事例紹介3 個人の取組 60歳再雇用でNPO出向、全くの新領域での経験とその後の発展

講演者
本田 恭助
一般社団法人 シニア社会学会 運営委員
フォーラム名
第127回労働政策フォーラム「企業で働く人の社会貢献活動と生涯キャリア」(2023年9月23日-27日)

直感的にひっかかりを感じ、NPO人材募集に手を挙げる

私は1980年に花王に入社し、商品開発やブランドにかかわることや、アジア事業を担当して、もうそれで精一杯という中で、とうとう60歳を迎えました。どうしようかと困っていた時に、再雇用希望者向けの社内外の再就職説明会があり、そこでNPOへの派遣を1人募集していて、「ああこれだ」と直感的にひっかかりを感じ、手を挙げました。

そして5年間、日本NPOセンターでずいぶんと迷惑をかけながら学ばせていただきました。今、65歳で、2022年に再雇用契約は終わったのですが、その間に、ある企業が全国規模で環境問題を解決する取り組みの共同企画があり、たまたま荒川のプラスチックゴミを見に行った時に、あまりのひどさにびっくりして心が痛んで、環境NPO法人荒川クリーンエイド・フォーラムで一緒に活動したいと思い、2018年に入らせてもらいました。

さらに、これからの時代に向けたフォーラムに勉強のために参加した時に、シニア社会学会の会長がいて、「私はシニアの人が市民社会に参画する仕組みづくりをしたいと思っています」という話をしたら、「ではうちにいらっしゃい」と誘われて、2020年からシニア社会学会に入って勉強しています。

昨年、再雇用が終わって完全フリーになったところで、NPO法人日本コンチネンス協会の理事から、これから暇になるんだろうから手伝いませんか、とお声がかかりました。同協会は、排泄にかかわるケアをやっていくところです。これから高齢化社会で排尿や排便の制御が問題になるはずで、もちろん興味もありましたし、参加することにしました。

NPOでは2年間、全否定され心が折れかかる

皆さんもいろんなフック、引っかかりの部分をお持ちのはずです。私の場合は大きく言うと、何か社会の役に立ちたいという気持ちがずっと醸成されていたのだと思います。花王でも「生活者に寄り添う」ことを鬼のようにしごかれましたので、社会課題や生活課題が身についていたのかなと思いました。

そして、NPOに参加しました。ところが、全然話が合いません。全く駄目です。いろんな提案をしても、2年程、ことごとく否定されて、私の人生を否定されているのに等しくて、完全に心が折れかかりました。もう皮1枚ぐらいまで折れて、花王の定期的な出向業務報告で、人事の役員に「もうヘトヘトです」と泣きついたのですが、「そうか、頑張れ」と、絶対戻させてくれませんでした。NPO出向第1号でもあり、そう簡単に諦めるなよということだったかと思いました。

とにかく、合いません。「本田さんは民主主義、市民性について、どう思っていますか、簡単で結構ですから述べてください」みたいなことも突っ込まれます。こんなこと言えませんでした。「自分達はとにかく企業ではない」と、同じ社会課題に向き合っているのに、企業ということで線を引かれてしまい、ここはやはり独特な文化なのかなと思いました。

問題に寄り添う高度な専門集団だと気づく

世の中の変化は人の変化、価値観の変化でもあり、なかなか簡単には変わりません。しかし、このNPOだけでなく、町内会の人も、もちろん同じ人たちです。一生懸命寄り添っている人々で、とにかく貴重な、高度な専門集団だということに気がつきました。この人々と力を合わせて社会課題の解決に向き合っていけば、最終的には法律まで変えられるということを学びました。

とにかくNPOは、企業に比べれば全然規模が違う。日本NPOセンターは、全員で15人の規模で、その中で多くの活動を、寝る暇もなく懸命にやっています。バタバタしているのでやりたいけどできていないということが、後になってずいぶん分かってきました。

そこで、団体とも合意ができ、ファクトベースの情報整理や、調査設計・分析のためにファクトをつかむことを、かなり一生懸命、一緒にやりました。企画書や見積書も大雑把でしたので、一緒に手を入れて、とても明快な企画書と見積書ができるようになりました。また、分厚い活動実績を、20ページ程度のアニュアルレポートにまとめ、毎年の活動実績と次のアクションを提案できるようにしました。そして、お金の話が一番大きいのですが、ほぼ1年半かけて月次管理を導入しました。花王にお願いして、会計財務の専門家に勉強会を開いてもらい、「毎月管理していきましょう」と理解を得て導入しました。

内閣府の調査によると、NPOの抱える問題として、後継者、人材、収入源、事業運営力などがあがります。人材の問題がやはり大きく、少人数でてんやわんやしています。また、今の困りごとはIT、広報・宣伝、マーケティングで、一生懸命連携をしている状態です。

全く違う分野の新しい世界が楽しくて仕方ない

私は全く違う分野に行って、今までにない大きな学びが得られました。これまでは、道路で寝ている人、歓楽街から叫びながら出てくる若者たちを、「本当にどうしようもない」と思っていたんです。ところがNPOに行き、その人たちが実は、どうしてそういう環境に置かれて、そういう生活をしているのかを学び、そういう人々を支えているNPOを訪ねたり、代表の人からミッションを聞いて、「ああそうか、社会ってそういうことなんだ」と理解できるようになりました。

自分はたまたま大きな会社に入り、マーケティングに携わり、生活者に寄り添うなど偉そうなことを思っていましたが、全然できていないということを学び、世の中を見る目が大きく変わりました。違う分野に行き、違う価値観の人と一緒にいろんなことをやっていくので、もちろん苦労もするし、人生も否定されましたが、そこから一歩前進できると、その新しい世界がもう楽しくて仕方ないという状態になります。

ぜひ皆さん、まずプライベートで踏み込んでみませんか。また、企業としてもESG分野で評価されると思いますが、従業員にこうした市民活動を強制するわけにはいきませんから、会社としてどう進んでいくのか考えていく必要があるかと思います。とにかくまずスタートは個人だと思います。私が荒川に行って衝撃を受けたように、とにかく現場へ行ってほしいです。

困りごとを抱えている人たちと話をしていると、どんどん勉強できます。自分は何が貢献できるのか、だんだん見えてきます。そして、自分の蓄積を活かす。私はもう完全に自分のマーケティング経験を活かそうと決めて動いています。もちろん、現場の手伝いをすることもあります。とにかく考えていても仕方ない、これは後で学んだことです。最初の一歩で動いてみましょう。

まだまだ手つかずの社会課題が存在する

私はたまたま飛び込みましたが、これをキャリア理論では、個人のキャリアの8割は偶然の出来事によって決定されるという「計画的偶発性理論」と言うそうです。いい意味の「犬も歩けば棒に当たる」です。とにかく動く、現場に行く、それでずいぶん見る目が変わっていくと思います。

最後に、市民社会のとらえ方として、「ペストフの三角形」をご存じでしょうか(シート)。この三角全体が世の中だとすると、上が政府、右下の市場が営利企業。左下はプライベートです。それぞれ市民社会にかかわることをやっていますが、この白い領域がまだ手付かずの状態にあり、たくさんの社会課題が存在しています。そこにはNPOやいろんな自治会、町内会、労働組合、政治団体などがあります。

今日私が申し上げたいのは、とにかくこの社会課題に何らか手を出したいということです。一緒になってやりたいことをどんどん増やしていくことが、自分たちの住んでいる地域、市民としての底力の底上げにもなっていきます。住民ではなくて市民として参加しませんか、とお伝えしたいと思います。

プロフィール

本田 恭助(ほんだ・きょうすけ)

一般社団法人 シニア社会学会 運営委員

1957年生まれ。1980年花王株式会社(当時花王石鹸)に入社。一貫してマーケティング畑(商品開発、広告媒体、ブランドコミュニケーション、アジア事業推進)。2017年に60歳定年退職後再雇用を選択、予てより興味関心があった「社会課題解決で役に立ちたい」との思いだけで、NPOの予備知識なく日本NPOセンターへの出向を選択。全くの異分野かつ組織規模が大きく異なるNPO法人で企業出身シニアである自分がどうしたら貢献できるのか、心が折れる寸前まで四苦八苦しながら試行錯誤。さまざまな気づき、学びがあり、これまでの経験とそれらを活かす領域を発見し、貢献することができた。後進のためのNPOへのソフトランディングカリキュラムを作成、実施。2022年10月に5年間の再雇用契約を満了と同時に出向契約も満了し、次の発展的ステップとして現職に従事。