報告1 ライオンの生成AIの導入と人材育成について

ライオンにおける生成AI活用

私は社内で「ビジネスシステムチーム」に所属しており、生成AIの活用も含めて、全社の生産性の向上に取り組んでいます。当社では生成AIの導入当初から、ツールに関する各部門への教育や、職員どうしが情報共有するためのコミュニティの運営などを通して、活用を促進しています。私自身も生成AIが好きで、資料の骨子の作成や、内容に抜けがないかのチェックなどに活用しており、業務の質の向上、効率化につながっています。

2023年初頭からすでに「もう生成AIを使わない選択肢はない」との考え方

当社が生成AIにコミットし始めたのは、2022年末にChatGPT3.5がリリースされた頃です(シート1)。社内でも「何かすごいのが出てきたよね」と話題になり、それを取締役の方々にも話すと、活用に積極的な姿勢が示され、2023年初頭からは「もう生成AIを使わないという選択肢はない。すべての業務がAI前提で考えてもいいのではないか」とずっと言ってもらっていました。

ミドル層の不安も取締役が説明して払拭

生成AIの普及がなかなか進まないという企業もあると思いますが、当社で言うと、進んでいるかどうかは別にしても、社内での活用に対する反対や否定の意見は、もともとあまり多くなかったのではないかと思います。

ミドル層のなかには「精度は大丈夫なのか」みたいな話をする方も多少いました。そこに対しては取締役がはっきりと「人間の部下だって間違えるのに、生成AIが間違えちゃいけないはずがない。最後は人間が確認するという工程は変わらないし、今と何も違うことはないじゃないか」と言っていただきました。まずはいろいろ試していこうということで進めています。

〈普及活動〉

「LION AI Chat」を開発して導入し、ガイドラインも整備

普及に向けて、従業員の活用基盤として、最初は安全に使えるようなチャットアプリなどを内製で開発し、活用普及に向けた取り組みを推進しました。また、領域別ではRAG(検索拡張生成技術)を活用してナレッジ検索システムの内製化を行っていますし、高度な活用人材の育成も進めています。

シート2は、普及に向けた具体的な取り組みです。まず「LION AI Chat」(ライオンAIチャット)というチャットアプリを開発して社内に導入しました。そして、導入しただけでは従業員が使うようにはならないので、適切に利用するためのルールを定めたガイドラインの発信を行いました。このガイドラインは、制定にあたり取締役からの「こういうルールを入れておいたほうがいいのではないか」といったアドバイスも盛り込んでおり、正しく安全に、かつスピーディーに活用するために現在もアップデートを続けています。

情報共有できるコミュニティを用意したり、説明会も開催

また、ユーザーどうしがどんな使い方をしているのか情報共有できるコミュニティも用意していたり、説明会・ハンズオン会の開催も行っています。説明会・ハンズオン会は定期的に実施しているわけではないのですが、気になるトピックが出てきた時などに、私たちで自主的に企画しているもので、業務時間内に行うこともありますし、自己啓発の形でやってもらうこともあります。

ほかにも、ポータルサイトを作成して、これまで作成したマニュアルや活用事例もQ&Aを公開し、従業員の皆さんが使いやすいような環境整備を進めています。「LION AI Chat」の活用回数は右肩上がりに増えています(シート3)。

〈領域別の活用具体化(業務への組み込み)〉

あらゆる研究情報を迅速に調べられる「LINK Chat」を研究開発部門で導入

次に、領域別での取り組みを紹介します(シート4)。当社では特に研究開発部門において、分野ごとの研究報告書や各研究所での会議体の書類がたくさんあり、なかには非常に重要な内容が書いてあるものもあるのですが、ある程度のデータベース化はできていたものの、ものによっては情報が結構散在していました。その結果、必要な内容を抽出するのに非常に時間がかかり、本来使うべきイノベーション創出をするための時間がなかなか取れず、情報を取得するのにもたらい回しにされているという状況がありました。

これを改善するためにRAGを使って、あらゆる研究情報を取得できる「LINK Chat」(リンクチャット)というシステムを作りました。例えばこのシステムに、「〇〇の内容について教えて」と入力すると、システムが社内データベースから調べたい内容を取得して、その内容を要約した文書を生成し、表示します。ここではハルシネーション(AIが事実と異なる情報をつくり出してしまうこと)を防ぐために、要約の根拠としたドキュメントもあわせて表示され、参照元を確認できるようにしています。これによって技術伝承をしっかりと進めていくことができ、情報の取得時間の節約にもつながっています。

情報の取得にかかる時間が従来の30分の1以下に短縮

実際にどのくらいの効果があったかというと、定量的な成果では、今まで情報を1件取得するのにだいたい5分から多くて60分程度かかっていましたが、30分の1以下になりました。定性的な成果でいうと、これまで見つけられなかった情報を抽出できるようになったり、そもそもあるかどうかわからない情報を延々と探し続けることがなくなりました。また、研究開発本部は外国籍の従業員も多いのですが、ドキュメントがほとんど日本語で書かれていたので、それを英語に訳して表示するということもできるようになり、非常にスピーディーに業務を進められるようになりました。

プラットフォームを使って多くの部門がアプリケーションを開発

ほかにも、各業務部門で生成AIを組み込んでいくことを想定し、当社ではローコードでAIエージェントを開発できるプラットフォーム「Dify」(ディフィ)を導入しています(シート5)。「Dify」は開発の工数や難易度が低いことから、非IT部門の従業員でもさまざまな業務改善ができると考えました。

例えばカスタマーサポートを効率化するために、ワークフローを活用してお客様への回答文案を作成しています(シート6)。こちらは関係会社で行っているもので、お客様から問い合わせが来たときに、システムに蓄積されている過去の問い合わせの対応記録や商品マニュアルからRAGを使って必要な情報を取得し、問い合わせ内容に対する回答メールを作成してくれます。社員がその内容を確認して、送信します。また、ほかにも、多くの部門でさまざまなアプリケーションが開発・使用されています。

生成AIの「民主化」

定期的利用者は4割に満たない状況が明らかに

これまで話してきた内容をみると、あたかもすごくうまくいっているかのように聞こえるかと思います。ただ、労働組合が社員に対して2025年3月に行った、生成AIの活用状況をアンケートした結果をみると、「ほぼ毎日利用」が14%、「週1~2回」が23%で、定期的に使っているのは4割にも満たないことが明らかとなりました。これはしっかりと原因を探って、何かしら工夫をする必要があるのではないかと考えています。

これまでの普及活動だけでは届かない層に対して何をするかを考え、シート7のとおり、生成AIの活用・習慣化のステップとして整理してみました。さまざまなことを習慣化させていくためには、認知段階、感情段階、行動段階という3ステップがあると思っています。

いま検討すべきと考えているのは「興味の壁」

そして今、当社で検討すべきはまず「興味の壁」についてです。「生成AIはすごい」と言ってもなかなか響かない人はいますので、「あなたにとって生成AIはどのような価値があるのか」ということをしっかり伝える必要があるでしょう。

また、「学習の壁」についても検討が必要と考えています。一度使ったことがあるけれどもそれ以降に使わなくなってしまった人に対して、再度使ってもらうためには、使ったことによる効果の最大化を体感してもらうことが非常に重要です。具体的な使い方など、リテラシーの向上を目的に教育を継続していきたいと思います。

AIエージェント開発人材の育成に向けた研修も実施

一方で、すでに使いこなしていて、しっかりと業務プロセスへ組み込むイメージができている人たちに対しての教育はどうするのかというのも課題の1つです。

私が所属するデジタル部門には、「こういうアプリケーションをつくれないか」といった依頼がよく来ます。ただ、私たちだけだと人手や時間も限られていて、かと言って業務部門にプログラミングをしてもらい、アプリケーションを作ってもらうのも難しく、ベンダーなどを頼るとしても特定のベンダーに依頼が偏ってベンダーロックインとなるのはなるべく避けたいと考えています。

そこで、AIエージェント開発人材の育成を2025年6月から始めました。ビジネス部門の従業員が自らの課題を生成AIで解決できるスキルを習得することを目的に、前述した「Dify」を活用してPBL(課題解決型学習)の形式で、それぞれがテーマを1つ決めて開発にチャレンジするという研修をしています。

研修は2つの期間で実施し、それぞれ約40人が参加

第1期(4・5月の2カ月間)と第2期(7~9月までの2.5カ月)の2回実施しており、それぞれ約40人を定員にしています。応募資格はふだんから生成AIを業務に活用していることで、手挙げ制で、業務後の時間を使って希望者を集めたところ、非常に意欲のある人が集まりました。

開発人材の教育フローについては、まず、生成AIや「Dify」がどういうものかを説明し、次にその人自身が解決したい課題を整理して、生成AIで解決できるのか、見込まれる効果はどのくらいあるのかなどを確認して、初めてアプリケーション開発に取り組むというステップを踏んでいます(シート8)。

生成AIを使えば何でもできると思っている人もいますが、タスクによって、生成AIに向いているものと、他のデジタルツールのほうが向いているもの、人間が行ったほうが良いものがあります。また、生成AIを入れると全部自動化されると思う人もいますが、そういった人に対しては、全部が自動化するわけではなく、一部が自動化することで時間の削減や質の向上につながるのだということを説明して、臨んでもらっています。

業務の棚卸しができている人ほどアプリケーションの完成度も高い

研修の効果は当然まだ小さいですが、得られた示唆の1つでは、アプリケーション開発を進めていくうえで完成度が高かった人の特徴として、もちろん生成AIを活用するスキルも高いのですが、まずしっかりと自分の業務の棚卸しができていて、何を解決するべきかという問題の特定ができているという点がありました(シート9)。

まずはツールに慣れる、とりあえず使ってみるということも非常に大事ですが、生成AIをしっかり定着させていくには、最初にどんなことに取り組むのかという課題の設定ができていないと、次に解決策を考えていくところにつながらない気がします。問題・課題の設定が妥当か、それに対する解決策は妥当か、ほかのデジタルツールが向いていたりしないかなどが丁寧に検証できている人ほど、アプリケーションの完成度も高くなっていると感じます。

また、「生成AIってここまでしかできないのか」とがっかりすることを避けるためにも、導入することによって、例えば1件あたりどのくらいの時間が削減されるのか、エラー率がどのくらい減るのかなど、想定されるインパクトを考えておくことも大切です。

生成AIの活用で生み出した時間を新しい価値の創出へ再分配

最後に、当社が生成AIの活用によって目指す姿を説明すると、まず今後も、継続的な学習として、リテラシーの教育や高度な人材の育成もしていきたいと思っています(シート10)。そのなかで、マイクロユースケースを量産し、いずれはそれらを束ねて、業務の自動化や質を高めていく取り組みをしていきたいですし、並行して、データの継続取得・整備も非常に重要なので進めていきます。最終的には、これによって生まれた時間を「お客様のより良い習慣づくり/健康価値」に向けた新しい価値の創出に再配分していきたいです。

プロフィール

山岡 晋太郎(やまおか・しんたろう)

ライオン株式会社 デジタル戦略部

2000年ライオン株式会社に入社。生産技術研究、新規事業開発を経て、2022年よりDX推進部門へ異動。現在はビジネス部門とIT・デジタル部門を橋渡しし、組織横断的にデジタル戦略を推進しながら、業務改革と新たな価値創造をリード。社内生成AI活用の促進に向けて、社内コミュニティの運営や説明会の実施、活用事例の創出・共有、さらに2025年からは組織変革の加速に向けて、AIエージェント開発人材の育成をスタート。

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