パネリストからの報告1 今、キャリア教育で目指していること
- 講演者
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- 深澤 晶久
- 実践女子大学 文学部国文学科 教授 学長補佐 社会連携推進室長
- フォーラム名
- 第139回労働政策フォーラム「多様化する若者の初期キャリアの現在」(2025年7月18日-24日)
- ビジネス・レーバー・トレンド 2025年10月号より転載(2025年9月25日 掲載)
私からは、「今、キャリア教育で目指していること」というテーマで、本学の取り組みについてご説明します。
日本を支える人材を社会に送り出すことが重要な課題に
私は大学卒業後に株式会社資生堂に34年勤め、2014年に実践女子大学に移り、現在まで11年間、キャリア教育の専任教員を務めています。こうした経験のなかで、私がキャリア教育のコンセプトとしているのは、「まなぶとはたらくをつなぐこと」です。
2006年~2013年まで、資生堂の人事部に所属し、新卒の採用に携わりました。そして、2014年からは本学に籍を移したので、言ってみれば、企業サイドと大学サイドの両方の立場で、若者の大学から企業へのトランジションを見つめてきました。そこで感じるのは、今後、ますます複雑化することが確実な国際社会に向けて、日本を支える人材を、自信を持って社会に送り出すことは最も重要な課題だということです。若い人達は本当に大切な宝だということを実感しながら過ごしています。
「社会連携」と「グローバル化」を進めキャリアと関連付ける
本学では教育の柱として、「社会連携×グローバル×キャリア」を掲げています。社会を変革し、未来を切り開いていく真のグローバル人材を育成するために、幅広い教養・深い専門性や、課題発見・解決能力、そして異文化に対する理解などを深め、「社会連携」と「グローバル化」をより一層推進することを考えています。そして、これらをキャリアと関連付けるために、学びのフィールドを教室からキャンパスの外や地域社会、国際社会へ展開できるよう、教育課程やプラットフォームの体制・環境を整備したり、公開講座や生涯学習を充実させ、留学生を受け入れるための体制を整備したりしています。
実は、こうした方向にたどり着くまでには10年くらいかかっています。本学は2014年に「2020オリンピック・パラリンピックプロジェクト」というプロジェクトを開始し、オリンピック・パラリンピックを題材とした授業の実施や、学生主体のイベントなどを開催し、社会連携や国際理解を深めてきました。
このプロジェクトを始めるにあたって最初にコンセプトシートを作成した際に、「世界と地球に貢献する『実践女子』を輩出する高等教育機関としての確固たる地位を獲得する」「女性の自立と社会的進出を推し進め、社会で活躍する『実践女子』を支援する教育・研究拠点となる」という2つをビジョンとして掲げていました。その後、学部の新設や改組、短大の閉校などもありましたが、変革の道を進んできまして、今、10年前に示したビジョンの実践に近づいてきていると感じています。
本学の創設者で、明治時代に日本における女子教育の先駆者として活躍された下田歌子が遺した言葉で、「女性が社会を変える 世界を変える」というものがあります。この言葉は本学の建学の精神としても掲げていまして、この具現化に向けて今走り続けているところです。
学生に一歩踏み出してもらえるようさまざまな機会を提供
キャリア教育の骨格は、就職活動対策ではなく、社会連携による体験価値の向上だと考えます。振り返ると、私が本学に移った2014年頃のキャリア教育は、ほぼ就職活動対策に軸を置いていました。当時のシラバスや資料を見返すと、企業の選び方や自己分析の仕方、面接の仕方などがずっと羅列されていました。
現在では学内の取り組みも進み、「学生総合支援センター」というキャリア関係を含めて、諸手続きをワンストップで対応する組織ができました。いわゆる具体的な就職活動対策については、このセンター内のキャリアサポート部がしっかりと担当しています。今、正課科目や正課外のプログラムを含めて、本学では「アクション総量の拡大」を狙いとして、何かをやりたい、何かに挑戦したいと思って大学に入学をしたものの、何をすればよいかわからないという学生に対して、さまざまな機会を提供し、とにかく一歩踏み出してチャレンジしてもらえるよう推し進めています。
私が最後に目指している人材像は「Agency」型人材です。OECDの考え方にも出てくるワードなのですが、「視座を高め視野を広め、Think global Act localの視点を有して、自ら考え行動しやりきる人材」で、こういった人材をどうやって育てられるかということに軸足を置いて進めています。
主体性を引き出す講座を実施
具体的にどのような授業を行っているか、2つご紹介します。1つめは、主体性講座「実践プロジェクトa」という講座で、私が理事長を務める「フューチャー・スキルズ・プロジェクト研究会」(FSP研究会)が実施しているプログラムです。FSP研究会は、「大学での学び方を変えよう」「主体性はいかにして引き出せるか」といった課題を解決するために、主として初年次教育に対する研究をしているのですが、そのなかで、実践を経て知見を広く社会に共有すべく、実際に主体性を引き出すことに着目した授業プログラムも構築しています。本学も含めて、全国約20の大学でこのプログラムをベースとした講座、初年次教育が動いています。
本学では2020年から私が担当しており、6年間で160名の1年生が履修しています。「主体性を引き出す」「実際の社会を知る」「必要なスキルを身につける」の3つをどう身につけてもらうかということで組み立てた講座で、最終的には、同講座を受けて引き出された主体性を、学生が在学中にどのようにして継続的に発揮させるのか、意識してもらえればと思っています。
開講した初年度は学生が13人しか集まらなかったのですが、講座の効果や受けた学生の口コミなどのおかげで、履修定員約30名に対して昨年は114人、今年は80人と大幅に上回る申し込みがあり、抽選をせざるを得ないという科目になっていて、学内でもかなり定着してきていると感じています。
学生は企業の担当者が設定したテーマで企画・立案を経験
この講座は3カ月間、計14コマの中で、2つの企業に支援してもらい、いわゆるPBL(課題解決)型の授業を行っています。初年度の開講から現在まで、前半は近畿日本ツーリスト株式会社、後半はサントリーホールディングス株式会社に協力していただいています。
講座の内容は、前半の近畿日本ツーリストの社員の方に行っていただく授業では、学生たちに観光事業に関する決められたテーマに沿って、企画を立案してもらっています。これまで、「若者が何度も通う旅・帰る旅の企画作成」や、「伊豆七島を若者が20代に必ず一度は行きたい!と思ってもらえる聖地にするためのプラン」などのテーマで実施しました。後半のサントリーホールディングスの社員の方に行っていただく授業では、「サントリー社員として、企業人・社会人に求められるものを考察し、新入社員の育成計画を立てる」というテーマで、学生たちに企画・立案をしてもらっています。
ついこの間まで高校生だった学生たちが、いきなり、企業・社会に求められているのはどういうものかということを必死になって探すのですが、これは相当ハードルが高いと思います。特に後半の新入社員の育成計画作成はわずか4週間で行います。同講座のポイントは、ここで学生は自分が考えているレベル感がわかるようになり、サントリーの社員の方から「今、社会ではこういうものが求められている」「自分の考えとのギャップを埋めていくこと」などをお伝えいただくことで、大学時代に学ぶべき内容がぐっとフォーカスされてくるところです。
講座実施後のアンケートでは社会人に必要なスキルの伸び率が上昇
講座の実施前と実施後では、学生に対して、自身の普段の行動に関する内容を回答してもらうアンケートを実施しています。講座実施前と比べて、実施後のアンケート回答結果をみると、「述べられている根拠や理由を確かな情報源をもとにしたものかを考えながら読む・聞く」力や、「自分が何をしたいのか、常に意識しながら行動する」力など、社会人に必要となるスキルに関する回答の伸び率が高くなっていました。
また、講座の内容に関する評価アンケートも実施しており、こちらでは「社会人になってから必要な力が理解できた」「大学での学びは何かを考えることができた」「講義を受けるだけでは身につかないコミュニケーション力や主体性の大切さを知った」「主体性・協調性・考える力等他の授業では身につけることのできないようなさまざまな力を身につけることができた」など、狙いに沿ったコメントが寄せられています。5段階評価を付けてもらったところ、この6年間でほとんどの学生から最も高い「5」を付けてもらいました。講座によって相当刺激を受けているということの裏付けではないかと思っています。
講座受講後も多くの学生が学内外で活躍
講座自体は3カ月間、14コマしかないのですが、これを受けた大学1年生がその後の大学4年間でどのように過ごしていくかということをフォローすることも、大きなポイントだと思っています。2020年からずっと追いかけてみると、前述した「2020オリンピック・パラリンピックプロジェクト」や、この後紹介する「実践ウェルビーイングプロジェクト(通称JWP)」という正課外のプロジェクトなどにも、同講座に参加した多くの学生が参加してくれています。また、学内外でもさまざまな取り組みを行って、活躍している学生が多くいることがわかっています。
この主体性講座「実践プロジェクトa」は、「学生飛躍のオリジン」だと思っています。私自身は大学1年生の無限の可能性を感じましたし、この経験を通して「一皮むける」ことができるのだと思いました。
学生生活から就職活動を経て社会人へとつながる「道」をできるだけシームレスなものにしたいと考えており、突然就職活動というイベントが来るのではなくて、1年生からこういうことを積み上げていくことが、自然に本人たちの望む就職活動につながるのではないかと考えます。仮に入学時点では望み通りではなかったとしても、卒業時には出身大学を誇れる社会人となってほしいですし、どんな仕事に就いたとしても、乗り越えられる力、それを支える自己肯定感が身につくことを目指しています。
ウェルビーイングを学ぶ正課科目外のプロジェクトも実施
もう1つご紹介するのは、本学では社会連携を伴う正課科目外のさまざまなプロジェクトも実施しているのですが、そのうちの1つである「実践ウェルビーイングプロジェクト(JWP)」というプロジェクトです。今、人的資本経営やウェルビーイング経営を標榜している企業が急速に拡大していますが、これをひと足先に大学時代に学んでみようということで組み立てたもので、「先端企業」「グローバル」「アスリート」「幸福学」などの多くの視点から、ウェルビーイングを考えています。
これまで取り組んだ内容では、例えば「先端企業」、いわゆるビジネスの視点として、味の素グループの研修センターの視察や、役員の方からのウェルビーイング経営に向けての取り組みをレクチャーしてもらい、企業経営におけるウェルビーイングを考えました。ほかにも、「幸福学」の視点では、「幸福学から考えるウェルビーイング」というフォーラムを、JWPに参加する学生が自ら企画・立案し、企業の方の講演やワークショップを通して、ウェルビーイングを学びました。
大学生のファーストキャリアを社会全体で受け止め支える
現在は「大学経営という文脈の中で、学生のウェルビーイングに直接触れることが必要な時代」だと考えますし、社会の変化を読むと同時に、「はたらくこと」の本質を追求するということが重要です。学生一人ひとりに寄り添い、彼らがやりたい仕事・入りたい会社を見つけて、企業のミッションと、学生個人のミッションが重なっていくところをうまくマッチングできれば、お互いにWINWINな関係でファーストキャリアが描けるのではないかと考えます。キャリア教育を通して学生たちと一緒に考えていきたいですし、大学生たちのファーストキャリアを社会全体で受け止め、支えていくということがどれだけできるか、ということが大事だと思います。
プロフィール
深澤 晶久(ふかざわ・あきひさ)
実践女子大学 文学部国文学科 教授 学長補佐 社会連携推進室長
1957年東京生まれ。80年慶應義塾大学卒、資生堂に入社。営業・マーケティング部門を経て人事部人材開発室長を務める。2014年から実践女子大学に勤務。現在は、文学部国文学科教授・学長補佐、社会連携推進室長を兼務し、全学のキャリア教育を担当。2015年からは東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会文化・教育委員、一般社団法人フューチャー・スキルズ・プロジェクト研究会理事長、慶應義塾大学体育会野球部OB会「三田倶楽部」会長、東京六大学野球連盟評議員を務める。著書に「人事のプロが教える 仕事に必要な7つの基礎力」(かんき出版)。