですが、目的が明確に規定されております(図)。「1人たりとも落ちこぼさないため、アカウンタビリティ、柔軟性、選択の原則に基づきつつアチーブメント・ギャップを解消すること」。 すなわちできる者とできない者のギャップを解消することを目的とした教育法として立法されております。これがどうして職業教育に大きな影響を及ぼすかということに関しては、昨年の10月に連邦教育省長官が高等教育指導者サミットで、次のようなスピーチを行いました。これが直接的に説明できるものかと思いますのでご紹介いたします。

<連邦教育省長官のスピーチ>

「(社会人として)十分な準備ができていないまま学校から離れていく若者は、驚くほど多くいます。(中略)

少数の恵まれた生徒たちにとって、我が国の教育は世界一の水準を誇っています。中等教育後の教育機会、安定した経済状況、職業からの報酬、個人としての自由、これら全てに学校教育が道を開いています。

しかし、その他の生徒にとって、教育制度は期待されるレベルに達していません。通学はしていても、教育は受けていないのです(Students come to school, but do not become educated)。そして、落ちこぼされている生徒たちの大半は社会的に不利な立場に置かれているか、低収入家庭の一員です。

私たちは、落ちこぼされている生徒たちの現実に目を閉ざし続けていることはできません。今日、生徒たちが就くべき職業は、彼らに対して、かつてないほどに高いレベルの読解力、コミュニケーション力、数学的知識・技能、問題解決能力を求めています。

(社会人としての)準備ができていない者たちは、道端(sidelines)に座り、貧困にあえぎ、将来的な発展のない仕事(dead-end jobs)に就き、失望の中に生きることになるでしょう。十分に教育を受けた者が自らの選択による生活を手に入れていく傍らで、そうでない者はその陰を放浪する(wander in the shadows)ことになるのです。」(図)

<競争的連邦補助金>

このような中で、競争的連邦補助金の運用につきましても、いかにアチーブメントを向上させるかということがターゲットになっています。すなわち職業教育も基礎教科における学力向上への寄与を求められる、そういった時代に迫られてきております(図)。

他方、このようなアチーブメントを上げることに対する厳しい批判も既に出されております。例えば昨年11月の教育専門誌ですが、「Leaving Children Behind子供たちを置き去りにしている、落ちこぼしにしている。How No Child Left Behind Will Fail Children」と書いてあります。1人も落ちこぼさない法がいかに子供たちをだめにしているか、そういった痛烈な批判も出ています。

ですから、 今のような学力向上や市場主義というのが続くかどうか、安易な予測はできないわけですが、職業機能のみに焦点を当てた若者に対する就業支援という方策が、現在、大きな転換期を迎えているということは間違いないかと思います。

【小杉】 藤田さん、どうもありがとうございました。次に、コメンテーターの夏目先生はフランスのトランジションについての専門家でいらして、フランスとの比較も交えながら、今回の2つの報告からのインプリケーションを引き出していただきたいとお願いしております。夏目先生、お願いします。